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07 隻眼金髪セミロングヘアーでオーバーオール

 

 ●○●○●○●○○●○


 異形の者の強さを持つ元勇者に――云わばレベル1の農民である俺がどうやって勝てるというのだろうか。考えてみると、今や相手は勇者をも経験した魔王だ。

 だが――考えてみてほしい。

 勇者は人間である。

 人間である以上、弱点が明確に、如実に存在する。

 人はなぜ鎧を着て、魔法を使って、自分の身を守るのか。

 答えは簡単だ。

 人間という種そのもの自体の脆弱性を、人間という種族の中だけで補いきれていないから――即ち、人間の体が弱いからである。

 だから僕は、そのことをまず認識する。

 つまるところ、心臓を一突き、頸動脈を斬る、脳天を直撃、幾らでも選択肢はあるが、結局はそういう方向性になるだろう。

 そして朗報であるのが、元勇者は魔法が使えないという点だ。

 圧倒的な力と潜在能力、それから俊敏さと器用さ、さらには跳躍力など様々な肉体的技能を駆使して前の魔王を討ち取ったわけだが――異世界から来たと言っていたか、それ故に魔法が使えたという話を、聞いたことがない。

 いや――使えない。

『魔法』ではなく、『剣技』ならばコトハの家で見た立ち上る光――あれがそうなのだろう。だが、魔法というには何か足りない。

 剣技と魔法の明確な違い――力技と科学技術では説明できない技、という風に明確に分けられる。

 それを考えるのなら、実際問題あの光だって『奇跡』に近いものなのだろう。

 奇跡って、一体何だろう。


 僕が手にしたのは、投擲槍。

 遠距離攻撃型の武器としては最も身近でかつ、攻撃力もそこそこだ。コトハの家の武器を少々拝借していくことにする。我が家の武器ではとても耐久力と攻撃力が持たないどころか、勇者に当たったところでメイルプレートに弾き返されるだけだろう。


 高い武器というのは一味違う。

 持ち手の手触りから刃先の尖り具合砥ぎ具合まで、すべてが並の技術から突出した槍がこの家には仕舞われていた。

 というか、槍を持ってきた理由が、なにか大切に保管されている伝説の武器っぽかったから、という如何にもあほらしい理由だ。

 だが、玉座のような場所にこの槍一つだけ置かれていたら、そりゃ誰だってとってくるだろう。

 今は時間がないので、後で返しますと心で念じながら僕は武器庫から槍を借りてきた。

 あとは――見つけ出して、討つのみ。



 ●○●○●○●○●○●○



 投擲の技術があるわけではない。だが、勝算がないわけでもない。

 元勇者で現魔王というハイスペックな人物にそもそも挑もうというのが間違っている。だが、決して勝てないわけではない。人はドラゴンすらも倒すことができたという逸話が今でも語り継がれている。勇者は先代魔王を倒したという話も聞く。

 だから問題は、強さのインフレだけだ。

 僕は弱い。そんなことは自分が一番知っている。

 学業に長けたわけでもなく、武術の道へ身を投じたわけでもない。

 だが――その殆どを平均的にこなせるくらいの実力は持っている。

 逆説的に考えろ―それは総てを卒なくこなせるという事ではないか。


 そんな暴論を自分の心の中で打ち立てて自らを鼓舞する。

 そうでもしなけりゃやってられない。

 心臓が高鳴る。苦しみに耐えきれず破裂するのも時間の問題かと思わせるくらいに暴れ狂っている。槍を握る力は次第に強くなってくる。筋肉質でもない手から赤みが抜けて、強く握れば握るほど骨ばって見える。


「よく来たな――なんだ、何をしに来たんだ?」

 出迎えた一言には、少しだけ困惑が混じっていて――そしてそれは紛れもない俺を救ってくれた勇者のそれだった。


「何をしに来たと言われてしまえば、まあほとほと困ってしまうんですけど――」

 額から汗が流れ落ちる。魔王と僕の目がぱっちり合っている。そこまで熱い日でもないのに心なしかシャツが湿っているようにさえ感じる。

 風で草木が擦れて森のざわめきが周囲に瞬く間に広がっていく。

 僕の心はざわめきどころではない。

 ――どうしてこうなっているッ!!


