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WAVE:01 ソラ色のメッセージ

 結局、皆で「アクト・オブ・ゲーミング」から豊島珈琲へ移動することになった。いぬい達がお茶をしたいらしい。男だけなら休憩スペースで適当に缶ジュースでも飲めばいいけど、女子が一緒だとそうもいってられないか。

 

 商店街の外れにある少し古びた五階建ての雑居ビル。その一階に店を構えているイマドキ珍しい昭和風の純喫茶が豊島珈琲だ。オレ、ヒナ、透吾とうごのアルバイト先で溜まり場にもなっている場所だ。 

 そういや、宙埜そらのさんが豊島珈琲ここに来るのは今日が初めてなんだよな……。むむ、何だか緊張してくるな。


 オレとヒナは皆と一旦別れて、ビルの裏にある従業員用の出入り口に向かう。

 通用口の扉は防犯のために普段から施錠されている。オレは財布からタイムカードを兼ねたスマートキーを取り出して読み取り機(リーダー)にかざす。「ピッ」と軽い音が鳴り、鍵のロックが外れる。扉を開けた先は短い廊下だ。向かって右側に並んでいるのが男女の更衣室と従業員用トイレ。一番奥に見える木製の扉はキッチンに繋がっている。 


 さーて、着替え着替え。

 オレは更衣室に入ると自分のロッカーを開いて鞄をシュート。

 学ランと中に着ていたグレーのパーカーを脱いで、パリッとしたスタンドカラーの白シャツに袖を通す。ズボンを黒い細身のカラーパンツに、ブルーのスニーカーをパンツと同色の革靴に履き替えて、腰に紺色の前掛け(サロンエプロン)をつければバイト用装備に換装完了。


 鏡の前に立って身だしなみの確認。手櫛で髪を整える……って、オレの髪型はおデコが出るぐらいの短髪なので、そこまで気にする必要はないんだけど。

 

「ワリィ、ちょっと横にズレてくれ」

「オケ」

 

 オレは少し横に移動してヒナのためにスペースを空けてやる。

 この鏡、二人で並んで使うにはちょっと横幅が足りないんだよな。

 ヒナは鏡の前に立つと、シャツの胸ポケットから取り出した黒いヘアピンで前髪を上げる。普段は赤とか黄色とかカラフルなものを使っているけど、流石にバイトの時は自重するみたいだ。


「なぁ、ヒナ。オレってハム太郎に似てたりするか?」

「何だよ藪から棒に。伊吹いぶきはハムスターというよりかは犬だろ」

「犬っつーと、シベリアンハスキーとか? 確かにアイツらの精悍な顔付きはオレのイメージにぴったりだと言い切ることができるな」

「いや、豆柴だろ」

「だ、誰が豆粒サイズのチビ犬だ! いってみろこのアホ眼鏡ー!!」

「わはははは、冗談だよ。冗談」

「冗談にしてもタチが悪いわ! シメてやる!!」

「オメェには無理だよ!……って、懐かしいなこのネタ。それはそうと、早く行こうぜ。本気で時間がギリだ」


 ヒナが壁の時計に視線を向けながら言う。確かに時計の針は遅刻直前の時間を指していた。

 


 


『こんちわーっす』


 オレとヒナは勝手口からカウンター裏のキッチンに入ると元気よく挨拶をする。

 カップを磨いていた店長マスターはオレ達の方に顔を向けると、白い髭で覆われた顔に、穏やかそうな微笑みを浮かべながら「こんにちは」と返した。


「お友達が来ているみたいだよ。注文を取ってきて貰えるかな?」


 マスターが好好爺然とした笑顔のまま店の奥に視線を送りながら言う。

 あっちは六人掛けのボックス席がある方だ。

 耳を澄ますと、スローナンバーのジャズに混ざって、宙埜さんや透吾達の談笑する声が聞こえてくる。


「あ、オレ行ってきますね」

「よろしく。それじゃあ、大庭おおば君にはこっちを手伝って貰おうかな」

「かしこまっス」


 バイト先でその返事はいかがなものかと思うぞヒナよ。マスターが大らかな爺さんで良かったな。

 オレは友人の奇矯な発言に頬を緩めながら、カウンターに置いてあった端末を手に取って、ボックス席に向かう。

 

