第五節 下層部②...游房
描写が下手故、すみませんが、皆様の妄想力で補って下さい。
「雛枝、実は私、ずっと機嫌悪かったんだよ。」
俺は目の前の光景から目を逸らさずに、独り言みたいに雛枝に話しかけた。
「姉様が機嫌悪くなるような事、ないんだよ。」
雛枝は俺が機嫌悪い理由について、全く心当たりがないとみた。
あの後、すぐに警察が来ると思い込んで、俺達は雛枝が暴れた階に留まったが、約二時間以上経った後、ようやく当区域の警察がゆっくりと歩いてきた。そののんびりさについて理由を聞く訳にもいかないので、イラつきを警察達に見せないで、事情聴取だけその場でされた。
余計な事を喋らず、自分が見たまま、だけど出来るだけ正確に起った事を、俺は俺の担当警官に説明した。しかし、話を聞いている警官の方はそれ程に興味を見せず、「あぁ、そう」を連発して、仕舞には一回欠伸を堂々とした。
この世界の「警察組織」は国によって作られたものではなく、貧乏貴族がお金を稼ぐために作られたもの。
それは知っているが、「警察」という名称が使われているので、それなりに真っ当な組織だと思っていた。が、国・区域によっては、チンピラレベルの「警察組織」もあるようだ。
更に残念な事はその直後に起こった。
話を真面目に聞いていない俺の担当警官が「最後にもう一度確認」と前もって言って、俺が確かに伝えた「この惨状を作った人の名前」を聞いてきた。
落ち着いて再び状況説明をしようとしたら、隣の雛枝が大声で「喰鮫組の喰鮫雛枝だ!」と言った。それを聞いた警官はなんと!態度を一変して、作り笑顔まで俺達に見せた。
そして、俺達は何のお咎めもなしに解放された。壊れた場所の修理もしなくてよく、俺達は警官達に敬礼された状態で、階段を下りた。
雛枝は実家がマフィアだと言っていた。その実家の名前「喰鮫組」を言った結果、「警察」が媚だ笑みを俺達に見せた。
警察が暴力団に屈した瞬間を目の当たりにした。
そんな事を思ったら、俺はこの上なく怒りを感じた。雛枝達にその怒りをぶつける事はしなかったが、彼女達に声を掛けられても生返事ばかりと、ずっと機嫌が悪かった。
だけど、最下層に着いた瞬間、何もかもがどうでもよくなった!
「地下空洞ぉ!」
俺達は今、高さ約五十メートル超え、広さがパッと見て分からない位広い空間にいる。
「百万人くらい入れるじゃない、ここ?どんだけ広いんだ!
しかも、出口がなく、だけど真ん中に湖に見える水溜まりがある!
つまり、この湖が唯一の出口!そこを通って、別の場所に行く!
つまり、氷の国は海底にある、という事!」
期待が大きければ、失望も大きい。
なので、期待しないように心掛けていたが、「驚きの結果」が予想以上に素晴らしく、用心する必要はなかった!
「雛枝!」
「はい、姉様!」
「ここ、最高だね!」
「はい!最高よね、姉様!」
俺は雛枝の手を取って、きゃっきゃっと少女のように燥いだ。
「あき君!私、今は普通よね?普通の筈よね?」
「え、えぇ。ここはまだ範囲内の筈...大丈夫か、ななちゃん?」
「大丈夫じゃない!すっごく興奮してる!
ここも素晴らしいが、ただの港に過ぎない!これから行く場所を考えると、更に行く方法を考えると...むぅぅぅぅ!堪らん!」
身悶え、何かを抱き締めたくて仕方がなく、偶々隣でくっついて歩くタマを目にした。
「タマぁあああ!」
「にゃっ!?」
モフモフなタマを捕まえようと素早く手を伸ばしたが、タマはそれよりも素早い動きで避けた。
流石猫!でも、今の俺は何かを抱き締めたくて、仕方がないんだ!
他には?何が抱き締められても大丈夫なモノ?
