第七節 部活動③...双子姉妹の秘密
「まさか姉様が空約束するとは。」
雛枝と二人きりで最も近い喰鮫組の支部に向かう途中、彼女は大きなため息を漏らした。
「昼過ぎなのに、まさか氷の国がこんなに寒いとは。」
重ね着に加え、氷山の内部。けれど、寒さで自分の髪を使って頬を隠す俺は無駄口を叩いた。
そんな俺を見兼ねて、雛枝は自分のコードを俺に被せてから、耳元で小声で、「姉様、恐らくあの二人のお子さんは...」
「既に死んでる。だろう?」
俺は雛枝の言葉を遮った。わざと雛枝の気遣いを無下に、普段通りの音量で返事した。
雛枝にとって、俺は今も彼女と別れた頃の姉・守澄奈苗なのだろう。
だか、実際の俺は彼女の知っている「奈苗」ではない。彼女の会いたがっていた「姉様」ではない。
もし、彼女が年相応の純真の女の子だったら、俺は夏休みの最後まで彼女の姉を演じるつもりだった。けれど、彼女は...気遣いも出来る賢い子だけど、喰鮫雛枝はただの十四歳の女の子ではない事を、俺は知った。
「私は故意にあの二人に希望を持たせるような事を言った。」
歩きを速め、雛枝の少し前に歩く俺は冷たい口調で、振り向かずに言い放った。
「見つからなかったら、姉様があの二人に責められますよ?逆恨みされる事もあり得るよ?
それなのに、どうして嘘を吐いたのです?生きたまま見つかる目途は万一にしかないのよ。」
「どうして、嘘、か。」
今の雛枝はどんな表情をしているのだろう?
驚いているのか、怒っているのか。
少なくとも、声からして、俺の事を責めているというより、心配しているように聞こえた。
「見つからなくても良いとすら思っているからだ。」
「えっ?」
「不思議か?私の他人を裏切っても気にしない発言。」
足を止め振り向く。
敢えて怒らせるような事を口にしたのに、雛枝の顔に怒りの色がまだない。
意外だ。
かなり短気なわがまま娘だと思っていたが、やはりそんなに単純な娘ではないようだ。
「...姉様は変わりました。」
「そう?」
「えぇ。
お淑やかさは相変わらずですけど、活発的にもなって、感情をはっきり見せる事も出来るようになった。」
お淑やかさが相変わらず?心外だな。
確かにそう演じてはいるが、気を付けていない筈。ちょっと目聡い人なら、簡単に見破れるはずだと思っていた。
「けど、嘘も吐けるようになったのは...少し悲しいの。」
言いながら、雛枝の視線が下に向いた。
そう来たか。
怒りこそ見せていなかったが、雛枝は俺を責めた。
しかし、こんな風に俺を責める雛枝は、はてさて、本心では何を思っているのだろうか?
「...雛枝、喰鮫組の支部に個室はあるの?」
「もうすぐ着くし、丁度一番大きい支部よ。部屋も余ってる、洋室だけど。」
「なら、先に二人きりで話しましょう。
私も色々雛枝に訊きたい事がある事だし、いい?」
「いいけど...さっきの事、何か考えがあるの?」
「ついてからにしよっ。」
この世界の「洋室」と「和室」の区別があるのは何故だろう?と考えながら、近くの「天井」を突き抜けたビルに入った。
「相変わらずの豪華のお出迎え、ですね。」
二人きりになれる部屋に入れて、一息を吐いたが、ビルの入口でいきなり「おけぇりやさい!」の大歓迎に俺は腰が抜けそうだ。
「あたし一人だったら『転移』で済ませられたのでしたか。」
言いながら、またもため息を吐く雛枝。
「ストレスを感じる事か?」
「もう慣れたのですが、姉様がいる間はマジで止めて欲しい。」
...雛枝はもう、自分と俺達を別々の人間として見ていたのか。
そう考えると、俺も「はぁ...」とため息を吐いた。
「さてと...」
テーブルの前の椅子を引いて、俺は自然と足を組んで座り、腕も組んだ。
「雛枝は今まで自分の行ったすべての事、正しいと間違いの割合がどのくらいだと思う?」
ちょっと曖昧な質問だが、意図的なものだ。雛枝の返事次第、彼女の色々な事が分かると俺は思う。
が、何故か雛枝は椅子に座らず、ぼーっと俺を見つめた。
「...どしたの?」
「あっ!いや、別に!」
俺の催促に何か思う事でもあったのか、雛枝は少し頬を赤らめて、そそくさと対面の椅子を引いて座った。
...ま、今は深く追求しないでおこう。
「まずはファミレスでの私の嘘。雛枝ならどう返す?」
「あたしなら...」
当時の状況を思い浮かべていたのか、雛枝はゆっくり目を閉じた。
「嘘を吐きたくありませんが、本当の事も言いにくくって...たぶん、『手を尽くしますが、期待しない方がいい』的な事を言うと思うわ。」
眼を小さく開く雛枝、やりきれない表情を浮かべながら、頭を垂れていた。
「ふーん?」
「『ふーん』って、姉様?それだけ?」
「私から、何か雛枝が望む返事を求めているの?」
「その為の場ではなかったの?