「ご注文はお決まりですかー?」


 店で一番大きな六人掛けのボックス席を占拠しているのは、さっきまでゲーセンで一緒に遊んでいた面子だ。

 この店に来るのが初めての宙埜さん(と女子中学生《JC》コンビ)は熱心にメニューと睨めっこをしている。

 乾が宙埜さんとJCコンビにメニューの説明をしているようだ。

 

 メニューから顔を上げたJC一号がオレの全身をジロジロと眺めまわす。何だ、不躾なヤツだな。


「あらあら、七五三みたいですわねー。ひょっとして、コスプレか何かですの?」


 ……。

 ……。

 ……。

 ……。


 い、いかん。あまりにもショッキングかつ屈辱的な発言を耳にしたので思考が数行分フリーズしてしまった。


「ぷぷぷ、七五三って……。花凛かりん、流石にそれは言い過ぎよ。ぷぷぷ」


 クソッ、乾のヤツが必死に笑いを堪えてやがる。

 それにしても、七五三って……。流石にそれは言い過ぎだろ。そんな酷いdisを飛ばされたのは人生で初めてかもしれん。


「ぶひゃひゃひゃひゃひゃ、七五三のコスプレってさ~! 面白さマックスを通り越して面白さマキシマムって感じだよ~~!! ぶっきーパイセン、最高~~~!!! うひひひひ……」


 JC二号、お前はいくら何でもウケ過ぎだ! フツウに傷付くわ!!

 

「もう、三人ともの失礼だよ! 小瀬川こせがわ君、大丈夫だよ。似合ってるから。えーと、すごく……すごく可愛いと思うよ?」


 か、可愛いっスか……???


「ちょ、カナタ。あんたも大概ヒドいわねー」

「あはははー、残酷過ぎる発言っぽーい」

「え、私は素直に感想を言ってるだけだよ?」

「ぷぷぷぷ、それが残酷なのよ。ぷぷぷ……」


 宙埜さんから放たれた無慈悲なダウン追撃にオレの残りライフはもうゼロだった。

 透吾と乾にはオレの宙埜さんに対する”感情”を既に打ち明けている。ちょっと前に所謂ひとつの恋愛相談ってヤツを持ち掛けたんだ。

 オレが宙埜さんのことを好きだと知ったうえであの発言を聞けば、そりゃあ確かに面白いだろう。

 好意を持った女の子からの慰めの言葉が「可愛い」って、完全に異性として意識されてないヤツだしな。

 笑いたければ笑ってくれ。オレは泣く。さめざめと泣いてやる。バイト中とか関係ねぇからな!


「え、えーと、注文いいかな小瀬川君? 私は水出しアイスコーヒーをお願い。お茶類にサービスでお菓子が付くのお得感があっていいよね」

「そうね……わたしは抹茶ケーキとブレンドをケーキセットで。支払いは雨村あまむらのツケにしておいて」

「僕はほうじ茶ラテにするよー。ちなみに今日のお茶請けはマスターお手製のビスコッティっぽーい。あと、この店ツケはやってないからね?」

「はいはい~~! ボクはジャンボフルーツパフェにする〜〜!! フルーツが爆盛りだ~~」

「夕食前にそんなカロリーの固まりを食べたら太りますわよ……。私はカナタお姉様と同じものを」


 オレは全員の注文を端末に打ち込んで、確認のために復唱する。

 心が苦しいけど、やっぱり給料分の仕事はしないとな……。


「えーと、そちらのクソタレ生意気なJCは泥水を一杯と……」

「水出しアイスコーヒー! 泥水なんて飲むわけありませんわ!! それと私には藤宮花凛ふじみやかりんという両親からいただいた立派な名前がありますの。おかしな呼び方は止めて下さいませ!」