雛枝に目を向く。
「ひっ!な、何か寒気が...」
そう呟く雛枝、俺を見て警戒してる。
双子の妹だが、見た目美少女だから、抱き着くのは俺にとってハードル高い。
あき君に目を向く。
「な、何かな...?」
冷や汗を流しながら顔を背く、横目でチラッと俺を見るあき君。
心の性別が同性でも、体の性別は異性。心の性別的にスキンシップもオッケーだが、思春期少年あき君の為に遠慮しておこう。
「ナナエおねえちゃーん!」
少し離れた場所から、ヒスイちゃんの声がした。
そこに目を向けると、小さな人影が俺に向かって来た。
「ヒスイちゃん?」
どうしてヒスイちゃんがここに居るのだろう?
そう思い乍ら、俺はしゃがんで、ヒスイちゃんに向かって両手を広げた。
「迎えに来ました!」
俺の懐に飛び込んで、嬉しそうにしていたヒスイちゃん。
「そうか!よしよし。」
ヒスイちゃんを強く抱きしめて、頭を撫でて「何かを抱き締めたい衝動」を解消する俺。
ウィンウィン!
「く、苦しい...あっ、輝明お兄ちゃん、こんにちは。」
「こんにちは、翡翠ちゃん。昨日ぶり。」
俺を間に挟んで、勝手に挨拶を交わす二人。
が、今の俺は「全てを許せる」心の広い人間である。
「雛枝、紹介するね。」
俺はヒスイちゃんを抱き上げて、雛枝に話しかける。
「この子は翡翠、私の義理の妹だ。」
「へ~、妹なんた。」
雛枝はヒスイちゃんの顔を覗き込む。
「初めまして、翡翠ちゃん。私は喰鮫雛枝、この人の双子の妹だよ。」
雛枝は一度俺の顔を見て、またヒスイちゃんに目を向ける。
「なので、貴女のもう一人の姉になるね。よろしくね。」
「は、初めまして...ヒスイ、翡翠と言います。
よろしくお願いします。」
ヒスイちゃんは久しぶりに噛み噛みに喋った。
その後は強く俺にしがみつき、更に顔を俺の懐に埋めて隠した。
恥ずかしいのか?
それより、ヒスイちゃんは何で雛枝に対して、人見知りしてるんだ?
「...姉様。」
ヒスイちゃんの行動に、雛枝は何とも言えない表情を見せた。
「あたし達、双子よね?」
「あー、まぁ...」
少し思考した後、俺は自分の考えを雛枝に伝える事にした。
「ヒスイちゃんは人見知りなのは、何となく分かるね。」
「はい。」
「でも、私達は双子、同じ顔だよね。」
「だから『変だな』と思った。」
同じ顔なのに、ヒスイちゃんの「人見知り」アビリティが発動した。特殊すぎる例なので、今まで気づかなかったが...
