WAVE:02 少女の触れた輝き
<カナタお姉様、ここは私にお任せ下さい!>
愛用のゲーム専用ヘッドセットから、女子中学生《J C》一号こと藤宮花凛の脳に響くキンキン声が聞こえてくる。
宙埜さんが反応を返す間もなく、藤宮の愛機サスペリア改造機テルザが、腰部スラスターを噴かして、モニターに広がる仮想の宇宙を加速。右腕装備のフォトン・ライフルを連射しながら手近な赤軍の敵機を強襲する。
<花凛ちゃん、前に出過ぎると危ないよ>
<この程度の相手に遅れを取る私ではありませんわ!>
宙埜さんの言葉を無視して藤宮がテルザを奔らせる。
敵機──サスペリアの姉妹機にあたるアルジェント社のフェノミナを改造したと思しきギア──がテルザの接近を咎めるようにフォトン・ライフルで牽制するけど、テルザは軽やかな動きで光子弾を回避。そのまま、機体カラーと同じミントグリーンの光をスラスターから放ち、カスタムフェノミナ(仮称)との距離を詰めていく。
<私の美技に酔いしれなさい!!>
それにしても、この女子中学生ノリノリである。
敵機をダブルロックオン圏内に捉えたテルザが、背中にマウントしたヒート・マチェットで格闘攻撃を仕掛けようとするけど──。
あー、アレは駄目だ。踏み込みが甘い。
オレの予測通りカスタムフェノミナは、地上のバクステにあたる後方短距離加速でダブルロックオンをカット。テルザは敵機の眼前でヒート・マチェットを派手に空振りして隙を晒す羽目になった。
<ヘ……?>
藤宮の間抜けな声がヘッドセット越しに聞こえる。
いやいや、「ヘ?」じゃないだろ「へ?」じゃ。
「おいおい、情けないとこ見せてんじゃねーぞ」
オレはオレンジ色のヘッドセットの位置を右手で少し調整してから、デュアルスティックのアームトリガーを左右同時にクリック。
プロフェシーがハーヴェスターⅡを水平に振り抜き、カスタムフェノミナ目掛けて鎌斬裂波を発射。
隙を晒したテルザに近接を擦ろうとしたカスタムフェノミナが、慌てて回避行動を取る。
<ちょ、余計なことを……!>
<花凛ちゃん、ここは後退した方がいいよ。このままじゃ危ない>
宙埜さんが愛機カメラオブ・スクラの主力装備、ロング・フォトン・ライフルで援護射撃をしながら呼び掛ける。
<そんなぁ、カナタお姉様まで……。私はまだいけますのに~>
藤宮が情けない声で不満をたれるけど、ここは心を鬼にして無視するところかと思われ。
今プレイしているゲームモードは、チーム戦にあたるカラートライブだ。
このモードは友軍同士の連携が重要になる。考えなしに単騎で突っ込むのはあまり推奨されない。
<これで、終わり……っ!>
スクラのロング・フォトン・ライフルから放たれた水色の光子弾が、虚構の宇宙を翔け抜け、カスタムフェノミナの胸部装甲に吸い込まれていく。
残りの耐久値を全て持っていかれた敵機は、モニターの中で激しい閃光を放ち、轟音と共に爆発四散。電脳空間の宇宙の藻屑となった。
<花凛ちゃん、少し落ち着こうね?>
<うう、分かりましたわ……>
宙埜さんの言葉に従い藤宮がテルザを後退させる。
「おーい、自分から勝手に突っ込んでおいて、あまり面倒かけんなよー」
<……フォロー、感謝しますわ。誰も頼んでませんけど>
むむ、一言多いヤツだなぁ……。
<もう、花凛ちゃんてば……>
<はっ、申し訳ありません! もちろん、カナタお姉様には最大級の感謝を捧げますわっ!!>
<えーと、そうゆうことじゃなくてね……>
うーんこの。
藤宮のオレに対するしょっぱい対応は何なのか。正直、ここまで嫌われる理由が全く分からん。
自分が誰からも好かれるような人間だとは思ってないけど、心当たりのないままヘイトをぶつけられるのはどうにも落ち着かない。
宙埜さんと同じチームになりたかったので、然り気なく(あくまで"然り気なく"だからな!)この前と同じチーム分け――前回不参加だったヒナはランダム配置で赤軍になった――にしたけど、チーム編成ミスったかもな。これじゃあ、連携もへったくれもあったもんじゃないぞ。
「おーい、藤宮ー。お前、ちょっとオレに厳し過ぎるだろ。何か気に障ることでもしたか? 場合によっては謝らないこともないぞ」
年長者らしく鷹揚さをアピってみる。
<……自分で考えてみればよろしいのでは?>
おいおい、けんもほろろじゃねーか。
でも、この反応から察するに、オレの方に問題のある可能性が微レ存?
