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中継人

作者: iceight

 

 普通に生活しているいわゆる“善良な市民”であれば決して干渉することのない闇の世界。

 そんな世界に、一人の男がいた。


 男はすらっと伸びた足を組みながら、掌の上でグラスを弄んでいた。

 場所は表現しがたい、言うなれば地下のバーと言ったところか。

 だがそこには店員も客もおらず、ただ一人その男のみが座っているのである。


 男の素性は彼の一握りの友人を除いて誰も知らない。

 彼は闇の世界の住人なのだ。

 ただひとつわかることは、彼が自分を“中継人(コネクター)”と名乗っていることだ。


「そろそろですか」


  彼はそう呟いてグラスをテーブルに置く。

  氷がカランと鳴るのと同時に、入口のベルが鳴る。


 訪れたのは、それはそれは有名な犯罪者で、数々の盗みを働いては売り飛ばし、生計を立てている男だ。

 彼も言うなれば闇の世界の住人。


「おや、あなた程の方が私のもとを訪れてくださるとは光栄です」


 中継人(コネクター)は組んでいた足を戻すと、訪れた男に向き直って言う。

  謙遜を含んだ言葉に、真意は見られない。


  「お前が、かの中継人(コネクター)という奴だな」


  男は中継人(コネクター)の言葉に少しの反応も見せず、ズカズカと足を踏み入れながら言う。


「ええ、そうです。私が中継人(コネクター)でございます」


 中継人(コネクター)はそう答える。


「完全犯罪の手段を提供できる、って言うのは本当だろうな。」


「はい、間違いありません。私は依頼人に、決して疑われないような犯罪方法を提供する。それが私“中継人(コネクター)”の仕事でございます」


 それを聞いて、男は口元を釣り上げる。


「それを聞いて安心したぜ。俺は前科があるだけに絶対に失敗できないのでな。お前がかの有名な中継人(コネクター)だというのなら任せられる」


「光栄でございます。それで、今回はどういった目的をお持ちで?」


 中継人(コネクター)はそう言いながら、もうひとつのグラスにウィスキーを注いで差し出す。


「ある男の持つ、数千万の価値のある宝石を盗んでやろうと思っていてな。ある伝手で手に入れたらしい宝石だ」


「ふむ、宝石を、ですか。」


「俺も馬鹿じゃないからな、ある程度話はすすめてある。実は言うとその宝石を持つ奴と俺は友人でな。若いころから共にやってきた仲だ。今じゃ善人を名乗っていられるが、昔はいろいろやったもんだ」


 男は差し出されたウィスキーに口をつけると、そう言う。


「なるほどなるほど、あなたと彼は昔からの友人、とすると近づくのは簡単なことですね。」


「ああ、実は今週の末日、午前のことだ。奴の家に招かれていてな、どうやらさっそく手に入れた宝石を見せてくれるそうだ。」


「ほう、だからその際に盗んでやろうと思ったわけですか。友人だというのに、いい性格をしているではないですか。」


「くっくっく、そうだろう。奴には若いころ苦汁を舐めさせられたことがあってな。その仕返しだよ。」


「わかりました、では、その際彼から宝石を盗み出し、かつその後の警察の捜査であなたが窃盗で疑われないような方法を提供すればいいのですね。」


「ああそうだ」


「それでは少し時間をいただきたいと思います。明日のこの時間、またいらしてください」


 中継人(コネクター)はそう言うと、男は微笑みながら去って行った。



 それから数時間後のことだ。


「そろそろ時間ですね。」


 先ほどと同じように、中継人(コネクター)がそう呟くと、また一人の男がそこを訪れた。


「お前が、かの中継人(コネクター)という奴だな」


「ええ、そうです。私が中継人(コネクター)でございます」


 中継人(コネクター)はそう答える。


「完全犯罪の手段を提供できる、って言うのは本当だろうな。」


「はい、間違いありません。私は依頼人に、決して疑われないような犯罪方法を提供する。それが私中継人(コネクター)の仕事でございます」


「それではひとつ依頼を頼まれてくれないか。ある一人の人間を殺してやりたい。だが私はまだ二十代だ。捕まって十数年もの年月を失いたくはない。」


 二人はすかさずビジネスの話を開始する。


「左様でございますか。して、殺したい相手は、どのような方で?」


「若いころから犯罪に手を染めて生活している哀れな男だ。」


「ほほう、またどうして」


「私は奴の娘と交際をしているのだ。近々結婚する予定だった。だがそれを親に通すことなく行うのは無理だと思われたので、先日挨拶に向かったのだ。そこで色々と話をしたが、奴は決して結婚を認めてくれなかった。それどころか交際することすら許さないと言われたのだ。」


「ふむ、それで殺意を覚えたわけですね。」


「ああ、そうだ。奴には財力も権力もある。駆け落ちしようにも、絶対に逃げることは叶わない。だから奴を殺して、二人で幸せに暮らしたいのだ。運のよいことに、今週の末日、午後のことだ。もう一度話をする機会を得ることができた。狙うならばその時だと思っている」


