表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
75/122

第五節 星見山見物①...喰鮫組

1年目5月3日(月)_同日

 星見(ほしみ)(ざん)という名の海山(かいざん)に着き、俺達はまずその場所の、海の中ででも呼吸できる種族の人達に会った。その人達は俺達の游房を見て、泳いで近寄ったが、中に入って来ずに、手信号で直接外から俺達に指示をくれた。

 氷の国特有な手信号故、俺だけじゃなく望様達もその意味が分からなかったが、ここを故郷にする雛枝達はそれが分かるみたい。


 その人達の指示に従って、俺達の游房はまず山の麓までに沈んでいた。途中でいくつの入口のような洞窟を見かけたが、その一番下にある丸い岩の入口を通った。

 洞窟の入口を通って山の中に入ったが、周りは外と同じく、やはり光の玉で充満していて、とても明るかった。魔法の類なものに思えるが、近寄って確認した事がない。例えそうだとしても、気分が特に悪くなってない事を考えれば、俺への影響の弱い魔法だろう。

 常に発光して、しかし弱い魔法——つまり少ない魔力を消耗する魔法を発動している光の玉、省エネの照明器具...この世界のLED照明?


 そして、暫くの海中通路通行後、俺達の游房はとても広い「洞窟内(みなと)」という所に着いた。浮上し、停泊して、流されないように鎖を繋がれた。

 そこで、俺達は壮大に歓迎された。


「お嬢、おけぇりやさい!」

「おけぇりやさい!」


 游房のドアを開けた途端、十数人の屈強な男が游房の前で二列に並んでいて、俺達に大きな声で挨拶した。足腰の筋肉を見せびらかしているのか、全員が空気椅子に座っているように立っている。

 怖ぇ!マフィアヤクザだ。


 実際声を掛けられていたのは雛枝だけだったが、その威勢のいい声に全員が游房から降りるのを躊躇して、動かないでいた。


「だから帰りたくなかったんだ。」

 雛枝は嫌味を呟きながら、一人先に仮設階段を下りた。

「堅気に気を遣え、馬鹿ともか!全員下がれ!」

 そして、屈強な男達に向かって、怒鳴り声を上げた。


「へぃ、すんません!」

 男達は頭を上げずに返事して、雛枝に言われたかままに下がっていく。


 ...うん、分かってたよ、雛枝もこの人達と同類だって事を。

 いや、「同類」だと決めつけるのはまだ早いじゃない?これからの教育で、俺達一般人側へ戻って来れるかもしれない。

 やんちゃな妹を真人間に調教する...はっ、しまった!ヒスイちゃんが隣にいる!


「ひ、ヒスイちゃん。今の聞いた?」

 恐る恐るにヒスイちゃんに確認した。


「うん!」

 ヒスイちゃんが元気よく返事した。


 何という事だ。

 俺は自分の薄汚れた変態思考を、ピュアなヒスイちゃんに聞かせてしまった!俺の所為で、純白だったヒスイちゃんが汚れてしまった!


「薄汚れてるの?」

 ヒスイちゃんが無邪気に俺に尋ねた。

「今まで、ヒスイは読んでも、誰にも意味を聞いてませんでした。

 でも、ななえお姉ちゃんが重要だと思う事、ヒスイ、全部知りたいです。」


 意味を聞いてない?

 人の頭の中を読めても、意味が分からなければ理解できない?

 そんなの、あり得る?

 けど、丁度この時に、雛枝が階段に上がって帰ってきた。


「姉様、ごめんね。怖くなかった。」

「怖い?あり得ませぬよ!」

 意味もなく強がりをした。


 ヒスイちゃんがどのように読心(サトリ)するのに興味はあるし、ヒスイちゃんの質問にも答えなきゃいけないと思うが、今は一先ずそれは置いておこう。

 そう思って、俺はヒスイちゃんを見つめた。


「うん、分かりました。」

 ヒスイちゃんは大きく頷いた。


 可愛いな、ヒスイちゃん。ホント、可愛い。

 見た目だけの話じゃない、素直に言う事を聞いてくれるところもまた可愛いポイント。サトリだから、こっちは()()()()()で、言葉を伝えられる。

 でもな、ヒスイちゃん。さっきのは小さく頷いただけでいいんだよ。自分がサトリ族である事、あまり人に知られたくないでしょう?

