第七節 部活動⑤...推理長い!地図はアプリ
「千五十七件!マジ!?」
最初に反応したのは雛枝だった。
「千件も超えているのに、母様に報告しなかった?ふざけんな、てめぇ!」
彼女は千草さんの襟を掴んで、更に彼のお腹に裏拳を入れた。
前触れもなく急な暴力、えげつねぇ。
うわぁ。千草さん、痛そうに顔を顰めている。チート少女雛枝に本気パンチを入れられたのか。
俺だったら、お腹に穴があけられそうだな。
けど実際、最初に反応したのは確かに雛枝だったが、それも少し時間が掛かっていた。ぼーっとしていた雛枝を止めようと思えば、止められる程の長さだった。
なのに止められなかったのは、俺も雛枝と同じ、「千」という単語で一瞬思考停止してたからだ。一件だけじゃないという予想はしていたけれど、それも精々十数件、多くて数十件と、百を超えないのだろうと甘く考えていたからだ。
まさか、千を超える程の通報があったとは。これで、望様達に探ってもらっている警察への通報数と合計したら、二千も...
いや、通報されていない案件もあるのを考慮に入れれば...
「千草てめぇ、あたしに隠し事無しっつってんだろうか!何でこんな重大な事、隠し持ってんだ?アァン!?
吐けっ!
他にも隠し持ってるん事、全部吐けや!オラッ!」
「お、落ち着いてくだせぇ、お嬢。く、首を絞められてると、っほ!小生も、喋るに、しっ、喋れまっ、せん。」
「口答えすんなッ!」
雛枝は更に千草さんを床に押し付けて、容赦なく彼に顔に拳を連打する。
それを呆然と見つめる俺。「止めなきゃ」と思いながらも、「千」という文字が何度も脳裏に浮かび、体がうまく動かない。
...なるほど。俺は今、動揺しているんだ。
じゃ、えっと...じゃ、どうやって冷静を取り戻す?
いつものように「怒り」の感情を利用したら逆効果。目の前に丁度反面教師がいる。
え、じゃ一緒に千草さんを殴ればいい?いや、落ち着けよ、俺!俺の方が反動で手を痛めるだけだ。
あ、自分の方が弱いのはちゃんと分かるんだ。完全に冷静さを無くした訳じゃないって事だな。
なら...どうしよう?
たぶん千草さんは暫く持つだろう。
雛枝も死なない程度に力を制限していると思う、俺の楽観的推測だけど。
じゃ、とりあえず、何か別の事を考えて、冷静になろう。
くだらないショートストーリーでも創って、「アホか!」ってツッコミを入れて、冷静さを取り戻そう。
...いや、こんな事を考える暇があるなら、まず雛枝を止めろよ、俺!
「......」
千草さんの顔に二発のパンチを入れる雛枝を呆然と見つめた。
だめだ!
今、心の中で雛枝を応援してしまった!「もっとやれー!」って喝采を送りそうになった。
やはり時間を掛けて落ち着こう。理不尽な暴力にさらされている千草さんに申し訳ないが、今は「くだらないショートストーリー創り」に集中しよう。
くだらなければ、くだらない方がいい...むーん。
ムーン...月の夜。
月の夜、夫婦の営み。
新婚初夜、妻が夫に「ねぇ、あなた。子供何人欲しい?」と耳元に囁く。
それを聞いた夫が急に体を起こして、満面笑顔で更に妻の体を抱き起して、「百八人!」と大声で言った。
その後、夫は嬉しそうに妻を強く抱きしめた。しかし、抱きしめられた妻は引き摺った笑顔をする。
きっと妻は夫のこの天然さに惚れて、結婚したのだろうと、俺は推測する。
「アホか!」
妊娠から出産まで、どれ程の時間が必要なのかくらいの知識を持っとけ!どんだけ「純粋培養」なんたよ、夫!
「はぁ...」
よし、深呼吸して、落ち着いた。
本当にくだらねぇショートストーリーを考えて、自分でツッコんだな、俺。ヒスイちゃんに心を読まれたら、完全に変人だと思われるだろう。
...いや、ヒスイちゃんはまだ幼いから、頭を傾けて、その上にはてなマークでも浮かべて俺を見つめてきそう。
「...姉、様?」
急な俺の叫びに雛枝の気を引いてしまったようで、千草さんの顔に四発目のパンチを振り下ろしている最中が、ゆっくりと頬にあてるだけで終わった。
「えっと、姉様も...する?」
するって何?俺に千草さんを殴れって?