「わかりました。では、彼を殺害し、かつその後の捜査であなたが殺人で疑われないような方法を提供すればいいのですね。」


「ああそうだ。どんな方法でも構わない。その条件を満たしてくれるのならばな。」


「それでは少し時間をいただきたいと思います。明日のこの時間、またいらしてください」


 中継人(コネクター)はまたもやそう言うと、男は微笑みながら去って行った。



 次の日、約束通り、宝石を盗みたいと言った男がそこを訪れた。


「それで、ちゃんと方法を考えたのだろうな」


 男は用心深そうにそう尋ねる。


「ええ、勿論です。貴方様に、決して疑われないような犯罪の手段を提供させていただきます。」


「して、どのようにするのだ」


 男のその言葉に、中継人(コネクター)は一度頷いて説明を始めた。


「実に簡単なことです。あなたは予定通りその男の家を訪れて、楽しく会食をしてください。彼が約束通り宝石を見せてくれると言って宝石を差し出したら、この銃を撃ち込むのです。中には睡眠薬が塗ってある針が入っています。体内で作用した後分解される便利な薬です」


 そう言って中継人(コネクター)はとても小型の銃を差し出した。


「ずいぶん小さいな。」


「当然でしょう、普通の大きさの銃であれば、撃ち込む前に相手に悟られてしまいます。ですがこの銃は、袖の中に仕込むことも可能なのです。」


「ほう、そうだな。それでその後はどうするのだ。まさかそのまま盗んで逃げろとは言わないよな。」


「いえ、そのまさかでございます。」


「なんだと! それではすぐに疑われてしまうではないか!」


「いえ、大丈夫でございます。実はその日の午後、その男を殺しに来る人がいましてね。その人は彼に憎しみを抱いていて、何が何でもそいつを殺す、と豪語するほどの人です。もしあなたが宝石を盗んで逃げたとしても、眠ったままの彼にはわかりません。そしてそのまま目覚めることなく違う男に殺されるのです。」


「あいつが殺される・・・? つまり、どういうことだ」


「ですから、その後の警察の捜査で宝石が無くなっていることが分かっても、それは殺人を犯したものの仕業だと思われるわけです。いわゆる強盗殺人です。あなたに疑いが向くことはありません。」


「くっくっく、なるほどな。素晴らしい。それなら私は安全に盗みを働けるわけか。」


「その通りでございます。もちろん、目撃者とかには十分注意してください。そればっかりはどうにもなりませんので」


「くっく、もちろんだ。俺を誰だと思っている。」


「ふふ、失礼しました」


「いやいや、助かった。これが依頼金だ。受け取ってくれ。」


 中継人(コネクター)は会釈をするとその金を受け取る。額としては相当だったが、宝石の価値を考えると安いものだ。

 そうして男は上機嫌そうにその場を立ち去った。



 それから数時間後、約束通り、人を殺してやりたいと言った男がそこを訪れた。


「それで、ちゃんと方法を考えたのだろうな」


 男は用心深そうにそう尋ねる。


「ええ、勿論です。貴方様に、決して疑われないような犯罪の手段を提供させていただきます。」


「して、どのようにするのだ」


 男のその言葉に、中継人(コネクター)は一度頷いて説明を始めた。ここまでも毎回の流れである。


「あなたは予定通り、その男の家を訪れます。ですが、いくら呼びかけても出てくることはないでしょう。なぜならその男は睡眠薬で眠らされているからです。」


「ん、どういうことだ?」


「実はその日の午前、別の男が彼を眠らせて盗みを働いたのです。」


「・・・なるほど。」


「おそらく扉は開いていますから、そのまま中に入って、眠っている男を殺してください。そのとき必ず、部屋の中にある鈍器で殺してください。特に、片手では持てないようなものがいいでしょう。」


「なぜだ?」


「あなたが疑われないようにするには、あなた自身が被害者を装うのです。装うのであれば、結婚に関しての話し合いをしている最中に、盗みに入った男に鈍器で殴られる、という状況です。その際刃物であればあなた自身が無事ではいられない状況になってしまいますから、鈍器が一番よいのです。そして、利き腕等の捜査によって少しでも疑いが向かないように、両手で持つものがいいのです。」


「ほほう、随分用意周到だな。確かにそれなら私は疑われることなく、そいつを殺せるというわけか。」


「ええ、そうです。しかし問題点として、あなたがうまく被害者を演じられるか、があります。方法としては鈍器を上に投げ、落下点に頭を持ってこれば良いでしょう。しかし簡単に言うものの、相当の覚悟が要ります。当たり所が悪ければ、死んでしまうかもしれません。ですがうまく気を失うことができれば、あなたは完全に疑われることが無くなるでしょう。」


「そこは問題ない。私の覚悟はできている。言っただろう、どんな方法でも構わない、と。」


「それではそのようにしていただければ結構です。」


「ああ、実にいい方法だ。気に入った。よし、これが依頼金だ。受け取ってくれ。」


 中継人(コネクター)は軽く会釈すると、その金を受け取る。これもこれで相当な額だ。

 そうして男は上機嫌そうにその場を立ち去った。



 そして、二人の男は計画通りことを進めたのだった。



 後日、また一人の男が訪れる。


「来ましたか、どうです、状況は。」


 訪れた男に中継人(コネクター)は尋ねる。


「ああ、実に滑稽だよ。盗みを働いた奴は殺人の罪まで着せられて捕まり、被害者を装った奴は当たり所が悪く今や植物人間だ。おそらくあと十年ほどは目覚めないだろう」


 そう言って男は大金を中継人(コネクター)に差し出す。これが今回の依頼金である。


「ふふ・・・すべて計画通りということですか。」


「ああ、そうだ。お陰で私はかの犯罪者を大きな罪で捕まえることができ、大幅に昇進することができたよ。」

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