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WAVE:03 凛と裂く花のように

「うあ〜〜〜」


 オレは思わず珍妙なうめき声を上げてしまった。


「ん、ひょっとしてお疲れモード?」


 隣でグラスを磨いていたバイト先の店長マスターが、作業の手を止めて、心配そうな顔で聞いてくる。


「いやー、ちょっとおかしな女子中学生にウザ絡みをされまして。気疲れしてるんですよ……」

「ふむん。いろいろと大変なんだね。やっぱり、シフト減らした方がいいのかな?」

「いや、それは大丈夫です!」


 グンニャリと曲がりかけていた背中を伸ばしながらオレは元気よく答える。


 先月はプロフェシーの改修資金を捻出するために、かーちゃんから小遣いを前借りした。おかげで今月は財政難だ。来月は学期末考査があるし、今のうちに稼いでおかないと。


「まぁ、小瀬川こせがわ君がそれでいいなら、僕の方は問題ないけど……」


 マスターはそう言うと、カップを磨く作業を再開した。


「それでさー、結局、伊吹いぶき藤宮ふじみやさんとの決闘を本気で受けるワケ?」


 カウンター席の透吾とうごが、蜂蜜の大量にかかったホットケーキを一口大にカットしながら聞いてくる。


「それなー。どう考えても藤宮が伊吹に勝てるとは思えないし、何か意味あるのかよ」


 タブレット端末を睨みながらヒナが言う。消耗品の発注をしているところだ。


「別にいいんじゃない? やりたいならやらせてあげなさいよ」


 完全に他人ひと事みたいな調子でいぬい


「いや、オレはそこまで乗り気じゃないぞ」

「ぶっきーパイセン、男らしくないよ〜〜。自分の発言にはしっかり責任を取らないとダメダメだぞ〜〜」


 問題になってる女子中学生の相方、颯田さったが勝手なことを言いやがる。


「それはそうと、あまむーパイセンは、ボクにホットケーキを少しおすそ分けするべき〜〜」

「何で僕がそんなことしなきゃいけないの? 意味不明っぽーい」

「え〜〜、いいじゃ〜〜ん。少し分けてよ〜〜」

「もう、仕方ないなー。ちょとだけだよ。伊吹、小皿取って-」

「あいよー」


 食器棚から小皿を一枚取り出して渡す。


「わ〜〜い、ホットケーキだ〜〜」

「そんなに食べたいなら自分で注文しなよー」


 小皿に取り分けたホットケーキを颯田に渡しながら、呆れた調子で透吾が言う。


「まぁ、人のモノほど欲しくなるって言うしね……。雨村あまむら、私にも少し分けてよ」

「ええー、絶対に嫌だよー?」

あや先輩、一口食べる?」

「あら、ありがとう。ひびきはいい子ねー。わたしの隣に座ってる黄色いクマも見習って欲しいわ」

「……そのホットケーキ、僕が分けてあげたってこと忘れないでね? あと、僕はプーさんじゃないから。蜂蜜は好きだけど」

「お前ら、ホットケーキの話はそこまでにしとけよー。それよりも、伊吹と藤宮の決闘の話だろ」


 発注作業中のヒナが端末に視線を落としたまま言った。


「話も何も、小瀬川が花凛かりんの挑戦を受ける、でこの話題は終了よ」

「でもさー」

「テニサーもデビルサモナーズもないよ、ひなたんパイセン。それに、あまり油断しない方がいいと思うぞ~~。花凛はやるときはやる女だし!」


 颯田がショートカットの前髪を扱きながら言う。何だそのドヤ顔は。


「へいへい、そうだといいですねー。委員長がいたらこんな面倒に巻き込まれることもなかったのに、伊吹も災難だよなぁ」

「いや、宙埜そらのさんは藤宮のかーちゃんじゃねーし」


 とは言え、宙埜さんが普段から暴走しがちな藤宮のストッパーになったいたのも事実ではある。


