第六節 氷の国⑤...氷の国の実態、入店後
「特徴は小太りした中年男性、種族特徴として残っているのは鱗の皮膚と近眼。その為、普段は眼鏡を掛けているらしい。が、掛けてない人も漏れずに確認だ。
特に『鱗の皮膚』は顔以外全身にある。手袋をしている人や首全体隠せる襟のある服の人を重点的に確認しろ。
運のいい事に、容疑者は魔法が不得意だ。厄介のに気づかれないよう、魔法は厳禁。代わり、容疑者が抵抗した場合、容赦なく殴っていい。
探せ!」
警察が探しているのは雛枝じゃないって事で、双子の俺は一先ず大丈夫という事になる。
なのだが、望様はそれでもジャケットの上から俺の頭を押さえていて、起き上がらせてくれない。
喰鮫組関係者に似ているから、極力警察と関わらない方がいい。それは分かる、ちょっと考えれば分かる。
しかし、俺的には別の理由で、今はピンチなんだよ。
あのね、望様。あなたは知ってるの?
あなた様はただの膝枕なのかもしれないが、俺の頭は今、あなた様の男性である象徴に当たってしまいそうで、俺的にはかなーりよろしくない状況に陥っているのを、あなたは知っているのか?
俺は小柄だけど、それでもファミレスの席での膝枕は無理だよ!狭い!当たりそうだよ、ソコに!
誰か、助けて...!
「ん?」
足音と共に、近くに誰かの声がした。
「なんだ?誰を隠してる?」
しかし、俺を助けてくれるような「誰か」ではなかった。
「彼女です。
ちょっと疲れてて、寝かせてあげています。」
望様の声。誤魔化す気だ。
それより、さり気なく「彼女」って言ったな、このクソイケメン!
チッ。状況も状況だし、おふざけとはいえ「デート中」だし、今回は許してやる。
「どうしてファミレスの中?
しかも、どうして頭まで隠す?」
「急に甘えてきて...
それと、ファミレスの中では明かりが強すぎて、寝にくいから服を被せただけで、意図して頭を隠していません。」
急に甘えてきて、だと!?
くっ、反論が許されない状況で、望様に言われ放題だ。
すーはー...落ち着け、落ち着くんだ、俺。何事にも動じない平常心、静の心を以て、この非常時を耐えろ。
...望様の体、いい匂いがする。
じゃなくって!平常心、平常心、だ!
「ほら、彼女の手を見て。」
そう言って、望様は急に俺の手を握って、軽く俺の体の上方に持ち上げた。
「綺麗な手でしょう?
お探しの人とは違うと思いますか。」
て、手を掴まれたくらいで、動揺すんな、俺!平常心だ。
...ちょっと望様のソコに近づいた気がする。少しだけ、体を下にずらそう。
「あ、ごめんね。」
望様は俺の手を下ろして、続けて服越しで頭を撫でてきた。
「もう少し寝てても大丈夫から、私達には関係のない事ですよ。」
いや、俺がピンチなんだけど。
ていうか、望様。お前にとっても、ある意味ピンチだけど!
女の子の頭があなた様のソコに当たりそうだよ!当たってしまったら...当たって、しまったら!?
膝枕、難易度高っ!
「ふっ、バカップルか!」
段々と小さくなっていく足音。
一先ずピンチは去ったようだ。
しかし、それでも望様は俺の頭を押さえていて、放してくれない。
警察が全員去るまで、このままの体勢を続けなければいけないのか?
すーはー、平常心!
望様の匂い...を意識するな!
すー!はー!深呼吸!深呼吸をするだけ!
「ちょ、放せ!僕が何をしたってゆんだ!」
離れた場所から、野太い男性の声がした。
「また乱暴をするんか?僕は何もしていない!」
「誤魔化しても無駄だ。
貴様が『脱税』している証拠を掴んでいる。大人しくしろ!」
今度は「特別捜査だ」と叫んだ、恐らくこの場の警察を指揮する人の声がした。
「そんな、ありえない!
僕は『大蛇前区』に住んでる。この区で『脱税』してない!」
「そちらの区長から特別要請を受けた。どこに住んでいようか、脱税は犯罪。この国が貴様を許さない。」
「くっ、自分達にばかり都合のいい事を...
税率を好き勝手に調整して、区毎に支払う税金も、その種類数も違う!
んな税金、払えるか!」
「『脱税』を認めたな。現行犯逮捕だ!
