第六節 氷の国⑧...酒乱
のぼせちゃった...
俺を放置して、一人勝手に露天風呂を出て行った望様。その好き勝手な行動に付き合ってやる義理がないと俺が決め、暫く一人で露天風呂内に残った。
残念な事に、この温泉施設の女性用室内風呂場に「風呂」はなく、身を清める為のシャワーがいくつあるだけ。露天風呂の方も天然温泉と足湯以外、他の種類の風呂が全くない。
他の客がいないのを良い事に、男の室内風呂場も覗いてみたが、女性用の方と全く同じ作りで、つまらないものだった。
この温泉施設に、お客様を楽しませる為の努力が全然足りてない。しかし、「氷の国」にある温泉だから、需要が少なく、「温泉」という市場で競う相手も少ない故の手抜きさ、かもしれない。
基本氷の下に住む人達だから、温泉の良さが分からないのも仕方ないだろう。
それでも、俺は目一杯にこの温泉施設を楽しむ事に決めた。
露天の醍醐味である崖外の景色は長く楽しめられる程にきれいじゃないし、天然温と足湯しか楽しめるお風呂もないが、この世界で、俺が普通に長湯できる温泉は滅多にない。遊びは少ないが、すぐに出るのも勿体ない。
そのせいで、日が落ちるまで...あー、違うか。太陽が月に変わるまで、俺は露天の中に居続けた。
居続けて、温泉の中に浸かり続けて、そして...少しのぼせちゃった。
今になって、ちょっと意固地になっていたかも?と反省している。
水着を全部バックに戻して、裸のまま、暫く魔力で動く扇風機?のような物に熱を冷ましてもらった。が、体の上の水気が全部乾いても、頭がまだ少しぼーっとしている。
「...水分を、取らなきゃ。」
物入れ結界のない俺の為、貨幣を所持しなくていいように、お父様はわざわざ「クレジットカード」のようなコインの形をした魔道具を作ってくれたが、日の国の温泉施設と違って、ここの女性更衣室に飲み物の「自動販売機」がない。男女共用スペースまでいかないと、飲み物を買う事が出来ない。
のぼせた人にとって、水分補給がどれほど重要なのか、この施設のオーナーは知らないのかもしれん。というか、知ってても気にしていなくて、設置しなかっただけかもしれない。
サービス精神が全然足り出ない、手抜きがすぎる。
「ぅー...」
めまいがするが、飲み物を買いに行かなければいけない。
自分の服を取り出すのも、着るのも面倒くさいので、俺は壁に掛けていた施設内用浴衣を身に付けてから、ふらつきながら、自動販売機のある休憩スペースに向かった。
......
...
「あっ、望様だ。」
どうやら俺と同じ事を考えたのか、望様も男女共用の休憩スペースで、何かを飲んでいた。
しかし、俺の声を聞いたのか、俺の方に一度視線を向けたが、無言で視線を戻した。
無視か。俺が長湯した末にのぼせたのは、半分、望様が一足先に露天風呂から出た所為なのに...
...今はまだ望様と話するのが気乗りしないので、俺も黙ってジュースを買って、少し離れたソファーに座った。
ごくごくと、ジュースを一瞬で飲み干した。たかがジュースなのに、今までに飲んだどんな飲み物もおいしかった。
生き返ったぁ。と、目の前に望様がいるのを覚えているが、気にしないで顔の筋肉を緩めた。
そして、望様の顔をチラッと覗く。
...全く気にされていない。
しかも、手にしている缶飲料を飲み干して、空の缶を床に置いてから、また自動販売機の所に行ったという、俺の存在を完全に無視した態度だった。
「むー...」
その態度はむかつくけど、中身の俺はもう大人だ、怒ったりはしない。
しかし、俺も今は喉が渇いているので、何かの飲み物を買わなきゃいけない。それによって、うっかり自動販売機の前で、肩をぶつけるような不幸な事故が起きてしまっても、おかしくはない。
もちろんな事だが、俺はそのような「不幸な事故」を意図的に起こすつもりはない。ただ、喉が渇いている事もまた事実。
だから、仕方のない事だが、偶然にも望様と同じタイミングで自動販売機を利用する事になった。
立ち上がって、望様の席をすれ違って、自動販売機に向かう...
...ん?
望様が座ってた席の周辺の床に、同じ飲み物の空缶が五本もある。
そんなにおいしい飲み物なのか?と思って、一つの空き缶を手に取ってみたら、その缶のデザインがとことなく「缶ビール」に似ていた。
あの望様がお酒を嗜んでいる?
