Special 千条院 望
かつて全世界を巻き込む大戦、「五王戦争」は二つの王族の滅びによって、あっさりと終焉を迎えた。
残りの三王族は表舞台から身を引き、力のある貴族達の権力争いが始まり、各地に小競り合いが続くものの、大きな戦争になる事はなく、世界は終戦を迎え、「平和」になった。
そんな仮初な平和も、意外と一人の「平民」が発明された「使用すれば、王族とすら対等にできる」様々な「魔道具武装」によって、突如に終了した。
発明者はすぐに貴族達に処刑されたが、作られた魔道具は既に世界各地にばら撒かれて、各国の人間の目に留まる事態になった。
その時、階級関係なくすべての人間が一個人の強さなど、物の数にも入らない事に気づき、魔道具発明競争が始まり、表立った各地の小競り合いも殆ど全部が終了した。
奇しくも、すべての戦争を終結させた原因は「勝利」ではなく「恐怖」であるのに、人々の恐怖の対象が己自身を含めた全ての人間という事になった故、結果的に全人類が安心して生活できる「真の平和」が訪れた。
このように、予想外な理由で平和を手に入れた人類はこの出来事を「革命」と分類し、「魔道具革命」または「無流血革命」と名付けた。
出生による身分差別に意味を持たなくなり、知を持つ者が研究に携われ、武を持つ者が護衛に雇われる。
世界は一見、全人類が平等に幸福になっていた。
だが、そんなのは所詮、夢物語だった。
世界はどんどん良くなっていた。「種族名不申告権」の成立、「命名権・改名権の自由」及び「種族・性別による名前差別の禁止」条例の制定、「絶滅種及び絶滅危惧種配慮雇用」に関する法改正等々、人類全体は確かに良くなろうと今も努力している。
だけど、法律として制定されたすべての事、その根本にある原因は結局、人の心の奥に潜んでいる「他者への差別」だ。貴族の開く店に貴族が常連・平民の開く店に平民が常連のように、人は意識的に・無意識的に自分と他人を区別し、自分と近い人と仲良くしようとする。
大昔にすでに価値がなくなった「階級」の名残り、自分がした・された訳でもないのに、平民が貴族を僻み、貴族が平民を蔑む。時々、うっかり口に出す「平民の癖に」・「名ばかり貴族」などの言葉、平民と貴族の間の溝がまだ埋まってない事の象徴とも言えよう。
私の両親もその両親も、そして私自身も、貴族である自分自身を誇り、平民を蔑むように教育を受けてきた。
それが時代遅れな考えだと気づいたのは...さて、いつだったのだろう、なっ?
......
...
私は日の国三名門の一つ、千条院家の長男として生まれた。
他の二家と比べ、ケンタウロス族の千条院家には「武」の才能しかなかった為、大戦時こそ活躍できたものの、今の時代では生きにくく、私が生まれた時は既に安い集合住宅住まいだった。
それでも、今の生活をよくする為に、両親は共働きに出かけ、私に進学率の良い学校に通わせた。
当時の私も、三名門の生まれとしての誇りに掛けて、全力を尽くして勉学に励んだ。
しかし、努力の結果が実らなず、成績が常に平均以下。通知表を見せる度に、父に殴られるようになった。
いつしか、父の暴力は母にも及ぼした。自分の不甲斐なさによって暴力を振るわれたその母に謝ろうとしたら、母は父と同じように私を殴った。
父も、いつの間にか、仕事のストレスの解消の為に、私に理不尽な暴力を振るうようになった。
父からの理不尽な暴力、母からの八つ当たりな暴力。二人に殴られるのが怖くて、私は更なる努力をしたが、結果は変わらなかった。
そして、気が付くと、父と母の二人に同時に暴力を振るわれる事が私の「日常」となっていた。
殴られた痕跡は幻惑系魔法で隠されて、殴られた時の「記録」は父の「三名門千条院家当主権限」を以て消されて、虐待された証拠がどこにもなかった。
幻惑系魔法が得意保険医先生に相談した事もあった。隠された傷を見せる事が出来たが、「自分が付けた可能性があり、証拠が不十分」に加えて、「千条院家当主」の父に先生が恐れをなして、守ってくれなかった。
