第五節 星見山見物⑥...感情の制御
予定よりまた一節増やしました。
キャラの絡めなどを考えると、どうしても文字数が多くなりがち。勉強になりました。
一対一の会話劇がいかに簡単なのか、身に染みる3節でした。
「まぁ、『素直になりたい』と言っても、訳が分からないよね。私も初めての事で、気づくに時間が掛かりました。」
そう言って、俺は星の手を放して、自分の席に戻るように手を動かした。
さて、どうやって説明するかな?
「今日の自分の様々な行動、色々な人に対してみせた態度、自分の行動まで制限する行為...
その一つ一つに理由があって、辻褄が合うようで、しかし、考えてみれば、私らしくない事がとても多かったの。」
朝、起きた時から少しずつ、段々と誰かに引っ張られたような感覚だった。
その「誰か」について、少し心当たりがある。
「ですよねですよね!
おかしかったんですもん、姉様が。すっごくおかしかった。」
俺にくっ付いたまま、真っ先に俺に同意してくれた雛枝。
うん、多分違う。
俺が今話したい事と、君が今考えている内容と全く違うものだと思う。
「例を挙げると...あき君。」
肩に乗っかている雛枝の両腕を一本ずつ降ろしながら、あき君に向き合う。
「私、今日一日、君への当たりがきつかった、でしょう?」
「そ、んな事は...」
フォローしようとして、しかし途中で言葉を途切る。優しい嘘が吐けないまっすぐに成長している青少年だね。
「普段の私なら、遊び半分で冷たい態度も取ったりするが、基本それがその場のノリとか、後で何かもっと『楽しい事』の為の前準備だったりと。
理由はちゃんとあるのだよ。」
「それは、確かに。」
あき君が今までの事を思い返してみて、そして席に戻った隣の星に話を振る。
「俺より、ヒカリさんの方がよく分かるじゃないか?」
ヒカリさん?
前に聞いた時、まだ「千条院さん」だったじゃなかったっけ?
「僕を巻き込まないでくれ。」
言いながら、星はゆっくりと目を閉じる。
「ななえはノリであることないことを僕に押し付けようとする。『ぼっち』とか、『胸が小さい』とか。
お前も一緒にいたんだから、知ってるだろう。わざわざ僕をこの話に巻き込まないでくれ。」
自分が弄られる対象にされる事を余程避けたいのか、星はそのまま目を閉じて、俺達を見ないようにした。
確かに、ポーカーフェースの星を弄るのは楽しいが、今の俺は自分の身に起きてる特殊な状態に一番興味を持っている。
なので、星を弄るのは.........この後の気分次第だな。
「ねぇ、星。いつからあき君に苗字呼びを許した?」
かぁー、俺って奴は...早速星イジリを始めてしまった。
だって、気になるもん!あの星が苗字か、「星様」以外の呼び方を他人に許したなんて、俺の「星」以来じゃないか?
