第七節 部活動⑦...序列、理想か空想か、姉確定
「では、みんなが来るまで、まずは『妹様』の機嫌を取るわね。」
「ん?何の話です?」
「冷血だね、雛枝ちゃん。先程まで必死に蝶水さんの肩を持っていたのに、もう『どうでもいい』と?」
「あ、そうだ!
姉様、あたしの話を信じて!蝶水は本当に...」
「はいはい、わかってますわかってます。落ち着いて。
というより、私が一番疑わしいと思っているのは、さっきの『千草さん』なんだ。」
「千草を...?
それはまたどうして?」
「その前に確認するが、肩書上の序列は...あ、喰鮫組の事ね。
千草さんの序列は何位?」
「...具体的に何位と訊かれると、上手く並べられないのですね。極道の上下関係でも、パンピーが思っている程シンプルではありませんわね。」
「お母様が組長なのに、『トップ』ではないって感じだよね。」
「そうですわね。
どうも、あたし達が生まれる前に、何かがあったらしくて、一部の組員に舐められていますね。
ま、その辺はあたしがヤキ入れているから。」
「......」
雛枝の言葉遣い...二十歳未満の普通な女の子が口にする筈のない言葉がちょくちょく出ている。
無意識に口にしているから、もう癖になってるな。教育するに時間が掛かりそうだ。
「肩書上で、大体でいいので、千草さんと蝶水さんの序列は何位と何位だ?」
「そうですね。二位と三位...って、まさか!?」
「...限りなくクロに近い灰色だね。」
蝶水さんを陥れようとしている感じがしたから、まさかと思っていたが...二位と三位のたった一序列の差か。
「いやっ...それはおかしいよ、姉様!
だって、どっちかというと、蝶水も千草も母様側のグループですよ!何で千草が蝶水を蹴落とす為、大規模な『子供誘拐事件』を起こしたのです?」
「話が飛躍してるよ、雛枝。まず『誘拐事件』が絡んでいるかどうかなんて、分からないよ。」
「そ、そうですね。
考えてみれば、今、喰鮫組は戦の準備で、人手がかなり足りてない状態だし、とてもあんな事をする余裕が無い筈。理由もないし、あたしが全く知らないのもおかしいし。」
「なに?喰鮫組関係の情報は全部雛枝のところに行くのか?お手伝いではなかったのか?」
「お手伝いだから、『全部』ではありませんね。
それでも、一定の情報が来るわ。ほら、あたしって怒らせると怖いから。」
「えっへん」とドヤ顔をする雛枝。
スルーー、スルーー。
「だけど、ジジイの方には全情報、行ってるかもね。」
「ジジイ?」
「...アレの血が自分の中にも流れている事を思うと。
喰鮫組の中では『御隠居』様と、あたし達の爺さんに当たる女好きの老い耄れだ。」
お母様の父親、奈苗のお爺様の事かな?孫に好かれるような好々爺ではないようだ。
俺の中でも「女好き」という単語が出た時点で、好感度がマイナスになったが、まだ一度もあってもいないので、評価を「保留」としよう。
「って事は実質今、喰鮫組を操っているのはお爺様?お爺様が序列一か?」
「え?いや、姉様。序列の一は丸川顧問よ。」
「っ!あの憎達磨か!?」
よりによってアイツか!
「あれ?ごめん、姉様!あたし、無意識にあたし達を序列の中から抜き出したみたいです。
あたし、母様、後あたし達と血の繋がったあの爺を入れてません。
だって、組長とその血族ですから、トップで当り前よ、序列とか関係ないない。」
「そう?
まぁ、結局序列一の奴が気に食わない奴に変りはない。」
「そうですね。
だから、姉様も『お爺様』とか呼ばなくていいです。
アレは文字通りの『極道』だ。」
「そうか。」
雛枝達抜きでのトップ3は達磨野郎に千草さん、蝶水さんなんだ。意外と蝶水さんが高い立ち位置にいるんだな。
...ん?文字通りの極道?
「それより姉様。千草を疑うのも必要ないよ。千草も蝶水もバリバリ母様側の幹部です。
何があったのかを教えてもらえなかったが、あの二人のどっちも母様と一緒に失敗を犯した方です。」
「あー、うん...」
雛枝はやはり「極道」がよくない呼称だと理解しているのか。それを気にせずに自分達を指して称しているのか。
「何のヘマは分からないが、共犯者だから、疑わなくていい、と?」
「うん。自分の首を絞める行為じゃ?まだ全然母様側が圧倒してるし。」
「どのくらい?」
「えっと、五対一くらい?中立っぽい奴も『二』程度だと思うけど。」
「ふーん。」
八分の五がお母様の支持者で、一が勝手に行動する不安分子って事か?反抗的な者達がいる時点で既にヤバい状況では?