傷が残っても、両親からの暴力が止まる事がなかったから、自分で治せるよう、治癒魔法を覚えたが、「そんな暇があったら、もっと『魔道具』の勉強をしろ!」と、更に酷い暴力を受けていた。
永遠に終わらないのだろうと思っていた。
だが、遂に私を見限ったのか、妹が生まれた。
生まれてすぐに「才能あり」と診断されて、暫く二人は歓喜していた。
しかし、その才能が「武術」だと判明された時、二人は再び凹んで、そして私を殴った。
親戚達からお祝いの品が送られて、「武神の再来」と大袈裟に祝福された妹、あの二人からは愛を受けられなかった。
生まれた時には一時期、嫉妬心を燃やしていたが、あの二人から見限られた事で、それがすぐに同情心に変わった。
期待されて付けられた私の名前は「望」、最後の希望として望まれた妹の名前が「星」。
私達二人共、あの二人の期待を裏切った同士。
寂しさ故か、私は同じ両親を持つ新しい妹を星ちゃんと呼び、自分の唯一の家族として見る事にした。
あの二人に殴られる日々を過ごしながら、星ちゃんの世話をするだけが心の支えとなり、なんとか生きていられた。
その後、何を考えていたのか、更に弟が一人、妹が二人、新しく生まれた。
星ちゃんと同じように、私はその子達も大事な家族として受け入れて、母の代わりに世話をし続けた。
しかし、家計がどんどん苦しくなっていく事に、あの二人が益々機嫌が悪くなりやすくなって、何かと暴力を振るいやすくなった。
四人の弟妹達はまだ幼く「成長期」を迎えていない、軽く殴られただけで死んでしまう事が逆に幸いで、あの二人からの暴力を受けずに済んだ。
その代わり、更に大人になった私があの子達の分の暴力も受け持つ事になったが、「家族」の為だと思って、我慢を続けていた。
けれど、家族の為だと思って我慢を続けていても、私も所詮は一人の人間。少しずつ、耐えられなくなっていた。
あの二人を殺したいと思う事もあった。
四人を連れて、家から逃げる計画を立てる事もあった。
いっそ、自分だけ逃げだす事も考えた。
弟妹達が自分と同じ目に合う前に、自分の手で先にその命を絶つ事すらも考えた。
...結局、私は何もしなかった。
いつか終わりの日が来る事を信じて、心を殺して耐えていた。
自分の心が壊れてしまう前に、その日が来る事を祈った。
だけど、「その日」が自分の望まないカタチで訪れた。
あれは、何の変哲もない日だった。
成人した私はいつものように仕事の面接を受けに行って、終わってからはバイトして、家に帰るという、いつもの日だった。
ただ、その日は少しだけ家に帰るのが嫌になって...
少しだけ、寄り道をして...
少しだけ、歩きを遅くして...
そして、家に帰った後、私の目に飛び込んだのは血まみれな居間だった。
床も、壁も、天井も、机も、椅子も...何処も彼処も血で汚れていた。
何があったのかと慌てて、靴も脱がずに部屋に上がって星ちゃん達を探した。小さい家のお陰で、すぐに全員を見つけられた。
小さい三兄妹は静かに寝ていた、まるで何もなかったかのように。
しかし、星ちゃんだけは部屋の隅っこに縮こまって、血まみれな状態で震えていた。
何があったの?と駆け寄って、星ちゃんに声を掛けたが、まだ四年生の彼女は只管「ごめんなさい」と繰り返した。
何か怖い思いをしたのだろう。不愛想ながらも優しい星ちゃんがパニックになるような、何かが起こったのだろう。
すぐにでも「記録」を確認したいが、怯えているこの子をそのままにしてはいけないと思い、私は血まみれな星ちゃんを抱きしめて、頭を撫でながら「大丈夫だよ。ただの悪い夢だよ」と繰り返して言った。
そしたら、彼女はいつの間にかゆっくりした呼吸をして、気を失ったかのように、私の懐の中で寝息をたてていた。
...あの二人の姿が見えない。
血まみれになっていた星ちゃんを治療しようとしたら、意外にも、彼女の体に殆ど傷がなかった。
他の三人にも被害がなかった事を見ると、血まみれな居間はあの二人だけと関係があるように思えるが、何が起こったのか、見当もつかなかった。
なので、星ちゃんを近くのソファの上に寝かせて、すぐに直近の居間の「記録」を確認した。
っ...!
