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(11) あったかのかもしれない最終回

この話は、10話の後のお話です。

そこまで時間を巻き戻してお進みください。

「さて魔王、ここからは紳士協定だ」

 僕は魔王と対峙しながらも――怯えずに、立ち向かう。


 僕は槍を高く持ち上げる。

 尖った先端を下に向けて、そのまま上に――自分に向けて。

「――僕が魔王になるから、コトハのことは」

「待つのじゃ、若人よ」


 僕が決心の末に固めて、言おうとしていた言葉――それを、とある声が遮った。

『――僕が魔王になるから、コトハのことは、見逃してやってくれ』、という、覚悟もすべて、入った言葉はしかし、その気迫に圧された。

 皴がれた声と共に現れたのは、白髪の老人だった。だが、その眼に宿る闘志は、一目みたものすべてに一瞬で『強者』と理解させるだけの圧を持ち、その開いた瞳孔は僕と魔王二人を内包するように見つめていた。

「あなたは――」

 僕は割り込んできた老人に聞いたつもりだった。しかし、それよりも早く、魔王――元勇者が敏感に反応する。

「あなたは、スラックさん!」


 スラック――どこかで聞いたことのあるような名前だ。記憶を探る――が、思い出せない。

「スラック……?」

 小首をかしげながらサーチさんに説明してほしいという懇願の眼差しで目線を送る。

 サーチさんは、やれやれ、と言いたげな目でこちらを見た後、

「スラックさん。勇者パーティの中の一人で、役職は『アタッカー』よ。私たちの中でも最も最高齢で、そして武芸に優れていてその攻撃は達人並らしいわ」

 道理で聞いたことがあると思った。そうだ、確かにコトハとの勉強会で一緒にやったんだ。

「なるほど……そして、そのスラックさんが何の用ですか?」

「お主は……何をしようとしておる」

 僕は……何を。

「魔王の、封印ですよ」

 声が少しだけ震える。自信を持って言えばいい、僕がしようとしていることは間違っていないはずだ。そう自分に言い聞かせて、スラックさんの言葉に、気迫に、負けじと対抗する。

「魔王か――そしてその魔王は、誰じゃ?」

 スラックさんは目を光らせて――そのまま周りを見回す。

「スラックさん……ボケちゃったんですか? ちょっと見れば解るじゃないですか」

 サーチさんは、スラックさんを心配しているようだが、一見してわかるような状況ではないだろう。というか、普通の人は一見しただけでは勇者が僕を討伐しているようにしか見えない。

 そして、それで合っている(・・・・・)。

「ボケてはおらんさ――少なくとも、サーチよりかはの」

 サーチさんの方を見向きもせず、僕たちから焦点をずらさない。

「儂には、この状況は少なくとも、あの小僧が『魔王になって』、『自らを封印することで』『世界の平和を保とうとしている』ようにしか見えんがの。ほれ、その証拠に――」

 そう言って、サーチさんに説明するように、スラックさんは皴がれた手で、僕らを指さす。正確には、僕らと言うより――封印魔法だ。

「あの魔法陣の中には、小童しか入っておらぬ」

 サーチさんは、スラックさんを全く信用していなかったのか、またご冗談を、というような言葉を言いながら話を聞いていたが、勝負しているところをよく見てみると――いや、よく見なくても、本当は気づくはずなのだ。

 僕しか魔法陣の中に入っていないということに。

「どういうことなんですか!」

 サーチさんが、驚いたように僕を見て、今度はサーチさんから解説を求めるような視線が来る。

「どういうことも何も、スラックさんが言った通りですよ。だから僕は――」

「させぬ」

 言葉を遮られ――いや。止められた。音速に近い速度でスラックさんがここまで近づいて、僕の腹部に掌底打ちを叩きこんできたのだ。

 かはっ、と肺が潰れてその中から空気が漏れ出てくる。ついでに胃袋も押されて、内臓がすべて上にあがってくるような感覚がした。

 だがしかし――僕は強くなっている。

 確実に、『魔王化』している。


 だが、流石元勇者パーティだけある。年を食っても、強さはそのままなのかもしれない。

「全盛期はこんなもんじゃなかったんだがのう」

 どうやら、全盛期はもっと強かったようだ。

「おお、話の続きをどうぞするがよい。儂が止めたのは、お主の『封印』じゃ」

「なっ……」

 何をしてくれるんだ! という言葉が、喉から出かける。だがさっきのダメージがいまだに蓄積していて、な、以降の言葉が出せなかった。


 やがて、2分が終わり、封印の魔法陣が消える。

「一生に一度の封印魔法がぁ……」

 と、嘆くサーチさん。その隣で、

「嘆くなサーチ。お主の封印魔法は確かに不発だったが、お主にはそれだけではあるまい」

 とフォローを入れているスラックさんがいる。

 そして僕の目の前で――スラックさんを見て、顔を青ざめる勇者がいた。


 そして勇者は、今がチャンスと踏んだのか――。

「うぉぉぉぉぉ!!」

 雄叫びだけを上げて、スラックさんに向かって剣を抜いた。

 完全に空気になっていたからと言って、忘れていたわけではない。だが、スラックさんは、勇者が抜いた聖剣エクスカリバーを、手で、叩き折った。

「こんな紛い物……浅ましくなったの。榊原」

 スラックさんが、魔王の――元勇者の、本名を呼ぶ。

「スラックさんには、流石に本物じゃないと太刀打ちできませんかね」

 勇者はダンディな笑みを浮かべて、剣を手放す。


 勇者が剣を手放すということはどういうことか――武器の放棄は、大剣使いの勇者にとって即ち死を意味する。ものだと、僕は思っていたが――。

「魔王じゃからの、仕方ない。聖剣には触れんわな」

「ええ、なので、擬似的に聖剣を作り出してみましたが――」

「輝きばかりはそっくりじゃったぞ、殺意さえ滲み出ていなければ、分からなかったわい。それでも、叩き折ることは容易いがの」

 と、言葉の応酬を繰り返しながら、素手で鎬を削っている。

 これが、魔王の力。世界に捧げられる生贄の、最後の煌めき――。


 魔王とは。

 今まで聞いた話を纏めてみると、分かることがある。

『魔王となるには負のエネルギーが必要である可能性がある』

『力を求めているものが魔王となりうる』


 ここから求められる類推がある。

 ソリュードさんが殺された理由を、考えてみよう。

 いや、理由ではない。

 後から判明した、解剖結果とでも呼ぶべき何かか。


「魔王化の傾向があるわね……」

 そう、サーチさんは言っていた。

 ソリュードさんは、魔王に『成りかけて』いたのだ。

 勇者の一番近くで。天才に情景を抱いて、対照され比較されその苦しみに呻き苦しんだはずのソリュードさんが。

 そんな状況下で、勇者に嫉妬しなかった筈がないソリュードさんが。

 魔王になったんだ。


 だから、魔王になるために、礎になるために必要なキーワードは、『憎しみ』だ。

 故に、僕は憎んだ。

 コトハを救うためには――魔王を封印する必要がある。

 ならば――『自分が魔王になって』、それから『魔王じぶんを封印すればいい』。

 だから僕は、魔王になるために、サーチさんに封印魔法を発動させた。

 封印魔法は、キャンセル不可だという証言をもらった上で、僕はそして、魔王になった。


 ――はずだった。

 スラックさんが止めなければ、すべては上手くいくはずだった。

 僕は、魔王として封印され、『魔王が封印される』ことによって、世界の全てが浄化される。

 これは、コトハが書いたレポートからの引用だ。


「ハァッッッ!!」

 覇気のある声が、戦闘区域から聞こえる。

「――流石だなぁ……武道の腕は衰えていないようで」

「舐められとるのぉ……榊原、貴様は今減速魔法をかけられておるのじゃぞ? そんなお主、本気を出せば――」

 スラックさんが、大きな挙動を見せる。今までは小手先の技――まあ要するに小技だ――を繰り返しつつ対応していたが、それがどのくらいスラックさんにとってはお遊び程度のものだったのか、戦いについて素人である僕にすら理解できるほどの差が、そこに現れた

 スラックさんは、大きく、しかし素早く、魔王の胸元に、拳を打ち込む。

「こんなもんじゃ」

 魔王は、手でガードをするが間に合わず――僕が飛ばされた時よりも、さらに強い威力で飛ばされた。傍目から見て、その威力のあまりに波動が、空気の膜が見えた。


「ス……スラックゥ……ッッ!」

 魔王が更に憎しみを込めた声で、スラックさんのことを憎悪の眼差しで睨みつける。

「まだ……やるか?」

 スラックさんが、気迫をこめて――気迫なんてものではない、これは殺意そのものだ――魔王に対して同じように睨み返す。

 魔王は、その瞳をしっかりと受け止めて、その上で、

「やってもいいが……もう――どうでもいいからな」

 そう言い残して、魔王は僕たちに背を向けた。


「追わなくていいんですか?」

 僕はスラックさんに対して問う。

 今の状況では、少なくともスラックさんほどの実力があれば、魔王を討ち取ることくらいはできる。それに僕だって、聖槍グングニルを持っているわけだし――いや、そうだ。

「いや、むしろ今の段階で追うのは早計というものじゃろう」

 そう。今は、僕が無駄打ちさせてしまったせいで――無駄打ちでもないのだが――唯一使えた封印魔法が使えなくなってしまった。

 サーチさんは「え、え? どういうこと?」と僕とスラックさん二人を見やって説明を求める眼差しを送ってくる。

「そうですね――そうでした」

 スラックさんに向けて、サーチさんのことは無視して、納得したという旨の返事を返した。


 町中にひっそりと佇む、雑木林が植林されているこの地域は、人工的に森林保護されている土地だ。様々な新時代的なモノが溢れるように入ってきたことによって、昔ながらの木々を少しは残しておこうという役所の配慮らしい。春夏秋と涼しく、冬は風をあまり通さない、なかなかに素敵な土地で、近所の人々に愛されているし、僕もここはよく来たものだ。

 コトハと一緒に、秘密基地と銘打ってこの木々の上にのぼり、遊んだこともあった。

 さぁぁ、と風が通り抜けるたびに、数枚の落ち葉が僕の目の前を通り過ぎてゆく。茶色と黄色の、お世辞にも色とりどりとは言えない微妙なカラーリングの彼はたちが、地面を侵食してゆく。

 葉が抜け落ちかけていて、秋から冬にかけてのきつい太陽の光をほとんど遮る事なく浴びながら、僕たち三人はここに佇む。隻眼の魔法使いと、皴がれた老人アタッカー、そして聖槍グングニルを片手に持つ魔王のなりかけという奇妙な顔ぶれが張りつめた空気の下にいる。

「スラックさん。何で止めたんですか」

 サーチさんの疑問をスラックさんが事細かに説明して、「あ、そうでしたね」という何とも気の抜けた返事をもらってから、僕はタイミングを見計らって聞いた。

「君が死ぬつもりだったからじゃないかのう。止めるな、とは言わせんぞ。その年で命を終えようなど――ましてや、魔王になろうなどとは何十年か早いわ」

「ですが、僕が魔王いけにえになって封印されるしか方法はないんです……」


 コトハを元に戻すには。

 魔王を封印し、世界の力によって元通りの状態に戻す。

 それしか方法はないと――上級魔術師であるサーチさんが言っていた。


「ほう……」

 スラックさんは、興味深そうに僕の話を聞く。スラックさんが何を考えているのか分からないが、僕は一言一言を噛み締めるように僕の今日の行動を事細かに話す。


「なるほどな……。まあ、儂も大体の状況は分かっていたが――」

 分かってたのかよ、と突っ込みを入れたい衝動をぐっと堪える。

「それにしても、ではなぜ、君はここにいるのかね?」


 このおじいさんは何を言っているのだろう。

 僕が話した言葉を理解できなかったということか。僕は確かに、コトハの家に向かい、コトハの意識が落ちたところを目撃し、サーチさんとともにもう一度屋敷に入って『魔王を封印』しなければいけない、ということも教えてもらった――という所まで話した。

「違う。君が思っているようなことではない。儂が聞いておる事は――勇者が『奇跡を起こした』にも関わらず、なぜ『コトハは元に戻っていないのか』ということじゃ。勇者が、奇跡が起きたと言ったのならば、そこで奇跡は起きている――つまりは、コトハはもう既に目を覚ましていてもおかしくはないということじゃ」


 ……?

 やはり何を言っているのか、僕には理解できなかった。

 コトハはまだ目を覚ましていない――これは、僕がもう一度見に行った時に確かに見ている。同じ屋敷にいた人もゾンビのように歩いてはいたが、意識は戻っていなかった。

「いえ、まだコトハは目を覚ましてはいないのですが――」


『起きなかった――か、……そんなはずはないんだがな』

 確かに勇者は――魔王は、言っていた。確かに勇者なら奇跡は起こせるだろうが、しかしもうこの時点で魔王であるはずだ。

 そもそも、奇跡ってなんだ?

 起きることのない可能性――0%が、覆ること。これはまさしく奇跡。

 まあ、0%でないにしろ、少ない確率のものが起きた場合も奇跡として呼ばれることになるのだろう。

「サーチさん、今までに勇者が起こした奇跡って、どんなのがあるんですか?」

「そうだねぇー。勇者が奇跡を起こすというか、勇者の周りは全体的に幸せなことが集まってきたね」

 ……これが何かの役に立つ証言なのか。

「ああ、そうそう、勇者の前では確率論は捨てろ、なんて言葉もよく聞いたよー」

「ええと……具体的には」

「具体的に、って言われると――そうだね、そもそも魔王を倒せること自体が奇跡なんじゃないかな」

 驚くほど的を射てない答えが返ってきた。確かに質問が微妙だったのかも知れない。

 と、そんなことを考えている間に、スラックさんも答えてくれる。

「榊原はな、行くところ行くところ総てで何らかの奇跡を起してきた。だから今回も――きっと何かを起こしてくれると思っていたんじゃがのう……そして、そんな奴が、『奇跡が起きた』というのじゃから、きっとそこでは何かが起こっているはずじゃ」

 奇跡が起きないはずがない、か。そりゃ勇者を知っている人から見ればそうなのだろうけれど、僕のような勇者のことを何一つ知らない――ましてや、勇者のことを端から敵だと認識しているような人に対して、それを信じろというのは酷だろう。

 酷だが。

 それを信じる他、道はないと同時に僕も分かっている。

 僕が、自分自身で自分を封印する以外の方法なんて、元より考えていなかった。

「そうですね――もう一度、行ってみましょう。コトハの屋敷で、いったい何が、どんな『奇跡』が起こったのか、見に行きましょう」

 勇者を倒すだなんて、もってのほか。一市民にできるはずのない挑戦。だからこそ僕は、誰も傷つかない、僕だけが犠牲になる方法を選んだつもりだったのだが――それが不発に終わった今、僕は何を期待すればいいんだ、コトハ?


「ところで、君?」

 サーチさんが、いい感じでまとまった空気をぶち壊すべく僕に話しかけてきた。

「あ――そう言えば、すみません。唯一のチャンスを逃してしまって」

「うん――それもあるけれど、君はなんで私に話してくれなかったの? お姉さんはこれでも大人なんだよ?」

 拗ねたように――事実拗ねているのだろう――サーチさんは言う。隻眼が故に視点がよく動く。両目で機能するべきところを片目で補っているからなのか、その焦点は僕と合わない。

「ええ――大人だからこそ、きっとあなたは僕を止めたでしょうし、そして僕を見殺しにしなかったでしょう。だから言わなかったんです」

 言わなくても読み解いてほしい感情を、僕は口に出す。こんな最悪の展開を、僕は確かに読めていた。どれか一手でも失敗すれば、封印魔法は失う、勇者は倒せない。これが僕にとっての敗北と言わずしてどう言うのだろうか。

 これきり、僕たちは黙りこくる。

 ソリュードさんが死んでいた所で出会った見知らぬ少年の力になってくれるほどやさしい人間が、そこまで冷酷な判断を――しかも利己的な――出来る筈がない。

 世界のためだと自分(こころ)を殺して、ド素人もいいところの魔王を封印できる筈がない。だからギリギリまでブラフを撒いて、勇者と対峙するようにまで見せてきた。緊迫した状況をセッティングして、一刻の判断猶予も与えない状況まで作り出してきた。

 なのになぜ。

 こうなった。

 怒りがこみ上げてくる。

 何に対してか――自分にだ。


 スラックさんに対しての怒りもあるが――それ以上に、そこまで考えが及ばなかった自分が憎い。このままだと、もう一度魔王になってしまいそうだ。

 魔王化、が恐らくギリギリまで進行している。魔王になったところで、どんな厄災が僕を――引いては世界を襲うか分からない。

 知っているのはきっと、コトハくらいだろう。


「ここがコトハの家じゃな」

 スラックさんが先導する形で、僕たちはコトハの家に戻ってきた。

 道脇に片付けられたソリュードさんの死体が未だに残っている。警報が出て、まだ間もない時間だからか、人も残っていない。


「っていうかなんでコトハの家をスラックさんが知っているんですか」

 スラックさんはここまで、さほど遠い距離ではないにしろ、的確に、かつ僕に対してコトハの家のことを何一つ聞かずにここまで来た。何だろうエスパーだろうか。

「なに、知らなかったのか? 儂はシュレスティーン・スラック。コトハの祖父じゃよ」


 この世界がもしも漫画だとするのならば、きっと「明かされる真実――!!」くらいのルビは付いただろう。とにかく、その位の驚きと、それから納得が僕を支配した。

「ええと……コトハさんの友達で、コウキっていいます……。以後お見知り置きを……」

「うむ、よろしくな」

 数々の無礼が途端に申し訳なく思えてきた。思ったよりも身近な人で、だからこそこの状況を鮮明に知っているということなのかと言えば、そうでもない。

「コトハ――さんは、魔王に関して何か研究をなさっているんですか?」

 無理やり「コトハ」に丁寧語尾を付けたので、違和感が拭い切れない言葉になってしまったが――コトハの祖父に聞くのだから、コトハのことくらい知っていてもおかしくないだろう。

「ほう……よく知っとるのう。いや、その前に。魔王に関しての情報は、すべて『トップリークレット』だったはずではなかったかのう?」

 ――と、睨みを利かせて僕を見やる。

 本当的に目を逸らした僕を見て――目を逸らした先にいるサーチさんを見て――スラックさんは続けた。サーチさんは、何のことかな? とでも言いたそうにこちらを見る。

「じゃがまあよい、今はそれどころではあるまい。コトハが魔王の研究をしているということは――コトハの父親伝いに少し聞いたの。ただそれも随分前の話で、研究助手くらいの役割しかしてないとか言っておったが――」

 研究助手、ねぇ……。

 一人で立派な論文を書いて、あれだけの知識を持っていて研究助手か。まあ、ありえない話でもないし、随分前の話と言うのはどれくらい前なのか分からないけれど、どうやらこれは、事実として『確定』していいようだ。

「ああ――あとお主、その聖槍『グングニル』を寄越せ。お主には扱い切れん」

 言われて僕は、左手に持っている巨大な――しかし軽い槍を自分の正面に持ってくる。

 扱い切れないと言われたが――なるほど確かに。元はと言えばコトハの家にあったのだ。となるとスラックさんが元々持っていたものと考えるならば、納得がいく。

「なに、まだ未熟だからとか、そういう問題ではない。魔王に成りかけているものには、『聖』なる槍は使えんということじゃよ――かの勇者(魔王)が、聖剣エクスカリバーを捨てざるを得なかったように」


 スラックさんは先ほど軽々と――剣を折った。

 僕が今まで、聖剣エクスカリバーだと認識していた、あの剣を。

「魔王になる以上、聖なるものは使えない――常識かどうかは微妙じゃが、様々な伝承にも残っているじゃろう」

 ドラキュラが十字架に弱いように。光が闇と対するように。さもありなんといった口調でスラックさんは言った。

 確かに、僕がやってきたゲームの中でも、いつだって闇は悪の概念で、光という正義の概念と対立していた。では、それは何故か――「答え:世界の理だから」、という一文に圧縮されたものにすぎなかったからなのか。

 だが、僕がこの槍を振りまわしてみても、使い勝手はいいし、特に文句のつけるところはない。一般人が使うのなら何をしても一緒という理論だろうか。単に魔王化が進んでないという話だろうか。


 ――いや、違うのだろう。

 そもそも、なぜ聖なる武器があるのか。聖なる武器はなぜ創られたのか?

