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サトリな俺のライトな学園生活 ~悩める相談者と優しい嘘~  作者: みどー
第二話「イケメン教師は大抵嘘つき」
7/15

1/2年5組の秘密と嘘



 秘密。それは、誰にも知られたくない当人だけが知るところによるものとしたい事実。誰だってそんな誰にも知られたくない秘密の一つや二つは持っているものだ。

 けれど、目の前の少女、片瀬由紀はそんな個人の秘密ではなく、クラスの秘密を調べて欲しいと言っている。俺としては、些かそれは奇妙な響きだった。興味を持ったと言ってもいい。それ故か、俺は自然と尋ねていた。


「2年5組の秘密……ね。それ、どんな秘密なんだ?」

「分かりません。それを調べて欲しいんです」

「分からないって……自分のクラスのことだろう?」

「はい……そう、なんですけど……私には、分からないんです」


 まったく以って要領を得ない。彼女は秘密を調べて欲しいと言いながら、それがどんな秘密かは知らないと言う。しかも、自分のクラスの事なのに。あり得るだろうか?

 疑念が生まれる。その疑念が生まれると同時に、俺は眼鏡の蔓に手を掛ける。が、思い直して、すぐに眼鏡から手を放した。

 片瀬先輩はそんな俺の仕草を気にすることなく話を続ける。


「私には、それがどんな秘密か分かりません。でも、私以外のクラスメイトはきっと何かを私に隠しているんです」

「片瀬先輩がそう思う根拠は?」

「それは……皆の様子がおかしいから……」

「様子がおかしい? どうおかしいんだ?」

「どうと言われると……表現し難いんですけど……。何だか皆、ピリピリしてて……気まずいって言うか、険悪って言うか……何かを警戒してるような、そんな感じです」

「それ、先輩に対してだけってわけじゃなく?」

「はい……クラス全体が、です。寧ろ、皆は私に対してだけは普通に接しているようにも感じます。それで、クラスメイトに尋ねてみたんです。どうしたのって。そしたら、何でもないって言わるだけで……でも、何でもないわけじゃきっとないはずなんです」


 話を聞く限り、片瀬先輩を対象としたいじめというわけではないようだ。となると、彼女の言う通り、2年5組の生徒達は、先輩には隠しておきたい秘密があるのかもしれない。


「何時頃からそう感じるようになったんだ?」

「そ、それは……三ヶ月前……から……」


 俺のした質問に片瀬先輩の歯切れが悪くなるのが分かった。これは、もしかすると……。


「その頃、何か変わったことは? そうなる原因になりそうな出来事とかさ」

「そ、それは……その……」

「あったんだな?」

「……は、はい」


 片瀬先輩は返事をすると同時に暗い顔をして俯いてしまった。その様子に、その出来事というのが彼女にとってあまり思い出したくないものだと分かる。


「片瀬。辛いようなら私が話すが?」


 片瀬先輩の様子を見兼ねて、沢近が彼女に問い掛けた。それに片瀬先輩は俯いたまま頷く。


「どういうことだ?」

「三ヶ月前の事だ。彼女のクラス、2年5組の女子生徒が自殺未遂を起こす事件が起きてな」

「じ、自殺未遂だって!?」

「ああ、そうだ」


 沢近は表情を変えることなく平然と断定する。けれども、その隣にいる片瀬先輩は『自殺未遂』という単語が飛び出した途端、ビクリと震えていた。そんな彼女の様子を気にするわけでもなく、沢近は淡々と話していく。


「その自殺未遂をした女子生徒の名前は、橘香織。学園近くにある五階建て廃ビルの屋上から飛び降りてな。幸いにも命に別状はなかったが、それ以来不登校になっている」

「おいおい……結構なヘビーな事件じゃないか。そんな事があったなんて聞いたことがないぞ?」


 自殺未遂はそれなりに大事件だ。そんな事件があったなら、マスコミが黙っていない。けれど、俺が記憶している限り、三ヶ月前にはそんな騒ぎは一切なかった。


「当たり前だ。自殺しようとした理由が理由だからな。本人のプライバシーに関わる事のため公表はされていない。と言うか、今回は揉み消されたに近いレベルだな」

「プライバシー? 揉み消された……? なんだそれ……」


 そんな大事、普通は揉み消されるなんて事あり得ない。つまり、その自殺未遂は学園内のいじめとかそういう問題から発生したものではなく、本人の個人的事情かつ沢近の言うようなプライバシーに関わるような事が原因ということなのだろう。さらに深読みすれば、それが学園にとっても世間に知れ渡れば都合の悪い事情だったという事か。