もう遠慮はいらない。反抗するようなら、力ずくで大人しくして構わない。」
ドン、ダン、と色んな音が聞こえる。その中に、入店前の「人が人を殴る」音も聞こえてきた。
「犯罪者」が暴れて、それを抑えようと警察達が暴力を振るったのか。それなら、仕方のない事なのだろう。
でも、聞いた感じ、相手は一人だけなんじゃないのか?
警察は複数人いるなら、暴力を振るわなくても抑えられるんじゃないのか?
それとも、また俺が「大袈裟すぎ」だったのか?
この世界の人達はみんな、体がかなり頑丈にできている上に、「治癒魔法」ですぐに傷が治せる。だから、乱暴されても構わない、という事か?
...いや、そんな事はありえないだろう。
「お前ら、僕にこんな事をしたら、『喰鮫組』が黙ってないぞ!」
野太い声の男が警察の人達に啖呵を切った。
だが、よりによって、また「喰鮫組」か。
雛枝...まさか、またお前が関わっている事件なのか?
違法である「脱税」に、手を貸しているのか?
「貴様のような小物に、アソコが一々動く訳ねぇだろうか、ボケか。」
けれど、警察の方も、警察らしからぬ言葉遣いをしている。
正直、聞いただけの感じだと、あの警察達は「犯罪者を捕えようとする正義の使者」というより、「小銭を盗んだ物乞いを袋叩きするチンピラ集団」のように感じる。
でも、警察と犯罪者だぞ!そんな訳がないだろう。
「雛枝様は違う!雛枝様は、例え僕のような冴えないサラリーマンでも、みかじめ料をちゃんと払えば守ってくれる!
お前らと違って、勝手にみかじめ料の値段を変えない、正義の極道!
自分達の気分次第で、勝手に税率を変えるお前らと違う!住む区が変われば、税率も変化し、それを『脱税』と言いがかりを付けて罰金するお前らと違う!
家族の為に、必死にお金を稼いでいるのに。それを、稼げば稼ぐほど、課せられた税率が高くなって、手元に戻ってくるお金がどんどん少なくなる。そんな『税金』、誰が払うか!」
多く稼げば、その分の税金が重くなるのは普通じゃないのか?
だって、税金は最終的に国民に還元されるもの。福祉や道路建設など、その国をより住みやすくする為に使われる、謂わば必要費用だ。
何故それを払いたくないと喚く?例え死ぬまで自分の為に使われる事がなくても、それ以外の人の為に使われる事があるから、自分だけの事を考えず、その国に住むすべての人達の為に、と考えられないのか?
...この国の「税金」は、俺の知っている税金と違う、のか?
「僕はみかじめ料を払っている、『喰鮫の庇護』を受けている!雛枝様は絶対に僕を見捨てない!
お前らの不当な拘束なんて、すぐに雛枝様の知る事になる!
一瞬でお前らの前に現れて、お前ら全員を潰してくれる!」
「ふっはははははは!その前に、貴様が『罪』を認めるよ。
貴様が『罪』を認めてしまえば、喰鮫組も手を出せなくなる。
貴様は、そのヒナエ様の助けが来るまで、警察の『取り調べ』に耐えられるか?」
最後に「連れていけ」という声の後、店内には幾つの足音だけが響いた。
この世界の警察組織は国が作った組織ではない。「魔道具革命」によって貧乏になった貴族達が金策に走って、作られた民間企業、「警備会社」のようなもの。
その場所に住む人達の平和と安全を護る事で、一定のお金をもらう。それによって、世界が「平民の時代」を迎えても、大きな争いが起こる事なく、今の平和の世になった。
俺の住んでた世界と違っても、「警察」は警察、結局市民を護る事に変わりはないと...ずっと、思っていた。
しかし...
「やめろっ!」
気が付いたら、俺は望様の服を乱暴に剝し、立ち上がって、ファミレスを出ようとする警察達に叫んだ。
だって、気づいたんだ。気づいてしまったんだ。
この世界の「警察組織」は、名前こそ「警察」ではあるが、成り立ちは「暴力団体」とほぼ同じ。
警察は必ず正義とは限らない。
「なに、お嬢ちゃん。俺達のやってる事に、ケチを付けようとしてるのか?」
警察の制服をした人が俺を睨んだ。
言っている事がチンピラと同じじゃないか?
さて、これからどうしよう?
