第五節 下層部③...純!フルエンシェントアーティファクト
短い!
游房の中に入った俺達は自然と三組に分かれて行動した。
タマを抱えてるヒスイちゃんとあき君、千条院兄妹、そして俺と雛枝。
「ねぇ、雛枝、下の方が広いんだか。」
階段から下へ覗いて、俺は雛枝に「游房の設計ミス」について、皮肉を言った。
游房に入る為の扉は船体の上部にある。その為、この「游房」という乗り物を乗るにはまずその扉に辿り着かなければならない。
その為の仮設階段だ。今考えてみれば仮設階段って、昔、空港で見たあの車で動かす階段と同じだったなぁ。
こっちは車がなく、人の手で押して動かしている。
けど、なぜこの「游房」という乗り物に乗る為に、わざわざああいう階段を使うのだ?
「えぇ、広いよ。住めるように作られた船だから、そりゃもう広いよ。」
俺の言葉をそのまま受け止めて、雛枝は俺の手を取る。
「蝶水、発進して。」
そう言った後、雛枝は俺に「下見に行こう」と言って、歩き出した。
俺は一度他の二組を見た。みんなそれぞれ、楽しそうにしていた。
全員が游房から外に出て、何処かに行く訳がないだろうと思ったので、俺は特に挨拶を交わさず、雛枝に引っ張られて、船内の階段を下りた。
2階。
「食堂と厨房、後娯楽設備が多く置いてる多目的部屋がここだね。」
「広〜い!按摩椅子があるよ!」
俺は自分の目の前にある四つの変なソファーを触る。
「動くのかな?」
「動くよ。座ってみる?」
「わーい!」
そのうちの一つに腰掛けた。
「スイッチ〜スイッチ〜っと。」
見つけたスイッチを押して、仰向けになる。
「うわ~、本当に動く!何で動かしているのかな?電気?」
「姉様、遅れてる~!
こっちではもう直接『魔力』で動かしているよ。」
「魔力で?」
「昔は雷系の魔法を一度発動してから動かすのが主流だが、これはその過程を省略した最新の技術だよ。
後ろに黒い箱があるでしょう?」
どうやらこのマッサージ椅子の後ろに何かがあるみたいだ。
一度立ち上がって、後ろに回って見てみたいが、だるいので、手だけ後ろに伸ばしてそれを触ってみた。
「なんかあるね。」
雛枝が言う「黒い箱」なのだろうか。割とどうでもいいなぁ。
「あ〜、気持ちぃ。肩気持ちぃ。」
いつも何か重いものが肩に乗っていた感じで、下に引っ張られていた感じで、いつの間にか、肩が痛くなるのだよ。
...何かに憑かれているのか?
「直接魔力を使って動く按摩椅子があるとか、時代がここまで進んだか...」
「その言い方、ちょっとババァ臭いよ、姉様。」
笑って俺をディスる雛枝。
「せめて『お年寄り』と言いなさい。」
マッサージ椅子のお陰で、俺の心が穏やかである。
「ん?」
ふっと、違和感があった。
「魔力を使っているなら、これは『魔道具』という事?」
魔道具なら、使用者の魔力を使う為、使用者である俺は直ぐに気分が悪くなる筈では...?
「魔道具?魔道具じゃないよ、姉様。
ずっと魔道具だと思ってた?」
「違うの?」
「これは『神の遺物』だよ、姉様。
あたし達が今入っているこの游房そのものが『神の遺産』だよ。ずっと何だと思ってた?」
「...あぁん。」
考えれば分かる事だか...
俺は今日、まずは厚着じゃなく、雛枝とほぼ同じくらいの服しか着込んでいない。
ホテルは「人工保温」であり、出るまでは特に「寒い」と感じていない。出た後少しは寒くなったが、氷山の中で、しかも長い階段を下りていたから、身体が温まっている。
そして、この游房。入ってから暫く経っても特に寒く感じなかった。
同じ「人工保温」なのかもしれないからと、俺は深く追究していなかったが、こっちのはただ単に「暖房が点いていた」という「太古の遺産」ならではの理由だったのか。
「人工保温」の方も特に考えていなかったな。魔法じゃないと知ってるが、仕組みについて何も考えていなかった。
...俺らしくない...
「って事は、なに?私達は今、その『神の持ち物』を使っているのか?」
「大袈裟だな、姉様は。物はただの物、元の持ち主が誰なのか関係ない。
大袈裟に神の!と強調しなくていいよ。
神だって、そんな大したものじゃないよ。」
意外な事に、雛枝はこの世界の人間なのに、俺と同じく「神に不敬」な人間だった。
「どうやって動かしているのだ?エネルギーは何を使ってるんだ?