 世界にとって、魔王を礎として『世界を浄化する』ことは至上目標。ならば、それを完遂させるために人間側に与えた強力な武器として考えれば納得がいく。

 だがしかし!!

 今までにあった魔王の存在を考えてみると、魔王は世界のスケープゴートとなって蹂躙する。魔王に力を集めてから、その力を魔王の『封印』という形で拡散させれば世界は平和になる――一聞してよく分からないシステムだが、世界がそうなっているし、今までに見て、聞いてきた数々の経験からしてもそうだった。コトハのレポートに、ソリュードさんの解析結果、それらすべてを総合した結果がこれだ。

 さあここで考えてみよう。

 封印するためには、『封印魔法』が必要。封印させるためには条件が必要か――?

 魔王を弱くしておく必要は、果たしてあるのか?

 そんなの、魔法師が数人いればいいだけの話じゃないか!! 魔法で抑え込んで、封印をかければいいだけ――。

 つまり、このシステムの中において、『聖なる武器という存在』は、『全く以って必要ないもの』になってしまう!!!


 ここでもう一度考えてみよう。

『聖なる武器』とは、いったい何のためにある――?

「魔王である以上、聖なる武器は使えない」、とスラックさんは言っていた。

 だが僕の予想はそれを認めない。認めてしまうと、おかしくなる事象が一つ――しかも致命的な――が存在してしまうことになる。

 だから、どうしても認めるわけにはいかないのだ。

『聖なる武器』は何のためにあるのか。

 それは――

「大丈夫ですよ。スラックさん。『聖なる武器』は、僕が持って然るものです。これは、『今までの歴代魔王のうちの誰か』が作ったものですから」

 魔王である以上、闇を扱うから聖なる――光あふれるものは使えない?

 そんなのはブラフだ。

 誰が決めた?

 魔王『だからこそ』、光さえも自由のままに操るのではないか。

 そして魔王がこれを作った理由は二つ――味方の攻撃力増強あるいは、『自害防止』。

 魔王とて――体力がなくなれば死んでしまう。

 だが、この槍はあまりにも――軽すぎる。僕が半ば魔王の力を手に入れていることを差し引いても、使い勝手がよすぎることを差し引いても――重たくない武器には攻撃力はない。

 それでも、人に当たれば多少は傷つくし、槍が故に貫通もする。でもこれでは魔王は死ねない。

 だから安全牌としてこれを創るに至った、と考えるのが普通だろう。



「だからと言って、僕が持ってる必要もなかったんだよなぁ……」

 玄関口にて、僕は槍を携えながら思案する。

 重たいわけでもないけれど、これは正直使い道がない。それより何より、もう僕には目的がない。今はスラックさんを頼りにしてここまで戻ってきてしまったが、もう僕に残された手だてはない。

 コトハを助けたいと思う気持ちは、スラックさんも僕も同じなのだろうが――同じだからこそ、スラックさんには止めてほしくなかった。

 靴を脱いで、三人そろってコトハ邸へあがる。スラックさんはまず始めに、学者たちが集う部屋へと確認ついでに入る。


 学者たちがひしめめき合う――という表現もさながらな光景がそこにはあった。

 中心にいるのは、コトハのお父さんである有名な学者先生で、それを取り囲むようにその助手たちが集っている。

「ほう――みな虚ろじゃな。意識がない」

 スラックさんは一瞬でその様子を『魂が起きていない』のにもかかわらず、『肉体だけ動いている』人たちだと把握したのだろう。だから、意識がないと言ったのだと思う。

 それは間違ってないし、正しくすらある。

 流石は勇者とともに冒険してきた人物と言うべきだろうか。それを考えるのならサーチさんもだ。一般人とは一線を画す人生経験を積んできた彼らにとってこのくらいのことは些事なのかもしれない。

「コトハには【リケア】をまだ掛けていません」

「賢明な判断じゃな」

 何をもってして賢明と言われたのだろうか。

 誰か他の人を身代りに――実験台に――してからそれを踏まえて魔法を使用するか否かの判断を迫った挙句に止めた、ということを評価されているのだろうか。

 そうだとしたら、僕はなんて腹黒いやつだという認識に――考えすぎか。



[コトハの部屋]

 と書かれた掛札が掛かっている。本日三回目の突入だ。

 暫定スラックパーティは、コトハの部屋の前まで来てスラックさんが気を利かせて僕に先頭を譲った。

「あ、ありがとうございます」と、微妙な会釈をしながら、僕はドアノブに手をかける。

 不安だ、開けたくない。

 そんな気持ちが、ここに来るたびに心の中で渦巻く。

 この扉がもはやトラウマだ。

 でも、そんな感情に構っている暇はない。それでも深呼吸一つくらいはできるだろうと踏んで、息を大きく吸って――吐く。


「さぁ、行くぞっ!」

 大きな声を出して、自分を律して――ドアノブを捻る。

 その手に力が無意識のうちにこもる。ドアノブはこんなに軽かったのかと錯覚させられてしまいそうな位にドアノブが勝手に曲がり――自動で開くドアだったのかと間違えそうな位にドアが勝手に開き――。


『勝手に開き』?


 僕の目の前には、コトハがいた。

 目にはしっかりと生気が灯っていて。

「え……コウキ……とおじいちゃんと……え、え、え゛!?」

 コトハは不思議な声を上げていたが――不思議な声を上げたいのは僕だ。

「ええええええええぇぇぇぇぇっ!?」




 さて――状況を整理しよう。

 本日、今朝、朝もいいころ。コトハの家が魔王を呼び出す囮にソリュードさんにより使われた。

 その直後、魔王となる勇者がコトハの家に行き、煙を除去。

 そのあと、僕がコトハに会い、コトハは遺言的なものを残し意識を失う。

 同時刻、ソリュードさんは勇者によって殺害される。

 そして僕はサーチさんと出会い、コトハの家にもう一度行き、コトハの様態を見て魔王封印を決意。この時点で、コトハは意識を失ったまま。

 そしてさっき、魔王と対峙。僕が自分自身を犠牲にした自爆攻撃を敢行。そしてスラックさんに止められ失敗。魔王曰く――『奇跡は起きたはず』。

 更にその後――つまりは今。

 スラックさんとともに家にもう一度来た。

 そしてコトハが蘇った。

 これが今日起きた大まかな時系列順の年表だ。



「コトハぁぁぁぁぁ!!」

 僕は嬉しさの余りコトハに抱きつく。いつもなら、ここで『何故コトハは蘇っている?』とか考えるところだが――それどころではない。

「うわぁコウキどうしたっ!?」

 コトハが若干引きつつ、しかし否定しない態度で僕を受け入れてくれる。その様子をスラックさんたちから生暖かい目で見られていることだろう。だが、コトハに抱きつきながら若干涙目である僕には正直関係ない。

「生きてて……よかった!」

「何言ってんのよ。死ぬはずないじゃない。コウキが魔王を倒してくれるって信じてたもん」

 魔王を倒して――今はいい。そんな齟齬は隅に置いておこう。

「ああ――ああ、そうだな。本当に……本当にッ! 無事で、よかった……」

 涙が出てきてしまいそうな幸せな光景に――口を挟めるような無粋ものは一人もいなかった。

 ――わけではない。


「あのー、なんでコトハさんが甦ってるんですか?」

 サーチさんが手を挙げて発言する。手をあげたらどのタイミングで発言してもいいというわけではないということは習わなかったのか。

 隣にいるスラックさんが止めようとはしてくれていたみたいだけれど、言葉は音速で僕の耳まで届く。一度発せられた以上止めるのも無意味だと思ったのか――もう少し頑張ってほしかった。

 僕の目から流れ出る水滴は止まらない。頬をつたわり、その温かさを感じて、やがて顎から床に滴る。


 コトハからしてみたら、意識を失っている間は一瞬だったのだろう。感涙する僕なんかをさらりと無視して、サーチさんの言葉に惹かれる。そりゃまあ、感動もへったくれもないだろうが。

「――え、どういうこと?」

 と、コトハはまたしても不思議な声を上げ――、その場は僕の涙を啜る声以外、どんな音も聞こえなかった。


 正直な話、コトハが助かったからどうでもいい――とは思うのだが、もちろんそんなはずはない。

 この世の中――『理由もなしに助かるご都合主義展開』なんてあるわけがないのだ。世界はいつだって僕に都合が悪いようにできている――そんなの、生まれてこのかた一生味わってきたし、味わうのだろう。

「そんなことより、おじいちゃん! なんでここに!?」

「魔王が現れたからのぅ。かけつけざるを得ないじゃろうに」

 スラックさんのそんな答えに、あ~なるほど、とでも言いたげに手をポンと打つ。

 僕とコトハと、スラックさんとサーチさん。四人は胡坐をかいたり正座したり――とにかくいろいろな座り方をしながら床に輪を書く様に座っている。


 コトハとその祖父――スラックさんの仲睦まじき団欒をサーチさんと僕とで微笑ましい目で見ていたが、コトハが恥じらいを感じて咳払い一つをした瞬間、シーンとした静寂が訪れた。

「さてー、この後どうすればいいのでしょうかねー?」

 真面目じゃないときのトーンのサーチさんが皆に問いかける。

 目的がない――わけじゃない。僕とコトハを除いた二人、もしかしたらコトハも含め三人には、魔王を倒すという明確な目的があるわけだ。

 倒すというか――封印。サーチさんが封印魔法を使えなくなってしまった今、封印するための鍵が圧倒的に足りない、という『わけでもない』のだが。

 そんなことより個人的にはコトハがなぜ蘇ったかの方が関心が高い。

「魔王を封印するのよね――なら私も行くわ」

 まあ、コトハは言うと思ったよ。

 僕的には反対だ――コトハをあんな血生臭いところに連れていきたくないし、足手まといになるのだろう――と思っているし、僕が言うまでもなく。

「反対じゃ。孫娘を贔屓する云々ではなく、単純に連れてゆけん」

 スラック(祖父)さんが反対するのは、目に見えていた。孫娘を贔屓する云々と言っていたが、実際問題それもあるのだろう。

 だが――きっとそれはかなわない。

 理解はできていても、受け入れがたいものはある。

 だから、あらかじめ受け入れる心の準備をしておかなくてはいけない。

 熱湯風呂に飛び込むより、少しずつ体を慣らしていった方が楽なように。

「でも――」

 コトハがそれに反対意見を言おうとする。だが僕はそれを遮って、

「そうだな、スラックさんの意見に落ち着いておけ。なんてったってお前は今、蘇ったばかりなんだろ? だったら大人しくしておけって」

 足手まといとか、そう言う言葉は使わない。

 コトハを刺激しないように、落ち着いて言い聞かせるように。

 僕は反対意見を言う。

 無駄なのだろうが――ダメ元でも、反対しているという意思を見せつけたかっただけだ。


「でも、私はいくわ。だって、『封印』するんでしょ?」

 コトハは自信満々に言う。

 サーチさんが封印魔法をもう使えないというのは、さっきの落ち着いたタイミングでついうっかりサーチさんが零してしまった。

 ならば――コトハが行くしかないのだ。

 コトハはこの辺で――もしかしたらこの世界で――有数の、上級魔術師だからだ。


 魔王が倒されて20年――魔法の存在は、ただの便利能力に成り下がった。

 そんな中で、苦労してまで魔法を極めるという変わった人物がいったいどれくらいいるのだろうか――!?

 少なくとも、僕が知っている中では、コトハだけだ。

 上級魔術師が人生に一度だけ使える魔法、それが封印魔法だ。

 だから、それ故に。

 コトハがここで同伴しないという選択肢は、ない。

 感情的には、僕はコトハが魔王討伐に行くのは大反対だが。

 理性的には、僕はコトハが魔王討伐に行くのは大賛成だ。

 というか――賛成せざるを得ない。

 コトハが今、息吹を吹き返しているのは、どういう理論か知らないが勇者の『奇跡』とやらが理由と言うことになっている。

 だが、少し考えれば思い当たるだろう。


 勇者の奇跡って、『魔王を倒したことによる、世界の浄化』じゃなかったのか!?

 だったら、なんで、コトハは蘇っているんだよ――ッ!!


 これが、コトハに抱きついて冷静になった時の考えだ。

 そう、コトハが今現在蘇った理由がよく分からない。ソリュードさんに何をされたのか知らないが――サーチさんは、『魔王の封印』によって『のみ』元に戻せると言った。

 サーチさんが嘘をついている?

 そう考えてもいいかもしれない。

 だが、サーチさんは現役で魔術師で、しかもかなりの上級だ。それを疑うくらいだったら、コトハ自身の存在を疑った方がまだ確実だ。

 いくら疑っても、疑いすぎるということはない。


「確かに――封印するのだけれど、あなたにそれが?」

 サーチさんは驚いた様子でコトハを見る。だが、すぐに納得した様子で、言葉を紡いだ。

「さすが、スラックさんの孫ですねー」

 比較対象にされたコトハは少しだけ張っている胸を張り、ふん、と鼻から息をもらした。

 あこがれている勇者メンバー――というか、祖父――の比較対象になれて、嬉しいのだろう。

「でも、コトハ、大丈夫なのか?」

「大丈夫よ、問題ないわ」

 そうコトハは元気よくグーサインを僕に突き付ける。

「サーチさんから見て、コトハの様子は――?」

 あまりに頼りにならなかったので、もっと詳細に見てもらおうと、サーチさんにコトハの様子を聞いてみる。

 サーチさんも自分に振られるとは思ってもいなかった様子で、慌てて、見てみますね、と言って立ち上がり、コトハの周りをくるくる回る。

 くるくる回るのはそれ魔法か何か使っているのだろうか。二回目にコトハを見に来た時もサーチさんそれやってたな……。


 ――が、今までの明るい空気と対称にサーチさんの顔がどんどん暗くなってゆく。

「――どうしたんですか!?」

 僕の中で焦りのメーターが針を振り切る。胡坐をかいていたのに、すぐにも立ち上がれるような臨戦態勢へとスムーズに体が移行する。

「そんなっ! なんで……こんなに、元気なのにっ!!」

 言葉を濁して言うサーチさんだが、その言葉の端々に驚きと、そして焦りが滲み出ている。

「コトハさんはまだ――現象上では、昏睡状態、ですッ!!!」


 ――どういう、ことだよ。



 コトハが今――昏睡状態。ただ、僕の目の前にいるコトハは息をしている、動いている、話している、意識を持っている。

 この差異はいったい、何なんだっ!?

「どういうこと?」

 訊いたのは誰でもない――コトハだ。

 動いているのに幽霊判定されたとだけしか認識できていなかったのだろうその顔はやがて――その判定を下したのが『サーチさん』だということに気がついて顔面が蒼白になってゆく。

 20年前――魔王を下したと名高い勇者パーティが一つ。魔法使いサーチ。

 勇者パーティにいるという意味。

 そこにいるというだけで絶対の信頼を寄せてもいい意味。

 人類において、最高峰、だからだ。

 20年経ったとはいえ――サーチさんがその能力を落としているという可能性を考慮するべきか?

 いや――その可能性は極めて低いだろう。

 何故なら、言ってしまえば。

 それしか能がない人物が、何故好き好んでその価値を自ら貶める様なことをするだろうか――ッ!?

 それ故の判断、それ故の信頼。

 だからこそ、彼女の手腕は今でも一流だし、先程の戦いでも見た。

 あろうことかサーチさんは、魔王に減速魔法をかけながら封印魔法をかけるという、『一度に二つの魔法を使う』という離れ業まで披露したのだ。

 彼女の手腕を疑う必要があるだろうか。

 彼女が嘘をつくことによって得する人物はいるだろうか。

 これでコトハが行かなければ封印されることがない、よって魔王の手先だとか?

 ならばあそこで封印魔法を使う筈がない。魔王の手先だったらとっくのとうに『封印魔法なんて使いきってしまっている』はずなのだから。

 よってその線は消去。


「コトハさん、あなたは――今、昏睡状態だ、ということです」

 だからきっと、コトハが昏睡状態だというのは、きっと正しいのだろう。

「それってだから、どういうこと?」

 そして、僕の目の前でコトハが話しているという事実も、また正しい。

 正しいが故に――理解できない。


「ええと――」

 僕はサーチさんに調べさせてしまった責任感から、この空気をなんとかしようとして、言葉を切りだす。

「つまり、コトハは今話しているけれど、身体自体は昏睡状態で、精神が起きてるだけってこと?」

 要約しようとして――おかしな点に気付いたが。

「いえ、逆です。コトハさんは、身体が起きていて、精神が『起きているけれど昏睡ねむっている』状態です」

 真面目な雰囲気のサーチさんに遮られ――。

 意味が分からなくなった。


「っていうか、何でサーチはそもそも起きてるの? 僕[リケア]掛けたっけ?」

 掛けた記憶がない。そう思ってコトハに聞いてみるも、

「いや、私は知らないなぁ」

 と返されるのみだった。


 コトハは身体が起きている。これ自体は別に不思議なことはない。[リケア]をかければ下の研究員ゾンビ共のようにいつものルーチンワークを繰り返すだけの存在になる。

 では、精神が起きているとはいったいどういうことだろうか。

 勇者の奇跡があるということなのだろう。

『世界の恩恵かみのちから』とは別に、勇者単体がもつ不思議な力――純然たる『勇者の力』として存在することがあるのだろう。

 ――いや、『奇跡』か。

 勇者によって、『起こることが確定している奇跡』。

 起こるべくして起こる奇跡は、果たして奇跡か。

「勇者が来たから、『奇跡』が起きる……」

 魔王の封印でしか起きることのないコトハが、魔王の封印が無いにも関わらず起きている。

 これを、『奇跡』と呼ばずして何と呼ぶ――!

