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オドの虜囚(とりこ)  作者:
序章 屋敷の虜
4/43

別荘1

その日は、朝からあいにくの曇り空だった。

それでも、(つむぎ)の心は軽かった。理沙、巧、雅樹と共に、仕事が出来ることが嬉しかったのだ。

指定された駅のコインパーキングの前に、午前10時とのことだったので、それより少し早めに、紬は来て待っていた。

すると、理沙と巧が先に紬を見つけて、向こう側から手を振って走って来た。

「ごめん、待った?電車、やっぱり怖かったんだけど、何も無くて良かったわ。あれから、あの事件の調査も行き詰ってるってことじゃない?原因が分からないって、やっぱり怖いわね。」

紬は、実は自分も最初は怖かったのだが、ここ数日何も起こらないのですっかり忘れていたことだったので、苦笑した。

「ああ、あの変死事件ね。確かに原因が分からないのは怖いけど、でもあれから何も起こってないんだし、大丈夫だと思いたいわ。ところで、雅樹はまだ?」

巧が、辺りを見回しながら言った。

「いや…さっきメールで家を出たと聞いたから、もうそろそろかと思うんだけど。」

すると、雅樹が向こう側から大きなカバンを抱えて走って来るのが見える。どうやら、車で来たようで、立体駐車場の方角から出て来た。

「ごめん、ギリギリだな。荷物が多いから、車で来たんだ。ほら、試験的に設置しなきゃならないかもしれないから、カメラとか、工具とか、配線とか、そんなのを持って来たんだよ。巧は何も持って来なかったのか?」

巧は、肩をすくめた。

「ノートパソコンと、後は懐中電灯とか、暗い場所を覗く必要があった時のために持って来てるのはあるけどな。」

理沙が、急に不安そうな顔をして紬を見た。

「何か持って来ないといけなかったかしら。筆記用具とか、普段仕事に持って行ってる物しか持って来てないわ。」

そう言われて、紬も自分のカバンを覗き込んだ。入っていたのは、カロリーメイトとか、小腹がすいた時に食べるお菓子、それにペットボトル、バンドエイドと消毒薬…これは靴擦れ対策の物だ…筆記用具の入った筆箱に、使い慣れたノートパソコン。ペンライトに、ティッシュとハンカチ、財布だけだった。

「…今日は下見だけってことだったし。私も仕事の時に持って行くような物しかないわ。今日は作業までしないつもりだったし。」

雅樹は、あからさまにがっかりしたような顔をした。

「そうなのか。まあいいや、これは置いておかせてもらうとするか。せっかく持って来たんだ、持って帰るのは面倒だしな。」

そんなことを話していたら、目の前に紬には見覚えのある、大きな黒塗りの車がスーッと走って来て、停まった。それを見た他の三人が、一斉に口をつぐむ。

紬は、中を覗こうとしたが、綺麗に貼られたスモークのせいで何も見えなかった。仕方なく待っていると、後部座席のドアがスッと音もなく開いた。

「どうぞ。」

まるで機械のような、色のない声が言う。三人が紬を見るので、紬は頷いて、先に車の中へと乗り込んで行った。

それを見た理沙が、表情を硬くしたまま紬に続いて乗り込んで行く。

大きな荷物を持っている雅樹は、それをトランクへと放り込んでから、助手席の方へと座り、巧は理沙を追ってその隣りへと収まって、無言のまま、車は静かにそこを出発したのだった。



車は、幹線道路を抜けて、脇道からどんどんと山側へと向かっていた。

別荘と言うからには、恐らく離れた静かな場所に建っているのだろうが、道は段々と狭くなり、すれ違う車もまばらになって来る。

もう、ここまで一時間半ほど、全く会話もないままに来てしまっていた。

というのも、助手席に座っている雅樹が、いつもなら話題を提供してくれて場は盛り上がるのだが、いかんせん隣りの運転手があまりにも静かで、ニコリともせず、黙々と運転し続けているからだった。

しかし、あまりにも長く続く沈黙に、ついに耐え切れなくなった雅樹が、口を開いた。

「…この車は、最新のもののようなのに、ナビも着いてないんですね。いったい、ここらはどの辺りになるんでしょう。」

後部座席の三人は、固唾を飲んで雅樹と共に返事を待っていた。運転手は、しばらくしてから、まるで何かに無理やり言わされているかのような重い口ぶりで、答えた。

「…この辺りは、G県との県境です。お屋敷は、G県にあります。ナビゲーションは、私が必要ないと言って取り付けませんでした。」

その、あまりにも淡々と表情の無い話し方に、さすがの雅樹も降参したようだ。両手を軽く上げて後部座席の者達にゼスチャーで示して、また黙った。


車は、どんどんと細い道へと入って行った。

アスファルトで舗装されていた道がボコボコと手入れされていない状態の道へと変わり、ついに草と土へと変わって行くのを目にするとさすがの巧も雅樹も、顔をこわばらせた。紬も、理沙も不安感に押しつぶされそうになりながら、ただ窓の外を流れる景色だけを見ている。紬には、その中から何か得体の知れないものがこちらをジッと見ているような錯覚に囚われた。そう、あの魚の目をした者達と、同じような気配。

雑木林の中をただ一台の車で抜けて行くその時間は、まるで永遠のようにも思えるほど、底知れない恐怖を感じさせた。

いよいよ引き返して欲しい、と紬が言おうとした頃、急に目の前が開けた。

そこは、森の中にある広い空間といった感じの場所で、とても明るく日差しが入り込んでいる、美しい場所だった。

その空間の真ん中あたりには、大きな古い洋館が建っていて、森の洋館というとそれはおどろおどろしい物をを連想しがちだが、ここは手入れがとても行き届いていてそれは綺麗で、重厚な品を醸し出している建物だった。