俺は「現状を分析してから行動する」人だ。耐えられずに叫んだとはいえ、対策は一応考えている。
それがうまくいくかは分からない。何せ、相手は公共の場であるファミレスの中でも、人の目を気にせず大暴れした警察だ。
でも、姿を見せ、注意を引いた以上、やるしかないし、やめるつもりもない。
「望様。」
軽く望様の肩を叩いただけで、彼は俺の言いたい事が分かったようで、席を立ち、道を譲ってくれた。
そうして、席から出られた俺は警察の指揮官様に向かって、ゆっくり歩き始めた。
では、芝居を始めましょう。
俺にとって、大して難しくない、息を吐くように嘘をつこう。
「今日は目立たず、デートを楽しもうと思ったのに、まさか偶然にポリ公と会うとはね。
てめぇら、あたしの物に手を出すつもり?」
「はぁ?何を言って...っ!」
最初は俺の顔をまともに見ないその警察だが、自分の目の前に着いた俺を見て、一瞬で険しい表情を見せた。
「なぁ、ポリ公。あたしにケンカを売ってんの?
あたしが誰なのか、知ってんの?」
「銀髪に真っ白な肌、小柄の体形。子供と思えない威圧的な態度、人を見下す目つき。」
「具体的だね。
だったら、あたしの物、返してもらえる?」
「第一級要注意人物、喰鮫雛枝!」
雛枝の名前がかの警察の口から出た途端、他の警察達の間にも戦慄が走ったように、体が強張った。
それだけじゃない。周りの少ないお客達も、店員さん達も俺を見て、何故か安心したような表情を見せた。
...要注意人物に対して、安心感を見せるとは。この国の内情は俺の想像以上に複雑のようだ。
「ねぇ、返事は?」
「っ...」
警察のプライドがあったのか、それとも、小娘相手に怯えるのが嫌なのか、目の前の警察官は歯を食いしばって、俺の質問に答えない。
この場合、雛枝はすぐに魔力を放出して相手を威嚇するだろうが、俺にはそれができない。この事に、目の前の警察に気づかれる前に、事を終わらせなきゃいけない。
「あのね、警官さん。」
「へ?」
「あたしぃ、今日は『デート』なの。あまり彼氏を怖がらせたくないの。
分かる?」
「か、彼氏さん?」
警察は俺の元の席の方に目を向き、そこに座っている望様と目が合った。
望様は微笑んで、手を振って挨拶したが、警察は彼を無視して、再び俺の方に視線を移した。
「そういう訳なの、警官さん。
だから...あたしを怒らせないで。」
無表情に仁王立ちして、頭を斜め上に傾けて、横目で警察を睨んだ。
「...拘束を解け。」
「しかし、警部...」
「聞こえなかったか?俺は『拘束を解け』と言った!
今の人数では分が悪い。」
「...了解しました。」
警察達に拘束された中年の?おじさんが床に下ろされて、感極まったのか、俺に涙流しながら頭下げて、「ありがとう」と繰り返した。
悪人のふりをして、感謝されるって。この国、どうなってんんだ?
警部、か。
警察の中で、どのくらいに偉いのだろう?
それは別として。警察が十数人もいるのに、雛枝の相手として「分が悪い」のか?どんだけ凶悪な「要注意人物」なんだ?
「行くぞ。」
警部さんがそう言って、他の警察達を連れて帰ろうとした。
しかし、その時、俺はふっと思った。
このまま返していいのか?
昨日の憎達磨の件で、マフィア改め極道っていう連中は「舐められたら終わり」らしい。睨まれた程度で、「ケジメ」が必要。
なら、俺が雛枝のフリをする以上、その変なルールを守らなきゃいけない。
喰鮫組や雛枝の為ではなく、この警部さんに怪しまれない為に、だ。
怪しまれて、戻ってきたら、今度こそ自分が雛枝の偽物だとバレる。
「『ケジメ』...!」
「っ!」
「つけてもらう必要、あるよね?」
ケジメと言う三文字を聞いて、警部さんの体がピクッと震え、歩きも止めた。
やはり俺の予想通り、雛枝なら、簡単に敵を返す訳がない。
まだ一緒にいて何日も経っていないけど、雛枝の我儘さ加減がどれだけ酷いのか、よく分かる。
...乗り気ではないが、軽く「ケジメ」を付けるか。
俺はドリンクバーのコップを取って、魔法の使用が必須の炭酸系お茶系などを避けて、水一杯入れた。
そのコップの水を、振り向いてきた警部の顔を思い切り掛けた。
「っ、貴様っ!」
「今日は気分がいいから、この程度にしてやる。」
そして、俺は警部さんを無視して、自分の席に戻る。
...もし、あの警部さんが逆切れして、襲ってきたら、どうしよう?