まぁ、まぁ...人は誰にでも嗜好品はあると思うし、成人男性の望様がお酒を好むに関して、俺がとやかく言うような事ではない。
俺は結局アルコール飲料を嗜まないと自分を戒めたが、お酒を飲む人を上から目線で見下すつもりはない。健康に悪い物ではあるが、ストレス解消に役経つという観点からみれば、嗜好品もまた生きる為の必須品とも言える。
ただ、望様もお酒を飲むのか...いや、待て。まだそうと決まってはいない。
今の俺に、この世界の文字が読めない。缶のデザインだけで、それが「お酒」と決めつけるのはよくない。
「...なに。」
「え?あ、ごめなさい!」
いつの間にか、望様が戻ってきた為、慌てて道を譲った。
そんな俺を望様が一瞥して、元の席に腰を掛けた。
...座った時に、うっかりなのか、望様は床の缶を一個蹴飛ばした。
そして、彼の顔をよく見ると、少しだけ不自然な赤みを帯びていた。
...見てられない。
「それ、お酒ですか?」
望様の側に座り、極力落ち着いた声で訊ねる。
「酒?」
俺の声に反応して、望様はまた俺の顔を一瞥して、手にある缶飲料を見つめる。
「ただの麦酒だよ。」
麦酒?つまり本当に缶ビールだな。ただのって言葉、どのような意味が含まれていたのだろう。
俺はお酒について詳しくないから、缶ビールは何本くらいを飲んで平気なのか、それが分からない。その上、お酒に対する強さに関して、個人差もあるから、望様が「缶ビール六本を飲んでも平気な体質」なのかもしれない。
この世界の人達はそもそも色んなモノに対して強い事も、忘れてはいけない。また俺の「大袈裟」かもしれない。
俺個人も、一回しかアルコール飲料を飲んだ事がないが、その時は缶ビール八本を飲み干した時点で、「なんか、お酒も飽きたなぁ」という感じて、普通にやめた。
だから、かな?
望様の「ただの」という言葉に、どういう反応を返すべきなのか、分からないでいる。
「『ケンタウロスはお酒に強い』という意味でしょうか?
それなら、私も...何も言う事はありません。」
少し心配はするが、タバコや依存性薬物を摂取している訳じゃない。少量のお酒なら、逆に体に良いとか、どこかのサイトで読んだ事がある。
それに、俺と望様は結局のところ、他人だ。過度の干渉はすべきではない。
「『ケンタウロス』と『酒』...忘れてた。」
望様は自分の額を指で何回突いて、何故か眉を顰めた。
「ななえちゃん、『人間』と『神』とは、何が違うのだろう?」
「え?」
突然な質問に、俺は一瞬、戸惑いを見せた。
人間と神との違い?急に何の話をしたんだ?
質問の意図が分からない。前の話との繋がりも見当がつかない。
なので、望様の望む答えが何なのかは分からない。耳にした彼の質問に、その質問を答えるだけの答えを言うしかない。
「他の動物のパーツを持つのが人間で、持たない『完全体』であるのが神様。
で、良いでしょうか?」
「例外はあるか?」
「あ、あるにはあるけれど...」
それを口にするのは憚る。何せ、例え悪意がなくても、口にするだけで「種族差別」になるから、だ。
「...『クローン族』です。
外見だけなら神様と瓜二つ、しかし百年まで生きられない。その事から、見えない内臓部分が『他の動物のバーツ』だと...考えられています。」
彩ねーの悪口を言っているような気分だ。
「あの...何の為の質問、なのでしょうか?」
「千条院家は古くから、他の人間よりも『神に最も近い姿』になる事を求めて、異種族結婚を繰り返してきました。
その中で、より『神の姿』に近い血筋を本家にし、それ以外を『他家』にすらせず、全部切り捨ててきた。
そのくせ、『ケンタウロス』という種族に拘り、『ケンタウロス』の数が少なくなると、一度切り捨てた他の『ケンタウロス族』と同種族結婚を行い、『ケンタウロスの千条院』の男女の数を増やしてきました。
この事に対して、どう思います?」
「あー...えっと...」
正直、よく分からない。
望様の話の中の「異種族結婚」も、「同種族結婚」も、どちらも「近親婚」に当て嵌まらない、違法ではない行為だ。
種族云々に関しても、俺には「違いがあって、面白いじゃない?」というお気楽な考えを持っていて、好き嫌いがなく、複雑に考えた事がない。
紅葉先生と彩ねー、そしてヒスイちゃん達の事を知って、「守ってやりたい」という思いはある。が、それでも「何故この世界の人間に、『種族』という違いがあったのだろう」と、考えた事がない。
だから、やはり望様の訊きたい事が分からないし、「正解」を答えられないが、話の中から聞こえてきた唯一俺が嫌悪感を覚えた行いに対して、自分の考えを述べる。
「思想が『前時代的』だと思います。
結婚に関して、私は当事者達本人の意思に従うべきだと思います。
神に近づきたいからとか、ケンタウロスという種族を保ちたいからとか、そういう理由で結婚すべきではないと思います。」
実の娘に甘いが、実力主義なお父様の方が何倍マシに見える。
「『最も神に近い一族』という呼ばれるのが嫌いですか、望様?」
「私は...どちらかというと、『前時代的』の人間、かもしれません。」
そう言って、望様は手に持ってる缶を口に付けて、大量なビールを喉に通した。
「っ...」
ちょっと予想外な返事に、俺は...混乱した。
望様の言葉に同意も否定も、そもそも何を言えばいいのか、それ以前に何かを言うべきなのかも、分からなかった。
人と人とは違う。その為、意見の衝突も時々起こるだろう。
だけど、望様とは例え考えが違う事があっても、良き喧嘩友で居たいと思っている。お互いの妥協できる点を見つけられる友人で居たいと思っている。
それなのに、「自由恋愛」の思想を語った俺に対して、望様は「自分は違う」と言う。聞いた瞬間、本当に混乱して、思考が止まった。
そして、今もまだそれを受け入れられないでいる。
「あ、あの、望様...