 しかし、精神は起きていて昏睡ねむっている。


「本来は眠っているんだ。だから、魔法では眠っていると感知される」

「どうしたのコウキ? ぶつぶつと……」

「いや――待てっ!? これって、世界の浄化に引っかかるんじゃないか!?」

「どうしたの!!?」

 ふと――我に帰る。

 僕は気がつくと立っていて、僕の肩をコトハがしっかりと支えていた。

「コウキ、大丈夫……? なんかおかしくなっちゃった?」

 コトハがウルウルとした子犬のような眼でこちらを見てくる。その姿に愛嬌と言うか可愛らしさを発見して、心の奥底がほんのり温まるような感覚が僕の中に生まれた。これが可愛い、というやつか。

「――って、違うんだよ。このままだと――」

 僕が紡ごうとした言葉はしかし、

「私の精神は、魔王が封印された時に『世界が浄化』されてしまい、昏睡した状態に戻る、とか考えてるんでしょ」

 コトハに心を完全に読まれ、一言一句としてコピー&ペーストされていた。

「でもそれは違うよ。本来の姿は、昏睡してないんだから、『世界の浄化』をして精神を起こさなきゃいけない。今はだれが起こしたかよく分からない謎の力で起きていられるんだから、こんな不安定な状況は早急に脱しないとね」

「お、おう……」

 なんでコトハはこんなに心が読めるんだよ……。なんていうか、恐怖に近いものを感じる。


「コトハが『世界の浄化』によって元に戻るのなら、今こんなに状況がおかしくなっている原因があるはずなんだよな」

「それが、ソリュードが起こした魔法と」

「勇者が起こした『奇跡』ってわけね」

 僕の言葉に続く様にスラックさんとサーチさんが続く。


「勇者はいったい何をしたんだ?」

 僕は呟く。確かに勇者はコトハを起こした。きっと僕がコトハの名前を叫んでいたから、狙って『奇跡』を起こしたのだろう。

 ふっ、馬鹿馬鹿しい。

『狙って』『奇跡』を起こすなんて、それは奇跡なんかじゃなくて、必然――。

 必然? それでも勇者はなお、奇跡といい張る。


 勇者がしたことは?

 コトハを起こした。もっと厳密に言うと、コトハの精神を起こした。


 コトハの精神を起こすには?

 魔王を封印するしか方法がない。


 だから、本来は?

 魔王を封印すると、コトハの精神が起きる。


 でも、『今』は?

 コトハの精神が起きたから、魔王を封印する?



 おかしくないか――?

 いや、おかしくない。封印するしか、方法がなくなっている。魔王を封印しないと、コトハの安全が確保されない。


『勇者の前では、確率論は捨てるべきだ』

『勇者が訪れた場所では、必ずいいことが起きる』



「――そうだ」

 立ったまま、僕はまたしても凍りつく。

 確定は出来ない。あくまで推測にすぎない。

 だが、論理的に考えた結果、最も確率が高い回答。

「どうぞ」

 コトハが、僕にその続きを言えと急かしてくる。ほかの二人の視線も、僕に向かっている。

 流石にこの言葉の後は継げないのか、耳をそばだてている。


「勇者の『奇跡』が何かがわかった。勇者の『奇跡』は――」



「『因果の逆転』だ」



 三人は、意味が分からないというような顔をして、お互いに顔を見つめあう。

 はァ? とでも言いたげなその視線は、痛いほど伝わる。

 だが、これが一番可能性の高いものだ。

 僕は脳内で纏めた言葉をざっくり噛み砕いて説明する。

「勇者は、因果を逆転させることができるんだ。だから、勇者の前では『確率論は捨てろ』と言われている由縁だとおもうんだよ。6が出ると分かっていてサイコロを振るように――勇者の前では、原因と結果が逆転するんだ!」


 けが人のところに勇者がいったら、その子はけがを治す。そしてそのあと治療する。

 治療したから治すのではなく、治ったから治療する。

 そしてその人は怪我をする。勇者がいなくなった後にでも。しかしそこで怪我はしない。何故ならその分の怪我はもう治っているから。


 意味が分からないだろう。

 ああとても意味が分からない。

 だが、確率論を捨てるという考えと、必ずいいことが起こるということを考慮すると、こうなるのだ。


 結果を出してから、原因を作る。そういうことになってしまう。

 何より――そうでないとコトハに説明がつかないッ!


 そして――勇者がそうであるのなら。また同時に、『魔王の封印』によってその因果は元に戻る。

 勇者の『奇跡』と言うのは、一時的な救済に過ぎない。


 人類にとっての救済。


『魔王を倒す(結果)』、だから『勇者の力(原因)』をくれ、というような。

「意味が分からないが――なんとなくで理解してもいいところだ。これによって何が起こるかというと――魔王を『封印』しないと、コトハが昏睡状態になる」


 そう、魔王を『斃す』という方法では駄目だ、ということ。

「なんじゃ、そんなことかい……」

「いきなり難しいこと言うから、びっくりしたわー」

「……ちょっとだけ、理解できた、かな?」

 三者三様の反応を返すが、言いたいことはみんな一つのようで。

「大丈夫、魔王は元より」

「『封印』する予定ですからねー」

「私の魔法でね!」

 魔王を『封印』するから心配するな、ということらしい。


 ●○●○●○●○●○●○●◎○


 ――で、魔王を封印するには、どうすればいい?

 結局のところ、僕たちが行き詰っていた点は最初から一つで、最後まで一つだったようだ。

 魔王を封印すれば、すべてが元に戻る。

 そんな不条理があるのかと思うが――生憎ここでは、そんな不条理が道理として通ってしまう。

 無理を通して道理を通さず、ではなく。

 無理も通して道理をも通す、のだ。


 まぁ――、と、僕は呟き、腕の筋肉を伸ばす。

 コキッ、という関節が鳴らす音が変に小気味いい。

 その手には――相変わらず、聖槍グングニル。これで魔王を殺せないのなら、これを『持たないという手』はない。

 殺してはいけないのなら、間違いなく殺せないような武器を持っていく――道理に適っている。


「今から――魔王を見つけて、封印する」

 反則技を使わずに――正々堂々。何なら、前から啖呵切ってやってもいい。

 僕は大きく息を吸い、

「コトハが封印、サーチさんが魔法で魔王の減速、スラックさんが技で封じる」

 そして吐く。

「そして僕は――……」

 僕は?

 決起集会のような全体の雰囲気に呑まれてしまっていたが――ふと我に帰ると、自分の居場所がないことに気がついた。

「まあ、何かあった時のために待機しておくよ」

 こうして、暫定四名、魔王討伐パーティが組まれた。


「――で、魔王はどうやって探すの?」

 コトハが僕に聞いてくる。いや、僕に聞くなよ……。

 ただ、知らないのはみな同じで、誰も答えない水銀のようにどろりとした重たい空気が流れ込んでくる。

「そうだな……」

 聞かれた対象である以上、何らかの言葉を返さなければいけないという義務感とともに僕は思考を加速させる。


「魔王はまず、何の目的で動いているんだ?」

 僕がそう疑問を提示すると――

「違うよ。そこを考えるのならまず、魔王はどうして魔王になったのか、ってところから考えないといけないわ」

 コトハが注釈を入れてくる。

「なるほどねー。よく考えるねーコトハちゃんもコウキくんもー」

 と、感心しているサーチさんが褒めてくるが、これはいったん無視して考え始める。


「魔王になるには――憎しみの力が必要なんだっけ?」

「そうね――その通りよ」

 コトハがなんだか曖昧な返事をしているな、と感じたのは俺だけではなかったらしく、スラックさんも首をかしげる。

 やがてスラックさんが気付いたのか――

「それは小僧、お主が一番分かっておるじゃろ――魔王であるお主が」

 そして僕も思い出す。

 そうだ――僕は今、この時点で魔王だった。

 正確には――魔王なりかけ、だが。

 何をもってして魔王になるのか、それを『憎む力』だと仮定――いや、断定するのならば、おそらく僕はさっきほど魔王になっているわけではないだろう。

「スラックさんー、コウキ君はまだ魔王じゃないですよー。あくまで魔王、『成りかけ』ですっ!」

 サーチさんがそこに細かい注釈を加えてくれる。

「コトハさんが助かって以降、魔王化の傾向が収まりつつありますー。まあ、魔王から元に戻った例と言うのはいくつもありますしー、大丈夫なんじゃないでしょうかー」

 そもそも、魔王と言う存在は、誰か一人の魔王が封印された時点で他の魔王は魔王ではなくなる――その強さを失うのだろう。

『世界の浄化』、とかいう自浄作用に洗われて、魔王は魔王たらしめる強さを失う。

 それが本来の姿だというのなら、きっとこの姿は歪なのだろう。

 歪に、歪んでる。


 コトハの顔が微妙に歪んでいるのは――きっとこれが原因だろうか。

 コトハの脳内ではきっと――私のせいでコウキは魔王になった――とか考えているのだろう。だから、意図せずに顔がゆがんで、今にも泣きそうな、そんな物悲しげな顔をしてしまうのだろうか。

 僕が慰めとして、「僕が魔王になったのはコトハのせいなんかじゃない」と言ったところで、彼女の気が落ち着くなんて事はないだろう。気休めにすらならない。そのことを僕に『意識された』という感情が彼女に追い打ちをかけるだろう。

 それに――実際問題、僕がこうなったのはコトハのせいではないけれど、少なくともきっかけはコトハにある。

 だから、その責任を――僕が負うべき責任を、コトハに押しつけているようだが――コトハには取る義務があるし、同じく僕にもその義務は負われている。負っている。

 故に――やはり魔王を封印しなければいけない目的は、きっとどこかに、一人一人誰もが持っている。


「話を戻そう――それで勇者は結局のところ『何を憎んで魔王になった』?」

 魔王が魔王たる理由の根本がこれだ。

「どうですか?サーチさん、スラックさん、何か勇者が憎んでいたこととかありました?」

「勇者が憎んでいたこと、かのぅ……」

「あーそうそう、あれじゃない? あれ」

 スラックさんとサーチさんは元勇者メンバーでソリが合っているのか、あれ、という代名詞だけで会話を完成させてゆく。

「ああ、あれか……なら納得じゃ」

「そうよね、あれよねー!」

 というか、勇者メンバーってなんでギスギスしてなかったんだろう。こんなサーチさんとスラックさんが仲がいい様子を目の当たりにしてすら、理解できない。

 どう考えたって、スラックさんとサーチさんは相性が悪いだろうに。


「敵を倒すことに夢中で、そんなことに気を割いている暇がなかったんじゃない?」

 コトハが僕の耳に口を近づけて、囁く。

 思っていた言葉が、口をついていたらしい。

「まあでもそれは――」

 僕は目の前で暗号のような単語一つで会話するサーチさんたちを見て思う。

「たしかに、そうかもね」

 もしかしたら、仲がよかったのかも知れないし、わるかったのかもしれない。

 でも、僕には関係ないことだな、と思考から除外する。


「――で、あれって何ですか?」

 僕が聞くと、二人は待っていましたと言わんばかりに口を揃えて、

「世界」

 とだけ、言った。


 世界を憎む――さて、その理由は?

 と、聞こうとしたが――聞くまでもなかった。

 その理由に思い当たる点はあるか――ないわけじゃない。

 僕は勇者から、『それ』に関する嫌悪感を、憎しみを感じなかった。

 感じれるほど近しい人間関係ではなかったということなのだろう。あるいは、憎しみを感じなくなってしまう位に、勇者は麻痺していたのか。

 あまりにも近すぎるが故に――あまりにも遠すぎるが故に――憎みたくても、憎めない。

 そういう葛藤があったのかも知れない。


 そう、勇者は『異世界から来た』人間だった。

 異世界から来た人間が――元の世界に帰りたいと思う気持ちは如何程か――ッ!?

 僕にはその気持ちは分からない。

「勇者は異世界からやってきた、っていう話を私は――私たちはよく聞いたわ。だからそう、勇者が憎んでいるのはそう、『世界』そのもの。魔王を斃しても元の世界に戻れない世界自身を憎んでいる――と考えるのが妥当ね」

 分からないが――考えるのなら、強引にでも理解おもうのなら。

 コトハと生きたまま別れ――別の世界に、周りも人も何も知らない世界にただ一人で突入する、そういうことなのだろうか。


「それって――すごく、辛いじゃないですか……」

 勇者に感情移入してしまった僕は、そう洩らす。

「そうね……。でも、世界を討つ方法なんて、ない。そしてまんまと彼は魔王になり、今こうして封印されようとしている。だから世界は醜悪よ。結局誰かが犠牲にならなければならない、そんな世界なのだから」

 サーチさんが言った言葉が、胸に滲み渡る。

 そう、僕らが封印することで、勇者は――魔王は犠牲になる。

「――なんで、そうなるんですか……」

「なんでって言われても――」

 サーチさんが紡ごうとした言葉を、しかしスラックさんが紡ぐ。

「それが、この世界の理だからじゃよ」

 スラックさんなりの優しさなのだろう。僕にこれ以上、非情な現実を突き付けることはない、というような意味なのだろう。

 だけど、僕は。

 そんなもの納得いかねぇよ……。


「この四人の中――誰が気付いているかわかりませんが、あの勇者が元の世界に帰れる可能性はゼロじゃありません」

「どういうこと!?」

 コトハが驚いて僕に聞き返す。

「言いたくはないですけれど――勇者以外の誰かを『魔王』として『封印』すれば、榊原さんは元の世界に戻れる、はずです」

 僕の言葉に――2人が、息を飲む。

 スラックさんだけが――気づいていたのか、苦虫をかみつぶしたような顔をする。


 勇者の存在は、世界にとっては『異常』だ。だから、世界の自浄作用が働けば――勇者が元の世界に帰れる可能性はゼロではない。

 そして注意すべきは『魔王』という言葉だ。

 魔王、と言うのはあくまで称号であって、『誰かを憎み過ぎたものに与えられる称号』であり、『悪事を働いたものに与えられる称号』ではない。

「それにまだ、榊原さんが悪事を働こうとしているかすら、僕たちは知らないんです」


 そう――だから僕は。

 何の罪もない人を、このまま封印してもいいものかと思ってしまうのだ。

 それゆえに礎。人柱。


 だから、勇者でもなく、僕でもない他の悪事を働いているような悪者を魔王として封印させることができるのならば、僕としてはそれが一番いい。

 でも――それでも。

 犠牲は絶対なのだ。そこだけは免れられない。


「それでも――魔王は魔王ですし、さあ、封印しに行きましょうか」

 そう言って、尚も僕は気丈に振る舞う。

 スラックさんの態度は変わらないがサーチさんとコトハのモチベーションがダダ下がってしまった。

 こうなることくらい予想できたのだから――言わない方がよかったか。


「――いや、封印しなくてもいいんじゃない?」

 ――コトハが、そう言った。



「はぁ? いやいや、封印しないとダメだろ。よもや斃したらコトハは死ぬかもなのに?」

 コトハがなにかひよったことを言い出し始めた。

「でも――勇者にだって理由はあるんでしょ? だったら封印しなくても――」

「魔王になる人には、みんな理由があるよ。でも、理由があったところで封印しない、ってわけにはいかないだろ」

「だけど今だって世界は平和じゃん! 逆に何で封印しなくちゃいけないの?」

「なんで、って――」

 言いかけたその時。

 僕は気づいた。

 コトハには――明確に魔王を封印する理由がない。


 誰しも慈善事業でないのだし、ほとんどの人間は自己中心的だ。

 世界平和のために魔王を封印しに行こうと言うような愚か者はこの世の中にはそう多くはいない。お金のためだとか、名誉のためだとか。僕でいうのならば、コトハのためだとか。

 そう言う目的を持たない人にとっては、向かう必要のない旅だともいえる。

「封印しないと、コトハの身が危ないだろ」

 僕は僕の目的を告げる。

「でも、それと勇者の封印とは関係ないじゃん!」

 だが、コトハも譲らない。

 元勇者パーティの二人は、僕たちの口論に口を挟む気はないようで、こちらをじっと見ているだけにとどまっている。


「じゃあ言おう、僕はコトハのために自らが封印されようとした。だから僕は『魔王』に『成りかけ』た。コトハ、君を救うためだ」

「そんなのコウキの勝手じゃない!」

 コトハにはわかったのだろう。

 次に僕が言おうとしている台詞――「だから僕が魔王になってまで取り戻したかった君の命を、君は救う義務がある」、という言葉を、コトハに投げかけようとした。

 ただ――そう。コトハから言ってしまえば、あまりにも冷たいが、僕の勝手な行動なのだ。

 コトハがいくら信じていると言ったところで、責任は僕にある。

 だけど――、

「そんな薄情なことを、本心から言えるような奴じゃないだろ、君は」

 感情的に、僕は説き伏せる。

 理論が駄目なら、感情論で。

 汚い手だろうが、コトハを救うために悪魔に――世界に一度身を委ねた。このくらいのことは躊躇しない。

「……そう、だけど。勇者じゃない他の魔王を封印しちゃダメなの? これでも勇者は私たちのパパやママ――引いてはご先祖様にとっての英雄なんだよ?」

 コトハが懇願の目をする。

 その瞳はビーム砲のような強大な迫力で僕に迫ってくるようだった。

 それを鋼の心で反射させ、言い返す。

「そんなにすぐに誕生するのなら、いいけどな」

 コトハの命は、この時点で風前の灯――いや、誰にもどのくらいまで活動できるか分からないのだ。

 だからこそ、僕は短期決着を望んでいるし、コトハがこの先動けないとなった瞬間、封印魔法を使える人材がいなくなり、コトハを助けられることはできなくなる。

 今の時点で、なかなかに綱渡り状態なのだ。


 だからこそ――ソリュードさんをそのまま殺してしまったと言う事実が惜しく、悔しい。


 コトハは黙りこんで――それでも決意が決められないようで、俯いたままになってしまった。

 結論が出ない状態で急かしても意味がないのは何となくわかる。

 だから僕は、それをOKというサインと見做して、先へ進む。



 ●○●○●○●○●○○●○



 そして僕らは――勇者(魔王)と対峙する。

 魔王は魔物を生み出すことができる――が、勇者はそれをしない。

「ようやく来たか」

 と、重い腰を上げて立ち上がる。

 どうやら僕たちが去った後もずっとそのままだったらしい。

 場所は雑木林――茫然自失となった勇者は、そこにいた。

 戦う理由を見いだせなかったその勇者は――僕からしてみれば、もはや見る目がない。

「勇者――あなたは一体何がために戦っているんですか?」

 僕は問う、その理由を。

「そうだな……なんでだろうな。もう疲れちゃってさ」

 勇者は力なく、その場に佇む。

「僕にはあなたがその剣を振るう理由が分からない――とはいっても、もう剣は持って無いみたいですけど」

「剣はもう捨てたよ。魔王になろうと決めた時にな。聖剣も俺なんかに使われちゃあ、可哀想だからな。そんなことより、身体の内から溢れ出る力がとまらねぇんだわ」

 あー……、勇者も『まだ』勘違いしてるのか……。

 だからその聖なる力ってのは――と訂正しようと思ったが、そんなことをして会話を引き延ばす必要もないなと考えなおして、僕は尋ねる。


「じゃあ、なんでソリュードさんを殺したんですか」

「ああ、あいつか。ソリュードは俺に嫉妬してたからなぁ……。やらなきゃやられる、と思ったもんでな。どうしたんだ少年、こんな所までそんなことを言いに来るためにやってきたのか?」