「...どうでもいい話だ。」
目を開けずに、星は返事だけをして、お茶を啜る。
「ふーん。」
これは、いつかしっかりと星に問いださなきゃいけないね。
...ちょっとブルーな気分。
「ナナエお姉ちゃん、ナナエお姉ちゃん。」
右隣の雛枝と逆の方の、俺の左に座っているヒスイちゃんが俺のスカートを引っ張った。
何事かと思って笑顔で見つめると、「ヒスイも」と上目遣いで俺に話しかけた。
「ヒスイも、『ヒカリさん』って呼んでます。
センセイと区別するためです。
『嫌な理由』とか、ナナエお姉ちゃんが想像した、その、うぅぅぅ...」
言葉を見つからなかったのか、ヒスイちゃんが唸り声をあげた。
ふむ、「センセイ」か。望様の事だろうね。
確かに、「千条院さん」が二人もいるからね。「区別する為」というのも、理由として、最もだ。
しかし、俺の心の中の「嫌な気持ち」について、ヒスイちゃんはそれに気づいたが、うまく説明できない。「サトリ」であっても、彼女はまだまだ幼く、知らない事だらけだね。
基本「他人の心を読める」という嫌われるような立ち位置にいるヒスイちゃんが、今も愛されるマスコット的存在でいられたのも、これが一番の理由だろう。
でも、かつてイジメに遭っていた事から、「サトリ」という種族はやはり初見さんには厳しいだろう。「無闇に種族名を言わない」事を今日学んだので、「妹自慢台本」から「種族」に関するフレイズを消しておこう。
「ゆっくり覚えていこうね、ヒスイちゃん。」
可愛いので、頭を撫でてやったと同時に、ヒスイちゃんの耳元で喋った。
「でも、ナナエお姉ちゃんは、まだ...」
ヒスイちゃんの好きな事をしてあげたのに、それでもヒスイちゃんは表情を明るくない。俺を心配する気持ちが喜ぶ気持ちを上回っている様子だ。
そっか。
読心術って、俺の想像以上厄介なものだったんだな。
自分の心を読まれても気にしない...これさえ俺が許容できれば、何の問題もないと軽く考えていたが、ヒスイちゃんの気持ちを考えていなかった。
俺が感じた「不快」が、ヒスイちゃんを苦しめる。
「可愛いね、ヒスイちゃん。」
自分でも分かるくらい、凹んだ声を出してしまった。
ホント、可愛いよ、ヒスイちゃん...将来が心配になるくらいに。
「で、だ。あき君。」
今のヒスイちゃんに何をしても、きっと笑顔にさせる事はできないだろう。
逆に、今の自分の状態をみんなに早く理解してもらった方が、ヒスイちゃんの笑顔を取り戻す道に繋がってると思うので、俺は先程の話を再開した。
「本当の事を言うと、私、今でも怒っている。」
「ナナエお姉ちゃん!」
何かを言うヒスイちゃんの頭に手を乗せて、心の中で「大丈夫だよ」とヒスイちゃんに声を掛ける。
そしたら、ヒスイちゃんは素直に口を閉じて、しかし自ら俺の膝の上に上った。
「あ、ずるい!
姉様はあたしの姉様なのに!
あたしも姉様の膝の上がいい!あたしにも座らせて!」
厄介なタイミングにライバル意識を燃やす雛枝...めんどくせぇ。
「雛枝もお姉ちゃんでしょう?
寧ろ私からヒスイちゃんを奪うような事をしなさい。」
末っ子を可愛がる。それが、兄姉の権利であり、責任だ!
「は~い。
まったく、あたしだって...ぶつぶつ...」
雛枝が一人でぶつぶつし始めたが、「聞こえてない」事にした。
「あ、あの、ななちゃん?」
「ん?」
「怒ってるってのは...?」
「そうだよ。あき君の思った通りの事だよ。」
たぶんあき君は今、俺と同じ事を思っている。
「あき君に怒っているのです!滅茶苦茶怒っているのです!」
「お、俺に...ですか?」
「あれ?私と同じ事を思ってない?」
予想が外れた?
それだと、俺がとっても恥ずかしい奴になってしまうけど!
「俺はてっきり、千条院先生の事が...」
「...あぁ、憎達磨の事か。」
それもあるが、一番「怒ってる事」ではないね。
「いえい!
ざまーみろ、白川輝明!
姉様に嫌われてやんの!」
雛枝が子供のような挑発をした。
この子、昔は「私」とあき君と一緒に遊ぶ仲じゃなかったっけ?なぜこんなにあき君の事を嫌っているのだろう。
「なぁ、なな...えさん。
そろそろ理由を、教えてくれないか?
