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殺人×サツジン  作者: 五十鈴十五
一章 始まりの終わりは結局終わり
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一章002(1)

002(1)


 無解明の名前を提示することによって、何が変わるか分からない。

 何も変わらない事を知っている。

 ぼくとあいつは、何も変わっていない。変化していない。成長していない。

 変化がないというのは、人として死んでいる様なものである。

 そう、ぼくらは五年前のあの日から死に続けている。

 五年前。

 ぼくと無解は命を奪い合った。

 奴は記憶を。

 ぼくは感情を、人質にとられた。

 今でも、殺す為握ったナイフの無機質な冷たさを、思い出せる。

 血の色。肉の感触。そして、殺意。

 すべてを克明に鮮明に覚えている。

 ぼくは、奴を刺した。ぐさりと、いや、ぐさりなんて感じじゃあない。蒟蒻に包丁をいれる時の様に、いとも容易くナイフは胸に刺さる。そこから、刺して壊して刺して叫んで刺して殺した。

 血が吹き出て、無解は力尽きたのか人形のように手足をだらりとさせて倒れる。

 その時のぼくは、どれだけ醜い顔をしていたのだろう。

 自分の事を正義だと勘違いして、さながら狂人の様に、高らかに笑っていたことを覚えている。

 彼は死に、ぼくは生きた。

 それは偶然だったのか?否、人為的な必然だ。悪によって定められた必然だ。

 悪とはつまり、人である。

 悪とはつまり、偽善である。

 悪とはつまり、ぼく自身なのである。

 ぼくは、偽善者だ。偽善は世界から迫害される。 

 ぼくは、殺人者として恐れられ、罵倒された。致し方あるまい。

 何故なら、ぼくを迫害した人々は正しく、つまり、正義なのだ。

 それからぼくは、殻に閉じこもった。感情を、閉ざしたのだ。皮肉なものである。感情を人質にとられ、それを守るべく奴を殺したというのに。

 だが、ぼくはすぐに感情を取り戻すことになる。

 無解明が、生きていたのだ。

 生活に支障のないくらいまで体の回復が進み、ぼくが通っていた中学に戻ってきた。しかし、一種の記憶障害に陥っており殺しあった記憶は失われているそうだ。

 ああ、だったらあの惨事は何だったんだ?

 ぼくはずっと悔み、苦しみ続けてきたというのに、無解、お前は地獄を忘れたというのか。忘却したというのか。

 ぼくは一時的にだが感情を失い、無解は記憶を失った。

 互いに奪い合ったものを、互いに失っている。

 無解。

 ぼくはお前を許さないし、お前はぼくを許さないのだろう。

 それはぼく達が等しく、狂っているからだ。



 ※※※



 「なあ、やっくん」

 「なんだ☓☓」

 「なんでぼくらは、メイド喫茶にいるんだ?」


 そう。ぼくらは今「にゃんにゃん」とか「もえもえ~」とか、歯がゆいを取り越して、歯が溶けるくらい甘々な雰囲気の場所にいるのだ。


 「そりゃあ、お前が不機嫌になるからだよ」


 と、やっくんは悪びれもせずに言う。

 お前、ぶち殺すぞ。


 「不機嫌にもなるわ。ぼくとあいつの関係をお前は知ってるんだから、気ぃ使えよな、屑野郎が」

 「言葉使いが荒いと、メイドさんに嫌われちゃうぜ」


 やっくんはそう言って、「メグちゃ~ん」とメイドさんに手を振る。すると、そのメグちゃんさんがパタパタと足音を立てて、こちらへかけてくる。


 「あれえ~、やっくん」媚び媚び。

 「やあ、メグちゃん」でれでれ。


 うん。むかつく。


 「おともだち~?」もえもえ。

 「そうなんだ」でれでれ。


 なんなんだ、このやり取りは。幼稚園生か。


 「なんてゆう、お名前なのお?」にゃんにゃん。

 「こいつの名前は」


 やっくんが、ぼくの名前を言おうとした所で、


 「どうも、アズナブルです」


 ぼくが答えた。


 「かっこいいねえ~」萌え媚びにゃん。


 本当に思っているのか怪しすぎる。


 「普通の人間の、三倍のスピードで動きます」

 「へえ~、しゅごいねえ」きゅるるんぴかりん。


 パチパチ、とメグちゃんさんは拍手をする。


 「人はぼくを、赤い自転車と呼びます」

 「あはは……」


 メグちゃんさんの口角が引きつる。なんだ、メグちゃんさん。ぼくの自己紹介がつまらないとでも言うのか。勝利の栄光は、貴女には訪れないでしょう。ばきゅーん。(ビーム音)

 ぼくは、戦艦をたくさん沈めたんだぞ。

 まさか連邦の狗か。


 「変わった子だね」

 「ええ、こいつ変わってるんですよ」


 メグちゃんさんに言われたくない。しかし、変わらないことがぼくのアイデンティティなんだけれどなあ。ぼくの自己存在を否定されました。ショックー。


 「そうだ、メグちゃんに聞きたかったんだけど」


 やっくんは、声のトーンを低めて言う。


 「無解の奴って来た?」


 メグちゃんさんは、耳打ちする。


 「来てたわよ。なんか少しおかしかったわね」


 あれえ?何だかさっきと雰囲気が違うぞ。


 「また何かに巻き込まれたの?」


 と、メグちゃんさんは、やっくんに尋ねる。


 「いや……巡さんの手を煩わせるわけには……」

 「いいのよ。大人は子供を守る義務があるんだから」


 あれええええええええええええええええええええ?すごくかっこいいんだけど。別人?さっきまでの、きゅるるんぴかりん、もえもえ媚び媚びなメグちゃんさんは、何処へ?

 ぼくは、あまりに驚いて、


 「やっくん。この人は?」


 と尋ねる。


 「この人は、想井 巡さん。探偵兼メイドさんだ」

 「あまり大きな声で言わないでね」


 探偵……この人が?信じられん。


 「詳しいことは仕事が終わってから、事務所で聞くわ」


 言って、巡さんは周りの人に気づかれないようにやっくんに鍵を手渡す。

 やっくんとぼくは、席から立ち上がり、会計を済ませる。

 巡さんは、くるっとまわる。彼女の美しい黒髪が弧を描く。その姿は探偵ではなく、やっぱりメイドさんにしか見えなかった。

 



 「また、わたしに会いに来てくださいねっ」










 巡さんは、仕事の本分を忘れてはいない様だった。

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