第六節 氷の国③...氷の国の実態、入店前
潮岬区の氷山に入った俺達、やはりというべきか、望様の所為で注目を浴びせられた。仕方ない事と諦めてはいたが、どこに行っても、知らない人達にちらちら見られるのは、決して良い気分ではなかった。
待ち合わせの時は面白くて、燥いでだけど、慣れてしまうと、途端に視線が鬱陶しく感じた。人気なアイドル達が「有名税」で碌に身動きできない事をよく聞くが、今ならなぜ「税」なのか、身に染みる思いだ。
幸いな事に、望様のエスコートで着いたファミレス、ちょっとおしゃれな店のようだし、立地も悪くなく、外と中に待合席も用意されているから、昼時とかで混む人気な店だと考えられるが、丁度人の少ない時間なのか、席がかなり空いている。その周辺も港と違って、周りに人が少ない。
ようやく一息がつける。助かた。
と思ったその時、妙な音を耳が捉えた。
「なぁ、分かってるだろ?お前の店一帯、もう殆どウチらの縄張りなんだよ。
おらッ!」
トンッという、何かモノとモノがぶつける音がした。
「みかじめ料をまだ支払わないのは、お前の店だけだぜ。まだ『国が守ってるれる』とか、信じてる訳?」
そして、またも「トンッ」と...
店と店の間にできる「路地裏」、太陽の光に照らされない、全世界の出来事を記録する「記録」という魔法が綺麗な映像を残せない場所。
そんな場所から聞こえてくる妙な効果音と男の声、そして、嫌~な単語。
嫌な予感をしながら、望様が先にファミレスに入ったにも拘らず、俺はその路地裏を覗き込んだ。
「俺らに楯突くって事は、この国の真の支配者、『喰鮫組』に楯突く事になるんだぜ。
大人しく出してよ。『喰鮫組』がお前の店、『国』から守ってやれるぞ。」
別の男の声。そして、今とても聞きたくない「名詞」が聞こえた。
雛枝も含め、お母様が組長として「氷の国」の裏社会を支配している、氷の国最大のマフィア・極道、喰鮫組。
ずっと深く考えないようにしてきたが、喰鮫組は暴力団組織、「悪」の側の人達だ。
...雛枝自身も、この国の王様と『敵対関係』だと、言った事がある。
「いい加減諦めろ、って!」
更に一回、一際大きな「トンッ」の音が響いた。
...世界が変わっても、クズはなくならないんだな。
そう思いながら、路地裏の奥をよく見ると、俺の想像以上の惨虐な光景があった。
地面一辺な血溜りと、体中に傷と血で塗れた人。そして、それでもその人を蹴り続ける二人の男。
「っ!」
すぐに足に力を入れて、駆け込まないように踏ん張った。
見たところ、蹴られている人はもう死んでいるかもしれない。
しかし、この世界の人の強靭さは俺の常識を遥かに超えたものである故、まだ生きている可能性がある。
寧ろ、「生きている」可能性の方が高いだろう。ってないと、今も蹴りを入れ続けている二人の行動に説明がつかない。
となると、あの「喰鮫組」の二人を今止めさせれば、あの人がまだ助かるかも。
そして、相手は二人だけ。ケンカ慣れしてないが、これでも俺は「体育」含めて常にオール五だ。
「やめろー!」
俺は路地裏に入り、男二人の前に足を止めた。
...正義のヒーローはみんな考える前に、体が勝手に動いてしまうらしいが、どうやら、俺にはその資格がねぇみたいだな。
性格上、俺はどうしても、まず現状を分析してから行動するし、衝動的になると、先に自分自身を制御する。
考えてから、行動する。理知的で、パニックに絶対にならない、完全なる頭脳派の俺。
でも、結局最後は「ヒーロー」達と同じ行動を取るから、それでいいじゃないか?
「一応訊くか、お前ら、ここで何してる?」
ケンカをのらりくらりと躱す為に覚えた「ドスの効いた声」を出した。
「あァ?お嬢ちゃんの知った事じゃねぇよ!」
しかし、相手に全く効果がなかった。
というか、俺自身に甚大なダメージをもたらした。
別に「ドスの効いた声」を出せなかった訳じゃない。ただ、出したのが「女の子の声」だった事に、言った後に気付いた。
あぁ、そういえば...今の俺、女の子だった。
...「考えてから行動する」って、出来てないじゃん!俺、バカじゃん!バカな上に、恥ずかしい奴じゃん!