俺、何か怒らせるような事をしたのか?」
「むっ...」
またイラっと来た。
けど、理由が分からない。
「はぁ、そこなのだよ、あき君。」
「『そこ』?」
「私も理由が分からないのだよ。」
「へ?」
俺が訳の分からない事を言ったのか、あき君が「解せぬ」って顔をした。
あき君だけじゃない、目を開いた星も、雛枝も、ヒスイちゃんまでが同じ顔を見せた。
ちらっと立ってる蝶水さんの顔を見たら、同じ表情だった。
唯一違う表情を見せたのはタマだが、今は猫タマだ。猫の表情を理解できるほど、俺は「猫学者」じゃない。
「猫好き」は、猫を愛でる者であって、猫を研究する者ではあ~りません。
「きっかけはあったと思う。しかし、そのきっかけ自体も思い出せない。
ただ感情だけがしっかりと残ってて、『あき君と口を聞きたくない』という思いだけが、今も心の中に残ってて、もやもやする。」
「えと...その、ごめん。」
「謝らないでよ。あき君が何か悪いことをしたとは限らないし、『私』の問題だから。」
「でも、奈苗さん...」
「それもやめて!」
「えっ?」
「それも、なんか嫌だ。
いつものように、『ななちゃん』と呼んで。」
「で、でも...」
「星!」
ちょっとあき君の事がうざく感じた俺は、無理矢理に星に矛先を向けた。
「いつからあき君に『ヒカリさん』と呼ばせた?」
「またその話か...」
星が心底呆れた声を出す。
「別に深い理由はない。
今回、兄さんが一緒にいたから、苗字だと分かりにくいだろう?
それだけの事だ。」
ヒスイちゃんと同じ事を言う。
しかし、何となくそれが言い訳に聞こえる。
「なら、星は?
あき君を何で呼ぶ?」
「はぁ?」
「あき君に『ヒカリさん』と呼ばせている星は、あき君を何と呼ぶ?」
「そりゃ、まぁ...僕だけ『名前』だと、不公平だから、『輝明』と...」
「呼び捨て!?」
「『くん』つけてる!『輝明君』って...」
「それでも、『名前呼び』...」
...しあうような関係になってるのか。
あからさまに少し慌てる様子を見せた星。そして、俺と星の会話に頭を傾けるあき君。
それを見て、予想通りに嫌な感情を覚える俺。いや、『私』か。
「ね、姉様?
もしかして、その...もしかしてもしかして!?」
「雛枝、お静かに。」
「は、はい。」
流石に空気を読んでくれたのか、何かに気づいた雛枝だが、俺の言う通りに口を閉じた。
「すーはー...」
深呼吸をして、心を落ち着かせる。
「私って、嫌な性格してるでしょう?」
「えっ、いやそんな事は...」
フォローしようとするあき君。
「ななえを嫌ってしまう程、酷くないぞ。」
フォローする気ゼロだけど、嬉しい事を言ってくれた星。
この対照的な二人が本当に面白い。
男のあき君が微妙になよなよしてるに対して、女の星がかっこいい。
お前ら、実は俺と同じように、中身の性別が違うじゃないのか?
「自分が楽しめれば、自分の感情すらコントロールして、笑ったり、怒ったりする。それが私。
覚えてる、星、初めて『考古学部』であった日の事?」
「はい。今も鮮明に思い出せる。」
「その時、私達、大喧嘩したよね。」
「はい。」
「あの時、実は『入部』に対して、少し諦めてなかった?」
「...え?」
星半開きのの目が、全開きした。彼女にとって、予想もしなかった事だろうか。
親友として悲しいよ、星。でも、俺はまさにこの驚きの顔が見たくて、あの時、星と喧嘩したんだからな。
「私はそういう性格なのだよね。
楽しければ、自分自身にも嘘をつけられる。ムキになって、星に偽りの怒りをぶつける。」
「あれ全部『嘘』だったのか!?」
「『嘘』ではないよ、全部『本当』。
ただ、私は最初から星が好きで...最初から、『星を絶対に入部させる』と考えていた。
あの時はびっくりしたでしょう?」
「びっくりした。
あの大喧嘩した後に、普通に『入部届』を渡して来たんだから、一瞬呆けた。」
あの顔も最高だったなぁ。
ちょっとキャラ作りに力入れすぎて、とても恥ずかしかった事も覚えている。
「あれ、あれれ?ちょっとイケない雰囲気出してません!?
