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オドの虜囚(とりこ)  作者:
序章 屋敷の虜
6/43

孤立

何とか理沙をなだめて風呂場へと放り込むと、(つむぎ)は脱衣所に置かれたロッカーの中を漁っていた。

申し訳ないかと思ったが、どうしても理沙の服の換えが要ったのだ。真っ赤に染まったその服は、乾き始めてどす黒く変色して来ていた。

どんなに頑張って洗っても、それは取れそうには無かったのだ。

そうやってその辺を調べているうちに、紬はここが使用人専用の風呂場であることに気が付いた。

立ち並ぶロッカーの中には、個人個人の何某かが放り込まれてあり、中には家族写真などが貼ってある物もあった。

そのロッカーの中には、メイドが着るらしい黒いワンピースが入っていた。一緒に白いフリルがついたエプロンや、髪を抑えるための同じ素材で出来た布もあり、この別荘にも主が滞在する時には、そういったメイドなども働くのだと紬は思った。

これしかないし、申し訳ないけど、これを借りよう。

紬はそう思って、そのワンピースを引っ張り出した。綺麗に洗濯してあるようで、洗剤の香りがふんわりと漂う。

それを衝立の上に引っ掛けると、側のゴミ箱にあったビニール袋の中に、理沙の汚れた服を突っ込んだ。そこにあるだけで異臭を放つそれは、同じ空間にあることが苦痛だったからだ。

ビニール袋の口をしっかりと結び、ホッと息をついていると、カラリと音がして浴室の扉が開いた。

「…紬。」

理沙が、タオルを巻いた状態でおずおずと言う。どうやらかなり落ち着いて来て、自分の醜態が恥ずかしくなったようだ。

紬は、気にしていないという風情で微笑んで、衝立の方を指さした。

「ほら、メイドさんの服があったの。こんなのなかなか着れないし、この際借りちゃいましょう。あれに着替えて。」

理沙は、頷いてその服を手に取った。そして、さっさとそれを身に着けると、鏡に映して顔をしかめた。

「エプロン無しじゃあ、まるで魔女ね。そもそも私、メイドって柄じゃないし。」

紬は笑った。

「案外似合ってると思うわよ?」と、トントンと椅子を示した。「さ、座って。髪を乾かしてあげるわ。」

理沙は、素直に従った。紬は微笑んで、理沙の明るい茶色に染めたボブカットの髪をドライヤーで乾かした。

黙ってドライヤーを当てていると、理沙は、言った。

「…あの…宮脇さん、だけど。」

紬は、声が聴こえないのでドライヤーを止めた。

「なあに?」

理沙は、鏡の中の理沙を見て言った。

「宮脇さんよ。あの人、最後に笑ったけど、でもどこか残念そうだった。あなたが来たんですねって、あれってまるで、紬に来て欲しかったみたいな、そんな、感じ。」

紬は、それを聞いて戸惑った。宮脇には、面識はないはずだ。

「え…でも、ここへ来るまで会ったことも無かったのよ?それに、会った時も特別何もなかったし。」

そう、特に話しかけられたわけでもなく、ただ事務的なことしかやり取りしなかっただろう。

「きっと、気のせいだわ。」

紬は、そう言ってまた、ドライヤーのスイッチを入れた。

「そうかしら…。」

理沙は、そう呟いたが、それ以上何も言わなかった。



風呂場から出て行くと、巧と雅樹がドアの前で立って待っていた。

びっくりした紬は、一瞬息を飲んだが、胸に手を当てて言った。

「声を掛けてくれたら良かったのに。いきなり立っていたら驚くわ。」

しかし、いつもなら軽い冗談で返して来るはずの二人は、険しい顔で紬を見る。紬は、急に不安になって、続けた。

「どうしたの?何かあった?」

雅樹が、頷いて言った。

「携帯が繋がらないんだ。ここは圏外で、ネットも何も繋がらない。」

「ええ?!」

紬は、急いで自分のスマートフォンもポケットから引っ張り出し、確認した。

確かに、全くの圏外になっていた。

「そんな…じゃあどうやって連絡を取ったらいいの?」

理沙が、自分のスマートフォンから顔を上げて後ろから言った。

「宮脇さんが居ないから、どうやって外界と連絡を取っていたのか聞くことも出来ないけど、でも電話ぐらいはあるはずよ。それを探してみたらいいんじゃない?」

すると巧が、腕を組んだまま言った。

「応接間らしき場所と、キッチンの方にあったんだが、どっちも音がしない。線を辿ってみたんだが、どうやら地下ケーブルで繋がっているみたいだったんだ。外に電線もないしね。それが、切れてるんじゃないかって思うんだが。」

