第六節 氷の国⑨...外泊と秘密
「仕方ない、か。」
望様も男だし、そりゃ性欲くらいはあるだろう。
「とはいえ、ここで襲われるのは勘弁願いたいのですね。」
先程に渡された解毒剤を彼の目の前に掲げ、穏やかな声で喋る。
「お薬の時間ですよ、望様。酔ってる自覚、ありますよね?」
「これ、は...?」
目の前の小瓶を見つめて、望様は困惑した表情を見せた。
自分の物入れ結界から出した品を見て困惑するなんて、どんだけ酔ってるんだよ?種類にもよるが、確かビールって、一番アルコールの度数が低いお酒じゃなかった?
望様って、意外と酔いやすい体質なのかもしれん。
「解毒剤です。望様は酔ってます。
今、自分が普段絶対しない事をしようとしている事に、気づいてますか?
取り返しのつかない事になる前に、解毒剤を飲んで。」
「...あぁ、そうだな。」
解毒剤を受け取った望様は体を起こして、その小瓶の中身全部を一気に飲んだ。
そして、ちょっと寝ぼけているような目つきで、ぼーっと明後日の方向を見つめた。
俺の方はようやく望様に解放された事によって、少し周りをよく見えるようになった。
頭がやはりガンガンと痛くて、とてもじゃないが、押し倒された体を起こす気力がない。
浴衣は...押し倒された時に開けたのか、片肌が脱げていた。
うはっ!エロ画像だ!
でも、自分の体だからなぁ。傍からエロく見えても、自分の視点からだと、ただ服が着崩れているだけにしか見えない。
「はぁ...」
全身に力が入れない。
さっき、解毒剤を渡した時に、全ての力を使い切ったのかな?頭の痛みが引いていないのに、とても眠い。
望様の言ったように、今は男女二人きり...いや、もういいっか。寝る。
「望様...悪戯しないでね。」
そう言って、俺は最後に残った力で開けた浴衣を整えた後、静かに目を閉じた。
......
...
再び目が覚めた時、俺は和室のような部屋の中に寝かされていた。暖房器具もよく効いていて、とても暖かくて、寝心地がよかった。
何でもかんでも魔法に頼るこの世界だが、不思議な事に、ここの暖房器具は魔法が使われていないのか、体調が悪くなる事はなかった。
そんな都合のいい事が起きた理由について頭を回してみると、すぐに雛枝から教わった「魔力をエネルギーに変える」話を思い出した。
この部屋の暖房器具がそれに因っての物かもしれない。太古の遺産なら「電撃」魔法、そうじゃないなら、周りに空きスペースを作り、そこでただの「燃焼」魔法でも事足りる。
...うん、頭の回転が悪くなさそうだ。
ガンガン痛くないし、部屋の暖房器具がどういう仕組みなのか、とかみたいなくだらない事を考える余裕もある。
この国、雛枝の発想によって、かなり俺にとって住みやすい場所になってるが、まさかこの事もあの娘の計算の内?
もし、彼女がそれ程に賢い人だったら...
「いい『喧嘩』が出来そうだ。」
「目が覚めました?」
「ん...?望様か。」
俺の独り言を聞いたか否や、横になっている俺の顔を、望様が覗き込んできた。
そして、俺も今ようやく、自分の頭がどこに乗っているのかに気づいた。
「膝枕とは、なぁ。粋な心遣いにどうも。」
男の膝に頭を乗せてるという気色悪いシチュエーションだけど、今日一日での沢山の経験のせいで、俺も色々と吹っ切れちゃって、そのまま頭を動かず、目を閉じちゃった。
無防備...望様の言う通りだよ。
今の俺はどうも自分が思っている程に男らしくなく、しかし女らしくもない、どっちつかずな状態って感じがする。
そのせいで、男の膝枕に嫌悪感がなく、恥じらいも感じない。自分が男なのか、身と同じ女なのか、よく分からなくなっている。
かつては男である記憶はある。
体が「守澄奈苗」という女の子であるけど、彼女の記憶を受け継いではいない為、「俺は女だった」と思った事もない。
なのに、今の自分の裸体に対する関心が薄くなったり、男の人を見て「カッコいい」「カッコよくない」と、外見に評価できるようになったり、性別関係なく、見せてくれた笑顔にドキッとしたりと、自分が少しずつ変わっていくように感じた。
はぁ...