「泥水変更、レバニラ炒め定食半ラーメン付き一人前っすねー。ご飯は爆盛りっと……。まいどー」

「水出しアイスコーヒー!! 響じゃあるまいし、夕食前にそんな重いものを食べたりしませんわ!」

「へいへい」

「ちょっと、あなた接客態度が悪過ぎですわよ!?」


 何やらわめき散らしているJC一号を完全にスルーして、オレはマスターとヒナの待つカウンターに颯爽と舞い戻ったのであった。

 なおオーダーはちゃんと通した模様。





 バイトが終わったので帰宅した。

 今日は精神的にキツいことがあったのでドッと疲れたな。

 JC一号、絶対に許せねぇ!!


 面倒だから学ランのまま夕飯を食べて(メインのおかずはぶり大根だった。うまし)、そのまま風呂に直行。部屋着兼寝巻のジャージに着替えて、スマホを片手にベッドにダイブする。


 利用しているSNSのクライアントをタップして起動。

 タイムラインを遡りながら友人にリプを送ったり、面白そうな発言や情報にイイネ!を付けたり、シェアをしたりする。


 お、宙埜さんの発言を発見。こっちのアカウントは、主にゲームや趣味の話をするときに使っているらしい。この前、友軍フレンド登録をして貰ったときに相互フォローしたんだ。一応、リアル用のアカウントもあるらしいけど、乾とJCコンビ以外には秘密だそうな。


 あ、JC一号が宙埜さんにウザ絡みしてやがる。こいつ、リアルでもネットでもやることが変わらねーな……。


 JC一号と宙埜さんやり取りを眺めていたら、数時間前に投げ掛けられた残酷な言葉が頭の中でリフレインしてきた。

 うぐぐぐ、誰が七五三だ! あと、オレは別に可愛くなんかないと思いますよ? 多分……。いや、きっと!


 オレはベットから起き上がって机に向かう。

 引き出しから折り畳み式の鏡を取り出して開く。

 鏡を覗けばそこに映し出されるの見慣れた自分自身の顔だ。

 オデコが見えそうなぐらいに短くカットした黒髪とかーちゃん似の女顔……っつーか、童顔?

 七五三はともかく、平均的な17歳に比べれば多少若く見えるかもしれない。あくまで多少だけどな!

 顔面のダイアグラムは……どう贔屓目に見ても中堅ってとこだろう。誇るほどでもないけど、悲観することもない。十人並みの容姿だと思う。思うぞ?

 本音を言えばもう少しだけ身長が欲しいところだ。

「可愛い」というよりかは「子供」っぽいの方が正解なんだろうな。

 童顔と身長のせいで、高二にもなって、未だに中学生に間違えられることがあるし。

 いつか、宙埜さんが振り向いてくれるような、カッコいい男になれるかな……。

 いや、宙埜さんの好みのタイプとか知らないけどさ。

 オレにそんな質問をする度胸はないからな。世間話のついでに軽く探りを入れるとか絶対に無理。

 あー、どうしたもんだろう。

 何か、頭の中がグルグルしてきそうだ。こうゆう時はオラクル・ギアの対戦動画を観て気分転換だな。

 

 鏡をしまって再びベッドにダイブ。枕元に放り投げたスマホを手に取る。

 端末の動画アプリを起動させ、プレイリストから動画を選択。

 再生した動画は、フロニキこと有名人気プロゲーマーにしてオレ達の良き兄貴分の風狼田ふろだアキラさんの対戦動画だ。

 これは、今年の春にアメリカで開催された招待制大会の決勝戦。

 プロ・アマ問わずオラクル・ギアの有名プレイヤーが招かれる、それなりに歴史のある大会の決戦ファイナルだけあって、ギアのカスタムから操作に至るまで全てが参考になる動画だ。

