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01 non-battle-age

「天才になるにはどうしたらいいと思う?」

 僕はそう問われた。


 あれは何年前だっただろうか。

 幼く、年端もゆかない見知らぬ男児に彼はいったい何を期待してそう問いかけたのだろうか。

 いや、何も期待していなかったのかもしれない。

 ただ、総当たり的に道行く人に対してそう聞いていたのかもしれない。

 当時はその言葉の意味が分からなかった。


 そして、今でも――。



「夢に出てくるんだよ」

 僕――ことコウキは机を挟んで向かいに座る彼女に話しかける。

「なにが?」

 彼女――コトハは冷たい声で、興味がなさそうにストローを口に咥えながらグラスの中を見ながら適当に言葉を返してきた。

「だから、あのおじさんの話だって! 天才になるにはどうすればいいと思う?」

「何考えてんの? 馬鹿じゃないの?」

「――ッ……馬鹿なのはわかってるけどさ……こうなってくると被るものがあるというか……」


 勇者が魔王を倒してから20年が経ったと言われる。


 魔王? 勇者? なんだそれ。

 僕からしてみたらそのくらいの感想しか出てこない。

 勇者の存在は伝説と語り継がれ、魔王の存在は悪のモチーフとして暗に意味されるようになった。まあ、教科書の受け売りだ。

 人間と魔族の愚かな闘争を何ページ分かに印刷された副教材を見下ろし、僕たちは今勉強をしている。

 魔王と勇者の戦いが終わってから20年というが、僕たちはその戦いが終わってから5年経った後に生まれた『戦いを知らない世代(non-buttle-age)』だ。そんなことを延々と聞かされたり、少し厚めの配布された資料(教材)を見るくらいで、もはや歴史の一部としてしか認識していない。

 ああ、あまりにも愚かだなと、勇者史を見るたびに思ってしまうし、それが次回の定期テストの範囲になっている。

 そして、勇者史に強い友達のコトハに教えてもらっているというわけだ――が。

 今はもうそれにも飽きて――というか端から勉強する気なんてさんさらないのだけれど――雑談に花を咲かせているというわけだ。


 コトハは俺の話に興味がないのか、ストローからジュルジュル不快な音を出し続けてどうにかして下にたまっているポーションを飲もうと苦戦している。

 ちなみに、このポーションという飲み物も、勇者が愛用していたとか。滋養回復にも効くらしい。訳が分からん。

 こんな飲み物一つで体力が回復するなら、何で僕の精神力は回復しないのだろうか。勉強に勉強を重ねる一方で動いてもいないのに、体力がそぎ落とされていく一方だ。もしかしたらこれが勇者時代に存在したといわれている毒の沼の効果かもしれない。

 ちなみに、現在毒の沼はコンクリートで埋め立てられた。


「っていうか、そのおじさんは何なの? 何者なの?」

 興味がなさそうにしていたコトハだったが、会話だけは続けるようで言葉を返してきた。

「いや、わからんけど公園で遊んでたら話しかけられてさ。それ以降は全くその人とは会ってないんだけどなんか妙に記憶に残ってるんだよなー」

「とっとと忘れなさいな。覚えてたって一つもいいことないわよ。第一天才になんてなれやしないんだから」

 そう言ってコトハはストローとコップのふたを外し、氷ごとコップの中に入っていたポーションをまとめて咀嚼する。

「天才って何なんだろうな……天から与えられた才能、か」

 僕は口に出して反芻する。若干僕の中の中学二年生の心が蠢き始めてきた。脈動を開始した。右手がうz――。

「そんな痛々しいこと言ってないで、勉強しなさい。天才っていうのは勇者みたいな人のことを言うのよ。ほら覚える!」

 教科書のページをぱらぱらめくり、コトハは勇者パーティの名前が書かれた該当ページをぴったり開く。

 ちなみに中二病を卒業したのは去年だ。一般的なタイミングである。

 勇者パーティの部分は、先生がテストに出すから全員暗記しておけと言っていたので、目立つようにペンで囲っておいている。そのせいで余計見づらくなってしまっているので本末転倒といえなくもない。


