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星空の下で

作者: link/Rayersh

ふと、外に出た。

静まり返る公園の芝生に、おもむろに腰を下ろして横になる。

心穏やかにそっと瞼を閉じて軽く深呼吸をする。

すると、昼間のような行き交う雑踏の音がないことを知り、まるで静寂に身が溶けていくような感覚に落ちていく。

そう、今は夜。

仄かに照らす街灯が、光を失った暗闇の黒を微かに藍色に染め上げる、夜。


ゆっくりと瞼を開く。

その藍で彩られたキャンバスの上に、輝く星々が煌めく石英のように散りばめられ、その光沢の美しさを競い合っているようにも見える。

小さな虫の音色と星空の下で、自然という空間に緩やかに身を委ねていく。

秋の夜長の、ほんの1ページ。

そんな感覚が、僕はたまらなく好きだ。



頬をなでるように秋風が通り抜け、木々や芝生が緑の和音を奏でる。

――心地良い。

その和音に紛れるように、芝生を歩く音が徐々に近付いてくる。

「やっほ、何してんの?」

軽快な声に思わず声の方に顔を向ける。

栗色の柔らかな髪が風に乗りひらひらと靡きながら、女性が一人こちらを見ていた。

「なんだ、君か」

「ちょっと夜の散歩、と思ったら見つけちゃった」

少しだけ罰の悪そうな笑顔を浮かべ、こちらに近付いてくる。

「隣、いい?」

「どうぞご自由に」

「ありがと」

彼女はそっと腰を下ろして、満天の星空を見上げる。

「綺麗だね」

「そうだな」

感嘆に思わず言葉が途切れ、時が止まる。

なでる風も、緑の音色も、そして互いの呼吸や心音も、全てが止まったように聞こえない。

ただ二人が星空と静かに相対するだけの空間。

遥かな宇宙に、すっと迷い込んでしまったよう。

星が、星の輝きが、すぐそこにあるような錯覚に陥る。

その雄大さに、僕は思わず瞼を閉じた。


「ねぇ、秋の四辺形って覚えてる?」

問いかけに瞼を開く。

「いや、覚えてない」

「南の空にあるペガスス座の一部なんだって。多分あれかな?」

そういって彼女は指し示す。

「指されても分かんないって。さすがに広すぎる」

「ほら、あれだって。あの四つの明るいやつだよ」

「んー……?」

指し示す方向に目を向け、じっと光を観察する。

「あ、もしかしてあの……?」

そう言って僕も人差し指で指す。

「んー……。そうそう!あの四つが秋の四辺形!」

「なるほどね。他の星より確かに明るい」

マルカブ、シェアト、アルゲニブ、アルフェラッツ。

二等星と三等星が織り成す大きな星の四辺形は、秋の夜空の入り口として佇んでいる。

「そこから東の方にアンドロメダ座、北の方にカシオペヤ座があるの」

「名前は憶えてるけど、やっぱり場所とかは忘れてしまうね」

「でしょ?でも……」

「でも?」

「私もこの間ちょっと調べたばっかりなんだ」

彼女はそう言うと、また罰の悪そうな笑顔をこちらに向ける。

「やっぱり君も忘れてたんじゃないか」

思わず、苦笑いをする。

つられて彼女もくすっと笑みが零れる。


二人の小さな笑い声が空に吸い込まれてゆく。

その間を、芝の上を、葉の隙間を柔らかな風が軽やかに通り抜け、ウィンドチャイムを鳴らすように、優しく撫でながら踊る。

緑や星達も二人の周りでくすくすと微笑み、濃紺の夜空を微かに明るくする。


少し笑った後、芝生の上にごろんと横になった。

「ふふ、やっぱり夜空ってきれい。今日はすごくよく晴れてるね」

「雲なんてどこにも見つからないな」

「うん。とってもきれい」

感慨深そうにそう呟いて、彼女は目を瞑って深呼吸をした。

僕も同じように、目を瞑って深呼吸をしてみる。

秋口の少しだけ肌寒い空気が、胸の隅々にまで行き渡っていく。

吐く息はまだ白く染まることはなく、冬の到来はもう少し先になりそうだ。


