一章
「痛い……」
目が覚めた。
ひどい頭痛。
ここはどこだろうか。私はどうしてここに?
暗くてよくわかりづらいが、どうやら四畳半ほどの狭い部屋らしい。
「カビ…くさい……」
部屋、しかもまるで地下室にいるかのような湿気とカビの臭い。
私はさっきまで自分の部屋にいた…はずだ。たぶん。覚えてるのは、学校に行って、苦手な数学で80点もとれて、いつものようにお姉ちゃんと私で家に帰った、とここまでだ。
誘拐でもされたのかな。確か学校の先生が言ってたっけな。
「最近、変質者がうろついています。特に女子は一人で下校せず誰かと一緒に帰ること。」
……。先生、私、お姉ちゃんと帰ってたよ。でも誘拐されたよ。
それにしても自分でも驚くくらい落ち着いている。果たして誘拐された人はすべからくかくあるものだろうか。高校生にもなって誘拐なんかでは驚かないくらいの図太さが培われたのかな。
なんてそんなこと考えるよりもっと気にすることがあったな。
「お姉ちゃんは、どこ?」
そうだ。私はお姉ちゃんと一緒にいた。それならきっとお姉ちゃんもどこかにいるはずだ。まずはお姉ちゃんが無事かどうか、確かめたい。
私は横たわっていたカビたベッドから体を起こした。そして、もう夏に差し掛かるのにまだ手放せない長袖のシャツを叩きながら、ゆっくりと立ち上がった。頭痛はいつの間にか頭の片隅でにぶく存在感を潜めるようになっていた。
辺りを見回してみる。古びた本棚。年期の入った大きなツボ。木製のひび割れた背の低いテーブル。ここは何のための部屋なのだろうか。私の家には二階があっても地下はない。だから地下室なんてものを体験したことはない。ハシゴか階段か探して上に行けば出られるのだろうか。……もっともここが本当に地下室なのかは定かではない。
「この本、どこかで見たことある気がするなあ。」
私は本棚の本を一冊手に取り眺めてみた。ひどくホコリを被っており中身も擦りきれてよくわからない。しかしたしかに私が昔読んだことがある本だ。こんな感じの挿絵、小学生かその前に見たことある気がする。
本棚を見て気付いたことがある。どれも私が知っている本だ……。
その瞬間、私は身の毛もよだつ恐怖を感じた。
そうだ……。誘拐されているとして、その目的はなんだ?なぜ拘束もされず部屋に閉じ込めているだけなんだ?ベッド、ツボ、本…。
私のことを知り尽くした、言わばストーカーのような人が、私をここでずっと監視するとしたら?
合点がいった。私が興味を示したことのある本。用を足すために置かれたような大きなツボ。ベッド。そして、声の届かない地下室。
私はお姉ちゃんの心配よりも自分の心配をすべきだった。他人の心配をしていたから悠長な気持ちでいられた。現状をどこか他人事のように考えていたのだ。ばかやろう。こんな花も恥じらう女子高生を誘拐して何もしないはずがないんだ。相手は何人だろう?一人だったら隙を見て逃げ出せるかな。親が数日以内に捜索届けを出してくれるはずだが……。
焦りを感じてから数分程度部屋の中を物色してみた。やはりここがどこなのか手がかりは見つからない。下校途中に持っていた荷物一式は取り上げられたらしい。でもよかった、今考えると不思議なことだが服だけは何もされていない。そういう趣味でもあるのだろうか?
そして私はある見落としに、ようやく気付いた。
「この部屋の扉って、鍵がかかってるのかな…?」
独房とか牢屋とかのイメージある、鉄製の扉。それがこの部屋の出入り口だ。窓も何もついておらず外の様子はうかがえない。私はそのドアノブに手をかけ、恐る恐る回してみた。
――カチャリ
なんと、扉には鍵がかかっていなかった。
外からは一切の音が聞こえず人の気配はない。まさか焦って鍵をかけずにどこかへ出掛けたのだろうか。なんてことはどうでもいい。チャンスだ。逃げよう。逃げ出せなくても地形を頭に叩き込むんだ。こんな機会を逃したらいろんな意味での奴隷になってしまう。
こそこそと部屋から出た。薄暗いがよくわからないカンテラのようなものがあちこちにあり、ほんのりと照らしている。私の部屋は一番端らしく、そこから廊下を少し歩けば今度は大きな廊下と合流するように見えた。
くそう。部屋を出たらすぐに上に行けると思ったのに、想像以上に広いじゃないか。こんなとこにある部屋で眠っていたんだ。そりゃあ頭も痛くなるさ。でも、……ここはなんだか嫌な気配がする。