そう思いながら、結局俺が自分の席に戻るまで、警部さんは襲って来なかった。
その後の出入り口にある鈴の音から、警察達が店を出た事を確認でき、それでようやく一息ついた。
「ななえちゃん、お疲れ様。」
「うん。」
......
...
俺が警察達に真正面対峙した時、俺を見て安心した表情を見せた店員さんとお客達、何か言ってくるのかなと思っていたが、何も言わずに普通に仕事や食事を再開して、先程の事をなかった事にした。
涙流しながら頭下げてきたおじさんも、その後は自分の食事をさっさと済ませて、すぐにファミレスを出た。
どうやら、ここにいる人達はみんな、喰鮫組または雛枝に感謝をしているが、やはり裏社会とは関わりたくない。そんな感じだ。
まぁ、それでいいだろう。
むしろ、それがいいだろう。
「思った以上に複雑のようですね、望様。」
ファミレスの一番いいところは、食事が終わった後でも、何時間でも居座れるという点だ。
食べ終わったのに出て行かなくても、「どうぞごゆっくり」と、客を追い出せない。
それを利用して、俺は望様と話をする事にした。
...雑談じゃない、真面目な話をする事にした。
「前は『マフィアは悪だ』、『極道は悪い奴らの集まりだ』と決めつけていたが、この国ではそうと限らないのですね。」
「...どうしてそう思う?」
「まだ『二人』の話を聞いただけなので、『絶対そうだ』とは言えませんが、視野を広げられました。
喰鮫組を憎む人、喰鮫組に頼る人、それぞれに理があって、どちらも生きる為に、自分が正しいと思う選択をしたと思います。
目的が同じで、しかし真逆の選択をした二人。どちらが間違っているなんて、言えません。
法に則り、政府に従った人は極道である喰鮫組を毛嫌いし、頑としてみかじめ料を払わず、高い税金でもきちんと支払った。
家族を養う為、悪の喰鮫組と手を組み、料金の変わらない喰鮫組のみかじめ料を払う代わりに、稼げば稼ぐほど高くなる税金を払わなくて済む。場所が変われば、税率も変わるって話も聞こえたので、税金の計算にも頭を悩まされたのかと思います。」
俺の元の世界にも「税理士」という職業がある。
具体的に何の仕事なのかは分からないが、多分税金関係の仕事だと思う。
それ程に、「税金」の計算が難しいのかもしれない。
「みがじめ料を徴収する為に、商品を燃やして脅迫するのは正しくありません。
その上、暴力まで振った。この行為は絶対に正しくない。
ですけど、税金の申告や支払いに間違いがあったからって、『脱税』とし、犯罪者扱いするのも、正しい事ではありません。
そして、犯罪者だから、『暴力を使っていい』のも、絶対に正しくない。
どちらも極端に走っていて、自分の方が正しいと考えていて、この国に住んでいる人達に、自分達の考えを押し付けています。暴力を振るう事も厭わないくらい、強引に押し付けています。
ホント...どうなっているのだ、この国は?」
己の中の常識が滅茶苦茶に掻き回されている気分だ。
頭が混乱していて、何が正しいのか、何が間違いなのか、訳が分からない。
「自分の知らない世界がある事を知って、後悔しています?」
「...いいえ。
混乱してはいますが、知らないよりはいいと思っています。」
科学より、魔法が進んで発展したこの世界、俺にとって完全に異世界のこの世界。
今更また別の「知らない事」を知ったくらいで、後悔はしない。
もしかしたら、俺が住んでいた元の世界も、俺の想像の域を超える多くの事があるかもしれない。
いや、きっとあるのだろう。俺の想像もつかない事が沢山あるに違いない。
「帰ったら、雛枝にも色々聞かなきゃいけませんね。」
「考えが纏まっているのか?」
「いいえ、もうちょっと整理がしたい。
というより、愚痴りたいです、望様。
聞いてくれますか?」
「いいですよ、ななえちゃん。幾らでも愚痴っていいよ。」
望様は本当に優しいな。他のみんなはきっと同じ事ができないだろう。
雛枝だったら、「勉強したくない」とか言って逃げそう。
星は話の途中で眠ってしまいそう。
タマは聞いているふりして、最後に「話分からなかった」とか言いそう。
ヒスイちゃんは...言う前に全部分かってしまうから、逆にこっちが言う気に成れなくなる。
あき君は...?
