別荘2
宮脇は、サンドイッチとコーヒーを差し入れてくれた。
それを片手間に口へと運びながら、四人は黙々と作業を続けた。
そうやって数時間が過ぎた頃、巧と雅樹が何やら話し合っていたが、そのうちに何かの結論に達したようで、紬と理沙の方を見た。
「なあ、そっちはどうだ?こっちは、問題なくいけそうだ。心配したカメラも、指示さえ出せば連続で動画を撮影できるタイプの物だと分かった。どうやら、最初10分刻みの静止画にしたのは、当時のサーバーの負荷を考えての事だったらしい。画質もわざと荒い物にしているようだが、それもコマンドで何とかなる。メンテナンスをしてるってのは本当だな、あっちこっち片っ端から新しい物に換えて行ったようで、今ではサーバーも大容量なのにほとんど使ってないってもったいない状態になっちまってるんだよ。」
紬も、頷いた。
「こっちの東側の方もそうよ。わざわざ分けてるけど、一つのサーバーで事足りそうね。どうする?ナイジェル様はまとめたいようだったけど。」
巧は、じっと繋がっている自分のパソコンを見た。
「そうだな…やっちまおうか。だがその前に、地下室にもカメラを設置出来ないか見て来たい。雅樹がせっかく持って来てるんだ、一度試してみよう。宮脇さんは居るか?案内してもらいたいんだ。」
理沙は、立ち上がった。
「きっと食堂かしら。さっき覗いてくれて、夕食のご準備をしますって言って出て行ったのよ。行って来るわ。」
紬は、同じように腰を上げた。
「待って。場所は分かる?」
理沙は、歩き出しながら頷いた。
「多分。ここへ来る前に通り過ぎたドアが、少し開いてて中が見えてたの。きっとあそこが食堂だわ。大丈夫よ。」
そうして、理沙は出て行った。巧は、うーんと伸びをした。
「あー思ったより手間がかからなさそうだな。これで、言い値を払うって言ってるんだろう?あんまり高額な見積もりは出せないな。」
雅樹が、呆れたように言った。
「おいおい、今回はPRみたいなもんだから、きちんと相場を請求するんだぞ。でないと、ぼったくりの会社だと思われて、どこも紹介してもらえなくなるじゃないか。何より、契約してくれなかったらどうする。」
巧は、片目をつぶった。
「冗談だよ。タダでもいいぐらいだが、安売りも良くないからな。それにしてもこれが別荘なんて、自宅はどんなだろうな?興味がある。」
確かに、と紬は思った。あのナイジェルが住む家ならば、きっと立派なお屋敷だろう。
雅樹が、フッと笑った。
「いずれ見られるさ。こっちとあっちを連動させるなら自宅の方の警備室にもお邪魔する必要があるだろう。楽しみだな。」
そんなことを話していると、いきなり理沙の叫び声が聴こえた。
「きゃあああ!!」
巧が、椅子から飛び上がった。雅樹も、立ち上がる。
「なんだ?!」
「理沙の声よ!」
紬が言うより先に、巧はドアから飛び出して行った。
「あああああ!」
悲鳴は、まだ続いている。
紬は、声の方向へと必死に走った。前を行く巧の姿が、どんどんと遠ざかる。普段からろくに運動をしていなかった自分の怠惰さを、紬は呪った。
それでも、巧が一つの部屋へと飛び込むのは離れていても見えた。
ドアが開きっぱなしになっているようで、ドアの開けるような仕草も見えないまま巧の姿は消え、紬も、その後ろを来ていた雅樹も続いて飛び込んだ。
妙に鮮やかな色彩が目に飛び込んで来る。
紬は、最初面食らった。窓から差し込んで来る夕日の光に照らされて、普段は上品な白に小花がちりばめられている柄の壁紙が、緋色に染まっている。そして、なぜか清潔そうな室内にはそぐわず、何かの黒いしみが点々と散っているのが見えた。
何より何かの動物的な匂いが鼻について、紬は眩暈を覚えた。
しかしもう夕方で、夕日が入り込んで照らしている場所以外は、暗く影を落としていてよく見えなかった。
目の前には、背中を向けて立ち尽す理沙の後ろ姿と、その肩を抱いて同じようにまるで像のように動かない巧の姿があった。夕日に向かっているので、その背は黒くてパッと見ただけではそれが生きているようにも見えなくて、紬の背には冷たい何かがスッと流れた。
後ろから入って来た雅樹が、息を上げながら言った。
「なんだ?!」と、壁をまさぐった。「電気!よく見えないじゃないか、何が起こってるんだよ!」
パッと白い灯りが灯った。