あっ!だから雛枝が「お手伝い」をやる事になったのか。なんとなくお母様がお飾りで、御隠居様が裏で組を仕切っているという構図が目に浮かんだ。
「もし、お爺様が命令を下したら、『円い川』顧問が全組員に指示を下せるって感じか?」
「そうですけど、あんな奴を『お爺様』と呼ばなくても...姉様?顔がなんか怖いですよ。」
「...へー、表情に出していたんだ。」
意識しないと、感情を顔に出せない俺が「顔が怖い」、か。喜ばしい事だけど、少し気を付けよう。
「憎達磨が嫌いだから、そいつのやる事なす事、聞くだけでも全部嫌な気持ちになるみたい。
それは置いておいて、『お爺様』という呼称をスルーしてくれ。まだ会っていない『家族』だから、自分の目で確認するまで、悪い意味のあだ名で呼びたくない。」
「えっ、クソジジイに会うつもり?
ダメダメ!ダメですよ!それ、危険ですから!セクハラでは終われないから!」
「へっ?え、はい!?実の孫娘だよ、私。セクハラ、で終わらない!?」
「だからクソジジイなんですよ!
あたしにも手を出そうとした事があったが、返り討ちにしてやったわ!母様には...いや、想像したくない!
とにかく危険です!
姉様は自衛手段がないのですから、絶対に会わないように気を付けてくださいね。」
「わ、わかったわ。」
貞操の危機なら、絶っっっっっっ対に、気を付けよう!
「まぁ、お爺様とか、お母様とかの話はもう終わりにしよう。
雛枝はとにかく、序列一位の憎達磨はお爺様側で中立、その後の千草さんと蝶水さんは理由があってお母様側、だから疑わなくていい。
それが、雛枝の考え、だよね。」
「えぇ...えっと、説得力、欠ける、よね?」
「そもそも私は『何』を疑っているのか、確認させてもらうね、雛枝。」
両手の指をくっつけて、隙間を開けて、雛枝を睨むように、まっすぐ彼女の目を見つめた。
「雛枝、私は千草さんの何を疑っているのか?」
「えっと...改めて訊かれると...自信がないっつか、なくなったっつか...
姉様は千草と蝶水が組内の権力争いを...心配している、んですよね?」
「『心配』はしていないが、正解だ。」
ヤクザ者の争いを心配するようなお人よしじゃない。「反社会的組織」は無くならないだろうけど、亡くなって欲しいくらい、俺は普通だよ。
「子供達を誘拐する事件に関わっているかどうかは...流石に分からない。けど、それを利用して、千草さんが蝶水さんの勢力を削るつもりだと、私は思っている。」
「削る?『勢力』という言葉で語るのなら、同じ『勢力』の仲間同士で削り合いはおかしくありません?」
「人の失敗を利用して、自分を有能に見せるのはよくある話でしょう?身近な話に例えるのなら、成績の見せ合いっことか...容姿とか。」
「あぁ、ほどなる!天才とかに憧れるよね。」
そうですねー。お前は「天才」ですからねー。ぺっ!