「っだー! 覚えられん! 無理!」

「無理はない!」

 無理という言葉に敏感反応するように、コトハは俺の目をぎろりと睨んで視線を送ってくる。ビームでも放っているのかという位にその視線からは熱を感じる。

 口に出したら覚えるでしょ、とコトハが言うので、声に出してぶつぶつ呟く。

「魔法使いのサーチ、アタッカーのスラック、剣闘士のソリュード、勇者の榊原さかきばら芳郎よしろうと。」

「そんなに長い文字列じゃないんだから、簡単に覚えられるでしょ」

 コトハはそういう。確かに名前だけなら覚えるのは簡単かもしれない。だが、どの人物が何をどうしたかまで含めるとそれは膨大な量がある。

「っていうか勇者が厄介なんだよなー……」

「厄介とか言わないの! この国――いや、世界を救った英雄よ?」

「だからと言って限度があるよ! あまりにもしたことが多すぎだよ!」

 意味が分からない。

 魔法使いのサーチは大体4行程度ですべての項目が終わったりするのだけれど、勇者榊原芳郎に至ってはその項目だけで優に3ページを超すだけの分量がある。

「それは勇者が様々な功績を残したからでしょ。今普通に使っているコンクリートっていう概念も勇者が考え出したって言われてるのよ? なにしろ、今までにない考えを持ち運んだ物凄い柔軟な思想を持っているとか」

 正直コンクリートというこの地面一帯に引かれている固いものを開発したのはすごいとは思う。だけれど、いろいろなことをしすぎだろう。

 紛うことなき天才というのは、やはり勇者のことを指しているのかもしれない。

 その素晴らしさ故に、彼はどこか違う世界から来たという噂すら流れるほどだ。

 もちろん噂で、教科書にそんなことは載っていない。

「やっぱすごいよなー、勇者。僕もあんな風になれたらなー……」

 確かに勇者史はくだらないと思う。

 だが、勇者という人物自体は僕の中ではすこぶる高評価だ。これまで創り上げてきたシステムを維持しようと各国の人物が右往左往し、結果的に歪な形で次世代に繋げられていたこの国のシステム。この国のシステムを一から作り直し、今までのシステムに「絶対王政」という皮肉めいた名前をつけ、今からする政治を「民主主義」にする、という宣言を行い、魔王を倒したことによる圧倒的な民衆からの人気で何百年とかけて形成されてきた王という座すらも作り変えてしまった。

 まあ、「民主主義」やら「絶対王政」という名前を付けるのは正直やめてほしかったが。

 覚えにくいことこの上ない。


「まあ、コウキには無理でしょ」

 微笑みながらコトハは僕の肩を叩く。

 微笑み、というか笑顔だ。無理だと知ってて言っている、みたいな。

「いつかまた新しい魔王が現れたら今度は僕が討伐しに行くよ」

「はははっ――はははははっ」

 お店の中だというのに、周りを考えない今日一番の大爆笑をコトハは見せた。お腹を抱えて下をむく。笑いが堪えられないのだろう。

「馬鹿にしすぎでしょ!」

「無理無理無理無理――はははっ」

 完全に上から目線の眼差しで、自分より下の人を見るような眼で、コトハは僕を見ていた。目はこう語っている。「身分をわきまえろ」と。

 いやまあ、自分でも無理だと分かっているけれど、そこまで笑うなよ!?

「まあ、できるものならやってみな――ははははははっ」

 コトハの笑いが止まらない。

 それからしばらくコトハにからかわれつつ、勉強会は終わった。


 その帰り道、夕方の5時だというのにもう夜は更けて太陽は沈んでいる。

 夜道を照らす大手バーガーショップの赤い宣伝広告と二十四時間営業のコンビニエンスストアがチカチカと光を揺らすだけであとは夜闇の支配下だ。

 暗い夜道をコトハ一人で歩かせるわけにもいかないので、僕はコトハの家の前まで送ることにした。

「わざわざありがとう、今日は僕なんかのために」

 僕がそういうと、コトハは並列に歩いている僕のほうを見て、

「いいのよ、とは言っても、ほとんど雑談だったけどね」

 と言って笑顔を見せる。

 なんだかんだいって、コトハはとてもいい人だ。


 こんなことを言うのは、決まってコトハの家の門の前だと相場が決まっている。コトハの家はお金持ちの家、と聞いて真っ先に思い浮かぶような屋敷だ。そのため、家には門が付いており、そこからしばらく歩くと白い装飾が施された大きい建物がある。コトハはそこに住んでいて、彼女のお父さんであって何やら勇者について調べているらしい学者先生とそのチームが昼夜を問わず研究している。


「じゃあね」

 コトハはそう言って門を開く。ギシリと軋むような、甲高い悲鳴のような音を立てながら横にじりじりと開いてゆく。


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