心なしか、顔が熱い気がする。
「ンァ?今更ビビったのか?
なんか言えや!」
俺に返事した男が睨みつけてきて、更に一歩、俺に近寄った。
チッ、今更引けないっか。
「その人、これ以上殴ると死んでしまいます。やめて頂けないでしょうか?」
体をまっすぐにして、態度一変して笑顔を見せ、「お願い作戦」に変更する。
「は?もしかして、『喰鮫組』を舐めてんのか、お嬢ちゃん?」
しかし、あからさますぎて、相手に何の効果もなかった。
「お嬢ちゃんにも、『躾』が必要みてぇだな。」
そう言って、男は遠慮なく俺に向かって歩いてきた。
...殴られるだろうな。シンプルで、しかもすぐこの行動を取るという、完全にケンカ慣れしている奴の行動だ。
もう少し話しましょう、話せば分かる。
なんて言葉を絶対に聞かない連中だ。力で黙らせるしかない相手だ。
睨みと声で相手を威圧できる昔の俺なら、隙をついて逃げる事も出来たけど、今の俺ではそれができない。
「くっ」
くっついてる両足を分けて、膝を曲げる。
俺にゆっくり近づいてくる男、今の俺では絶対に勝てない相手。
しかし、「ゆっくり」って事は、同時に相手が俺をナメてる事の証明でもある。突ける隙がある、という事だ。
ただ、どうやってその隙を突くのかがとても重要だ。
すぐに身を回して逃げる場合、相手に簡単に追いつかれて、お終い。
正面から相手の攻撃を防いて反撃の場合、弱い体が吹っ飛ばされて、お終い。
となると、俺が取るべき行動は...カウンター狙い、だ。
相手がどんな攻撃を繰り出すかは分からないが、それを防がず避けて、その後に効果がある反撃をする。
まぁ、男にはどうしても鍛えられない「弱点」がある。同じ男として、出来ればソコを突きたくないけど、手段を選んでいられる程の余裕はない。
こっちは高校で野球部仮入部時に、素手で飛んでくる野球ボールを掴んだ事があるんだ。体が弱くても、動体視力はまだ健在だぜ。それに頼らせてもらおう。
...あの時、手、すげー痛かったなぁ。
「私に手を上げたら、後悔する事になるよ。」
ソコを潰させてもらうから、一応忠告をした。
「ふっ!乳くせぇお嬢ちゃんに興味ねぇが、殴る相手はやっぱ女がいいぜ。
特に、生意気な方が大好物だぜ!」
そう言って、男は俺に向かって、右フックを繰り出した。
まさか、平手打ちではなく、直接拳が来るとは。
しかし、ある意味予想通りの行動だ!
直線の場合は左右に避けての反撃だが、こっちの場合は敢えて一歩先に進む方が反撃に繋がりやすい。
だから、一歩先に...一歩先に...
「っ!」
足が震えて、動けない!
これは、恐怖?自分より大きい男を前にして、俺は恐怖を感じているのか?
それは...おかしくないか?
拳が迫ってくる...
もうじき、殴られる...
そして...遂に避けられなくなるくらいに、拳が目の前に...
「ひっ!」
最早「死亡エンド一直線」と悟った俺は、歯を食いしばって目を閉じた。
そしたら、急に誰かに抱きかかえられた気がして、突風に帽子が吹き飛ばされた。
「大丈夫か、ななえちゃん?」
「望、様?」
望様が俺をお姫様抱っこして、先程に俺が立っていた場所から少し後ろに下がっていた。
「ふぅ。ちょっと目を離した隙に、すぐに危ない事に首を突っ込みますね。
トラブルメーカーって、本当の事だったね。」
そう言いながら、望様は俺を自分の肩の上に上げて、座らせた。
「『トラブルメーカー』ってあだ名、聞いた事ないんですけど?」
望様にまで子ども扱いにされてる気分と、新たな不名誉な称号に、俺は少し不機嫌になった。
「なんだ、てめぇ?急に現れて、どういうつもり?」
望様の登場により、喰鮫の二人組はすぐさまに望様の方を睨みつけた。
しかし、それに対して望様はいつものような笑みを浮かべて、余裕を見せた。
「あなた達はちゃんとお嬢の忠告をよく考えた方がいいですよ。」
「はぁ!?」
「暗い場所ですから、よく見えてなかったのも仕方ないか...」
言いながら、望様が少し後退して、自分と俺を日の当たるところまで下がった。
「このお方をもう一度、よく見てください。」
そう言って、望様は俺を乗せた肩の手で、俺の太ももを抑えた。
...うん、分かるよ、もちろん。
これは別にやらしい目的で触ってる訳じゃなく、俺が落ちないようにする気遣いだって事くらい、分かってるよ。
分かってるけど...正直羨ましい!女の子とのスキンシップに理由があって、自然にできる事が、とても羨ましい!