 俺はヒスイちゃんのように読心術はできないが、簡単な意思表示くらいは読めるぞ。


「何が分かった?」

 ヒスイちゃんの言葉にあき君が反応した。

 よりによって、あき君が最初に反応した。


「えっとね...」

 そして、ヒスイちゃんが答えようとした。


「あき君!」

 止めなきゃと思って、俺はうっかりあき君に声を掛けた。

 やっちまった。今はまだあき君と話したくないのに...


「え?あっ、ななちゃん?」

 あき君が驚いて俺を見た。その顔、気のせいか少し嬉しそうだった。


「...私のヒスイちゃんに近づくな。」

 声を掛けてしまった以上、返事はしなきゃいけない。

 けど、特に何かを思いつかなかった俺はその結果、思ってもいない事をあき君に言った。

 ...いや、ちょっとは思っていたかも。

 前々から、あき君とヒスイちゃんの距離が近い事に俺は問題視していたから、今の言葉がその表れだろうな。


「あっ...うん。」

 俺に理不尽に怒鳴られたあき君はばつが悪そうに、俺から目を逸らした。


 またやっちまった...

 でも、今更あき君に謝れない。


「雛枝、下りよっ。」

 戻ってきた雛枝の手を引っ張って、階段を下りようとした。

 そんな俺に対して、雛枝は...


「はい!」

 ...これ以上にない程の笑顔で俺に返事した。

 そう言えば、雛枝はあき君の事が嫌いだったんだな。

 ......

 ...


 山の中の部屋は俺がよく知ってる「土の上の部屋」と違って、一つ一つが穴を掘って作られている。砦に似ているが、石と石の間に隙間がなく、敢えて真っすぐに剃っていない以上基本凸凹な壁だ。

 しかし、掘って部屋を作る以上、「崩落」の危険もある。その辺は「どうやっているの?」と雛枝に聞いたら、「魔法でじゃない?」という適当な返事が返ってきた。


 色んな事に興味を持たないなぁ、雛枝は。

 ただ、彼女の言う事は確かかもな。何せ、この星見山はかの氷山と同じく、中には機械的な物が一つもない、つまり「太古の遺跡」ではない場所、完全にこの世界の人間が作った建物だという事だ。

 作ったというか、掘ったというか...


 そして、雛枝の案内である程度歩いた後、俺達は庭園のような場所で足を止めた。


「姉様とあたしは今から母様に会いに行って来るが、他の人はここで待ってて。

 皆の事は伝えているが、それでもウチは気楽に『遊びに来れる』ような場所じゃない。探検気分で色んなところに行くなよ。」

 そう言って、雛枝はピンと庭園の中心にある池を指さす。

「姉様とあたしがいない間、魚の餌やりでもしといて。」


 花が、咲いている...

 山の中なのに、中!なのに、光の玉が隅々まであって、周りを照らしている...

 よく見ると、光の玉は他より小さく、色も少し変わっていて、太陽に近い色をしている。長時間見つめていると、目がやられてしまいそうだ。


「姉様、行くよ。どうしたの?」

 立ち止まった俺に気づき、雛枝が近寄ってきて、俺が目にしている物を一緒に見た。

「あの花が気になる?」

「花!?」


 驚きな事実!俺が見ていた「光の玉」は()だった。


「雛枝、何の花なの?何で光るの?どういう原理?」

 見た事のない花に俺の好奇心がくすぐられて、すぐさまに雛枝に尋ねた。


「えっと、光を吸収、してるから?」

 多分答えが分からない雛枝だが、頭を傾けて適当な事を言った。


 分からないなら「分からない」と素直に言ってほしいなぁ。


「あれは恐らく『吸光(きゅうこう)(そう)』の花でしょう。

 光を吸収する草と書いて、『吸光(きゅうこう)(そう)』。地下空洞な環境にしか生息しない珍しい花です。」

 花の説明をしながら、望様が登場!いやはや、かっこいいね。


「光を吸収?どうやって?ここは洞窟だよ!