いやいやいや。俺は別に喰鮫組の組員じゃないから、する理由もないし、したい気持ちもない。
っていうか、冷静になった今の俺だが、実は雛枝は千草さんに振るった暴力は八つ当たりであっても、理不尽なものではない事にまで気づいてしまった。千草さんがもう少し「子供誘拐事件」を重く考えて、早めに雛枝達に報告していれば、千何件も起こっている大事件にもならなかったかもしれない。
...事後論だな、これは。最初は些事だと、千草さんも言ってたのだろう?大事件になるなんて、だれも予想付かなかったのだろう。
となると、俺が今すべき事は事件解決に向けての情報収集?
...いや、先に雛枝を止めろよ、俺!
どうやら、少し落ち着いていたが、まだ「冷静」までになっていないな。
しかし、ならば、だ。ここにもう一つ難問が出てきた。どうやってブチキレた状態の雛枝を止める?
雛枝を止める?ははっ、今の俺が?流れ弾ならぬ、流れ拳に吹っ飛ばされるのがオチだろう。絶対無理...なんて、普通ならそう思うよね。
だけど、雛枝はこの国の警察にとって「第一級要注意人物」と見られている程の危険人物だが、今の俺は彼女の長年離れ離れになっていた姉様、超懐かれている。
そして、雛枝のブチキレ状態の方も、俺の急な叫びによって勢いを失っている。今の彼女の顔を見れば分かる。まだ怒りが残っているが、俺に向けている視線の中に戸惑いの感情が混ざっている。
ふー...そんなに「姉様」が大事か。
なら、軽く一芝居をしようか。
「雛枝ぇ~」
震えた声を作って、更に雛枝に縋るように左手を伸ばす。腕に力を入れて、手が震えている演出まで加えたか弱い少女を演じた。
つまり、実際はもう冷静になっているが、まだ動揺していて、パニック状態に陥っている姿を装ったって事だ。
あ、ならば口も閉じずに半開きのままの方がいいかも。
「えっ、と、姉様?」
俺の演技を見て、雛枝がすぐに駆け寄ってくると予想していたが、外れた。逆に雛枝を更に戸惑わせてしまい、千草さんに馬乗りしたまま動かなくなった。
ちっ、俺の演技が下手くそだったのか。流石に顔の色を青くする事は出来なかったが、心配させるに十分な演技だと思ったのに。
仕方ない。なら、更に一押し!
「ひ、なぇ、手...」
弱々しい声をもう一度雛枝を呼び、更に少し呼吸を浅くして、動悸状態を演出した。
「わ、分かった!姉様。」
そう言って、ようやく俺の側に駆け寄ってくれた雛枝は椅子に座り、自分の右手を俺の左手を重ねた。
「ほら、手だよ!暖かいでしょっ?分かる?」
重なった俺と雛枝の両手、その指をゆっくり動かして、お互いの指の隙間に補うみたいに埋めていく。
「雛枝...」
「姉様...」
俺達は笑い合って、そしてしっかりとお互いの手を重なった後...俺は思い切り左手を捻った。
「痛っ!」
すぐに椅子から立ち上がった雛枝は不自然な体勢で、疑問を満ちた目で俺を見る。
「何すんの、姉様?」
「ふふ。ちょっとイタズラがしたくて。」
笑顔でそう言った後、俺は雛枝の手を放した。
「もうぅ。何なの、姉様?さっきの、全部演技?」
「雛枝を落ち着かせたくて、一策を講じたの。
演技、上手くなかった?」
「上手すぎよ!あたし、本気で心配してしまって、『何とかしなきゃー!』と思って手を合わせたら、まさか捻られるとは。」
「痛かった?