 実際、家の都合で宙埜さんが不在のときを狙って、藤宮はオレにオラクル・ギアでのタイマン勝負を持ちかけてきた。いや、今さっきの話なんだけどさ。


 何を言っても聞かなそうな雰囲気だったので勝負を受けることにしたけど、やっぱりスルーすべきだったかなぁ。ぶっちゃけ、面倒になってきた。


 でも、対戦なんて基本的には来るモノは拒まず、去るモノは感謝の死体蹴り一万発だ。やっぱり受けて立つのがゲーマーってもんだろう。 


「まぁ、いいさ。相手が誰でもオレが勝つだけだし」

「ぶっきーパイセンかっこいい〜〜。でも、前にボクと花凜のコンビに負けたの忘れてるでしょ〜〜?」


 颯田のヤツが嫌なことを思い出させやがる。詳しい話は省くけど、前にそうゆうことがあったんだよ。


「うるせー、あんな不意打ちみたいな対戦はノーゲームに決まってるだろ。いい加減にしとけ」

「どんな形でも勝ちは勝ちだよ、ぶっきーパイセン。そんなこと言ってると、また痛い目あっちゃうぞ〜〜」

「うがぁー!! どの口がその言葉を吐くかー!!」

「きゃ~~、ぶっきーパイセンがキレた〜〜」

「響、反応が面白いからって、あまり小瀬川を煽るんじゃないわよ。泣いちゃうでしょ?」

「泣かねーよ? 女子中学生にいじめられて泣き出す男子高生とかありえねーだろ」

「ねぇ、どうせだったら賭けない? わたしは花凜が勝つに豊島珈琲ここのケーキセット!」

「おい、コラ、乾! オレの発言を無視するな! あと、何だそのクソみたいな提案は!?」

「小瀬川君、流石に飲食店でそのワードはNGだよ?」

「す、すみません……」


 乾と颯田のせいで怒られたじゃねーか! 絶許!!

 

「それじゃー、僕は伊吹が勝つにホットケーキのトッピング全部盛りでー」

「はいはい〜〜! ボクは花凜にベットするよ〜〜! デラックスフルーツパフェをあまむーパイセンのお給料で〜〜!」

「わーい、完全に意味不明っぽいよー」

「颯田、いい加減にしとけよ。透吾の目が笑ってないぞ。あと、さすがにダチを賭けの対象にするのは感心できねぇな」


 どうやら、この面子で常識を持ち合わせているのはヒナだけみたいだ。透吾と乾と颯田は光の速さで歩け〜六神ー合体ーっ!……じゃなかった、見習うべき。


「あら、珍しくまともなことを言うのね。とりあえず、大庭おおばは小瀬川が勝つ方にカレーでも賭けなさいよ。ここのカレー美味しいし」

「勝手に決めるなよ! ……まぁ、伊吹が負けるとは思わないけど」

「……いいのかい、小瀬川君。みんな好き放題言ってるけど」

「もう、面倒なんで放っておきましょう……」


 気遣わしげな表情で聞いてくる店長に、オレは心底グッタリとした調子で答えた。



 そして、藤宮との対戦当日。

 場所は例によってオレ達がホームにしているゲームセンター、アクト・オブ・ゲーミングだ。


「……やっと来ましたわね」


 店の前で待機していた藤宮が不機嫌そうな表情で声をかけてきた。

 今日は日曜日で学校は休み。そんなワケで割とレアな私服姿だったりする。

 藤宮はいつもの姫カットの上に菫色のリボンが付いた白いつば広帽をかぶっている。膝丈ほどのワンピースは明るいブルーで、そこに帽子と同じ色のカーディガンを合わせ、手にはライムグリーンの小さなバッグ。なかなか可愛らしく、上品な印象のコーディネイトだ。

 その隣でS T G(シューティングゲーム)のオプションよろしくチョロチョロしている颯田は、淡いグレーのトレーナーにデニム地のハーパン、ショートヘアに黒いキャップをちょこんと載せて、同色のスニーカーを履いている。藤宮とは真逆のカジュアルな装いだけど、二人並ぶと不思議とバランスが取れるようだ。

 

「おう、来たぞ」


 オレの言葉に藤宮は小さく肯くと、サンダルの踵を鳴らしながら、颯田と二人で無言のまま店に入って行った。

 