またも予想外の光景が目に入った。
家に帰った「父」はお酒を飲みながら、私の名を呼んで探し回った。
しかし、私を見つからなかった「父」が居間で勉強する星ちゃんを見つけて、あろうことか、いきなり彼女の首を乱暴に掴んだ。
まだ十歳未満の少女の首を掴んで、「父」は暴力を振るおうとした。
そして...返り討ちにされた!
歳的にはまだ「成長期」に入っていない筈の星ちゃんが、同族の大の大人を殴り飛ばした。
何が起こったのかを自分でも分からなかったのか、「父」は立ち上がって、再び星ちゃんに拳を振り上げた。
しかし、その拳が星ちゃんに届く事なく、「父」は星ちゃんの蹴りで天井に叩きつけられた。
私はあまりにも非現実的な「記録」を観て、唖然とした。
私達兄弟姉妹の中で、唯一「才能あり」と診断された星ちゃん。それがどれほどに凄い事なのか、よく分からなかった。
けど、今の記録を見て、私はようやく理解した。「才能あり」と診断された赤ん坊は、恐らく何もしなくても、生まれ持つその才が勝手に成長していき、伸ばせば前人未踏な領域までに辿り着けるのだろう。
実際、「記録」の中の星ちゃんは自分が何をしたのかも分からず、自分から返り討ちを受けた「父」を呆然と見つめた。
自分自身を見て、「僕は今、なに、した?」と呟いた。
居間の異状に気づいたのか、「母」は厨房を出た。
傷を負い、更に酔いによって怒り心頭な「父」と、つい先まで静かに勉強していたが、椅子から立ち上がっている星ちゃん。
この二人を見て、「母」は理解しがたい事に再度星ちゃんを襲う「父」に加勢して、自分の幼い娘に手を上げた。
その結果...二人の大人ケンタウロスに攻撃された星ちゃんが無我夢中に反撃して、二人を再起不能になるまで攻め続けた。
ここで「記録」が終わって欲しいと、今でも思う。
しかし、「記録」はまだ終わってなかった。
腕をちぎって、足を折って、二人に気を失いさせたのに、星ちゃんは怯えた表情で二人を見つめた。
そして、「父」の指が僅かに動いた事に気づき、金切り声を上げて、倒れてる二人に続けて拳を下ろした。
パニックになっていた。恐怖に支配されて、我を忘れていた。
最後は遂に、「父」と「母」の体が見つからなくなる程に、バラバラな肉片となって、居間内の「血溜り」の一部に溶け込んだ。
過去の出来事を確認終えた私が最初に感じたのは、恐怖だった。
寝ている星ちゃんを見て、自分は化け物を育てているのか?と思ってしまった。
血まみれな居間を見回って、血溜りの中から肉片を見つけて、すぐに口を押えて、トイレに駆け込んだ。
そのままトイレの中に残って、星ちゃんのいる居間に戻るまで、少し時間が掛かった。
これから、私は自分が何をすべきかを一晩中に考えた。
だけど、どちらを庇うべきかだけはすぐに決められた。
ソファーに穏やかな寝息を立てている星ちゃんを見て、彼女に「親殺し」の罪を背負わせる訳にはいかないと思った。
彼女の将来にも、彼女自身の為にも。
不慣れな幻惑魔法を操り、星ちゃんの頭に手を置く。彼女の両親に関する記憶を消そうと、慎重に魔法を掛けた。
それでも、星ちゃんは長い間に目を覚まさず、入院する事となった。