「ヒスイちゃんは外見ではなく、『中身』で人を認識しているんだ。」
「中身?」
「中身。」
今回の「双子」という特殊な例がなかったら、一生気づかなかった事かも知れないが、「サトリ族」のヒスイちゃんは外見より、その人の心で誰なのかを認識するようだ。
「あたしと同じ、『魔力』で、という事なのか?」
「いや、そうじゃない。そうじゃないか...」
別に隠すような事じゃないのかも知れないが、言いふらしたくない。
だから、雛枝に伝えるかどうかを戸惑ったが、懐の中のヒスイちゃんが小さな声で「いいよ」と言ったので、隠さない事にした。
「ヒスイちゃんは『サトリ』なのだ。人の心が読める、あの『サトリ族』。」
「『サトリ族』?初めて聞いた。
でも、なるほど。納得したよ。」
雛枝が「うんうん」と頷いた。
だけど、俺は雛枝が口にした事が気になった。
「初めて?今まで『サトリ』を聞いた事がないの?」
「ないわね。偶々、この国にない種族かも。」
ふむ、そういう事もあるかもしれない。
考えてみれば、今の俺達は「外国」にいるんだよな。文化、風習、価値観...色んなものが違うかもしれない。
...言語の壁はなかった、ラッキーな事に。
「翡翠ちゃん、お姉ちゃんに顔を見せてくれない?」
雛枝がヒスイちゃんに話しかける。
「翡翠ちゃんが『サトリ』なら、ちょっと試したい事があるの。」
俺に抱っこされたままのヒスイちゃんは俺を見上げて、だけど何も言わなかった。
その綺麗な眼を見つめ返して、心を読めない俺だが、何となくヒスイちゃんの考えが分かった。
なので、俺はヒスイちゃんを降ろした。
「ごめんなさい、クイさん。ヒスイ、失礼を致しました。」
俺の手を掴んだままだが、床に足を着けたヒスイちゃんは雛枝に向き合って、深いお辞儀をした。
「『クイさん』って、あたしが?違うよ、喰鮫だよ。」
ヒスイちゃんのミス?を訂正する雛枝だが、口調からして、特に気にしていない様子だった。
「それより、今のあたしの心を読んでみて?」
そう言って、雛枝周りの空気が変わった気がする。
「あれ?」
その後すぐ、ヒスイちゃんの様子もおかしくなった。
「どう、読める?」
「読め、ません。初めてです!」
「って事は、成功、だね。」
雛枝が何故か楽しそうな声を出した。
「ちょっと、二人とも!何?どうした?何かあった?」
仲間ハズレされた気分で、とても嫌だ。
「念話のような心で会話する方法...それ以外の方法で、人の心が読める人が居たら、試したい魔法があったんだ。」
「魔法?」
「念話って、何となく相手に『心を開いてる』って感じするじゃない?それを『閉じれば』、念話も切れるし、繋がらないように出来るか。
もし、強引に他人の心が読める人が居たら、読ませないように出来るかな?と思って。
出来た。」
「はぁ...」
念話する時、心を「開く」んだ。知らなかった。
使えないから、知る由もない。
しかも、「閉じれば」?ブラックリストに入れるとか、念話特有のシャットアウト手段かな?
感覚が分からないが、知識として覚えておこう。
そして、ヒスイちゃんのような「サトリ」に、心を読ませないようにする?
「ヒスイちゃん、そんなのあるの?」
「ヒスイも初めてです、ナナエお姉ちゃん!今まで、誰もしようとしたけど、出来なかったから、ヒスイは...」
そこでヒスイちゃんは口を閉じた。
サトリの読心術は念話ではない、読ませないように遮断できない。
だから、俺と出会う前のヒスイちゃんはこの力の所為で、年上の同僚達に嫌われて、イジメられてきたんだ。
が、雛枝にはこの力も効力がないみたい。
「ちょっとしたコツがいるんだよね、誰でも出来る事じゃないかも。」
得意げに話す雛枝。そろそろ彼女のチートさにも慣れた。
「翡翠ちゃん、一人で来たのか?千条院先生達は?」
話題一変、あき君がヒスイちゃんに質問をした。
「あ、そういえば...」
あき君の言葉で思い出した、ヒスイちゃんのような幼い女の子が一人で居るのはあり得ない。
従って、保護者的な人が近くにいる筈。
「センセイとヒカリさんは向こうに居ます。」
そう言って、ヒスイちゃんは来た方向に指さす。
「あの、一杯人が居る所。」
その示した方向に目を向け、しかしヒスイちゃんが言うような場所は見つからなかった。その時、タマが「にゃー」と鳴き、俺の意識を自分に向けさせた後、俺から少し離れた場所に行って、足を止め、振り向いて、また俺に「にゃー」と鳴いた。
タマの意を汲んで、俺はタマがいる場所から更にその先を見つめると、かなり遠く先の所に「人混み」を見つけた。
それは「多くの人が一つの場所に集まっている」訳ではなく、この広い地下空洞の中で、そこが他の所と比べて異常に人口密度が高いだけ。離れた俺の今のようなところからでは、他と比べて「人混み」のように見える。
その真ん中を通るように、俺のいる方向に歩いて来る二つの人影があった。周りから少し距離を開けられて、話しかけられる事もされず、話しかける事もせず、まるでアイドルが通るようにこっちに向かって来る。
星と望様だ。
二人とも金髪美形である為、立っているだけで注目を集めてしまう。近くを通るだけで振り向かれる率が異常に高い!