「差し支えなかったら、その原因ってのを教えてもらえるか?」


 駄目もとで尋ねてみた。無論、そういう事情なら教えてくるわけがない、そう思っていたのだが。


「ふむ……まあ、お前ならいいだろう」

「いいのか!?」


 沢近から意外な返事が返ってきて、驚いてしまった。


「なんだ、その反応は。お前が教えてくれと言ったんだろう?」

「いや、そうだが……そんな安易に教えていいのかよ? 俺のこと、信用し過ぎてないか?」

「たわけ。誰がお前を信用すると言った。 信用云々以前に、お前は他言できないよ。もし、他言しようものならどうなるか、それが想像できないわけでもあるまい?」


 それは明らかな脅しだ。また脅されてしまった。その脅しに俺は無言を貫いたまま沢近の顔を睨んだ。


「まあそう怖い顔するな。それに信用とは違うが、お前は他人の秘密をベラベラと喋る奴ではない事は明白だ。でなければ、お前の周りには誰も寄り付かないだろうからな」

「……へぇ」


 言いようは気に入らないが、その分析力には正直舌を巻いた。

 どうやら、俺はこの女の事を少し勘違いしていたのかもしれない。こいつは腹黒いが、頭は切れるし、ある程度の良識も持ち合わせている。


「さて……橘香織が自殺未遂のした理由なのだが……」


 話が横道に逸れかけていたのを沢近が戻す。いよいよ学園すらもその事実を揉み消したという女子生徒の自殺未遂の理由が語られる。


「橘には付き合っていた男子生徒がいたらしくてな、その男との間にどうも子ができたらしい」

「子ができたって……つまり、妊娠!?」


 予想だにしていない事を耳にして、思わず声を大にして言葉にしてしまった。


「驚く気持ちは分かるが、声がでかいぞ、馬鹿者が」

「す、すまん……」


 流石にいまのは失態だ。他人の秘密は何処から漏れるか分かったものではない。こういう事には細心の注意が必要なのに、声を大にして口にするなど愚行としか言いようがない。


「そ、それで? その妊娠が自殺未遂の理由なのか?」


 俺は声を潜めて沢近に尋ねる。すると、沢近は溜息を吐いた後、答えてくれた。


「ああ。まあ、そんなところだ。妊娠の事実を恋人に打ち明けた橘は、恋人から拒絶され、失意に落ちた。そして、思い余って飛び降り自殺を図ったわけだ。それが理由ということになっている」

「なって、いる……?」


 今まで確定情報だと思って聞いていた事が、沢近の最後の台詞であやふやなものになってしまった。なんでこんな言い方をする必要があるのか。


「なあ、もしかして……」

「ああ、まあそういうことだ。実際のところは定かではない。本人は何も語ろうとしなかったらしいからな。自殺未遂後、流産しているから妊娠していたというのは事実だが、それ以外が本当のことなのか、そうでないのか分からない。事実、学園側はその男子生徒の特定に至っていないそうだ」

「やっぱり……その橘って人は、相手の事を……」

「ああ、庇っているのだろう」


 やっぱりそうか。けれど、そうだとしたら、色々とおかしい気がする。


「だが、私としてはどうにも納得いかん。学園内の生徒と付き合っていたのに、その男子の特定ができないなどと、あり得る事か? それに、彼女が自殺未遂の理由も不可解だ。まだ身ごもの状態で自殺しようとするなど……どういう心境だったのか私には理解できん。おまけに相手を庇うなど、普通ならあり得ない事だ。私だったら、そんな男への制裁の意味を込めて、全てばらしてまうがな」


 沢近は俺が疑問に思っていたことを代弁するかのように口にする。その言葉の中には怒りに近いものが含まれていた。きっと同じ女性として相手の男には許せないものがあるのだろう。

 けれど、今はそんな事はあまり重要ではない。重要なのは、その自殺未遂の件と、今回の件がどう関係するかだ。


「つーことは、その橘って人の事件と今回の2年5組の件が関係するってことか……。もし、生徒達が片瀬先輩に秘密にしていることがあるとすれば、その橘って人の事になるんだろうけど……それと片瀬先輩に秘密にする意味がよく分からないな」