「いいえ――今やってきたのは、魔王であるあなたを、『封印』しに来ました」

 そう言った僕を見る魔王の目は、野獣の目をしていた。やらなきゃやられる、という言葉が、後から重くのしかかる。

「そうか……。これが魔王が故の宿命かな」

 魔王は薄く、ふっ、と笑うと、素手でファイティングポーズを構えた。

 魔王のその素振りを見て、スラックさんが後ろから俺をグイッと引っ張った。スラックさんは僕に目配せをして――といっても、圧のある強い眼力で僕を圧迫させただけだったが――コトハやサーチさんが待機する後列へと後退させた。


 魔王とスラックさんが互いに向かい合い、見えない大気が軋むように風がうねる。耳をつんざくその風を切る音は、まるで不快な高周波モスキート音のように周辺を跋扈する。二人が対峙したことで周辺の草木が枯れ果てることを危惧し始めた時、隣から声が上がった。


「待ってください!」


 その声の主はやはりコトハだ。

「やっぱり――こんなのおかしいですよ……あなたが今ここで戦っても、何の得もないじゃないですか!」

 だが、その言葉は木々のざわめきにまみれて無情にも悲しく響くだけだった。

 コトハの言葉は、確かに理にかなっている。

 だが。

 ここまで来てしまったら、理屈じゃどうにもならない。

 喰うか喰われるかの前には、理論なぞ関係ない。

 そこにあるのは力関係と生きたいと思う力。


「魔王だから封印されなければいけない、なんて、本当におかしいと思うよなぁ」

 魔王はそう言う。コトハは今にも涙が零れ落ちそうな瞳をぱちりと開き魔王の言葉に耳をすませる。

「俺も魔王を刈ってきた身だから何も言えないけどよ……魔王だから倒すべき、っていうのはあまりにも世界に傾倒しすぎた考えなんじゃないかって思うんだよ」

「それは……そうですね」

 コトハが、魔王の言葉に応答する。

 ただ、その顔はいきなりの問いかけに頭が状況を掴みきれないときのそれだ。

「だから俺は考えたんだ。この力を以って――世界を壊そうと」

「なっ……」

 コトハの口から声が漏れ出る。それは、コトハだけではない。僕も、スラックさんも、サーチさんすらもだ。

 何を言っているのか分からないが、とにかくすごいことをしようとしていることは何となく伝わってくる、くらいの感想しか抱けないのだが。

 それでも、その言葉は。

 荒唐無稽であることくらいは僕にも分った。


 スラックさんがファーティングポーズを解くのを見て、勇者も同様に戦闘態勢を解いた。高周波音は鳴り止み、木々のざわめきも落ち着いたような気がする。

「それは、どういうことなの?」

 コトハは勇者にその言葉の真意を聞く。勇者は、顔を上に向けて――空を見る。

「俺は今魔王になってしまって、俺を封印するしかこの世界の浄化をする方法はない、ってことはもちろん知っている」

 トップシークレットだろうと、俺は知っててもいいだろ、と勇者は付け加える。


「世界はそれを何十回何百回と繰り返して、この世界の安泰を保っている、っつー話だ。だが、考えてみてくれ。そんな『設定』がある限り、この世界は平和にならねぇんだよ。世界が魔王を生み出して、そのあとで勇者が生まれるような世界は効率がいいように見えて、よく見てみると『世界が世界を自浄』するために『世界が世界を汚染』する必要がある――って、なんかおかしくないか?」


 ――なるほど。

 世界が、魔王を出してそれを封印させる、というサイクルには、意味がないと。

 勇者はがっつり要約するとそういうことを言いたいわけだ。

「確かにおかしいが――それがなんだ? これ以上無駄な犠牲者を出さないためにも、とか、そう言う綺麗事を言いたい、ってことか?」

 僕は勇者にそう問いかける。勇者はそれが図星だったのか、おっ、と好感が持てるような反応を示した。

「そうだ。だから、俺がこの世界を『壊す』。だから、ぜひともお前らに協力してほしい。これは俺一人だけじゃできないんだ」

 勇者は俺たちにそう懇願する。真面目な顔をして、僕らの方を――僕を、見る。

 どうやら、このパーティを仕切っているのを僕だと勇者は見て判断したのだろう。そこまでの貫禄が僕にはとても出ていなかったと思っていたが、勇者の観察眼には頭が下がる。


 だが、僕が考えていたのは、全然違うことだ。

 たとえば、世界を壊せたとしよう。

 そしたら、コトハは治るのか?

 仮定上、コトハは勇者の奇跡――因果律の変更、によって生きさせてもらっていると言っても過言ではない身だ。

 ならば、ここで勇者を封印しないと決めた時に、コトハが倒れてしまう可能性だって十分にありうる。


「世界を壊す――というのは、どういう意味での『壊す』なんだ?」

 僕は勇者に聞く。

「そうだねぇ――それこそ、世界の『構造』を壊す。世界の思惑から、外れてやろうっていうことさ」

「じゃあ、その方法は?」

「ズバリ、『魔王』と『勇者』の共同作業さ。二つの力を合わせて――世界を砕く」

 二つの力を合わせて――世界を砕く?

 僕は頭の中で反芻した。だが、その言葉から具体性は見えてこない。


 この世界の仕組み――無駄が多くて、意味のないものではないのだけれど、それそのものを壊そうと考えた奴がいったい過去にどれくらいいただろうか。

 思いつきもしなかっただろう。

 僕のように。

 こんな酔狂な考えを持つような奴はいなかっただろうし――人類のほとんどは、まずこんな仕組みを知らなかったに違いない。


 世界は思考を持たない――これは、誰が証明するまでもなく、当たり前の『前提条件』だ。

 そして、ここがネックでもある。

 意志をもたない、以上、生きている――ないし、知性を持っている――ものではない、と言うことだ。

 生きているものなら、倒せば終わるのだろうが。

 それこそ、星は生きているとかいう概念的思考ではなく、生物としての『生きている』と認識できるのならまだ話は簡単なのだけれど。

 残念ながら世界は生きていない。

 動いている、だけだ。


 ――と、コトハはいう。勇者が僕たちに提示してきたそのアイデアを、真正面からぶった切るように、そのアイデアを最も歓迎しているのだろうコトハが叩き潰した。

 コトハとて、専門家の端くれらしい。


 だが。

 動いているだけというのなら――止めればいい。

 それがそういう機構と言うのなら、そんな機構は壊せばいい。

 これが勇者の主張だ。


「でももなにも言っても仕方がねぇ。やってみないと、分からないだろ? お嬢さん」

 勇者はそう言ってコトハを説き伏せようとする。

 僕にはそれが籠絡させているようにしか見えないのだが、研究者にとっては実地調査は心わき躍るものらしく、コトハはそのアイデアを承諾した。


 そんなやり取りがある間、僕はずっと考えていた。

 世界を壊したら――コトハは救われるのか?

 コトハをこんな風にしたのは、明らかに人為的な魔法。だけど、それを解除するには世界の自浄しか方法がない。世界が壊れると言うことは、それだけコトハの命を危険にさらすと言うことでもある。

 だが、そうでない方法なら、勇者ないし誰か他の人を犠牲にしなければいけないと言うことでもある。


 ――でもまぁ、そんな方法じゃコトハは納得しないだろうし、封印魔法を使ってはくれないんだろうなぁ……。

 僕はそう納得し、勇者のアイデアを採用することにした。



「でさ、勇者ってどこにいるんだ?」

 僕は魔王に向かってそう問う。もちろん、勇者ありきの作戦だ。魔王もそれを知っていた上での作s――

「知らないな……。だから君たちを誘ったんじゃないか」

 前言撤回。何も考えていなかったらしい。

「そんなにうまく勇者なんて現れるわけはないだろうし……」

 やはり封印するか? コトハをどれだけ説得できるだろうか。

 そんな考えに向かって頭が働き始めた瞬間。

「勇者がいないのなら――創り出せばいい」

 コトハが、口を開く。


「魔王になるキーワードは『憎しみの心』。じゃあ、それなら。勇者になるキーワードは?」

 僕の顔にびしっと焦点を当てて、コトハの指が僕を指す。

「……そんなものあるのか?」

「あるわよ。『憎しみ』の反対だから、『慈しみ』。慈愛の心溢れた者が勇者になる――というのが、私の仮説よ」

 仮説って……あのレポートでは魔王になるための条件がなんだったのかも分かっていなかったのにもかかわらず、こんな仮定まで導いてるよ……。順応が早すぎる。


「でもここに、『世界の欠陥』がある」

「『世界の欠陥』?」

「そう。魔王になるものが『憎しみの心』で生まれるなら、それと対峙する存在は、『慈しみの心』で充ち溢れたものが退治できる。でも、それ以外にも、はるかに度を越えた裏技がある」

 コトハは自信満々に熱弁を振るう。その姿はスポーツ選手が試合をしているときのような、指揮者が指揮棒片手に壇上に立っている時のような、輝きを伴っていた。


『慈しみの心』によって人は勇者となる――結構な仮説だ。

 コトハはそれが勇者になる条件だと言っているのだろう。


 そして、それを踏まえた上で。

『慈しみの心』なんて持たなくったって勇者になれる裏技が――遥かに度を超えた裏技があると、そうコトハは言う。


「それは勇者になれるのか?」

「どうでしょうね。とりあえず、今までにあった例は少ないわ」

「少ないってことは、ないわけじゃないんだな」

「あくまで伝承よ。信憑性ははるかに劣るけどね」


 勇者史を専門に勉強してきたコトハが、「今までにあった例」と言った。

 あくまで伝承でも、書物に書かれていると言うこと――それは、書くべきに値すると言うこと。

 伝承の食い違いより派生する嘘が書かれた文書もあるけれど、取り合えずコトハを信じて、僕は続きを催促する。


「いいんだ。その方法を教えてくれ」

「『憎しみ』の反対は『慈しみ』。では、『憎い』の反対は何か?」


 コトハは僕の回答を待つように、言葉をうんと溜める。

 僕は何も言わずに、コトハの方を見る。魔王も、サーチさんも、スラックさんも、この場にいる皆の視点がコトハに集まる。

 そしてコトハが、やがて柔らかそうな唇を持ち上げ――


「それは、『愛』。愛憎、と言う言葉もあるように、これらは対義語を意味している」


 憎しみ、の対義語は慈愛。

 でも。

 憎い、の対義語は愛。

 慈しむ心と、愛する心は別物だと――そうコトハは主張する。


「と言うことは……」

 僕は恐る恐るコトハに聞き返す。

 聞き返す前に、僕の脳裏を一瞬だけ嫌な予感がよぎる。

 確かに、慈愛の心を持つよりかは、よっぽど簡単で、親しみやすい感情だ。


「そう言うこと。だから、コウキ。さあ、私を愛せえッ!!」


『愛』。愛する。

 人を愛して愛して、おかしくなるまでに愛して、狂愛して、そうしたら勇者になると。

 コトハはそう言っている。


 コトハは叫ぶと同時に目を瞑り手を大きく広げて、僕を受け入れるというようなポーズをする。それはさながら銅像のように寛大な立ち振る舞いでしかも動かない。後ろから光輪のようなものが見えてしまいそうだ。

 僕がなにも反応しないままでいると、コトハは少しずつ顔を赤らめ始めた。

 と言うか耳がもう既に赤い。

 さっきまでいい具合に白かった頬が、熱のせいかほんのりと赤く染まっていく。


「なかなか鬼ですねー」

 サーチさんが僕の隣で一言ぼそっと呟いたかと思いきや、僕の背中を押す。

 背中を押されてバランスを崩しかけたが、なんとかその場に留まることに成功して、

「わかった、コトハ。これが世界のためだと言うのなら、僕は君を愛すよ」

 僕としては凛とした立ち振る舞いの中、コトハにそう言った。

 手を広げたまま待機するコトハは、僕のその言葉にどう対応しようか悩んでいるのか、「えー……」と小さな声が口から漏れた。

 それでも、コトハは目を瞑ったまま、その動作を止めない。そこだけ時間が止まったかのように、微動だにしない。

 まさかコトハの意識が昏睡状態に入ったか、とも考えたが、顔の紅潮が続いているので、そんなことはないだろう。



「なんて、冗談」

 僕はコトハに接近し、その華奢な体を抱きしめる。体の温もりが寒空の下とのコントラストでより暖かく感じるのは気のせいではないだろう。いつも近くにいた存在を、こんなにも意識することになるなんて、鼓動の高鳴りが止まらない。

 これは果たして、錯覚だろうか。

 コトハの顔を見やるも、その紅潮具合は収まらず、むしろ悪化しているようだ。このまま卒倒でもしなければいいのだが――と言ってもまあ、こんな風にしたのは僕であって。


 ……何より確信犯なのだが。


 人を愛せと言われて、そうそう愛せるものではない。

 そもそも、愛と言う感情は、自発的に起こすものではなく、偶発的に起きるものだ。

 だから今コトハを愛せといきなり言われたところで、無理難題なことではあって。


「そもそも、勇者になったかどうかなんてわかるものなのか?」

 俺は魔王に問いかける。魔王――とはいえども、元勇者だ。

 今では魔王でも、いつか誰かを愛していた時期があったのだろう。

「さぁな、俺の場合はここに来てからはずっと勇者だったからな……」

 魔王はそうぼやく。常にネームホルダーだった彼にはそもそも、関係ない話だった。


「勇者になったら、その槍もうまく使えるようになるだろうよ」

 何も知らない魔王は、いけしゃあしゃあと聖槍を指して僕に言う。

「あー……そう言えば『魔王』には説明してなかったっけ」

「何をだ?」

「『聖なる武器』はそもそも、魔王を倒すための武器じゃないって話」

「んなっ!?」

 魔王はなんとも情けない声を上げて僕を凝視する。

「むしろ、こういう槍を使っている限り、魔王は倒せないんだよ」

「っておいおい……俺は聖剣エクスカリバーを使って魔王を倒したんだがな」

 勇者は自慢げに腰元を見るが、そこに剣はない。


「それは一人で倒しわけじゃないからな。あとは異世界から来たとか言う圧倒的な力のせいか」

 勇者をどう見ても、筋肉隆々ではない。四十代男性の平均値そのものに近い体型をしている。

「そもそもだ、エクスカリバーを作ったのは誰だよ」

 これは以前スラックさんに話した内容の反復だ。だから、スラックさん、サーチさん、コトハは大人しく僕の言葉を聞いている。

「そりゃどっかの有名な職人さんだろ?」

 やれやれ、と勇者は首を横に振る。

 それに応じて僕も首を振る。

「エクスカリバーとか、聖なる武器には特殊な力があったりするから『聖なる』という言葉が接頭語としてついてる、っていう所までは理解は?」

「できてるよ、馬鹿にすんな」

 勇者はぶっきらぼうに言う。同じように首を振られたのが気に食わなかったのか。

 たぶんそういう問題でもないな。

「じゃあ、誰がその武器に聖なる力を込めた?」


 勇者に問いかける。そしてその返答はない。

 頭上に?マークが浮かんでいるようだ。


「魔王だよ。人間に聖なる力なんて扱えないんだから、となれば消去法で魔王しかない」

「魔法、っていう線はないのかい?」

「ない。この槍が魔法で動いているとするならば、それこそ魔力探知に引っかかる。だから魔王さん、これはあなたが持つべきですよ」

 持っている軽い槍を、そのまま魔王に投げる。

 無論、投擲と言う意味ではなく、投げ渡すという意味でだ。

 弧を書く様に重さ体感にして30グラム程の槍が宙を舞い、魔王はミスらずにきっちりキャッチする。


「ああー……なんだか、心なしかしっくりくるな」

「でしょう」

 体験したことがあるからぴったりフィットする感覚はよくわかる。


「そもそも――魔王は何を使って攻撃するんだと思います?」

「魔王にそれを聞くかよ……最初にあったころのイメージとは違ってだいぶ図太くなったな……」

 あきれ顔の勇者がこちらを見る。

 この二日間いろいろあったからそれなりに肝は太くなった気もする。緊張が成せる技なのかもしれないけれど。

「圧倒的な力――肉体的な、身体的な能力じゃないか?」

「じゃあ、その力は――聞くまでもなく、世界から与えられた聖なる力ですよね」

「……何が言いたい? 何を考えてる? さっきからお前の言うことが俺にはさっぱり分からないんだが……頭の螺子が1、2本とんじゃいねぇか?」

「何って――」

 考えてから、言葉を紡ぐ。

 ここにあるすべての視線が僕に集まる。

 林がざわめき、草が靡く音が鮮明に聞こえるようになる。みな、息すらも呑まない。

「世界の倒し方、の話じゃなかったんですか?」

 4人が、唖然とする。

 なぜそんな表情を向けられなければいけないのか、甚だ疑問だ。むしろ不安ですらある。

「そもそも――この世界の理論、いろいろおかしいじゃないですか」

 粗が有り過ぎる、と付け加える。

 魔王も皆も、愕然とした表情をしているだけなので、相槌も得られぬまま話を継ぐ蹴ることにした。

「当たり前だからってスルーしてるかも知れませんけど、魔王を倒す、ってところからまずおかしい。魔王が現れたから、倒さなければいけない――これは一体何故? 共存の道が得られなかったのかとか、そういう問題ですらない、封印云々ですらもない、『何故誕生する』?」

「だってそれは――世界が回らないからじゃない? 古くから言われている一説に、[魔王は一度世界を滅ぼし、そして新しい世界に生まれ変わる]という記述があるわ」

 コトハが、突っ込みを入れてくる。

 ――が。

「魔王は一度世界を滅ぼし――その理由は? そして、魔王を封印したらその滅ぼしたものもすべて元通りになるんだろ? それはおかしいじゃないか!」

「それをすることによって世界は幾度となく興亡を繰り返して――」

「だからおかしいんだよ。幾度となく魔王と戦ったとして、今の世の中は人間が勝ったとして――すべての犠牲が元に戻り、技術も元に戻り、なにもかもが魔王が現れる前の姿に戻って進化して戻って進化してを続けるとさ、どうなるかわかるか?」

 コトハとスラックさんが息を呑む。その二人の眼は驚愕を表していて、血を継いでいるんだなーとそんなことを考えてしまった。

 一方で魔王とサーチさんは訳が分からず、ぽけーっとしている。

「世界は魔王がいなくてもいても、何も変わらないんだよ。――だって、封印したら戻るんだもの」


 封印したら戻るのに――なぜ魔王は世界を壊す?