「うちの彼氏がカッコいー!こんなカッコいい彼氏を捕まえた私はめっちゃ美人でしょう?とか、そういううぜぇ感じ。」
「姉様、ちょっとやさぐれてません?」
「なりたい訳ではないが、『独身』は『リア充』が羨ましいんだよ。」
「リア充が羨ましい?姉様もかなりリア充してるのに?」
「......」
ミスった!これ、前世の俺の口癖で、「奈苗」に当て嵌まらない単語だった。
...誤魔化す試みくらいをしようか。
「雛枝、一つ教えよう。」
「何ですか?」
俺は雛枝の肩に手を添えて、自分の方に彼女を引き寄せた。
そのまま、彼女の耳元に唇を近づけて、小声で語る。
「団体行動をしているからって、『リア充である』とは限らないんだよ。」
「???」
はてなマーク一杯な顔をした雛枝だが、たぶん俺を「傷つけたくない」からか、深堀はして来なかった。
マジで誤魔化せたか。これはこれで、ちょっと悲しい。
「ちょいちょい横道に入ってしまうか、またさっきの話を戻しましょっか。
同じお母様側な幹部だと知らなかったが、知った今、逆に更に疑わしく思った。
同じ勢力に、『頭』が二つもあると、どうなると思う?」
「そりゃー...姉様の考えが分かったか。だとしても、『頭』は母様になる筈でしょう?」
「その『母様』が頼りないから、私の『疑い』が生まれた。そういう想像ができないの、雛枝?」
「......」
考える姿を見せた雛枝が、段々と表情が暗くなった。「俺の言う事が正しい」と思った時の反応だ。
そして、何かを思ったのか、意を決したような表情で、思い切り椅子から立ち上がった。
「だったら、釘刺してくる。」
「まぁ、待って。」
雛枝を引き留めようとその手を掴んた。力が入っていない、軽く握る程度の掴みだった。
だけど、雛枝は止まった。「姉様」にとことん優しいのだな、この子は。
「『疑い』だよ、ただの。
何の証拠もないし、何の価値のない疑い。
そんな私の『疑い』の為に、信頼する部下に疑いをかけて、警告するのは酷くない?」
「でも、確かに姉様の言う通りに怪しかったわよ!蝶水を疑ったりして、確かに逆に怪しい。」
「だから何?」
「え?」
「何かがあったら、雛枝が力ずくで、強引に自分の思い通りに事を変えればいいじゃない?
頼りが無くても、お母様が組長で。まだ『組員』ではない子供でも、君が頼りのある『若頭候補』。
話し合いじゃない暴力で物事を決めればいいじゃないか。極道者なら。」
「...それはいざという時の手段だか。」
悩む雛枝。後一押しだな。
「なぁ、雛枝。」
「ん?」
「君は何年も一緒にいる人より、何年も会ってない記憶喪失の、もはや『他人』の姉を信じるのか?ただ『ずっと会いたかった姉様』だからと、君が信頼しているあの二人よりも、私を信じるのか?」
「それは...」
「私が言うのもおかしな話だか。私より、あの二人を信じてあげてよ。長年、幹部として、君とお母様に仕えてきたのでしょう?」
「...姉様が言うのなら。」
「私を信じないで」に対しての返しが「姉様が言うのなら」か。雛枝、君はこの矛盾に気づいているのか?
俺としては調教が順調に進んでいるみたいで、嬉しいけどね~。
「そもそも、雛枝は組長になりたいのか?」
この際だから、ずっと疑問に持っていた事を雛枝にぶつけてみた。
「それは...」
困った表情を見せながら、雛枝は椅子に腰を掛けた。
正直、即答するかと思っていたが、悩む表情を見せたのが意外だった。
「世の中に理不尽な事が一杯あるから、それを解決するのに、一人の力では限界があるってゆうか...いくらあたしが『最強』でも、限界を感じるとゆうか、間に合わない時があるとゆうか。」
ん?今雛枝、チートって言った?生意気にも自画自賛した?
「一個人の力では、『完璧!』が出来ない事に気づいちまったから、迷っているのですよ。」
「ほほーん。」
いや、今の「チート」と言ったのは寧ろ自嘲か。どれだけ自分が強くても、一人では世の中を回す事は不可能だと気づいて、反省しているって感じなのかな?
「雛枝って、意識高系だね。」
「むっ、今バカにしたね、姉様?」
「えぇ、バカにしてる。
だって、私達の年齢で考えるような問題ではないでしょう?
何でそんなに『意識高い』の?『世界平和』とか世に広めたい訳?」
「ち、違うよ!んな訳ないじゃん!あっはは!あたしがそんな、歳の割にとか...んあ訳ないじゃん!ねぇ!」
やけに否定してくるね。何で?
ふむ...まさか、ね。
「目的があるが、ヤクザの頭になるのを躊躇していると。
そういう事か、雛枝?」
「あっ...うん、そう。」
「『ヤクザ』や『極道』といた肩書を背負いたくないと思っているんだ。それはどうして?