ごめん。私程度の力では、痛くも痒くない、と思ってた。」
「...いや、ごめん、姉様。反射的に『痛っ』って言ったけど、実は痛くなかったの。」
「あははー、それはそれでショックですよ、雛枝様ぁ。」
苦笑いをする俺。
そんな俺の顔を見て、雛枝も「しょうがないな~」みたいな苦笑いを返してくれた。
「お二人は本当に仲が良いのですね。」
千草さんは立ち上がらず、座ったままに自分の顔とお腹に治癒魔法を掛ける。
そんな千草さんを見て、また怒りが沸いたのか、雛枝が眉をしかめた。
マジか...この子、また千草さんに八つ当たりするつもりか?千草さんの声がしただけで、また振出しに戻ってしまうのか。
それだと、いつまで経っても話が進まない!
そう思って、俺は透かさずに雛枝の手を掴んだ。
「姉様?」
「離さないから。」
「え?」
「無理にどこかに行くと、私が引っ張られて、椅子から転び落ちるわ。
でも、離さないから。」
「えっと...あたしにどこにも行くな、と?」
「『私にやらせて』って言ったでしょう?
だから、椅子に戻って。」
「...はぁ。分かりました。
姉様はやっぱ母様の子ですよ。」
チッ...
あのクソババァともう一度話がしたいと思っているが、俺個人はまだ感情であの人を許していない。
が、今は俺の取るに足らない個人感情より、千草さんから続けて事件の話を聞きたい。
「千草さんには事件に関して幾つの事を訊きた...かったけど、ごめん。先の事件数を耳にした瞬間、その訊きたかった事を度忘れしちゃって。
ちょっと時間をくれ。」
「...はい?」
困惑な表情を見せたが、千草さんはそれ以降口を開かず、俺を待った。
まぁ、「度忘れ」のは実は嘘だけど、頭の中の混乱がまだ治まっていなくて、思考を整理する為に時間が必要なのは嘘じゃない。
さて、元々俺は千草さんに何の質問しようとしたのか。
これについて、まず俺自身が何を知りたいと思っているのかを明確する必要がある。
となると、もう一度事件について、おさらいする必要がある。
事件は、氷の国での子供の誘拐。メリットの殆どないこの犯行について、疑問が尽きない。
まず、なぜ誘拐する?
これについて、先程に得た回答は「解決数ゼロ」と「脅迫状なし」の二つだ。
つまり、現時点では動機が不明。なるほど、俺は既にこの質問についての回答をもらっていたのか。
犯人の動機が不明なのは事件解決における最大な障害だが、現時点では解が出ないのだろう。次の質問を考えよう。
次に、誘拐に関する組織についての予想。
これは犯人の動機にも繋がる疑問だが、確か先程には「政府」と「喰鮫組」のどっち側にも被害が出ている、という話があった。
その時はすぐに「第三勢力」の可能性について考えたが、よく考えると、分かったのが被害地域だけであって、被害者がこの国に住む一般の市民なのか、政府・喰鮫組関係者かについて、まだはっきりしていなかった。
「千草さん。」
「はい。」
「......」
ちょっと待って。
そういえば、被害者関係について、まだもう一つ聞きたい質問があったな。
...いや、二つか。ただ、後者の方は後に望様達と再会してから、ヒスイちゃんに訊く方が確実、か。
「あの、守澄さん?」
「もうちょっと待って!」
今は俺の思考を邪魔するな。
えっと、被害者関係について、俺が知りたいのは「どっち側の人間」と「一般市民か関係者か」、それ以外に何があるのか。
件数の多さに気を取られて、謎の犯行手段ばかりに脳を使っていたか。もっと小さい問題に目を向けて、理由を考えよう。
きっかけとなったその夫婦は子を失った悲しみに明け暮れて、体がかなり弱っていたな。その時に俺は何を思っていたのか。
そして、それ以外についてに訊ける事はあるのか。
......
そっか!
「すまん、千草さん!ちょっと...あっ!」
訊きたい事を思い出して、すぐに千草さんに声を掛けたが、自分が年上相手に敬語を使っていない事に気づき、慌てて手で口を押えた。
「ごめなさい!」
「はい?何の事でしょうか?」
と、千草さんが頭を傾ける。
俺の言動に失礼だと感じてなかったのか?