姉様?あなたはまだあたしの姉様ですよね!?変な性癖目覚めてません?」
「性っ...!?」
女の子がなんてことを口にしてんだよ!
「ひ、雛枝。
あー、あの、姉として、その...お、おおお、教えないといけない事がある、と、おも、いますというか、その...」
うわー、意外と難易度高いな!
よく使っていた言葉だったのに、考えてみれば、その言葉を口にした事は一度もない!
性癖。
淫語レベルたったの2程度の雑魚の癖に、何故か言えない自分がいる!
「あ、そっか!
姉様、完全に『お嬢様教育』ですもんね~。『お嬢様教育』を施されておりましていらっしゃいますよね~、へへっ。
ああいう言葉、抵抗ないもんね~。」
「そんな事ない!別にそれ...」
性癖!そう、性癖!別に難しい言葉じゃない。
普段もっとヤバい言葉をキーボード越しで上げてたじゃん!「おしべ」や「めしべ」等の言葉を直球で上げてたじゃん!
何今になって、急にピュアボーイになってんだ?
「そんな事を言うのは...抵抗なんて...」
「え、何?よく聞えませんよ、姉様。
もっと大きな声で!どうぞ!」
「っ...///」
この小娘、俺様を舐めやがって...
「ちょっと、ななちゃんにひなちゃん。」
俺が反撃の一手を考えている時に、急にあき君が俺たちの注意を引く為、大声を出した。
「...何を?
っていうか、白川輝明。何普通にあたしにも昔のあだ名で呼んでんだよ!」
「...今日一日呼んでだよ。
昨日も呼んでだ。」
「あっ...いや、今それはいい!
何?あたしと姉様の楽しい女子トークに土足で入ってきた理由は、何なの?」
「ここ、一応公共の場。」
公共の場...?
「「あ!」」
流石双子というべきか、俺と雛枝が同じ声で、同時に反応した。
「...また別の機会で、ね?」
「そうですね、えへへっ。」
恥ずかしそうに笑う雛枝。よかった、普通の女の子としての恥じらいは持っているようで、安心した。
そして、まさかの助け舟!
あき君最高!助かった!
「...やっぱり。」
胸がときめく。
「大分...雛枝の所為で、話が逸れたね。」
「ぅ...ごめんなさい、姉様。」
うむ。素直に謝ったから、許す!
「星の方はもう実体験したから...って、星?」
話の続きしようと、再び星の方に向き合ったら、何故か星がとても真剣な顔で考え事をしていた。
「星?
おい、聞こえてる?」
「...聞こえてる。」
なんた、聞こえているのか。
「何を考えているの、星?」
「さっきのななえの言葉。
さっき、ななえが僕が『好き』って、言ったじゃないか。
それ、どういう意味?」
「え″!?」
なぜ今になって、その言葉の意味を追求する?話が進まないうえに、さっきの雛枝の「性癖」についての話に、戻ってしまうじゃないか!
「あの、ヒカリさん。深い意味はないと思う。」
「深い意味?」
「単純に『友達として好き』とか、『ずっと仲良しで居たい』とか、そういう意味だと思う。」
「...そうか。」
またあき君にフォローされた!