望様のように、俺の話を聞いてくれるのかな?
彼なら、話を聞いてくれそうだし、望様と同じように一緒に考えてくれそうだな。
望様とあき君だけ、だな。
...って、二人とも男じゃん!将来性のあるイケメンボーイと既にイケメンである男性じゃん!
何でだよ!もう!
あ、そう言や、イケメンで単語で、お父様を思い出した。彼も話を聞いてくれそうだし、賢いから、解決策まで出してくれそうだ。
何で俺の周りに「できるイケメン」ばっかなんだ?うぜぇ。
「なんか、人生って、不公平だらけですよね~。」
「ななえちゃんにとって、特にそうですね。」
「あっ、いや。そっちの愚痴がしたい訳じゃなくて。」
体質の問題はとっくに受け入れているから、今更になって、それを誰かに愚痴りたいと思っていない。
「この国に生まれた人達は生活の為、必ず『政府』か『喰鮫組』かのどちらかを選ばなければいけない。それと同時に、もう片方に狙われるようになる。
それは可哀そうな事だと思うけれど、だからと言って、他の国が必ず良いとは限りません。
まだ『日の国』と『氷の国』の二つしか知らない私です。本当に知っているかどうかも怪しくなってきています。
今見た『二つの出来事』で、『氷の国』の事を知ったつもりになってはいけません。『日の国』に生まれたからって、『日の国』を知っていると思ってはいけません。
私にはまだまだ、様々な事を知っていかなければなりません。例え『全ての事』を知る事ができなくても、勉強しなければいけない事がまだまだ沢山あります。」
「...ななえちゃんは偉いです。
本当に...」
「まだ全然、ですよ、望様。知っただけでは、まだスタートラインに立っただけですよ。」
「というと?」
「知って、ようやくスタートラインに立って、その時にようやく『考える』事が出来るのですよ。」
紅葉先生の事もあるし、考えるべき事は沢山ある。
「この氷の国、一体どうすれば、全国民が幸せに暮らせるような国にできるのでしょう?
雛枝達喰鮫組のように『みかじめ料』が一律にすれば正しいのだろうか?稼いだお金の額に合わせて、税率を設定した方が正しいのだろうか?
一律にすれば、お金持ちがどんどんお金を持っていて、貧富の両極化が進み、『もっとお金を稼ごう』と売り物の値段も高騰するでしょう。貧困層の富裕層への嫉妬が日に日に高くなり、物を買えなくなったり、生きる為だけに酷の仕事に就く人も増えるでしょう。終いには『革命』、すべての人が再び貧しくなって、一からのやり直しです。
ならば、税率を稼ぎに合わせて変動する?それだと、何のために一生懸命お金を稼ぐのかが分からなくなります。頑張った分の報酬がもらえないじゃ、人は頑張る事をやめてしまわないのでしょうか?そうなると、人は仕事する事に価値を感じられず、生きる為に仕事を続けても、無気力に生活してしまいます。生きていても満たされず、自殺する人が増えるでしょう。
...実際、今の人達はみんな、何の為に生きているのでしょう?」
考えれば考える程、どんどん深みに填まっていくような感覚。正解なんて、どこにもないじゃないんでしょうか?
なぜ世界に貧困がなくならないでしょう?それは、貧しい人達が富を得ようと頑張れば、富を得ている人達が追い付かれないようにもっと頑張るからです。
なんて、そんな簡単な問題じゃないだろう。
生きる価値、生きる目標、生きる動力...
「『何の為に生きているのでしょう』、か。難しい問題ですね。
とりあえず、私は星ちゃん達の為に生きていますね。」
「え?」
...そうだ。そうだった!
人は、別にお金の為に生きている訳じゃなく、「人」の為に生きているんだ。
その「人」は自分であったり、家族であったり、恋人であったり、知らない誰かさんであったり。
人はいつも、「人」の為に生きているんだ。
お金を稼ぐのはあくまでその「人」の為の手段であって、生きる為の物ではない。
何でこんな簡単な事を忘れたのだろう?