その途端、目の前の光景が一転した。
夕日の赤と、影の絶妙なコンビネーションでハッキリと見えなかったそれが、しっかりとした色彩を放ってそこに立つ四人に襲い掛かった。
「う…」黙って立っていた巧が、うめき声を上げた。「うわあああああ!!」
紬は、二人の背で隠れていた現場へと足を踏み入れた。
そこは、血の海だった。
床には、それが一体元は何であったのか分からない程原型をとどめない、ただの肉の塊が放射線状に散らばり、異臭を放っていた。
肉片は四方へと散らばり、泡立つような形でねばねばとした粘液をまじえて壁や食器棚、椅子などの調度を侵食していた。
そして、その中心に当たる部分はまるで花のような形をしていた。中心部分は真っ赤な肉のブツブツとした物の集合体で、その回りは皮にこびりついた筋肉であっただろう部分がだらりと垂れさがるような形であった。腸のような管状の物も混ざっているようだ。
そんなものに、グロテクスでありながらどこか人工的な美しさを感じることに、紬は混乱した。あまりにも衝撃的で精神がどうにかなってしまったのだろうか。
そして何より、その肉片の花の下に、人の脚らしきものがあるのを見、その先に確かに靴が履かれてあるのに気付いて、紬はそれが、間違いなく人であったのだと悟った。
「こ、これは…!」紬は、理沙を正面から見た。「いったい、誰…、」
そこまで言った時、紬は絶句した。理沙の顔には、いや体も何もかも、真正面から赤いペンキでもぶちまけられたかのように、真っ赤だったのだ。
「…駄目だ!」後ろに居た雅樹が、口と鼻を左腕を当てて押さえて駆け寄って来て、理沙の腕を掴んだ。「ここから出るんだ!早く!」
その声に、紬は反射的に体が動くのを感じた。ここに居てはいけない。本能が、そう告げて紬の脚を動かした。
理沙は、まだ放心状態だったが、雅樹に引っ張られてドアの外へと引きずり出される。巧は、まだ混乱しているようだったが、それでもそれについて何とか部屋の外へと一緒に出て来た。
乱暴に理沙を部屋から放り出した雅樹は、最後に巧が部屋を出るのを見てすぐにその部屋のドアを閉じた。理沙は、雅樹に放り出された勢いで、今は廊下のワインレッドの絨毯の上にへたり込んでいる。
それを見た紬は、自分も力が抜けて、へなへなとその場に座り込んだ。何が起こったのか分からない。いったい、何がどうなったのか…。
部屋の中とは違い、夕日も入らない広い廊下は昼でも電気がついていて明るく照らしていたが、今もそれは変わらなかった。真っ赤なままの理沙は、ボーっと虚空を見つめて口も半開きになり、心ここにあらずの状態のようだ。
そんな状態の中で、唯一冷静で居るように見える雅樹が、理沙に歩み寄って、その両肩を掴んで言った。
「いったい、何があった?!何があったんだ、あれは誰なんだ?!」
理沙は、そこに来て初めて雅樹へと視線を動かした。それを見た紬は、理沙がまだどこかに正気を保っていることが分かって少しほっとした。しかし、理沙は言った。
「…宮脇さん。夕食の準備が、出来ました、あなたが様子を見に来たのですねって、笑って言った瞬間、爆発したの…」理沙は、視線を虚空の何かへと向けて、険しい顔をした。「爆発したのよ!目の前で!笑ってたわ、笑顔のままいきなり吹き飛んだの!あの人の皮が飛んで来たわ、目玉も、鼻も…生暖かくて、何か分からない真っ赤なものが、どんどん私に吹き付けて来たの!爆発したのよ、人間は本当に爆発するんだわ!」
最後には叫び声を上げて、雅樹につかみかからんばかりに身を乗り出していた。眼球も、飛び出してくるのではないかというほど見開かれ、紬にはその姿が異形のものに見えた。雅樹が、そんな様子に気を飲まれて絶句していると、それを見て逆に冷静になったのか、巧が落ち着いた声で言った。
「待て、落ち着け、理沙。」と、理沙の肩を抱いた。「とにかく、その姿じゃダメだ。どこかに風呂場があるだろう。綺麗に流して来るんだ…紬、手伝ってやってくれないか。」
紬は、頷いて理沙の手を取った。
「ええ…理沙、とにかく着替えよう。後は、警察がやってくれるわ。」
巧が、スマートフォンを取り出した。
「ああ。連絡しておく。」
それを見てから、紬は奥にあったガラスのはまった扉を思い出し、恐らくそこが風呂場だろうと辺りをつけて、理沙を伴ってその場を離れたのだった。