それが人々に嫌われるような単語だと分かっているから、か?」
「それもあるけど...けど、必要ならば、汚名を背負う覚悟はできてます。」
「だけど迷っている。」
「優柔不断だと分かってます。
でも、これは即決即断できるような事でもありませんし、丸川や反発してる奴らも何とかしなきゃ、だし。
正解が...分からないよー。」
最後は少し泣き声になっていた。
俺もお父様に守澄財閥を継ぐ提案をされているから、気持ちは少し分かるな。
加えて、雛枝には漠然としているが、目的がある。圧力も掛けられているし、芳しくない状況に立たされている。幾ら本人が強いでも、強引な手段で全ての事を綺麗に済ませられないと分かったのなら、「嫌な事もやらなきゃ」と心も揺らぐね。
雛枝の年相応な「きゃっきゃっうふふ」な姿が見たい...いや、見ているのか?「姉」の俺の前ではやや過激な姉バカだが、ちゃんと女の子だった。
「それで、結局転校の件はどうなるの?」
「あー、それもありましたわね。でも事が落ち着いたら、転校はできると思います。
ただ、中学卒業し、高校も卒業する三年余りの間、組を完全放置するのも危険ですから、偶に転移して確認する予定ですね。」
「雛枝がいない間に喰鮫組が乗っ取られる心配はないのか?」
「さっきまではそんな深く考えてなかったんだけど、姉様の話で不安になったのですよ!もう、誰を信じればいいのか。」
「いいとは思わないが、一応私もお父様も思っている事を教えるね。『誰も信じるな』。」
「ははっ、悲しくなる教えですね。」
「疑心暗鬼になれっと言いたい訳ではない。
私が雛枝の事も『疑っている』と同じように、例え裏切られても特に傷つかない程度に心構えをしておくだけでいい。騙された時に『そんなのとっくに予想できていたぜ』みたいに強がれるよ。
まぁ、その分、サプライズを楽しめなくなるというデメリットが付いてくるか。」
「姉様は...実際騙された事があるの?」
甘えた声で言われた。
けど、言葉は甘え声で言うようなものではないぞ、雛枝ちゃんよ。
騙された事か。
つい最近、「お母様」に騙されたんだか、アレは俺が勝手に「お母様」に「家族だから」という押し付けた幻想を抱いたのが原因で、「お母様」に騙された訳ではないよな。数に入れられない。
となると、一番最近に「騙された」事は...いっぱいあるけど、傷つけられる程の騙しはないな。
強いてあげるのなら、紅葉先生の過去を聞いた時以来、かな?あの事も微妙に「騙された!」とは言えないが、心を抉られたな。俺が数えきれない殺人罪を犯した「大罪人」である紅葉先生を匿う決断をする程、この世界に対して怒っていた。
「無知故に、騙された事があるね。」
「それで、誰も信じられなくなったの?」
「あ、いや、それは最初から。
特にお父様と一緒にいる時に、よく嘘つき共と会うよ。
ほら、色んな分野に、手広く首を突っ込んで、商売をする『守澄財閥』だからね。騙し合いはもはや挨拶代わりだよ。」
「そうなんですか。
もし誰かが姉様を騙して、姉様に人間不信にさせてしまったら、その落とし前を付けてもらおうと思ったのですが、残念です。」
「そんな事を言ったら、雛枝も将来大変だよ。」
「あたし?」
「そうよ。政治に首を突っ込もうとしているのではないか。」
「え、何で?何であたしが政治に?」
...ん?
歳不相応に色んな事を考えでいたから、賢い娘だと思っていたが、そうでもないのか?
「『政府』と戦争した後の事について、何も考えていないの?」
「か、『勝たなきゃー』と、おもってます、よ?」
「勝った後は?」
「それは...」
「『勝敗がまだ決まってないのに、そんな事を考えるな』という人もいるが、雛枝の立場ではそうもいかないよ。何のビジョンもないの?」
「......」
黙り込んだ。
「はぁ...」
まだ幼いから、政治に関わるには人生経験が圧倒的に足りない。仕方のない事だ。
「雛枝よ。結果はどうあれ、君は『一研』に転校後、喰鮫組の事を一度忘れて、私と一緒にお父様の元でよく勉強しようね。『政治』もまた『会社経営』と違う意味で、騙し合いの世界だから。」
「忘れてって...あたしも姉様とただただ一緒に学園生活がしたいが、母様を一人にませんよ。あたしがいないと...」
「どうせお爺様が裏で糸を引くから、心配はいらないでしょう?お母様が組長になったのも、お爺様の決定ではないのか?」
「っ!」
やはり、か。予想通りだな。
...が、雛枝が俺の予想を超えた話をした。
「噂では、あのジジイが母様を組長にする為に、自分の他の子供達を殺したと。血の繋がった他の元若頭を殺して、唯一の娘である母様を組長にしたと、聞いた事がある。」
「...ごめん、雛枝。よく聞えなかったんだが、もう一度言ってくれない?」
「い、いや!姉様はなにも気にしなくていいです!何も聞かなかった事にしてくれ!忘れて。」
「そうだね。忘れる事にするわ。」
お爺様、一体どんな人なんだ?