お陰で、俺も鼻が高い!「この二人と知り合いなんだぜ」と人に自慢したくなる。
「星ぃ!望様ぁ!」
俺は手を高く上げて、二人に向かってその手を振った。
それに対して、望様は手を少し上げて、同じく振って返事をくれたが、星の方は無反応だった。
つれないな、星は。それは彼女の個性でもあるから、許そう。
「どうしてみんなが来たの?潮岬区にいると聞いているけど...」
「『もう少し時間掛かる』と白川さんの連絡を受けてな。距離もそれ程離れていない為、『いっそ、迎えに行こう』とみんなが決めたのです。」
望様がいつもの眩しい笑顔を俺達に見せる。
「朝から大変だったようですね、ななえちゃん。」
うおっ、眩しい!
このイケメン笑顔は眩しいな!周りの人の中、女性が何人倒れたみたいだけど、気づかなかった事にしよう。
「いやもう、ホント、大変だったよ。
でも、ここへ着いた瞬間、全て忘れた!『氷の国』の癖に、海の中が主要部だもん!
今からもうワクワクが止まらないよ。」
「ははっ、まだ入っていませんよ。落ち着いて。」
「で?どうやって行くの?やはり『船』?海底を潜れる『船』?」
この場合、「潜水艦」という名前になるが、「船」である事に変わらないので、俺は間違っていない!
「その前に、ななえちゃん、まずは彼女の事を紹介してくれない?」
望様は手のひらを上にして、雛枝を示した。
「先に声を掛けられたお陰で見分けがつけたのですが、私達は彼女と面識がありません。お願いしてもいいですか?」
「初対面?」
つまり、「私」と知り合っている望様と雛枝だが、時期的にすれ違い、お互いの事が知らないのか。
「あー...見れば誰だって分かると思うが、私の双子の妹、雛枝だ。」
「喰鮫雛枝と申す、お初にお目に掛かります、千条院家のご当主様。」
雛枝はスカートを摘まんで、足をクロスして挨拶をするが、言葉はこの動きに合わせたものではなかった。
「話は社長から伺っております、喰鮫さん。私の名前は千条院望、妹の星共々、よろしくお願いします。」
対して、望様の自己紹介は普通だった。序でにクールな星も紹介して、立派な兄をしていた。
だけど、星の口数少ない理由はコレじゃないかと、俺は思った。
「喰鮫?」
不意に、星が眉間に皺を寄せて、小声で呟いた。
「どうしたの?」
俺は星に近寄って、彼女の今考えている事を耳打ちで尋ねた。
「いや、違うかもしれない。」
だけど、彼女は答えてくれなかった。
「違わないよ。」
その時、雛枝が話の中に割り込んできた。
「『喰鮫組』現組長の娘、喰鮫雛枝で間違いない。違わないよ。」
「やはり...」
星が納得した顔をした。
だけど、俺はその顔の意味を知りたくなった。
「マフィアだと雛枝から聞いているが、何か?」
「ななえは平気みたいだが、僕は一般人だ。急に聞いて、驚くはする。」
「いや、星は『一般人』じゃない。」
流れるようにツッコミを入れた。
「バイト先の先輩から聞いた話で、根拠はない事だ」と星が先に言って、「昔、名門貴族『ヒュドラーの九頭竜家』を皆殺しにして、一気に表社会に名を知られた『元マフィア』」と続けて言った。
「それが『喰鮫組』。
組長の種族は『平民』だが、『裏貴族』とも呼ばれている。」
「それ、ウチだよ。」
雛枝が自慢げに言う。
「あたしの母様の生まれる前の話だから、他の国の人だけど、知ってるんだね。」
「本当だったのか。」
そう呟く星、何となく雛枝を警戒し始めたように思えた。
隣で「『まふぃあ』って何?」「怒らせちゃういけない人達の事」と、ヒスイちゃんとあき君がひそひそ話して、それを偶々耳にした。
「...タマ。」
「にゃう?」
そのひそひそ話を聞いた俺はタマを呼び、抱き上げた。
そして、そのままタマをヒスイちゃんに渡した。
「お、おお!」
慌てて受け取るヒスイちゃん。サトリなのに、偶に慌てるところが可愛い。
「いい、タマ?
