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09 世界の恩恵

 当たり前の帰結であるようで、実際問題何も解決していない。

「サーチさんの力でどうにかなったりしないんですか!?」

 懇願するように、僕はサーチさんに尋ねるが、その答えはやはり芳しくないものだった。

「どうにかなるようなら、私だってどうにかしてあげたいさー。でも、ここまで重度だとどうにもならないねー」

「何が起こってるんですか?」

 サーチさんはコトハが凭れかかっている椅子の周りをくるくると回りながら、

「具体的に言うと、ここには強力な魔物をとらえるための罠が掛かっていた痕跡がある。でも、この罠は人間にも効果があって、強い精神を持てば持つほど効くようになってる。そしてこの魔法の性質が悪いところは『罠』って言うところにあってね、効果が長時間持続するうえに永続性の魔法なんだなこれが。で、これを解くために必要なのが魔王の封印、ってわけだよ」

 説明している間にも、サーチさんはコトハの部屋の中をくるくる歩き回り、濃度を調べているのか何か所かポイントを決めて行ったり来たりしている。

「まあ、さっき下で出会った人には『リケア』の魔法が掛かっていたんだけど、駄目だよそれは逆効果だね。昏睡の罠にかかっている人間を強制的に魔法でリケアさせたら……昏睡したまま動き出す意識のない人間モンスターになっちゃうから。覚えておくといい少年、これは魔法学の知られていない知識の一つだよ」

 まあ、使われていないから知る必要もないんだけどね――とサーチさんは付け足して、僕の手を引く。

「というか、魔王の封印って何なんですか?」

 サーチさんの長台詞が終わったところを見計らって、気になっていたことを聞いた。

「それは魔王を封印することだよ。何を当たり前なことを言ってるんだい?」

「いや……だから、魔王を封印することで何が起きるんですか? ほら、何か特別な道具が手に入ったりとか」

「君はゲームのしすぎだよ」

 言葉を遮られた挙句、バッサリ斬られた。サーチさんはため息をついて僕に向き直る。


「そもそも、魔王というのは『礎』だ」

 サーチさんの周りを包む空気が、一気に真剣なものに変わる。

 空気が変わるなんて言う感触を、僕は感じたことはない。だからこれは錯覚かもしれない。だけど肌がピリピリしている。空気も関わらず摩擦抵抗が強まっている。


「君は魔王が存在する理由を考えたことはあるかい?」

 僕は黙って首を横に振る。

 魔王は、そこにあるもの。昨日まではその存在は歴史の中でしか証明できない過去の遺物だとばかり思っていた。だから、僕の中での魔王の存在意義というものは所詮そんなものだ。

「じゃあ君に教えてあげよう。この世界の、この機構の、トップシークレットである魔王の秘密を。魔王が魔王たる理由を」

「魔王は礎だと、私はさっき言ったね。魔王という存在は、そもそも、世界の均衡を保つために生み出された、世界による自浄装置だ。なにも馬鹿な事を、と思っているかもしれないが、それはそういうものなんだ。世界から魔王(ぎせい)と任命された者は、他の殆どを敵に回す代わりに、強大な力を手に入れることができる」

「それが……魔王?」

 世界による自浄装置? 世界から任命? この人は何を言っているのだろうと思いながらも、僕はサーチさんの話に耳を傾ける。

「そう、その通り」


「魔王は魔族と呼ばれる自分の眷属を創り出し、私たちみたいな人間に抵抗するんだ。封印され、『礎』にされないように、ね」

 これが魔族の成り立ちさ、とサーチさんは言う。確かに、魔族は魔王の出現と同時期に出現し、そして同時に消える。教科書にそう書いてあった。


「世界は時を経るに伴い、どんどん新しくなっていく、変わってゆく。だから形が歪になってゆく。魔王は、誰よりも大きな力でその歪さをすべて粉砕し、打ち壊すという役目も担っている。とても考えられたシステムさ」

「それと封印がどう関連されるんですか?」

「まあ話を急ぐな少年、魔王封印というのは、その礎を世界に捧げることで、世界の均衡を保つ能力。つまり、この世界のすべての不純を浄化してくれるということに他ならない。」

 それは……つまり。

 魔王を封印すれば、コトハが助かるということだ。

 頭の中でようやく、その二つがイコールで結びついた。

 あまりにも突拍子もない言葉で、にわかに信じられない言葉だった。だがしかし、サーチさんの話している表情、言葉の重み、話し方。どれをとっても本物だと思わせるようなすごみと重みがあった。


「なるほど。魔王を封印するだけで、世界が状態異常をすべてクリアにする、と」

「そういうこと。だからこれは、魔王とその他の世界を駆(賭)けた鬼ごっこさ。そして封印魔法を使えるのは上級魔法師が人生において一回こっきりだけ使える、という条件付きでね」

 それって結構厳しくないのか? と僕は思ってしまうが、サーチさんは続けて、

「だから結局ほとんどの場合は封印する前に魔王を倒しちゃうんだけれどね。でも今回は倒さないとコトハちゃんを復活させられないから、がんばっていこうか!」

 いつもの調子に戻ったサーチさんは、朗らかな笑顔で僕にそういう。

 僕にどうしろというのだろう。

 一般市民ですけど!