望様は、その...っ...血筋とか、種族とか...その...」
「...?」
「同じケンタウロス族の人間同士でしか結婚してはいけない、とか...
あー、後...神様の姿に似せる、近づける為なら、望まない結婚も...
その、本人の意思とか、どう...どうでも...
.........どうでもいいと...おも、思っています?」
「...違うよ、ななえちゃん。そっちの意味ではない。」
あっ...
はぁ、俺の早とちりかよ!
ビビったぁ。超ビビったぁ!
「紛らわしい言い方をしないでくださいよ、望様。ちょっと、その...怖くなって、泣きそうでしたよ!」
もちろん泣かないぞ!心臓が鷲掴みされた気分になってただけだ!
「では、どうして自分の事を『前時代的』だと言ったのです?」
「私は『種族』に少しだけ、拘っているのです。」
「はぁ...?」
つまり、望様は将来、同じケンタウロス族の人と結婚したい、という事なのか?
...まぁ、それで望様が幸せになれるのなら、祝福すべきだと思う。
だと思うが、俺はやっぱり「種族」より、望様には「好きな相手」と結ばれて欲しい。
望様の好きな相手が偶々同じケンタウロスであれば万事オーケーだが...
「『種族』が違うだけで、差別されたり、見下されたりのような事は今もあります。
ですが、私は『種族』をその人の一つの『個性』だとも思っています。
特に今の時代、身体能力だけで人を評価できません。各分野がどんどん専門化していき、求められた力も、『生まれ』だけで足りる程、楽なものではなくなっています。
だからこそ!自分の『生まれ』を誇りに思い、それに合わせた生き方を選ぶべき!
弱い種族に生まれたからって、自分を卑下しないで欲しい。
強い種族に生まれたからって、他人を見下さないで欲しい。
けれど同時に、自分の種族を誇りに思い、それを隠さずに、種族特性を最大限に活かして、生きていて欲しい。」
「あー、そういう意味ですか。」
また微妙にズレた勘違いをした。
...これは、あれかな?
望様が酔っ払ってて、俺がこの酔っ払いに振り回されている、ってな感じ?
「今の世の中、人類は神の姿に近づこうと、『異種族結婚』を推奨している。
自分自身の、神と異なる部位を恥とし、そこを隠す事を推奨している。
それはおかしくないか?例え神に似つかわしくなくても、それは私達の個性です!
私は『神』ではなく、『人間』ですよ。なぜ人間である証を隠さなければいけない?
こんな今の世の中、おかしいと思いませんか?」
「あー、そうですね。おかしいですね。」
やっぱり、今の望様は酔っている。支離滅裂な事を言っている。
でもまぁ、まだ言ってる事がそれなりにまともだと思うから、悪酔いまでになってないと思う。
「ですから、私は好きなのですよ、ななえちゃん。
『先祖返り』の子と『返り変幻』ができる子が好きなのですよ。」
「はいはい。好きですよね~、望様は~。」
酔っ払っていると知ったせいか、望様への扱いがちょっと雑になってしまった。
だって、こっちはこの酔っ払いの訳の分からない様々な質問に翻弄されて、真面目に悩んだり、心臓が鷲掴みされた気分になったりと、心を弄ばれたんだぜ!雑な扱いもしたくなる。
...まあ、望様の知らない一面を知った、という事で、プラマイゼロにしてあげる。
俺が男にここまで甘いのは、これが初めてかもしれん。感謝してほしいレベルだぞ!