なら、姉様は何故私と二人きりで話したいと思いましたの?」
「雛枝の事をちゃんと知りたいからだよ。」
「はへっ?」
素っ頓狂な声とは、今の雛枝が発した声なのだろうなと、心の中で冷笑した。
「...楽しそうに笑ってますね、姉様?」
「あら、顔に出てたの?」
「やはり姉様は変わりました。
いい方向に変わった部分もありました。悪い方向に変わった部分もありました。」
「それは雛枝だって同じじゃない?」
「っ!?」
今まで誰からにも言われた事がなかった、というような表情だった。それが、俺の推測が正しかったという証明にもなった。
正直者と子供を相手にする時、時々「その分かりやすさは、実は紛い物なんじゃないか?」って思うくらい、表情が読みやすかった。
殆どの場合、それは俺の深読みしすぎだと後で気づくが、性格故か、それでも毎回はいやな緊張が沸く。
捻くれてるな、俺。
「はぁ」とため息を吐き、俺は雛枝が返事する前に、先に口を開く。
「雛枝。私達はもう、とっくに昔の私達ではないわ。
私は記憶喪失、雛枝は生活環境の変化。
そうじゃなくても、私達は後少しで十五になる。まだ子供だけど、もう『子供』ではないわね。
雛枝は私に『変わりましたね』って言うけど、私が全く変わらなかったら、それはそれで変ではないのかしら?」
「......」
ん?同意も否定もされなかった?
俺の言葉を重く受け止めたのか、雛枝が返してくれた反応は無言だった。
...ちょっと無神経だったかもしれない。
雛枝にとって、いま彼女の目の前にいるのは、一緒にいた頃の記憶のない「記憶喪失した姉」。解釈次第では「姉の姿をした別人」にもなる。
しかも、中身は本当に別人だからな。「雛枝の事を知りたい」という言葉も、言ってはならなかったのかもしれない。
「少し、話を戻そう。
ファミレスでの事、雛枝は『嘘のない答え』をすべきだと思っているね。」
「...はい。
姉様のような返し方だと、過大に希望させてしまいます。
正直、後の事を考えると...残酷だと思います。」
「残酷、か?
