Complex1 プロローグ
全年齢は初めて投稿します。
よろしくお願いします。
五月も半ばを過ぎた言うのに、夜はまだまだ寒い。
ボクはその冷気に身を切られるような感覚を覚え、ふと思いついた事を実行してみた。
虚空に向かって、盛大に息を吐いてみる。それは冬のように白い霧にはならへんかったけど、確実にその分だけ、体から体温を奪っていく。
たいして期待はしてへんかったけれど、それでもやっぱり少し空しい。
ボクは退屈を紛らわすための手段をまた一つ失って、いまだ来たらぬ待ち人を探して、首をめぐらした。
人っ子一人いない、寂寥感に溢れる暗闇だけがそこに在った。
たとえ現代の東京のど真ん中であっても、喧騒とは無縁の空間と言うものは存在する。
例としてあげるなら、まずここやな。
ボクの通う学園の、これこそが壁というものなのだ、と言わんばかりにその威容を主張する塀が続く通学路。ちなみに反対側を見ても、全く同じ光景が続いとる。
なんちゅうか、誰や。こんなゴツイもん考えたんわ。しかも、この内側だけでなく、ボクが今立っている辺りも学園の敷地内だったりする。
初めて目にした時こそ感心したもんやけど、見慣れてしまうと単なる監獄の囲いにしか見えんソレは、一人立ち尽くすボクを傲然と見下しているように思えてしまう。
これは流石に、ちょっと被害妄想やろか。
「やっぱ、早すぎたかぁ……つうても、この時間にここへ来るには、あの時間には外へ出てへんと間に合わへんしなぁ」
思わず口を突いて出るのは、愚痴と言う名の独り言。慌てて辺りを見渡すが、さっきも確認した通り、付近には、人どころか犬一匹すらもおらん。
こうゆう時は、お約束として人懐っこい犬とか猫とか登場して、無意味に心温まるシーンを展開する所やろ。たるんどるぞ、近頃の野良どもは。ちったぁ根性見せぇ。
いや、大体からして、独り言と言うのはいかん。ごく、フツウの意味も込めてやけど……ボクのような種類の存在は、迂闊に意味のない言葉を世界に撒き散らしてはいかんのや。それがボクらに課せられたルールの一つ。
だから、そおゆう意味で、ボクほど、ボクがしている職業に不釣合いな人間も、そうはおらん。
ボクは自分が抱えている『疵』に苛立ち、爪先でアスファルトを蹴る。
そして、何故、自分がこんな時間にこんな所でくだらない自問自答をしながら突っ立ているのかを思い返す。
そもそもの理由は……そう、あの人が発端や。
ああ、くそ。思い出すだけでも自分の迂闊さに腹が立つ。大体、ボクはあの人の相棒でもなければ、助手でもないんや。そないに気安くされるいわれはないわ。ダボが。
ああ、そういや自己紹介がまだやったな。こない退屈な、ボクの話に付き合うてくれとる人に、ちぃとばかり礼を欠いておったな。
ボクの名前は、御影直。
世界に冠たる❘『傀儡師』にして、『影繰り』の二つ名で知られる、日本でも名の通った魔術師の一族の正当なる後継者。
そして、人を殺してしまったくせに、のうのうと生き続けている、最低のくっそたれや。