<二人とも気を付けて、今のフェノミナが友軍に支援要請を送ったみたい。赤軍側の敵機がこっちに向かって来るよ>
注意を促す宙埜さんの声。
オレはサブモニターの周辺マップを確認。宙埜さんの言うとおり、こっちに向かって移動する幾つもの赤い光点が見える。
<カナタお姉様、赤軍どころか緑軍まで動き始めましたわ……>
赤軍の動きに誘われるように、マップ上の緑の光点がオレ達の方に移動を始めている。
でも、まぁ……。
「問題ねーよ、全機まとめてぶっ潰すまでだ」
<呆れた。完全に戦闘民族の発言ですわね……>
<まぁ、来ちゃったものは仕方ないよね。撃墜ポイントの足しにすればいいと思う>
「そうゆうこと!」
オレはブーストトリガーを押しながらデュアルスティックを前に倒す。
モニターの中にCGで描出されたプロフェシーが、背中のスラスターからオレンジ色の光を吐き出し、加速を始める。
「どうせだったら、こっちから撃って出ようぜ! 二人はオレの後に続いてくれ!」
<はぁ!? 勝手なことを言わないで下さいませ!>
「このステージは遮蔽物が少ないし、迎え撃つよりもガンガン前に出た方がいいんだよ。プロフェシーの速さなら攪乱戦法も仕えるからな! 二人は敵機の隙を見て各個撃破でヨロ!」
<私の先行を咎めておきながら自分はその態度!? 納得いきませんわ! それなら私が、カナタお姉様から賜ったテルザで一番槍を務めます!>
「賜った」って、藤宮のテルザは宙埜さんがプレゼントしたギアなのか……?
<花凛ちゃんの気持ちは嬉しいけど、ギアには向き不向きがあるよ。テルザの機動力じゃプロフェシーみたいな動きは難しいでしょ? テルザには照射型武装があるし、ここは後方から射撃戦が安定だと思う>
<それはそうかもしれませんが……>
宙埜さんの指摘を渋々と認める藤宮。
分かればいいんだよ。分かれば。
テルザの件はちょっと気になるけど、聞いたところで答えてくれるワケないだろうし、スルーした方がいいか。それよりも、今は、目の前のゲームとしっかり向き合ってけ!
メインモニターの中で、プロフェシーに続くように、スクラとテルザが動き始める。
先行するプロフェシーの後方両サイドに速度を合わせて陣取り、三機で三角形のフォーメーションをキープして、電脳空間の宇宙を翔ける。
<ちょっと、そこのあなた! 今回はカナタお姉様に免じて魁を任せますが、恥ずかしくない働きを見せて貰いますわよ!>
「はは、精々ご期待に添えるように頑張りますよーっと。こっちも援護射撃よろしく頼んだぜ。でも、この前のみたいな誤射はNGなんだよなあ」
<失敬な! 私はそこまでうつけではありませんわ!>
<二人ともそこまで。敵機と接触するよ>
「了解!」
<分かりましたわ!>
おっしゃあ、戦闘開始だ! 思いっ切りはしゃいでやるぜ!!
※
「オーバー・キルサイス・マサカー! こいつでも食らってけ!!」
オレは長めに押し込んだ左右のアームトリガーを離し、敵機の群れのド真ん中で、複数ロックオン対応の大技をぶっ放す。
大型実体鎌ハーヴェスターⅡを水平に構えて大回転するプロフェシーを中心に、機体のメインカラーと同じ鮮やかなオレンジ色をした光の螺旋が広がり、敵機達を呑み込んでいく。
「|命を刈り取るスゴク禍々しいなんちゃら《ハーヴェスターⅡ》」の「|死の大鎌による度し難い惨劇」をとくと味わえ!
