第五節 星見山見物⑦...お母様・喰鮫佳奈多
だめだ。
書き始めると、止められなくなる。
とりあえず、短めだが、三節に分かれてしまった俺的一節の話が終わり、次の節から日が変わります。
よろしくお願いします。
階段まで一人で着き、雛枝の警告に従い、十四階に向かった俺だが、ふっとした思いで最上階に向かう事にした。
理由は簡単、高い所が好きだから。馬鹿と煙の両方を身に備えているから。
嘘つきで、人に正体を見せない煙を纏ってる。しかし、ノリでアホな事をよくする。
それが俺だ。好きでバカな事をする、可愛い女の子と皮を被ってる二十五を超えたオジサンだ。
そして、最上階。
最後の一階層くらい真っ暗な階段を登りきると、他の階の氷のドアと違い、木で出来たドアがあった。
壁伝いで真っ暗な階段の後、現れたのが向こうが見えない、触るまで分からない木のドア。その先に何があるのか、未知への恐怖に駆られ、少しドキドキしてしまった。
まさか、ドアの向こうが海の中で、このドアは絶対に開けてはいけないドアなのではないか?
っと、一瞬夢見てしまったが、木のドアである以上、向こうが「海である!」のはあり得ない、か。
「残念!」
しかし、やはり楽しみだ。
そして、ドアを押して開けると、目の前に星空が現れた。
「なに、これ...」
満天の星に弦月、加えて真っ暗で何も見えない足元、いつも見てる夜の空と全然違う。
「綺麗...」
こんな綺麗な星空を...観たことがない。
少し歩いてみると、足首に何かの草がくすぐってくる。遠くを見渡す、周りが海だということに気が付く。
「海の中にある山、海山。
だけど、名前が『星見山』。」
そういう事だったのか。
山頂の所だけが、ちょっとだけ海面の上に出ているから、「星見山」と名付けられたのか。
周りに光るものは星と月だけ。しかも、足元が見えないくらい暗闇に包まれて...
「ってか、何で見えないんだ?」
周りに木の一本も見えないのに、月と星の光に照らされているのに、自分の足すら見えない!
「どういう事?」
試しに、足元の草を触ってみる事にした。
すると、不思議な事に、自分の手が見えなくなった。
「なにこれ!?」
驚いて、手を引き抜くと、また見えるようになった。
まるで草の周りの空間だけが闇に包まれてるかのように。
「吸光草だ。」
「え?」
突然の声に驚き、俺は声のした方向に振り向く。
「光を吸収して、洞窟内に咲く花の方に光を送る、氷と岩の両国にしか見かけない植物だ。」
闇の中から近づいて、姿を現したのは、意外にも「私」のお母様だった。
「お、お母様!えっと、お先ぶり、です。」
「ふぅ。」
俺を見て何を思ったのか、お母様は何故か唇を噛んで、目を逸らした。
「ついて来て。座れる場所がある。」
「あ、はい!」
自分の「お母様」だと知ってるのに、俺にとってまだ今日知り合ったばかりな人、つい堅苦しい態度を取ってしまった。
雛枝のようにぐいぐい来られたら、すぐ打ち解けたのに...
無言でお母様の後ろについて行くと、大体山の真ん中あたりか、幾つの長椅子のある人工的な高台に着いた。
お母様は無言でそのうちの一つの椅子に腰かけたが、そのまま顔を上げて、空を見つめた。
無言...
