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第七節 部活動①...質問攻め by 女性陣、再出発

1年目5月5日(水)

 朝、望様と買い食いをしながら、俺達は昨日と同じルートを辿って、星見山へ直帰した。

 そして、着いた途端、俺は雛枝に引っ張られて、喰鮫組が所有した一室に連れ込まれて、最初から部屋の中にいた(せい)とヒスイちゃん、猫姿のタマと蝶水さんに囲まれた。


「んで、姉様。昨夜の事、詳しく説明してくだされますわよね。」

「は?」


 説明、かぁ~。

 昨晩に聞いた望様の家庭の話、ここで言い出せる訳がない。かなりデリケートな問題で、他人に知らせられないし、知った今の俺も、望様の為の解決策を思いつかず、思考放棄している状態だ。


 まさか、(せい)が実の両親に手に掛けていて、望様がその罪を肩代わりしているとは。

 その上、(せい)自身が望様の未熟な幻惑魔法によって、記憶障害を起こして、事件自体を憶えていない。それに関する「記録」が全部望様の手によって消されていると、かなりややこしい状態になっているとは。


 正直、ちょっと手の施しようがない状況に陥ってると言ってもいい。

 唯一俺と同じく、望様から真実を教えられたお父様なら、もしや何か手を考えているのだろうが、六年間ずっとこの問題を放置したままだったから、期待はできない。


 日の国に帰ったら、真っ先にお父様と相談しよう。考古学部のみんなは仲間だけど、それでも、望様の問題に関しては易々と話せる相手ではない。


「ねっ、姉様?難しい顔して、黙らないでくださらないでいただけませんこと!?

 本当に何かあったと思ってしまいまして、本当に心配ですけれども!?」

「雛枝、言葉遣いが変よ。」


 あの話のせいで、昨晩から今日まで碌に望様と話が出来なかった。帰りの間も、俺達は最低限の会話しか交わしていなく、空気が最悪だった。

 望様の過去と比べたら、自分とお母様の問題がどうでもいいくらいに小さく感じて、今の俺は昨日より機嫌が悪かった。

 ...逆に、そのお陰で、蝶水さんを見ても、八つ当たりに憤りを憶えなくなっただけは良い事と言える。


「昨日は何もなかった。話せるような内容は何もなかった。」

「何も無い筈ないがないじゃないでしょう?

 姉様がこんなに元気のない顔で帰ってきたって事は、何か酷い事をされたのでしょう?されたに違いない!

 急に男と二人きりで出かけたのを聞いた時から怪しいと思ってたわ。

 そして予想通り、昨日の夜遅い時間に、急に男と泊まるって連絡が来て、『マジ!嘘!ありえない!』って思ったじゃないですかですかですか!

 何をされた?ナニをされました!?」

「君は...変わらずに騒がしいね。」


 いるだけで、三人分の五月蠅さがあるなぁ。

 けど、うざく感じないのは何故だろう?逆に少し楽しい。気が楽になる。



 ふむー...

 この様子、まだ俺が何を隠したいのかが分かってないようだな。


 (せい)に視線を向ける。

 何を考えているのか、または何も考えていないのか、彼女はじっと俺を見つめている。


 蝶水さんをチラッと見る。

 昨日と一昨日と比べて、表情に特に変化はない。

 とはいえ、まだ心の内が読めない。付き合いがまだ短いのも理由の一つで、昨日は顔をまともに見れない状態だったし、普段は正直...火傷付きの顔が怖くてあまり見れなかった。


 心が読めるヒスイちゃんを見つめる。

 ヒスイちゃんなら、(よう)としてはもう俺の心を読んで、全てを知っていたのではないのか?

 と、俺は思ったが、すごい形相で俺を睨むヒスイちゃんが目に入った。


「ねぇ、ヒスイちゃん?」

「何ですか、ナナエお姉ちゃん!?」


 うわー、ヒスイちゃんが一所懸命に怖い顔をして睨んでくる!

 しかし、このレア顔が予想外に可愛らしくて、逆に愛おしい。


「確認するが、ひょっとして、私の心が読めてないのか?」

「い、いいえ!読めます!

 ただ、ちょっと(もや)がかかっていて、はっきり読めなくて...

 お姉ちゃん!ヒナエお姉ちゃんと同じような魔法を使いました?」


 靄がかかって、読めない?どういう事?