「ほどよく削ったぞ! 二人ともバンバン撃ってけ!!」
<OK、任せて>
<いちいち命令しないで下さいます!?>
あー、はいはい。すんませんねー。
<私はカナタお姉様からいただいた”輝き”に報いる必要がありますの!>
藤宮が何かよく分からないことを言いながら、左肩部の砲身を展開して、主力装備をぱなしている。
<輝き、か……。それなら私も――>
宙埜さんの小さな呟きがヘッドセット越しに耳をくすぐった。
「え、何か言った?」
<ううん、何でもないよ>
そっか、何でもないならいいけど……。
そういや、宙埜さんと乾って、何の因果でJCコンビの面倒を見る羽目になったのかね。宙埜さんの亡くなったお兄さんの話と関係しそうな気がするので、直に聞くワケにもいかないよな……。
おっと、いけね。集中集中。
メインモニターを確認すると、テルザとスクラが各々の主力装備で、耐久値がいい案配に削れた敵機を次々と撃墜していく。
こっちも負けてらんねーな!
「プロフェシー、ブースト!!」
プロフェシーが背部に取り付けられた翼を覆わせる大型スラスターから、赤黄色の光を放ち前進。そのまま手近な敵機をダブルロックオン。ノーゲージで使用可能の近接武装、フォトン・セイバーで斬り掛かる。
オラクル・ギアの新作用に生まれ変わったプロフェシー──厳密にはプロフェシーSG。長いから普段は略してるけど──の速さは伊達じゃない!
相手は後方ショートターボでロックオンを切る間もなく、フォトン・セイバーの餌食になった。といっても、そこはノーゲージ武装。残念ながら威力不足で撃墜には至らない。
さっきの大技で主力装備のアームゲージは全部吐き出してしまった。ゲージが回復するまで、近接はこいつで我慢だ。
オレはプロフェシーを縦横無尽に奔らせながら、周囲の敵機達をフォトン・セイバーで斬って、斬って、斬りまくる。撃墜できないまでも、耐久値がジリ貧になった敵機に、スクラとテルザが止めを刺していく。
おー、結構、いい感じだな。
モニター内の敵機がドンドン減っていく。
まぁ、これもオレ将の妙案のおかげやな。褒めてもええんやで~。えへんぷい!
<伊吹、調子に乗ってんじゃねーぞー>
ヘッドセットから聞き慣れた幼馴染みの声が響く。
眼前のメインモニターでプロフェシー目掛けて高速で接近するギアの姿を確認。
こいつは、ヒナの愛機M・M!
暗めの紺色一色に染め上げられたスマートなシルエットは一見いつも通りだけど、よく目をこらすと腰部に見慣れないユニットが装備されているのに気付く。
あれは、宇宙用の追加スラスターか……?
<伊吹、今日はおれのライブに付き合って貰うぜ!!>
「何だよ、ライブって。女児向けアイドルゲームの遊び過ぎで脳を破壊され尽くした哀れな存在か?」
<何とでも言え! 大庭日向、いつかアイドル……じゃなかった、ギアライナーの一番星になる!>
「お、いいね、一番星! でも、それはオレがなる予定のヤツなんだよなあ」
オレは右スティックのアームトリガーをクリック。有線式フォトン・ガンポッドを展開させる。そのまま、M・Mに光子弾の雨霰をお見舞いだ。
<へっ、そんな攻撃を食らうヒナ君様だと思うなよ>
ヒナの言葉に合わせてM・Mの腰部に接続されたユニットが展開。
むむ、こいつは……!
<フォーム・チェンジ! ケンタウロス・コーデ!!>
展開したユニットは、そのまま一組の後ろ脚になった。
新たに現れた後ろ脚と、前足に内蔵されたホバーユニットを小刻みに噴かしながら光子弾を躱すM・Mの姿は、確かに宇宙を駆ける半人半馬のようだ。
ヒナのM・Mは可変型のギアで、狼を思わせる四足獣形態による高速戦闘がウリの機体だけど、オラクル・ギア第二作で実装された宇宙ステージでは、流石に地走タイプのギアは使えない。そのハンデへの対策がこれか。
「ははは、いいセンスしてるじゃねーか!!」
<お、もっと褒めてくれよな! ヒナ君は褒められて伸びるタイプの男子です!!>
「お前の方こそ調子に乗るなよ!」
オレは右スティックのアームトリガーを素早く連続でクリック。有線で制御される四つの銃座を使い弾幕を形成。M・Mの動きに制限を掛ける。
主力装備のゲージが回復していることを確認して、左右のアームトリガーをクリック。鎌斬裂波をぱなす。さらに、そのままスティックを操作してプロフェシーをM・M目掛けて加速させる。
「プロフェシー、吶喊するぜ!」
飛び道具を盾にした突撃戦法。初歩的なテクだけど、プロフェシーの加速力と合わせればかなり効果のあるヤツだ。
光子弾が形成する包囲網で思うように動けないM・Mに鎌斬裂波が直撃する。よっし、チャンス! ハーヴェスターⅡの近接で畳み掛けてけ!