あっ、そういえば今、俺の近くに俺と同い年なのに、千草さんに失礼な言葉遣いをする、雛枝という名の女の子がいたな。
まあいい。千草さんが気にしてないなら、質問を再開しよう。
「千草さん。まずはっきりしておきたい事だが、被害を負った人達は一般人ですか?」
「...それはどういう意味なのでしょうか?」
「分かってるのに、惚けないでください。時間の無駄です。」
「...主に一般人です。
ですが、うちの組の構成員にも被害が出ています。」
「政府側の方も?」
「ご想像した通りです。」
「『ご想像』という抽象的な表現はやめて。はっきり言いなさい。」
「...喰鮫組が掴んでいる情報では『政府関係者の中にも被害が出ている』らしい。お生憎、政府関係では喰鮫組も正確な情報を掴めなくて。」
「敵対しているから?」
「はい。」
「では、どうやって曖昧な方の情報を手に入れましたの?」
「政府側には喰鮫組の工作員を派遣しています。
誰かは申し上げられませんか。」
「食いつく気はないから安心して。
では、次の質問。被害を受けた家庭は『一人っ子家庭』ですか?」
「...それは、今思いついた、のですか?」
「少し前に思いついた事です。
それで、回答は?」
「...あなた様に隠し事はできなさそうですね。」
「一つと引き換え、その他を見逃しているのです。包み隠さずに教えなさい。」
「分かりました。
それで、先程の質問の返事ですか。全員、一人っ子家庭です。」
「っ」
当たりかよ。クソっ!
だが、これで星を望様と一緒にさせた甲斐があったな。後での警察側の脳裏情報が楽しみだ。
「あのう、姉様?もしかして、あの時に、すでに...」
「そだ。ファミレスの時。」
雛枝の質問に素っ気無い態度で返事した。
今は雛枝を構うより、目の前の難問に集中したい。
「千草さん、次の質問だが、はっきり教えてください。
喰鮫組はこの『子供誘拐事件』について、どのくらいの真剣さでやっているのです。」
「これはまた、曖昧な質問ですね。どう答えればいいのか...」
「そうね。返しにくい質問でしたね。では、訊き方を変えます。
事件解決に割り当てられた人数の割合はどのくらいですか?」
「...守澄さん。喰鮫組の現在総人数について、お知りになりたいのですか?」
むっ、千草さんの表情が少し険しくなっている。となると、軽々しく触れていい話題ではなくなっているって事か。
俺が知りたいのはあくまで「子供誘拐事件」に関する情報だけ。興味はあるが、喰鮫組の規模を知る必要はないし、知ったところで実感が湧かないのだろう。
なので、半歩ほど下がる事に決めた。
「いいえ。『真剣さ』についての質問です。
具体的な人数を教えなくていいです。ただ、千草さん的には十分な人員をこの事件に割り当てているかどうか、それが知りたいのです。」
「そうですか...
本音を言うと、割り当てた構成員数は十分とは言い難いのです。」
「その理由は?」
「実は...」
そう言いながら、千草さんは雛枝に目を配ると開いた口を閉じた。
横の雛枝に振り向くとばつの悪そうに顔を伏せていた。
雛枝と出会ってから、彼女から俺に何か隠し事をしてる感がしていた。
それに気づいて今日踏み込んでみたが、どうやら踏み込みが足りなかったみたいだな。
しかも、今回の事件にも関連がありそうだな。
ただ関連があるだけか、事件の二次被害を負っただけか...事件が起こった原因なのか。
......
「雛枝。後でまたお話ししましょう。」
そう言って、俺は雛枝の頭を撫でながら、出来るだけ優しく感じるような微笑みを彼女に見せた。
今更の話だが、俺は女の子に甘い!その事に誇りすら感じている!
「うん」
少し頬を赤らめながら頷く雛枝、はにかむような笑顔を浮かべる。
よしよし。可愛いし、躾の成果が出ているようで、俺も嬉しい。
「千草さん。とりあえず、何らかの理由で、事件解決に向けて十分な人数を遣れなかった事が分かりましたわ。
そして、考えてみたら、これほどの大事、もはや国家レベルな大犯罪事件ですね。幾ら人を割り当てても足りないのだと、今思いました。
だから、次の質問に入りますね。」
ようやく頭がまともに働けるようになったのか、喋りながらでも、訊きたい質問が次々と湧いて来てくれた。
「今の地図では『事件が起こった区』までは分かるが、具体的な数字が見えません。どの区にどのくらいの被害が出たのか、それをまとめた地図はありますか?