 とんでもない熱量の試合だったよ。フロニキも対戦相手も最大限の力を出してぶつかり合っている。まさしく手に汗握るってヤツだ。

 オーディエンスも無茶苦茶盛り上がっていた。世界最高レベルのギアライナー達が鎬を削る姿に、スタジアム中の観客が魅せられていた。

 オレもいつかあんな風になれるのかな……。

 ぼんやりと、そんなことを考える。

 いや、違うな。

 オレはフロニキのようになりたいのかな。

 フロニキを始めとする数多の有名プレイヤーのように、自分がゲームをする姿で誰かを魅了するような人間になりたいのか。

 それがよく分からないんだ。

 オレは何のためにゲームを遊んでいるんだろう。

 オレは誰のためにゲームを遊んでいるんだろう。

 時々、こうして考える。

 答えなんてどこにもないのかもしれない。

 考えること自体に意味がある問いなのかもしれない。

 オレは自分が楽しいからゲームを遊んでいるんだ。

 別に他人のために遊んでいるワケじゃない。

 それは間違いない。

 間違いはないのだけど、自分のプレイングで誰かの感情を震わせることが出来たら、それは誇らしいことなんじゃないかって、心の何処かで思っている。

 矛盾した感情を持て余して、いつまでたっても思考のループから抜け出せない。

 ……やっぱり、子供なんだろうな。ルックスだけじゃなくて中身の方も。

 モヤモヤした気持ちのままベッドの上で寝返りうつ。

 こんな時に浮かんでくるのは友人達の顔だ。

 オレの抱えた感情を透吾やヒナに話したらどんな表情かおをするだろう。

 ここぞとばかりに最高の笑顔で煽ってきそうだな……。

 まぁ、それはそれとして、二人がオレと一緒にゲームを遊ぶことで熱くなってくれるなら、友人として、ゲーム仲間として、これ以上はないって感じだ。

 オレも二人と一緒にゲームを遊ぶ時間は特別だと思っているから。

 乾のヤツも悪くないと思うぞ。

 それに今は宙埜さんだっているしな……。

 余計なおまけが付いてきているような気がするけど、そっちは気にしない方向性で。

 明日も皆と一緒にゲームがしたいな。

 そういや、明日は開校記念日だ。学校は休みだけど「アクト・オブ・ゲーミング」に行けばきっと皆に会えるだろう。

 ああ、でも、明日はバイトがあった。

 ゲーセン行くのは夕方からだな……。

 動画プレイヤーの再生する対戦動画をぼんやりと眺めるオレは、そんなことをぼんやりと考えながら、ゆっくりと寝落ちしていった。





 PiPiPiPiPi♪ PiPiPiPiPi♪ PiPiPiPiPi……♪

 スマホのアラームがクソタレ喧しいので目が覚めた。

 手を伸ばして時間を確認すると時計は朝の七時を示している。

 これ、平日の起床時間じゃね? 今日は開校記念日で学校は休みだ。何が悲しくてこんな朝早くに起きなくちゃいけないだよ。ニチアサもないのに……。

 あー、そうか、昨日は動画を観ながら寝落ちしてしまったので、アラームの設定を変え忘れてたんだ。

 二度寝する気分でもないし起きるか。どのみち今日は十時からバイトだし。

 とりあえず顔洗ってって朝食だな……。

 オレはベッドから抜け出すと大きく伸びをすると、ジャージのまま一階の洗面所に向かった。



 


 自転車を駅前の駐輪場に駐めて、バイト先の豊島珈琲まで徒歩で移動する。

 商店街の外れにある見慣れた雑居ビル。ちょっと古ぼけた感じが味になっている。

 ビルの裏にまわって通用口から更衣室に入る。

 お気に入りの黄色いパーカーから制服に着替えてキッチンへ。「おはようございます!」と、マスターに挨拶を済ませる。

 さぁ、パズル……じゃなかった、お仕事タイムの始まりだ! と気合いを入れてカウンターに立ってみるけど、世間的には今日は平日だったり。

 ぶっちゃけ、ヒマなんだよなあ……。

 