「そ、それは……たぶん……」


 俺が疑問を口にすると、それまで黙っていた片瀬先輩が申し訳なさそうに口を開いた。


「私と香織は……親友だったから、だと思います」

「え……親友……なのか?」

「……はい」


 片瀬先輩から消えりそうな返事が返ってくる。その顔は酷く辛そうだった。


「親友とは、私も知らなかったことだ。なるほどな。親友のことだからこそ、生徒達は片瀬に気を遣い、黙っている。そんなところか」


 沢近は片瀬先輩の様子など気にすることなく、納得いったようにそう言って頷いている。


「さて……それはどうだろうな?」

「なんだ? お前はそうではないと思っているのか?」

「いや、可能性の一つだとは思ってるけどな。けど……調べてからでないと本当の事なんて分からないだろ?」

「ほう……調べる気になったのか?」

「……ま、ここまで事情を知っちまったからな。成り行き上、仕方なく、だ」

「フ……そうか」


 そう、仕方なくだ。俺にとって、片瀬先輩の悩みも、その自殺未遂した橘って人の事も、2年5組の秘密もどうでもいい。どうでもいいが、聞いてしまった以上は知らない顔をするのも人としてどうかと思ったから、手伝う気になっただけだ。

 そう自分に言い聞かせて、俺はこのどうでもいい依頼を受けることにした。



 翌日の昼休み、俺は沢近に付いて2年5組の教室の前にやってきていた。もちろん、俺の意思ではなく沢近に呼ばれたからだ。


「じゃ、手筈通りに頼むぞ」


 沢近はそれだけ言い添えて、教室の中へ入っていく。俺はそれを見送って、廊下で待った。

 少しすると、沢近は女子生徒を連れだって教室から出てきた。


「で? 私に用って何? それに後ろの人、誰?」


 女子生徒はあからさまに嫌そうな態度を取っている。


「後ろの男の事は気にするな。カカシとでも思っててくれていい」


 おい、誰がカカシだ。そんなツッコみを入れそうになって、ぐっと我慢した。今は、この生徒から情報を聞き出すことが先決だ。


「君に尋ねたいのは、三ヶ月前の橘香織の件についてだ」

「え……橘さん、の?」


 橘という名前が出た途端、女子生徒の声はトーンダウンする。そして、一瞬だけだったが、目が泳いだのを俺は見逃さなかった。


「ああ。彼女の噂に関しては、風紀委員としても見過ごせなくてね。お相手が誰なのか、それを調べているんだ。何か知らないかな?」

「知らないわよ、そんなの」

「そうか……実は、あの事件以来、クラスの雰囲気が良くないとある筋から聞いてな。もしかしたらと思ったんのだが……」

「それ、誰から聞いたの? うちのクラスの奴から?」

「それは答えられん。こちらにも守秘義務というものがあるのでね。で? どうなんだ?」

「そ、そんなの……当り前よ! あんな事があったんだから、少しくらい雰囲気が悪くなるのは当たり前じゃない!」

「なるほど。言われてみればそうだな……だが、本当にそれだけが理由か? 何か、隠してることがあるのではないか?」

「私が何を隠してるって言うのよ! そんな言い掛かりつけないでよ!」


 嘘だ。どんなに声を荒げようとも、それが嘘だと俺に分かった。何故なら、女子生徒の【本心体】が本当の事を語ってくれていたから。


『本当の事なんて言えるわけがないじゃない。言ったら、水瀬に何されるか分かったもんじゃないわ!』


 水瀬。女子生徒の【本心体】から語られた名前、その人物がどうやら彼女に今回の件について口止めをしているようだ。いや、おそらくは彼女だけに限らず、クラス全員になのだろう。

 聞き込みが終わると、女子生徒は怒った素振りで教室に引っ込んでしまった。


「どうだった?」


 沢近が俺に尋ねてくる。それに俺は頷いて答えてやった。


「ビンゴだ。どうやら、水瀬とかいう奴が、裏で手を引いてるらしい。橘の自殺未遂とどう関わりがあるのかは分からないが、現在のクラスの問題を引き起こしてるのは、間違いなく水瀬とかいう生徒なんだろうさ」

「そうか、水瀬か」


 呟く沢近の顔を見てぞっとした。沢近はニンマリと邪悪じみた笑みを零していたのだ。


「よし。では、本人に直接当たるとするか。お前はそこで待っていろ」


 沢近は俺に待機を命じると、意気揚々と再び2年5組の教室の中に入っていった。

 少しして、また沢近は別の女子生徒を連れだって出てきた。


「あのさー、鉄拳のフーキいいんちょー様がアタシなんかに何の用があるってのさー?」


 教室から出てきた女子生徒は先程の女子女生徒と違ってギャル的な口調な上、髪は茶髪で、高校生のくせに顔には厚化粧、胸元はボタンを外してバックリと開かれ、スカートの丈は異常に短いという、明らかに男を挑発しているとしか思えない身なりだった。沢近とは違った意味でお近づきになりたくないタイプだ。これが水瀬なのだろうか?