「返事して、ナナエお姉ちゃん!」

「な、何でヒスイちゃんが急にそんな怒ってるのか、分からないんだけど?」


義妹(いもうと)さんがななえの事が心配だそうだ。」

(せい)?」


 珍しい事に、(せい)が積極的に話の輪に加わってきた。

 しかし、彼女の次の一言に、俺の首が傾いた。


「僕も、ななえの事を『姉さん』と呼ぶようになるんか?」

「はぁ?」


 まぁ、彼女達から掛けられた疑いに沿えば、そういう結果になるのか。


「だめですよ、ナナエお姉ちゃん!輝明お兄ちゃんの事をちゃんと考えてあげて!」

 と、ヒスイちゃんが言う。


「だめ!それもだめ!白川輝明もダメだよ、姉様!」

 と、雛枝が俺の肩を揺らして反対する。


「ななえ?ななえ姉さん?ななえ姉ちゃん?」

 と、(せい)が独り言を呟く。



 うわ、懐かしい~!久しぶりに「ギャルゲー」をやりたくなった。

 ああいうゲームの中に、結構こういうシーンがあったな。恋愛をテーマにしたアニメの中も。

 女の子と二人きりで一晩を過ごす。例えエロいイベントが発生していなくても、男子ともに囲まれて、質問攻めを受けるという、主人公が男子共に羨ましがられるシチュエーション。


 もっとも、今回は女子側のイベントか。

 主人公と一晩を過ごしたゲームの中のヒロインなら、きっと顔を赤らめながら否定して、しかし、どことなく満更ではない様子を見せるという、プレイヤーの俺達を喜ばせるシーンになるのだろう。


 ...何とも言えない微妙な気分だ。


「面白い展開になりそうだから、私的には敢えて曖昧な返答したいところだけど。」

 何せ、誤解させている間なら、その誤解している人達の関心を持たれるので、モテてる気分を味わえる。

「君達が思ったような事は何もなかったよ。

 望様にとても紳士的に接してもらえた。静かな夜だったゾォ~」


「嘘です!ナナエお姉ちゃんは何かを隠しています!」

 心が読めるのに、俺の隠している事を暴かないヒスイちゃん。

 もしくは、暴きたくてもはっきり分からなくて、暴けないのか?


「寧ろ君に期待していたのだよ、ヒスイちゃん。忘れた?私は魔法を使えないどころか、掛けられても死ぬかもしれない体質だよ。

 私の心が読める(わかる)なら、すぐにみんなの誤解を解こうと、私側に付くと思ってたのに。」

「だ、だって...だって!ヒスイはまだ未熟で、全部はっきり読めないもの!」


 ちっ...ヒスイちゃんの方がボロを出した。

 折角俺が「わかる」と言ったのに、ヒスイちゃん自身が「読む」という言葉を使った。他人に自分が「サトリ」だと教えるようなもんだぞ!

 ちょっとフォローを入れてやるか。


()()()まで求めてないよ。コールドリーディングを身に付けるの、ヒスイちゃんの歳ではまだ難しいのでしょう。」

 今のこの場に、ヒスイちゃんが「サトリ族」だと知らない人がいるので、気を付けなさいと思考し、ヒスイちゃんに読ませた。

「でも、姉妹になってからそれなりに経っているので、私の事を分かるようになっていると、と思っていただけだ。」


「えっ...!?すみません。」

 ヒスイちゃんの謝罪。

 たぶん、「読む」という言葉を使った事への謝罪だろう。


 それより、気になるのは...

「どうして読めなかった(わからなかった)の?」


「えっと、その...」

 ヒスイちゃんが慎重に言葉を探している様だ。

「ヒスイのちっ...ヒスイはまだ弱いの。

 強く隠したい思いなら、まだよっ...分からないの!」


 強く隠したい思い?

 誰にも知られたくない心に秘めた考えなら、サトリのヒスイちゃんでも読めないって事?


「いつかは...できると思うけど、今はまだできないのです。」

「意外!」


 俺はてっきり、サトリのヒスイちゃんに隠し事ができないと思っていた。

 でも、そうだとしたら、望様の秘密がヒスイちゃんにバレていない事の説明も出来る。

 ヒスイちゃんがまだ「成長期」の期間中って事、かな?


「ちょっと姉様?強く隠したい思いって、何です?