「小瀬川君、ヒマだねー」

「……そうっスね」


 マスターがそれを言うのかよ! とかツッコミを入れそうになったけど、ここは素直に同意しておこう。

 豊島珈琲はマスターが常連相手に趣味でやっているような店だ。一見様が来ないとまでは言わないけど、割りとレアな事例ケースだ。

 正直、採算が取れているのか疑問だけど、少なくともバイトを三人雇ってもマスターが食いっぱぐれない程度の儲けはあるみたいだ。もしかすると他に仕事があるのかもしれない。あまり根掘り葉掘り聞くことでもないから、特に質問したことはないけど。まぁ、全部、オレの推測ってヤツだ。


 店内に流れるスローテンポのジャズが程良い具合に眠気を誘ってくる。

 ランチタイムからお茶の時間ぐらいまではそれなりにお客さんが入ってくるけど、さすがに朝イチでオレがくる必要はなかったみたいだ。


 先月は色々物入りで今月分の小遣いまで前借りしてしまった都合、少しでも稼ごうと思ってシフトを増やして貰ったけど、これじゃあ給料泥棒だな……。

 ぼんやり突っ立っていても仕方がない。

 とりあえず、ダスターを手に取って、棚やらカウンターやらの拭き掃除を始めてみる。 

 完全に手持ち無沙汰なヤツだけど、何もしないよりはマシだろう。

 

「小瀬川君は真面目だねー」


 壊れた掃除ロボットよろしく目に付くモノを片っ端から拭きまくるオレに、マスターがニコニコと笑いながら言う。


「いやいや、シフト増やして貰ったのはオレの方だし、これぐらい当然ですよ」


 オレがそう答えたその時だ、カランコロンと、玄関のカウベルが鳴ったのは。

 カウンターに置かれたデジタル時計を確認すると、十一時ちょっと前。お昼時にはまだ少し早い。

 この時間帯に来客があるのは平日だとちょっと珍しい。


「いらっしゃいませー。空いてるお席にどうぞー」


 オレは来店したお客さんに声をかける。

 この時間帯ならどの席に座って貰っても大丈夫。カウンターでもボックス席でもお好きな席にどうぞ。


「……えーと、おはよう小瀬川君」


 え、この声は……?


「あ、ああ、えーと、お、おはヨウ?」


 ぎゃわー、思わず声が上擦ってしまったー! 恥ずかしー!!

 つーか、何で宙埜さんがいるの!?

 しかも一人で!!


「この席、大丈夫?」


 宙埜さんが指を指したのはカウンターの一番端。玄関側の席だ。


「ど、どうぞ」


 オレは自分でもどうかしてるんじゃないかってぐらい緊張しながら、宙埜さんにお冷やとメニューを差し出す。

 ゲームをしているときや、皆と一緒にいるときは割と普通に会話できるのに、未だにサシの会話はテンパってしまう。

 みっともないなあ……。

 宙埜さんは水を一口飲むとメニューに視線を落とす。

 しばらくメニューを眺めてから、


「水出しアイスコーヒーを下さい」


 と言った。

 オレは注文を端末に打ち込み、確認のために復唱。


「水出しアイスコーヒーをおひとつですね! 少々お待ち下さい!!」


 うわ、緊張にあまり声が無駄にデカくなってしまった。自分で自分に引くわ。

 宙埜さんが少し困ったような笑顔を浮かべている。あれは、多分、いや、きっと苦笑いってヤツだ。オレは詳しいんだ!!

 ア、アカン。完全にやらかしたンゴ。オレ、終了のお知らせやで〜(白目


「小瀬川君、どうしたんだい? ぼんやりして」


 恥ずかしさのあまり、意識が某なんでも実況掲示板の方に飛びかけたオレをギリギリの所で繋ぎ止めたのはマスターの声だった。

 そういや、今はバイト中だ。

 羞恥でのたうち回るのは、ベッドに転がり込んでからでもええやろ……。


「アイスコーヒーあがったから、頼むね?」

「ういっス」


 オレはマスターから飲み物とお茶請けの手作りクッキーを受け取り、トレーにのせる。

 マスターがニヤニヤ笑いでオレのことを見るんだけど、なんスか、その物言いたげな表情は。いい歳して出歯亀はどうかと思いますよ?