 しかも『吸収』というより、放ってますよ、光を。何で『吸光草』なんですの?」

「『地下空洞に』と言ったが、実際、あの光っている部分は花であり、その植物の根っこでもあるのです。

 この植物、葉っぱだけを地上に伸ばして、日月(にちげ)の光をその葉っぱで吸収しています。その後、吸収した光を長い根を通って、花に送るのです。

 その為、地上ではこの植物が生息しているところが黒くなってて、何も見えません。ただ、(さわ)れば形も分かるので、逆に光ってない分、見つけやすい。

 だから最初に見つけた時は『吸光草』と名付けられたのです。花の部分が見つかったのは大分後の時代で、ようやく、でした。」

「光を吸収して送る!?」


 聞いた事のない植物だ。想像すらできない植物だ!

 異世界では、こんな植物も存在しているのか?ブラックホールじゃあるまいし、光を吸収して黒くなれるのか?

 ありえない!ありえない!!!

 ありえないから面白い!


「じゃじゃ!何で花が光るの?光る理由は何?何の為に?」

「そうですね。一つずつ説明しますね。」

「うんうん!」

「まずは花が光る理由ですが、最初は『生物発光』の一種だと考えられていたけれど、触ってみると微かな熱も放っている事が分かり、近代ではこれが特殊な『光の反射』だと考えられています。

 何せ、この植物には光を()()()()()()()()()、地下に送る必要がありますから。」

「『光合成』とかではないの?」

「そうとも言えるし、違うとも言えますね。

 エネルギーの変換は極端に少なく、酸素も作っているがとても少ない、目的はあくまで光を地下空洞に送る為ですから。

 目視も困難故、『絶対正しい』と言える研究結果が未だにありません。」

「ほー~ー~...」


 自分の声が震えているのが分かる。

 仕方ないよな。完全に見た事のない生物はこれが初めてだからだ!

 いや、待って。初めて?いやいやいや!

 もう何度もあってるじゃないか?

 ここの人間...魔法を使えるここの人間!俺にとって「見た事のない生物」じゃないか!

 いつの間にかこの事に慣れてしまって、ワクワクしなくなったけど...俺は「異世界」にいるんだ!


「望様は博識ですね。」

 ここに住む雛枝よりも、この花の知識がある望様に羨望な眼差しを送った。

 この金髪、ここでは外国人だぜ!なのに知ってるとか、凄くない?


「担当教科ではないが、先生ですから。」

 そして、この謙虚さと素敵な笑顔、モテる男の鑑だな。

 為になる。


「それでそれで!続きは?光る理由は?」

 俺は望様を催促した。

 が、その時、雛枝が俺の手を掴んだ。


「ねぇ、姉様。そんなの聞いて、面白い?何の役にも立たないんだけど。」

「え?」


 面白い面白くないとか、役に立たないとか...何言ってんの、雛枝は?


「雛枝は『面白くない』と思ってるの?」

「だって、あたし、生物学者になるつもりないし。『冬休みの間でも勉強』は嫌だよ。

 こんな知識を学んでも、一般科目の試験に出ないよ。」


 試験に出ないから勉強しない?

 ...いや、そうかも。

 考えてみれば、俺も自分の世界の植物に大して興味はなかった。今日、光を放つこの花を見るまでは、この世界の植物にも興味はなかった。

 意外にも沢山の面白い事が自分の身近にあるが、それを「当たり前」と思っている人はソレに気づけない。「当たり前」と思ってしまったら、そこで思考が止まる。


 ...だから「旅行」か。

 今更ながら、お父様が言った「見識を広める」という言葉が理解した。

 ありがとう、お父様!イケメンの癖に、やるじゃないか!