「とにかく、恐らくお爺様は百歳までこの組を支配するつもりでしょう。
そういう事なので、雛枝がどうしても『組長になって、世直し』とかがしたいのなら、きちんと組織管理とか、政治に関する事を学んだ方がいい。何の考えもなく国家転覆の『手伝い』をした後、何をすればいいのか、何を気を付ければいいのか、一から知る必要がある。
お父様を崇拝している訳ではないけど、あの人の元でなら間違いなく多く学べられる。」
「考えが足りんかったのは分かったが、一からは、ね?」
「あのね、雛枝。君の『姉様』は本当は『ゼロから』と言いたいんだよ。
財閥の運営に関する事からだが、各国政府への賄賂じみた事をするから、『政治』を覗き見程度はした。それだけで、『政治』が如何に難しい事なのか、かじった程度の私でももう分かるくらいだよ。
手段が欠けた理想はただの空想。その手段を学ばず、理想を叶えようだなんて、子供のわがままだ。
雛枝の理想は本気、なんだよね?」
「......」
またも黙り込んだ。
...あっ、違う!雛枝がちょっと涙目になっている!
しまった!子供相手に強く言い過ぎた!
「雛枝。」
声を優しくして、「妹様」の頭を胸の中に抱きしめる。
「一緒に学ぼう。
私達はまだ幼い子供だ。知らない事を、これから知っていけばいいんだよ。」
手で雛枝の髪の毛を優しく梳き、ゆっくり撫でた。
「あたし、姉様に言われるまで、何も考えていなかった。
自分は凄い、自分は強いとばかり、自分ならなんだってできるとばかり思ってた。
でも、本当のあたしって、自分の組でも発生していた子供の誘拐事件すら、何も知らなかった。頼られているだと思ってたのに、利用されているだけだったんだ。」
「......」
「あたし、バカだ。何でもできると思って、何もできていない無能だ。」
「......」
「...何か言ってください。」
「なにが聞きたい?」
「え?」
「慰めて欲しいの?叱って欲しいの?
それでも、私のままの言葉が聞きたいの?」
「...慰めて欲しい。」
「そうか。」
嘘か真実か関係なく、はっきりと要望が来たのなら、その要望を叶えよう。
「雛枝は無能ではないよ。寧ろ有能だから、頼られているから、知られないように、千草さんから真実を隠されたのだ。」
「え、千草が?」
「今は喰鮫組にとって大事な時でしょう?
そんな時、国王と対抗する組の切り札に心労を掛けたくないと、千草さんが君に気を使ったのだ。
まだ何の手掛かりのない、全国レベルの大事件、いつ解決するかも分からない迷宮入りしそうな事件。そんな事件を、もうすぐ政府との戦争が始まる時に、教えられなかったのだ。」
「どうして?」
「教えたら、雛枝がずっと事件の事に気を取られて、戦いに集中できないと思ったからだよ。
気を取られ、ミスをして、命を落とすかもしれないと。」
「そんな事にはなりませんよ!あたし、ミスをしても、絶対に死なない!絶対の絶対!」
「でも、千草さんは雛枝ではないでしょう?雛枝がどうなるか、分からないでしょう?」
「それは...」
「だからね、雛枝。まだ幼い君を戦場に立たせるのは心苦しいけど、国王と対峙できるのは君しかいないから、組のみんなは仕方なく君を頼った。まだ幼いのに、君の力を頼りにした。
それなのに、それ以上に君の心労を増やすのは耐えられないと思うのは当たり前でしょう?大人達が揃って幼い女の子の君に、何でも言って頼るというのは、君に負担を掛け過ぎるでしょう?君の事を思って、困っていても、君に頼るのが心苦しくて、出来なかったのだよ。」
「頼って欲しいのに、『頼れなかった』の?」
「君が頼って欲しいと思っても、君を大事にする人達は君を頼れなかったのだよ。
君を守りたくて、君の幸せを願って、君の望まない事をしたのだよ。
実際、千草さんは君に殴られても、防御もしなかったのでしょう?」
「そう、ですね。避ける事もしなかった。」
「君はバカではない。君が考えた太古の遺物再利用方法がそれを証明している。」