俺が男だった頃、性別が「女」の人の太ももに触れた経験なんて、お袋のしかなかったのに...イケメンが羨ましい!
...ま、外見が女の子でも、中身が男なので、残念だったな、望様!
「ひ、雛枝お嬢!」
「ん?」
何故ここで雛枝の名前が出てきた?
「す、すんませんした!」
「俺ら、このヤマが雛枝お嬢がヤってるって、知らなくって!」
急に男二人組がこっちに向けて平伏した。
「す、すぐに自分らのトコへ行きますんで、許してくだせぇ!」
「マジで、すんませんした!」
そして、急に逃げて行った。なんか、急な嵐でも降るのか?
......
「なるほど。雛枝と勘違いをしたのか。」
双子だからな。朝の時とか、俺が雛枝と一緒に居ない時とかだと、どっちがどっちなのか、普通は分からないよな。
望様はそれを利用したのか。
「ななえちゃん、何でこんな危ない事をしたのか?」
まるでお父さんが娘に教えを説くように、望様は優しい口調で俺を叱る。
「二人だけだったから、相手できると思ったんだもん。」
俺の落ち度だけど、素直に謝るのが嫌で、一度「口答え」をした。
「でも、次からちゃんと怖がるようにする。」
今の俺は女の子。種族によって強弱が変わるこの世界でも、基本女の子は男より弱い。
まさか、直前になって体がビビッて、うまく動けなかったとは...初めての経験だ。
でも、そうだな。
こういう時、基本男が颯爽に登場して、ピンチになってる女の子を助ける、というのがテンプレだよね。
タイミングもびったりだったし、女の子なら恋に落ちるイベントだよね!
しかも、滅茶苦茶早かっ...
...あの一瞬で、俺の側に駆け寄って、俺を抱きかかえて、更に一度出した速度を殺し足も止めて、俺を抱えて振り向かずに後退したのか?早すぎない!?
「望様って、速いですね。」
「...そ、そうですね。ケンタウロスは足が自慢ですから。」
望様はよく「ケンタウロス」という言葉を使う。しかし、果たして望様の速さの理由は「ケンタウロスだから」だけなのかな?
...って、こんな事を考えている場合じゃなかった!
「望様、下ろしてください!早く!」
「えぇ。」
言われてすぐ、望様は俺を下ろしてくれた。話の通じる人で助かった。
...いや、違う。これは普通な事だ。
最近の二、三日、わがまま妹の雛枝と、甘えん坊妹のヒスイちゃんの二人にくっつかれ放題で、ちょっと「常識」がおかしくなっている。あの二人を甘やかしすぎている!
...これも、後で考えるとしよう。
「ポーションだけで足りるのか?」
床に倒れて動かない人に向かって、俺はバックに手を突っ込んで、一番目に設定したポーションを一本、乱暴に抜き出した。
そして、血の匂いに耐えながら、ポーションをその人に飲ませる為に、血まみれな頭に手を伸ばすその時、急に誰かに手を掴まれた。
「『怖がるようにする』と言った直後に...」
「望様?」
まさか自分の手を掴んだのが望様だとは...俺は今、人助けしようとしているのに、なぜ望様がそんな俺を止める?
それを聞こうと口を開くが、その前に望様が答えてくれた。
「ななえちゃんは無闇に知らない人を触れないでしょう?
この人が、『魔力の多い』種族だったら、どうする?魔法を掛けられていたら、どうする?」
「ぁ...」
俺を気遣ったの行動だったのか。
先程の望様が言った「危ない事」も、「怖い人に気を付けろ」の意味ではなく、「初対面の人に近寄るな」の意味だったのか。
魔力の多い人だったら、俺の体調が悪くなる。
魔法を掛けられている状態だったら、触れるだけで高熱を出し、病気になる。
...今の俺では、戦うどころか、人助けもままならないのか。
「それに、今は『魔力回復』より、『治癒魔法』がいい。」
言いながら、望様は「魔法を使うから」と、軽く俺を押しのけた。
この行動も、やはり俺の体を気遣ったものだと分かる。分かるから、俺も影のあるところまで後ろ歩きし、体を壁に預けた。
けど、「仲間外れされた感」が結局心の中に沸いてしまって、梅干を一個丸ごと口に入れられた気分になった。
...昨日の時と同じだ。
昨日は傷ついた望様の周りにみんなが、今日は傷ついた人の側に望様が...