石油?ガス?電気?」
「さっきも言ったじゃないか、姉様。ホント、姉様は遅れてるね。」
雛枝は徐に左手を上げて、突然、その手が見えなくなった。
彼女自身の物入り結界から、何かを取り出そうとしていると、俺はすぐに気づいた。色んな人で何回も目にした光景なのに、今もまだちょっと慣れていない。
「これ。」
雛枝が小さな青色のポーションを取り出して、俺に渡した。
「これがエネルギーだよ。」
「ポーション...魔力を使ってるのか。」
魔力を使って動く太古の遺物、氷の国に来た時に乗ったヘリコプターと同じタイプの物。
「研究はまだ続けていると聞いているが、この国では既に実用化したの?」
「え?」
雛枝は面食らった表情を見せた。
「魔法で魔力をエネルギーに変えるだけだよ。何で『研究』するんだ?」
「え?」
魔法で魔力をエネルギーに...?
ん...?
ダメだ!雛枝の言葉が分からない!
...でも、今度はきちんと追究しよう。
「魔力をエネルギーに使うという発想、多分私達のお父様からだと思う。
お父様は何年前から『危険な燃料』の代わりに、魔力で太古の遺物を動かす研究をしていた。そう聞いた。
それはこの游房も同じか?『同じ』というか、魔力を使って動かしているのか?」
「魔力で動かす?そんなの、ありえないでしょう?」
「え?」
「そんな...都合よく『神様が残した物』を改造できる人なんて、いないじゃん。修復が精一杯だよ。」
「だったら、どうやって魔力で...?」
「『魔力で』じゃない。魔力をエネルギーに変えるんだよ。」
「例えばこれ!」
雛枝は俺が腰かけてるマッサージ椅子を叩く。
「コレを動かしているのは『電気』、姉様も知ってる事だね。
雷系の魔法で少しずつこの機械に電気を注げば、何とか動かす事が出来るのは想像できるよね。」
「まぁ...」
俺は相づちを打った。
言ってる事が分かるが、言いたい事が分からない。
「だったら、『電撃』などの魔法を発動する魔法陣を書いて、ポーションとなった魔力を少しずつ注ぎ込んで発動させれば、魔力で電気が生成されて、『太古の遺物』を動かせる。
簡単でしょう?」
「......」
先を越されたか。
思いつかなかった訳じゃない。
誰にも伝えていなかったが、いつかは誰かに言おうと思っていた。
ただ、既に誰かがそれを思いついて、更に実行していたとは...行動力に関して、俺の負けだな。
「頭を柔軟に、思考を自由に!
みんな、頭が固いんだよ!ちょっと考え方を変えれば、すぐ思いつく事でしょうに!」
「え?もしかして、雛枝がそれを提案したのか?」
「そうだよ、姉様。
まだ幼い頃のあたしがみんなに勧めたんだ。
そして、見事に成功したんだよ!えっへん!」
雛枝がまたも天狗になっていた。少しムカつきました♡。
「ねぇ、雛枝。游房を1時間動かすにはどれくらいの魔力が必要だ?」
「え?」
「移動速度によって変わる燃料の消費量も考慮して、最大速度で走らせれば、加速度などの要因も考慮した最終距離はどのくらい?その場合の魔力消費はどのくらい?エネルギー変換率は?どのくらいの魔力ロスが出る?酸素の消費からの影響は?最大乗船者数での船体の重さと、それによる移動速度変化、機械操作による余計な魔力の消費...」
「ちょ、ちょっと待ってください、姉様!」
雛枝は頭を俯かせて、両手の平を俺に見せた。
「そういう細かいのは、あたし、専門家に任せるべきと思うんだよ。」
「別に難しい質問じゃないでしょう?私達の歳なら、そろそろ授業で勉強する頃だと思う。」
「勉強...」
雛枝が心底嫌そうな顔をして、目を虚空に向けた。
「もうしたくないなぁ。」
「『したくない』って...」
俺は雛枝を見つめて、同じ勉強嫌いだった妹に言った事のある言葉を彼女に掛けた。
「バーカ。」
「なっ、姉様!?」
あまりの事なのか、雛枝の顔が真っ赤になって、俺を睨み、初めて俺に怒った顔を見せた。
「あ、あたしは姉様のような天才じゃないもん!でも、バカじゃないもん!」
まったく...言い訳が妹にそっくりだ!