結局完全に消せなかった事と、星ちゃんの記憶に一部の混乱をもたらした事を、後にななえちゃんの話から知った。
星ちゃんは両親の死を覚えているが、死んだ時期がはっきり覚えていない上に、今日の事を私との「稽古」だと思っている。
今の星ちゃんの、誰にも深く興味を持たない性格になったのも、恐らくこの時の私の魔法のせいなのだろう。
それでも、実の親を殺したのが自分だという記憶を、星ちゃんにそれを持って欲しくない。
他の三人には魔法を掛けなかった。
まだ幼かった故か、自分の両親に関する記憶がなかったらしい。最初から両親はいなかったと、そう思っていた事を後に知った。
後はこの事件をどう処理すべきかを、私は朝まで悩み続けて、一つの結論を出した。
私が「親殺し」の汚名を被り、「殺人罪」の犯人になる。
次の日、私は星ちゃんを看護院に送った後、早速「当主代理」の権限を以て、他の親戚筋を招集し、千条院家前当主とその夫人の死を全員に伝えた。
話を聞かされた皆は様々な反応を見せたが、私はそれを気に留めず、すぐに自分を千条院家の新当主として認める事を全員に要求した。
もちろん、すぐに何人の反発を買った。「記録」を見せる事を要求された。
私はそれを強引に拒否した。今一番大事なのは、日の国三名門の一つである千条院家が現在「当主不在」な状況に陥っている事であり、前当主が亡くなった事件についての調べはすぐに行えないと、無理矢理に全員に納得させた。
その上、自分が丁度成人している事と、弟妹達がまだまだ幼い事を理由として、千条院家の新当主になれるのは自分しかいないと全員に言った。
反対する者達もやはりいた。
でも、三名門の一つとはいえ、実際は没落同様な千条院家だ。彼らを説得するに、あまり時間も掛からなかった。
そうして、私は正式に千条院家の当主の座を手に入れて、既に時間が遅いと後処理を理由に、全員を部屋から追い出した。
その後、「三名門千条院家当主権限」を行使し、その夜の「記録」を全部消した。星ちゃんの犯した「過剰防衛」の罪を自分しか知らない秘密にした。
他の二家の承認なしで出来るかどうかは不安だったが、うまくできたのが幸いだった。
後に警察の調査が入り、「記録」が消された事について尋ねられたが、私は「『三人議会』で議論する」と黙秘を続けた。
その「三人議会」で、私はその場にいる国王と他の二家の現当主に、千条院家先代当主夫妻を殺害したのが自分だと、嘘の告白をした。
三人は驚きを見せたものの、すぐに冷静を取り戻した。「三名門」と呼ばれていても所詮は他人、その生死について、誰も気に留めなかった。
だけど、三名門の内の一家が欠ける事だけは他の二家の当主に許されなかった。世間体を気にして、「尊属殺人罪」自体を隠蔽し、私をそのまま千条院家の当主を続けさせられた。
星ちゃんが成人した時、「再調査した後、真犯人を見つけた」という体で私を裁き、星ちゃんに新しい当主にすると、その場で風峰家の当主が決め、一之瀬家の当主がそれに賛同した。
国の象徴である王に考えを聞く事もなく、「三人議会」が終わった。
......
...
