一章002(2)
002(2)
メイド喫茶から出て、ぼく達は巡さんの事務所に向かっていた。
巡さんの事務所はメイド喫茶から比較的、近場にあるらしい。巡さんの事務所かあ。嫌な予感しかしねえぜ。なんか、フリフリのドレスとかありそう。
「やっくん。気になったから訊くんだけれど、巡さんとはどう知り合ったんだい?」
「ええと、☓☓と比べると知り合ってからそんなに経ってないぞ。前の前の前の事件って覚えてるか?」
「なんだっけ……」
「覚えてねえのかよ」
たはーっと、大袈裟に言い額に手を当てる。おいおい、お前が事件に巻き込まれすぎなんだよ。
やっくんは、やれやれと言いながら説明を始める。
「……そう、あれはとても寒い日だった。俺は朝から鳥に糞を落とされたり、パンツを穿き忘れたりと、嫌なことが立て続けに起こって、ブルーな気分のままいつもと同じように大学に向かうべく、自転車をこいでいた。
登校途中、大通りを通っていたんだがその時に、信号につかまって止まっていたんだ。すると何処からともなく、風が吹いた。俺の隣には見ず知らずの少女。風で少女のスカートが捲れる。少女は悲鳴を上げる。
当然、周りの人たちはその少女を見る訳だ。隣にいる俺の事もな。で、その光景を見た散歩途中のご老人が、俺を痴漢だと決め込んで、警察に通報して、俺が連れていかれたんだ」
ああ、そういえば……そんなこともあったな。
後、説明長い。
「でもそれは、ぼくが少女に証言してもらえって言って、解決したじゃないか」
「そうなんだよ。でもそのあとに、当時町を逃げ回っていた泥棒に、体格、身長、服装が似ていたもんで、更に疑われっちまったんだ。俺はお前を頼ったが、『えー警察いくのやだ』と取り合ってもらえず、仕方なくこの町で唯一の探偵であるところの巡さんを頼ったって訳だ」
「んー。なるほどー」
おおよそ分かりました。説明ご苦労様っす。
それにしても巡さん、綺麗な人だったなあ。早く会いたいぜ。
あのさらさらとした黒髪。きらきらした瞳。
あれで年下だったら考えてやらんでもない。
「おい、☓☓。巡さんで失礼な妄想してるだろ」
「してねえよ。それにきちんと将来を考えたお付き合いを」
「付き合ってねえだろうが!」
拳骨を食らった。お、親父にも打たれたことないのに。
「にしてもさあ、やっくん」
「んだよ。☓☓」
「今回ばかりは、マジでヤバいんじゃねえの」
「今回も、だろ」
も、も、と『も』ばかりを強調してくる。うざかったのと殴られた仕返しにズボンのポケットの中に入っているクリップでやっくんの耳朶を挟む。
「うぎょええ!?」
なんだ、うぎょええって。聞いたことねえわ。
「おい、☓☓。お前何すんだ!耳朶取れちゃうだろうが‼」
「クリップで挟まれたくらいじゃ取れねえから安心しろや。でもそのクリップ相当挟む力強いやつだからな。結構いたかったろ?」
「当たり前だ!つうか、何でこんなもんポケットに入ってんだよ」
「護身用にね」
言ってから、クリップじゃ守れる物も守れねえなあと思う。クリップ一つで世界は変わりません。そもそも世界は狂い始めているよお。きゃっほー。
「意味分かんねえよ」
やっくんは、ぼくの思考が読めるようだ。こわーい。
「で、話を戻すけれど、今回は本当に関わんなよ」
ぼくは言う。割と真面目に。(いつも真面目だよ、いやほんと)
「うーん。でも俺に被害は来ないと思うしさ」
やれやれ。曲げねえ奴だな。
ぼくは道を曲がるけど。巡さんの事務所の場所が書いてある地図の通りに道を曲がった先にあったのは、とても小さな民家だった。いや、とても小さな古民家だ。ここが事務所なのだろうか。いやいや違うさ。もっと優雅で煌びやかな家に、巡さんは住んでるって。うん。絶対そう。だって巡さんだぜ?きゅるるんぴかりんで綺麗な彼女が、こんな老人が住んでいそうな所になんかに住んでいる訳があるか。あーあ、道間違えちゃった。元来た道ってどっちだっけ。右かな左かなそれとも後ろ?
