10 封印魔法
ごくっ、ごくっ。と、喉を通る水の音がする。だが僕は、何も飲んでいない。
僕は視点を、槍の先から少しだけあげて、勇者の顔を見る。
さっきまで浮かんでいた悲痛な面持ちはどこへやら、今は勇者と最初に会った時のような普通の表情だった。いや、無表情か。
「これはー……ポーション!」
後ろから、サーチさんの声が聞こえる。その声は、驚きに充ち溢れていた。
僕は後ろを振り返り、なぜだか浮遊しているサーチさんを見る。
サーチさんは僕の視線を察知して、解説を付け加えてくれる。
「ポーションっていうのはね、勇者の必須アイテムみたいな回復薬だよー。最近じゃコンビニとかでも市販されているみたいだけれど、今勇者が飲んでいるのは濃度100パーセントの本物。磁気回復のそれじゃなくて、肉体回復のそれ。濃度が強すぎて、普通の人にかけると溶けちゃうそれを勇者はそのまま飲むんだよ」
「ぷはぁ! まったく、ポーションはいつ飲んでもおいしい。最近の市販品はポーションの味なんて全くしないからな」
飲み終えた勇者の顔には血気が戻っている。
さっき刺したはずの勇者の胸元はもう既に塞がれてて血の流れも収まっている。
「……人間じゃ……ない」
「そりゃそうだ。なんてったって魔王だからな」
マジで……何者だよコイツ……!
僕に残された勝ち目とはなんだ?
勢いを失った槍はただ魔王の胸にめり込んでいるだけであって、完全に回復したわけではないけれど、今与えたダメージの3割くらいは回復されている。
これから、どうやって勝てばいい?
「さて、体力回復したところで、俺に切り込みを入れてくれた君に反撃しなくちゃな」
魔王の瞳が僕をロックオンする。今までは僕の方向を確かに見ていたはずだった。しかし魔王の眼差しが僕の全てを捉えた瞬間、僕は緊張のあまり硬直した様な錯覚に陥った。
……これが魔王か。
シャレにならねぇよ……。
魔王の風格なんてものはまるでない。あったところで勇者の風格だけだ。普通の勇者の力だけであっても一町民である僕は魔王になんて勝てるはずがない。たとえこの村に住む人々全員が魔王に立ち向かったとしても、きっとスライムを一掃するかのごとく剣の一薙ぎで――人薙ぎで、倒してしまうだろう。
戦闘力でいえばきっと僕はスライムに勝るとも劣らないのだろう。
ならば僕にできることは……。
「サーチさん、封印魔法って、どのくらいかかりますか?」
「え……分からないけれど……伝承によれば、だいたい2分半位らしいよー」
「その魔法は座標指定ですか? 本人特定ですか?」
「座標だけれど……」
「最後に聞きます、キャンセルは?」
「それはできないけど、何でこんなこと聞くの?」
「魔王に、かけてください」
僕はそう言う。
「いやいや、一回しかチャンスがないんだよ? 二回はないんだよ!?」
サーチさんは驚いたようにそう言う。だがしかし、決意は揺るがない。
「今しかないんです。かけてください!」
力をこめて、はっきりと。
若干の怒気もこめて、僕は言う。
魔王が余裕をこいて僕の方を見て手の関節を鳴らしている。
そう、元から勝てるような相手ではなかった。
「わかった……。じゃあ、かけるよ」
サーチさんは、僕のことを信頼してくれたみたいだ。
「封印:――――」
サーチさんが封印魔法を唱え始める。それと同時に、魔王の半径2.5メートルの間に黄色く光る円柱が発生する。
「こんなものっ!」
魔王は、聖剣エクスカリバーを抜き出し、枠の中から出る支度を始めた。
「てぃ!」
僕が突き出した槍が魔王の首筋を掠る。魔王はそれに対応しきれなかったようだが、今のジャブで完全に戦闘態勢に切り替わったようだ。
魔王の剣の間合いに踏み込む。それに伴って、魔王は後ろに数歩下がる。
どう考えたって、槍のリーチの方が剣よりも長い。人間のころに培った、勇者としての判断だろう。
体力が回復したとはいえ、まだ魔王は動きが鈍くなったままだ。
だから僕は、槍で魔王を突き刺す。
槍の性質上、魔王はかわすのと同時に、後ろの方向へ反動的に避けてしまう。
つまりそれは――
「それ以上は魔王が封印魔法の円から出ちゃうよ!」
サーチさんが叫ぶ。
だが僕は落ち着いている。何故か。キャンセルができないからだ。
「いいんですよ」
冷たい声でそう言う。
この言葉には、言外に「どうでも」というニュアンスが含まれている。
「さて魔王、ここからは紳士協定だ」
今回の話は、分岐点の都合上短めです。
この次の話「11 最終話」がトゥルーエンド、
次の次の次の話「(11)あったかもしれない最終回」がハッピーエンドとなっております。
お好きな終わりをお選びください。