女の子として生きて行く覚悟が出来ている...と、心の中で決めていたが、その心までが「女の子になっていく」には抵抗があるなぁ。
このままいくと、俺、いずれ男の子を好きになるんじゃねぇ?って思うと、気が滅入る。
「今何時?」
「もうすぐで九時になります。」
「となれば、いまから雛枝ん家に戻ると、深夜頃になりますね。
どうします、望様?ここで一晩、過ごします?」
「この部屋なら確かに一晩過ごす事も出来るが、寝具がありません。
旅館ではありませんから、朝食も、もちろん今日の夕食の提供もありません。
厄介な事に、食品を売ってる場所もないし、近くに別の旅館やホテル、食事処すらありません。」
「サービス精神が足りないよ、この国の経営者共には。」
日帰り温泉施設として、立地が最悪と言ってもいい。俺なら「無人経営」どころか、さっさと店じまいにしたのだろう。
「...元はと言えば、私がのぼせたのが、一番の原因ですよね?」
俺に膝枕した上に、魔法を使わず、扇で俺の体を扇いでくれて、自然に目が覚めるのを待っててくれた望様。
いやはや、かっけぇよ、望様!アルコールさえ摂取しなければ、もう完璧人間だよ!紳士の鑑だよ!
「私も『缶ビールを飲む』という慎重に欠ける行動をした。
それをしていなかったら、もっと早いうちに、ななえちゃんの体調不良に気づける事ができたのでしょう。」
そう言って、望様は俺に申し訳なさそうな表情を見せた。
...はぁ、バカらしい。
「言い出しっぺで悪いけど、私は『どっちが悪い?』なんて、責任の所在を追及するつもりはありません。
起こった事は起こった。過去の事をネチネチ言う性格ではありませんので。
ですから、もう『これから』の話をしましょうか。
望様、星を通じて、みんなに私達が外泊する事を連絡してくれませんか?」
「...賛成しかねますなぁ。
ななえちゃん、今の私達にとって一番の問題は『食事』でも、『寝具がない』事でもなく...
私達が今、『二人きり』でいる事が一番の問題です。」
「何?望様はまだ私を襲うつもり?」
紳士を変態に変えられる程の美貌を持っていたっけ?たかが十五の女の子に?
「くすっ、意地の悪い質問ですね。
その質問に同意しても、否定しても、君は怒るでしょう?」
「まあね。
同意したら『変態』、否定したら『ヘタレ』と暴言を吐く予定でした。」
一先ず、望様は今冷静で、恐らく襲って来ない事の確認ができた。
「これで、一番の問題が解決しましたね。
残りの問題は...食事は昨日今日と同じ、またも夕食朝食抜きになりますが、一緒に頑張りましょう。お腹が不甲斐なく音を上げても、お互いを許し合う精神で。」
「前向きですね。
良い眠りができないけど、我慢できますか?」
「贅沢を覚えたら、二度と節約ができません。
本音を言うと、守澄邸のベッドで眠りたいし、赤羽真緒の料理が食べたい。
けど、ない物はない。畳があるだけでも、もう神様に感謝、ですよ。」
そんな健気な事を口にした俺だが、今も望様の膝の上に頭を乗せている。
「ななえちゃんの将来が心配だな。」
「行き当たりばったりだったから?」
「いいえ。そういう風にななえちゃんを見た事がありません。
寧ろ、どんな時でも、突発的な事が起こっても、先を見つめて前向きに、冷静に次の行動を考える。
そんな凄い女の子だと思っています。」
「言ったでしょう?過去の事をネチネチ言う性格ではないって。」
「それでも、やはり『男と二人きり』に危機感を持って欲しいと思います。
あまりにも警戒心が無さすぎると、ホント、いつか誰かに襲われますよ。」
「あー...」
また、その話か。
「襲われるのは絶対嫌ですね。
でも、なんかもう襲われても、どうでもいいような気分ですね、今は。
逆に一度襲われて、その恐怖を実体験したら、警戒心を持てるかもしれません。」
未知への好奇心はあるが、未知への恐怖はないな。
雛枝曰く、俺は「研究者肌」らしい。
「襲われたい?」
笑顔で恐ろしい事を口にする望様。
もちろん、それはただの冗談だと理解している。
「ふふ、襲わないで。」
微笑みを見せて、けれど進んで身の危険を冒さない。
「さっきはあんな事を言いましたけれど、『襲って欲しい』という意思表示ではありませんから、本当に。
どうか、理知的な望様のままでいてください。」
そう言って、俺は結局望様から離れる事をせず、無防備に目を閉じた。
今の俺は一体、どういう状態になっているのだろう?