 宿命? もしかしたら壊しきれるかも、とか言う淡い希望?

 壊してどうする。

 そんなに強大な力を手に入れてどうする。


 そこに答えは――きっとないだろう。

「だから世界は――おかしいんだよ。自然であるにも理にかなってない――ならば」

 僕は言葉を紡ぐ。

「それは自然じゃないってことだ」




「自然現象じゃないものなら――いや、自然現象でさえ、壊すことはできるだろ?」

 そう魔王に問いかける。

 魔王は理解しているのかそれとも――理解することさえままならないのか、小首をかしげている。

「でもそれは、あまりにも一足飛ばしな理論じゃないかしら。机上の空論と言うか――」

「僕は今までもこうして生きてきたし、そもそもこの理論には意味がない。問題はそこじゃないんだ」

 そう、この理論はあくまでこのシステムが壊せるかもしれないということを無理やり理論でこじつけただけだ――そもそも、魔王を封印したらすべてが元通りになるとか言う馬鹿げた理論を前提条件にしなければ成立し得ないこんな世界は狂っている。

 世界が狂っているのか――この世界にいる僕たちが狂わされているのか不明だが。


「世界を倒す具体的な方法だけれど――ここで話はさっきのところに戻る」

 魔王の脳内はオーバーフローしていたようだが、ここでようやく意識が戻ってきたのか、僕の言葉に耳を傾けた。

「聖なる武器は魔王が力を挿入したもの――ならば、魔王以外がこの聖なる武器を使えたのか――と言うところに話が戻ってくる」

「どういうことだ?」

 訳が分からなくなっているのか、もはや魔王は半ば理解することを諦めつつも、僕の言葉を理解しようと足掻く。

 正直その姿勢は嫌いじゃない。どころか好きだ。

「魔王を倒すのに一番効率的なやり方は魔法師を育成することだ」

 またいきなり話が飛んだなぁ……とコトハが洩らす。

「魔法師を育成して、魔法をかければ、肉体攻撃しか使えない魔王なんて簡単に封印できる――けれど、それをするには時間もお金もかかるから、手っ取り早く魔王を封印するためには、魔王に『成りかけ』る、方が早いだろ?」

「はぁ?」

「魔王になったら力が湧いてくる――でも、さっき成りかけて分かったんだが、魔王になりかけの状態でもそれなりの力は湧いてくる。ならば、魔王になる寸前のところで魔王化を止めて、その状態で魔王と対峙すればいい」

 まあ、それ故にソリュードさんを殺したんだろうが、と付け加えておいた。

 魔王は、苦虫をかみつぶしたような表情をする。


「魔王だけが使える聖なる力を込めて武器を創ったのは恐らくそのため――自分を殺せない武器を創って、生まれ出る最強の勇者に持たせることが目的だったんだろうな。そうすれば魔王は殺されない――まあ、よく考えたものだよ」

「それが、いったいどう世界と関係するの?」

「ああ、大いに関係する。今の話を考えてみると――魔王の力で魔王は倒される危険性を孕んでいるということを意味しているんだ。つまり、『世界は欠陥を孕んでいる』。この話を着想として考えてみると――『魔王が魔王の聖なる力で倒せるのなら、世界は世界の力を使って倒すことができるはず』だ」

 話している内容を必死に理解しようとしている魔王と、理解しているであろう聡いコトハとスラックさんの反応があまりにも違った。

 魔王は呻き苦しみながら理解をしようとしているが、コトハとスラックさんは僕をおぞましいものでも見るような眼でこちらを見ている。

「お主……いったい何者なんじゃ……」

「何者、って、何物でもない、ただの一市民ですよ」

 にっこりと笑ってスラックさんに微笑み返す。スラックさんは少しばかり怪訝な目でこちらを見ている。その瞳の奥底には、恐怖と言う感情がありありと浮かんで隠しきれてはいなかった。


「なるほどね……それで、『魔王と勇者で世界を砕く』、という発想か――魔王も流石だな」

 魔王はその力を以って、世界の礎となり、勇者は魔王を封印する。そして世界は生まれ変わる――という一連の流れを、『逆に利用』した、と言うことのようだ。


 魔王に関しての記述はよくある。だが、勇者に関しての記述がない――と言うのも、勇者の存在意義が不明だからだ。魔王を斃したら後付けで勇者、と呼ばれるものなのかもしれない。


 勇者になるメリットがない。

 だから勇者は後付けで勇者なのか、あるいは。

 勇者だから、勇者なのか。


『魔王の力を魔王の力で倒せるのなら、世界は世界の力で倒せるはず』。

 ならば、世界の力とは?

 世界の力=魔王の力と考えてもいいのかも知れないが――この場合は少しだけ視点を移動させて、世界全体の浄化の力でかんがえてみる。

 世界を巻き戻すほどの力があれば、それは世界の構造を作りかえることだってできるのだろう。


 世界の力で?

 世界を変える?

 何を言っているんだとか、それ以前にこんな計画は荒唐無稽にも程があるとか言われてしまいそうだが。程程にするわけにもいかない。世界の存続が――否、コトハの存続が掛かっているのだ。

 世界は魔王が倒された時にその真価を表わす――のならば、魔王が倒されたと、世界に対して誤認を与えてしまうのはどうだろうか。

 世界を封印したと思わせて――実は封印していない。

 封印するための力が足りなければ――そこに矛盾が生まれる。

 矛盾が生まれた機構の行く末は――即ち自壊だ。


 と、まあここまではおそらくみんな思いついていることだろう。

 悩みあぐねている理由としては、『どうやって誤認を引き起こすか』だ。

 誤認、間違い、ミス、失敗。

 間違う方法は幾らでもあるけれど、意図的に間違えさせるというのならば、その数はぐんと絞られる。

 幾星霜の数から、それこそ一つや二つだ。


 ――と、ここまで考えてからの、魔王は言っていることなのだろう。

 違う可能性も大いにありうるが、そこまで僕は魔王を過小評価してはいない。


 世界の機構を壊す方法としては――『魔王の封印』を『した』ことを『誤認』させる。

 世界の元々の機構は、『魔王の封印』から溢れ出る力を使って、『世界を浄化』させる。

 ――そこで出てくるのが、『勇者の奇跡』だ。

『勇者の奇跡』によって、因果を逆転させ――『世界を浄化した』ことによって、『魔王の封印が起こる』、と言うことにしてしまえばいい。


 それ故に、『魔王』と『勇者』の力を合わせて『世界を壊す』。

 この奇跡が起こった時点で、世界は『世界を浄化した』と思いこむ――だから、『魔王の封印』をしなくても、結果だけが先行して起こる。

 そしてそのあと、魔王が封印される前に世界の機構を壊せばいい。

 ――と言う寸法だ。


 あとは、方法。

 具体的に壊す方法その弐。

 これはもう――何も言うまでない。

 封印しようとする筈が――その力の供給源となる魔王の封印の力が無い所為で世界が矛盾を起こす。


 これがすべての筋書きだろう。

 ――と、考えた末にみんなに話したら、全員に一歩引かれたんだけどこれはどういうことだろうか。


「やはり貴様――一市民ではあるまいな」

 スラックさんの瞳孔が開いてる。そんな敵意を前面に押し出されたような視線を向けられても困るんだけどな……。

 と言うか普通に市民だって。そこ否定されても困るんだけどなー……。

「――で、だから僕が勇者になって、奇跡を起こせばいいと、そう言うことなんだね」

「あ、ああ……そういうこと……だな」

 魔王が微妙な相槌を返してくる。

 そう言うことらしい。

「でもそれって、魔王一人じゃ駄目だったのか? 今でもコトハのように奇跡を起こせるんだから、全然大丈夫な気がするんだけど」

「できてたら誘ってねぇよ」

 魔王は自重するように笑う。その笑みは若干卑屈めいていて、酒飲みのそれに近いような気もする。

「ま、それもそっか」

 自分で聞いた質問だったが、適当に受け流す。


 空は蒼く晴れ渡っている。竹の葉が日光を遮り、地面を翳らせる。葉がざわめく音は、止むことを知らない。聞こえなくなったとしても、それは意識の外に出たというだけなのだろう。

 まるで砂糖菓子かのようなふわふわさくさくした地面を踏みつつ、魔王に背を向ける。

「わかった、じゃあ、また5日後くらいにここで集合。本日は解散!」

 そう言って、終了の合図を決めてから、コンクリートの道路に砂を撒き散らした。



 ●○●○●○●○


 吹き抜ける風はそこにはなく、お洒落な模様が象られた天井が僕の視界一面を支配する。ピンクに染められた壁紙と、ふさふさの柔らかい絨毯。砂が砂糖菓子のようならば、今度は砂漠のようなとでも言おうか。いるだけで吸い込まれてしまうような――蟻地獄のような。柔らかい毛並みに囲まれて僕は今寝ている。

 大の字になって、天井をただ見ている。

 近くには揺り椅子があったり、クローゼットがあったりと、明らかに物が少ない几帳面な部屋があった。ただし、机の上だけはいろいろなものが錯乱している。片付ける必要がないのか、片付けるまでもないのか。ただ、机の上も散らかっているのは周りだけで、真ん中に置かれている紙の上には何も置かれていなかった……気がする。

 いやだって今大の字に寝転がってるから。机の上とか見れないから。


 魔王はもちろん、サーチさんとスラックさんと一度別れ、僕とコトハだけコトハの家に戻った。

 まるでゾンビのような――というか、ゾンビ化した住人こそいるものの、多少奇怪ではあれどコトハの部屋にいれば気にするほどのものでもない。

 夜中とかに出会ったら恐ろしいんだろうな……。


 疲れた……。

 このまま眠りに落ちてしまいそうだ。

 でも、無理矢理心を静めて眠るなんていう高等技術を僕は持っていない。

 右手から伝わる柔らかい感触と温かさは、紛れもなく人の手。

 同じ絨毯の上で、僕たちは寝ている。

 隣にはコトハがいて、僕は今心臓の鼓動速度を上げながら天井だけを見て冷静に保つという結構な高等テクニックを使用しているところだ。


 もともと、コトハとの関係はこんなものだ。

 幼馴染、だから変な気兼ねは要らない。だから意識なんてしたことない。

 恋愛に悩む男子学生は多いって話は聞いたことあるけど、こういう風に恋愛に悩む学生って、そう多くはないんじゃないだろうか。


 愛ってなんだろう……。

 隣人愛? それは慈しみの心か。

 それでも勇者になれるのなら、それでもいいんじゃないか――って、無理か。


「コウキ?」

 隣から、声が聞こえた。天井を向いたままだったので、左耳にダイレクトに声が入ってくる。

「ん?」

「どう、何かつかめそう?」

「手しか掴めてないな」

「そうじゃなくて。面白くないし」

「……ごめん」

 なんだろう。

 なれない感じ――でもないんだけど。


 いつもどおり、というか。

 いつも、以上?


 ちぐはぐな空気が、僕たちを包む。

 甘ったるくて、でも棘があるような。


 それでも僕は――。

 何かを考えようとした。

 でも僕は、睡魔に襲われた。



 ●○●○○●○●○●○●○●○



 ――三日後。

「勇者って、『何なん』だ!?」

 僕は尋ねる。

「勇者? ……何なんだろうね。哲学?」

 仰向けになって隣で寝ているコトハが僕の質問に答えた。無論、仰向けになっているので声が微妙に届きにくい。

 床は固く――フローリング、と言うらしい――、そして冷たく、夏には快適な素材だ。とは言っても、僕はこの素材のことをよく知らない。勇者の登場とともに流れ出た新素材だ。


「哲学かー……案外そうかもな」

「でしょー」

 コトハは嬉しそうな顔をして床にキスをしていた顔をこちらに向ける。そんなに床が好きならべつに床を眺め続けていてもいいんだが。

 ――とか、そう思っている限り、勇者にはなれないんだろうな……。

「勇者、っていう定義の存在――とか考えてみると、意外とややこしい」

「ややこしい――んじゃなくて、分からない、んでしょ」

「そうなんだけどさぁ……考えれば考えるほど頭の中がぐちゃぐちゃになっていく気がして……」

 煮詰まっている、と言うことだ。


 勇者とは何か。

 その存在の証明。

 勇者と言う存在の意味。

 だから、勇者と言うのはそもそも何か?

 何が故に生まれてきた?

 勇者なんていないのでは――?


「わからん」

 僕は頭の中でふつふつと浮かぶ疑問を一旦隅に置きやり、ぼやく。

 何もしないこの平和な時間がいつまでも続けばいいのにと思う反面、こんな時間がいつまでも続いていたらきっと僕は堕落してしまうだろうとも思ってしまう。

 まあ、何はともあれ。

 コトハの身が完全でない以上、迂闊に行動ができない。

 迂闊に、と言うか。

 怯えてしまって。


 心が去る、で怯える。

 さっきの僕そのままだ――考えていることから、目を背けている。頭の片隅に考えを放棄してしまっている。

 もういっそこのまま時が過ぎてくれないだろうか。

 この幸せな時間を、コトハと一緒にいつまでも、どこまでも――。

 こう思っている僕は、世界に甘えているのだろうか。


「わからないよね」

 主語がない僕の言葉に、コトハは同意する。

「ほんとうに、分からない。当たり前のようにそこにあって――それでもそれは夜風のように消えてなくなることもある。そしてそれが当たり前」

 コトハはぶつぶつと何か言っている。

 言葉の意味を理解しきれなかった僕は、言葉を返さない。

 それでも、コトハが言う言葉を一言一句、耳の穴から聞き洩らさないようにする。コトハが言う言葉は全てをキャッチするつもりで。

「そしてそれは、誰にでも起こりうることで。選ばれたものだけにあるってことではなくて――問題は、それが相互関係だという場合のこと。問題じゃないんだけれど、でもどうなるかはわかったことじゃなくて――わかりきっているんだけれど……うーん」

 キャッチしてみたが、よく分からなかった。

 わかりきっていたけれど、分からなかった。

 分からないことでも、ないのかも知れないけれど。

 相互関係――相互関係?


 勇者。

 現状定義:『愛』をたくさん持つ者

『愛』とは?

『慈愛の心』でも構わない。


 恋愛、という観点で考えてみると――恋愛=相互関係。

 愛≒相互関係。

 個人が誰か一人――なんなら物でも何でもいい――に対して熱狂的になる事。

 愛と言うのは熱狂的になる事なのか?

 いや、違うんだろう。

 そうだとしたら愛と言う言葉はいらない。

 だから、『愛』と言う概念はその意味の最小値。

 1は1以上に小さくならない。


 だが。

 小数点的に考えてみる。

 受ける、に心。

 心で受ける。


「愛って、何なんだろうなー……」

 またしても僕はぼやく。

 ぼやくことしかできていない。

「愛? そんなの簡単だよ」

 コトハは、さっきの姿勢とは打って変わって――二つの意味で――起き上がり、その華奢な体を僕の上に重ねる。

「自分が思ってるすべて、だよ」


 もちろん、体を重ねると言ったって、密着するというわけじゃない。

 確かにそれに近しい――というか、そうなりそうではあるのだけれど。

 僕の上に四つん這いになって、天井を見ていた僕の顔から見て、影になるようになっている。僕の視界をコトハの顔が埋め尽くした。


「おい……コトハ……」

「いいの」


 コトハは、僕の言葉に耳を貸そうとはしなかった。

 拒絶はしない。


 コトハの軽い身体が、僕の上に――それこそ密着して――依りかかりそうだ。

 ふわっとした柔軟剤の香りが僕の鼻をくすぐる。

 口腔は唾液を分泌することも忘れて、開いたまま閉口できない。おかげで喉はからからで、背中から湧き出る汗が止まらない。


 どうしていきなりこんなことに……。


 妖艶な動きをしながらコトハは、どんどん重心を下げてきている。コトハの無いようである胸が、僕の胸筋と接地しようとする――


 ――とき。

 僕の脳裏に、一塵の揺らめきが起こった。

 風に吹かれた塵灰の様に、大小様々な塵芥が脳内を揺らめき、煌めき、輝き――揺さぶる。

 一つでは何の理論にもなりえない小さな記憶が、今。

 頭の中で一直線に貫かれていく。

 流砂の如く渦巻く記憶と知識の断片が、状況証拠と言う糸によって絡みつく。

 1鏑の投擲刀が塵を、砂を、灰を、纏めて掬い上げ、針に糸を通すように突き進む。

「愛って――」

 脳内で繋がりかけたその先端を――尖端を、言葉として空気上に音波と言う形で刺突させた。

 僕に対して跨りかけていたコトハはその艶美な動きを止め、地面に肘をついて体勢を固定させた。

「愛って、不確定要素ではあるんだけれど――その定義は個人で決めていいわけだから、つまり、『勇者になるのではなくて、勇者としての定義を決めればいい』。自分が思っている愛とは何かを自分で決めてしまえばいい」

 愛ってなんだろう、って考えた時に、そこに答えはない。

 人それぞれだから。

『人それぞれなら、愛と言う概念は変動可能なもの』。

 ならば。

『愛と言う概念を、別のものとして考えればいい』。

 たとえば、パフェが大好きという気持ちだとか。

 たとえば、虫が死ぬほど嫌いだとか。


 たとえば、コトハを救いたいというこの気持だとか。


 これは、『愛』。

 そう思い込めばいい。

 こう思う気持ちなら、誰にも負けない。


 そうすれば僕は、勇者になれる。




 勇者になるとどうなるのか。

 そもそも、この謎がいまだに解明されていなかった。

 勇者と言う前例は確かにあるのだけれど、それは意味上の勇者なのか、呼称上の勇者なのか、いまだによく分かっていないところが多い。

 そんなことをあの勇者――今では魔王だが――に言ったら、きっとこう返ってくるだろう。

「そんな人を未確認生物みたいに言うなよなぁ……」

 と。


 勇者であるとどうなるのか?

 魔王であれば力が際限なく湧いてくるというような明確な判断材料があるわけだが、勇者にはそれがない。魔王は最後の足掻きとして力を貸し与えられているだけなのだから、勇者にも同じような力が備わっているとは考えにくい。


 ならば、勇者は何を持つのか?

