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02 勇者による救い

 門から家の中までは500メートルくらいの距離がある。不便じゃないかなと僕からしたら思うが、住んでみると意外とそうでもないのか知らないが、コトハからそう言った愚痴は聞いたことがない。

 俺はコトハに対して大きく手を振り、ジェスチャーでじゃあねと伝える。

 コトハが完全に見えなくなったころ、僕は家に帰るために歩を進めた。

 暗い夜の帳が完全に下りきってしまったので、僕は光源魔法『フラッシュ』で道を明るく照らす。

 十字路まで来て、僕は安全確認のために一回とまってフラッシュで出した光源を左右に散らして明るくする。


 その時、僕は確固たる変異を感じた。

 今までに経験したことのないような――慄き。

 身体の芯の温度が急激に低下していくような――ぞくりとする。そんな感覚が僕を襲った。

 体の中心から温度が抜かれてしまって、動けない。

 そしてついに、僕の光の中に異常が現れた。

 いや、光に異常が寄せられたのかもしれない。


 ゾンビ。

 アンデットモンスター。

 一言で表すのなら、このあたりになるのだろう。

 とにかく、それ以上の言葉が出ない。

 全身がとにかく黒く覆われていて――今更気がついたが、確かに異臭もする。

 こんなコンクリートで覆われた町中に、なぜゾンビが。

 モンスターという存在は勇者が魔王を倒したことで次第に減少して行って、十五年前にはとうに絶滅したんじゃなかったのか!?


 そんな僕の思考なんてゾンビは読めてすらいないのだろう。

 だが、恐怖の色を見て、ゾンビの興味の対象が今、僕に移った。

 それと、目が合った。

 メドゥーサによって僕は石にされてしまったかのように、体が言うことを聞かない。すべての筋肉が震えて、音も立てずに壊れてしまったようだ。

 怖い怖い怖い怖い。

 なんだこれ。

 街中で出会うようなものだったのか?

 少なくとも僕は、今までに一度たりとも会ったことはない。

 目だと思しき黒い影のその奥の黒点は淀み切り、頭あたりは背景との境界線が掴めないほどに揺れている。ゾンビといえるほど人の形をしていない。どう考えたって歪な生物という形だ。

 そしてそのゾンビが一歩、また一歩とにじり寄ってくる。

 足は上げずに、引き摺るようにして、しかし着実に近づいてくる。


 僕は丸腰。身を守るための道具なんて持っているはずもなく、護身術も習っていない。行動を起こす勇気もなければ腰が引けている。

 何もしていないし、まだ何もされていないのにもかかわらず、もう為す術はない。初手から手詰まりだ。

 僕はもうお終いなのか――?



「諦めるな少年! まだ君は生きている!」


 聞いたことのないキリッとした声が僕の鼓膜を揺さぶる。

 魂は生きていないのではないかと思えるような死んだ眼をして僕は佇んでいた。フラッシュの燈し火も、少しずつだが確実に衰弱していた。

 だが、そこに割り込むように、一人の大人が――後姿を見ると、ジーンズを履いたごく普通のファッションセンスをしたおじさんだったが――割り込んできた。

 しかし横顔しか見れなかったが、その顔はどこか荘厳とした雰囲気を兼ね備えていて、特徴的だったのは、教科書でも見たエクスカリバーをその男性が背負っていたことだ。

 人が持つにはあまりにも不釣り合いなサイズの剣だな、と実物大のそれを見てついうっかり思ってしまった。

 そしてその剣をその男は片手で抜き出し、僕の前に立ち塞がり、ゾンビと対峙する。

 呆気にとられていて、声すらも発することができなかった。


 その男が振り上げた剣がゾンビの脳天に直撃する。

 しかし、ゾンビはそんなことをものともせずに男に近づいていく。

 男はそれに合わせて右足を振り上げ、ゾンビを蹴り高く上空に跳ね上がる。そのついでと言わんばかりに剣をその衝動で頭部から引き抜き、僕の後ろへ着地する。


 なんだこれ……。

 もはや人間業じゃない。

 うすうす感づいている。

 あの剣、一目見ただけで聖剣エクスカリバーだとわかった。刃先から滲み出る圧倒的破壊力と他を追随させない唯一無二の攻撃力が威圧となって、重力と化してこの世界に君臨しているような重厚感がある。