「あかいめだまのさそり」

隣にいる彼女がふと口ずさむ。

「ん?何か歌った?」

「うん、『星めぐりの歌』っていうの」

「ああ、宮澤賢治の?」

「そう。空を見てたらちょっと思い出したの」

「続けて歌わないのか?」

「改めて言われるとさすがに恥ずかしいよ」

そう照れながら言う。

「ごめん、でも続き聞きたいな」

「口挟んでおいてよく言うなあ」

少しだけむすっとした顔をする。

「でもいいよ。今日は特別ね」

すぐに顔を綻ばせて、もう一度空にその顔を向け、穏やかに瞼を閉じた。



あかいめだまの さそり

ひろげた鷲の つばさ

あをいめだまの 小いぬ、

ひかりのへびの とぐろ。

オリオンは高く うたひ

つゆとしもとを おとす、



星空と歌声に意識が溶ける。

風も木々も彼女の歌を聞き入るように静まり返っている。

可憐な歌声が、透き通った空気に優しく響き渡って、天に広がっていく。

ゆっくり、ゆったりとその心地良い歌声に乗り、星空の中をぷかぷかと揺蕩う。


永遠に止まったように思える時の流れも、気付かぬうちに少しずつ過ぎ去っていく。

北極星を中心に、少しずつ、少しずつ、星座も巡る。

空の色も、藍から濃紺、濃紺から黒へと、より深く表情を変える。

無数の微細な記憶という写真の短冊を、揺蕩う時の中で、無限に寄せ集めて新しい手帳にしまい込む。



アンドロメダの くもは

さかなのくちの かたち。

大ぐまのあしを きたに

五つのばした  ところ。

小熊のひたいの うへは

そらのめぐりの めあて。



「ねぇちょっと」

隣から呼びかける声が聞こえる。

「ん……?」

「『ん?』じゃない。何で勝手に寝てるの?」

僕はどうやら寝てしまっていたらしい。少しだけ背筋を伸ばす。

「ああ、ごめん。何かすごく心地良くて」

「おだてても無駄だよ」

彼女は少し怒った表情で言った。

「ごめんってば」

いくら心地よかったからと言って、さすがにこれは僕も罰が悪い。

「……仕方ないから、この星空に免じて許してあげる」

呆れた顔をしながら、彼女はそう呟いた。

「そうしてくれるとこっちも嬉しい」

「都合が良いんだから。んじゃそろそろ冷えてきたから、私戻るね」

「僕もそろそろ戻ろうかな。気持ちいいけどやっぱり少し肌寒い」

そう言って、二人とも起き上がる。

「それじゃ帰ろっか」

無言で頷き、公園を後にしたのだった。


二人が去り、静寂が訪れる。

時折吹く風の音は、少しだけ穏やかに木々や芝生を揺らす。

天は黒に変わったキャンバスに、沢山の星を湛えて、溢れんばかりの光を変わらず大地に注いでいた。



そんな、秋の夜長の、ほんのわずかな1ページ。


お久しぶりです、link/Rayershです。

と言っても三年ぶりの投稿なので、過去作を知ってる人はいないかもしれませんね。


今回は、今まで書いたことのない明るいお話を書いてみました。

自分自身、暗めの短編小説だと勢いで書けてしまうんですが、ふと思い立って久しぶりにこの小説の世界に没入していました。

暗めの短編小説では大体4時間程度で書きあがるのですが、これは本当に難産で、3~4日ぐらいかかった気がします。


この作品で主眼に置いたことは、やはり「美しいものをどう美しく文章で描くか」と言うことに尽きます。

言葉の選択、語感、文章の読み下しやすさ、表現方法などなど。

途中で出てくる宮澤賢治さんの『星めぐりの歌』は、とても平易な言葉なのに情景がとても美しいですし、引用するからにはそれを潰さないようにと意識したつもりです。

特に恋愛を描くとかそういう描写はせずに、ただ秋の夜長の1ページを書ききれて、今は満足しています。


次回作が何時になるかは分かりませんので、またお会いできたらお会いしましょう。

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