できれば、その区の事件発生場所まで詳細に分かる『区の地図』も欲しい。それもありますか?」
「守澄さんは地図を見るのが初めてですか?」
「え?」
何、この質問?「初めて」?
まさか、この世界の地図が俺の知っている前世の地図と何かが違うのか?
「...今までは体が弱くて、外出できませんでした。」
千草さんに違和感を持たないよう、呆けた表情をゆっくりと悲しそうな笑みに変える。
「地図を見る必要がありませんでしたので。」
とっさに自分の「病弱設定」を思い出して、俺なりに儚げな少女を演じたつもりだが、通じるのか?
「千草!姉様が屋敷から出られなかった事を言ったろ!?
何で姉様の傷を抉るような質問をした!」
「いいいぃいぃ、いいえ!|小生は決してそのようなつもりで訊ねた訳では...」
都合よく雛枝がフォローを入れてくれた。
いいぞ、雛枝!もっとやれっ!俺に危うく恥をかかせた千草さんをイジメろ!
「守澄様!無神経な質問をして、申し訳ありませんでした!お許しください。」
「いいえ、こちらこそ、気を使わせてしまって。
ダメですね。外出できるようになったというのに、未だに地図の一つも見ていなくて、ずっと他人任せしてきましたね。」
お互いに謝って、俺は上面の謝罪を千草さんにした。
やはり、千草さんは侮れない人のようだ。言葉一つ間違えれば、すぐに違和感を持たせてしまう。
なのに、雛枝は千草さんの事を「バカ」という。
もしかしたら、千草さんは敢えて雛枝に自分の事を「バカ」だと思わせた?言葉遣いが丁寧なのに、雛枝にそう思わせた?
...雛枝の代わりに、千草さんを常に警戒しておこう。
「先程のご要望ですか、守澄様。」
「あはは、『様』はやめてください。」
「では、守澄さん。守澄さんから見て、地図の右下にある四つの四角形の一番後ろのを、指で触れてみてください。」
「右下の四角形?」
よく見ると、地形を表すくねくねした線しかない筈の地図に、不自然に四つの正方形が右下に並んでいた。
「魔道具だったのか。」
呟いて、千草さんの言う通りに四つ目の正方形に軽く押してみた。
すると、急に赤い点の上に数字が表して、立体な地図となっていた。
「へぇ~。こういう仕組みなのですね。」
そして、魔道具の操作をしたにも関わらず、俺は元気のままだ。あまり魔力を使わない、俺に優しい魔道具で助かった。
「守澄さんが今日初めて『地図』というものを目にしたのなら、僭越ながら、小生が軽く説明とさせていただきます。
まずは...」
「あのね、姉様!」
急に千草さんの言葉を遮って、雛枝は俺に体を思い切りに寄せて、左人差し指で二番目と三番目の正方形を指さす。
「二番の四角形を触れば、地図が地形が分かる立体地図になるの。んで、三番は触れた瞬間の実際映像になる、外観のね。
一番が元に戻るってヤツ。最初の三つがデフォね。」
うわぁあああ!めっちゃくっ付かれているぅぅぅ!雛枝から女の子の匂いぃぃぃ!
「四番がたぶん千草が追加した分だけど...姉様、大丈夫?」
「雛枝、苦しい!横からだと苦しい!」
「え?」
理性の方はともかく、「苦しい」という言葉は本当だ。胸が雛枝の力一杯のくっ付きに横にずらされて、心臓が圧迫されてるっぽいで、呼吸がしにくい。
あぁ、そういえば、前世、久しぶりに飼い主に会う大型犬が飼い主に飛び込んで、床に押し潰した動画を観た事があるなぁ。飼い主がその犬に無茶苦茶に舐められて、嬉しそうにしていたなぁ...あっ、これって、走馬灯?
ははっ、まさかぁあああ!