<アイドルへのお触りは厳禁だっつーの!>
「お前はアイドルじゃねーだろっ!!」
オレは左右のアームトリガーをテンポ良くクリックしながら近接フルコンを完走。M・Mの耐久値を三分の一近く抉ってやる。
<まだまだ! アイドルは逆境でこそ輝くもの!!>
だから誰がアイドルだよ!
ヒナの声と同時に、M・Mが後ろ脚を畳み通常形態に戻る。そのまま、肩部のスラスターから青い光を放ち、プロフェシーから離脱しようとする。
「おいおい、逃げるのかよ。アイドルならアンコールに応えてけって」
<人聞きの悪いこと言うなよ! アンコールの前に一旦ステージから下がるのお約束だろ!>
「オレ、アイドル詳しくないしー」
<うわー、何かムカつくなー、その態度!>
逃げるM・Mとそれを追い掛けるプロフェシー。
四足獣形態ならまだしも、通常形態のM・Mじゃこっちが追い付くのも時間の問題だぞ。
<プロデュサーさん、よろしくお願いします!>
<ふむん。僕は君の担当Pではないが、任された!>
ヒナの言葉に聞き慣れた声が応じる。
それと同時だ。
急停止したM・Mの横に、一機のギアが突如として現れたのは。
本来なら足がある場所に取り付けられた巨大なスラスター。
背中から伸びる大型プロペラントタンク。
近接用のクローが鈍色に光る、蛇腹関節の長い左腕。
左右非対称デザインの漆黒のギア。
こいつは、宗像さんの愛機、死霊館!
そういえば、このギア、ステルス機能があったわー。この前のバトロ大会の時に見たわー。
<結晶拡散型メガ・フォトン・ランチャーを使う!>
宗像さんの言葉に応じるように、死霊館が胸部の発射口から銀色に輝く八面体を射出する。
げぇぇぇぇぇっっ、コイツはマズいンゴ!!
ヒナの野郎、ろくでもないアンコールを仕込みやがって。
つーか、これ、アンコールでも何でないだろう。宗像さんに丸投げじゃねーか!
「宙埜さん、藤宮、ヤバイのがくるぞ! 回避行動!!」
<うん、私も確認した!>
<い、言われなくても分かっていますわ!>
慌てたような二人の声がヘッドセットから聞こえる。
<反射角度算出完了。エクストラクター出力上昇を確認……>
ヘッドセットから主力武装の発動シークエンスを淡々と唱える宗像さんの声が聞こえる。
これ、本当は特にやる必要ないけど、やらないと間が持たないのと、何となく物足りないので、ついやっちゃうんだよなあ。あと、ギャラリー受けもいい。
最初は恥ずかしいけど、やってるうちに慣れる……って、今はそんなこと考えてる場合じゃない!
「させませんよ、宗像さん!」
オレはプロフェシーを死霊館に奔らせ、何とか主力装備の発射を妨害しようとするけど、それを咎めるようにM・Mが右腕装備のフォトン・ライフルを連射。プロフェシーには対光学武装用の防御装備|アンチ・フォトン・コーティング《A F C》が施されているので、この程度の攻撃なら無視しても大丈夫!
<ぶっきーパイセン、油断大敵だよ〜〜!!>
って、この声は……!!