「雛枝、機会を見つけたら、『日の国』にも遊びに来てよ。見せたいものが一杯ある、楽しいと思うよ。」

 衝動的に雛枝を誘った。

 きっと、ここに住む雛枝にとって、日の国は「幻想的な陸の上世界」。彼女に日の国の景色を見せれば、また世界を「面白い」と思ってくれる筈だ。


「姉様...」

 俺の誘いを聞いた後、雛枝は俺に背中を向けて、小さな声で「姉様があたしを誘った」と何度も呟いた。

 そして突然、大声で「姉様」と言って、俺に抱き付いた。


「姉様姉様姉様姉様姉様姉様姉様姉様姉様!」

「ちょ、テンション高いよ、雛枝!私もだけど!」


 俺は雛枝と抱き合って、二人一緒に何度もジャンプした。陸に上がった魚のように!


「二人はやはり『双子』ですね。」

 望様から生暖かい視線が送られてきた。その言葉を聞いて、俺は「何を今更?」と思った。


「先程游房を出た時の事、覚えてます?」

「游房を出た時?」


 屈強な男達に迎えられた事を言っているのだろう。あれ以外、特に印象的な出来事はないからな。


「あの時、『見覚えのある光景だな』と思って、ついさっき気づいたのです。

 あれは先日、ななえちゃんの屋敷を離れる時の光景に似てましたね。」


「あ!」

 望様の言葉に(せい)が最初に反応した。それに続いて、ヒスイちゃん達も「そういえば」と反応した。

 そして、俺もこの時に気づいた。今日のマフィア達の「お迎え」は、あの朝のメイド達の「お見送り」にそっくりだ。


「いや、一緒にしないで!絶対に違うから!」

 同じに見えても、可愛いメイド達をあの屈強な男達と一緒にされたくない!


「いや、同じだ。」

 (せい)断言した。

「あの時も、僕はどう反応すればいいのか、分からなかった。

 二人はやはり双子だな。」


「それでも違うの!絶対に違う!私、頼んでないし!早苗が勝手にやっていた事だ!」

「それはここも同じだろ?『頼んでないのに、勝手にやった』。

 ほら。」

「『ほら』じゃない!何で私イジメに急に口数多くなってるの?先まではほぼ無言だったじゃない、(せい)が!」


「まぁまぁ、二人とも...」

 望様が俺と(せい)の仲裁に入った。

「似ていても違う、ですよね。私が変な事を言ったのがよくなかったですね。ごめなさい。」

「いや、望様が謝る事じゃ...」


 というより、ここでそんなフォローをされたら、ますます泥の沼じゃないか!


「雛枝、行くよ!お母様の所に行きましょう!」

 一刻も早く、この場所から離れないと...

 俺、弄るのは好きだが、弄られるのが大嫌いだ。


「何々?どうしたの、姉様?何の話してたの?」

「いいから、お母様の所に()行こう!さあ!」

「ふーん、まあいいか。

 こっちだよ、姉様。」

 そう言って、指差ししながら、雛枝は俺の手を握った。

 人を引っ張って歩くのが好きだな、雛枝は。


「そっちだね!」

 だけど、方向を知った今回、逆に俺は雛枝の手を引っ張った。「あれ?あれあれ?」と雛枝は困惑するが、早くここから離れたい一心で、俺は小走りのように行った。

 ......

 ...


 雛枝と無駄話をしながら、俺達は星見山の貴賓室にあたる部屋に着いた。

 先に着いた蝶水さんは俺達が来たの見て、すぐに扉を開けてくれた。


「ありがとう、蝶水さん。いつから来たの?」

 舎弟頭はメイドの一種?と考えながら、俺は蝶水さんに挨拶した。


「少し前に。」

 それだけを言って、蝶水さんは頭を低くして、口を閉じた。

 やはりメイドっぽいな、蝶水さん。ここでは雛枝のお守なのかな?


