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04 コトハ邸

 

 僕を見ているわけではない。

 あの屋敷を見ているようで、見ていないような。

 勇者を見て言っているのだろう。あの黒煙で囲われた屋敷の中の様子は少なくとも肉眼では見えない。

 魔王の瞳ではもしかしたら見えるのかもしれないが。


 突如、コトハの屋敷から光が立ち上る。

 龍を模しているような、うねり輝く、不定形の波線状の光が空へ吸い込まれるようにして昇ってゆく。

 それにつられてコトハ邸を覆う風塵が舞い上がった。

 黒く染まりあがっていた建物が、謎の光によって漂白された。

 こんなことができるのは『勇者』しかいない――僕はそう確信した。


「なるほど面白い――対勇者トラップはこんなものでは聞かぬというのか」

 独りごちるような言葉に、しかし返答が――。

「そうだな、こんな小賢しい罠にはさすがに引っ掻かんねぇよ。煙が上がったからその中心に魔王が出てくるなんて、何世紀前のトラップだ魔王め」

 空気が揺れた。

 かまいたちなのだろうか。

 魔王の腰が裂ける。

 認識できない程の速さで剣が振るわれていたのだろう。少なくとも僕には見えない。

「なぜだ……勇者よ貴様は屋敷に――」

 勇者が、魔王の背後に立っていた。

 さも当たり前なように。なんら不思議がないという風に。疲れの色など全く見せずに。

「転移って知ってる? これまた便利なんだわ」

「だが、それはわしが封じた筈では――」

「その封じた魔法を取り払うのなんて1秒いらないね」

「そんな規格外なことが――あってたまるものかっ!!」

「ないとここに俺がいることが説明できないだろぅ? ちょっとは現実見ろよ」


 軽快に行われるやりとりの間にも、勇者の刃は魔王の首に食い込もうかというすんでのところで止まっている。

 それを魔王が刃に手を食い込ませながらも首に刃先が当たらないように堪えている。

 だが、勇者には余裕があるが魔王にはその余裕はない。誰がどう見たってこの戦いは魔王が負けるだろう。

 勧善懲悪という点においては言葉の通りに事が進みそうだ。


「だがしかしッ!」

「ハイ時間切れー」

 さくっ、と勇者はその剣を首筋に押し込む。そしてそのまま勢いで首を切断する。

 たちどころに吹きあがる頸動脈からの赤い噴水が地面を赤く染める。

 疲れた疲れた、と言いながら勇者は剣にこびりついた魔王の血をどこからか取り出したタオルで拭う。


「あ、ありがとうございます……」

 僕はぎこちないまま恐怖でひきつった顔とともに勇者に対して感謝の意を込めた挨拶を送る。

「いや、気にすんなって。そんなことより、ほら、家の中にいたお譲ちゃんが心配できてるんだろう? とっとと様子を見に行ってあげな」

 という勇者の心遣いに僕は心から感謝しコトハの家の敷地内に無断で入っていく。こんな時に入ったのでお咎めはきっと喰らわないだろう。

 僕は全速力で500メートルを疾走する。

 吹き抜ける風が気にならないくらいに。頭の中ではコトハのことしか考えられていなかった。

 コトハは大丈夫だろうか。瘴気に当てられていないだろうか。気がおかしくなっていないだろうか。それだけが心配だ。


「コトハ――ッ!!」

 正面玄関の扉を力任せに押し開ける。

 日用的に使っているのか、庭先の門のような軋む音はしない。油が差してあるのか開閉もスムーズだ。

 扉の先に広がっている光景は貴族の屋敷を模倣したのかという位に華やかに彩られていた。エントランスホールの広さだけでパーティが出来そうなくらいに広い。

 室内だからかまだ完全に邪気が取れているわけでも無く、部屋の隅の方に空気の塊が渦巻いていたりする。

 不法侵入もいよいよ極まってきたが、そこかしこの扉を開き、コトハを探す。昔遊びに行ったコトハの家の構造を思い出し、記憶を頼りにコトハの部屋を思い出そうとする。

 だが、結局はローラーだ。考えるよりも先に手が出る、足が動く。

 いくつもある部屋を回っている中、大仰な扉を僕は見つけた。木でできた、今までとは違う装飾の扉――ドアノブの周りに細かい龍が彫られており、そこを中心として魔法陣のような何かが施されている――を発見し、恐る恐る覗いてみる。

 そこには、理科室の机のようなものが並んでいるスペースがまず広がっていて、その奥に厚めの書物と何十冊というレポートが積み重ねられていて、机の上で寝ている老いが始まり始めた男性とその部下たちであろう人らが一様に床に突っ伏している。


むごい……」

 僕は口を押さえたが、勢いあまって言葉が口をついた。

 この部屋だけはまだ紫煙に覆われている。おそらくここがその煙の発生源だったのだろう。遠目から見たコトハ邸の煙の発生源とも位置が合致している。


 そもそも煙の噴流を吹き飛ばしたのはどういう原理なのだろうか。おそらくはあの勇者の仕業なのだろうが、理解ができない。そもそも最初から理解のできるような人物ではなかった。理解のできる現象なんて一つとして起きていなかったが。


「『蘇生/リケア』」

 呪文を唱える。蘇生とはいえども、死んでいる人間を生き返らせるとかいうような奇跡の魔法ではない。あくまで気を失った人間を回復させるくらいの一般的な教養内での魔法にすぎない。

 だが、この魔法ではあまり効果がなかったか、起きる気配が一向にない。それはつまり、このくらいの軽い睡眠ではなく、昏睡状態だということを示している。

 尚、リケアは目覚ましにも使える。


 僕は手を押さえながら奥まで進む。物陰の後ろにコトハが隠れて倒れていたりしないかどうか確認するためだ。コトハの知識は親の受け売りだという。ならば、コトハの持っている勇者史知識よりもその親が持っている勇者史知識の方が更に密度が高いはずだ。それに、コトハは親からその知識の手解きを受けているはずだ。ならば、コトハがここにいてもおかしくはない。

 そう思って奥まで進んでみたものの、そこにはコトハの姿はなかった。

 見当違いだったのか……。そう考えて部屋(研究室)から脱出しようと扉を振り向いたとき、僕は二つのことに気がついた。

 開かれていた本から、もくもくと黒い煙が再び発生していること。

 そして――さっきまで倒れていた人間が、上から糸で吊るされているかのように重力に逆らいながら立ち上がり、何事もなかったかのように――僕はいないものとして彼らの目に映っているらしい――至極当たり前のように今までしていた作業に取り掛かり始めた。そして彼らは、何も言わない。

「――っ! 何なんだ……」

 僕は小声でそう呟き慄くものの、自分だけが取り残されたような気分になって動けない。例えるならば――熊が現れて、死んだふりをしているような、そんな心地だった。

 生きた心地はしない。だが同時に、死んでいるような心地でもない。

 彼らは何も喋らない。黙々とページをめくる無機質な音が室内に響き渡る。

 僕はその中に邪魔しないよう割り入って、煙の出る本をひょいっと奪い取る。もしかしたら自殺行為なのかもしれないが、そこから吹き出る黒煙に対して顔を近づけ、臭いを嗅ぎとるわけでもなく、雰囲気を感じ取る。

 そしてやはり――。

「魔王の薫り――瘴気だ」

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