男の人を恐れないし、くっついている事に抵抗を感じない。
しかし、同時に男の人にトキメク事もしない。触れ合っても、恥じらいを感じない。
やはり、俺の推測が正しかったのかな?
今のこの体に、俺以外にもう一人、「守澄奈苗」という女の子の魂も宿っている。
そのせいで、俺は俺の意識を持ちながら、奈苗の感情も時々感じ取れて、俺と彼女の二つの魂がこの一つの体の中で混在し、少しずつだが、融合していってるような感覚だ。
今の...この「男の人に妙に寛大になってる」という状態が、何となく「融合最中に起こる副作用」のように思えて、ちょっと不安だ。
不安だけど、「別にいいだろう?」という思いも沸いてしまい、事を大袈裟に捉えようにもできない、という何とも言えない不思議な気分に陥っている。
ふむ。
傍から見れば、今の俺は男の人に無警戒に近づき、恐らく何をされても笑顔で「な~に?」と返してしまう女の子になっているのだろう。
そんな女の子って、確か「天然女子」と呼ばれる現実に存在しない珍生物、だったっけ?
いや、大丈夫か。
もし「天然」と思われたら不愉快極まりないが、俺は俺だ、きちんと「されていい」事とダメな事の区別ができる。例えるなら、もし今の女の子の俺が男の人に胸を揉まれたら、俺はちゃんと「胸を揉まないでください」と、その人に常識を説く事ができる。
そもそも、人をおちょくる事が好きな俺がどんな状態に陥っても、「天然キャラ」にはならないだろう。ありえない妄想だ。
そんなあり得ない話はさておき、やっぱ「融合」の事について...
「ななえちゃん。」
「ん?」
「連絡、終わったぞ。」
「...あーぁ。」
一瞬ほけーっとしたが、すぐに雛枝達に「外泊」の連絡を望様にお願いした事を思い出した。
「もう眠い?」
「むー...
いいえ、今起きる。」
「眠いなら、無理して起きなくても大丈夫ですよ。
絶対寝込みを襲わないと約束する。」
「それは心配していません。望様はそんな事をしない人だと信じています。
酔った望様を信じていませんけど、ねぇ~。」
笑みを見せて、俺はようやく寝心地良い望様の膝から頭を退かす決断をし、体を起こした。
「その悪戯っ子的な笑み...