「姉様、母様はこっちに急いでるみたい。少しだけ待てて。」

 雛枝は俺を真ん中のソファーに座らせて、隣で俺にくっ付いて座った。

「あたし達を呼んどいて、自分が遅刻するとか、ありえないよね。」


「あはは、私に同意を求めないで。」

 俺は雛枝に苦笑いを見せた。

 俺にとって、「お母様」は全くの他人だから、雛枝のように気楽に「お母様」について話題にできない。

 ...少し緊張してきた。


「ねぇ、雛枝。お母様ってどんな人?」

「母様が?」

 雛枝は指を顎に当てて考え込んだ。

「えっと、気が強い人で、良く大声を出す。頭がいいが、それを驕らず、警戒心が強い。

 けど、あたしの前では偶に泣く、結構我が儘な大人かな?

 意外にも星を見るのが好きで、よく一人で星見山の山頂に上る。あ、『山頂』と言っても、氷上部分である島の事だから。」


 気の強い女の人か...この世界では珍しくない事だな。

 頭がいいが警戒心が強い、か...俺の指輪を作れるたった一人の人だから、賢くない筈がない。けど、「警戒心が強い」というところが気になる、どれ程に「強い」のだろう?

 そして、我が儘...娘相手にのみ我が儘する母親は「良い母親」だろうか?普通は逆じゃないのか?

 星が好き...そう言えば、俺は今まで星空を真面に見た事がないんだよな。チャンスがあれば、山頂?に上って、俺もよく見てみようか。


「どうしよう、雛枝?少し緊張してきた。」

「大丈夫だよ、姉様。母様は組長だけど、あたし達の母親だよ。緊張する事ないって。」

「組長...」


 お母様が組長...何だ、このカオスな設定?

 女の人が「組長」か。

 いや、「女の組長」か。「男の組長」より恐ろしく感じるのはどうしてだろう?


「私、お母様に会うのは初めてて...ほら、記憶喪失してて!

 だから、最初は何を言えばいいのでしょうか?普通な挨拶で良いのかな?」

 地雷は踏まなきゃ分からないが、いきなりは踏みたくない!

 特に女組長の地雷なんかを踏んだら、蝶水さんとはまた違う「命の危機」がある。

「お母様」だから大丈夫だと信じたい。けど...


「奈苗っ!」

 俺達が通った扉が突如と乱暴に開けられた。

 その扉を通って、一人の黒髪の女性が強張った表情でじーっと俺を見つめた。


 お母様だ。

 写真と比べて少し肌が荒れてるが、同じ人だ。

 突然に入って来られたが、俺は「心の準備が出来てないから」と慌てるような人じゃない。

 こういう時は、まず挨拶からだな。


「お久しぶりです、お母様。長らくお会いできなくて、ごめんなさい。

 お母様におかれましては、お元気でいらっしゃる事に嬉しく思います。奈苗もお母様のお陰様で、このように日々元気でいます。」

 ソファーから立ち上がった俺はスカートの裾を摘まんで、淑女(レディ)のような挨拶をしてみた。


 いきなり親子の会話をするのは危険だ。安全策として、俺自身の記憶を思い出した後で、初めてお父様に会った時のと同じ態度を取ろう。


「...ん?」

 暫くしてから体を真っすぐにして、俺はお母様の反応を伺う為に彼女に視線を向けたが、お母様は入ってきたばかりの時と同じ姿勢で立ち止まっていた。

 よく見ると、距離が離れていた所為で分かりにくいが、お母様の体が小刻みに震えていた。


 この反応、どう受け止めればいいのだろうか?

 嬉しさ余りでの緊張?