この旅行...合宿の間、ヒスイちゃんから一歩も離れるな。」
「にゃう?」
「いい?分かった?」
「にゃう...」
「よし。」
タマの頭を撫でた。
知らない人から、きっと「動物に話しかける頭の残念な子」だと思われているのだろうなぁ。
「姉様、猫は良いの?」
「何か?」
「好きじゃないの?」
「彼女は私の『メイド』だよ。仕事を与えるのは当たり前だろう?」
「そういう話じゃないけど...」
雛枝から「うちはマフィアだよ」と告白された時には深く考えないようにしていたが、星からその恐ろしさを聞いて、まだ「何も考えない」訳にもいけなくなった。
妹の雛枝はとてもすげぇから、きっと俺をきちんと守ってくれる。けど、他のみんなも守ってくれるとは思えない。
なので、俺以外で一番ひ弱なヒスイちゃんに、俺の護衛を務めるタマを充てた。
この平和の世で、何かが起こるとも思わないが、「怖い奴ら」には目を光らせておこう。
「お嬢、お迎えに参りました。」
「お迎えに参りましたっ!」
黒服を着た人何人が突然近寄って来て、雛枝に向かって頭を下げ、大声で挨拶した。
考えたそばから...
「...姉様と一緒にいる間、近寄って来ないでくれる?」
声を掛けられた雛枝は心底嫌そうな顔で、俺達から離れて、黒服達の方へ行った...睨み乍ら。
「申し訳ありません。」
真ん中にいる女の人が代表として、雛枝に返事をした。
「組長が大変お怒りで、一度お嬢に戻って頂きたく、よろしくお願い致します。」
女が仕切ってる事に好感を覚えた俺は、一度黒服達の顔をよく見る事にした。
が、すぐに後悔した。先頭で男達を仕切ってる女の人を確認したところ、その女の人は俺好みのポニテしているが、顔に大きな火傷がある!
怖ぇ...他の奴らも従って「怖ぇ」。
「『組長』とかいう言葉を使うな!姉様が怖がるだろうか!」
怖い?
いや、全然怖くないぞ!俺は男の子...
...全然、怖くなんか、してないぞ!
「でしたら、この方達にも来て頂きましょう。
ここら辺はまだ、謂わば『敵地』であります。長居は危険。
お客人達にも、組長は一度挨拶したいと思っている筈です。」
敵地?長居は危険?
この世界は「平和な世界」ではなかったのか?
「『母様に会わせない』とは言ってないよ!ただ、先に姉様を色んな場所に連れてから、『氷の国』を楽しんでいてから、また母様に会わせるって。」
「それなら、尚更一度は戻って頂きたい。
よりによって、この時期に来たのなら、もう少し人手が...」
「いらない!あたしに逆らえる人、この世界に居ると思う!?」
堪忍袋の緒が切れたのか、雛枝が突然身に魔力を纏って、黒服達を睨んだ。
威嚇しているんだ。
従わなかったら容赦しない、という意思表示だ。
雛枝は、ホント...扱い難い!