「ななえちゃんが好きです。」
「...はいっ!?」
今、望様の口からありえない事を聞いたような気がする。
なんか...好きって、今言われた?
今、俺は望様に告られた?
「この黒い髪、『先祖返り』という症状は、ななえちゃんはこれを恥ではなく、誇りだと思ってくれ。」
言いながら、俺に近寄って、俺の髪を触る望様。
「この症状を持つななえちゃんは、私は大好きです。」
は...は、は、は...はぁ!?
こ、この酔っ払い!どさくさに紛れて、自分の教え子に「大好き」と告白したぞ!
「好きですよ、ななえちゃん。
昼の君も素敵ですが、私は夜の君の方が好きです。
夜空のように綺麗な君の髪、私はそれを彩る星になりたい、周りを照らす月になりたい。
私はななえちゃん...夜のななえちゃんが大好きです。」
しかも、俺の髪にキスして、キザなセリフで口説いてきた!
ちょ、勘弁してくれよ!望様って、こういうキャラだったっけ?
俺は無理だぞ!男と付き合うなんて、絶対に無理!「断り」の一択だぞ!
ってか、酔っ払いに「人間の言葉」が通じるのか?俺は「酔っ払い語」を習ってないぞ!
「の、望様、酔ってます!
私も頭がくらくらしていますか...あ、今はそれはどうでもいい!
とにかく、望様!あなたは酔っています!
酔って、普段言わない事を言っています!気づいてください!」
「私が...?」
「はい!酔っています!自分が何を言ったのか、分かっていない状態です!」
「...あぁ、そ、うか。
ごめん...酒を飲んだ事を、忘れてました。」
望様は俺の髪の毛から手を引っ込めて、更に俺から少し距離を取った。
あれ?あっさり引いてくれた。
意外と酔っ払った状態でも、理性を保てる人のようだ。
...ホント、あっさり引いてくれたな!おい!
「はぁ...」
強張った体から力が抜けていき、壁に背中を預けて、俺は目を閉じた。
疲れた...
のぼせてる人に脳力と体力を使わせないでくれよ。
コトッと、望様の方から音が聞こえてくる。
同じソファーに座っていたせいで、望様の席が揺らぐ振動が伝わってくる。
そして、無言で休む二人しかいない環境のせいで、望様の足音が響く。
正直、反応したくない。今の俺、寝ないようにするだけでも精いっぱいな状態だ。
でも、さっき口説かれたばかりのせいか、今の自分が女の子で、隣に成人男性が一人、それ以外誰もいないという事に、どうしても意識してしまう。
なので、仕方のない事だが、俺は無理して瞼を開け、望様の行動を観察した。
「まだ、喉が渇いているのでしょう?
これを飲んで。」
そう言って、望様は水のペットボトルを差し出してきた。
杞憂だった。
望様は単純に俺に気遣って、水を買いに行ってくれただけだった。
「どうせなら、何かのジュースが...むっ!」
あれ?ペットボトルのキャップを回せない?
「ジュースは食べれる物から作られたから...」
言いながら、望様が俺の手からペットボトルを取り上げる。
「ふっ。
少量だが、飲むと魔力が回復します。
水分の補給なら、水が一番です。」
キャップを外して、ペットボトルを俺に返す。
「はい、どうぞ。」
むーっ。
「私、そんなに貧弱なように見えます?」
ペットボトルのキャップも外せないくらい、か弱くない。
「でも、ありがとう。
ジュースくらいなら大丈夫だと、ちょっと油断してました。
思い出させてくれて、素直に礼を言ってあげます。」
ポーションと比べ物にならないが、栄養の取れる物全て、魔力の補充もできるという俺にとっての副作用がある。
俺はその事を忘れていて...いや、違うな。気にしない事にしていた。
食べ過ぎても飲み過ぎても、気持ち悪くなる事があっても、死ぬ事にはならないから。
なのに、望様が代わりに気を使ってくれた。
お前は俺のお袋か!と言いたいが、意外と悪くない気分だな。
ペットボトルの水を口に通す...うはっ、生き返る!
んで、望様は...?
そう思って、望様の方を見たら、彼が七缶目のビールを開けていた。
「自分の事を棚に上げて...!」
今正に自分の喉に缶ビールを流し込もうとした時、俺は自分の手を伸ばし、望様の口と缶の飲み口の間に手を割り込んだ。
「望様は酔っている自覚があるでしょう?何でまだ飲む訳?」
「そうだ、ね。分かった。」
望様は空いてる手で俺の手を掴み、そしてびっくりな事に、俺の手の裏にキスをした。
「ひっ!」
慌てて手を引き抜く俺。
ってか、望様の「プレイボーイ状態」がまだ継続しているのか!?
