11 最終話 天才になるには
「さて魔王、ここからは紳士協定だ」
僕は槍を高く持ち上げる。
尖った先端を下に向けて、そのまま上に――自分に向けて。
「――僕が魔王になるから、コトハのことは、見逃してやってくれ」
僕はゲームのやりすぎかもしれない。
世界の半分をくれてやるなんて言わないけれど、たった一人の女の子を救うために、世界の全てを魔王に差し出す、そんな愚か者だ。
魔王と僕の間に、ふしぎな、しかし冷たい空気が流れる。
魔王も阿呆ではない。頭がよく切れる方らしい。僕が守りたいもの、そして僕が見据えているものをしっかり理解してくれているようで、答えを出すことを考えている。
だが答えは出されずとも、時は流れる。
魔王が少しも動かずに悩む時間が、冷たい時を以って過ぎる。
考えてみよう。コトハの封印を解く手順を。
世界に誰かを供えることで、この世界は平穏を保たれる。
魔王はこの世界から、供物になるべく指定された人物。
では魔王とは。
僕はコトハのレポートの内容を思い出す。
『魔王となるには負のエネルギーが必要である可能性がある』
『力を求めているものが魔王となりうる』
ここから求められる類推がある。
勇者が魔王になった理由は分からない。
だが。
「天才になるには、どうすればいいと思う?」
僕は知らぬ間にこの言葉を口ずさんでいた。
「天才って言うのは、なれるもんじゃねぇだろうな」
魔王は律儀にも答えてくれる。
そう、天才である魔王がだ。
この答えを言ってしまっては、元も子もない。
ソリュードさんが殺された理由を、考えてみよう。
いや、理由ではない。
後から判明した、解剖結果とでも呼ぶべき何かか。
「魔王化の傾向があるわね……」
そう、サーチさんは言っていた。
ソリュードさんは、魔王に『成りかけて』いたのだ。
勇者の一番近くで。天才に情景を抱いて、対照され比較されその苦しみに呻き苦しんだはずのソリュードさんが。
そんな状況下で、勇者に嫉妬しなかった筈がないソリュードさんが。
魔王になったんだ。
だから、魔王になるために、礎になるために必要なキーワードは、『憎しみ』だ。
「僕は、魔王、あなたが心から憎い」
人生をめちゃくちゃにしてくれて。コトハを治せなくて。世界をこんな風にしてくれて。
憎い。
憎い。
でも。
だけど。
本当に憎いのは。
コトハを守り切れなかった。
自分一人では何もできなかった。
今でもできていない。
「僕が……憎いッッ……!!!」
「わかった、条件を飲もう」
魔王は、勇者特有の優しい笑みを浮かべてそう言った。
「助かる」
僕はただそれだけを言って、魔王に対して後ずさるように手でジェスチャーを出す。
さっきからサーチさんが何かを言っているが、しかし僕には、僕たちには聞こえていない。そんな言葉が聞こえないくらい、今は人間として高みにいるようだ。
高みではない。極地か。
僕は自分に向かって、槍を突き立てた。
この槍はあまりにも軽く、扱いやすい。自分に刺して初めて、便利さを知った。
槍を突き立てたというのに、心が安らかだ。サーチさんがあらかじめ何らかの魔法をかけていてくれたのか、痛みはない。心臓は外れてしまったようで、痛みがじきに回ってくるのだろう。もしかしたら、これは僕が魔王になったからかもしれない。
結局、僕は魔王になれたのだろうか。
あまりにも無謀な賭け。
そしてあまりにも手っ取り早い、一番の方法。
たった一つの冴えないやり方というのは、こういうことを言うのだろうか。
痛みはなくても、意識が薄れてゆく。
最後にコトハに、一言だけ伝えたかった。
あまりにも定番でありきたりだけれど、一番まっすぐで曇りのない言葉。
「さようなら」
この一言だけでも。
僕は告げたかった。
そして僕の意識は――途切れ……た。
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「やってくれたな……新しき魔王よ」
元勇者が、ポーションを飲みながらそう言う。
その眼差しの先には、天に立ち上る燐光の源、槍に貫かれて立ったまま死んでいる青年の姿があった。彼からは半端ではない力が湧き出て、天に昇ってゆく。彼の体内に溜まった負の力が、封印魔法によって彼の体から溶け出して、黄色く染め上げてゆく。
この現象は、きっと、浄化。
ぽつぽつと、細かい光の粒子が、天へと流れてゆくその川は、天の川よりも何十倍もくっきりと肉眼で確認できて、美しいコントラストを演出して、何より心に滲み渡る力を持っていた。
彼の亡骸はあまりにも美しく、神々しく。
その場に君臨していた。
「なるほど……君は、ここまで織り込み済み(・・・・・・)で、あんな無茶な賭けをしたんだね」
サーチは見据える。
彼の亡骸の先にある、元魔王で元勇者な、一人の存在を。
彼が持つ、その剣は、半分消えかかっていた。コウキと同じように、浄化しかかっている。光を放ち、最後の瞬間に備えてなりを潜めているのか。
やがて、電流を強く流し過ぎた豆電球のフィラメントのように。強く光って、儚くも、散った。
元勇者が持っていた聖剣エクスカリバー。
「君はいつ見抜いたんだろう。あの剣が、実は魔物だ(・・・・・)ってことに」
ううん、それだけじゃない、とサーチは首を振る。
魔王が魔王の力を失うということに、彼は気づいていたはずだ。世界が不純物を浄化する。ならば、魔王は。封印される側の魔王が、二人いるというイレギュラー(異常事態)。世界が見逃すはずがない。だから、紳士協定と君が嘯っている時には既に、このさき魔王の力は使えなくなるということに君は気づいてたんだね。
いや――。
この考えに、サーチはまたしても否定する。
勇者自身が、世界から消えるってことにも。
もしかしたら君は気づいていたのかも知れないね。
コウキがどこまで知っていたのかは、もう誰の知るところでもない。
勇者は――異世界から来た。
異世界から来たという事は、当然のように、この世界から見たら不純物に値する。
「ははっ、なるほど。じゃあ俺は元の世界に帰れるってわけかい」
元勇者は、諦観したかのように、近くにある木に腰を下ろし、落ち着いて自らの手を眺める。手袋をおもむろに取ると、親指の付け根が消えかけていた。元勇者が履いている――履いていたブーツが、コロンと横に倒される。
「どうかしら、このまま死ぬんじゃないかなー?」
意地悪な声で、サーチさんは元勇者に問いかける。その言葉を言い終わった後に、水滴が目から流れ落ちたことを、彼女は気づかない。
元勇者の声は震えない。いたって落ち着いた声だ。
「確かに――そうかもな。それも、悪くない」
勇者が20年前、魔王を倒した時は、封印という形をとらなかった。故に、勇者が消えることはなかった。だけれど、今は違う。
俺は――消えるのか。
元勇者は回顧する。何のために戦っていたのか。何のためにこの世界に来たのか。
どうすれば彼を救えたのか。
「なぁ、教えてくれよ。天才になるには、どうすればよかったんだ?」
世界はまた、生まれ変わる。
次話:エピローグ にて完結となります。