妹って、こういうものなのかもしれないなぁ。
「『天才』なんていないよ。私は毎日努力してるから。」
「あっ...」
雛枝が黙った。そして、また俯いて、一人で考え込んだ。
俺の苦心を理解したのか、それとも反撃の言葉を考えているのか。
どちらにせよ、俺はこれ以上、この話題を続けさせたくない。
「さっき、適当に口にした言葉だったか、その中から本気で知りたい事が一つあるのを、今気づいた。」
「え?
あ、はい。なに?」
「呼吸する私達には酸素が必要だが、この游房の中に、私達の何日分酸素があるのだ?
切れる前に補充しておかなきゃ、ね?」
「大丈夫だよ。永遠に海底にいても全然平気だ。」
「それは心強い。
それ程の酸素がどこかに保管しているのか。」
しかし、「永遠」は言い過ぎでしょう。どれだけ多くても、何世代も渡れば、流石に使え切るでしょう。
「保管とかしてない。游房が常に水の中から酸素を作っているんだから。」
「...へ、へぇ~」
ちょっと予想外。
「そんな機械、既にあったのか。
それとも魔法?」
「魔法で出来ないよ。いや、やった事がないだけ、出来るかも。」
「つまり機械?すごく興味があるのだが、どういう仕組み?」
「あー、あたしに聞かれても...
神の技術の結晶だから、人間は作れないじゃない?」
この世界の「神」というものは俺的には「科学を極めた人間」だ。
だから、「科学」を理解できれば、「太古の遺物」も作れない事はないと思う。
「研究する人はいなかったの?」
「むー、知らない。居るかもね。」
「でも、『知らない』ね?」
「うん、気にした事がないからね。
ただ、『動かし続けなければ、空気が無くなる』と言われてる。どこかで誰かが研究しているかもね。」
そう言って、雛枝は床を見て、片足で何度もステップした。
飽きたようだな。
俺もどちらかというと、詳しい仕組みについてあまり興味がないんだ。
水中で動き続ける魚のように、「動かし続けなければ、空気が無くなる」か。
分かったのはこれくらいの事だが、満足した。
「次の階、1階に行こう。」
マッサージ椅子が止まった後、俺は立ち上がった。
「うん!行こっ、姉様!」
雛枝は何かから解放されたような表情を見せて、また俺の手を引っ張って歩き出した。
1階。
三階に分かれた游房の最下階は意外にも?若しくは予想通りに?乗船客用の寝室ルームだった。
「一つ一つ小さいけど、『シャワー室付き』だよ。
しかも...」
そう言い乍ら、雛枝の手は一回壁に触れた。
すると、それに反応するように、掌サイズの壁が上に動き、小さな凹みが現れた。
「Fantastic!?」
「え?」
「いや、何でもない。偶に電波受信するので。」
「ぷっ、それ大丈夫?」
雛枝は笑って、それ以上は気にしなかった。
雛枝は手を凹みの中に入れて、「ここにボタンが...」と言い、それを押した。
すると、全ての部屋の壁が沈むように下に動き、最後は1階全体が一つ大きな部屋になった。
「ここ、大人数で過ごす事にも対応してる。すごくない?」
「へ〜。」
確かに凄い。
凄いが...
「雛枝。私に『凄〜い』と言わせたいだろうが、残念ながらそうはいかない。」
「言ってるし。」
さり気のないツッコミにはスルーが最適返し。
「この游房、ここだけでも一つ以上の設計ミスがある。」
俺は歩き出し、身体を回しながら1階全体を指さす。
「寝る所なのに、さっきのあのボタンを押せば、壁が勝手に下に収納され、個々人のプライバシーが保護されない。」
「そんな事?」
「...あれ?」
俺に「鋭い指摘」された雛枝は冷静だった。
どうやら、今回の予想はハズレのようだ。
「姉様、こっちに来て。」
「うん。」
言われたかままに、俺は雛枝に近寄った。
「ここ、見て。」
そう言って、雛枝は先と同じように、手で別の壁を触れた。
「ここにもボタンがある。」
壁がさっきのと同じように上昇し、小さい凹みが現れた。
その中にも、何かのボタンがあるのだろうな。
「これを押すと...」
そう言って、ボタンを押した雛枝。次の瞬間、俺と雛枝の周りに壁が床から上がってきた。
「このようなボタンは部屋毎に一個ある。それが押されている状態なら、外にあるさっきのボタンをどう押しても、この部屋の壁は消えない。」
「へ~。」
「神」という昔の人間達はちゃんとそこまで考えているのだな。
感心、感心。
「あまり驚いてないね。」
「予想内であるからね。」
「『予想内』?予想内なら、どうしてさっきは間違った事を言ったの?」
「ちゃんと『凄~い』と最初に言ったでしょう?ふふ。」
小さい部屋の中。
小さすぎて「閉塞感」があってもおかしくないのに、この部屋だと「安心感」の方が強く感じる。
そう思って、俺はベッドの上に腰を掛けるが、そのまま身を倒して横になった。
「外に出る扉、やはり3階にしかないね。」
「ここにはないね。2階にもないね。
夏になると水位がかなり低くなるから、上のあの扉が丁度いい高さなんだよ。」
「へ~、知らなかったね。
夏だと水位が下がるのか。どうして?」
「どうしてでしょうね?