 何をそんなに『強く隠したい』の?何もなかったですよね!?何もないって言ってくれましたわよね!?」

「はぁ...」


 また雛枝が食いついてきた。


「ななえは『妹』が好きなのか?」

「はぁ!?」


 何故か(せい)も食いついてきた!


「雛枝はともかく。

 (せい)、何の話?」


 隣の雛枝が「あたしがともかくってどういう意味!?」と抗議してきたが、無視して(せい)の返事を待った。


「ななえと兄さんが結婚したら、僕、ななえの妹になるじゃない?

 既に実妹(じつまい)義妹(ぎまい)一人ずついるし、何故か園崎(そのざき)さんからも『(あね)さん』と呼ばれてる。」


「えっ?いや、私は『お嬢の(あね)さん』的な意味で...」

 と、慌てて反論する蝶水さん。


 そっか。

 園崎さんって、蝶水さんの事だったのか。


 それはさておき。

(せい)、妄想が飛躍しすぎ。

 君から『お兄ちゃん』を取る気はないよ。」

 お前の為に自分を犠牲にした望様。例え俺にその気があっても、彼にお前より大事にされないだろう。


「そうか。」

 そう言って、(せい)はいつものクールビュティーに戻り、しかし俺を囲む女子の輪から出て行かなかった。

 長い付き合いのお陰で、俺は彼女のそのポーカーフェイスから残念そうにしている感情を読み取れたが、はてさて、一体何に対して残念がっていたのだろう?


「ねぇねぇねぇねぇねぇ、姉様!無視しないでよ!」

「ああもう!」


 実は雛枝を無視したさっきから、彼女がずっと俺の耳元で「姉様」とうるさくて。どんだけ無視されても、しつこく俺の注意を引こうとする。

 俺相手だと暴力などの強引手段を出さないものの、俺が反応するまで「絶対にやめない」根性があるみたいで、実に()()()()()だったな。


「何もなかったって言っただろう、雛枝?」

「だって、今ヒスイちゃんが『強く隠したい』って...

 一体何をそんなに強く隠したいと思っておりましていましたの?」

「望様との間に何もなかったのは本当だよ。

 それ以上、何が聞きたい?」


「でも、昨日の夜、ナナエお姉ちゃんのき、あ、記憶(アレ)が!途中で一部に(もや)がかかったのです。」

「ヒスイちゃーーん!」


 ヒスイちゃんはまだ理解していないのか?

 俺が「強く隠したい記憶」は別にいかがわしい類なものではない!


「ねぇ、姉様?どういう事?」

 なんと!雛枝がヤンデレ女子みたいな表情を俺に見せた。


「あ、あのね、雛枝...」

 俺、この短い時間で、今まで見た事のない皆様の色んな表情が見れて、とても幸せ...でした。


 はぁ...

 まだ死にたくないので、嘘を言わないでおこう。


「実は...望様がお酒を飲みました。」

 この事はたぶん、既にヒスイちゃんに知られているが、「強く隠したい記憶」を作ったきっかけでもあるから、言いたくなかった。


 だって...


「兄さんがアルコール...!?」

 突然、(せい)が雛枝を押し退けて、彼女の代わりに俺の肩を掴んだ。

「何もされなかった?」


 ケンタウロス族の特徴を知ってる(せい)が反応するかもしれないから、言いたくなかった。

 そして見事、当たりを引いたというべきか、(せい)が俺との口喧嘩がヒートアップした時のような表情を見せた。


「大丈夫!大丈夫だ、(せい)!一線を越えてない!」

「ウチの種族はアルコール系に弱いんだ!飲んだら理性を失くす!」


「え、どういう事?」

 雛枝が(せい)に話しかけた。


「...飲酒量にもよるか。

 兄さんがななえに乱暴した、かもしれん。」

「ひっ!」


 (せい)が雛枝の質問に返事した事も驚きだが、初めて雛枝の悲鳴を聞いた。

 ...って、今はそれどころじゃない!


「...ちょっとあのイケメン、半殺して来る。」

 ヤンの表情で、雛枝が部屋を出て行こうとする。


「だから一線超えてないって、雛枝!」

 慌てて雛枝の手を掴む。

「望様が解毒剤を常備していたから、大丈夫だったって...

