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08 邂逅

 

 ●○●○●○●○


 サーチさんとはコトハ邸――ソリュードさんの死体の前で出会った。

 僕がコトハ邸の前に槍を携えて戻ってきたとき――その無残な死体となって出迎えたソリュードさんと魔法使いサーチは対峙していた。

 お互いがお互いを見つめあい、一歩も引かず、退けずに留まっていた。

 何せ、片方は死体。見るだけで生存確認の不要性がわかるほどに惨殺されている。かつての旧友が突如として死体となって自らの身体の前に添えられたのだ。計り知れない恐怖もあっただろう。

 だがそれは、僕も同じだった。さっきまで普通に話していたソリュードさんが、まさか死体になっているとは、思いもしなかった。というか状況がつかめていなかった。


 魔王の封印をすればいいと言われて、ソリュードさんが魔王だと思ってコトハ邸の前に来てみたらその魔王であったはずのソリュードさんはすでに死んでいて、代わりに勇者が何処かへ消えていた――意味が分からない。

 では俺はどうすればいいんだ?

 封印すべき対象が消失してしまったということは。

『詰み』ではないのか?


「なにこれ……」

 しばらくソリュードさんを見つめていた魔法使いサーチさんが呟く。流石に死体は見慣れているのか、腰は抜かさないものの、自らの元同僚の死体はショックだったようで、動揺が抜けきらない。

 僕は何の言葉もかけられない。ただ茫然と見ていることですら、申し訳なさを感じるぐらいに。


「君が……やったの?」

 サーチさんの声を、始めて聞いた。天使を髣髴とさせるようなきれいな声で、しかしその言葉の中身は震えていた。

 僕は首を横に力なく振る。

「いえ……そんなことはしてません。そして、できませんよ……」

 巨大な槍を持ちながらも、僕は弁解する。この槍があるだけでその言葉がただ単に謙遜にしか聞こえなくなってしまいそうだが、サーチさんほどの実力者ともなれば見るだけで相手の強さがわかるのか、「確かにそうね……」と呟かれた。

 相手の何気ない行動だけあって、かつ今からそれよりも強い魔王を倒しに行こうとするだけあって、自信が思いっきりへし折られる。

「ここにはさっきまで、勇者とソリュードさんの二人だけでした」

 付け加えるように補足説明をする。言ってしまった後に勇者の呼称に様、とかつけた方がよかったのかな、と考える。

「魔王化の傾向があるわね……ということは、勇者にやられたわね」

 少しずつ立ち直ってきたのか、サーチさんはソリュードさんの遺物を漁る。


 というか、魔法使いってそんなことまでわかるんだな。苦楽を共にした仲間が一人死んだっていうのに……薄情なのか、これが普通なのか、どっちなんだろう。

 傷口を確認したり、布の切れ具合だとかをみて、これを斬ったのは聖剣エクスカリバーだ、とまで完全に断定してから、彼女は僕に向きかえる。

「で、君は?」

「僕は今から、ソリュードさん……魔王を倒そうと思ってたんですけれどね」

 こんな軽装備ですけれど、と言って服装をアピールするがの如く手を広げる。

「とりあえず、死体をこのままにしておくのは可哀想だから、せめて道路脇に置きなおしましょう」

 さっきよりも溌溂とした声で、サーチさんは言う。

「私の名前は魔法使いサーチ、ほら、君も手伝って!」

 思ってもいないところで自己紹介が紛れてきたため、多少驚きつつ、無残に切り殺されたソリュードさんの足を持ち上げる。

 サーチさんは胴体部分をあらかじめホールドしていて、二人で道路脇まで運んでゆく。

「戦場だったらこんなことしないんだけどねー。街中だし、こんな姿の勇者パーティって言うのも嫌でしょ」

「ええ……まあ」

 思ったよりフレンドリーに接してくるサーチさんに少しだけ困惑しつつ、曖昧な返事を返す。

 さっきまで知り合いが死んで落ち込んでいた人のようにはとてもではないが見えなかった。

「知り合いが死ぬのなんて慣れっこだからね」

 サーチさんは僕の心を読んだように言う。

 きっと表情に疑問が浮かんでいたんだろう。

「なれたからと言って、苦しまないわけじゃないけど……まあブランクもあって動揺したりはしたけれど、もう大丈夫、だってあいつモンスターになってるんだもん。モンスターになったら殺さなきゃいけないのは使命みたいなものだからね」