「あの、お母様?」

「っ!」

 少し心配になった俺はお母様に近寄ろうとしたが、俺が歩き出した瞬間、お母様が急に俺に背中を向けた。


「蝶水!蝶水はどこ?」

 外に向かって大声を出すお母様。


「は、はい!どうしました、組長?」

 慌てて入って来る蝶水さん。


「あんた、今から奈苗の護衛だ。奈苗がここにいる間、危険な目に遭わせるな。

 いい?」

「ぁ、はい...分かりました。」


 蝶水さんに突然な指示を与えたお母様が、入ってきたばかりであるにも拘らず、急に出ようとした。

 その行動、俺が彼女に近寄ろうとした直後に起こった。俺が何か変な事をしたのかと、狐につままれたような気持ちだ。


 顔も体型も雛枝と同じだから、「馴染めない」って事もないと思うか...実の娘に会いたくないのか?

 考えたくないけど、実は「正体を見抜ける力」的なスキルを持っていて、この体の中にいるのは彼女の娘ではなく俺である事を見抜いたとか?


「ちょっと母様!酷いじゃないか!」

 雛枝が部屋を出ようとしたお母様に駆け寄って、手を掴んで止めた。

「折角姉様が会いに来たのに、一言も言わないで帰る親はいるかよ!」


 一応足を止めたお母様だが、それでも俺に背中を向けたまま振り返らない。

 その心の内を理解したいが、何となく、俺だけがこれ以上お母様に近づかない方がいいと思った。


「だから、何よ?『会いたい』って言ってたじゃん!」

 雛枝が呆れた声を出した。

 どうやらお母様と雛枝の二人が会話をしてようだが、雛枝の声だけが俺の方にも伝わってきて、お母様の声が聞こえて来ない。


祝福の指輪(デザイア)二号も成功してるみたいだし、姉様が直接会いに来たのに、何で急に...」

 言いながら、雛枝はお母様の正面に回り、見つめ合った。

 が、その直後、俺のところに雛枝の声も聞こえて来なくなった。


 なんだか仲間はずれにされた気分。

 ...考えてみれば、この世界では確かに「仲間はずれ」だな、俺は。たった一人の「異世界人」だもの。


 蝶水さんの方に目を遣った。

 表情だけからの判断だが、蝶水さんの方も何が起こっているのかが分からなく、目をチョロチョロとお母様の方を見ないようにしている。


「姉様、ごめんなさい。先に庭の方に戻ってくれる?」

「え?」

「あたしは少し、母様といる。姉様は蝶水と一緒に、庭で待ってて。」

「あぁ、えっと...わ、わかっ...分かった。」

 モヤッとした気持ちになったが、一先ず雛枝に頷いた。

 雛枝はその後、母様と一緒に部屋を出て別の部屋に行ったが、残された俺は暫く釈然としない気持ちが続いた。


 何だこれ?何だ、これ!?

 駆け足で入ってきて、名前を呼んだだけで満足して、そして勝手に出て行った?

 俺の方は挨拶をしただけで、特に変な事もしていないのに、まるで俺から逃げるように出て行った?

 別に特に「会いたい」と思っていないけど、会った途端に逃げられるってどういう状況?フィールドでラスボスと何故かエンカウントしたプレイヤーの反応?

 何だこれ?俺はお化けか何かが?


 何だよ、これ...

 聞きたい事があったのに...

 もしかして、偶然、一緒に星を見る機会とか、思ったのに...

「お母様」と、呼んだのに...


「あの、お嬢の(あね)さん...?」

 蝶水さんが俺の顔色を伺いながら近寄ってきた。一歩ずつ、野良猫を発見した猫厨のように身を低くして、近寄ってきた。


 気を張らなくてもいいのに...


「奈苗でいい。毎回『お嬢の(あね)さん』とか...」

 長いし、うざい。

 ...という言葉を何とか喉の奥に押し込めた!