「望様はすごいですね。」
自分のバカさ加減に、頭を押さえて笑ってしまう程だった。
「私が悩んでいる問題に、こんなにも簡単に、一つの解をくださいました。
ありがとうございます。」
「いいえ、私の方こそ、ななえちゃんはすごいと思っています。その歳で、既に『氷の国』の将来について考え始めている。
私はこの歳でも、『日の国』の社会問題なども、まだ全然考えてません。
それに比べて、ななえちゃんは本当に...そうですね。よく『考える子』です。」
「いいえいいえいいえ、望様。今のは『考えている』ではなくて、ただ『悩んでいる』だけです。」
「違うのですか?」
「違いますよ。
私は『考える』のは好きですけど、『悩む』のは嫌いなのです。」
「どちらも思考を巡らせているのに、違うものですか?」
「全然っ!
だって、『悩む』のは苦しい事でしょう?
私は楽しい事が好きなのです。わざわざ苦しい事なんて、したくありません。」
「...ふふ。ななえちゃんにとって、教えるまでもない事ですね。」
「ですね。」
はぁ~、清々しい気分だ。
まったく。いつの間にか、「考える」が「悩む」に変わっていたな。
バカと天才は紙一重、だな。
人は人の為に生きる。
望様は星達の為に生きている。弟妹が可愛くてしょうがないでしょうね。
まぁ、美形一家だから、可愛くてしょうがない気持ちも分かる。
俺のお母様と大違い...
...本当に違うのか?
今になって、お母様の言葉を脳内で再生すると、色々と意味不明なところがあった。
俺の理解できない事があった。沢山あった。
俺は「家族愛」は無条件な愛だと思っている。
しかし、それなら何故、世の中には「家族を殺す人」がいるのだろう?
もし、家族の愛にも理由があったら?同じ血が流れているだけの理由で、人は無条件に家族を愛する事ができるのか?
――きっと今なら、奈苗を愛せるようになると――
お母様は実際、守澄奈苗を愛そうとした。
愛せないと思った後でも、愛そうと努力もした。
しかし、出来なかった。
守澄奈苗に向かって、「抱っこすらできない子を、どうやって『愛せ』というのだ!」と叫んだ。
もし、俺に子供がいたら.........ダメだ、想像できない。
恋人すら作れた事のない俺にとって、子供を愛する親の気持ちなんて、本当の意味で理解できる事は難しいのだろう?
抱っこ出来たら、愛せるのか?
いや、そんな単純な問題ではないのだろう。
「ななえちゃん、また悩んでる?」
「え?
...はい、悩んでました。」
答えの出ない...少なくとも今は出せない問題に、悩んでた。
「ねぇ、望様。
例え家族でも、人が人を愛するには、理由が必要ですか?」
「......」
「理由がなくても、家族なら、お互いを愛する。
私はずっとそうだと思っていましたけど、本当は違うのではないのかと、今は思ってます。
もし、家族が家族を愛するに、理由があるのでしたら、その理由は何でしょうか?
そして、それがなければ、家族が家族を愛せなくなるのでしょうか?
それとも、同じ血が流れていても、嫌いになる程の理由ができてしまえば、家族でも、嫌いになってしまうのでしょうか?」
「どうしてそんな事を思いました?」
「ただの思い付きです。」
自分の常識がたった今打ち砕かれたばかりだ。色んな事に対して、疑うようになった。
自分の中の「常識」は常識ではなく、ただの思い込みなのではないかと、疑い始めた。
そして、お母様の事を...本当、今になって、また「家族」になれるんじゃないかと、思うようになった。
怒ってばかりではなく、お母様の事情も考えてあげて、理解して、許しあって、親子の絆を再び結ぼうと、思うようになった。
...そういえば、俺は愛されるより、愛する側である方が楽しく感じるタイプだったな。ははは!
今日は悩み事がいっぱいあって、疲れた。
「ねぇ、望様。どこか疲れを癒せる場所、知りません?」
「むーん、そうですね。
ちょっと距離が遠いけれど、実はあまり知られていない『隠れ湯』があります。
行ってみます?」
「温泉?」
「そうですよ。温泉です。
なので、一度地上に上がる必要もあります。
海の中と違って、かなり寒いけど、平気?」
「あー...まぁ、不格好ですけど、何セットも重ね着すれば、道中は平気でしょう。
游艇の中で着替えれば...あ、でも、見ないでくださいね!
重ね着としても、女の子が服を着るところを見ちゃうと、『変態』と呼びますよ。」
「くすっ、かしこまりました、お姫様。」
実は、警部さんが雛枝の特徴を口にした時、奈苗の胸を見て「あれ?」と思ったが、主人公はその事に気づいていない為、本文に書けませんでした。