「あぁ、それは別にあたしが...」
「着眼点を変えれば『太古の遺物』も使える。それは誰にだって思いつけるが、結局雛枝にしか思いつかなかった事でしょう?謙遜する必要はないよ。」
「そう?えへへ。」
「お母様の手伝いだってそう。組長なのに、お母様が組員に頼られていない事に気づいて、それを変えようとしたから、『手伝い』を始めたのでしょう?」
「そうです、けど...分かるの?」
「分かるよ。あの丸川顧問のお母様に対する態度、それに対して君が取る行動等々から、簡単に推測できるよ。
君がバカなら、気づく事なんてできないでしょう?優しさだけで『手伝い』が出来なかったのでしょう?」
「うん、そう。それも気づいたの?」
「母親が極道の組長だが、なりたくないでしょう、若頭?だけど『手伝い』をしている。『優しいね』の一言で納得できる程、私の性格はよくないよ。
だから気づけたのだよ。私の双子の妹がとても優しい娘で、凄く賢い娘だね。自慢な妹だって、思ってるよ。」
「姉様ぁ♡。」
「雛枝、君はとても良くできた子だ。良くできて、それでみんなから頼られている。
けれど、その同時に君は私と同じ歳の幼い女の子。どれだけ『頼りになる人』でも、『守ってあげたい幼い女の子』でもある。隠し事されても、それは君を軽んじているからではない。大事にしているから、敢えて隠しているのだ。
だから、安心して。君はとても頼りになるし、十分すぎる程に賢い。
優しい優しい雛枝、私の自慢な妹、私の可愛い妹。」
最後に雛枝と額をくっ付いて、優しく微笑んでみた。
そして、雛枝から少し照れた安心した笑みが返ってきた。
「ねぇ、姉様。今の、何割が演技だったのです?」
「何割だと思う?」
「分かんないから聞いてるんじゃないですか!意地悪しないでください。」
「『慰めて欲しい』という要望に応えて、優しさを出しただけだよ。何割とか計算していないよ。」
「でも演技してたんだね。
今、思い返してみたら、千草が一部の情報を隠した事が組の奴ら全員、あたしを気遣ったからなんて、ありえない話じゃないですか、ただの憶測じゃないんですか。
それを如何にも『そうだよ』と思えるような語りで、あたしが千草を殴った時の事をもストーリーに組み込んで、一瞬本当の事だと、本気で思ったよ。
ねぇ、今あたしが言った事、合ってるでしょう?」
「雛枝は賢い娘だからね~。」
「あー!今凄く嫌な気分になりました!弄ばれた気分です!
もしかして、姉様?姉様がその気になったら、男にモテまくりでしょう?」
「それについてお父様から警告を受けてまーす。気を付けるようにしていまーす。」
「微妙に棒読みが気になりますね。
ってか、あたし女なのに、弄ばれてた!
姉様、性癖が女の子?」
「雛枝、はしたない単語を使わないように。
それと、私はノーマルだ。」
「いや、あのイケメン野郎先生も、昨日姉様と一晩いたし、もしかしたら、既に...」
「...姉で妄想するのが好きなら、もう何人を追加してあげようか?
雛枝がちょっとライバル視しているのかな?の千条院家の長女である星ちゃん。私が星とあだ名で呼んでいる、私の唯一の親友だ。普段はよく手を繋いでいる。」
「ふぁっ!?」
「私の事を『ナナエお姉ちゃん』と呼んでいる義理の妹、ヒスイちゃん。あの子の面倒を見ていた旅館から、私が直々に妹にした。可愛いから。」
「へぇ!?」
「猫大好きな私はよく玉藻を抱いて寝てた。」
「...」
「万一記憶が戻ったら、もしかしてあき君の事も...」
「もっ!もう分かったから、分かりました!この話はやめましょう!あたしの心臓がもちませんわ。
あたしが姉様一途なのに、姉様が色んな人に八方美人なんて、想像したくありません。」
「安心して、雛枝。私はキス以外、全部未経験だよ。」
「キスは経験済み!?」
「さぁ、どうでしょう?」
「......
姉様は『姉』、ですね。」
「双子の『姉』だよ。
ふふっ。」