 あっぷねぇ!貞淑なお嬢様の皮が剥がれそうになってた。


「組長の娘に呼び捨ては無理です、御隠居様に殺されちまうんで。」

「『御隠居』?」

「組長の親父(おやじ)さんの事です、実の。お嬢と、えっと...(あね)さんの祖父です。」


 躊躇した末で「(あね)さん」か。まるで俺が蝶水さんの(あね)になったみたいだな。


「雛枝にお嬢と呼んでるが、同じ『お嬢』だと紛らわしいもんね。」

「すんません。」

「なら、雛枝の姉だけど、私は別に喰鮫組(ここ)の一員じゃないので、『守澄』と苗字で呼んだら?」

「それはそれで、お嬢に申し訳ない気が...」

「めんどくさいな...」

「すいません。」


 事あるごとに「すみません」と言う蝶水さん、イラつく。

 だめだ!今は心がモヤモヤしていて、少しの事で怒りを感じてしまう。

「はぁ」と深呼吸する。


「もう『(あね)さん』でいいよ、蝶水さん。ただの呼称だし。

『名前』だって、ただの呼称だし、ね。」

 人と人を区別する記号に過ぎないモノに、過度の拘りはしない。

 年の差がかなりあるけど...実際の中にいる俺よりも年上っぽいが、今は呼び名を考えるのもめんどくさい。年上だけど、「(あね)さん」と呼ばせてもらおう。


「そんな物臭(ものぐさ)...いや、何でもありません。」

 名前を「ただの呼称」と一蹴した俺に蝶水さんが反論しようとしたが、途中で止めた。

 俺と同様に「呼び名決め」をめんどくさいと思ったのかもしれない。


「はぁ...」

 ソファーに再び腰掛けて、そのまま倒れるようにソファーの上で横になった。

「お母様...」


 ......あれ?

 意識してやった訳じゃないのに、何故か口が勝手に「お母様」という言葉を漏らした。

 俺の実の母親でもないのに、おかしいな。


「蝶水さんは両親...どんな両親だ?」

「特に言えることは、はい。

 普通の両親です。」

「そ。」

 聞いてみたが、特に興味を持たなかった俺。


 大分心がヤられているね、精神状態がやばい。

 こういう時、ゲームとかがあればそこに逃げられるが、ない場合の対処方法は確か...楽しい事を考える、だっけ?

 最近、特に楽しいと思った事は...この国に来てからだな!

 海底にある国、氷山、海山、游房、天然水族館、光る玉...あ!


「あの花!」

 全身に力が湧いてきた俺はソファーから飛び上がった。


 そうだった!あの花についての話はまだ途中だった!

 どうやって光を放っているのだろう?どうして光を放つんだろう?

 あの庭園に戻って、望様から続きを聞こう!


「あ、(あね)さん?」

「みんなの所に戻る。

 一緒に来るでしょう、蝶水さん?」

「ご、護衛ですので。」

 そう言って、蝶水さんは俺の後ろについてきた。


 メイド服を着ていないけど、メイドみたいな奴だな。

 まだ顔を見ると「怖い」と思ってしまうけど、「可愛いな」とも思った。

 この時、俺は蝶水さんの事が気になるようになった。


「そう言えば、蝶水さん。

 ずっと『チヨミ、チヨミ』と名前の方を呼んでいるけど、『園崎』の方が良かった?」

 名前はただの記号と俺が勝手に思っているが、他の人にとってやはり大事な物だからな。苗字の方を呼ばれたくない紅葉先生がいい例だ。

 勝手に俺に下の名前で呼ばれていた蝶水さんはどうだろう?下の名前でもオーケー?それともアウト?


「いや、『蝶水』でお願いしやす。盃を交わした時から、苗字も組のモンに変わったと同じっすから。」

「へー、そういうものなのか。」


 マフィアは仲間の事をファミリーと呼ぶけど、この世界でもそうなのかな?

 血とか垂らすのかな?垂らして、飲んじゃったりする?


「じゃ、蝶水さん。私にとっての『夏休みの間』、よろしくお願いしますね。」

「は、はい!任せてください、(あね)さん。必ず、ご期待に添えます!」


 そして、俺と蝶水さんが庭園に戻った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