今、何か良からぬ事でも企んでいます?」
「また狼さんになられたら困るので、距離を取ろうかと。」
反対方向の壁まで行き、俺は無造作に畳の床に座り、背を壁に預けた。
「それに、望様と二人きりの外泊に決めたのは、他にも理由があります。」
「それは構いませんが、ななえちゃん、もう少し慎みを持ちなさい。
服の中が見え隠れしてて、私は目のやり場に困っています。」
指摘されて気づいた。今の俺は浴衣で下着をつけていない状態なのに、胡坐した姿勢で片膝を立てていて、謂わば歌膝という座り方をしている。
望様の位置から、俺の股の間が彼の言う通りに、見え隠れしている。
これは流石に、男でも恥ずかしいや。
「失礼しました。」
素足を見られても構わないが、せめて要所が見えないように、浴衣を少しずらした。
「別に誘惑しようとした訳ではありませんから、勘違いをしないでくださいね。」
「そうですか。」
あくまで紳士的な振る舞いをする望様...実に助かる。
「では、話の続きを。
私としても、いい加減襲われかけた責任をとってもらいたいですし、ね?」
「あはは、耳の痛い話ですね。
んで、何の話を...」
「望様と星の家族の話です。」
「......」
一気に険し顔になった。
考えてみれば、今日一日で、望様は俺に無自覚での質問も含めて、何度もこの事を聞かされた。
今は、遂に表情を作る余裕もなくなったのか、それとも覚悟を決めたのか、彼はようやく堅い口を開く。
「私は...『親殺し』だ。」
「ふーん。」
「あんまり、驚いていませんな。」
「可能性の一つとして、既に考えております。」
実の両親が故人となった出来事を語った時、望様は言葉を婉曲せず、「死」という字を使った。
その時点で、既に千条院家では「親子不仲」という可能性が浮上していた。
「日の国でも、三名門当主と国王、そして君の父の五人しか知らない極秘事件です。
私の父と母、千条院家先代当主とその夫人...私のせいで死んだ。
私は『尊属殺人罪』を犯した罪人です。」
「罪人、か。」
国が定めた罪を犯した人、最も分かりやすい罪、「殺人罪」。
紅葉先生と同じ、か?
「それが、先生が必死に隠したがっていた、千条院家の秘密、ですか?」
「そう、だ。」
「なぜ、罪人である望様は現千条院家当主の座に座っています?」
「古くから続く公爵家、しかも三名門の一つでもある千条院家だが、現在では実質上没落していた。
しかし、その事を他の両家が許してくれない。
当主が死に、後見人の当てもない千条院家、それでも没落をさせてくれない。
それどころか、成人式を終えた私を、罪人であるにも拘らず、当主の座に据えた。
星ちゃんの成人式が終わったら、その時、私が裁かれて、あの娘が新たな当主にする予定です。」
「星の意思も聞かずに?」
「......」
「望様の意思も?」
「『三人議会』は国策を決める最高議会、そこでは三名門の現当主がすべて。『日の国』に住む以上、逆らう事はできません。」
三人議会...初めて聞いた名詞だが、実に分かりやすい名前だった。
そして、例えお飾りでも、国王陛下も傍聴くらいはできるだろう。
だけど、何故俺のお父様まで、この「極秘事件」を知ってるんだ?
......
結局、望様は...
「正直、私としては、望様の今の話に...騙されてやりたかったよ。」
「っ!今、何を...?」
「嘘...とまで言いませんが、本当の事を言っていないでしょう?
十五未満の小娘だから、誤魔化した言い方に気づけないと、そう思いました?」
つい先まで「酔いと豹変する望様」を知らない俺だが、それなりに彼の事を知ってるつもりだ。
特に今日、たったの一日で、望様には誰にも知られたくない秘密がある事まで知った。嘘を吐くまで、知られたくない秘密だと、たった今に知った。
世の中には食事一回で、初対面の人の本質まで見抜く賢人達がいる。馬鹿らしい話だと思っていたが、観察眼を磨けば、それも出来なくはないと思っている。
一応俺は今でも、「食事一回」で相手の全てが分かるなんて、あり得ない事だと思っている。相手にも失礼だし、そんな自惚れ野郎になりたくないとも思っている。
だけど、望様とは、本質を知るのに、十分すぎるくらいの長い付き合いをしてきたと思う。
知らない事もきっとまだあると思う。
でも、俺はそれでも...