「ごくっ、ごくっ...」
「って!」
俺が手を引いた隙に、結局望様に七本目の缶ビールを飲ませてしまった。
「望様!」
のぼせた頭に、更に血が上る出来事を目にして、俺も遂に堪忍袋の緒が切れて、望様を怒鳴る。
「酔ってる自覚があるのに、何でまだ飲む!?そんなにビールが好きか!?」
俺の本気の怒りに、望様は冷めた態度で手にある缶を揺らす。
うわっ、イラつくなぁ!
こっちはお前のせいで、頭がガンガン痛いのに、塩対応って何様のつもり?
「望様!」
「『放って置いてくれ』と言っても...」
「しません!
分かってるじゃないんですか!」
「はぁ...」
溜め息を吐いた望様は何を思ったか、自分の物入れ結界から、小瓶一つを取り出した。
「そんなに心配なら...」
そして、その小瓶を俺に差し出す。
「君がこれを持って。」
受け取った小瓶をマジマジと見て、見た事のない色をした液体が入ってるのを確認できた。
だが、ラベルの文字が読めなくて、中身が何なのかは分からない。
「...これは何です?」
「解毒剤。」
へー、解毒剤か。
けど、何の毒を解く薬剤だろう。
「まさか、酔いを解く為の解毒剤とは言いませんよね?」
「いや、その通りです。
私が酔い潰れた時、それを私の口に流し込めばいい。」
「『酔い潰れた時』!?どれだけ飲む気ですか!?」
「解毒剤を渡したのだから、それでいいでは...」
「『これ以上飲まない』って選択ができませんか!?
何で頑として、酔い潰れようとする程に、飲みたがるのですか?」
普段は常ににこにこしてる望様だが、四人の家族を養い、恐らく好きではない仕事場で働き続けるという今の生活、多大なストレスを溜めていると思う。
だから、少しくらいなら、お酒を飲んでもいいと思っている。ストレスで心が潰されるくらいなら、少しだけ体を壊す嗜好品を嗜むのも、仕方ないと思っている。
だけど、あくまで「少し」だ。度を超えたら、心も体もボロボロになる。
解毒剤があっても、それは「酔い状態」から通常状態に回復するだけの代物。アルコールによって壊された体を治せる訳じゃない、酒に馴染んでいく脳が元の状態に戻せる訳じゃない。
この世界に魔法があるせいで、弱くなった体を魔法で一時的に元に戻せるし、依存症状も持続系の治癒魔法で抑える事ができる。それで、この世界の人間は「依存性のある薬物」への抵抗感が低い、その殆どが手にするだけでも違法であるにも関わらず、だ。
「少しくらいならいい。少しくらいなら、飲んでもいいと思います。
でも、今の望様は明らかに飲みすぎ!
アルコール中毒になったら、どうするつもりです?」
体を壊したら、日常生活に支障が出る。
嗜好品に依存してしまったら、治療を受ける為の無駄出費が出る。持続系の魔法だから、魔力の消耗も酷くなり、より多くの食事が必要となり、食費が嵩む。
ただでさえ、今は望様が一人で一家の生活費を稼いでいる状態なのに...自分で自分を壊しに掛かるなんて、どうかしている!
「星達の為にも、自分を大事にしてください...」
あー、くそっ...頭が痛くてしょうがない。
「また千条院星の事か...
ななえちゃん。ねぇ、ななえちゃん!今、自分がどういう状況にあるのか、分かりません?」
「...はぇ?」
頭の痛みに耐え、目を閉じていたせいで、周りが見えない。
その状態で、急に誰かの手で肩を掴まれて、気がついたら、体が広いソファーの上に押し倒された。
「『記録』の働かない場所、飲酒後の男性と二人きり。それがどれだけ危険な事なのか、分かります?」
「の、望様...」
逆らおうにも、力が出ない。
全身が火照ってて、顔が熱い。
一番頼りにしている自分の頭も、うまく物事を考えられない。
「酔った男に無防備に近寄って、しかも聞きたくない説教までかましてきて。
これは、もう襲われても、仕方ないよね?」
「ぇ!?」
この時、ふっとケンタウロス族の一つの特徴を思い出した。
ケンタウロスは...好色で酒好きの暴れ者である。
次回は「番外編」です。申し訳ありません。
頑張って一部分で終わらせるようにします。