なんとか星ちゃんの秘密を護れて、私も一息を吐きたいと思ったが、今も仕事が見つからず、バイトで生活費を稼いでいる私では、自分と四人の弟妹を養うには全然足りない。
しかも、当主になった事によって、「父」が他の親戚から大量の借金をしている事が判明し、一人の稼ぎでは自分自身すら養えないと思った。
幸い、千条院家に生まれたケンタウロス族の人間は全員、優れた容姿をしている。自分が身売りをすれば、短期間で大量な収入を得る事が可能だろう。
それでも、借金返済のために、かなりの「前金」をもらう必要があるし、自分の身売りが弟妹達に影響を及ぼす心配がある。
特に、星ちゃんが心配だ。
あの子はまだ幼いが、他の三人と違って、もう赤ん坊ではない。「幼い故の価値がある」と、変態趣味な大人達の目に留まる危険がある。
だから、私は簡単に自分を身売りする事が出来ない。一人の人間としてのプライドもあるので、薄汚れた金を手に取りたくないという思いもある。
それでも、お金が必要だ。お金が全てではないにしても、私達家族にはお金が必要だ。
きっかけは些細な事だった。
偶々目にした新聞紙に、「世界一の財閥」という文字が掛かれて、衝動的にその新聞を買った。
そしたら、そこには「守澄財閥が二年もかけて、世界一の学園を建てる計画」とか、「高給で最高の教師を集める予定」とか、「私立一研学園」に関する事が書かれていた。
星ちゃんも既に退院し、他の弟妹の面倒を手伝ってくれるようになり、少しの時間の余裕ができた私は、一度その建設現場を見に行く事にした。
運がよかった。
その時の私は偶然にも「守澄財閥当主」である守澄隆弘本人に会えた。
世界一の財閥の当主を目にして、俺はケンタウロスの足を活かし、護衛を振り切って彼の前に着いた。
プライドをすべて投げ捨てて、彼に働き口をくださいと地面に膝を付けた。
不意を突かれて私の侵入を許した彼の護衛がすぐに駆け付けて来て、私を拘束したが、私の顔を見て、彼も私が「千条院家当主」である事に気づいてくれて、拘束を解くように護衛達に指示した。
彼ほどではないが、自分も「有名人」である事を、この時ほど「よかった」と思った事がなかった。
その後、私は守澄に先導されて、ほぼ何もない部屋へ案内された。
二人きりの状況で、彼は私に「三名門の当主」である私が「平民」の彼に職を求める理由を訊いた。
私は最初、「高給だから」とか、「他に稼ぎ手がいなく必死だったから」とか、適当な理由を挙げたが、全てが嘘だと見抜かれた。
仕方なく、「三人議会」で述べた先代当主夫婦の死の「真実」を彼に暴露した。が、何故かそれも嘘だと彼に見抜かれた。
本当だと懸命に弁解する私、彼は溜め息を吐き、私の言葉が嘘だと思った理由を教えてくれた。
「君へのメリットが全くないから、だ。」
「当主の座が欲しいか為、親を殺して『記録』まで消したのに、それを誰かに伝えるのは理に適っていない。」
「親をも殺せる君は、弟と妹達の為に働くのが不自然だ。」
「君に千条院家先代当主夫婦をも殺せる力があるなら、何故その二人を支配し、金稼ぎ道具として利用せず、今更になって、自分で必死に金を稼ごうとする?」
守澄の言葉に、私は黙って聞くしかできなかった。
反論の言葉が見つからず、自分の思い掛けない方面から、自分の嘘が暴かれた。
この人にはどんな嘘も通用しないと、この時に思った。
そして、私は諦めて、ここから去ろうとした。
その時、急に守澄から「待遇」の話をされた。
教職としてのレベルがかなり高い事が条件の一つだが、学園がまだ工事中。それまでは一般職員の扱いで、一研の教職に務めるようになるまで勉強する。
そして「給料」に関して...とても信じられない数字が彼の口から出た。
身売りすると同じか、それよりもいい給金だった。
しかも、客を見つけられなければ稼げない身売り業と比べ、こちらは固定収入。「教員免許」を取れば、公立学校で安定した収入がもらえる公務員としても働ける。
あり得ないくらいの好条件だった。
それ故に、守澄は私に真の「真実」を求めた。
あの頃の私は既に崖っぷちまで追い詰められていた。
絶対に誰にも言わないと決めた秘密を、あの男に伝えた。
その結果、私はめでたく一研の未来の教師として雇われたが、守澄への絶対的忠誠を誓わなければならなくなった。