来るまでの空気が最悪だったし、今の空気も最悪だ。血の繋がった家族なのに、お互いに気を使ってる感じだ。
俺の方から歩み寄った方かいいのか?例えば、お母様の側に座る、とか。
「し、失礼します。」
そう言って、俺はお母様の側に座ろうとした。
しかし、途端に気分が悪くなり、不自然にお母様から離れて、一人分の距離を空けた。
「ご、ごめん、なさい!」
余りにも失礼な態度に、自分の事なのにびっくりして、謝った。
そして、やはり今からでも距離を詰めようとするが、体が動かなかった。
「奈苗、そんなにあたしが嫌いか?」
「ご、ごめんなさい...自分でも、何故なのか、分からないのです。」
初めてだ。
何もされていないのに、「怯え」の感情が表に出た。
しかも、相手が「お母様」。血の繋がった、家族だ。
「ふぅ、知っていた。
奈苗が生まれた時から、知っていた。」
「そ、そんなことは...」
「『星ばかり見つめる女は、誰にも好きにならない』。」
「ぅ...」
まだこの人を良く知らない、距離感が掴めない。
写真を見た時も、「美人だな」と思ったが、自分の母だと思えなかった。
雛枝もお父様も、一応家族の感覚はあった。写真を見た時も、「懐かしい」という感覚はあった。
だけど、「お母様」だけは、何も感じられなかった。
「奈苗、ここは好き?」
「え?な、何の話でしょうか?」
「この星見山、この展望台。」
「あっ!」
展望台だったのか。
他よりちょっと高くなってるだけの「平地」だと思ってた。
「好き、です。
夜空は綺麗ですし。ここだけ、暗くありませんでした。」
「草が生えないように、魔法で石を重ねるようにしたから。
ここに座ってて、体調は悪くならなかった?」
「あ、平気です。だいぶ前の魔法、ですかね?」
「そうだ。十年くらい前、だったか。
一応、時間の経過による変化が知りたかったから。」
変化...俺の体を気遣っての「実験」か?
「ねぇ、奈苗。最近はどう?」
「え、最近?」
「親らしい質問だと思うか、変だった?」
「あ、そんな事はありません!」
そっか!
お母様も「私」と距離を詰めたいと思っているのか。
よかった。
やはり、「お母様」は母であるのか。
「えっと、学園では特に変化ありません。時々、お父様の仕事を手伝うようになった事くらい、ですかね。」
「そっ。」
「あ、もしかして、知ってるかもしれませんか。えっと、自慢みたいで、言うのが恥ずかしいのですが、私、Sクラスです。」
「知らないよ。」
「えっ、そうなんですか?すみません。
その、Sクラスは一年毎、上位二十名しか入れない、謂わばエリートクラスです。
私は、その、一応...学年一位...」
「へぇ、凄いね。」
「あ、はい。
お母様が、産んでくれたお陰、です。」
居た堪れない!
自慢するのは好きじゃないのに、お母様に喜ばせようと、無理して自慢をした。
くっ、俺今、超イタイ人。
「来年から高校生だ。今のままじゃ、いけなくなる。
勉強は頑張ってる?」
「あ、すみません、お母様!
その、言い忘れました。私、飛び級で、今既に『高校生』、です。」
「...そっ。」
一研学園の中等部にSクラスはなく、高等部にしか存在しない。
お母様なら、それくらいの事を知っていると、思い込んでいた。
「友達付き合いは?クラスの中で、浮いてない?」
「それが...浮いています。
友達はいます。けど、クラス内の一番人気の子に嫌われてて、ちょっと困っています。」
「...そっ。」
失望させたのかな?
お母様の顔を見るのが、ちょっと怖い。
「さっき、あの人の仕事を手伝うようになったって、言ってたね。
何で?」
「え、ご存じありません?
私、正式に守澄家の次期当主と、お父様が発表したと思いますか。」
「そっ、だからなのか。」
...おかしい。
心の中に、何とも言えない違和感が生じている。
俺は今、お母様と「家族の会話」をしているよね?何故、こんな...
...えっと、何だろう?
...考えが、纏まらない。
「奈苗、日月と星について、どこまで勉強している?」
「え?日月、ですか?
あまり記憶には...」
授業では学んでないし、誰にも詳しく聞いていないが、「天文学」は義務教育でする学問じゃなくない?
地球が太陽を中心に回ってて、月が地球を中心に回ってる。星々は遥か遠くにある地球と同じ惑星。
他にも色々あるけど、学生全員が勉強しなきゃならない学問ではない。生きて行く上で必要な知識ではないだろう。
「夕方になると、日月が日付に合わせて、星を放出する事くらい、知ってるよね?」
「えっ!?」
星を放出!?どうやって?
「知らないのか?
実の母が研究してる学問に、少しくらいの興味を持っていると、思っていたか。
失望した。」
「ぁっ...」
心が鷲掴みされたような痛みをした。
何で、「失望した」と、口にするの、ですか?私、雛枝に教えられるまで、お母様が「天文学者」だって事なんて、知らなかったのに...