 もう、だから言いたくなかったんだよ!」


 一人目が反応を見せれば、二人目が連鎖的に反応するかもしれない。それ故に、ややこしくなるような事を極力言いたくなかった。

 よく人をおちょくる俺だから、常に「度がすぎない」ように気を付けている。

 ...今回は、限度を超えるかもしれないって、想定した上の「暴露」だから、いつものように「野次馬」になって傍観する訳にはいけなかった。


「全員、よく聞いて!」

 大きな声を出して、この場にいる全女の子の注意を引く。

「昨日の夜、確かに私的には隠しておきたい事が起こった。

 というより、起こさせた。」


「やっぱり...って、えぇえええ!姉様が起こさせた!?」

「最後まで聞けぇえええ!」


 最早懇願の声!

 雛枝、俺の愛おしい双子の妹。

 頼むから、早まった行動をしないでくれ!


「はぁ...その隠したい事はいかがわしい出来事ではない。

 (せい)の心配した通り、望様の豹変は私も昨晩に知った。

 でも、まだ理性が残っているうちに、解毒剤を私にくれた。そのお陰で、一線を超える前に解毒剤を飲ませる事が出来、何もなかった。

 分かった?

 分かりました?」


 まさか、自分がまだ清い身のままであるのを力説する事になるとは...男の時期とは真逆だったなぁ。


「本当に、何もなかったの、姉様?」

「あぁ。」

「でも、男の人と一晩、二人きりだったよ?」

「私達の歳を考えて、雛枝。君はそんなに私を『大人の女』にしたいの?」

「そういうつもりでは...」


 この場にいる俺以外の四人がお互い見つめ合って暫く、全員が「はぁ」とため息を吐いた。


「姉様、もう少し警戒心を持ってください。」

「ななえは僕達と違い、弱いから。」


 一先ず、雛枝と(せい)は安心してくれたようだ。

 蝶水さんも、この場にいる自分に発言権がないと思っているのか、何も言わなかったが、あからさまな安心した表情を見せていた。


 ってか、本当に俺の貞操が心配だっただけだったのか。

 てっきり、「大人の階段を登った!きゃっきゃあ!」とかいうような反応もあると思っていたのに、不完全燃焼感がした気分だ。


 唯一まだ難しい顔をするヒスイちゃんだが、恐らく俺の一部の考えを読めなかった事にモヤモヤしているだけなのだろう。

 サトリとはいえ、彼女はまだ「成長期」だし、サトリ族に「記憶を読み取る力」がない。納得いかないのも仕方ないのだろう。


 いや、むしろ「納得いっていない」のは良い事だと思うべきだろう。


「ヒスイちゃん、こっち来て。」

「ナナエお姉ちゃん。」


 駆け寄って来たヒスイちゃんを抱きしめた。

 ...やっぱ、俺は女の子の中でも、特にヒスイちゃんに甘いような気がする。


「んにゃっ!」

 そして、聞こえてくる、潰された猫の鳴き声。


「タマ...」

 一度ヒスイちゃんから離れて、タマを床に下ろした。

 そしたら、解放されたタマは前足を伸ばして、猫っぽい欠伸をした。


 なーんか、途中から一人足りないと思っていたら、タマだった。

 何時からかは分からないが、一緒に話を聞いていたタマがヒスイちゃんの懐の中で寝たようだ。


 この時、俺は「絶対にヒスイちゃんをタマのような脳天気女に育てたくない」と、強く思った。


 ......

 ...


 ようやく女の子達から解放された俺は、庭で待機していた望様とあき君も部屋に入れた。

 そして、考古学部の部長として、蝶水さんも含めた全員を椅子やソファーに座らせた後、一人立ち上がって、全員に言葉を放つ。


「おほん。

 では、あられもない誤解が解けた事で、これからの予定を決めたいと思います!」

 一応保護者の望様もこの場にいる事だし、丁寧語を使った。

「全員集合したのに、昨日は部活に欠席して、悪いと思ってないけど、すみませんでした。」


「わざと『悪いと思ってない』を付け加えるのは実にななちゃんらしい。」

 あき君がツッコミを入れた。


 しかし、スルー!