「いつにも増しても無愛想なやっちゃなぁ」

「そうだねー、ちょっと教育が必要っぽーい」


 藤宮の態度にヒナと透吾が呆れ顔で言う。

 ちなみに、乾は宙埜さんと二人で買い物に行っている。オレと藤宮が対戦している間、宙埜さんの足止めをしてくれるそうだ。


「まぁ、いいさ。オレ達も行こうぜ」

「僕は自転車を置いてくるから、二人は先に行ってー」


 駅前の駐輪所に向かう透吾と一旦別れて、ヒナと二人でアクト・オブ・ゲーミングの店内に向かう。


 開店とほぼ同時に顔を見せたオレ達に、店長のミカねぇが「朝早くからご苦労様」と声をかけたきた。


「上、空いてますよね?」

「幾らオラクル・ギアが人気だからって、朝イチであの数の筐体が塞がるワケないでしょ。好きなのを使いなさい。お友達が待ってるわよ」


 オレの質問に少し呆れたような調子でミカねぇが答える。

 藤宮と颯田が「お友達」かどうかはちとビミョーなとこだけど、人を待たせるのは性に合わない。さっさと行くか。


 二階のオラクル・ギア専用エリアに続く階段を上がる。

 途中の踊り場に置かれた時代物のテーブル筐体が目を引く。当然、飾りではない。しっかり現役で遊ばれているゲームだ。アクト・オブ・ゲーミングにはこの手の骨董品みたいなゲームが数多く置かれている。それも、全て遊べるようにメンテされた状態で。

 ある種のレトロゲーム博物館的な場所でもあるワケだ、ここは。

 まぁ、現役で遊ばれているゲームに対してレトロもへったくれもないけど。

 

「まったく、待ち飽きましたわ」


 二階フロアの入口から藤宮がオレとヒナを見下ろしながら言ってきた。


「へぇー、わざわざ出迎えてくれたの? お心遣い痛み入るなぁ〜〜」


 煽るようなオレの態度に藤宮は少しばかり表情を引き攣らせたけど、いつものように憎まれ口を叩くこともなく、無言のままフロアの奥に向かった。


「ぶっきーパイセン、ひょっとして宮本武蔵を気取ってたりする~~?」

「颯田、それは藤宮の負けフラグだから止めて差し上げろ」

「ヒナたんパイセン、今日の花凛はいつもと違うよ~~。その幻想フラグをぶち壊しちゃうレベルでやる気満々なんだからさ~! 特訓だってしたんだぞ〜!」


 オレはヒナと颯田のやり取りをスルーして二階に続く階段を上る。


 オレの反応が薄いことに不満気な表情を浮かべる颯田の横を通り過ぎ、三十基近くの密閉型筐体ライナーピットがひしめくエリアを進んでいく。どうでもいいけど、筐体の数多すぎでは? かなり圧迫感があるぞ。


 フロアの一番奥で藤宮が待っていた。


「……準備はよろしくて?」

「こっちはいつでもいけるぜ」

「ルールはシングルマッチの一本勝負。ステージはランダムセレクトになりますわ。これで、問題ありませんわね?」

「ああ」

「分かりましたわ。立会人の皆様から何かありますかしら?」

「おれはねーよ」

「ボクからも特になし〜! ぶっきーパイセンにしっかり吠え面かかせちゃってよね〜〜!!」

「私はカナタお姉様から授かった輝きに恥じない戦いをするだけですわ」

「輝きか……。いいな、そうゆうの。気持ちの乗った対戦は大好物だぜ。オレも思いっ切りはしゃいでやる!」


 オレは握った右手を逆の掌に力強く叩き付けながら、そう言った。



 ボディバッグから折り畳み式のゲーミングヘッドセットを取り出して装着する。

 多機能型スマート端末のシビュラホンをコンソールの定位置にセット。自動でオラクル・ギアのアプリが立ち上がり、クラウドストレージに保存された機体ギアのデータが読み込まれる。

「チャリン」という小気味のいい音は、シビュラホンにチャージされた電子マネーがつつがなく引き落とされた合図だ。


 メニュー画面でシングルマッチの店内対戦モードを選択。

 藤宮が立てた部屋に入り、ヘッドセットのマイクで「よろしく頼むぜ」と挨拶。


〈……こちらこそ、よろしくお願い致しますわ〉


 お、てっきり無視されるものかと思ったけど、普通に挨拶が返ってきたぞ。

 こいつ、性格に難アリだけど、何だかんだで育ちのいいヤツなんだな。

 

『【オラクル・ギア・セカンドライド ジ・スター・ライト・ファンタズマ】シングルマッチ・モード、STAGE:0 0 1 1(ダブルオーイレブン)【ロスト・プラントにて……】開始30秒前です』