「この世界は日月を中心に、無限に思えるほどの大地に包まれている。
日月も朝は必ず一つの球体のままだが、十五日の夜にはほぼ星のない丸い球体に、それ以外の夜は欠けた形で現れる。
欠けた部分が広ければ広い程、星の数も多くなる。
特に三十日の夜では、日月は完全に砕けて、月のない満天の星空になる。
これも知らない?」
「...ぇ?」
日月が、砕ける?
大地に包まれてる?
お母様は何を言っているの?何の話をしているの?この世界が太陽と月を中心に、大地に包まれているって、どういう意味?
お母様の言葉、理解できない。
「ふぅ、無理もない事だね。
母親らしい事、何一つもしてあげていなかったから、嫌われても当然だね。」
「わ、私は...」
嫌ってない!嫌っていません!
ただ、急にあり得ない事を耳にしたから、動揺しているだけで...お母様を嫌ってなんか、いません!
どうしよう?お母様が機嫌悪そうにしてる。そんな顔になっている。
私は別に...
「奈苗、抱きしめてもいい?」
「え?」
「母親として...奈苗を娘として、抱きしめてもいい?」
「も、もちろんです、お母様!
どうぞ、存分に...えっと、いつでも!」
言われてほっとしたのか、お母様の表情が元に戻った。
...無表情に戻った。
そして、俺に近づき、俺を抱きしめた。
「おかぁ、さま...」
何故か、段々と気分が悪くなって、胸焼けしたような感覚がした。
お母様、意外と魔力が多い?
「気分悪くなった、ね?」
「そ、そんな事...」
嘘を吐きたくなった。
バレバレな嘘なのに...だけど、真を口にしたくない。
「知ってた。
奈苗が生まれた時から、知っていた。」
「な...なにを...ですか...?」
「あたしが、自分が産んだ実の娘を...抱っこできない事を。」
悲しそうな声を出して、お母様は俺を放した。
それだけで、嫌な事に、気分がよくなっていく。
「あ、あの、お母様。」
「...」
「ご、めんなさい。
私、変な体で...」
「...」
「でも、お母様のお陰で!お母様の指輪のお陰で、今まで生きて来れました!」
「...」
「ですから、その...ありがとう、ございます。
ありがとう...」
「...」
お母様は先からずっと、俺の言葉に反応せず、夜空を見つめていた。
この後も、ずっと無言のままなのか?もう「私」に返事をしてくれないのか?
「新しい指輪、大丈夫だった?」
「ぁ、はい!とてもよかった、です!」
よかった、話しかけてくれた。
「その、文字が読めなくなったが、かなりその、魔力に対する耐性が、えっと、よくなってて...とても、ありがとうございました!」
「あぁ。」
不愛想な返事だが、きっと「照れ隠し」かなにかなのだろう。
きっと、お母様は「私」を愛し...
「その指輪、名前は最後の指輪。お別れの指輪だ。」
「...え?」
ふぇあうぇる?お別れの指輪?
「文字が分からなくても、もう問題ないでしょう。いずれ淘汰される文化、必要となれば他人に読ませればいい。
だから、その指輪を『最後』として、あたし達、ふぅ...親子の縁を切ろう。」
「何を、おしゃって...」
なぜ急に...「親子の縁」とか....急に...
「あたしは...母親失格だよ、奈苗。
実の娘も愛せない、最低な母親、だね。」
「お母、様...」
「生まれた時から、奈苗はあたしにだけ、強い拒絶反応を示していた。
あたしが近くにいるだけで泣き、すぐに離れなかったら、瞬く間に高熱を出す。
血の繋がった家族の中で、あたしだけは...奈苗に近づけなかった。
あたしより遥かに多くの魔力を纏ってる雛枝すら、奈苗の近くにいられるのに、あたしだけが、奈苗の側にいられない。」
......
何も言えない。
これは俺の知らない、過去の「私」の事。
違うと言いたいが、何も知らないのに、どうやってそれを言える?
「長い間会っていないから、きっと今なら、奈苗を愛せるようになると、そう思っていた。
しかし、実際に会った時、ようやく会えた時...何も感じなかった。」
「え?」
「嬉しいも、悲しいも、懐かしいも、口惜しいも...何も感じられなかった。」
何も?
何も、感じられない?
「少しでも感情の揺れがあれば、あたしはきっと、まだ奈苗の母親だと、奈苗の事を気にしていると、自分に言えたのに。
でも、無理だった。あたしは、母親失格だ。
こめんな、奈苗。」
「......」
あやまらないで、くれ...