 弱小で群れることしか能のない人類と言う種族を束ねあげ魔王と対等に渡り合えるほどの力を持つ存在――ここまで考えてしまえば解ることだけれど、人だけの力ではない。

 確実に、世界による力の介入が行われている。

 世界から、何らかの力が勇者に対しても分け与えられている。


 では、何の力だ。

 因果逆転、だけではあるまい。

 そんなことをしても、魔王には勝てないし、封印なんてもってのほかだ。


 ……少なくとも、今まで出てきて来た既存の情報どれか一つは――嘘だろうな。

 魔王に関しての情報がトップシークレットだったんだ。勇者に関しての情報が大っぴらにされているというわけでもあるまい。

 嘘の可能性がある情報は――今の魔王が異世界から来たということ、魔王の能力、勇者の素質。

 こんなものか。

 榊原が異世界から来たかどうかはこの際問題にしないとして――魔王の能力に関する疑問点がいくつかある事が気になるな……。

 勇者に慣れる人物には、もしかして生まれながらの素質があったりするのか――とも思ったが、そんなことを考え始めたらきりがない。

 これがあれば、と言う仮定は星の数ほど作り出すことができるので、考えてはいけない。

 だが、僕が勇者になれていない原因はそこにあるのではないだろうか。


 だから、無理矢理勇者になる。

 愛と言う感情を別のものに置き換えて――コトハを愛する心が愛であるならば、コトハを守りたいという愛情抜きの純粋な心ですら『愛』と呼ぶべきではないか、という強引な発想の転換ではあるが――勇者になる。

 庇護欲、とでも言うのだろうか。


「俺の愛は――コトハ、お前を守ることだ」

「ふぇ!? いきなりどうしたの?」

 情けない声だ――とでも感じたのか、コトハは少しだけ頬を赤らめた。


「そして――」

 言葉を紡ぐ声が震える。

「もうこんな芝居はやめにしないか?」


「…………」

 コトハは何も答えなかった。

 静寂が部屋を包み、僕たちの微妙な距離感をそのままに、コトハはぴくりとも動かない。

 まるで止まってしまったかのように。

 でも、体を通じて伝わる鼓動の音が、コトハに異常がないことを確認させてくれた。

 繋がった点と点が間違っているのかも知れないという一抹の不安が脳内を駆け巡る。

「勇者にはなるけれど、『それでいいんだな』?」


「えーっと、ダメだね」

 コトハは、柔らかい笑顔でそう言った。

 僕の結論は、間違っていなかったことがどうやら証明されてしまったようだ。



「コトハ……お前は、いつから気づいていた?」

「さて、何のことかな? コウキは昔から、よく分からないことを言うよね。もっとわかりやすく、噛み砕いて説明してくれなきゃ分かるものも分からないよ」

「コトハになら噛み砕かなくても分かると思っているんだけれどな……」

 呆れつつ、最終的に僕の上に寝転がっているコトハに向かって言う。

「『勇者なんていない』、ってことだよ」

「漸く気づいたんだね、コウキ。でも、『まだその段階なの』?」


 まだその段階……?

 コトハの言っていることの意味が分からないのだけれど、きっとコトハは俺なんかのよっぽど先を――三十手くらい先を見据えて話しているのだろう。

 ここまで結構長々と、『勇者』だとか『愛』だとかについて考えてみたけれど、どうにもこうにも結論づかないというか、答えが出ないというか――辻褄が合わない。

 今までだって多少無茶苦茶な理論で――暴論で――無理を通して道理を通さずで通ってきたところはあるけれど、今回はそれじゃあ通らない点がいくつもある。

 そして気づくべきはコトハの言葉だ。

 コトハが、勇者に関することを一つとして言及していない点――これは明らかに、『不自然すぎる』。コトハが一般人であれば、これは不自然でも何でもなかったが――コトハは、そういう歴史の、プロフェッショナルだ。

 僕だってつい最近まで、というか昨日まで知らなかったけれど、歴史を研究しているということは本当らしい。

 そんなコトハが。

 この問題の解決に関して何も言わない。コトハの親はいまだに意識を取り返していないのにもかかわらず、だ。


 だから、コトハ自身も未だに答えが見つかっていないのだろう。


 勇者なんていない。

 その一言を告げることが、どれだけの重みになるか。

 期待値が高まっていた状態では、とても言い出せなかっただろう。


「そう――結局のところ、勇者なんていないのよ。あれはただ、民衆がそう呼んだだけ。そもそも変な話じゃない? 愛を持つ者が勇者だなんて。そんなことを言い始めたら、この世界にいるほとんどの人が勇者たりえてしまうじゃない」

 僕が言った妄言のような――実際妄想だったが――言葉が、コトハによる正論の前で粉々に打ち砕かれる。

 自信満々に言った言葉が、ブーメランのように羞恥心となって返ってくる。

 なんで僕あんなことを自信満々に言ってしまったんだろう……。

「憎しみの反対は慈しみだけれど、憎いの反対は愛しいなんだよ」

 ――なんて、詭弁にも程がある。


 ああ、顔から火が出るほど恥ずかしい。


 勇者なんていなかった。この一言に尽きる。

「じゃあ、コトハ。あの因果を反転させる能力って、何の力だと思う?」

「何って、魔王の力しかないじゃない。だって、あのとき既に榊原さんは魔王だったんでしょ。だったら、魔王の力しかないじゃない」

 そう――榊原は、あの時点で魔王だった。

 いつから魔王なのかは、明確でない。


 明確になってはいなかったのだ。

 この世界に召喚された時、普通であればこの時点で世界を思いっきり憎むだろう。これは僕の勝手な想像だけれど、一般的な考えを持っていればそうなるだろう。

 だから、当初から彼は魔王だったんじゃないか。


「じゃあ……僕はどうすればいいんだ?」

「そんなことが分かってたら、とっくに解決してるでしょ」

 僕はコトハのわかりきっていた正論を、耳をふさいで回避する。

 それほど重くないコトハを、僕の体の上からお姫様だっこの要領で退かし、大の字に寝転がる。

「このままこの生活を続けてもいいんだよ?」

「いや、こんなところで時間を潰してるわけにはいかない」

 もっと他にするべきことが、考えなければいけないことがあるはずなんだ。

 白く彩られた天井がただただ僕を見つめている。不思議な模様が象られていて、光の当たり加減によってのみその姿を現す装飾はまるで、白のカンバスに描かれた、白い絵のようだった。

 陰影のコントラストが、薄ら白く僕を眺めている。

「そんなに気張らなくてもいいんだよ?」

 天井に思いを馳せていたのを見て考え込んでいると勘違いしたのだろうか。

 ……というか、疲れているんだろうな。天井に思いを馳せる時点で、かなりの重症かも知れない。

「気張ってるわけじゃないさ。ただ……」

 言葉がつっかえてうまく喋れない。

 言語化できない気持ちを、どうにか言葉にしようとする。

「後悔したくないだけだよ」



 ひやっとした感覚とともに、冷気に晒されたドアノブを捻ると、空は青かった。

 白い影は一つとして目視できなくて、右から左へ透き通る風が僕のボタンシャツを翻す。コトハはその長い髪を抑えて、煽られないようにもう片方の手で慌ててヘアピンを取り出した。口にヘアピンを加えて、髪をきゅっと押し上げてセットする手慣れた手つきから日常を感じる。

 おそらく手入れされていたであろうコトハ邸に広がる苗木はまるで群をなすようにして統一性のある靡きを繰り返した。大きく息を吸うと、心地いいくらいに冷たい空気が肺に忍び込んで内側からその自然を享受させられる。

 コトハ邸から出た瞬間に目に飛び込むその光景は、その規模の大きさを視覚で認識させられる。

 ……っていうか、広いよ。


 とぼとぼと歩く足取りが、やがて億劫なものになるまではそれほどの時間を要さなかった。

 今までこの道は全力疾走で駆け抜けていくことが多かったが、ゆったりと歩くと思いのほか時間がかかる。

 聞けば、近くにある雑木林も実はコトハの家の領地らしい。

 いったいどこの大地主だよ。


 そしてそんな長々と続くコトハの家を抜けて、僕たちは落ち合わせ場所である雑木林に辿り着いた。魔王とここで会おうと約束した場所だ。

 白い柵で囲まれた雑木林だが、一部だけ柵が倒壊している個所があり、そこを乗り越えて僕たちは中へ侵入する。柵と言っても、羊を外に出さないために置いておくような牧歌的イメージのある柵なので、正直あってもなくても変わらないような気もするが。

 乗り越えた先は、針葉樹にも劣らない高さの木が生え並んでいる。地面には万年腐葉土が散らばっており、手入れが行き届いているという言葉からは正反対のものを感じる。葉の高さ的に掻き分けながら進むということはしないが、そこかしこの地面に落ちている長さ1メートルあるかないかくらいの枝が行く手を遮る事はしばしばだ。

 青く澄んだ空は木の葉の影に閉ざされて林の中からでは仄かな明るみを得ることくらいしかままならない。ここまで暗いとここで起きる犯罪件数が気になるところではある。


「待ってたぜ、どうだい。勇者にはなれたかい?」

 がさごそと葉を蹴散らしながら進んだその先にあった日の光が少しだけ多く取り入る雑木林の中のスポットライトが当たったところのような場所だった。たどり着くと同時に聞こえた渋い声はどこか期待に充ち溢れていて、僕は奥歯をかみしめた。

 噛み締めているのに――歯痒い。

 期待に添えられなかった辛さと、己の地震に対する羞恥心が雪崩のように押し掛けてくる。自分を過信しすぎたことが今回の敗因であって、コトハが言わなかったとはいえ、最初から気づいていたのにも関わらず聞いてあげられなかった。


 一度犯した失敗は、もう一度犯すわけにはいかない。

 そう肝に銘じて、僕は魔王に告げる。


「残念ながら勇者にはなれなかったし――そも、勇者なんていなかった」

 沈痛な顔をして、魔王は僕を見る。


 視線が酷く痛く――そして冷たい。

 期待していたのに、という眼。

 僕はゆっくりと、瞼を下ろした。


「まだ……方法はあるはずだ。考えてみよう」

 まっ暗闇の視界の中で、そう言った。

 怖くて、目が開けられない。これ以上魔王の姿を見ていられない。

 さっきまで生き生きとしていた魔王が、目も当てられないような瘴気に覆われているようで――痛々しいというか、傷ついたライオンのようだ。


 誰を励ますでもなく口をついたその言葉には、誰からも返事がなかった。

 風が荒ぶ音と葉の音が、今も元気に鳴り響く。


 慰めにもならない音だった。




 誰もがうすうす気づいているのだろう。

 この世界のシステムは完璧で、抜け目がないのだと。

 穴がないシステムに干渉する方法を考える、ということは空気を掴む、と言うことと同異議だということだ。

 いつだって触れていて身近なものだけれど――いざ干渉しようとしても、それは成立しない。


 仕組みすら分からなくて、不条理すら感じる。

 でも、抜け穴がなく、完成されているシステム。


 僕らにはどうしても、その壁を超えることはできないのか――。



「封印、かな」

 閉ざされた言葉が――封印していた言葉が、音になって大気を揺らした。

「――ああ」

 次いで、魔王も頷く。諦観した様なその表情に、僕は哀愁を感じざるを得なかった。


「ちょっと、二人とも!? 何言ってるの!?」

 僕と勇者の、空気を読んだような会話で成立した結論に待ったを入れてきたのはコトハだった。

 うっすらと目を開けて、見える視界には僕の隣にいたコトハが、僕の前に立っていた。


「結論が早すぎるよ! まだ時間はあるから!」

「そうだよー。ちょいとはやすぎはしないかなー?」

 コトハの意見に追従するようにサーチさんも口を出してきた。

「第一、私まだ生きてるじゃない! まだ考える時間はあるから。なんならこのまま現状維持でもいいくらいなのに……」

 その長髪を揺らして、僕の襟首のボタンをにぎりつつ縋りついて嘆願してきた。

 コトハの奥を見やると、サーチさんも同じように勇者の鳩尾に拳骨を入れていた。だが、勇者はその力の補正故かびくともしない。

 僕は犬を追いやるように力強く追い払おうとしたが、眦に水滴を溜めてちっとも視線をそらさないコトハを見てそんな力は抜けていってしまった。


「でもな、コトハ……」

 コトハの言い分もわかる。そして、それが正しいのかどうかは分からないが、僕の意見が利己的であり、誰かの犠牲の上に立っているのも知っているし分かっている。

 それでも、この意見がみんなを幸せにすることを知っている。


「なにかがあってからじゃ……遅いんだよ」

「コウキ……」

 僕の言葉の裏を読んだのか、頬を少しだけ赤らめた。


 この問題は、僕たちだけの問題ではない。

 世界を巻き込む、重大な問題だということを改めて理解しておかなければならない。

 今だって、病気で苦しんでいる人はいるし、今にも餓えてしまいそうな人もいる。

 魔王を封印することは、それすらも直してみせるし、治してみせるそうだ。

 魔王の邪悪によって壊されたものは全て元通りになる――それが人であっても。だが、けがや病気はその限りではない。だからこそ、この決断は早い方が好ましいし、少なくとも遅くする必要はない。

 コトハが死んで――昏睡状態に陥って――しまえば、封印する一つの手段を失ってしまうことになる。そんなことがあった時こそ、本当にどうしようもなくなってしまう。


「魔王、あなたはどうしたい?」

 俯いていて元気のなさそうな魔王に、僕は問いかける。

「俺か……俺は――この何もない世界で生きるのもいいんじゃないかって、思ったこともまああったがよ。それでも、元の世界を思い出すたびに不思議と涙が零れるんだ。もし俺がいなくなることで、世界が平和になるというのなら――」

「その先は、言っちゃダメです」

 僕の前にいるコトハが、魔王の方を向く。魔王もこちらを向いて、コトハの顔を見る。僕の位置からはコトハの顔は見れないが、おそらく微笑んでいるのだろう。

「どこでも言われていて、テンプレート極まりないセリフですが、あえて言いますけれど、自己犠牲なんて、やめた方がいいですよ」

 それこそ、誰しもが惚れてしまいそうな――月並みな表現だが、太陽のような――そんな、笑みなのだろう。


「自己犠牲なんてしたって、あなたのおかげで救われたかどうかなんて、あなたはわかりっこないんですから。そんなシュレディンガーの猫の話のような正義はやめましょうよ」

 死んでしまえば何も分からない――と、可愛い声で言う言葉は酷く現実的で冷めていた。

 目を醒ますくらいには、冷めていたのだろう。

「でも、死んだ方が幸せになれるんじゃないのかね……。昔の俺ならともかく――今の俺は、元の世界に未練がある身だ。だからこそ、死んだ方が俺にとっては楽なのかも知れない。自己犠牲っつーのも自己満足だが、それとこの世界の利害が一致するのなら、もう迷っている暇はないだろ」

 しかし、冷めているのは魔王も同じだった。

 コトハが魔王から視線を外し、僕の方へ振り向き、悔しそうに下唇をグッと噛んだあと、再び魔王に向かって向き直った。悔しそうにしているところを相手に見られてはいけないというのは交渉の基本だ。付け込まれたり、不安にさせてしまったりする。


「死ぬことが幸せ? それはまた……勇者ともあろうお方が」

 コトハがそう言った途端、魔王から怒気とも魔力とも言えない膨大な力が噴出した。

「……嬢ちゃん、覚えときな。人の幸せを笑っちゃいけないんだ。それが自分にとってどんな事であろうともな」

 コトハはそれでも、強がっているのか顔の筋肉を強張らせたりはしなかった。

「まあ、確かにそうですね。失礼しました――が、私は許しませんよ。何より、私はあなたに対して封印魔法を使いたくはないですからね」

 今更だが、コトハは魔王に対して敬語を使うんだな……。


「何なら、まあ俺一人でこっそり死んでもいいんだが……どうする、コウキ君よ」

 ――そこで僕ですかッ!?

 焦りを隠せていないながらになんとか態度を取り繕って、僕は思考を加速させた後に、

「――まあ、後少しだけ、考えましょうか」

 先送りにした。

 自分でも、これが悪手だと分かっていながら、だが。

 コトハを説得するには、少なくとも幾許かの日付が必要であるのはどう考えても明らかだった。


「仕方ないなぁ……。本当は、俺としてはこの選択肢を望んでいないんだが――君に希望が、可能性が残されているのだから、俺は従うほかないな」

 居合わせているスラックさん、サーチさんも同様に頷く。

「コトハも、それでいいな?」

 僕の真ん前で顔を俯けているコトハは、こくり、とさらに顔を深い深度に傾かせて承諾のサインを送ってきた。


「7日後だ。一週間後、またここで会おう――何、確かに急いだ方がいいとは俺も思うけれど、焦り過ぎても駄目だぜ。時間はまだある、落ち着いて考えるんだ」

 解散を僕が宣言したあと、魔王は僕の隣を通り過ぎてゆく際にそう僕に告げて去って行った。

 勇者的な格好よさとともに、絶大なプレッシャーに襲われて、呆然自失としてそこに佇むことしか僕にはできなかった。



 そんな帰り道、重たい空気が圧し掛かっているようだ。無言の中を、僕とコトハの二人はただただひた歩く。

 コトハが先導を切って、僕がそれに追従する形で追う。前に見えるコトハの背中は、気のせいなのかもしれないがいつもより小さく見えた。なにせ、元から小さいというのもあるが。

 こういう時にどういうことをすれば慰められるのか、僕にはイマイチ分からない。人生経験が貧困のようで、こういう状況に陥ったことなんてかれこれ一度もない。

 偏見に塗れた知識を披露させてもらうと、こういうときは後ろからそっと抱きしめてあげるのがいいとかなんとかどこかの雑誌に書かれていたような気もしなくもないが、それを実行する勇気がわかない。

 というかそれはセクハラじゃないだろうかともすら思ってしまう。



「……コウキ」

 おもっ苦しい空気の中で、コトハが僕の名前を呼んできたので、僕はふ抜けた生返事を繰り出してしまった。

「コウキはさ、どうすればいいと思う?」

「……どうすれば、って?」

 正直、質問の意図がよく分からない。話が抽象的すぎて、具体性が全く見えてこない。

「この後、どうすればいいんだと思う? 私のことなら、私が諦めればいいだけなんだけど、魔王が『死にたい』なんて言い出すとは思わなくて……」

「ちょっと意味が分からないんだけど……」

 愚痴を零したかったのかな?