「あ、ごめん、姉様!ちょっと力加減が!」
そう言って、雛枝はすぐに俺から離れた。
そして、またもばつの悪そうな表情を浮かべる。
「あたし、姉様が千草とばっか話してるのを見てて、自分も姉様の役になるんだーって躍起になっちゃって。その...」
...まぁ、雛枝もまだ子供だもんなぁ。「姉様」が取られると思って、嫉妬したんだろう。
俺も前世で、妹と親友が付き合い始めた事を聞かされた時、妹と親友が同時に奪われた気分になって、すっげぇ嫉妬したしな。微妙な気持ちを抱えたまま、確か二三ヶ月も経ってから、ようやく二人が付き合ってる現実だけを受け入れた。
懐かしい。
あの頃の俺はもう大学卒業したのに、子供のように拗ねてたな。
...俺より先に彼女できた親友、しかもその彼女さんが俺の妹で、もう!
ちくしょう!羨ましい!けしからん!人の妹を!!!って、すっごく複雑な心境だった。
って、ダメダメ!前世の事を思い出すな、俺!今を生きろ!
「雛枝。今日から一緒に寝よっか?」
「え?えっ、一緒に寝る?何で急に?」
「雛枝がまだまだ子供みたいだから、お姉ちゃんに甘えたいよね?
ごめんね、気づけなくて。」
「いや、えっ?一緒に寝るのはいいけど、その理由は嫌です!」
「まだまだ子供だから、いいよ、雛枝。お姉ちゃんに思い切りに甘えなさいな。」
「同い年!
そんな理由で一緒に寝るのは絶対に嫌!別々の部屋で寝る!」
「雛枝がそういうのなら、仕方ないね。」
よし!雛枝を慰めて、かつ「一緒に寝る」事を回避の二つの任務が達成した!
「お待たせ、千草さん。
...にやけるのを止めなさい。」
「くくっ、お二人のやり取りが微笑ましくて、つい。」
そう言いながらも、千草さんは俺を見る視線がどんどん鋭くなっているのは、俺の気のせいだろうか?
四つ目の正方形に指を当てて、地図を「区」別事件数が見れる状態にした。
「...ぱっと見、大体同じくらいですね。」
「はい、誠残念な事に。」
ばらつきがあれば犯人または犯罪集団の位置か、失踪者の集中位置か、そのどっちかが推測できる。そう思って、各区の事件数を見れるようにしてもらったか。
結局、得るもの無し、か。
そうなると、怪しいのはやはり「事件数ゼロの区」になってしまう、か。
でも、そういう区に目を向けさせようとする魂胆が見え見え過ぎて...いや、決めつけは一番危険だ。
裏を読める奴に対して、わざと裏を読ませてから、その裏を突くのは常識とすれば、更にその裏を突く可能性はゼロではない。
とどの詰り、映画でよく見る爆弾解除と同じだ。赤か青か、切るまで分からない。
「各区の詳細が見たい場合、指二本で見たいところに触れて、開くように指を動かせば、触れていた場所が拡大されて見れるようになります。」
「ふむ。」
地図アプリと同じ仕組みだな。
だけど、もうそんなのを知っても喜べない程に、俺はこの事件の複雑さに頭悩まされていた。
この線での捜査も、実際は詰んだ状態。突破口が見つからないのは苛立たしいな。
第三の勢力...こっちの可能性もまだ残ってるし。
はぁ...すべて最初からやり直し、また別の線から考えてみるか。
「千草さん。王族なら、『記録』に気づかれずに人を誘拐する事も出来ますよね?
というより、王族の権限を以て、『記録』を消す事も出来ますよね?」
「王族について、小生らも疑った事があります。
しかし、守澄さんの仰ったその二つに関して、どちらも不正解です。
今の王族は現国王一人のみ。千を超える犯行数と二ヶ月の時間制限では、例え雛枝様のように転移魔法が使えるとしても、無理すぎる事でございます。」
「転移魔法があっても無理?」
「転移はその危険性はともかく、同じ標高の場所にしか跳べないという制限もあります。犯行時間と事件現場が完全にバラバラで、どうシミュレーションしても、転移込みでも、二ヶ月で千五十七件は無理です。」
転移は同じ標高の場所にしか跳べない。
なるほど。だから、氷の国の転移魔法陣があんな高い場所に設置されたのか。しかも、遺跡ではなく人工で作った塔の一番上に。
自由に設置し、自由に跳べる訳じゃない上に、「禁術」とされ「印」で封じられる。ご都合主義ではない「転移魔法」という名の偽魔法じゃないか!