「私は望様の事をよく知っています。
私を騙せると、思わないでください。」
あくまで望様の口から教えてもらいたいと、真摯な態度で彼を待つ。
「どうしてそう思いました?」
彼の口から漏れた小さな声、本音をまだ隠したい気持ちの表れのような言葉。
それはつまり、彼が今も隠そうとしている「真実」は、口にする事も出来ない、というような巨大な嘘。彼の、誰にも知られてはならない闇。
「...望様、あなたはよくやってきました。」
「ななえちゃん...?」
「私も、あなたが秘密を抱えている事に気づくのに、長い歳月を掛けました。
星と『何でも話せる』親友になれなかったら、一生気づけなかったのかもしれません。
ですから、あなたはホント、今までよくやってきました。
あなたが秘密を抱えているなんて、あなた自身が喋らなければ、きっと私以外...運に恵まれた私以外、気づけないのでしょう。」
「いや、ななえちゃん!私はただ...」
「あなた様の力になりたい!」
「っ!」
「...私はただ、あなたの力になりたいと、そう思っていただけです。
けど、その秘密を聞く事ですらあなたの負担になるというのでしたら、無理にあなたの口から聞く事は致しません。
探りも入れません。
ただ、たぶんそのうち、私はまた運に恵まれて、あなたの秘密を偶然に知る機会と巡り合うかもしれません。
その時が来たら、どうか、あなたを思う私を許してください。」
手掛かりは沢山あった。
証拠は一つもないが、「真実」を推測できる程の情報が十分に揃っている。
ただ、複数の可能性の中に、一つだけの真実を見つけるには、まだまだ情報が足りない。やはり実物の証拠がなければ、本当の事が分からない。
...そう。「証拠」がなければ、本当の事が分からないんだ。
俺の手元に、幸い、「証拠」がないんだ。
「情けないんですね、私は。今ほど、自分が情けない人だと、思った事がなかった。」
「望様?」
突然片手で自分の顔を隠したと思えば、望様はそのまま手で額を押しながら俺から離れ、対面の壁に背を寄りかかった。
「子供に心配させた挙句に、『聞かないであげる』と言わされるとは...
どちらが大人なのか、分からないものですね。」
ずるずると背を壁にくっついたまま、ゆっくりに腰を下ろす望様。足を前に伸ばして畳床に座った後、俺を見つめた。
「ななえちゃん。君は本当に『才能の塊』だと思うよ。
行動力があって、計画性もある。かと思えば『臨機応変力』もあって、適切な対処法をすぐに見つけ、行える。
好奇心旺盛で、学習意欲も高く、優れた学習方法を自力で見つけられる賢い頭脳までもある。そして、まさか『考えるのが好き』と、頭を回す事が趣味としている。
身体能力よりも、魔法力よりも、『思考力』が重要視される今の時代にびったりな『天才』、と言ってもいいでしょう。」
「っ...『天才』、ですか。」
俺は「天才」なんかではない。
何ににでも興味を持てるものの、すぐに飽きて、何一つ極めたものがない、天才のなり損ねだ。
「望様?
あなたの秘密をこれ以上訊かない代わりに、私の事を、二度と『天才』と呼ばないでください。」
「ん?
もしかして、妹さんの事...」
「『天才』なんていない!
神はこの世の誰にも『才能』を沢山与えていながら、それを発見する術を教えず、発見できる環境も、機会も平等に与えていません。
私は...ただ運がよかった、だけです。」
前の世界でも家庭に恵まれていた。
今のこの世界でも、「病弱」属性があるものの、世界一のお金持ちの家の生まれという環境に恵まれている。
天才なんて、誰にだってなれるチャンスがある。みんな、ただ運が悪かっただけなんだ。
「...不謹慎な発言でした。
でも、謝らない事にします。やはりななえちゃんは『天才』だと思う。」
「望様っ!」
「私の秘密を聞かない代わりに、でしょう?なら、私が自分の秘密を教えたら、君を『天才』と呼んでもいいでしょう?」
「それは...!」
「元々、私はもう既に、君に全てを教えるつもりでしたよ。
早とちりして、君が『聞かないであげる』と先んじて決めたけど、私はそれでも言うつもりでしたよ。」
あ、あれ?そうなの?