 沢近はそんな彼女に対して、教室に入っていく前に見せたのと同様の邪悪な笑みを零している。ただし、その目は獲物を狙う肉食動物ばりに鋭い。


「なに、水瀬に少し尋ねたいことがあってな」

「尋ねたいこと? だったら、早くしてくんなーい? アタシもさ、ヒマじゃないんだよねー」

「そうか、ヒマではないのか。まあ、水瀬はクラスの事で色々と忙しそうだからな」

「なにそれ……どういう意味よ?」

「別に、他意はないさ」


 あ、イラっとした。いま、目に見えて分かるほど、水瀬の奴はイラついている。よほど、沢近の言い方が気に食わなかったのか。

 そんな水瀬をジッと見ていると、彼女は俺の存在に気づいて、俺と目が合う。


「ねー、コイツ誰? まさかと思うけどさー、いいんちょうーのカレシ?」


 水瀬は失礼にも俺を指さして、くだらない勘ぐりをしてくる。というか、俺と沢近がそんな風に見えるとかどうかしている。


「たわけ。誰がこんなひょろ男と付き合うか」


 沢近も迷惑そうに全否定する。でも、ひょろ男とは心外だ。これでも、運動神経はいい方なのに。


「あ、そ。なーんだ、つまんないのー。鉄拳のフーキいいんちょー様が校内で不純異性こーゆーなんて、面白ネタになるのにさー」


 水瀬は下衆な事を本当につまらなさそうに呟く。こんな事を本気で思ってる辺り、コイツの性格はかなり歪んでいるようだ。


「くだらん事はいい。お前も暇ではないんだろう? だったら、さっさと済ませてしまおう」

「なに? 怒ったの?」

「いや、怒ってなどいないさ。そんな無駄なことに労力を割くだけ無駄なのでな」


 事実、沢近に心の中に怒りの感情はなかった。寧ろ、無下に扱われている水瀬の方が内心穏やかではない。


「で? 何なのさ? 聞きたい事って」

「ああ、少し不穏な噂を耳にしてな。お前のクラスが険悪な雰囲気になっていて、それをお前が先導しているという話だ。風紀員として看過できないので、その事実確認をしたい」


 直球だ。沢近は揺さぶりを掛けるとか、誘導尋問するとか、そんな相手から話を引き出そうとする方法なんて取らず、聞きたいことをそのまま尋ねている。俺が傍に控えているからって、いくらなんでも露骨すぎる。


「へぇ……それ、誰から聞いたの?」

「誰でもいいだろう、そんなの事は。事実なのか? それとも単なる噂か? どっちなんだ?」


 水瀬は沢近の詰問に押し黙ってしまった。所謂、黙秘という奴だ。だが、俺は視た。


『チッ! どこの馬鹿が漏らしやがったんだ。さっき、沢近に呼ばれて出ていった奴……いや、アイツはアタシを売るようなことはしない。できるわけないんだ。じゃあ、一体誰だ? くっそ、やっぱこの策は上手くなかったか!』


 ビンゴ。揺さぶりを掛けるなんてこの女には必要なかった。直球でぶつけただけで、内面は揺れに揺れている。見た目に反して、内側は脆かったようだ。

 沢近は水瀬にバレないようチラリと俺の方に視線を移す。それに俺は頷いてみせた。すると、沢近はニンマリと嫌な笑みを作る。


「答えたくないなら、それでも構わない。答える義務など端からないからな」

「……なにそれ。だったら、何で訊いてくるわけ?」

「ま、これも仕事なのでな。何もしないわけにはいくまいさ」

「形式的なってわけ? へぇ……アンタも話が分かるようになったじゃーん」


 水瀬の奴、沢近の嘘を完全に信じ切ってる。馬鹿にも程がある。例え、眼鏡をした俺でもいまのは信じないっていうのに。

 答えなくていい。それは、この後する質問のための布石だ。沢近は、水瀬が逃げ出す必要性を感じさせない為にあんな嘘を言ったのだ。

 黙秘権を行使できるなら、相手にとってどんな質問をされても痛くも痒くもない。だけど、それこそが罠だ。答える必要がなくても、質問をされれば、考えるし、思う事はある。それらは全て俺に筒抜けとなるのだから。