 そう推量してみたはいいのもの、コトハが俺に何を聞いているのかはよく分からなかった。

「頑張って説得はしたんだけど、それでも駄目だった。私の言葉が届いてなかった、響いてなかった! ねえコウキ、どうにかしてあの人を救うことはできないのかな……?」

 どうにかして、か……。

「それは俺も考えてるけど……」

 しかしどう考えたところで結論は一つしかないのではないのかと思ってしまう。

 魔王を封印して、コトハを救う。それ以外に方法はない。

 コトハが求めているのは理想論で、しかし現実はそれを阻む。

 そんなにうまく世界は創られていないし、廻っていない。

 魔王を救う方法は何かと言われてしまえば、それは彼を封印することだろう。

 彼は言っていた。死んでしまえば幸せだと。ならば、彼を封印すればコトハは救われるし、魔王も幸せになる。これが最善手。

 最良手ではないけれど、わだかまりも残るだろうけれど。

 これ以上を求めるのは、傲慢で、世界に対して不遜だ。


 ――なんて、いつから考えるようになったんだろうなぁ……。


「じゃあ、他の魔王候補を見つけて、そいつを封印するっていうのはどうだ?」

 コトハはそれを聞いて、首を少しだけ傾け思考するようなポーズをとったものの、

「でもそれって、問題の先送りじゃない? それに、他の人を封印するというのも――そうね……犯罪者なら……うーん」

 コトハ的に納得がいかないのだろう、ぶつぶつ言いながら考え込んでいる。

「確かに、憎んでいるのかも知れないけれど……自業自得だし……冤罪?」

 コトハの独り言を聞いていると、その思考の中身が一匙ほどつかみ取る事が出来るんだけど……なんだか思わぬ方向に話がねじ曲がっている気がする。

「先送りとはいえ、勇者を救った後でもそれを考えるのは遅くはないわね。仕方ないわ、そうしましょうか。勇者の名前と私の家の名前を存分に使って政府へ圧力をかけましょう」

 なんだかすごい大事になっているというか……コトハがまるで悪役のように見えてきてしまった……。


 コトハにはそう言ったものの――僕だってまだ諦めきれているわけじゃない。そもそも、コトハにあんなことを言ったのは単なる『時間稼ぎ』に過ぎない。

 コトハはまだ気づいてないようだが――この世界、まだ仕掛けが隠されている。

 僕たちが気付いているようで気づいていない――『間違った真実』がこれまでの情報に隠されているハズだ……。

 でなければおかしい……明確な矛盾がある!



 思考が行き詰った僕は戻ってきたコトハの家で再び横に寝転がる。コトハは様々な人脈を漁りに奔走中だ。だから今この部屋には僕だけしかいない。コトハの部屋をまるで自分の家であるかのように我が物顔で寛ぐ僕を見たら家主はどう思うのだろうか。

 明確な矛盾は見つけた。でも、それはただ単に僕たちの認識が間違っていたというだけのこと。これではみんなを救う決定打とはなりえない。

 救う、ではなく、生かす、か。

 何よりもネックなのは魔王を元の世界に戻すこと。元の世界に戻すには魔王を封印しなくてはいけない。この時点でもう矛盾が発生してしまっている。これをどうにかしない限りどうにもならない。コトハを救うというのは、その問題解決の過程で自動的に解決するだろう。

 魔王を元に戻すのには、果たしてそれ以外の方法はないのだろうか。

「っていうか、何で魔王は転生なんてしてきたんだ……?」


 うーん。考えてみても分からないことはある。

 というか、そういうことばかりだ。

 世界なんて結局そういうもので――なんて、諦めるわけにはいかない。どんな無茶でも、しなくてはいけないときと言うのはある。僕にとって、それはきっと今なのだろう。

 事態はここまで単純化してしまっている。

 単純になればなるほど抜け穴は少なくなり、矛盾は減っていく。

 だったら事態を複雑にすればいい――のだけれど、そんな逆説は起こらない。僕に世界は変えられない。僕は何の取り柄もない単なる一般人だ。魔王みたいな力ももたなければ、コトハみたいな魔術ももたない。あんな超人たちに囲まれているのがおかしいくらいだ。

 それでも、コトハを想う気持ちだけは負けないと思ってここまでやってきた。でも、コトハを幸せにしてやるためにはまず勇者を救わなければならない。


 ――ああ、また堂々巡りだ。

 いったいどうすりゃいいんだよッ!



 ●○●○●○●○●○○●○


『聖なる光よ、此の御身を照らし給え』

 滔滔と紡がれる祝詞。

『際限なく極まれる光の残照よ、此の御身を照らし給え』

 文言自体はそう長くはない。

『呈等にして聾等なる銀の王よ、ゆめゆめ驕りが有らぬ様に』

 唱え終わるのと同時に、ぽわんと、自分の体から白いオーラが出ているのが視認できる。オーラが視認できるくらいの魔法を使ったということだ。

 やがて自分を取り巻く白い煙は薄い膜のようになって自分に張り付いた。可視化は出来るが、触れはしない。


 今の僕は『魔王化』の影響で力を手に入れている状況、らしい。

 とても魔王には追い付かないが、魔王になる可能性が高くなればなるほどその力が手に入るというあれだ。ソリュードさんが殺された原因でもある。


 そして、それがいけなかった。

 ソリュードさんを殺したことが、ここまで後に引いているだなんて。


 魔法はぺりぺりと体の薄皮がはがれるように僕から離れていき――やがて分身となった。

 可視化は出来るが触れない、いわゆる幻想だ。

「ありがとう、コトハ」

「ううん、このくらいどうってことないし、私からしてみれば簡単なことなんだけれど。でも、これをコウキがするの?」

「ああ、これを来週までに完璧にしなきゃな」

「分身の術を?」

「魔法を忍法みたく言うなよ……」

「でも、これを使うってことは何か危険なことをするってことじゃないの? そうでもないと、身代りなんていらないんだから」

 コトハの鋭い視線と洞察力がものをいう。僕の眼は金縛りにあったかのように微動だにしない。

「大丈夫、そんな目的じゃないさ。もっと単純で、一般的な使用法だよ」

「ごまかしが下手すぎるでしょ!」

 そもそも一般的な分身の術ってなんなの!? とさらに突っ込まれてしまった。

 確かに分身の術を一般的に使うシチュエーションが見つからないな……。

「まあ、単純に使うっていうのは正しいから。大丈夫!」

「よくそれで信用されると思ったわね!」

 コトハの激昂が飛んできた。これ以上やりとりしても教えてもらえそうにないから、そろそろ切り札を切る事にする。

「なら、サーチさんに教えてもらうよ……」

「えっ!?」

 僕が切り札を切ったとたんに、さっきまで強気だったコトハが道をたどれなくなった蟻のようにおろおろし始めた。

「いや、でも……」みたいなことを言っているようだけれど、声が小さくて僕には聞こえない。聞こえているけれど、聞こえていないふりをしている。

「私を頼っても……いいんだよ?」

 コトハの妙なツンデレが炸裂するが、僕は気にしない。

「え、なんて?」

「…………」

 分かりやすく顔を赤らめているとしているコトハが、ついに何も言わなくなってしまったので、微笑みながら僕はコトハに言う。

「冗談だよ、よろしくね」

 コトハは顔をふと上げて、とびっきりの笑みで「うん!」と頷いて、何も聞かずに僕の特訓に付き合ってくれた。



 ○●○●○●○●○


 四面を取り囲む障壁は何一つとしてなく、ただただだだっ広い広場だった。

 地面には朝露の名残を含む柔らかい芝生が太陽に照らされて煌めいている。一歩でも歩くと地面の弾力性に圧し返されて自然の強がりを感じる。

 今回は、コトハ邸の裏庭に集まってもらった。天気は快晴、雲一つない青空が広がっている。


「さて、準備はいいですか?」

 僕の問いかけに、様々な声が呼応する。

 サーチさん、スラックさん、コトハ、そして、勇者榊原。

 コトハは封印魔法のために。

 榊原は元の世界に戻すために。

 サーチさんは魔法援助のために。

 スラックさんは生き証人だ。

「本当に、大丈夫なのかよ?」

 勇者の皴がれたダンディな声が僕の耳に届く。この声が聞くのも最後になるかと思うと、少しだけ感慨深い。

「一応、大丈夫なはずです。失敗したら、それまでですしね」

「失敗する、だなんて不吉なことは言わないでくれよ。 こちとら願掛けで朝からカツ丼食ってきたんだからよ」

「まったく……あなたはいったい何に勝つ気でいるのかしらねー」

 おっとりしたサーチさんは今が勇者との最後かも知れないというのにもかかわらず、調子を崩さない。勇者パーティと言うだけあって、流石は肝が据わっている。

 それとも、やはり無理だと踏んでいるのか。

「せっかくなら、『帰る』に掛けて『蛙』でも食べたらよかったんじゃないのかのう」

「カエルなんて食べたらそれこそリバースしちまうじゃねぇか」

 はははっ、と二人で笑っている。

『かえる』と『還る(リバース)』をかけているということに気付いたのはもう少し後だった。


「少年、お前にも迷惑かけたなぁ……。任せっきりで、済まなかった」

「いえ……こればっかりは、利害の一致ですからね」

 僕はコトハを救いたい。勇者は世界に帰りたい。それが一致しただけ。紙切れの上でも出来そうな薄っぺらい関係だ。

「なんにせよ、ありがとうな」

「それは、帰ってから言ってくださいよ」

 なんとも臭い会話だが、こういうシーンで言いたくなる人の気持ちがわかる気もする。

 〆位は王道で行こう、最後くらいい別れをしよう、と考えるとこのくらいの使い古された月並みのセリフくらいしか出てこないものだ。

 様式美とでも言うのだろうか。

 死亡フラグでなければいいが。

「本来なら、何かものを託すべき場面何だろうが、あいにく俺は力以外の何物も持って無くてな。力だけなら、あまりあるほど持っているんだが」

「それだって、借り物でしょう。借り物なら、きちんと返さないと」

 世界から借りた力。今回に至っては、恩をあだで返すような感じになるのかも知れない。

「借りたくて借りたわけじゃないからな。持ち逃げできたら世界にぎゃふんと言わせてやれるんだが」

 勇者は明るく笑みを零したが、その視線の先は僕ではなく他のどこかに――いや、きっと世界に――向いていた。

「コトハの嬢ちゃんにも、礼を言わなきゃな。感謝する」

「いえ、私は……」

 コトハがその礼を辞退しようとするも、その前に勇者の言葉が続いた。

「コトハの嬢ちゃんに至っては、俺の連れが迷惑をかけちまった。それで今はそんな不安定な状態にしちまってる。本当に申し訳ないが、後少しの辛抱なハズだ」

 勇者は、それきりコトハに何やら耳打ちをした。

 そのあと、コトハは赤面して、「は、はぃ……」と頷いている。

 何を言われているんだか。


 ――予想ができないほど初心うぶではない。

 その予想を口に出せるほどうぬぼれてもないが。



「さて、改めて、準備はいいですか?」

 僕はみんなを見回して問う。

 今回はこくりと、神妙な面持ちで頷くだけだった。




「じゃあ、コトハ、お願い!」

 互いがそれぞれ勇者から少しずつ離れた距離で見守る中、僕は勇者の隣に立ち、最後まで近くで見届ける。

「う……うん! 行くよ! ……どこに?」

 コトハはかくん、と首をかしげる。目が小さい丸のようになっていた。

 見ていて甚だ不安になる光景ではあったが、僕が場所を指定すると、コトハの本気の目になった。



「封印:――――」

 僕が指定した――勇者の目の前に封印魔法が出現する。

 煌びやかなこの世のものとは思えないほど神秘的な光の粒子が束になって表れる。

 勇者が、その光の輪の中に入ろうとして足を踏み入れる前に――。


「分・身!」

 僕が持っているだけのありったけの力を魔法に注ぎ込んだ。

 腕が持っていかれそうな位に引っ張られるッ!

 地面に放った魔法は、僕の意思通りに影からもう一人の人影を創りだした。

 日が完全に上りきっているわけでもない朝、東から昇る太陽に照らされて人物の西側に影ができる。


 そして、その影は『魔力で構成される』。なにせ、魔法で創り出した分身だ。魔法を使うのに魔力がいらないなんて事は、当たり前だが、ない。


 そして、四面が囲われていない広々とした空間。

 僕の魔力の最大値は、『魔王化』したことにより急上昇している。

 ソリュードさんが殺された原因ともなるものに、僕は一週間と少しほど前、もう既に手を出してしまっている。勇者と出会ったときに、『魔王』になりかけていた。

 だから、『魔王化』の力によって、勇者ほどではないにせよ、尋常でないほどの力が引き出される。

 肉体は普通の人間、魔力だけが平均を軽く突破――人体がついていけるとは思えないほどの苦しみ、と言うわけでもない。

 コトハを喪うことに比べてしまえば――こんなもん、痛くも痒くもないッ!!


『影』から、分身がすっくと立ち上がる。立ち上がっただけではなく『肥大化』してゆく。


『勇者榊原』の『分身』が。




 封印魔法が色濃く光る。淡い黄色だった光は、気がつけば目を背けたくなるくらいの光が放出されていた。辺りは晴れているのにもかかわらず、光が眩く輝きすぎているために、まるで暗闇の中で焚火を焚いているかのような錯覚にも陥りそうだ。気を抜くと網膜が焼け焦げてしまいそうな、色彩感覚がおかしくなってしまいそうな、しかし、どこかやさしい温かみがある、そんな光だった。


「これは……ッ!?」

 勇者が驚愕の表情で黒い分身を見やる。自分の体型を丸々コピーされたものが自分の影の中から現れたらそれは驚くだろう。一方で、予備知識があるのかサーチさんとスラックさんは何も言わずにこちらを見ている。

「これは分身の術です」

「忍者が使うとかいう……あの?」

「まさか。魔法ですよ」

 勇者の影から出現させた黒い影は、やがて色味を帯びてくる。少しずつ情報が更新されていって、うっすらと色づいてくる。この瞬間だけを切り取って見ると、人間が構築されていく様子そのままなので、結構怖い。不気味の谷現象の真っ最中のようだ。

 やがて、見目そっくりそのまま勇者の着ている服、武器、肌の色、傷痕まで完全に再現された。


 そして完成させた勇者のコピーを、封印魔法の魔法陣の上に押し込む。

「まさか、勇者の分身を封印させるつもりですか?」

 サーチさんが何かに気づいたように言う。僕の思惑に気がついたのか、あるいは。

「そう。そうすれば、誰も犠牲にならないしね」

 のうのうと質問に答えるが、サーチさんは不思議そうな顔をして首をかしげた。

「でも、それじゃあ魔王が封印されたことにはならないんじゃないですか? あくまで分身は『魔法』であって本体じゃありませんし……」

「確かに、これは分身魔法で、本体は魔法陣の上にはいない」

 僕はそこで言葉を切る。

 それから息をすうっ、と吸って、


「なんで封印に本体が必要なの?」

 そう問いかける。


「人柱? 生贄? 犠牲? そう言う言葉を資料の中で僕はたくさん見てきました。ものすごく資料の数は少ないんですけれど、一貫して言われていることは、この世界のシステムについてです。『魔王を生贄として、その力を使って世界を浄化する』、この一言が世界において明記されているたった一つの真理です」

「それは分かっているし、だからこそそう言う話を何度もしたつもりだけれど?」

 サーチさんは当たり前、と言ったように僕を見る。

 そんな真理はこの間本を見て初めて知ったんだけれどなー……。

 トップシークレットとして秘匿されているのに一介の高校生に知れるわけがないだろ! と思いながらも、サーチさんはそこまで頭が回る人でないことを思い出して言いたい言葉をぐっと静める。

「この文言を見る限り、世界に必要なのって、魔王じゃなくて『魔王の力』ですよね? だったら力だけを封印すればいい、はずです」

 誰も犠牲にしたくない。

 そう考え抜いて編み出した抜け道が、分身の術だ。

 正確に言うと、分身魔法。

 使用者の魔力を注いで、対象者の分身を創りだす。魔力が大きすぎて使えるような人はあまりいないらしいが――魔王化、魔王になりかけている僕だからこそできたことだ。


「簡単に言うと、分身に身替わりになってもらう、と」

「そう言うことです」

「でも、それなら失敗するわねー」

 サーチさんが、悲しげな表情で僕を見る。

「だって、そこにつぎ込まれているのは、『魔王』の魔力じゃなくて、『魔王化したコウキ』の魔力でしょ? 魔王と魔王化って、言葉が似ているだけでぜんぜん別物よ。魔力の質もサイズも全然違うわ」

 魔王が本物で、魔王化は魔王の鳴り損ないだ、とサーチさんは告げる。

 魔王になりかけているから、魔王化。

 スラックさんは、そのせいで殺された。

 勇者の早とちり、と言ってもいい。

 まあ、勇者を罠にはめようとしている時点でそれは仕方のないことだとは思うけれど。

「ええ、ですから――封印は失敗して、世界は浄化されません」

 そもそも浄化させる気はありません、と僕は付け加えた。


「どういうことだ!?」

 一番にその言葉に飛びついたのは勇者だった。

 しかし、ちょうどいいタイミングで封印が終わったようだ。神々しくも荘厳に輝き続けていた光が、止まった。

 光が止まる、この表現に違和感を覚えるだろうけれど、しかしそれ以上の表現が見つからない――しっくりこない。


「何が起こっているの……?」

 コトハが不安そうな顔で空を見上げる。

「おそらく――封印条件を満たしたけれど、封印条件が満たされていなかったんだろうな」

「ごめんよく分からない」

 流石に今の説明は悪かったと反省し、言葉を換える。

「必要条件ではあるけれど、十分条件じゃなかったんだよ。つまり、世界を浄化させるための用意はそろったけれど、実行に移すだけの魔力がない――ガス欠ってことさ」


 封印魔法によって封印された形跡を確認し、実行に移すが、魔力が足りない。

 だから、中途半端に止まる。


「そもそも、魔王、って言葉自体があやふやになってた。魔王って、ついうっかり何人かいるものだと思い込んでいた節があるけれど、よく考えたら、『世界から選ばれた生贄』を魔王って呼んでるんだよ。これって、『魔王は一人、ないし少数人数』ってことで、自ら名乗ったところでそれはあくまで偽物なんだ」

 自称:魔王。

 世界から認められた魔王とは明らかに違う。

 世界から生贄として選ばれた魔王とは、それこそ『格』が違う。

「偽物?」

「そう、偽物。たとえば、僕とか、ソリュードさんとか」


「サーチさんとか、コトハとかも」


 僕はそう断言した。

 みんな一様に首をかしげている。

 言った言葉の意味がよく分からないというような――理解するのに時間を要しているというような、そんな顔だ。


 魔力って、そもそも世界から与えられた力であって。

 負の感情による力の権化が「魔法」と言われる代物であり、僕らが今使っている魔法と言うのは、少なからず皆『魔王化』しているという――ただ、それだけの話に他ならない。

 だから、「魔法使い」と分類されるような人たちは、みな一様に「魔王化」していて、世界から魔力をもらっていたというだけのことだったんだ。

 世界によるマッチポンプ。

 一言で表すのならこういうことだろう。


「お、封印魔法が完成するみたいだね。何にせよこれで一件落着かな」

 締めの一言の様な清々しい気持ちで僕は呟く。

 魔法陣がから漏れだす光はやがて止み、残った場所には勇者の影――コピーが、『実存するものとして』佇んであった。

 一言で表すのなら、ドッペルゲンガーと言う言葉が相応しいだろう。


 僕は勇者の生写しに手を当てる。

「榊原さんはここに手を当てて魔力を送り込んでください」

 勇者は僕が言ったとおりに、人形に手を当てて膨大な力を流し込む。

「これは、何をしているの?」

 遠くから傍観しているだけのサーチさんが、恐る恐る口を挟んできた。

「何って、人工的な封印です。魔王を象った生贄に、魔王の魔力を流し込む。これをするだけで、資料に書かれていたことはすべてクリアできます」

「でも、必ずしもそれが正しいってことはないんじゃないの!? 何より、裏付ける証拠がないわ」

「証拠なんて要りませんよ。成功したらうまくいったで、失敗したらそこまでなんです。だから僕らは結局、出鱈目に自分の身を委ねるしかないんです」

 仮説を組み立てても、証明のしようがない。チャンスは一度きりで、しかもタイミングは限られている。その一度のチャンスを、どれだけ可能性の高そうなものに使えるか、と言う話だ。

 確実に成功させたいのなら、犠牲を出す、という選択肢もあった。ただ、それを選んでしまった時点でもう負けは決まってしまっている。


 何が負けで何が勝ちなんだ? 誰と戦っているんだ?