<マイクロ・ミサイル・ランチャー、全弾発射〜〜! マックス・デストロイ〜〜!!>
あー、ちきしょう! ここでJC二号のドリームキャッチャーが乱入かよ!! こんなん考慮しとらんよ〜〜(涙目
オレはスティックを操作して、プロフェシー目掛けて殺到する無数の小型ミサイルを回避しようとするけど、とにかく数が多い。躱し切れずにかなりの数を食らってしまった。
プロフェシーの耐久値が一気に持っていかれる。これ、旧プロフェシーじゃ撃墜もあったな。耐久値にカスタムポイント振っておいて良かったわー。転ばぬ先の杖だわー。
<響! あなた、どさくさ紛れに何をしているの!?>
<えっとね〜〜、ぶっきーパイセンの妨害?>
<ここにはカナタお姉様もいらっしゃいますのよ! 何かあったらどうしますの!?>
<何かさ〜、最近の花凛はことあるごとに「カナタお姉様」だよね〜。そうゆうのって、ボク的にはあまり面白くないんだよな〜……>
<何を言ってますの? おかしな言い掛かりは止めて欲しいですわ>
「JC二号、邪魔するなよ! このままじゃ緑軍のお前まで巻き込まれるぞ!!」
<大丈夫、大丈夫、ボクのキャッチャーなら躱せるっしょ! マックス余裕っち〜〜>
ぐぬぬ、JC二号め。藤宮も大概だけどこいつも負けてねーな。宙埜さんの後輩コンビはやっぱり人格に問題があるのでは?
<チャージ完了! 万物一切合切、この光の奔流に呑まれて消え去るがいい!!>
宗像さんの声に続いて、死霊館の胸部から激烈な光が放出される。青白く輝く光の帯は、先に本体から放たれた八面体に向かって伸びていく。
烈光が八面体に触れた瞬間だ。周囲に無数の光の筋が撒き散らされたのは。
解き放たれた青白い光の舌が電脳空間に構築された虚構の宇宙を舐め回す。
攻撃に反応できなかったギアが次々と撃墜されていくのが見える。
相変わらず派手な攻撃だな!
オレはブーストゲージを限界まで吐き出して、プロフェシーを大加速。破壊をもたらす光の舌から何とか逃れる。
いくらAFCがあるといっても、あんな高出力のフォトン・ランチャーが直撃したら、あっという間に装甲が溶ける。回避あるのみだ。
<この程度の攻撃、私とカナタお姉様の絆で乗り切ってみせますわ!>
そんなものあるのかよ〜〜www
思わず心の中で草を生やしながら煽ってしまった。
相変わらずよく分からんことをのたまう藤宮のテルザは、何とか死霊館のぶっ放した攻撃をやり過ごしているようだ。
宙埜さんの方は……心配ねーな。
スクラのフレーム剥き出し気味な本体を覆うマント状のフレキシブル・バインダー、そこに内蔵されたスラスターを連続で噴かしながら、戦場に放たれた光の洗礼をやり過ごしている。
滅びをもたらす青ざめた閃光と暗黒の宇宙で踊る水色のギア。
とても、綺麗だ。
時間を忘れて無限に見ていられそうな気分になる。
さすが、オレがライバルと認めたギアライナー・シアン。
<そこの黒いギア! これでも食らいなさい!!>
藤宮のキンキン声が、宙埜さんの動きに見とれていたオレを、ゲームに引き戻す。
あー、駄目だ。集中が途切れ気味だな。
モニターを確認すると、テルザがハイメガ・フォトン・ランチャーを死霊館目掛けて発射しているところだ。
戦闘宙域に吹き荒れる光の嵐をやり過ごしながらの攻撃だ。どうしても照準が甘くなる。死霊館は脚部の大型スラスターを軽く噴かすと、難なくテルザの攻撃を躱してみせた。
<カナタお姉様と二人で作り上げたテルザの力、この程度では……!>
テルザはランチャーを持続照射して、淡いグリーンのビームを乱暴に振り回すけど、死霊館はその動きを見越したように、あっさりと回避を続ける。
<ああ、もう、何で当たりませんの!?>
うーん、何だろうな、藤宮のヤツ。
多分、憧れの先輩である宙埜さんに認めて欲しくて、必要以上に力が入ってしまうのかもな。
宙埜さんは、藤宮の暴走を窘めることがあっても、決して邪険にはしない。
きっと、短くない付き合いから、藤宮のそうゆう気持ちをよく理解しているんだろう。
多分……いや、きっと。宙埜さんは藤宮のことをちゃんと認めてると思うぞ。
認めているからこそ、この状況でも助けにいかず見守っているんじゃねーか?