だけど、嬉しいような、嬉しくないような、少し微妙な気分だ。
「ななえ。」
「はいっ!」
急に呼ばれて、びっくりする俺。
「僕もななえが好きだ。」
そして、とんでもない爆弾発言をした星。
「あ、ありがとう...」
唯一残されていたティーカップに両手で持ち上げて、口につける。
あっぶねぇ。
長い間に女の子のフリをしたお陰で、女性同士の間の「好き」に深い意味はない事に理解して、冷静でいられた。
聞く事もそれなりに慣れてるし、自分でそれを口にする事にも、多分慣れてる。
雛枝の「好き好き」攻撃にも、眉一つ動かさずにクールでいられた。メイド隊のみんなにも、ヒスイちゃんにも、今はちょっと「時期」を思い出せないが、多分いっぱい「好き」と言った。
今更、美少女の星から初めての「好き」なんて...
「熱っ!」
アツアツのお茶を口にした所為で、唇と舌が少し火傷をした上に、ティーカップを机の上に落してしまった。
そして、左手の指も少し痛い。カップに触っていた指がひりひりする。
「ちょ、姉様!大丈夫?」
「だ、大丈夫!私は女の子!」
「...本当に大丈夫?」
「平気平気!ぁ...」
お茶をこぼしてしまった。
「ヒスイちゃんは大丈夫?火傷してない?」
「ヒスイは大丈夫。
ナナエお姉ちゃんがとっさに、ティーカップを投げたので、ヒスイは全然大丈夫。」
「そか、よかった。」
カップの熱さにも気づけないくらい考え事をしていたが、そのカップを落とす手前にヒスイちゃんがいる事に思い出せて、本当に良かった。
もし、ヒスイちゃんの体に火傷とかさせたら、俺は一生自分を許さない。
「えへへへへ、守ってくれましたね、ナナエお姉ちゃん。」
「当たり前よ。逆に怪我させそうになっていたの、本当にごめん。」
「ナナエお姉ちゃんは本当、『大袈裟』、ですね。少しくらいの火傷なら、簡単な治癒魔法で治せますよ。」
「あ!あー...」
大袈裟...望様の事を思い出してしまった。
「はぁ...」
自分の今の状態、本当によくないな。
「みんな、何となく先程の私の話、分かったのでしょうか?」
あき君と星、そしてタマ、雛枝、ヒスイちゃんの順番で全員を見る。
「真面目な話だけ、ちょっとまとめるけど、いいかな?」
思った通り、あき君が俺のフォローをする。
「ななちゃんは自分自身の感情までを、外界からの影響に邪魔されずにコントロールができる。」
「えぇ、そう。
まぁ、『外界からの影響』って言われると、その言葉に『注意書き』をつけるね。
こめじるし、周囲の魔力や他者の魔力は含まれません、と。」
お母様からの新しい指輪とあき君の薬のお陰で、ほぼ「影響ゼロ」になれた、けどね。
二人に心の中で、心からの感謝をする。ありがとう!
「そして、とある理由で、敢えて自分の感情を外に出したり、逆に嘘の感情を脳に誤認させて、その感情を人に見せる事ができる。」
「『とある理由』って、ぷふ...優しいね、あき君。
私自身が言った事だから、気遣いはいらないよ。自分が楽しむ為に、または楽しい将来の為に、とはっきり言って結構よ。」
「んで、かき回した後、その時の気持ちに引きつられず、冷静に戻り、やるべき事をやる。」
「おぉおおお!軽いボケを完スルーしたけど、私の言いたい事を箇条書きみたいにきれいにまとめたね。ぱちぱちぱち。」
手で拍手の動きをしたが、「公共の場」なので、音出さないようにした。
代わりに口で「ばちぽちぱち」と擬音を述べた。
「あき君、説明役に向いてるね。凄い凄い」
「ななちゃん、忘れてません。
ななちゃんがヒカリさんに『入部届』を渡した時、俺もその場にいたよ。」
「それは忘れてないけど。
でも、そうね!言われてみれば、あれは私達三人の思い出だよね。」
おバカな星と違って、あき君はちゃんと俺の話の内容と理由を考えてくれる。補足までしてくれる。
「またもあたし抜きの話...姉様、妹はとても寂しいよ。」
「これから寂しくないから、納得して。」
「はーい。」
雛枝に構うと、またすぐに話が月まで飛ばされそうなので、相手しない事にした。
「あき君が分かりやすくまとめ、補充までしてくれたお陰で、スムーズに次の話に進められるね。
結局、私の言いたい話はね。シンプルに一つだけなのだよ。
あのね、私は今日、『自分』の感情を制御できない。」
し~っと...