 コトハを救えれば勝ちじゃないのか?

 それ以外の勝利条件があるとでも?


 僕の中で繰り返された自問自答。

 でも、そのすべては理論的に崩された。

 コトハを救えれば勝ち。でも、コトハ『も』救われなきゃ意味がない。

 コトハを救うには、勇者を封印すればいいだけ。

 コトハ『も』救うには、勇者を封印したら――誰か一人でも犠牲を出したら、コトハは救われないだろう。彼女自身が、彼女を拒むだろう。

 誰かの身の上に成り立った幸せなんて幸せじゃない。

 そういうことを言うのだろう。


 現代社会に生きている彼女は、今この時点でたくさんの人の犠牲の上に成り立って生活しているということを理解しているのだろうか。

 いや、こんな理論じゃないのだろう。

 感情論として、自分の前で起こる犠牲は出してほしくないのだろう。

 あくまで一人の少女で、僕とて一人の少年で。

 そこまで冷酷で残忍になれるかと言われれば、はっきり言って不可能だ。


 コトハ『も』救うには、他の誰しもを救わなくてはならない。

 それが勝利条件で、それ以外は敗北。

 誰に対しての戦いか?

 自分に対して? 限界との闘い?

 ――違うだろう。

 頭のおかしいシステムを考えた『世界』とやらとの、Vs.『人類』での一騎打ちだ。

 その中の代表戦――他称:『魔王』率いる人間と、どこまでも理論的でシステマティックな世界に対する余りにも不遜な挑戦。


 その火蓋が、今ここに切って落とされた――なんて、格好つけて騙ってみたはいいものの。

 あまりにもリスキーで勝ち目の無い闘いすぎやしないかね?


 誰かが一人――この場合は人物は特定されるけれど――が犠牲になってみんなが助かるというハッピーエンドならぬトゥルーエンドがこうも大々的に提示されておきながら、バッドエンド90%越えの危険ルートを通るっていうのはなかなか感心できることじゃない。


 ただ、リスクがないとはいっても、予想ならもうそろそろ――。


「大変じゃ!」

 スラックさんの声が後ろから聞こえる。

 予想として、織り込み済みだ。

 何が起こったのかは、振り向かなくてもわかる。

 分かりたくないが、試算の途中でその可能性があるということは認識していた。

「コトハが……止まった!」


 勇者がその生贄に魔力を注ぐ。

 それはつまり、勇者が使えた分の魔力を、生贄を通して世界に変換するということでもある。

 勇者が因果を逆転させ、生かしていたコトハを支えることができなくなった。

 だから、コトハは止まった。

「どうするんじゃ!?」

 スラックさんは慌てふためいている。

 それもそのはず、確かスラックさんはコトハの伯父だったはず。自分の兄弟の娘が目の前で倒れたらそりゃ正気じゃいられないだろう。

「……どうしようもないです。そのままゆっくりと横にしてあげてください」

 僕は力なく、スラックさんに告げた。スラックさんの表情は見れないが、唖然としていることは間違いないだろう。

「これも……予想の範囲内だとでも、言うのかね?」

「はい。これも想定内です。ですがスラックさん、心配しないでください。コトハは僕が、救います」

「……信じておるぞ」

 スラックさんの無駄に迫力のある覇気が僕の背中越しに感じられる。

 その期待にこたえられるように――何より自分の期待にこたえられるように、一分のミスも許されない。


「榊原さん、もっと!」

「わかってるよぉぉ――ッ!」

 勇者の分身に注ぐ魔力が可視化できるほどに膨らんでゆく。人体にこれほどまでの魔力を詰め込むことができるのかと僕は唯驚愕するばかりだった。

 まるで膨れ上がった膿のようにため込んだ魔力を嫌と言うほど放出している勇者だったが、しかし勇者が魔法を放出するにつれて彼の存在もまた薄くなっていった。

 不透明度がどんどん下がっていくような――魔力が吸われていく比率に応じて、確かに薄くなっていく。

「どうなってるんだよこれは!」

「魔力を注ぐ手を緩めないで! 大丈夫です。死にはしません」

 これは、生贄が魔法の力全てを注いだ場合に起こる、魔力枯渇。

 だが、勇者と言う存在――榊原と言う存在はそもそも異質なものである。

 異世界から召喚された勇者。

 異世界からその体を呼び出すことはできなかったのか、僕にはその辺は分からないが、彼の身体がどうやら魔力『のみ』で構成されているということがわかった。

 これはサーチさんも同様に気付いたようで――

「そんな! このままじゃ勇者が!」

「俺がなんだって!?」

「――ッッ!!!」

 口どもるサーチさん。

 こんな状況では、何も言えないだろう。

 魔力を完全に注いでしまったら、存在そのものごとこの世界から――この世から消えてしまうだなんて。

「大丈夫ですよ、榊原さん。何か有ってもサーチさんなら上手に対処できます。なので榊原さんは魔力を注ぐことだけに集中してください」

「お……おう、分かったぜぇ!」

 とりあえず勇者の気を集中させて――それから僕はサーチさんにキッ、と強い目力を込めてアイコンタクトをとった。アイコンタクトと言うよりは、脅しに近いけれど――何も言うな、と言う意味の目配せだ。

 魔王の身体がどんどん薄れてゆく。

 傍観することしかできない僕たちは――自分のことを不甲斐なく思うだろうか。

 だとしたらそれは筋違いだ。

 これは魔王に課せられた試練であり、犠牲。それを僕たちが請け負う必要なんて元々ないのだから。

 だけど、それでも――。

 コトハとは、引き換えにできなかった、と言うだけの話だ。


 魔法陣の光が、やがて一定になる。

 それに伴い、魔王から引き出される魔力が弱まっていき、次第に――

「止まった……?」

 ほぼ幽霊化している魔王の身の透明化が止まった。それと同時に魔法陣も完成を迎えたようだ。

「これが魔法陣の――魔王の限度なんですよ」

「何を言ってるんだ?」

「見ればわかります。今から始まりますよ――世界の『浄化』が」


 僕が言葉を切るのが早いか――魔法陣から、ふしぎな波動が噴出された。透明色で、視認がほぼ不可能な、空気の膜のようなものが、一瞬で僕らの体を通り過ぎてどこか遠くへ向かう。

 魔法陣を中心として、輪が広がってゆく。

「これは……!?」

「説明不足でいろいろすみませんでした。それでも、これはどうやら、成功みたいですよ」

 にかっ、と笑って僕はみんなの方を向く。

 全員、見慣れない現象と、今起きていることが把握できていないようだ。だが、それでもみな一様に緊急事態に備えているのか、臨戦態勢を維持している。

「どういうことか、説明してくれるかしら?」

「それは、私も聞きたい」

 サーチさんとコトハは、神妙な面持ちで僕のことを見た。

「世界の浄化、と言うのは、魔王を封印して『その魔力を使って』世界を元の通りに戻す、という大規模な魔法です」

「そこまではわかってる。分身の術を使って、魔王の代理を創りだして、そいつに魔力を注いだから一件落着って? そんなに簡単に行くわけないでしょ!」

「ええ、もちろんそんなに簡単には行ってないですよ。それだけならきっと今までだれかが成功しているはずですから。そもそも僕の目的は、『コトハを救うこと』、即ち『榊原さんを元の世界に戻し』『この世界のシステムを壊す』ことです。この二つを達成しないといけなかったんです」

 榊原さんを元の世界に戻すことと、世界のシステムを壊すという条件は、互いに矛盾している。榊原さんを元の世界に戻すためにはこの世界を浄化させないといけないし、この世界のシステムを壊すと榊原さんは元の世界に帰れない。

 だからこそ、その二つが矛盾として成立しなくなるように、物事を組み立てた。

「まず、最初に『僕が作った』勇者の代理を魔法陣に置きます。ここには、僕の魔力が込められていて、勇者ほどではないですけれど、僕とて魔王化していますんでそこそこの魔力はあります」

 まあ、これだけでうまくいくのなら、どうにでもできたんだけれどね。

 何が大変だったかって、みんなに『なにも真実を話さずに』ここまで来ることだ。

「そこに、榊原さん――魔王の魔力を注ぎます。ここで、僕の魔力と魔王の魔力が合わさって、規定要領に達したので、術式が発動したというわけです。僕の魔力を入れないと、榊原さんはとっくに封印されて消えてるんですから」

「だからこそ――世界のシステムの崩壊、ってわけか」

 榊原さんは僕の話を聞いて理解したようで、頷きながら聞いている。大して、サーチさんとコトハは首をかしげつつある。

「ええ。本来魔王の魔力だけで浄化させるところを、魔王ではない僕の魔力を混ぜたらどうなるか――ここからは本当に賭けですよ。」


 ――案外、賭けと言いながらも、確実なラインを引いていたりもする。

 たとえば――。


「ううっ……」

「コトハっ!!」

 草むらの上で静かに寝息を立てていたコトハに、意識が戻った。

 魔王も今は力を失っているし、これで完全にコトハに関しては問題解決、と言うことになるのだろう。

「やったな!!」

「ちょっ! 近い!」

 草むらの上でコトハに押し返される。

 喜びの余り距離感とか全く考えていなかった。コトハが無事なだけで僕の中ではほとんどが終了した気分だ。

「大丈夫だった?」

「うん、ほんとに何にもなかったよ。こうなってるってことは――成功したの?」

 にやり、とした顔でコトハは聞いてくる。

 僕は自信満々にその質問に答えることはできなかった。

「まあ、一応榊原さんも生きてるし……成功と言えば、成功かな?」

 目をそらしながら答える。

「コウキがそう言うのなら、そういうことなのね」

 と、僕が目をそらしているのを知りつつも、コトハはそう言ってくれる。これが優しさなのかプレッシャーなのか僕にはよく分からない。

「うん、まあ、そう言うことで……」

 ちょっとだけ、罪悪感。

 イレギュラーなことをしている以上、完全に成功、と言うわけにはいかないだろうとは思っていた。

「おっ、俺はどうやら、これまでみたいだ」

 コトハが起き上がるのにつれて、勇者の透明化が再び始まった。

 しかし、今回は粒子のように足元から形が崩れさっていくエフェクトを伴って消えてゆく。

「スラックの爺さん、世話になった。ここに来てから十数年、助かった」

「何の。儂こそ、助けられてばかりじゃったの」

「サーチ……ソリュードには悪いことをしてしまった。俺みたいな魔王になってほしくなかったんだ」

「ソリュードも浮かばれないわね。でも、あれは自業自得でしょ」

「そう言ってもらえると……助かる」

 どうやら勇者は勇者パーティでいい感じの空気になっているようだ。

 各々に別れの言葉を告げている。この封印を始める前にもしたような気もするが、これが本当に最後の別れのあいさつになるのだろう。

「それと……コウキ、コトハ、いろいろ助かった。おかげで俺はこうして帰れる」

「……20年間、お疲れさまでした」

 僕は知らないその時間に、数々の冒険と様々な事件があったのだろう。

 それは教科書の中にたくさん刻まれている。

 コトハも続いて、何か泣きながら別れを告げている。

 コトハからしてみれば、伝説の勇者だからなぁ……。感動もひとしおなのだろう。


 そして、安らかに勇者は消えていった。彼がその後、どうなったのかは僕には知る由がない。

 たまには教科書をじっくり読んでみるのもいいな、と。

 僕はそう思ったのだった。


 エピローグ


『封印』。

 この言葉の意味を、考えたことはあるだろうか。

 封じて、印で結ぶ。故に、封印。

 この後、すべてが元通りになった。勇者はおそらく別の世界に戻り、コトハの身体機能も元に戻った。

 だが、ただ一つ、たった一つだけ僕が壊したものがある。

 必要最低限の犠牲とは言わない。

 でも、ミスでも何でもない、仕方のないもの。

『世界の浄化機能』だ。

 これをもともと狂わせるつもりだった。

 だから、僕と魔王の魔力を込めて封印した。

 ただ、サーチさんが言うように、「分身の術を使って、魔王の代理を創りだして、その代理に魔力を注いで封印」と言うわけにはいかなかった。

 あの裏で、僕がしていたことは、文献の研究と、分身の術の特訓、それから、『魔法陣の描き方』だ。

 あの会場で――実は、『魔法陣の重ね掛け』が行われていた。

 コトハが掛けたものが一枚、僕が掛けたものがその下に二枚目として存在していた。

 そしてそれは誰にも言っていない。


 それをすることで、コトハは確実に生き返る事が分かっていたからだ。

 なぜか。

 魔法陣を二つ重ねるということは、魔力の吸収能力を二倍にする、と言う意味でもある。

 言うならば、魔法陣とは。

[世界が魔力を取り込むための取り込み口]だ。

 別に世界でなくとも、魔法陣はそう言う機能を持つ。

 実際に、サーチさんが僕に魔法をかけてくれた時もそうだった。

 サーチさんから僕へ、魔力受け渡しのための扉。それが魔法陣なのだから。

 だから、本当は1倍しかない魔力を、魔法陣を二枚張る事で2倍受け取ったものと世界に誤って認識させる。

 情報過多によるオーバーフロー。

 そしてパンク。

 世界がパンクしたときの影響だろうか。魔法陣から透明な輪が出てきたのは。

 一瞬どうなるのかと焦った。


 だがまあ、結局きちんと壊れて、世界のシステムは崩壊したようだ。

 何故なら――

『お伝えいたします。今朝11時頃から魔法が一切使えなくなったという事案が発生しており、いまだに原因が突き止められておりません。この情報は引き続きニュースの枠を拡大してお送り……』

 とまあ、ニュースでも騒がれているようだけれど、魔法が封じられた。

 勇者が来て以来、「電気」と言うものを使った新時代的な何かにほとんどのものが移行したからよかったものの、それでも被害は甚大とされる。


「結局、私の研究も意味が無くなっちゃったね」

「コトハの研究? ああ――規模縮小魔王復活とか書いてあったあれか?」

「よく覚えてるね。さっすが!」

 そう言ってコトハは、そのレポートを見せてきた。正直、魔王について調べ回っている時に何度も目にしたので、今ではそらんじて言えるほどだ。


『規模縮小魔王復活による実験と考察

 今迄の研究結果で、魔王になる素質、条件が解明されてきた。圧倒的な力を持つものが魔王となるのではなく、魔王になりたいと願うものが魔王になれる。魔王になるためには、強い力を願う心が必要だ。今回の実験ではそれ自体を願う感情が足りないのか、或るいは別の感情が必要なのか完全に結論を出すことはできない。憎悪、嫉妬、畏怖、そのような負の感情が世界から定められるための力となる可能性もある。この研究が、世界の平和に対する研究の礎となることを願って。 シュレスティーン・コトハ』


「結局、これは何の研究なんだ? 魔王を生み出すとか、正直怖い内容ばかりなんだが」

 今となっては笑い話ですむけれど、魔王がいる世界だったらこんなことはおぞましくて聞けないだろう。

「魔王は世界を浄化するっていうから、小さい魔王を出現させて小さく、少しずつ世界を浄化させていけばいいかなって思ってた頃の話よ。今では魔法も使えないけれどね」

 そっか……。

 魔王を生み出すって書いてあるから、悪いことでも企んでいるのかと思っていた。

 少し誤解していたようだ。

 世界のシステムを壊すということは、即ち魔法体系までも壊すことだとは思ってなかったからな……。少し考えればわかったはずなのに、これは気がつかなかった。

「でもまあ、コトハが無事ならそれでいいけどな」

 魔法なんて無くなって、と言う言葉を暗にほのめかす。

「私も――コウキさえいれば、それでいっかな」

 コトハも、すがすがしい顔でそういう。そんな顔のまま、レポートをビリビリに破り割いた。


『天才になるためにはどうすればいい?』

 時折、今でもこの言葉が頭の中を巡回する。ソリュードさんの怨念のようだ。

 だが、今はもうこの世界はもう浄化されない。

 しかし、この先にどこかの天才が現れて、再び魔法体系を組み立てるのかも知れない。

 だから、僕はその質問にこう答えよう。

「天才なんて求めなくていい。天才なんて所詮、他人からの評価なんだ」と。

 それは所詮相対評価にすぎない。

 少なくとも僕はそう思う。


 10年後、白衣をまとったコトハが言う。

「――いや、それはちょっと違うんじゃない? というか、コウキがそれを言うのがおかしい」

 コトハは今、犠牲の要らない魔法体系を組み立てようと頑張っている。

「なんでだよ?」

 僕はそれを、傍から見ているだけだ。頑張っている姿を応援している、と言うのともまた違う。誤った方向に行かないように、と言うことだけを見ている。

「コウキは、天才だよ。天才にしかできない『度胸』を持ってる。だから、コウキが天才について語るのは可笑しいよ」

 笑いながら、コトハはそう言った。

「ちなみに、コトハ。十年も前のことになるけれどさ――僕が分身の術を教えてもらう少し前、コトハはいろいろ知っていた様子だけれど、どこまで知ってたの?」

「どこまで知ってたの、って質問がちょっとわかりにくいけど、まあどこまでって言う質問に答えるのなら――コウキを信じてればなんでもできる、ってことくらいかな」

 そう言って、嘘だとわかり切っているようなことを言って誤魔化すコトハの思考の内を、僕はまだその片鱗にしか、触れてはいないのだった。



(完)


この話における、明示されていない市民Aが全力を賭して止めたモノ。

主人公がこの話を以って積み上げたものがいくつかあると思います。


そしてこの話が終ったあとでなお、主人公たちは全力を賭して止めて行けるのでしょうか。守り続けて行くことは果たして可能なのでしょうか。

そんな犠牲の上に培った、犠牲のない世界を目指して戦う彼らもまた、勇者なのではないでしょうか、とか適当なことを言って終わりたいと思います。

あとがきに関しては責任はとりません!


この物語を読んでいただいた皆様に最大限の感謝を。

                     桜幹 神久呂





※この話はArcadia様に掲載されていた

 11 決着

 12 0%の奇跡の確率と聖なる剣とドア

 13 封印の謎

 14 勇者の奇蹟

 15 「何を憎んだ?」

 16 そして僕らは魔王と対峙する。

 17 勇者になるための方法とラブアンドコメディ

 18 聖なる武器

 19 これは、『愛』

 20 情報の差異

 21 「その先は、言っちゃダメです」

 22 時間稼ぎ

 23 最終回:前篇

 24 最終回:後篇

 エピローグ

 以上、計十五話分を纏めて投稿したものです。

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