「お、お待たせ致しました」

「ありがとう」

「ご、ごゆっくりどうぞー」


 事務的で味も素っ気もないやり取り。

 いや、客と店員だから当たり前なんだけど。


「……お友達、今日は一人みたいだね?」

「……そうっスね」


 マスターが小声で聞いてくるので適当に返事をする。

 宙埜さんはアイスコーヒーを飲みながら、小さなクッキーを囓っている。

 

「……小瀬川君、今日はヒマだし少し早めにお昼に入っていいよ」


 一瞬、今日「も」の間違いでは? と思ったけど口に出さない節度はあるぞ。


「お友達も一緒に食べていくかい?」


 宙埜さんはマスターの申し出に驚いたような表情をして「え、でも……」と遠慮がちに呟く。


「あ、マ、マスターの賄い、美味しい、よ?」


 考えるよりも先に言葉が出ていた。


「えーと、それじゃあ、いただきます」


 おれとマスターに微笑みかけながら宙埜さんが言う。

 

「OK。少し待っていてね」


 マスターがキッチンのコンロに火をつける。

 しばらくすると、カウターの向こうからスパイスが複雑に絡み合う芳醇な香りが漂い始めた。


「あ、いい匂い……」


 鼻を少し動かしながら宙埜さんが言う。

 

「そ、そうだね。今日の賄いはマスターのお手製カレーみたいだね」

「店長さんてお料理上手なんだよね? お茶請けのお菓子も美味しかったし……」

「うん、むっちゃ上手だよ」

「へぇ……」


 そこで会話が途切れる。

 ち、沈黙が重い……。

 な、何か喋るんだ、オレ!


「どうぞ」


 会話の糸口を掴めないままオタオタしているうちに、賄いの準備が終わったみたいだ。

 マスターがカトラリーと料理をカウンターに並べていく。

 うう、もういい。カレー食べゆ。


「いただきます!」

「えーと、それじゃあ、いただきます……」


 目の前で美味しいそうな匂いを漂わせているカレーをスプーンですくう。

 緊張して若干味の分からなくなっている部分もあるけど、やっぱりマスターの作る料理は美味しい。


「美味しいね」


 宙埜さんもマスターのお手製カレーが気に入ったようだ。ニッコリと微笑みながら言う。オレも笑顔で「でしょ!」と返した。

 マスターが白いマグカップにコーヒーをなみなみと注いで差し出してくれる。


「ありがとうございます」

「あ、どうもっス」


 二人で黙々とカレーを食べる。

 そう言えば、宙埜さんは何で今日は一人でこの店に来たんだろう?

 乾も後輩コンビもいない。

 昨日でこの店のファンになったとか?


「あ、あのさ、この前のお礼……」

「お礼?」


 宙埜さんが唐突に話を切り出してきた。

 ん、何のことだろう。オレは特に宙埜さんから礼を言われるようなことはしていないけど……?