「今日は改めて、考古学部としての部活をしたいと思います。

 が、ごめん、やる気がない。」


 俺の言葉を聞いた後、この場にいるほぼ全員が「えー!?」という声を上げた。


「『何の為にみんなを集めた?』と言いたいのは分かります。もちろん、どこにも行かないを言う為にみんなを集めた訳ではないので、安心しなさい。

 今日はあくまで考古学部としての部活をしないだけで、みんなでどこかへ遊びに行こうと考えています。」

「遊び?いいですわね!

 またあたしがどこか面白い場所に連れててあげますわよ。」

「そういえば、雛枝、昨日はありがとうね。」


 女性陣のみんながちょっと仲良くなっているのは何となくみんなの態度から分かる。特に(せい)が雛枝と普通に会話ができたのは素晴らしい。

 できれば、あき君と雛枝との距離も幼い頃に戻してほしいが、残念な事に、雛枝はまだあき君を「白川輝明」と呼んでいる。


「姉様に頼まれたもの!

 あたし、姉様の頼みなら、なんだってするよ!して見せますわよ!」

「意気込みは素晴らしいが、度がすぎないようにね!」


 雛枝なら世界をも滅ぼせそうな力を持っているから、前もって釘を刺しておかないと危険な気がする。


「んで、だ...雛枝、ごめん。動かなくてもいいような楽しめる場所はある?」

「はへ!?」


 朝からは白い狼を乗って移動したり、游艇の中で縮こまったりと、体を動かしていないけど、何故か疲れている。

 なのに、女性陣から質問攻め!望様の家庭問題も解決策が思いつかないままだし、心の方ももう疲れてる。

 だけど、また休むのはなんか嫌だよ!半月以上この国に残れるけど、その程度でこの国の全てを遊びつくせる訳がない。

 だから、疲れているけど、遊びに行きたい。遊びたいけど、動きたくない。


「遺跡探検の部活動はしんどいから、したくありません。

 でも、折角の国外旅行(がっしゅく)で何もしないのも勿体ないから、遊びたいです。

 ですから、雛枝、体を動かさなくてもいいような楽しい場所に連れててくれる?」

「なくはないんですけど...」


 雛枝が俯いて、目当ての場所を思議(しぎ)する。

 無茶振りだったのかな?せめて「歩き回る」程度に留まるべきか?


「あの、ななちゃん?」

「ん?」


 意外にも、俺と同じ「外国人」であるあき君が挙手した。


「なに?薬?」

「いや、違くて。

 この国でなら、殆どの区の土地属性が同じだから、あまり心配しなくてもいい。

 そうじゃなくて、確認したい事がある。」

「ほう...?」

「ななちゃんは今まで、『映画』を観た事はあるか?」

「『映画』?」


 映画を観た事はあるけど...この世界にも「映画」はあるのか?

 俺がこの世界で学んだ知識の中に、映像を残せる「記録」という世界級な魔法はあるが、個人で何らかの方法で映像を残す手段はない筈。精々種族魔法の「念写」で本当かどうかも分からない写真を残すくらいだ。

 もし、太古の遺物の中から「撮影機材」が見つけられたら、映画を撮る事も不可能ではなくなるが、少なくとも、俺の知っている限り、まだそういう類な物を見つかっていない。

 ...もし、そういう物が見つけられて、または実は映画を撮れる魔法があるのなら、それによって取られた映画を観てみたい。


「映画、観れるの?」

「あ、そうか!姉様が殆どあの屋敷から出られなかったから、『映画』を観た事がないんだ!」


 雛枝があき君に同調した!これ、初めてじゃない?


「俺もそう思って勧めてみた。

 今のななちゃんなら、『映画』も観に行ける。ちょうどいいと思った。」

「この近くに映画館のある氷山がある。すぐに着く!

 今日は何の映画が放映されてるかは分からないけど、運が良ければ、すぐに次の映画が見れる!

 やるじゃない、あき君!」

「昔、ななちゃんだけが映画を観に行けなかった事を思い出して...ななちゃんが外を出られるようになって、本当に嬉しい。」

「よかったね、姉様!子供の頃の願いが一つ叶えられたね!」


 無意識的な行動なのか、雛枝があき君の事を俺と同じように「あき君」と呼んだ。

 しかも、二人が幼い頃の思い出に興じている。実に良い兆候だ。

 ただ、二人には申し訳ないが、俺にはその頃の記憶がない。

 俺は、本当の「守澄奈苗」ではないから、この二人の本当の幼馴染ではないから。


「行ってみましょうか?あき君、雛枝。」

「はい、姉様!」


 雛枝がまるで子供のような弾ける笑顔で、すぐに賛同してくれた。


「ななちゃんの初めての映画鑑賞だな。きっと良い思い出に...