言葉の意味を理解する為の時間を皆さんに与えて、少し待つことにした。
その間、俺の所為でびしょぬれになった机部分を拭いてもらうべく、給仕の人を呼んだ。
しかし、料理を下げる時と違って、今回は机の上の濡れたシートを拭くという作業だから、楽じゃないんだ。
だから、俺の事情を知らない給仕は普通に魔法を掛けて、シートを乾かせようとした。
「やめなさい!」
給仕が呪文を唱える前に、驚く事に、ヒスイちゃんが叫んだ。
この世界の魔法は呪文が簡略化されていて、殆どの魔法が一文字で使えるから、使う前に気づく事が非常に難しい。
魔法が使えない俺どころか、使える雛枝達も給仕の魔法に気が付けなかった。魔力が見える雛枝にワンチャンあると思ったが、彼女も気づけなかった。
その理由は流石に分からない。使用魔力量が少ない過ぎて気づけなかったかも、という推測ができるが、本当かどうかは分からない。興味もない。
俺が今一番興味を持っているのはヒスイちゃんだ。人見知りの彼女が、まさかの怒鳴り声!
びっくりした!耳元だから、心臓が跳び出るくらいドキドキした。
「ナナエお姉ちゃん、魔法。ウェイターが今、魔法を使おうとしてます。」
「お、応。」
怒鳴りヒスイちゃん、終わり。
家族でもない人に怒鳴りつけるにしても、ヒスイちゃんは幼すぎるよね。
それでも、俺の為に一回だけ大声を出した。姉冥利に尽きる!
「すみません。やっぱり、後にしてもらえませんか?」
「...かしこ、まりました。」
自分がなぜ怒られたのだろう?と、たぶん給仕の人の脳には「はてなマーク」がいっぱいになっているだろう。
店長っぽい人に土下座された卓、猫に人間と同じサービスを行わなければならないシチュエーション、呼ばれたのに怒鳴られ返されたという理不尽な扱い...少し申し訳なくなってきた。
「こめん、ななえ。話が分からない。」
「...まぁ、星だもんね。」
星を諦めて、次に心配な雛枝に向き合う。
「雛枝は分かる?」
「んぅ...あれですかね?
ひってぇ疲れてるのに、ベッドの上でゴロゴロする人を見て、怒りが抑えられないって感じ?」
「微妙ーー...だけど、近いから、正解。」
「やった!」
雛枝が小さなガッツポーズをした。
可愛いな、女の子って。何をしても可愛い。
「ねぇ、ヒスイちゃんは...?」
「ゅ...ごめんなさい、ナナエお姉ちゃん。よく分かりません。」
「いいよ、大丈夫。実は予想はついてたよ。」
思春期の少年少女の微妙な心理なんて、ヒスイちゃんにはまだ早かったようだ。
「んで、タマを飛ばして...あき君。」
「にゃぁおおおぅ。」
タマの悲痛な鳴きを無視して、ラスボスのあき君を直視する。
「ノイローゼ?」
「惜しい!そこまでではない。」
「ただ、自分ではコントロールできなくなっている。」
「うん、そんな感じ。」
精神が不安定な状態というより、感情面だけが俺の制御下から離れようとしている状態。
そして、多分やろうと思えばできるが、俺は今、「感情」を制御したくない。
「そういう訳で。
みんな、ごめん。暫く私を一人にさせて。
「え?」
自分の席に戻されたヒスイちゃんが真っ先に反応した。
「大丈夫なのですか、姉様?あたしが傍にいた方がいいと思うよ、絶対。
ほら、あたしの魔力は姉様に影響を与えないし、他人の魔力も遮断できると思う。」
「実証実験を行った?」
「それは...」
「できないでしょう?」
「はい。」
「それに、もしかしたら私の今の状態は『魔力過剰』によるものかもしれない。