二人の間にどんな物語が積み重ねられたのかは分からないけど、いい関係を築いてるみたいだな。
それはさておき──。
宗像さん、豪快にやらかしたな。こんだけ無差別広範囲に攻撃したら、友軍も巻き込まれるんじゃねーか? 友軍からの攻撃はダメージこそ受けないけど、ダウン値は普通に溜まる。今の攻撃でダウンした緑軍のギアは、この状況を切り抜けた青軍と緑軍の餌食だぞ。
まぁ、あの人、結構、大人気ないとこあるからなあ。ノリでヒナに付き合った可能性が高そうだ。
<おーい、伊吹、助けてくれよー>
あ、やっぱり巻き込まれてるアホがいる。
とばっちりを食らって、見事にダウンを奪われたヒナが、情けない声でオレに助けを求めてきた。
「何考えてるんだよ、オレは敵軍だろ! 泣き付くなら担当Pの宗像さんだろ!」
<そんなつれないこと言うなよー。おれとお前の仲だろー>
<ちょっと、聞き捨てならないわね! アンタ達がどうゆう仲なのか、ちゃんと説明して貰おうかしら!?>
うわー、ややこしい時にややこしいのが来たぞー。
荒ぶる光の嵐はやっと収まったけど、今度は生き残ったギア同士でドンパチを始めるターンだ。
このタイミングでお前の登場かよ……。
<何だよ、乾。おれと伊吹と透吾が幼馴染みの親友同士だって知ってるだろ?>
<わたしが聞きたいのはそんな話じゃないの! 男同士の超巨大不明感情の話なの!!>
<おれには乾が何を言ってるのかさっぱりだよ……>
いや、分からなくていいと思うぞ。分かったところで碌なことはないし。正直、オレも分かりたくなかったンゴ……。
死霊館の攻撃を辛くも切り抜けた敵機達の攻撃をいなしながら、オレは心の中でツッコミを入れる。
<まぁ、アンタ達の”関係性”の話は一旦置くとして、大庭はここで墜とされておきなさい>
<え、嘘!? ちょ、おま……>
ヒナが抗議の声をあげる間もなかった。
乾のエル・ゾンビが主力装備の回転式突撃槍で、ダウン中で身動きの取れないM・Mをサックリと突き刺した。
<ランス、回すわよ!>
そのまま突き刺した槍をドリルのように回転させ、残り少ないM・Mの耐久値を根こそぎ持っていった。
モニターの中でM・Mが爆ぜる。
<ステージ・アウト!!!>
愛機を蹂躙されたヒナが奇っ怪な叫びを上げる。
うーん、理不尽と言えばあまりにも理不尽な展開。
でも、これもゲームなんだよなあ。受け入れてけ現実を!
オレは、ハーヴェスターⅡでその辺の敵機をなます斬りにしながら、そんなことを考える。
<突き刺すなら、小瀬川か雨村の方が良かったかしらね?>
「おっかないこと言うなよ!?」
<綾、あんまりそんなことばかり言うのは良くないよ。小瀬川君はどちらかと言えば”刺される”側だと思うよ?>
ファッ……!?
<そこは解釈違いよねー。カナタはヤンチャ受けやショタ受けが好みなワケだしー>
ヤンチャはともかく”ショタ”ってお前……。
オレは十七歳の男子高校生《D K》だぞ!?
あと、本人の前で”受け”とか”攻め”とか言うのは完全にアカン方のヤツでは!?!?
乾と宙埜さんがショック発言のコンボを決めたおかげで、頭の中がわやくちゃしてきたぞ……って、動揺のあまりにスティックの操作をミスった!
すぐ近くの敵機が発射したフォトン・ライフルとミサイルがプロフェシーに全弾命中。耐久値が一気にレッドゾーンまで削られる。
ゲェェェッ、こいつは厄い!
「誰がショタだ!? お前がおかしなこと言うから操作ミスったやんけ!!」
<えー、わたしだけのせいにしないで欲しいわねー>
<そうですわよ。カナタお姉様も綾お姉様も悪くありません。そちらの、”ショタ”というよりも”人間の雄の小動物”的な方の自業自得でしょう>
乾の暴言で温まってきたオレに藤宮が燃料を投下する。
「JC一号、おめーはそこになおれ!! もう絶対に許さん!!!」
オレは怒りに任せてプロフェシーを加速。藤宮のテルザ……じゃなくて、雑なぶっぱでプロフェシーを傷物にしたさっきの敵機に近接でラッシュを掛ける。完全に八つ当たりだけど気にすんな! ハーヴェスターⅡの露になってけ!!