くるんと、ぼくは古民家に背を向けて、恐らく現実にも背を向けて元来た道に戻ろうとする。
すると、やっくんが
「どこ行くんだ☓☓。ここだぞ、事務所」
と、古民家を指さして言う。
取り敢えず……巡さんのイメージについて、大幅な勘違いをしていた事に気づいた。
19:02。巡さんが自宅兼事務所に帰宅。
「いやあ、ごめんね。小さな家で」
「い、いえ……お気になさらず。ぼくはどんな環境でも生きて行けますので」
ぼくは、はにかみながら謝っている巡さんに言う。
そ、想像以上だぜ。まさか巡さんが下着も仕舞わない人だったとは。いや、ぼくはそんな人でも愛せちゃうんだぜ。うん。嘘じゃないよ。
「巡さん。まだこの癖直ってなかったんですか?」
「いやははあ。お恥ずかしい」
え、何。そんな親しげに話して。いちゃいちゃしないで下さいねえ。ぼく、突発性リア充アレルギーなんで。
「それで、やっくん。本題を話しなよ」
「うん?ああ、そうだな。って何でイラついてんだよ☓☓」
お前がいちゃいちゃしてるからだよ。
あと、目的ちょっと忘れてただろ。
やっくんは巡さんに、ぼくに話した内容と殆ど同じ説明をする。
その話を聞いた巡さんは「うーん」と唸って、「やっくん。いや、小野田君。この件については諦めたまえ」と続ける。誰だよ小野田君。やっくんの本名全然違えぞ。
「と、言いたい所だけれど、その前にアズナブルくん」
巡さんはぼくに人差し指を向け、言う。
「君の名は」
「名作ですよねえ」
「ちげえよ。映画じゃねえよ。お前の名前は何だっての」
おっと、怒られてしまった。巡さん結構短気なのかしら。
「今まで通り、アズナブルと呼んでください」
「了解了解」
ひらひらと手を振って、巡さんは答える。
「んじゃ、アズナブルくん。君はこの事件についてどう考えているんだい。一応、やっくんの専属の探偵なのでしょう?」
「探偵なんて大層なものじゃないですよ。ただの相談役です。そうですねえ、この事件はぼく自身が見た訳ではないですし、確かなことは言えませんけれど恐らく、殺したのは女性の可能性が高いです」
「ふむ、どうしてそう思う?」
巡さんは、座っていた椅子から腰を浮かせた体勢になって尋ねてくる。
「たぶん、やっくんが死体を見たとき犯人は、隠れていたんだと思います」
「隠れてたあ?どういう事だ、だって俺が見たときには誰も」
「それは入り口から入ってきてそのままの方向から見たんだろ。ビルの中をグルグル回って確かめたのかい?例えばビルのロビー部分にあった……ボロボロのソファの後ろとか、ね」
「見、てない」
やっくんは気づいたように言う。
「じゃあ、ソファの後ろに犯人がいたって事か……」
「そうだね。背の低い女性なら、ソファの後ろで伏せていれば余裕で身を隠せるだろう」
「しかも、死体を一度も見たことがない人間が、その場で冷静に対応できる訳がないからってことね」
巡さんが言う。
くそぅ。ぼくが推理してたのに。邪魔しないでっ。
「でも、隠れていたとしてどうやってやっくんの目の前でばらばらにする?」
「そうだよ」
全く、せっかちな人達だなあ。字数が稼げないだろうが。←(何の事だかよくわからない)
「簡単です。犯人はこれを使ったんですよ」
ぼくは、彼らに見せる。
血の付いた、ワイヤーを。
「アズナブルくん。こ、これって……」
「はい。凶器です」
「いや待て☓☓。こんなもので人が切れるかよ」
「切れるよ。楽勝だよ。人間なんて固くないだろ」
いや、柔らかいって言ってる訳でもないけど。
つまり、ワイヤーを人間の体にあらかじめ巻きつけて置いて、ものすごいスピードで引っ張る。すると、あーら不思議、バラバラ死体の完成だ。
「でも、この犯人。ただの殺人鬼じゃ無いっぽいね」
と、巡さんは言う。
そうだ。人間の腕力では、絶対にできない芸当である。
「ところで、お二人さん」
巡さんは言う。
「殺人人間って、ご存じ?」