「魔王を封印すれば、『世界の恩恵(かみのちから)』を手に入れることができる。さあ、行くよ、魔王を倒しに」


 僕はついうっかり、叫びそうになった。

 決意だけしかなかった僕の心に、ついでに実感まで湧いてきてしまった。どうやら魔王を倒さないといけないみたいだ。



 ●○●○●○●○●○


 というわけで僕は今サーチさんと一緒にここにいる。

 ここまで面倒を見てくれるサーチさんはとてもいい人だ。その瞳の奥底に、どんな目的が潜んでいるのか、僕には分からないが。

「たぁぁぁぁぁぁ!!!」

 突け、突け、突け――!

 心の中で鼓動の爆音が猛る。繰り返す願望の叫びに精神が耐えきれず目が血走る。

 思いを込めた渾身の一撃を、動きが遅まった勇者に向かって繰り出す。

 武器補正の効果もあり――軽くて速くて、そして重い刺突が――しかし剣の上を滑る。間一髪で肉体には届かない。いくら遅いとはいえ元勇者のスペックは馬鹿にならない。中心に刃を向ければ叩き上げられ、左方向からの薙ぎを行えば剣と踊り、突きあげを行えば弾き返される。力の差は歴然としているが、負けられる戦いではない。

 突け、突け、突け、突け――!!

 心臓が一定のペースを取り戻し始め、体の指先からどんどん熱が全身を駆け巡る。戦いに、この体に刻まれた遺伝子が反応しているのか、本能によって血肉が沸き立っているのか、はたまたランナーズ・ハイ現象か、脳の髄まで温まってくる。

 ――いける。

 見てみればもはや魔王は防戦一方だ。

 ならば、と僕は間合いを見て、足を一歩手前に詰める!

 魔王は距離感覚をおかしくしたのか一歩後ろに下がるとも下がらないとも言えない微妙な対応をしてきた。威圧で押さえつけ、ひたすらに槍を振る。

 最初は肉まで10センチ以上あった閃撃も、もうあと何ミリかで魔王の筋肉隆々な肉体に鋭利な刃物の赤い痕を刻みつけることが出来そうだ。


「――ッ!!」

 魔王が、ついに声を上げた。

 刃先には赤い液体が付着しては勢いで吹き飛ばされて再び付着してはというのを繰り返している。魔王の脇腹からは、赤い染みができ始めてきた。

 戦闘が始まってからおよそ十秒足らず、僕の感覚が極限まで引き延ばされているのを感じる――まるで一秒が三十秒みたいに、鼓動の高鳴りが抑えきれないッ!

 ああこの戦場感、味わったことのないような死線、目の前にあるスリルッ! どれもこれもたまらねぇ!!

 僕はある程度パターン化されてきた攻撃刺突パターンから、少しタイミングをずらして中心に矛先を向け、空いている右手で槍の尾底部を力強く押す。

 中心から勇者の肝臓部分めがけて放たれる意表をついた突き攻撃に、しかし勇者の剣がそれをいなそうとする――、も、遅くなった勇者には、完全にいなしきれない。肝臓を狙って突いた槍は上方向にいなされて勇者の瞳と対峙する。

 勇者の瞳に聖槍グングニルが反射する太陽光が煌めき一閃の光を当てつける。その時間は刹那――ほんの一瞬。だがしかし、瞬きにかかる時間は一瞬ではなかった。

 上にいなされていた槍先の方向を転換するために、俺は持てる力の全てを脚に注いで飛び跳ねる。鳥が羽ばたく瞬間のように垂直に体重を移動し、それと対照的に槍の持ち手を上に、槍先が下になるように調整する。

 勇者が目を開いた時には、既に勝敗は決していた。

 勢いに乗ったまま止まらない槍。そしてそのまま――そのなだらかな刃先は緩やかに勇者の胸のあたりを打ち抜く。まるで勇者に似つかわしくないカジュアルな服装に、赤い染みができる。

「カハッ……」という声にならない声とともに血痰を吐く。血の流れる音が、水の流れのように音を伴って流れていくのが聞こえる。胸部から腹部、下腹部へと赤い染みが広がってゆく。僕の持っている槍は深く食い込み、肌と人肉の境界線をとうに踏破しその先へと震度を深めていく。

 勇者の悲痛な顔には目を背け、僕は槍がどのくらいまで食い込んだのか見えなくなった先端から想像して逆算する。もうそろそろ心臓部まで届きそうだ。

 だが、次の瞬間僕の体は重力によって引っ張られる。今まであった強烈な浮遊感が消え去り圧倒的なGに変わりそれと同時に手元が狂う。

 それを勇者は見逃さなかった。

 胸に食い込んでいた槍を勇者は手で掴み、その圧倒的な力を以って体から引きはがそうとする。手元が狂った槍の先端は、僕のジャンプが終わったことによって上方に向けられる。

 心臓を抉り取るような動きで槍は勇者の体内をかき回し、僕はそれに追撃を加えるような形で更に槍を食い込ませるべく力いっぱい槍の後方を押す。

 槍が赤く染まりつつあり、仄かな燐光を放出する。

「いっけぇぇぇぇぇ!!!」

 思いのままに叫ぶ。槍を持った勇者も、しかし今離すと自分の体を裂いてしまうということが分かっているのか、動くことはできない。


 ……このまま、行ってくれ!


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