理沙は眉を寄せた。

「でもおかしいわよ!確かにここは普通の電波は来ないんでしょうけど、管理室のネット回線は繋がっていたでしょう。Wi-Fiの電波が飛んでたのだって確認したわ!」

巧は、頷いた。

「ああ。オレ達もそれを考えて、管理室の方へ確認に行ったんだ。そうしたら、モデムは通信切断された状態だし、それも地下ケーブルでネットに繋いでいたんだってことが分かった。なんでだが分からないけど、さっきの僅かな間に地下のケーブルに何かあったんだ。」

紬は、地下、という言葉に、不安を覚えた。

「地下…って、ナイジェル様が誰かが侵入した形跡があるって言ってた場所よね。」

皆が黙って顔を見合わせる。つまりは、侵入者が何らかの目的で外界との通信を遮断したということなのか。

「…こんな所に、居たら危ないわ。」紬は、ドキドキとして来る胸を押さえたまま言った。「どうにかして、ここから出なきゃ。警察に知らせないと。」

理沙は、紬を睨んだ。

「どうやって出るの?ここまで車で二時間かかったのよ!来る途中の道を覚えてるでしょう、もう外は暗いのに、あんな道を歩いて帰るなんて出来ないわ!」

巧と雅樹が、顔を見合わせる。そして、巧が言った。

「…でも、宮脇さんはここへ来ていた。移動手段があるはずだ。車で来ていたんなら、山を下りて街へ行けるだろう。一番近い民家を探して、電話してもらってもいい。最悪、電波が来てる場所まででも行ければ、警察に連絡も出来るはずだ。」

雅樹は、頷いて足を玄関の方向へと向けた。

「行こう。でも、誰かが屋敷へ入って来てるのかもしれないから、みんなで行動しよう。今別行動するのは、危ない。」

残りの三人は、真剣な表情で頷いた。もしかして地下に誰かが入って来てこんなことをしているのなら、確かに離れるのは良くない。

雅樹を先頭に、四人は玄関へと走った。


頭上のシャンデリアが明るく照らしている。

それすらも、落ちて来るのではないかとその下を避けて移動する自分に、紬は苦笑した。

そんな、映画みたいなことが起こるはずなんてないのに…。

しかし、その直後に別の自分が急いで否定した。

人が爆発して外界から隔離されてしまっているこの環境が映画みたいでないと言えるのか?

理沙と並んで巧と雅樹について行っていた紬は、先を行く二人が両開きの大きなドアの、取っ手を掴むのを見ていた。

しかし、掴んだ取っ手は全く動くことが無く、鍵がかかっているなら僅かでも揺れるはずのドアは、まるで鉄製の重たいドアのように微動だにしなかった。

「?!開かない?!」

巧が必死に取っ手を握りしめて、もう一つの扉に足をついてまで振り回すように足掻いている。雅樹がそれを見て、側にある小さな飾り棚の脚を持って振り上げた。

「どけ、巧!」

「うわ!」

巧は、慌てて横へと飛び退いた。雅樹は、勢いはそのままで大きく振りかぶって、玄関ドアへと思い切り叩きつけた。

そのしっかりとした造りの飾り棚は、無残に音を立てて砕け散り、木材の破片が辺りに飛び散った。

「きゃっ!」

理沙が、慌てて腕を上げて顔を庇う。小さな木片が、その腕に当たって落ちた。

「ちょっと、危ないじゃないの!」

紬が、理沙へと近寄って言う。雅樹は、ゼイゼイと息を上げながら、まだ砕けた飾り棚の脚を手に持って、ドアの方を向いていた。

「…全く手ごたえがなかった。」

巧は、それを聞いてドアへと歩み寄って、その表面を手で撫でた。

「本当だ。…かすり傷一つ付いてない。」

「どういうこと?」理沙が怯えたように弱い声で言った。「どうして開かないの?ここに、閉じ込められたってこと?」

しばらく黙っていたが、雅樹が、首を振った。

「いや、裏口だって窓だってある。どこかから出られるはずだ。奥へ行こう。使用人が使う部屋が集中している辺りに、裏口があるはずだ。そっちへ行ってみよう。」

そうして、手に持っていた飾り棚の残骸を投げ捨てて、速足に奥へと向かう。

「こら、ちょっと待て!みんなで一緒に行動だろうが!」

巧が、急いでその後を追う。

紬は、急いで理沙を引っ張り起こして、急いで二人の背中を追って走った。

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