あの母親、今日にでも死にそうな顔しているのに、『期待しない方がいい』という言葉の方が残酷だと思わない?」
「え?」
「もし私があの場で『貴女の子供はもう死んでいるのだと思う』とか言ったら、何が起こると思う?」
「そんなはっきり言ったら...!」
「可哀そう!」
「っ...」
「だよね?」
「...」
「嘘を吐いてはいけない。けど、他人の気持ちを考えないで、無遠慮に本当の事も言わない方がいい。
その考え方、間違っていないと思うよ。
寧ろ素晴らしい、とても優しいと思う。」
「...でも、姉様は違うのね?」
「えぇ、違うわ。
私は遠慮なしに、自分の思う事を言う。」
「思う事を、言う?」
「むっ?ごめん、間違えた。
思う事を言う、のではなくて、言いたい事を言う。
その場で、自分の一番言いたい事を口にする。」
「...ん?」
あれ?意外と考えている事を伝えるのが難しいな。
ヒスイちゃんがこの場に居れば...いや、心が読める程度では伝わらないかもしれん。
ならば、長くなるが、はっきり言葉にしよう。
「雛枝。私がなぜあの時、あんな嘘を吐いたと思う?」
「...二人を安心させる為?」
「えぇ、その通りよ。雛枝と同じ、私もあの二人の健康に気を遣ったわ。
母親の方は...もうなんたが...明日まで生きられないって感じだったから。」
「あたしの言葉では...あの言い方ではだめ、という事でしょうか?」
「弱いね、あれでは。
美徳であっても、正直さで人が救われる事は少ない。
赤点を取る子に『君は頑張ればできるだよ』と励ませば、赤点回避する事もある。それと同じね。」
「では、姉様のように、あたしもあんな風に嘘をつけばいいのですか?」
「『そうした方がいい』なんて、流石に言えないわ。嘘をつく事はやはりよくないと思う。」
「え?でも姉様は...」
「私は『言いたい事』を言ったわ。
今回は嘘を言ったが、嘘を言いたいわけではない。
屁理屈だが、心の赴くままに、口にしたい言葉をそのまま口にした。
それが嘘であるかどうか、決めるのは言い出した側と聞いた側の自己判断よ。」
「姉様?それって、詐欺師のよく言う『騙された方が悪い』と同じでは?」
「嘘を吐いてはいけないと思うのは良い事だと言ったでしょう?」
「むっ」
「ふふ、膨れ顔で睨んで来ないで。ちょっと言葉遊びをしたのを認めるわ。
それで雛枝、もしあの時、私は雛枝のように、諦めた方がいいと思う、等の事を言ったら、何が起こると思う?」
「うぅー...さらに凹ませると...
でも、あたしは励まそうと思ってて、それで何を言えばいいのか。
うぅーーー...」
「悩んだ末、結局今の雛枝は私のように、嘘をつけなかったでしょっ。
励めて、『信じて待って』とか言うくらいでしょう。」
「今聞いた限り、確か姉様のやり方が合理的だと思います。
でも、後々の事を考えると、やはり過剰な期待をさせない方が本人達の為になるし、何より姉様が悪者扱いされてしまうわ。」
「悪者とそうじゃない者達の違いは何?」
「え?」
「そんなの、結局他人の主観で決める事じゃない?気にしても疲れるだけだよ。
それに、『期待をさせない方が本人達の為になる』と君は言うけどね、果たして本当にそうなのか?」
見えない机の下で拳を握り締めているのか、力んたように雛枝の体が少し震えた。
この反応の仕方、偶然なのか、雛枝の無意識に出た動きなのか...一先ず記憶に留めておこう。
「あの時に見た二人の状態が――まぁ、私が見ると、って話になるけど――何日も持たないと思う。
奥さんの方、明日にも死にそうって言ったでしょう?結果が出る前に死んでしまったら...ね?」
「そう...ですね。たぶん、姉様の方が正しいのでしょう、ね。」
「分かってくれた?」
「正しい事ではない...って、姉様はそれを知ってて、それでも嘘をついたのですね?」
「嘘とは限らないでしょう?
二人の子が助かる可能性が極めて低いけど、ゼロではないみたいだし。」
「それでも、逆恨みされる方が、可能性、高いでしょう?」
「『約束したのにー!』ってか?雛枝のように嘘をつかず、遠回しに言っても、結局逆恨みされるかも、でしょう?最大限に安心させられる『嘘』の方が価値あると思うわね。
こっちは最悪、二度と会わなければいいだけの話だし、ダメージほぼないわ。
それに、私の言葉で長らえたその命、悲報を聞いた瞬間、自分の手でそれを断つ事も考えられるし、もう無いモノだと、切り捨てておけ。」
「そんな言い方は...」
「よくない事くらいは分かってるわ。
ただ、そろそろ私達姉妹、今のお互いの本性を見せ合う時期になったじゃないかなっと、私は思う。
雛枝は?」
「...あたしは姉様に隠し事をしていると、疑っているの?」
「逆だよ。
雛枝はとても素直に色んな自分を私に見せてくれた。
見せ切れていない分もあるでしょうけど、わざと私に隠し事をしているようには見えない。
だから、私も...まぁ、はは、遊び半分で嘘をつくと思うけど、気楽に雛枝と接したいと思う。せめて二人きりな時、砕けた自分を見せたい。」
「姉様...」
恥ずかしそうに苦笑いをする顔を作った俺に対して、雛枝は潤んだ目で見つめてくる。説得に成功したと思う一方、「ちょろいな~」と思った。
いやはや、俺って最低だな。知ってるけど。
「なら、あたしも...」
と、雛枝は「コホン」と咳払いをする。
「姉様?今のポーズって何、姉様の習慣?」
「今のポーズ?」
自分のポーズを見ようと視線を下に向くと、巨大の二つのナニかが視線を遮った。
...いや、自分の体に恥ずかしがってんじゃねぇよ、俺!ナニかじゃなくて...ナニかじゃなくて、体についているっていうか、体のパーツの一つっていうか。
男にもあるパーツで!口にして、恥ずかしいような単語ではなく、人体を構成する構造の一部分で...