 愛用のヘッドセットからすっかりお馴染みとなったアナウンスが流れる。

 眼前に設置された半球状の大型モニター。そこに表示される画像と音声に一切ラグがないことを確認。最新式のデジタル伝送によるワイヤレス接続は、今日も快適なゲーミング環境を約束してくれる。


『【オラクル・ギア・セカンドライド ジ・スター・ライト・ファンタズマ】シングルマッチ・モード、STAGE:0 0 1 1(ダブルオーイレブン)【ロスト・プラントにて……】開始10秒前。ライナーの皆さんの健闘を祈ります』 


小瀬川伊吹こせがわいぶき、プロフェシーSG(スターグラブ)! ゴー・アヘッド!!」

藤宮花凜ふじみやかりん、サスペリア・テルザ。凛と裂く花のように……!〉


 モニターの画面が左右に分割され発進デモがスタート。ドックから戦闘宙域へ出撃するプロフェシーと藤宮の愛機テルザの姿が描出される。


 電脳世界の宇宙空間にリング状の転送ゲートが現れ、そこから二機のギアが飛び出してきた。


 モニターのカウントがゼロになり対戦開始。


 虚構の宇宙に浮かぶギアは、オレの操るプロフェシーと藤宮の駆るテルザの二機だけ。


 プロフェシーの正面に現れたテルザ。その後方に見える巨大な影は、ステージ名の由来である破壊された宇宙プラントの残骸だ。

 

「さてと、どうしたものかね……。取りあえず牽制しとくか」


 オレは小さく独りごちながら、右スティックのアームトリガーをクリック。

 プロフェシーの背部に取り付けられた大型スラスターから、四基の銃座が展開。有線制御式のガンポッドが藤宮の愛機テルザに襲い掛かる。

 ガンポッドから放たれたオレンジ色の光子弾を、テルザは腰から伸びたスラスターを噴かして回避。そのまま、右腕装備ライトアームのフォトン・ライフルで反撃してきた。


〈その程度の攻撃が通用すると思わないで……!〉


 はいはい、そーですか。

 オレはスティックとブーストトリガーを操作してテルザの攻撃をやり過ごし、左右のアームトリガーを同時にクリック。

 プロフェシーが主武装メインアームの大型実体(れん)ハーヴェスターⅡを水平に振り抜き、三日月型の光弾を発射。

 プロフェシーが飛び道具を盾にして、テルザに向かって突っ込んでいく。


〈見え透いた手ですわね!〉


 嘲るような藤宮の声。

 まぁ、何とでも言うがいいさ。

 テルザがスラスターを噴かして上方に回避行動を取る。

 宇宙空間に上も下もあったもんじゃないけど、ゲームなので細かいことは気にしない方向性で。とりあえず、頭のある方に向かったので「上」ということにしておく。


〈なっ……!〉


 ヘッドセットから驚きの声が聞こえる。

 そりゃ、驚きもするだろうな。雑な突進をかわしたと思ったら、相手がいきなり軌道を変えて引っ付いてきたワケだから。

 いや、こいつ、人を見下ろすのが好きそうだから、多分、「上」に行くと思ったんだけど、予測が見事に的中したわ。オレのスティック捌き、今日もキレキレだわー。

 

 プロフェシーがテルザを格闘攻撃圏内に捉える。

 オレは左右のアームトリガーをリズミカルにクリック。

 ダブルロックオンしたテルザに連続でハーヴェスターⅡの近接コンボを叩き込む。

 

〈くっ……! この程度の攻撃で!〉


 藤宮はテルザにガードを取らせ、ダメージを最小に抑える。

 スラスターを噴かして後方に大きく移動。プロフェシーから距離を取る。

 後退してからの仕切り直しか。悪くない判断だ。

 プロフェシーは格闘攻撃が主体のギアだけど、汎用ギアのサスペリアをカスタムしたテルザは、どの距離でもそれなりに安定して戦える。

 遠距離攻撃でチクチク攻めるつもりなんだろう。


 オレはアームトリガーを連続でクリック。ガンポッドによる牽制射撃だ。 

 テルザがスラスターから淡い緑色のエフェクトを放ち、回避行動を取る。蝶が舞うような軽やかなマニューバ。

 