となると、俺が無駄な気遣いをした、って事か?
うわぁー、またこういう恥をかいた。
...ホント、学習しないな、俺!
「最も、その前に何故、君は私の嘘を見抜けたのか。
それを先に教えてくれませんか?」
「...え?あぁ。」
まだ顔が熱いけど、望様と結構距離が離れているので、たぶん気づかれていない。
えっと、何だっけ?俺が望様の嘘を見抜いた理由?
「まぁ、その、今日一日...」
むっ、待って?
最近、このような感じな質問、結構されて来なかったか?
「まさか、望様も私の知能指数を図ろうとしてます?」
「まさかまさま。」
望様は笑いながら否定する。
「本気で分からないんですよ。
ななえちゃんが寝ている間に、嘘のない完璧な作り話を用意したつもりだったのに、どうやって見抜いたの?」
「どうやって?って...」
本気で分からないのか?
「望様、家族は大事?」
自分の事を「親殺し」と言った直後に、彼にこの質問をする俺って、ホント性根が悪いと思う。
ただ、彼の事をよく知っているという自負がある。
「......」
だから、俺の質問を聞いて、彼が言葉に窮して、沈黙する事も想定済みだ。
「意地悪な質問でしたね。
って、私、また望様に意地悪しましたね。ごめんなさい。」
頭を軽く下げて、軽い謝罪をした。
「望様の今までの行動を見れば、家族思いな人だと誰だって気づきます。
星と比べて、弟妹達への扱いが完全に違いましたからね。
星が自分の弟妹達にノーマルな兄弟愛を注いていると思います。が、望様のは、もはや親が子へ注ぐ無償な愛ですよ。
両親に良い印象を持っていない望様にとって、イメージし難い事かもしれませんか。」
「私がそんな事を...?」
「えぇ。
日の国を離れる前の夜、まだ覚えてますか?私はよく覚えてますよ。
逃げ回る三匹の子猫ちゃんを捕まえようと追いかける望様。一匹を捕まえて、星に預けてから、続きに他の二匹を追い回っているうちに、星に預けたその一匹もまた逃げ出して、振り出しに戻る。
とても面白かったのですよ。」
「アハハ...その時は本当、迷惑を掛けました。」
「楽しかったから、いいのです。
実際の兄姉達は星のように、弟妹達への関心はあるものの、『躾』はしないのです。
ご両親がお亡くなりになった事について、大分前に星から聞いていました。望様が弟妹達の親代わりだと気づき、その日の夜に実感も沸いた。
ですから、望様はとても家族思いな人だと気づいています。」
雛枝と初対面の時に、無口の星の代わりに彼女を紹介した事も一例として数えられる。
「では、そんな『家族思いな人』が、何故『親殺し』となったのか?」
「......」
「私が今から、何を言おうとしたのか、分かりますね?」
「...ななえちゃんの想像通り、私達兄弟姉妹は親から虐待を受けています。」
「っ!」
予想した事とは言え、実際に耳にした瞬間、迸る怒火に身を焼かれた気分だ。
「これで、私が『親殺し』となった原因も、理解できましたか?」
「えぇ。理由として十分でしょう。
しかし、それでも望様は、自分の親を殺していないのでしょう?」
「なっ...?」
「...未成年の弟妹が四人もいる望様に、どれだけ親が憎くても、殺す事を我慢するでしょう?」
「...っ」
「弟妹達を大事に思えば思う程、望様が憎い自分の親を殺せなくなります。
星達の未来の為、虐待されても、親達が稼ぐお金に頼らなければならず、『親殺し』に絶対になれません。
私の推測に、おかしなところはありますか?」
望様の考えを聞く為、俺は口を閉じ、暫し待った。
そして...