雛枝の魔力の影響がなくても、ここは人の多い場所。体にどんどん魔力がたまっていて、しかし発散するタイミングがない。
食欲がないのも、もしかしたらこれが原因かもしれない。」
自分の席を立ち、右側に回って、玄関へ目指す。
素晴らしいお母様の指輪も「原因」かもしれない。
たぶん違う...しかし、可能性がある以上、「決めつけ」は危険だ。
「にゃー」
「分かるけどさ、タマ。でも、ヒスイちゃんの側に居て。」
すれ違う瞬間、タマの頭を撫でて、今日の最後のふれあいをする。
猫可愛いが、ヒスイちゃんも可愛い。辛いけど、自分より、ヒスイちゃんを優先しよう。
「...ナナエお姉ちゃん!」
「ヒスイ、良い子で居て。
言わなくても分かるよね?」
「ヒスイ、は...わかり、ました。」
遠くにいるヒスイちゃんに手を振り、バイバイする。
サトリは良いね。「説得」スキルのレベルが不要。
「ななちゃん、いいの?」
遂にあき君の側を通る時、変な止め方された。
隣の星も心配そうに...いや、ただの「変顔」かな?無表情キャラにしかできない微妙な表情で見つめてくる。
「あ、姉様、言い忘れてたけど!」
結局またも雛枝の声に遮られたあき君の言葉。
それで、俺は雛枝の方に振り向くと...
「うおぉ!」
蝶水さんが真後ろにいた。
「も、もしかして、お母様が言っていた...」
「はい。お嬢の姉さんを護る役目。」
「いや、いらない。」
「がっ...」
うっかり素の即答拒否してしまった。
だって、怖いんだよ!マジで怖い!
まだ一日未満の知り合いで、顔の約半分が火傷の女マフィア、しかも真剣付きで目つき超怖い。こんな短期間で慣れる人がいるのなら、素直に土下座してやるよ。
「蝶水、戻ってきて。」
「しかし、お嬢!」
「姉様がいらねぇって言ったろ?戻って来い!」
「...へい。お嬢が言うなら。」
二言で強引に蝶水さんに命令を聞かせた。しかも、言い方がめっちゃ乱暴。
双子の妹が悪い方面の事に染められていて、とても心配でござる。
「姉~様、十四階ですよ!」
「十四?」
「えぇ。他の階ではガラの悪い奴が集まってて、姉様が危ないかも。」
危ない?貞操の話?
ガクブル...
「十四階ね、分かった。」
「後、服。」
そう言って、店に掛けてる俺の服を指さす。
「もう夜だから、階段は外寄りなので、しっかり着込んでおいて。」
「あぁ、ありがとう。」
その服を着て、この三階まで下りて来たんだから、忘れる訳がない。
しかし、気遣いは嬉しい。素直に「ありがとう」と。
そして、やはりあき君に伝えておこう。
「あき君。今日の雛枝を見て、どう思う?」
誰にも聞こえないように、あき君に耳打ちする。
「どうって?」
「変と思わないか?」
「そりゃ、子供の頃より、大分変わってると思うか。
そんなの、分かるのか?」
暗に、「記憶喪失の君に分かるのか?」とか言いたいのだろう。
馬鹿にするな、そっちじゃねぇよ。
「あの子、心配なんだよ。ちょっと素直じゃないところがあるっていうか。
ほら、ずっとあき君に『ひなちゃん』と呼ばれてるのに、あまり嫌がっていないでしょう?」
「そう言われると、そうだね。
俺の事を『許さない』と言っている割に、昔のあだ名を何故か許している。」
「普通、誰かを嫌いになると、その名前に近い音を聞くだけで嫌な気持ちにならない?歩いた道を汚く思ってしまわない?」
「そこまで誰かを嫌った経験がないので、何とも言えない、なぁ。」
「しかし、親しかった時期の呼び名、呼ばれたいと思うか?