「はは、いつになくいい動きするじゃねーか、藤宮!」

〈余裕ぶっていられるのも今のうちですわよ!〉


 スラスターを連続で噴かしながら、廃棄プラントの周囲に形成されたデブリ地帯に移動したテルザが、プラントの残骸に身を隠し、そこから、フォトンライフルを連射してくる。

 むむ、接近して格闘を擦りたいところだけど、デブリが邪魔だな。

 飛び込んでもいいけど、デブリ地帯じゃプロフェシーの機動性が殺される。

 まぁ、ここは「虎穴いらずんば」ってヤツか……。


「いい判断だな! 宙埜さんに教わったのか、それ?」

〈そうですわよ! 私はカナタお姉様から、テルザと一緒に戦場で生き残るための技術を沢山……それは沢山、教わりましたわ!!〉


 オレはプロフェシーのスラスターを小刻みに噴かして、淡いグリーンの光子弾を回避。そのまま、テルザが身を隠すデブリ地帯に突っ込んでいく。

 テルザはデブリの間を移動しながら、ライフルの連射を続ける。

 しかし、向こうもあんだけデブリに囲まれていたら、射線を通すのも大変だろ。

 なるほど、宙埜さんに戦い方を教わったのは伊達じゃない、ってことか。


〈まったく、ハムスターのようにちょこまかと……!〉

「オレはヒマワリの種なんか食わねーぞ!」


 藤宮の操るテルザの原型は、アルジェント社が発売した初心者向け汎用ギアのサスペリアだ。

”汎用”と言えば聞こえがいいけど、実際は「特徴がないのが特徴」と揶揄されるような、”汎用”ならぬ”凡庸”なギア。

 機体スペックも基本武装もありふれたモノで、カスタムすればそれなりに戦える程度の拡張性はあるけど、初心者を卒業する頃には乗り換えるのがパターンってヤツだ。

 実際、藤宮と同時期にオラクル・ギアを始めた颯田は、中級者以上を想定した可変型ギアのドリーム・キャッチャーを乗り回している。

 この前、藤宮の口から飛び出した”輝き”って言葉。

 あの時は聞き流したけど、多分、藤宮がテルザに拘る理由はそれなんだろう。

 宙埜さんがカスタムして藤宮にプレゼントしたらしいギア。

 藤宮が、宙埜さんとテルザ、それに、颯田や乾と過ごした時間を考える。

 そうだな。そんな簡単に、乗り換えられるワケねーよな……。


〈テルザの最大出力をお見せしますわ……!!〉


 藤宮の言葉に応じて、テルザの左肩にマウントされた、メガ・フォトン・ランチャーが展開、砲身の先端に緑色の光が灯る。発射の予備動作だ。

 それと同時。

 ヘッドセットから連続した爆発音が響き渡る。

 ……これは!

 フォトン・ライフルの射撃の合間に、左腕装備レフトアームのクラッカーを周囲にセットしていたのか。

 爆発の衝撃で、辺りのデブリがプロフェシーの方に流れてきた。

 だー、もう、回避の邪魔だっつーの!

 こっちが残骸に気を取られている隙に、テルザが主力装備メインアームのチャージを完了。

 回避の妨害と発射までの時間稼ぎ。よく考えてるな……!

 藤宮のヤツ、本当に今までで一番いい動き(ムーブ)をしてやがる。

 颯田が一緒に特訓したとか言ってたけど、その成果ってヤツかね。

 そんなに俺に勝ちたいのか、藤宮? いいぜ、その熱さ。

 可愛くないけど可愛いとこあるじゃねーか。

 だったら、こっちも相応のおもてなしをしないとな!!


〈当たりなさいっ!!!〉


 テルザの機体カラーと同じ淡いグリーンの裂光が左肩の砲身から解き放たれる。

 オレは武装のエネルギー残を素早く確認。

 これならイケるか!?