 僕と魔王の距離はおよそ70メートル。だが、魔王は僕の方を向いて話しているし、声を僕の所まで届くくらいの声で話しかけてきている。

 茂みの中から隠れて襲うつもりだったのだが――この距離で見つかるというのは想定外すぎる。


 ああ最大限努力して足音も立てずに魔王が向かった方向を的確に計算して魔王の移動速度から襲撃地点までの到達時間の概算をしてきたというのに。それにもかかわらず、この有様か――。

 今からどうすればいい。片手に槍、怪しげに近づく正体が割れている僕、話しかけてくる魔王。もうとっくにゲームオーバーだ。だが生憎この世はゲームでもないので、最後まで一応足掻きとして槍を投げようと――。


「やめとけ」

 魔王の――声だけならば勇者の――声に制止された。

「どうだ、奇跡は起きてたか? お前の友達は助かったか?」

 そんな魔王からの問いに、僕は小声で、

「奇跡なんて、起きやしなかったよ」

 と、とても70メートル先にいる人物に届きそうにもない声量で呟くように静かに言った。

「起きなかった――か、・・・・・・・・・・・・そんなはずはないんだがな」

 当たり前のように帰ってくる声にも、僕は何の不信感も覚えずに冷え切った心からは嘆息の声が漏れる。

「何言ってるのさ。そんなはずがないだなんて――起きることが確定していることを、奇跡とは呼ばないさ」

 僕は立ちあがる――そして槍を構える。

 そのまま声の聞こえる方向に向かって、全速力で駆け抜ける。途中の草木が僕の進路を邪魔しようとも、槍で撥ね除け、斬り、基本的には躱さない。

 魔王は、その場に留まっているのか、僕の視界からは外れない。

 ならば僕はそのまま魔王を――断つ!

 この聖槍『グングニル』で!


 勇者が目前に迫る。

 投擲の要領で、目標をロックオン、からの体を少し仰け反らせる。槍の重みで後ろに体が引き付けられそうになるものの、腹筋の力で建て直しアタリをつけて僕は槍を――投げずに持ったまま、刺す。

「うおおおおお!!」


「遅い」

 だが一転魔王のあまりにも低く冷酷な声が聞こえ、鉄の槍と鉄の剣が震撼する光景が目前に繰り広げられた。

 聖槍『グングニル』と、聖剣『エクスカリバー』。

 共振共鳴しあう二つの鉄塊は持ち手のスキルに構わず揃ってダンスを踊っているかのようにしなやかで、そして美しい乱舞を執り行う。その奥に見える魔王の瞳が、キラキラと輝いて見える。いや――違う。その双眸には怒りが見える。語られずとも考えていることがわかる。

「どうしてこんなに――・・・・・・・・・我の動きが遅いんだ!?」


「簡単な話よ――私の実力を忘れたの? 異世界からの勇者様っ! いえ――今は魔王様とお呼びしたほうがいいのかしらね」

 気配すらも忍ばせて僕の後ろに現れたのは、魔法使いのサーチ。

 伝説の勇者パーティのうちの一人だ。

「サーチ……そうか、お前か……」

 勇者はサーチさんの方を睨みつけ、ものすごい形相をする。それはまるで、阿修羅を象ったような顔だった。

「なにか文句あるー? 私たちの仕事は、魔王を倒すことだからね。この子に協力は惜しまないわよ!」

 隻眼金髪セミロングヘアーでオーバーオールにその下は謎のTシャツという謎の格好で現れたその美女は魔王――元勇者に向かって軽い口をきく。勇者パーティの結成期間とかいろいろ鑑みてもこの美女の若すぎる造形は違和感を持つべきなのだろうけれど、そこは突っ込んではいけないところだと判断し僕は何も言わない。


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