実際あの子、あき君の事をフルネームで呼ぶし。」
「確かに。
よく見てるね、ななちゃん。」
「記憶がないとはいえ、双子の妹だ。覚えてないから、気は遣うが、会う前から『大事にする』と決めてるのだ。」
「ぁ......あはは。
やはり、ななちゃんはななちゃんだな。」
「え、そう?昔と同じ事とか、した?」
「いいえ、昔と全然違う。でも、本質は同じ、ずっと変わってない。」
「そうなのか。
ちなみに、『私』の本質は?」
「自分より、他人を大事にする。」
自分より他人、か。
ごめん、あき君。全然違ったよ。
「私の話はいい、今は雛枝に集中して。」
「は、はい。」
「自分から振っといて」というあき君の小言を聞き逃す事にしてあげた。
「以上の話から、私の結論を言うよ。正解とは限らないので、気を付けて。」
「ふふ、そう言って、いつも『正解』を言い当てる、ななちゃんでした。と。」
「だからぁ...つまり油断しない事、だよ。」
「分かった。」
「あの子はたぶん...雛枝は、意図的に君を嫌おうとしている。
君と二人だけの時...まぁ、私も隣にいるけど、いつも少しずつヒートアップしているではなかった?」
「そういえば...目が合った瞬間、強烈な魔法をぶつけるようなおてんば娘だったのに、昔と比べて、大分おとなしくなったね。」
昔の雛枝を知らねえよ!一々昔話を混ぜ込むな。
俺、お前たちの事を何も知らないから、さ...
「成長した、とも考えられるが、それでも沸点は低いと思う。
なのに、『絶対に許さない』あき君に対して、いきなり怒り出す事はなかった。
少しずつ、段々と、怒りが積もり、そして爆発。
ねぇ、この事について、私は何を思ったのか、分かる?」
「...難しいな。」
「己惚れた答えでもいいよ。
それに、ヒントも出してると思うよ。
私の言葉、全部思い出してみて。」
「むー...まさかと思うが。
ひなちゃんは、実は俺の事を嫌ってない。
と、言いたいのか?」
「あき君、良いね。
幼馴染とはいえ、私はあまり君の事を知らないのに、君は結構私の言いたい事が分かるね。」
「それを言うなら、俺なら分かる。と思ってくれるななちゃんも同じじゃない?」
あぁ、だめだ。すれ違った瞬間のちょっとした耳打ちのつもりだったのに、どんどんお喋りの時間が伸びていく。
楽しいなぁ。いつまでも、話し続けていきたいと、思ってしまう。
「とにかく、あき君!
雛枝はたぶん、君の事を嫌っていないんだ。
無理矢理に嫌おうとして、その事に頑張っている。
記憶のない私には二人の間には入れない、二人の仲裁係に成れない。
だから、あき君、頑張って。せめて、昔の呼び方で呼ばせるようになって。」
「ははは、無茶ブリだ。
優しいのに、酷な事をやらせようとする。」
「無理そう?」
「いや、頑張ってみるよ。」
「ありがとう。」
あき君とのひそひそ話が終わり、既にみんなから奇異な目で見つめられた俺は、自分の服を手にして、店を出た。
この体の名前は「守澄奈苗」、人にやさしく、努力家の健気な女の子。
なぜ俺がこの体の中にいるのかは分からない。でも、この娘が大事にしているモノを壊したくない。
昔はいつも一緒にいた幼馴染、あき君と雛枝。この二人が再び仲良くなれれば、少しはこの娘の大事なモノを、守れた事になるのだろうか?