空の日月がこっちに近づいて、海を押してるからと言われたが、よく分かんないね。」
「海を、押す...」
夏と言えば、今の日の国は「夏」だ...となると、雛枝の話を...一緒に考えると、今、ここは...ふ、ゆ...
横になった所為か、少し眠くなった。
そんな俺を見て、雛枝は何を思ったか、同じベッドに上って、覆い被さるように俺の上に乗った。
「姉様、大好き。」
まるで愛の告白のようなセリフだ。
雛枝には「私」への記憶があり、それ故に「姉様大好き」と好きの感情が俺に言える。
しかし、俺は雛枝の事を知らない。可愛い女の子だから、男として普通に好きだが、その「好き」は雛枝の「好き」と同列に語りたくない。
なので、彼女に「好き」・「会いたかった」などの事を言われると、同じ言葉が返せなくて、いつも困っている。
雛枝を傷つけたくないが、嘘も言いたくない。
「雛枝。私、記憶がなっ...」
言葉の途中で、雛枝の指が俺の唇に当たった。
「あたしが一方的に言ってるだけで、姉様はあたしに合わせなくて良いよ。
あたしは姉様が大好きで、だから『大好き』と言うけど、姉様はあたしに合わせて『好き』と言わなくて良い。そんな事で、あたしの姉様が好きという気持ちは変わらない。
あたしが勝手に、姉様が大好きなんだから。」
そう言って、雛枝は微笑みを見せた。
その微笑みは少し寂しそうで、悲しそうで、どこからか「諦め」の感情も伝わってくる。
俺は女の子が悲しむ顔、本当に嫌い。
心が打たれて感動する事もあるが、出来れば見たくない。
「大昔に、この世界で生きていた『神様』は、実は怠け者でね。
光を出す『電灯』というものを造ったが、電灯の点き消しに使うスイッチを押すために歩くのが嫌で、わざわざ寝起きする部屋の入り口と寝台近くと、二つの所にスイッチを設置する。」
「姉様、急にどうした?」
「彼らの中には『好き』という気持ちがあるのに、『好き』と言いたくない怠け者もいる。
言葉にしたくないが、相手に理解して欲しい、とても我が儘な人達だ。」
ツンデレ...確かそう呼ばれていたな。
眠気の所為で、自分が何を言っているのか、なにが言いたいのか、分からない。
ただ、人は別に「意味のある言葉」しか言えない!訳じゃないだろう?
訳の分からない事を言っても、いいんじゃないか?
「私は我が儘だ。分かってくれ。」
そう言った後、俺は目を閉じて、「夢を求める」事にした。
「分かったよ、姉様。」
雛枝の声が耳に入り、そのすぐ後にベッドの揺らぎを感じた。
俺を覆い被せていた雛枝は、どうやら俺の隣で一緒に横になっていたようだ。
「あ、姉様が何を言ったのかがよく分からなかったが、姉様の気持ちは分かったという意味で、『分かった』と言ったのだが、それで『本当に分かった?』と聞かれたら、『むー、多分?』と返してしまうけど、別に分からないのに、嘘で『分かった』と言った訳じゃなくて、『気持ち的に分かった』というか、『それ、分かってないで意味じゃん?』と突っ込まれたら、あたしは何も言い返せないけど、それで...」
「はい、ストップ!」
突然の耳元での長文返事、眠気が吹っ飛んだ!
目を開けて、眠りを邪魔された事の怒りを雛枝に見せる為、頭を動かして雛枝の顔を見る。
が、そこには下を出して、悪戯な笑みを見せた雛枝がいた。
俺は彼女のその行動に度肝を抜かれて、一瞬だけだが、思考停止した。
「お休み、姉様。」
そう言って、雛枝は目を閉じて、「クレームは一切受け付けません」の態度を見せた。
なるほど、彼女は俺に一矢を報いたのか。
ははっ、何の為?訳が分からない!
小さく響く雛枝の寝息を聞いて、一度消えた眠気が釣られて戻ってきた。
もういい。
欲望に身を任せて、俺も少し休もう。
...今朝は本当...大変、だった...