「...胸、の事?」
「え?」
「こういうのって、個人差もあるから...私から見たら、雛枝も十分なモノを、御持ちって...」
「...姉様?今、何の話を?」
「いや、だって...ポーズの話でしょう?
私、体小さいのに、その...大きいじゃないですか。体力もないし。
時々支えておかないと疲れるというか、支えていても疲れるというか...
好き好んで大きくなった訳じゃないし、大きくても、良い事ないよ!大して動いていないのに、肩が凝るし。男の視線が真っ先にどこに向くのか、一瞬で分かるくらい、嫌な現実を思い知らされるし。
だから、手を組んでいるのは別に胸を他人に見せつけるのが目的ではなく、『習慣』って程でもないっていうか...」
「持てる者の傲慢!」
だらだらと言い訳を続ける俺に、雛枝は大声で一言それを遮った。
そして、口を閉じて、机にうつ伏せた。
...俺はどうすればいい?
この世界にも「成長期」というものはある。体が急激に成長し、大人な体つきになる時期。
その時期外では痩せるのも、太るのもかなり難しいし、体力もつけにくく魔力最大値も上げにくいが、時期内なら様々な部分が高速に成長でき、何もしなくても上がっていく。
他人と差をつけるに、決して逃してはいけない、成長する時期。
ただし、不公平な事に、その時期は種族毎違う上に、個人差も結構激しい。
守澄奈苗はとりわけその時期が短くて、「記憶喪失」前に既に「成長期」が終わっていた。
身長も体力もあまり伸びなかったのに、何故か胸だけは人一倍に大きくなっていた。
だから...本人にとってもそうだけど、これはどうしようもない事なんだよ。「持てる者の傲慢!」と逆切れされても、俺は何もできないぞ。
「雛枝...?」
恐る恐るに机の上にある雛枝の腕に触れる。
「えっと...」
何を言えばいい?
ドンマイ?いや、傷を広げるだけの気がする。
こういうの、人それぞれ?そんなありきたりな慰めは何の意味もない!「ドンマイ」と同レベルだ。
私、雛枝の胸が好きだよ?恋人の囁きじゃねぇよ!アホか、俺?
触ってみる?いやいやいや、女の子同士だと見せつけるような行為じゃん!ダメダメ!
「あー...」
つくづく、何で今の俺は「女の子」何だろう?男だったら、胸の大きさで女の子を怒らせるようなシチュエーションは絶対に起こらないのに!
「その、雛枝?」
無理矢理だが、話題を変えよう...
「アハハハ!何気ぃつかってんの、姉様?気楽って言ったの姉様じゃん!」
「え?」
あ、あれ?
俺が何か別の話題に変えようと思って...急に雛枝から話しかけられて...?
「ま、あたしも今まで気ぃつかって、ちょっとキャラ変えてたし。もう素の自分でいくわ。
いいよね、姉様?」
「えっ、えぇ!もちろん。」
あれ、既視感?どっかの誰かさんと話している気分!?
「雛枝...だよね?」
「そうよ、姉様。キャラ変えすぎって、分かんなかった?
あ、別にマジで泣いてないから、安心して。
今まで猫かぶった分、違和感あると思うけど、あたしはあたしだよ。」
「あー...うん。」
妹って、成長すると必ずコレになるのか?ちょっとヒスイちゃんの将来が心配してきた。
あぁ、でも...これはこれで接しやすいかも。前世で慣れてるから。
「揶揄われただけか。」
「半分はな。
っつか、姉様マジ胸大きいわね。サイズどのくらい?」
「...知らない。」
「ええ?意地悪しないで教えてよ!