「ななえちゃんは本当に『天才』だ。観察力も推理力も優れていて、恐ろしい程に賢い。
本当に、今年で十五なんですか?」
「精神年齢が既に五十のババァかもしれませんね。はっはっは!」
けど、今は笑顔ができる話をしていないせいで、作り笑いが自分でも分かる程に元気がなかった。
「ねぇ、望様。
正直、私はもう、これ以上この話を続けたくないのですよ。
もう、嫌な予感が...」
今更だと、自分でも思った。
答えにもう気づいているのに、「聞きたくない」と現実逃避をしても、何の意味もない。
だから、望様が口を開く前に、覚悟を決める為、先に口を開く。
「星から前に聞いたのですよ。『初めて負けた相手はななえだった』、とね。
あの勝負は非公式なものだったし、私が卑怯な手で勝ったものだったし。
なのに、星がそれを自分の、初めての負けと認めています。」
「あぁ。その話は星ちゃんから聞いています。」
「自分から言いふらしているの?
もう、しょうがないねぇ、星は。」
全国優勝者なのに、俺に卑怯な手で負けた事を恥どころか、誇りにすら思っている様だ。
「しかし、昨日私達の間にもう一つ、別の話を交わしました。
星は昔、望様とよく手合わせをした、と。
この話、本当ですか?」
「星ちゃんがそんな事を...」
望様は話す途中で口を噤んで、俺の質問を答えなかった。
答えなくても、俺は既に答えを知っているのだと思っているかもしれん。
「望様は一度も本気を出していないと、星を言っていました。
それはつまり、星は一度も望様に勝っていない、と考えられます、ね?
しかし、『一度しか負けた事がない』星は、一度も望様に勝った事がない。その事は『負け』ではないのですか?
よしんば、それは星の中で、あくまで『引き分け』で、『負け』ではない、という事にすれば、初めて負けた相手が私だと、まだ納得ができます。
が、彼女は更に一つ、矛盾した話をしました。
...入院。」
「っ!」
分かりやすく、距離がある程度開いても分かる程、望様の表情が強張った。
「星は一度、望様に入院させられる程の大怪我を与えられたと、彼女が言いました。
初めて負けた相手が私なのに、その前に望様に大怪我をさせられた出来事があった。
その出来事、何故彼女はそれを自分の『負け』の一つとして数えなかった?
私に卑怯な手で負かされた事を、自分の負けだと言いふらす彼女、どうしてあの出来事を『初めての負け』だと数えなかった?
あれを『負け』だと思えなかったのか、あれを『負け』だと認識できなかったのか。
どちらにせよ、妙な話ですよね、望様?」
「......」
暫く、俺と望様はどっちも口を開かず、無言の時間が過ぎた。
心地よい時間ではなかったが、もう俺から口を開くべきではなかったので、只管に我慢した。
そして、永遠にも思える長い沈黙が過ぎ、ようやく望様が口を開く。
「私から何も聞かなくても、もう『真実』に気づいているのではないか、ななえちゃん。」
「...そうですね。
今更、話を止めたところで、もう何の意味もないでしょう。」
「ならば、せめて当事者である私がすべての『真実』を話しましょう。」
望様は立ち上がって、虚ろな目で天井を見上げた。
「星ちゃんは武の天才だ。『武神の再来』と言われるほどに、幼い頃から無敗だった。」
そう語る望様が、何故か辛そうに、悲しみの満ちた表情を見せた。
「ななえちゃんの聞いていた通りに、星ちゃんは今まで、一度しか負けた事がありません。」
「千条院星は君以外に...負けた事がありません」
この言葉をきっかけに、望様は俺に自分の家族の隠された過去を、語り始めた。
まさか、ここで第六節を終わらせられなかったとは予想してませんでした。
無駄な雑談が多すぎたみたいだな。すみませんでした。
次回こそ、第六節を終わらせます。
よろしくお願いします。