謝られたら、それが「本当の事」になってしまうから...
あや、まらない、で、くれ...
「抱っこすらできない子を、どうやって『愛せ』というのだ!」
「かぁ、さ...」
「愛せる訳ないじゃない!そんな子を!」
感情が爆発し、お母様は私を憎しみを込めた目付きで睨んだ。
......
...何故か、俺は「冷静さ」を取り戻した。
自分でも分かるくらい、冷たい目で、「お母様」を見つめた。
「大体、奈苗はあたしの子でしょう?何であたしじゃなくて、あの雲雀って女ばかりに懐くの?
あの女が、あの男の事が好きだって、知ってる?
なのに、あたしがお腹を痛めて産んだのに、何で別の女に懐くの?
まるで、花立雲雀と守澄隆弘との子のように、あたしとの子なのに!
何で?ねぇ、何で!?」
強く俺の肩を掴む「お母様」。
最早、俺の体調とか、全く気にしなくなっていて、俺に怒りをぶつけてきた。
「だから、離婚した。
お前が全然、あたしに懐かないから、『嫉妬』ばかりが積もっていき、愛も冷めた。
一度愛してしまった男を、お前の所為で嫌いになった、愛せなくなった!
お前の所為だ!
お前はあたしの子なのに、あたしの娘なのに、何で、何で種族が『カメレオン』なんだ?
雛枝と双子なのに、何で種族が違うんだ?何であたしと違うんだ?
お前との繋がり、どう探しても、見つからない。
何でお前は、そんなにも『特殊』なんだ?」
狂ったように、母だった人が叫んでいる。
血の繋がった娘に、恨み言を続けている。
「全部、お前が悪い。何でお前はあたしの子として生まれたんだ?
お前を産んだ所為で、あたしの人生が狂った!
お前を産んだ所為で、あたしの幸せが奪われた!
お前を産んだ所為で、あたしは...ようやく好きになった彼を、また嫌いになった。」
そう。
それが、お前の本音か。
実の娘に対して、言っていい事ではないな。
「お前なんか...産まれて来なきゃよかった。」
捨てセリフのように、お母様は最低な事を言って、俺の目の前から去った。
......
...
俺は、さ...本心で、心の底から、「親子」という繋がりは、この世で最も強い絆だと思っていた。「家族」が、この世で最も大切な人達だと思っていた。
冷たいと思っていた「お父様」から、「君を無条件に愛する人」と言われた時、本気で「私」の為に喜んだ。
何年も会っていない雛枝に、「会いたかった」と連呼された時、慌ててしまったが、やはり嬉しかった。
雛枝と「お母様」に会う前から、絶対に「大事にする」と決めていた。家族だから、と。
でも、知らなかった。こんな最低な「母親」が世の中にいる事を、思いもしなかった。
俺の思い込みで、知らなくてもいい事...いや、知らない方がいい事を知ってしまった。
俺が急に、「最上階に行こう」と思った所為で、余計な「出会い」をしてしまった。
そっか...
だから「お母様」はずっと、俺と話さないようにしていたのか。
だから雛枝はずっと、俺と「お母様」と一緒に居させないようにしてきたのか。
知らなくてもいい真実を、知ってしまった。
みんなが頑張って隠そうとした事、知ってしまった。
「ひくっ...」
どんなに辛い事があっても、男は涙を流してはいけない。
しかし、それは男のエゴで、くだらないプライドだと思う。
だから、女の子は泣いていい。幾らでも泣いていい。
...特に、こんな酷い思いをした直後。
「ひぃぃぅぅ、うぃぃぃぃ...」
体が言うこと聞かない、感情が制御できない。
消えかけている温かさを逃さないように、自分の身を強く抱きしめて、「守澄奈苗」は泣いていた。
それなのに、俺はとても落ち着いている。さっきまで、まだ同じ感覚を味わえてたのに、今は完全に別々な気分だ。
「おかぁ、さまぁ...お母様ぁ...」
今の俺にできる事は精々、この泣きが人に聞かれないように、声を殺すことくらいだ。
...涙を拭くくらい、させて欲しかった。
もうとっくにお気づきだと思うが、「お父様」は昔、かなりのプレイボーイだった。