聞いたら聞いたってムカつくだろうけど、気になるしさぁ。」
「メイドノミナサマニオマカセシテオリマス。」
「なに、今の?超棒読みじゃん!アハハ!
姉様、自分で買いに行かないんだ!すっげぇ『お嬢様』な感じ...っ!」
急に言葉に詰まる雛枝。
その不自然な行動に、俺も一瞬で理由が分かった。
「あー、ごめんね、姉様。ちょ~っと口がお留守したね~。
怒んないでね。」
「はぁ...今更、その程度の事で私が怒ると思うの?
平気だよ、雛枝。」
「ふぅ...」
「でも、言葉遣いは頂けないわね。」
「えっ?」
「『お淑やかお嬢様』までは求めないけど、言葉遣いにもう少し気を付けて欲しいわね。」
「いっやぁ、それは無理っと思いますわ~。結構長い間、この喋り方だし、今更は...」
「大丈夫よ、雛枝。私も自分の出来ない事を他人に強要するつもりはないわ。
本格的の躾は雛枝が一研に入ってからって考えてる。」
「げぇー。
あたしが姉様の学校に入るのはもう決定事項?」
「えっ!?嫌なの!?」
「なんで『この世の終わりを見た』ような驚きをするわけ!?
別にあたしも姉様と同じ学校は嫌じゃないけど、こっちにも色々事情が...」
雛枝の「色々な事情」か。
丁度いいから、訊いてみようか。
「それ、『喰鮫組』関連の事か?」
「あっ...あーー」
「喰鮫、この国の政府と仲が悪い、だったわね。」
「むーー」
「国の住民...一般市民がほぼ二つのグループに分かれているね?
喰鮫か、正規政府か。」
「...姉様、この国に来てまだ四日目だよね~。何でもうそんな詳しいの?」
「さてな。
気づかないうちに気づいちゃった。
みたいな感じ?」
「口癖まねされちゃった!
ってかさぁ、あたし、まだソレを一度も口にしてないよね?
おかしくない?」
「パネェっしょ?」
「えっ、また!?
姉様、読心術とか、使えんの?」
「ヒスイちゃんすら読めなくなった雛枝の心を、どうやって?」
「そすね。そすよね!
でも、くりそつなんすけど!」
「...雛枝の言葉遣い、本腰を入れないといけないようだね。」
「うげっ!」
雛枝のこの言葉遣いは一体どこから習ってきたんだろう?
ギャル語?ギャル語なのかな?
俺にとっての「ギャル語」は「ヤバい」の繰り返しだから、誰から教わった訳じゃないから、よく分かんないぞ!ただでさえ興奮すると文法壊滅な事を言い出す子だから、その上を目指して欲しくない。
「そ~れ~よ~り~ねっ、姉様?もうすぐ、あたし達の誕生日じゃないすか!
みんながお誕生日会を開きたいって言うけど、しちゃう?」
「お誕生日会か~。」
したくないな~。
二十五歳の間もなくおっさんの男に、「お誕生日会」は恥ずかしいぞ。
しかし、今は数え十五の女の子だから、この歳の女の子らしくお誕生日会を祝ってもらうべきだろうか?
望様、また手作りな何かをくれるかもしれない。安いのに重いプレゼント、はぁ...
逸らされた話題を元に戻そう。そっちの方が、逆に気が楽かも。
「喰鮫組に祝われたくない。」
「ぁ...」
「雛枝。私の無知レベルを測りたいのなら、『相手を間違えた』と思ってくれ。
私は何故、急に君と『本性を見せ合う』などの事を言い出したのか、分かる?」
「まさか、二人きりで話したいって言ったの、これが目的?」
「『が』を『も』に変えて。『気楽に接したい』気持ちまでを無しにされるのは嫌だね。
雛枝。君は喰鮫組という暴力団体内ではどういう立ち位置にいるんだ?」
「暴力、団体...」
「雛枝は『跡継ぎ』ではないよね?
けれど、結構...恐れられているよね?