俺はいつも、遠くで見ているだけ...ホント、「主人公」からとことん遠い位置にいるのだな。
......ああ、もう!
とっくに分かりきった事に一々凹んでいられない。
一人で女々しく下らない事を考えるより、「下らない」話をして、人とワイワイしている方が体にいい。
考えるより、感じろ!だ。
「望様は『治癒魔法』も出来るのですね。」
気分を整える為、まずは望様に声を掛けた。
「私、いつも『呪文』の授業で見学してましたが、『治癒魔法』は必須知識でしたか?」
体質関係で授業の時に「魔法練習場」の結界内に入れないが、俺の参加しない表向きの理由は「才能がない」となっている為、「いつか使えるかもしれない」という余計な教師の気遣いによって、結界の外で終わるまで「見学」をしなければならない。
それで、みんなが楽しそうに様々な攻撃魔法を使ってデコイを破壊したり、または何かの芸をして遊んでいるのを見て、正直最初の頃は辛かったが、慣れてしまえば「盛大なマジックショー」として楽しめるようになった。
その中で、生徒が怪我をする事ももちろんあるが、魔法の威力が大幅に制限された結界の中での怪我なので、「治癒魔法」が使われる事はなかった。
だから、俺はずっと「治癒魔法」は選択教科だと思っていた。「治癒魔法」の習得難易度は分からなかったが、「治癒師」という職業がこの世界でまだ残ってたのも「治癒魔法」が難しいからと思っていた。
でも、望様は今、治癒魔法を使っている。彼の担当教科が「魔理」だから、決してありえない事ではないのだか。
「『呪文』の授業なら基礎程度...いいえ、それ以下かもしれません。
その授業の一番の目的は魔法発動時のイメージの訓練、使用する魔法の勉強ではありません。」
「へー、そうなのか。」
そういえば、みんなが同じ魔法の勉強は初期頃のみで、途中からは好きな魔法を自由に使う授業に変わっていた。
何でいつの間にか「自習」みたいな授業になっていたと、不思議がっていたが、「何々魔法の授業」ではなかったから、か。
「高校で『文系』を選べば、魔法の勉強でもっと『治癒魔法』の呪文を覚える事になるけど、ななえちゃんは『理系』を選んでいたのですよね?」
「えぇ、『使う』より、『作る』方の勉強を選びました。」
魔法が使えないから、呪文を暗記しても詠唱はできない。なら、それに関連する理論を覚える「魔理」のある「理系」を選ぶのは当然だろう?今後も「学年一位」維持する為の、俺の小賢しい選択だ。
...意外と「地理」も「理系」の科目に入っているのは予想外で、その授業だけは悩みの種だ。
「って事は、望様は『文系』?しかし、『理系』の教師ですよね?」
「昔から、色々と怪我の治療をする事が多くて...『治癒魔法』は私個人の趣味です。」
「趣味ですか。」
分かるなぁ、そういうの。
俺も「理系」が得意なのに、「歴史」だけは好きで、満点を意味なく取り続けてた。
「星が子供の時、よく手合わせしていたそうでしたが、その為に覚えたの?」
「手合わせ?」
昨日、星から聞いた話を話題にしようと望様に話したが、何故が怪訝な顔をされた。
「本気を出さなかったそうだけど、一度も星に怪我させた事はないの?
私、てっきり手合わせ後の傷の治療の為に、治癒魔法を覚えたと思ってますが、違うのですか?」
「あぁ、そういえば...そうですね。
怪我の治療の為に、『治癒魔法』を覚えた。」
千条院兄妹の思い出話を聞こうと話題を提供したのに、何故か望様はそれを広げてくれない。何かよくない「思い出」でもあるのか?
...あっ、あったな。
「もしかして、星に入院させる程の大怪我を負わせた事に、まだ負い目を抱えていて、話にしたくないのか?」
出来るだけ穏やかな声で話してみたが、望様からの返事が来ない。ケガ人の治療に集中しているのか、ただ返事をしたくないのか...