 っ!」

 途中で俺が「記憶喪失」だという事を思い出したのか、あき君の表情が不意に固まった。


「良い思い出になるでしょう。ね、あき君?」

 申し訳なさと少しの寂しさを抑え、俺はあき君に笑みを見せた。


 気づいてくれたのは嬉しいが、折角雛枝がお前の事を「あき君」と呼べるようになったし、今の彼女の笑顔を曇らせたくない。

 だから、気づいていない事にしてくれ。


「...うん。

 良い思い出...にしような。」

 笑顔を返してくれたあき君だが、その笑み、少し悲しそうだった。


 はぁ...折角良い提案してくれたのに、何で悲しそうな表情を見せるんだよ。いい気分が台無しじゃないか!


「他のみんなはどう思います?

 一応、私は映画館でゆっくりするつもりだけど、無理に付き合わなくても大丈夫ですよ。」

 俺は残りのみんなに考えを訊ねた。


「ヒスイ、ナナエお姉ちゃんと一緒が良い!」

 最初に返事をしたのがヒスイちゃんだった。

 まだ幼いけど、しっかりと自分の考えを持っていて欲しいと思う同時に、自分の近くに居させたい。

 もしかしたら、この思いがヒスイちゃんに読まれて、気を遣われたのかもしれない。

 が、今のヒスイちゃんの歳を考えると、彼女がまだ人に甘えたい年頃で、「反抗期」はまだまだ先だと気づいた。

 ならば、気負わず自分の側にいさせよう。


「にゃお~」

 それは返事か、タマ?

 正直、俺が「ガチぬこ派」じゃなかったら、お前を窓から投げ捨てるところだったぞ!

 ...でも、やっぱり猫のタマは可愛いなぁ。


「映画館も久しぶりだな、(ひかり)ちゃん。」

「うん。」


 望様は(せい)に声を掛けて、自分達の考えを間接的に俺に伝えた。

 しかし、望様。俺が思うに、あなたはちょっと(せい)を甘やかしすぎてないか?

 偶には(せい)自身に考えを述べさせるように仕向けるべきじゃないか?


「蝶水さんは?」

 やはり自分から口を開かない蝶水さんに、俺が直接に質問した。


「そ、そんな!?私の意見なんて、別に...」

「私の護衛だから、私の行くところに必ず行くって考えているでしょう?」

「へ、へい...お嬢の(あね)さんを護る事が最優先で、私の考えなんて、気にせんでえいっス。」

「聞くタイミングも悪かったしね。

 残りの全員が映画館に行くと決めた後に、蝶水さんだけを除け者にできません。

 それでも、もし行けない理由とかがあったら?と思って。

 一緒に映画館に行ってくれる?」

(でい)丈夫っス。自分は特に...好き嫌いとかはねぇっス。

 ...自分なんかにも、訊いてくれて、ありがとうございます。」


 昨日は蝶水さんに八つ当たりしたから、俺の方も彼女にちょっと悪いと思っている。

 何より、俺は「自分の考えを持たない人間が大っ嫌い」だ。

 だから、蝶水さんがそういう人間かどうかも、確認したかった。

 ...最後の一言がなかったら、蝶水さんを俺の「大嫌い人間」に認定するところだった。そうじゃなくてよかった。



「では、意見がまとまりましたので、みんな、行きましょう!」

 言いながら、俺は雛枝の手を引っ張って、一番目に部屋を出た。

「先頭歩きたいけど、雛枝がいないと場所が分からないしね。

 だから、一緒に行こう。」


「姉様、あはっ!強引さは相変わらずだけど、変わったね。」

「え、そう?」

「うん!すごく生き生きしてて、嬉しい。

 元気で生きていてくれて、ありがとう!」

「礼を言われるような...ふふ。」


 雛枝(このこ)にとって、それだけで感謝の言葉を述べる程、嬉しい事なのだろう。

 俺としても、女の子が嬉しそうにしているのを見て、とても幸せな気分だ。



 どうしてだろう?

 雛枝とあき君と一緒にいると、段々と自分が本当に「守澄奈苗」だと思えてしまい...

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