「まとめて吹っ飛びやがれ! キル・サイス・オーバー・マサカー!!」


 プロフェシーがハーヴェスターⅡを水平に構えてその場で大回転。

 機体を中心に広がるオレンジ色の光の渦がプロフェシーを取り囲むデブリをまとめて吹き飛ばす。


「プロフェシー、ブースト!!」


 オレは最速でレバーを操作。

 今のぶっぱで出来た空間にプロフェシーを滑り込ませる。

 緑色の光の奔流がプロフェシーのボディを掠めていく。

 ヘッドセットから鳴り響く警告音。

 シートが震動して、衝撃の大きさを伝える。

 ギリギリで直撃はまぬがれたけど、ダメージが大きい。首の皮一枚で繋がっているようなもんだ。改修前に比べればマシになったけど耐久値はそんなに高くないんだよ、オレの相棒は。

 危機的状況ってヤツだけど……。

 こいつは盛り上がる!!


〈ちょっと、どうして躱してますの!? 直撃だと思ったのに……!〉

 

 そうゆう藤宮の声は心の底から腹立たしそうだった。

 狙いは悪くなかったけど、相手が悪かったな。うん。


「いくぞ、プロフェシー!」


 オレはツインスティックを前に倒しながらブーストトリガーを押し込む。

 オレの操作に合わせてプロフェシーの背部スラスターが橙色の光を吐き出し、前方に大加速。

 モニターの中で徐々にプラントの姿が大きくなっていく。

 これぐらい近づけばいいかな?

 さて、いっちょいきますかね……!


ガンポッド展開(オープンポッド)! こいつはお釣りだ、貰ってけ!!」


 オレはアームトリガーを連続でクリック。

 背部の大型スラスターから飛び立った四基の銃座がテルザに迫り、砲身からオレンジ色の光子弾を発射する。


〈そんな適当な攻撃が当たるものですか!〉


 テルザが腰部のスラスターを噴かし、プロフェシーが虚空にバラ撒いた飛び道具を滑らかな動きで回避していく。


 オレはおかまいなくアームトリガーをクリック、クリック、クリック!

 ゲージが回復したハーヴェスターⅡの遠距離攻撃版も一緒にぱなす。


〈気でも触れましたの!? そんなエイムで私とカナタお姉様のテルザは捉えられませんわよ!〉

「いや、別に当てる気ねーし」

〈は? 何を言ってますの……?〉


 オレの言葉に藤宮が訝しげな声を上げる。

 その時だ。


〈きゃっ……!!〉


 藤宮の悲鳴が聞こえたのは。


〈これは……プラントの残骸!?〉


 プロフェシーの無茶苦茶な攻撃は別にテルザを狙ったモノではない。

 周囲のデブリの原因である宇宙プラントを狙ったものだ。

 前にも言った気がするけど、オラクル・ギアの障害物オブジェクトには破壊できるブツとできないブツがある。

 あの宇宙プラントは破壊できるブツで、ダメージを与えると構造材が剥離して、小さな障害物――デブリとなって漂う。

 藤宮はプロフェシーの攻撃を回避するのに気を取られて、そのことを忘れていたワケだ。

 そして、プロフェシーの攻撃で発生したデブリと、さっきオーバー・キル・サイス・マサカーで吹き飛ばしたデブリの幾つかがぶつかり合い、テルザに直撃した。

 まぁ、ビリヤードみたいなもんだと思ってくれ。

 