私は、彼の駒となった。
それから二年、守澄の言われたままに「魔理」の勉強をした。
一研で人に教えるレベルに達しなかったら、私は解雇され、星ちゃんの秘密が公になる。
だから、必死に勉強した。必死に必死を重ねて、昼夜問わずに勉強した。
星ちゃんにも随分と迷惑をかけた。弟妹達の世話に食事の準備・家の管理、家計の管理まで、まだ小学生の彼女に任せていた。
そして二年が過ぎ、私は何とか一研の教職に着けれるレベルの知識を身に付ける事が出来た。
解雇が免れて、学園に赴任しようとしたら、守澄に「人を教える力が足りていない」と言われ、自分の娘の家庭教師に左遷された。
いつ死ぬかも分からない、将来のない女の子の家庭教師...しかし、逆らえる筈がなかった。
守澄隆弘は卑怯者だ。
彼は私の弱みに気づき、言わせるように仕向けた後、私が漏らした己の弱みに彼が付け込んで、自分の意のままに私を動かす。
そんな奴の娘の家庭教師なんて、例えいつ死ぬかも分からない可哀そうな女の子だとしても、私はなりたくなかった。
けれど、もちろん私には選べる権利なんてなかった。彼の命令に従うしかなかった。
守澄奈苗、守澄隆弘の娘でありながら、彼と同じカメレオン族の女の子。
その種族の特徴なのか、初対面の時はかなり警戒された。守澄の娘だと考えない事にして、生きるの為に身に付けた、誰にでも一発で心を開く作り笑顔を見せたら、まさかの事に、その女の子に逃げられた。
箱入り娘というべきだろうか。
いつ死ぬかも分からないのに、かなり大切に育てられてきたようだ。
でも、何度もあっているうちに、この箱入り娘もようやく私に心を開いてくれて、彼女に授業を行う事が出来た。
もし、私がずっと彼女に避けられっぱなしだったら、「やはり教師に相応しくない」と解雇される事になるかもしれない...そんな恐れもあったが、杞憂だった。
家庭教師に「左遷」したのは私を解雇する理由を付ける為?と疑った事もあったが、考えてみれば、守澄に私のような都合のいい手駒を手放す理由はなかった。
そう思って、私もようやく冷静になれて、守澄奈苗という女の子を、自分の教え子として見る事が出来た。
ある日、いつものように箱入り娘に勉強を教えた。
出来が良かったから、彼女の頭を撫でた。
だけど、次の瞬間、彼女は椅子から床に落ちて、気を失った。
何が起こったのかは全然分からなかったが、かつての星ちゃんの事が脳に浮かんで、私はパニックにならずに済んで、人を呼んだ。
駆けつけてきたメイドは部屋の中を見て、すぐに状況を理解したのか、私に「お嬢様に触れたか!」と怒鳴りつけた。
その後、メイドは彼女の小指に嵌ってる指輪を外して暫く、また指輪を嵌めてから、彼女をベッドの上に運んだ。
「『お嬢様に触れではならない』と、一番最初に決めたルールをお忘れですか!?」
いつ死んでもおかしくない女の子、箱入り娘の女の子。
彼女は別に好きで「箱入り娘」になった訳ではなく、本当にどこにも行けない、「箱」の中でしか生きられないから、彼女は「箱入り娘」となった。
見知らぬ土地なら、ほぼ確実に病気になる。知らない人が近くにいたら、体調を崩す可能性がある。
なぜ星ちゃんとほぼ同い年の娘が小学校に行かず、家庭教師に勉強を教えてもらっているのか、私はようやく知った。
最初に会った時の人見知りっぷりも、この体質由来かもしれない。
もしかしたら、本当の意味でこの娘を偏見抜きで見れたのは、この時からだったのかもしれない。
それからの私はよく守澄奈苗を見るようになった。
実は授業のない時間でも、色々な本を読んで、自習している事に気が付いて、一研の教師になる為、必死に勉強する自分と重なり、彼女の努力っぷりに感動した。
いつしか、私は彼女の事を「ななえちゃん」と、そして彼女が私の事を「望様」と呼び合うようになった。
いつの間にか、彼女は私にとって、星ちゃん達と同じくらい、大事な妹となっていた。
その妹に...ななえちゃんに...
家族なら絶対に言えない秘密を、告白してしまった。
「第六節」、終わり。
望様の話を聞いた奈苗の反応とか、その後の展開は次の節で「回想」などの方法で書く予定...というより、元々ここで「氷の国⑩...望様の告白」の予定だったけど、予想以上に望様の回想シーンが長くて、出来ませんでした!
失礼しました。