<ねぇ、花凛は”小”動物とか言ってるけど、具体的には小瀬川の”ナニ”が”小さい”のかしら?>
モニターの中で爆発する敵機を眺め、多少は溜飲を下げたオレに、乾が酷い追い打ちを掛けてきやがった。
「乾は下ネタを止めろ! オレのは別に”小さく”ねぇー!! ”標準”だ!!!」
<それは誰と”ナニ”を比べての話? やっぱりアンタ達三人は”そうゆう”仲なのね……>
全く自重しない乾の発言に、怒るのもツッコミを入れるのも面倒になったオレは、無言のジト目でモニターを見る。
そこでは、乾の操るエルゾンビが、紅色のマントを華麗になびかせながら、敵機の攻撃を捌いている。西洋騎士風のギアデザインとその動きはカッコいいのに、ライナーが下ネタ好きのお腐れ様とか、現実はしょっぱいぜ。
でも、こいつ、何故か女子からやたらとモテるんだよな……。
どことなく、宝塚の男役を思わせる中性的な雰囲気が受けるのかね。
本性は”腐”ってるけど。
<え、ぶっきーパイセン達って”デキ”てるの〜〜!? 知らなかったよ〜〜。でも、確かにちょっと仲良し過ぎるとは思ってた〜〜>
ドリームキャッチャーを戦場で飛び回らせながら、JC二号があまりにも不穏当な発言をぱなしやがった。
「二号はもう少しオブラートに包んでけ! あと繰り返すけどオレ達三人は決してそんな”不適切”な仲じゃねーぞ!?」
<え、男の子同士で付き合うのは別に”不適切”ではないよ? 私は応援するから頑張って。ファイトだよ!>
宙埜さんの発言に、オレはライナーピットの中でひっくり返りそうになる。
そんな、宙埜さんまで……。何か、やたらと、嬉しそうな声だし。
オレの宙埜さんへの感情はどうなるんだよー。
うう、でも、”””あの”””乾氏の親友だもんな。宙埜さんが”醸す”人でもおかしくはないよな。何となくそんな予感があったけど、あまり考えたくない可能性だったので、無意識の内にスルーしてたよ。
<あのさ、謎の会話してるとこ悪いんだけど、よく分からないまま撃墜されたおれへの慰めの言葉とかはねーの?>
いじけたようなヒナの声がヘッドセットから聞こえる。
「スマン。お前が墜とされたのすっかり忘れてた」
<……全く気持ちがこもってないんだよなあ。何て優しくない世界>
ヒナよ、オレの方もいろんな意味で余裕がないんだ。お察し。
<何というか、最近の女の子は皆こうなのかね……?>
ヘッドセットから呆れたような、戸惑うような、宗像さんの声が聞こえる。
「いや、多分、そんなことはないと思います。乾達がちょっとアレなだけです……」
ただし、宙埜さんは除く。異論は黙殺。
<そうか、ならいいのだが。小瀬川君も苦労しているようだね……>
ヘッドセットから聞こえる宗像さんの声は、憐れむような気遣うような、曰く形容し難い声だった。
何か、いろいろとサーセン……。
<まぁ、小瀬川達の関係性はあとでじっくり”堀り”下げるとして、とりあえずそこのGの付く害虫みたいなギアを墜としましょうか!>
<心得ましたわ、綾お姉様!>
<綾、花凛ちゃん。私も協力するよ>
<きゃる〜〜ん、頼もしいですわカナタお姉様! 私を抱いて下さいませ〜!>
<はいはい〜〜! ボクもボクも!! テンション・マックスで頑張るよ〜〜!! ついでに花凛も抱いちゃうよ〜〜!! てか、既に抱いた!!>
……JCども、お前ら一体何を言ってやがるんだ。
宗像さん、無言でドン引きしてるぞ。
<ねぇ、伊吹ー。これは何の騒ぎ? 皆揃って名前のある””””症状”””なの?>
「オレに聞かないでくれ……」
戦闘宙域まで移動してきた透吾に、オレは心底グッタリとした調子でそう言った。
※
ちな、宗像さんの死霊館は、あの後、女子全員に囲まれてフルボッコされたそうな。南無ー。チーン。
【To Be Continued……】