 体内から魔王化促進物質と不自然な魔力増強の痕跡が発見されて、それから切り口も……という解説をはじめられてしまったので、僕は唯黙って聞くに徹する。


「……でさ、結局のところ君はどうするの?」

 ある程度の解説――サーチさんにとっては、だが――が終わったところで僕に質問が投げられる。唐突な質問だったので、少し口どもった後、「どうしましょう?」と苦笑いで対処する。

 というのも、なんとなく次の案は頭の中で構成されていたりするからだ。

「サーチさんは魔法が得意そうですね」

 話を捻じ曲げるようにして探りを入れてみる。

 とはいえども、こんなことはわかりきっている結果だ。反応までも予測済み。

「うん、そうだねー。魔法使いだし、残留思念まで読み取れるよ」

 残留思念まで読み取れることがどれだけ強いのか、魔術という技が学校の技能からなくなって久しい僕らの世代では分からないのだけれど、とりあえずすごいものとして感嘆の息をつく。

「僕は幼馴染を助けるために魔王を倒そうとしてたんですけど――様子を見ていただけませんかね?」

「いいよー」

 二つ返事が返ってきた。

 話がとんとん拍子で進み過ぎているので少しだけ不安が芽生えてくる。

 そもそも、ソリュードさんを倒した後の勇者はどうなったのかとか、サーチさんは気にならないのだろうか。ソリュードさんがなぜ魔王になったのか、気にならないのだろうか。そういうことを追い求めない彼女の姿勢に、僕は少しだけ不気味さと不自然さを感じる。



 コトハ邸にサーチさんを連れてゆく。扉を開けた瞬間に、徘徊するコトハのお父さんの部下の研究者と目が合う。が、何も起こらず無視して過ぎて行った。

「――ほう」

 サーチさんが扉を開けた僕の後ろで声を上げる。言外に、面白そうだ、というニュアンスも含まれているような気もする。

「現在この家はこんな感じなんです」

 中に入り、さっき廻ったコトハ邸の中を、コトハの部屋に向かって最短ルートで突き進む。

 ぼくが前を歩き、後ろからサーチさんが付いてくる。サーチさんは部屋の中に入ってからずっと周りをきょろきょろ見渡していて、嬉々とした顔をしていた。魔法使いの血が疼くのだろうか。だとしたら僕は魔法使いになんて絶対になりたくない。

「いろいろな魔力が混ざり合っているね――とても複雑で、奇怪な香りがする。文書から出てくる魔法の香りもあるけれど、やっぱり一番大きいのは、ソリュードの香りかな」

 魔法使いはもしかしたら犬なのかもしれない。

 鼻で臭いを嗅ぎ取るのかどうかは知らないけれど、サーチさんは魔法の残留の事を臭いとして表現する。直感的にピンと来るのかも知れないが、僕の中ではその姿がちょうど犬と被ってしまう。お手、とか言ったら反応するのだろうか。いや流石にしないけれども。


「ここです」

 コトハの部屋の前に僕たちはたどり着く。

 ここで僕は一歩引いて、サーチさんをコトハの部屋の扉の前に進ませる。

 君は扉を開けないのかい? というサーチさんの視線が僕を離さないが、僕はどうぞ、と言って彼女に場所を譲るのみだった。


 怖い。

 ただそれだけだった。これだけの時間で、コトハの様態が悪化していたらどうしよう。下の人たちみたいに意識なく動き始めたらどうしよう。

 不安でただただ頭がいっぱいだった。

 コトハのこと以外考えられない。

 今までも似たような状況だったが。

 今日だけでいろいろなことがあったが、その思考からコトハのことが消えることは一度としてなかった。僕の脳髄の何割かはコトハに持っていかれていると言っても過言ではないくらいにコトハに今泥酔している。

 心配という感情か、恐怖という感情かは抜きにしても、僕の心は緊張のあまりぺしゃんこに潰されていた。


 ドアノブを捻る音以外の音がしない。油が効いていて丁寧かつ清潔に保たれている扉を見るだけで既にこの広大な屋敷において細々とした所まで管理が行き届いて行っているという驚愕の事実が発見できたりするのだが、僕たちの意識はそんなところではなく、椅子に項垂れたままのコトハに向かっていた。

 動き出していないのは幸運というべきか、回復の見込みはあるのか、今はどんな状況なのか等、いろいろサーチさんに聞きたいことがある。

 だが、質問しようと思おうにも、当のサーチさんは集中してコトハに聴き入っている。コトハに対して手を翳したりして、様々な光をコトハから集めたり、耳を澄ませて精巧な音を聞いたりだとか、いろいろなことをした後、僕の方に向きかえって、サーチさんは言う。

「魔王を封印するしかなさそうだね」――と。

 とりあえず最初にそう言った。

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