「ドレッド・スパイカー(テラー)、いくぜ!」


 オレは左スティックのアームトリガーを連続でクリック。

 隙を晒したテルザ目掛けて、防御力低下効果と機動力低下効果を付与した左腕装備のギア用釘打ち銃(ネイルガン)をぶち込んでやる。

 そのままプロフェシーを加速させ、テルザにハーヴェスターⅡの近接ラッシュをお見舞い。

「命を刈り取るすごく禍々しいなんちゃら」であるハーヴェスターⅡの威力はちょっとしたモノだ。

 ドレッド・スパイカーTの防御力ダウンを受けた状態で食らったらひとたまりもない。つーか、防御されたとは言え、最初の格闘攻撃でそれなりにダメージ与えてたし。

 プロフェシーの猛攻を受けたテルザの耐久値がみるみるうちに溶ける。

 フルコンを完走すると同時に、テルザの耐久値はゼロに。

 眩い閃光を放ちながらモニターの中のテルザが爆発、四散。虚構の宇宙の藻屑となった。


「オレの勝ちだな、藤宮」

〈……言われなくても分かってますわ〉

「お、今日はやけに素直やんけ」

〈うるさいですわよ。自分の負けぐらい潔く認められますわ〉

「まぁ、気を落とすなよ。お前の動きも悪くなかったと思うぞ。ちゃんと輝けてたんじゃね? 勝ったのはオレだけど!」

〈分かっていると言ってますでしょ! まったくお子様なんだから。精神年齢小学生ですか?〉

「しょ、小学生って……。お前さ、そんなにオレのこと嫌い? オレ、お前に何か嫌われるようなことしたか?」


 いい機会なので前から気になっていたことを聞いてみるなど。


〈嫌い……大嫌いですわ。存在そのもの許せないレベルですわね〉


 あー、やっぱりそうですかー。聞くまでもなかったな。

 あと、少しはオブラートに包んでけ。


「それならそれでいいけど、宙埜さんや乾……だけじゃねーな、まわりのヤツらにはあまり迷惑や心配はかけるなよ? まぁ、たまになら、今日みたいに八つ当たりされてやるから。黙ってやられる気はないけど」

〈そうゆう所ですわ……〉

「ん?」

〈アナタのそうゆう所が一番嫌いですわ。アナタがそんな風だから、カナタお姉様の気持ちが私から離れて行くのよ……〉

「何だよ、それ。宙埜さんは、お前のこと無視なんかしねーだろ」

〈そうですわね。きっとそうなのでしょうね。カナタお姉様はお優しい方ですし。でも、そんなことは、私にだって分かっていますわ。そう、本当は分かっていたの……〉

「分かってるなら問題ないだろ?」

〈大ありですわ。私が数年かけてようやっと辿り着いた場所に、アナタはほんの数ヶ月でするりと収まって。そんなの、納得できるわけありませんわ〉

「……オレは別にどこにも収まってねーよ」

〈まったく、どこまで本気で言っているのやら……。まぁ、アナタがそうゆうのなら、アナタの中ではそうなんでしょう。今はそうゆうことにしておきます。それと、先ほどの賛辞は素直に受け取っておきますわね、《《小瀬川先輩》》〉


 ヘッドセットから流れてくる藤宮の声はどこか晴れやかなものだった。

 今回の対戦で何か吹っ切れたのかな? よく知らんけど。

 まぁ、オレはいつぞやのリベンジができたし、最高に気分がいいので、問題なしだ! わはははは!!



「伊吹、ちょっと油断したよねー。ちゃんと画面を見てれば、藤宮さんがクラッカー仕掛けてたの気が付いた筈だよー?」

「そうそう、不用意にデブリ地帯に突っ込んだりもないよな」


 ライナーピットから出てくるなり透吾とヒナが人の悪そうなニヤニヤ笑いで言ってきた。


「う、うるせーよ。あれは……少し場を盛り上げたんだよ。あまり一方的な対戦だと藤宮が可哀想だからな。プロレスだ、プロレス」

「ふ〜〜ん、それで負けそうになったら世話ないよね〜〜、ぶっきーパイセン」

「だよねー」

「だよなー」

「えーい、知らん知らん!」


 オレは耳を塞いでギャラリーどもの言葉を無視。


「花凜、お疲れ様〜〜」


 ライナーピットから出てきた藤宮のところに颯田がトコトコと寄っていく。


「ちょ、響。いきなり抱き付かないで、危ないでしょ!」

「え〜〜、いいじゃ〜ん。頑張った花凜へのご褒美だよ〜〜」

「……私、負けましたのよ?」

「そんなの関係ないよ! 今日の花凜むっちゃカッコ良かったよ! ぶっきーパイセンに負けてなかった! ピッカピカに輝いてたよ!!」

「もう、響ってば……。でも、ありがとう」

「う〜ん、ゴロゴゴロ……花凜だいしゅきぃ〜〜」

「ふふ、私も響のことが大好きですわよ」


 オレは、猫みたいにじゃれあう女子中学生コンビを適当に眺めながら、昼ご飯は豊島珈琲《バイト先》でカレー食べるかなー、とかそんなことを考えた。


 ※


 尚、今回の藤宮の暴走だが、結局、数日後にはミカねぇ経由で宙埜さんにバレ、何故か全員まとめてお説教を食らった模様。


 まぁ、悪ノリに付き合ったオレ達にも問題はあるんだろうけど、それはそれとして、やっぱりあの女子中学生ども、絶対に許さんぞ〜〜!!




【To Be Continued……】 

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