「えーと、ほら、先月のゲームの大会……」


 ひょっとして、フロニキが開催したバトロ大会のことを言っているのだろうか。


「何かバタバタしていて、ちゃんとお礼言ってなかったから」

「えーと、オレ、別にお礼を言われるようなことはしてないけど……」

「兄さんの話を聞いてくれたでしょ? それに小瀬川君と対戦していろいろと吹っ切ることができたから」

「そ、そう?」

「うん。お父さんとお母さんにも、ちゃんとオラクル・ギアで遊んでいることも話せたし……」

「そうなんだ……。それで、ご両親はなんて……?」

「それがね、二人とも、何となく分かっていた、って。その上で何も言わずにいてくれたみたい」

「そっか……」

「そのことに、ちゃんとありがとうって言えて良かった。黙ってゲームを遊んでいたことも謝れたし、全部、小瀬川君のおかげだよ」


 どう返答すればいいのか分からない。

 オレは本当に特別なことをしたワケじゃないんだけどな……。

 目の前に困っている人がいて、それの人が自分の好きな女の子で、だから少しでも力になれたらって思った。それだけのことなんだ。


「えーと、これ良かったらどうぞ」


 宙埜さんはバックからごそごそと何かを取り出すとオレに差し出してくれた。

 片手にすっぽりと収まる小さなそれは、よく晴れた冬の空みたいに綺麗なブルーの包み紙と、明るいオレンジのリボンで可愛らしくラッピングされていた。


「小瀬川君、改めてあの時は本当にありがとう。ずっと、ちゃんとお礼を言っておきたかったんだ。皆が一緒の時だと切り出し難い話だから遅くなっちゃったけど」

「え、えーと、オレも友達の力になれたなら嬉しいよ。あ、あと、何か気を遣わせちゃったみたいで、ゴメン」

「そんな、小瀬川君が悪いワケじゃないよ。謝らないで……」


 困ったような表情で宙埜さんが言う。

 うわー、どうしたもんか。

 つーか、このやり取り既視感あるわー。前にもやったヤツだわー。


「う、うん。もう謝らないよ、ゴメン……ってアレ?」

「もう、小瀬川君てば……」


 オレの間抜けな発言に宙埜さんが微笑む。

 その笑顔を見ると、オレは何だかひどく満ち足りたような、胸が苦しいような不思議な気持ちになる。

 でも、それは決して嫌な気持ちじゃなくて……。


「店長さん、カレーご馳走様でした。とても美味しかったです。これは私が焼いたマカロンです。お口に合うか分かりませんが、よろしければどうぞ」


 宙埜さんはそう言いながら、マスターに包みを差し出す。

 オレに渡したものとは違う色のラッピングだった。


「これはこれは。有り難く頂戴するよ。良かったらまた遊びにおいで」

「はい、喜んで。友達を誘ってまた来ますね」


 マスターの言葉に花の咲くような笑顔で宙埜さんは答える。


 宙埜さんはカレーを食べ終わると会計を済ませて店を出た。

 今日はこのままご両親と落ち合って買い物に行くらしい。

 最後に一度振り向いて「本当にご馳走様でした」と言いながらお辞儀をひとつした。マスターは「またね」と言いながら手を振った。オレも「じゃあ、明日また学校で!」と声をかけながら宙埜さんを見送った。


「礼儀正しい子だねぇ。小瀬川君の好み正統派の眼鏡っ娘か。なるほど」

「そ、そんなんじゃないですよ!」

「お、顔が真っ赤じゃないか。分かりやすい反応だなぁ」

「だから、そんなんじゃありません! 放っておいて下さいよ、もう!!」


 マスターが意味深なニヤニヤ笑いを浮かべながら、肘でオレを突きまくる。

 うわー、面倒臭い年寄りだなあ。ゴシップ好きのおばちゃんかよ~。


「お、カレーの匂いがするな。マスター、今日の日替わりランチはカレーかい?」


 玄関のカウベルが鳴ると同時に、聞き慣れた常連さんの声が店に響いた。

 

「そうだよ」


 マスターが答える。

 カウンターのデジタル時計を確認すると、もう十二時近い。とっくにランチタイムが始まっていた。

 さーて、多少は忙しくなるかな。

 




 宙埜さんがプレゼントしてくれたマカロンは一口サイズの可愛いもので、ラッピングと同じブルーとオレンジ、二色のマカロンだった。

 何だか、プロフェシーとスクラみたいだな、って思った。

 どっちも凄く美味しかったよ。

 何となく、空色の包み紙の裏側を見てみたら、そこには、


「次は負けないからね! by cyan」


 と書かれていた。

 ライバルからの宣戦布告だ。


 はは、次も負ける気はないからな、宙埜さん(シアン)



【To Be Continued……】

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