「そして、もう一つも不正解って事は、『記録』が消された事は一度もないと、考えていいのですね?」
「はい。一度でもあれば手掛かりとなれるけど、本当に一度もありませんでした。」
「改竄...は可能か?」
「不可能です。」
データの改ざんが不可能...「記録」という魔法がそれ程に凄いものなのか?
「姉様、今日観た映画を憶えてますか?」
「えぇ。
あぁ、そっか。」
改竄が可能だったら、この世界の「映画」はもっと発展していたのだろう。
改竄が不可能、削除された「記録」の復元も不可能。それ故に、そういうのを見つけたら突破口となりえるのに、それがない。
「千草さん。私が考えた二つの事以外に、他にありますか?」
「守澄お嬢様は本当に頭が良くて、小生らが長い時間を掛けて思いついた事を、この場ですぐに思いつく。」
「つまり、ないって事ですか?」
「誠に情けない話ですか。」
不敬にもこの国の国王陛下をも疑ってみたが、白だった。
む?この国の王族は一人しかいない?ご両親は?百歳の寿命制限だったら、祖父母がまだ生きていてもおかしくないのに。
王様がかなり若作りしていたか、何か不慮な事故か陰謀でご家族全員が死んだのか。
...王様は、一人きりだったのか。
......
「ちぐさん、他に犯行可能な種族はいますか?」
「『ちぐさん』?」
「え?あぁ、千草さんって呼ぶのがちょっと面倒く感じてきて、略しました。
嫌ですか?」
「小生は特に抵抗はありませんが...守澄さん、どうやらお疲れのようですね。」
疲れ?
...そうか、疲れ、か。確かに気が滅入っているよ。
「すーはー...」
一回、深呼吸した。
「座りっぱなしはよくありませんね。ちょっと歩くわ。」
「姉様、外出する?」
「いいえ、部屋の中でうろうろするだけ。」
とにかく、脳の疲れを回復する為に、軽く体を動かしたい。
そう思って俺は椅子から立ち上がったら、雛枝も一緒に立ち上がった。
「あの、雛枝?歩きたいから、手を放してもらえます?」
「放すよ。あたしはただ姉様の後ろから一緒に歩きたいだけです。」
「そう?」
アヒルかよ!ってツッコミたいけど、その光景を想像してみたら、なんだか雛枝がすごく可愛く思えて、我慢した。
そうして歩きながら、俺は千草さんへの質問を続けた。
「ねぇ、千草さん、他に犯行可能な種族は?」
「おりません。
『記録』を騙し、かつ魔法の使用痕跡を残さずできる種族は王族以外、それと雛枝お嬢のような『天才』以外はあり得ません。」
「ですよね。
なので、次の質問は、『ある時間帯』のみで、それを可能とする種族はいますか?」
「っ!」
個人犯行が不可能とされるこの「子供誘拐事件」、ならば組織的な犯行だと考えるのは自然だろう。
「喰鮫組がまだ調べ始めたばかりだというのに、もうそこまで考え着いてきましたか。」
「へへっ、姉様はお前らとは頭の出来が違いますよ!」
喧嘩上等なヤクザ者達と比べられても嬉しくないな。
何でこんな簡単に思いつくような事を、二ヶ月も掛けてようやく気付くのか、寧ろそっちの方が理解できない。
「...現時点での収穫は?」
「さっきも言いましたけど、まだ調べ始めたばかりです。
ですので、現時点で見つけた『ある時間帯で』のみ、そして人数的にも可能な種族。その疑いを掛けられるのはまだ一種族しかいません。」
「一種族...」
人数的に可能でも、「調べ始めたばかり」の前提なら、恐らくその種族全員が容疑者だと考えれば可能、という事になる。
それは同時に、一人でも違ったら不可能、とも考えられる。蜘蛛の糸だな。
いや、ネガティブに考えるのを止めよう。
ようやく可能性が見えて来たのに、先に否定してどうする?
「して、その種族名は?」
「妹分を疑うような真似をしたくないけれど...バタフライです。
本家舎弟頭の園崎蝶水と同じ種族の、幻惑系魔法長者のバタフライ一族です。」