出発した時には曇っていた空も、ここではスカッと晴れていて青い空が眩しいほどだ。

車はその洋館の前まで行くと、入口の前に横向きに停車した。

「…到着しました。(あるじ)の御屋敷でございます。」

ドアが、自動で開いた。

まず巧と雅樹が降り、続いて理沙が、そして紬が降りた。そして、ドアが閉じる前に運転手に言った。

「ありがとうございます。あの、帰りはどうしたらいいですか?」

相手は、また表情の無い声で答えた。

「お迎えに参ります。」

そう言ったかと思うと、ドアは閉まり、雅樹が荷物を下ろすのを待って、すぐにそこを後にした。

去って行く車を見送りながら、また不安に駆られていると、屋敷のドアが開いて、そこから一人の男性が出て来た。若そうだが、顔色があまり良くなく、ひょろりとした印象を受ける。その男が、言った。

「よくお越しくださいました。主から聞いております。私が別荘番の宮脇でございます。」

紬は、進み出て頭を下げた。

「お世話になります。私は紬・マッセリンク、あちらが左から、原田巧、瀬川雅樹、そして川村理沙です。現場の状況を確認しに参りました。」

相手は、頷いた。

「はい。管理室へとご案内します。どうぞこちらへ。」

声は若いが、覇気がない。こんな場所の別荘番などしているのだから、あまり人と接することもないのかもしれない、と思いながら、紬は他の三人に頷きかけて、宮脇と名乗ったその男について、屋敷の中へと入って行ったのだった。




屋敷の中は、とても美しかった。

この別荘の主があれほど美しいのだから、それは建物も美しいだろうと紬は変に納得していた。

大きなクリスタルのシャンデリアといい、敷かれてある重厚な雰囲気のワインレッドの絨毯といい、置かれてある凝った細工の施されてある家具や調度の数々といい、あまりにも見事で、四人はまるで子供のようにキョロキョロと見回してしまっていた。

こんな場所にひっそりとあるので、家具に埃でも積もっていそうなものだが、そんなものは欠片も見あたらなかった。

その広い屋敷の中を歩いて行く途中、黙っているのも居心地が悪い気がして、紬は言った。

「ナイジェル様から聞いているのですが、ここに夜間に侵入している人が居るかもしれないとのことなのですが。被害などはないのですか?」

宮脇は、紬を見て首を振った。

「いいえ。奇妙なことに、お屋敷の中の調度などには一切手を触れておりませんで、しかし地下には、何やら変な落書きなどがされてあったり、中の物を移動させてあったりと、確かに誰かが手を加えた跡が残っているのでございます。防犯カメラも地下の入口まではありますが、地下には無いのです。」

巧が、後ろを歩いて来ながら言った。

「でも、入口にカメラがあるならそこに降りて行く姿が映っているのでは?」

宮脇は、それにも首を振った。

「それが、何も映っておりませんでした。ですが何しろ古いシステムですので、録画も10分ごとのコマ送りでしか行われておりません。地下への入口はその一つしかなく、(あるじ)もセキュリティの強化を決断されたようです。夜は私も自宅へ戻らねばなりませんし、ここに残るわけにも行かず。なので今後は新しいシステムを導入して、主のご自宅の方で、警備員たちに画面を通して夜通し見張らせるとのことでした。そうしたら、連続で動画として録画も出来るし見張ることも出来るだろうと。」

今は、10分毎に写真撮影している画像が連続で残っているだけなのか。

雅樹と巧は、それを聞いてそう思った。それでは、間に侵入するのは可能だ。

「ご期待に沿えると思います。」

巧は、自信を持って答えた。しかし、機材がもっと必要かもしれない。そうなると見積もりをしなければならない…。

しばらく進むと、奥まった場所に木製のドアがあり、そこを開いて宮脇は入って行った。それに続いて紬と巧、雅樹、そして理沙と順番に部屋へと足を踏み入れる。

そこは、古いディスプレイが何台も並ぶ、8帖ほどの広さの部屋だった。

それを操作するコンソールも、かなり古いものだ。それでも、それが正常に動いていることは、一目見て分かった。

「…アンティークの域だな。だが、これほど完璧に作動しているなんて。」

宮脇が、それには答えた。

「はい。ひと月に一度、メンテナンスは欠かしたことがありませんので。見た目はこれでも、内部はほとんどが新しい部品へと交換されています。なので今のパソコンをつないでも、問題なく動作するかと思われます。ただ、私達にはそれをどうしたらいいのかが全く分かりませんので、皆さまのお力をお貸しいただこうかということで。」と、脇の四角い穴を示した。「USBポートはそこです。何をしてもいいとのことでしたので、後は全てお任せ致します。よろしくお願い致します。」

雅樹が、早速荷物を肩から降ろすと、コンソールへと向かった。

「では、早速今の状態を調べさせて頂きます。もしかしたら、一度全ての動力が落ちるかもしれませんが、それでも大丈夫でしょうか。」

宮脇は、すぐに頷いた。

「はい。夕方までは私も居りますし、庭師も庭の手入れで出入りしておりますので。もしもお泊りになるようなら、お部屋もご準備いたしますのでおっしゃってください。それから、お食事はどうされますか?もうそろそろ、お昼かと思いますが。」

巧と雅樹は、もう真剣な顔をしてコンソールと向かい合っている。理沙が、苦笑しながら言った。

「申し訳ありませんが、軽く摘まめる程度の物でいいので、こちらへ持って来てもらえませんか。きっと、今食事だと言われても、この人達は食堂までは上がらないかと思うので。」

宮脇は、頭を下げた。

「はい。では、こちらへお持ち致します。それでは。」

そうして、宮脇は出て行った。

それを見送ってから、理沙と紬も作業に取り掛かったのだった。

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