何で?」
俺のひっきりなしの攻めに遂に落ちたのか、雛枝は小さな溜め息を吐く。
「姉様には何も知らないで、ただ楽しんで帰って欲しかったのですか。」
雛枝が背をまっすぐにして、人を射抜くような視線で俺を見る。
「最初に理解して欲しいのですが、『喰鮫組』は極道であっても、悪人の集まりではありません。
決して、ただの『暴力団体』ではありません。」
「ふむ。」
両手の指と指を交差して、組んでいる脚の膝上に置く。
「では雛枝、君の話を教えてくれ。」
「あっ...」
よっぽと不思議だったのか、真面目な顔をした雛枝がポカンと口を開けた。
「意外!
普通なら、極道というだけで、喰鮫組を悪者にするっしょに、姉様は違うのね?」
「どうでしょう?
雛枝の話次第、だね。」
「まー、あたしも...全部知ってる訳じゃないし。時々、母様の手伝いをするくらいし、ねぇ。」
「親の手伝い、か。
私も今はお父様の仕事の手伝いをしているから、皮肉だよね。」
「マジで!?姉様が、父様の!?
それはいつから?」
「正式に『後継者』として指名された時から、かな?知らなかったの?」
「あぁ。あの世界級大ニュース?」
世界級!?
「元々あたしに婿を当てようとした男が、どんな心境変化?」
「雛枝に、婿を...?」
俺にも昔、惰性的に婿探ししてたらしいけど、雛枝にも?
...またお父様としなきゃいけない話が増えたな、クズ野郎が。
「って、話、逸れちゃったわ。ごめんごめん。
うちの組は今の政府と違って、管理する区毎に税金率変えたり、税金種類を増減したりしない、一律したみかじめ料だけを徴収する管理システムを目指しています。
それを政府の公務員と相談したら、ガン無視されて、超失礼じゃない?
んで、もうこの国の政府とは絶交だって、喰鮫組だけのルールでこの国を変えようと、堅気と...じゃなくて、普通の、ここに住む、市民と話し合って、政府と反発しちゃおうって、決めてて。
それで、賛同した奴らを喰鮫組が面倒を見るって事になって。まぁ、当たり前な事だしさ。
みかじめ料をもらう代わりに、政府から税金の支払い要求を突っぱねていいって。警察が来たら追い返すって、『喰鮫の庇護』ってヤツをみんなに与えた。
謂わば、義侠心ってやつさ。公平な国を作りたいって、本気で目指しています。」
時々ギャル語?しかし、決まる時はきちんとした言葉遣いをする。
「とりあえず、雛枝の本気度は分かった。
それを正しいと信じている事もよく分かった。」
「マジ!?期待していなかったけど、姉様が分かってくれるの、マジ嬉しっ!」
「いや、まだ雛枝の考えに同意したと言ってない。」
「ええ!なんで?」
「氷の国の政府の言い分も聞きたいし、実際の『喰鮫組』関係者にもきちんと話が聞きたい。」
「...母様に、話を聞きに行くの?」
急に捨てられた子犬のような眼をされた。
そんな目をされなくても、俺はお母様に話を聞きにいかないよ。
「『御隠居』様って、私のお爺様だよね。」
「え?あっ、あぁーれはダメ!絶対にダメ!」
「いや、まだ何も...」
「絶対にダメだからね!あの爺、大の女好きで、めっちゃ危険だから。
姉様が近づいちゃうダメ!」
「...雛枝、お父様もかなりの遊び人だったよ。
それでも、家族には欲情しなかったよ。血が繋がっているから。
お爺様は家族じゃん?」
「いや、姉様?何で家族だからって、あり得ないと思うの?
普通、家族が一番ヤバいじゃん!近親相姦って、聞いた事ないわけ?」
「はっ!?」
雛枝ぇええ!口、縫いてやろうか?
うわぁ。この世界で、あの世界のゲームの中でしか聞いた事ない下品な単語を、よもや雛枝の口から出るとは...この話題は危険だ。
まぁいい、分かった。お爺様は危険だという事を念頭に置いておこう。
なら、次は気になるもう一つの事について、突っ込んで聞いてみるか。
「雛枝って、人の売り物を燃やした事があるよね。」
「な、何でそれを...?」
「それについて、説明してくれる?」