背中を向けられていて、顔が見えないだけで、望様が知らない人になっているように感じて、不安になる。
「望様...?」
別に顔を見たくらいで、望様のすべてが分かる訳じゃないって分かっている。けど、俺はどうしても今の望様の顔が見たく、一歩前に、足を延ばした。
「あの子が、そこまでの事をななえちゃんに話したのか。」
けど、足が地面に着く前に、望様から返事が来た。
それだけの事なのに、俺はほっとして、緊張の糸がほぐれた。
「えぇ、親友ですもの。
星の方も『自惚れてた』とか言って、後悔してる様子でしたよ。
言ってはいないが、たぶん星はまた望様と手合わせしたいと、思っているかも。
望様は...?」
「ごめん、ななえちゃん。その話、終わらせていい?」
「ぁっ...」
冷たい声...人生で初めて聞く、望様からの拒絶の言葉。
昨日の記憶が、蘇りそうだ。
「ごめんなさい、望様。踏み込み過ぎました。
もう二度と聞きませんから。ですから...」
...嫌わないで欲しいと、思った。ようやく落ち着いた心が再び、怯え始めた。
ずっと優しくされてきたからこそ、それを失うのが何よりも怖かった。
もし、望様に「お前と出会わなければ...」と。
そう思うだけで、動悸がしそうで、逃げ出したいのに、この場から離れたくない。
「ですから、望様...」
「ななえちゃん、落ち着いて。」
望様がそう言って、振り向いて俺を見る。
そして、笑顔を見せた。
「治療が終わったので。
さっきの話はまた別の時に、今は彼の話を聞きましょう。」
「あっ!」
望様の笑顔を見ただけで、まるで魔法を掛けられたかのように、一瞬で心が落ち着いた。
はぁ...俺は一体何を心配しているのだろう?
相手はあの望様だぞ。笑顔を絶えず、女の子全員に優しさを振り撒くイケメン野郎じゃない!
何で俺がそんな奴に怖がってんだ?例え冷たくされたって、「イケメン野郎なんかに好かれたくねぇよ!」のが俺だろう?
ホント...何を怯えてんだよ。
「大丈夫か?起きれるか?
何が起こったのか、教えてくれますか?」
望様は治療した男性を手で支えて、ゆっくり彼の体を起こした。
「た、助かったのか、俺?
いや、あなた達が助けてくれたのか?」
男性がゆっくり目を開けて、自分の周りの状況を確認する。
「どちら様は知りませんが、助かりました。」
「かなりの怪我を負っていたが、魔力の方は足りています?」
「魔法を使っていない。大丈夫、魔力が足りてます。」
「では、何があったのか、教えていただけますか?
魔法を使わなかった...反撃しなかった理由も、教えていただけますか?」
「...その前に、うっすらと『ヒナエ』と聞こえたか。そ、それは、なぜ?」
雛枝の名前に反応した?雛枝とこの男と、何か繋がりがあるのか?
そう思って、俺はその男性に雛枝の事を答えようと、口を開くが...
「何の話かは分かりませんが、『ヒナエ』という単語はどういう意味ですか?
誰かの名前ですか?」
俺が喋る前に、望様が俺の言葉を遮って、雛枝について知らないふりをした。
「っ...」
望様の意図は分からないが、たぶん、この場を望様に一任した方がいいのだろうと思って、俺は口を噤んだ。
...いや。自分に嘘を吐くのをやめよう。
望様の意図が分からないなんて、そんな訳ないだろう。
ただ、考えたくない可能性について、考えないようにしようとしているだけだろう、俺?分からなかったら、俺はすでに「影」の中から出て、薄い「光」の下に姿を見せていた。声を発していた。
しなかったのは、俺が「雛枝と双子」だから...
「聞き間違い、か。」
男性は胡坐を組み、膝に右肘を置くと、そのまま頭が項垂れて、右手で支えた。
「いつもの事だ。
俺がまだ、『喰鮫の庇護』を拒んでいたから、彼らの都合のいいサンドバックにされただけだ。」
喰鮫の、「庇護」...
みかじめ料という単語だけで、俺はすでに何が起こっているのか、予想がついていた。
誰がソレをしていたのかを、喰鮫組を聞く前から頭によぎった。
それでも、俺はあの男性の今の言葉にショックを受けた。
「表に出るようになってから、ただでさえ高い税金を払ってるのに、更に喰鮫組にも払わなきゃならなくなった!