 この威圧感は他のどんな剣にも真似することはできない。

 現在の技術で意図的に作ろうとすることはおそらく無理なんじゃないか。

 そのような記述が教科書にも載っていた。

 現代のオーパーツ、というコラム欄に書かれていたことを僕は思い出す。

 これが天才――。

 勇者・榊原芳郎。

 異世界から来たという噂も、なるほど立つだろう。

 これほど人間離れした技術(スキル)能力(アビリティ)を持っていれば。

 目の前で繰り広げられる一方的な戦闘に対して、僕は眼を見開くことしかできなかった。


 鍵穴のように剣を差し込み、強大な筋力で右に90度捻り、ゾンビの胸元に大きな風穴を開ける。

 頸を刈り取ろうとして頸動脈の辺りに刃を食い込ませるが、ゾンビにそんな攻撃は効かず、食い込んだだけで終わってしまう。

 だが、勇者は木の幹を倒そうとしているかのごとく、首に切り込みを入れ続ける。

 その間にもゾンビは勇者に対して抵抗を試みるが、あいにく剣のリーチが長いためにゾンビの短い手では全く届かない。

 勇者はそんな光景をふっ、と鼻で笑い飛ばして、バットでも振るような構えで剣を構え、フルスイングした。

 剣がゾンビの背骨まで達しただろうか。

 その瞬間、ゾンビの姿が胡散霧消した。

「へ……」

 僕の口から思いもよらない声が出た。

 空気が肺から漏れた、と言ったほうが正確かもしれない。


「大丈夫か少年?」

 その男――勇者は僕に向きかえって手を差し伸べる。

 年は40になったくらいなのだろうか。よく見るとダンディズム香る顔立ちをしていて、教科書で見た勇者の絵に似ているといえなくもない。

「大丈夫……です。ありがとうございました」

 心臓の鼓動が今更早くなり始めた。意識し始めたということなのかもしれない。

「どうも。俺は――まあ、知っているとは思うが、榊原芳郎だ」

「えーっと……サインください!」

 テンパった。

 何を言っているんだろうか僕は。

「お、おう。いいけどよ……」

 勇者――榊原は困惑した表情で銀色の髭を生やした顎を人差し指でポリポリ掻く。

 俺は鞄に仕舞っていた勇者史の副教材を取り出しサインペンとともに出す。

 それを手慣れた手つきで受け取り、背表紙に榊原芳郎と読めないような字で書く。名前は? と僕に聞いてきて、コウキですと答えるとコウキくんへと書いてくれる優しさだ。

 転売禁止のためかな? とか思ってしまう自分の心が汚くて困る。

「ほい!」

 上機嫌なテンションで僕に副教材とサインペンを返してくる。

「あ、ありがとうございます!」

 直角に腰を折り僕は勇者に対してお辞儀をする。

「そんな畏まるなって。今回はブランクもあったし、手際も悪かったからな。魔法職ならあの首筋の内部を狙えば一発なんだが生憎俺は剣一筋だからなー。あ、あのゾンビはあそこが弱点なんだぜ?」

 勇者という存在を覆すような話し方だなとも思うが、とてもフレンドリーだ。

「なんでこんなところにゾンビが出てきたんでしょうね……」

 僕は勇者に向かって不遜な気持ちを持ちながらも他愛のない話の気分で質問する。

「そりゃあ、魔王が現れたからだろうな」

 なるほど、魔王が現れたらそうなるのか……ん?

「ああ、これ確かまだ公表されてない情報だったな、まあいいか。少年――コウキだっけか。気をつけろよ? 魔王が出てきたらしいぜ。今回は新しい魔王だ」

「え、魔王って一人じゃないんですか?」

「いやいや、王が変わるように、魔王だって世代を交代するさ。これはその一環。まあ、誰が魔王になるかはわからないっていうのが難しいところなんだがな」

「は、はぁ……勇者さん、あなたはどこでそんなことを知ったんですか?」

 ちょっとした好奇心からこの質問が口を出た。

 言った瞬間、失礼に値するかなと思いなおし、謝罪をしようとしたがその前に勇者が、

「そうだな――俺が異世界人だからかな?」

 笑ってそう言った。

 そしてその瞬間、少なくとも僕の頭はオーバーフローしていた。


 じゃあ俺はそろそろ行くわ! 頑張れよ、少年! とだけ言って、勇者は暗がりに姿を消してしまった。あっという間だったが、それでも僕の心には深く勇者の人を超えた能力が強く刻まれた。

 そして、あの質問の答えも同時にわかった。


「天才になるにはどうしたらいいと思う?」

 答えは簡単。

「無理だ」

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