「もう一つ、聞いておきたいことがある。ああ、これも答えたくないなら、答える必要はない」


 俺の予想通り、沢近は質問を切り出した。


「あー、いいよー。どんなことなのさ?」


 水瀬はへらへらと余裕の表情で質問を受け付けてしまった。それが罠とも知らずに。


「三ヶ月前、橘香織が自殺未遂をする直前、彼女がイジメられていたというタレコミがあってな」

「え……」


 瞬間、水瀬の顔が強張った。それだけで、もはや答えは出ているようなものだが、その後に沢近の口から出た質問でそれがハッキリした。


「面白いことに、その首謀者もお前だというのだ。実際のところはどうなのだ?」

「――」


 水瀬は面食らった顔をして驚いていた。それだけなら、謂れもない疑いを掛けられて、驚いているだけで済んだかもしれない。だが――。


『な、なんで……なんでなんでなんで! なんで、そんなことまで漏れてんのよ! そんなはずない! あるわけない! だって、アイツらがアタシを裏切るわけないもの! だったら……ううん、ううん! それ以前に違う。だって、あれはアタシのせいじゃない。それに、たった一回脅したぐらいで屋上から飛び降りるなんて誰も思うわけないじゃない! だから、あれは違う! 大体、悪いのはアイツよ。アイツが陣内先生に迷惑かけるから悪いのよ!』


 動揺する心の声がダダ漏れになる中、気になる単語が幾つか飛び出してくる。この女は橘香織の自殺未遂に深いところで間違いなく関わっている。だと言うのに、コイツは自分が悪くないと本気で思ってるあたり、そう思うだけの訳がある。それが『陣内先生』と関係しているのだろう。


「くだんなーい。そんなタレコミ信じるなんてどうかしてんじゃないのー?」


 水瀬は何食わぬ顔をして、挑発するような口調で否定した。そして、心底迷惑そうな顔で「もういい?」なんて訊いてくる始末だ。

 沢近はそんな水瀬をあっさりと解放した。当然だ。もう訊きたい事は聞けてしまったわけだから。


「なるほど……陣内先生、か」


 水瀬の【本心体】から聞いた事を話してやると、沢近はそう呟くだけで、特に驚くとか、訝るといった様子を見せなかった。何を考えているのか分からない奴だ。そんな沢近が不気味に見えた。

 だからだろう。俺はこの調査をさっさと終わらせたくて、結論を先急いでしまった。


「ま、これで決まりだな。水瀬は橘をいじめていた。それが原因で橘は自殺未遂なんてことをした。その事実を橘と親友だった片瀬に知られないように策を弄して、いじめの事実を知っていたクラスの連中を黙らせたってところだろ」


 まったくもって身勝手で、自分の保身のためだけの行動のため、胸糞悪いことこの上ないが、人間がすることなんていつだってこんなものだ。自分の身を守るためなら、周りを傷つけようが、迷惑を掛けようが、関係ない。そんな人間が大半で、結局は、誰しも、自分が一番可愛いのだ。

 だが、沢近は俺の導き出した答えを結論とはしなかった。


「ふむ……お前の言う事は確かに的を射ているし、否定する材料はない。ないが……ただそれでも納得いかないこともある」

「納得いかない? 何がだよ?」

「お前が視た水瀬は言っていたのであろう? たった一回脅したぐらいで、と」

「あ、ああ。そうだが……」

「なら、それは事実なのだろう。いじめはあった。だが、橘が自殺しようと思う程、エスカレートしているわけでもなかった。少なくとも、水瀬はそう思っている」

「じゃあ、何か? 橘の自殺未遂は水瀬のいじめが原因ではないと? やっぱり噂通りだったってことか?」


 俺が尋ねると沢近は暫し考え込んだ後、ニタリと口端を吊り上げた。


「ふむ。では、それを知るためにも水瀬が入れ込んでいるらしいその陣内先生とやらから話を訊いてみようではないか」

「え……訊くって……教師にか?」

「ああ。陣内先生は2年5組の担任だ。気になるではないか。何やら面倒な問題を抱えるクラスの担任が、いま何を思い、何を考えているか。もしかすると、面白い話が聞けるかもしれんぞ、特にお前は」


 沢近の提案は、こちらとしてはお断りしたい面倒事ではあったが、興味がないと言ったら嘘になる。2年5組の秘密、その真実が何なのか、それを知りたいと思ってしまっていた。そんな持たなくてもいい好奇心から、俺は沢近の提案を愚かにも受け入れ、陣内先生へのもとに向かったのだった。



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