その名前を口に出すのも悍ましい。喰鮫組がいつ、また来るのかと思うと、夜に寝るのも怖い。
大きすぎるんだよ、喰鮫組は!国中のどこに行っても、喰鮫組の走狗がいる!
国の税金を肩代わりをしてくれるなんて、そんな見え見えの嘘、信じられるか!」
口が言葉を発すればする程、男の感情が高ぶって、声も抑えられなくなっていく。
怒りと恐怖の感情が入り混じって、彼は半狂乱になって、恨みの満ちた言葉がその口から溢れ出す。
「中に、特にあのヒナエって小娘!くそっ、あの小娘が!俺が一生懸命買い込んだ商品を、燃やしやがって!
全部!欠片も残らず!しかも俺が悪いと言う!こんちくしょう!
俺が、いつまで経っても『みかじめ料』を支払わないから、『自業自得』だって!何様のつもりだよ、あのガキったれ!糞か!
でも、逆らえねぇ。何でアノ...オンナノコは、あんなに魔力があるんだ?何で、大魔法を使った後でも、まだ魔力を放出する余裕があるんだ?
しかも、何で一瞬で現れるんだ?どんな魔法を使って、距離を無視して来れるんだ?
あんな化け物に、逆らえる訳ねぇ。」
自分に嘘を吐くまで、考えたくなかった可能性。
俺に「姉様姉様」と懐いてくれてる雛枝が、既に悪に手を染めているという可能性。
それが既に「可能性」ではなく、実際に起こっていたなんて、考えたくなかった。
「助けてくれて、ありがとう。もう、行かなきゃ。」
そう言って、怪我してた男性は立ち上がって、路地裏を出ようとした。
「本当に大丈夫ですか?
あれ程の大怪我でしたから、本職の治癒師に見せに行った方がいいと思いますか。」
望様は男性と一緒に立ち上がって、少し不安な声で話しかけた。
「治癒師?誰を信じればいいのだ?」
だけど、男性は落ち込んだ声で、望様の提案を拒んだ。
「また喰鮫組の者だったら、逆に怪我が増えるし。そもそも、もうお金がねぇよ。」
男性は望様を押しのけて、歩き出す。
その時、ようやく影に隠れている俺を見つけたのか、一瞬目を向けた後、茫然と地面を見つめた。
「お嬢ちゃんも早くこの国から出た方がいい。
おじさんはもうどこにも行けないか。この国はもう、ここに住んでも、旅行に来るのも、最悪な国になった。」
「っ!」
俺の顔もちゃんと見えていなかったその男性は、俺に助言を言って、去っていた。
...しばらく、俺は「影」から、出られなかった。
......
...
「望様。あの人が言ってた言葉、全部...本当の事ですか?」
分かりきった事を望様に尋ねる。
俺は何を求めているんだ?
望様に、どんな答えを口にしてほしいと思ってるんだ?
「嘘だ」と、嘘を吐いてほしいのか?
「本当だ」と、傷つく真実が聞きたいのか?
...俺は、望様の優しさに、縋ろうとしているのか?
「...ななえちゃん、考えるのを別の日にしましょう。
今日は私とデート。二人きりの時間をいっぱい、楽しみましょう。」
そう言って、望様の右手が俺の頭の上に乗り、ポンポンと優しく叩いてくれた。
流石、望様だ。
俺の分からない、俺が今一番欲しい言葉を言ってくれる。
やっぱ、敵わないよ。
イケメンはやっぱ、モテるんだよ。
俺はもうどうしようもなく、この人に憧れてしまっている。何かがあったら、この人に頼ってしまうだろう。
「お腹が、すいた。」
自分でも聞き取れなさそうなか細い声で言って、俺は今の自分より大きいその手に手を伸ばし、その小指だけを掴んだ。
色々ボケを入れていましたが
主人公が「女の子なのに、男の人格」という設定によって生じたツッコミスキルあるのに天然ボケキャラ
望様が「女性が恥をかいても気づかないふりする」という優しさによって培った高いスルースキル持ちキャラ
その所為で、自分で最近の分を読み返してみると、殆どの「ボケ」が気づかれていないんじゃないかと?
勝手ながら、軽く説明致します。
男性にとって、女性の口から「大きい」とか、「早い」とか、ちょっとばかし意味深な言葉として聞こえてしまうので、
女性の皆様、気を付けてください。