「待って、雛枝。」
俺は仲裁に入った。
「私も、先にお母様に会いたい。」
「姉様。」
俺に声を掛けられた雛枝は魔力を体内に戻して、俺の所に戻った。
「あのね、姉様。ここだけの話...母様は結構我儘よ。
一度会ったら、もう姉様を外に出さないかもしれない。」
「あーぁ...我が儘なお母様?」
雛枝の話を聞いて、俺の脳内に「駄々を捏ねる母と、しっかり者の娘」の小劇場が上演された。母親役は写真で見たあの人の顔が嵌められるが、娘役は雛枝の顔を嵌める事がどうしてもできなかった。
「雛枝が何とかしてくれるでしょう?」
矛先を変えて、雛枝に「責任」を渡した。
「そのつもりだが...あたし、母様に弱いんだよ。」
「弱い?力の話?」
「いいえ、その...」
雛枝は更に声を抑えて、俺の耳に口を寄せた。
「組員と構成員に見せていないが、泣くんだよ、母様は!」
「泣っ!?」
「シー!」
うっかり声に出そうとした俺の口を、雛枝が慌てて手で押さえた。
「組長がそんな情けない姿、組員達に見せられないでしょう?あたしの母親だし、ね?
だけど、あたしの前だけだ。あたしのいない時、泣いてる所は人に見せた事がない。
それであたし達が戻ったら、言う事を聞かないあたし達に、人に見られるまで泣き続けるかも。
そうなの嫌っしょ?あたし達はどこにもいけないよ!遊べないよ!嫌っしょ?」
「ま、まぁ...」
いい大人がわあわあ泣く姿は確かに見たくない。
でも、黒服達も見るからに一歩も引かなさそうだ。どっちかに譲歩してもらわないといけない状況なのに...
雛枝は扱い難い。
扱い難いだが、黒服達は初対面だ。扱い易い・難い以前の話だ。
だから、やはり雛枝に譲歩してもらおう。
「あのね、雛枝。私、生まれてすぐ死に掛けたでしょう?」
「...えぇ。」
「その時、私の命を助ける指輪をくれたのは、誰?」
「...母様。」
「私がその指輪を壊したのに、新しい指輪をくれたのは、誰?」
「...母様。」
「ね?
記憶のない私だが、母様に一言礼を言いたい。『私を大事にしてくれて、ありがとう」と言いたい。
だから、一緒に行こう。」
俺の説得を暫く考慮した雛枝、最後は「分かった」と聞き分けてくれた。
そして、彼女は黒服達の前に仁王立ちして、「ユウボウはどこ?」と言った。
それを聞いた黒服達はあからさまに顔が明るくなって、「こちらへ」と言い乍ら、雛枝を大きな船の前に誘導した。
「なに、これ?」
目の前の船は「船」と呼ぶには大きい過ぎて、しかし水上に浮かんでいるから、やはり「船」としか呼べない。
水面上の高さは身長1.8メートルのあき君の二人分で、長さは約五十メートル?百メートル?兎に角大きい船だ。その姿は丸く、潜水艦にも見えるが、上の「頭」の部分はなく、パッと見楕円のような形である。
「ごめんね、姉様。大きいユウボウが入れなくて、これで我慢して。」
「いや、これ小さくないよ!周りの船と比べてみて!十倍位あるぞ!」
「それは、まぁ、ユウボウだからね。長距離移動用が小さいと、途中で止まるよ。」
「そもそも『ユウボウ』って何?どんな字?」
「...姉様は知らなかったんだね。外国人には馴染みない名前かも。
『游房』、游泳の『游』と部屋という意味のある『房』の二文字を併せて、泳ぐ部屋という意味で、『游房』。
海の中で動き続ける別荘のようなものと考えれば、分かるね?」
「泳ぐ、部屋...?」
なに、このロマン溢れるキャンピングカーみたいな船!水中で動く?泳ぐ?
この大きさなら、確かに「別荘」と言っても過言ではない!いや、「別荘」の方が過言!
もう自分が何を考えているのか、訳が分からない!
「喜んでくれて、あたしも嬉しいよ、姉様。中はもっと楽しいよ!」
そう言って、雛枝は先に「游房」というものに繋ぐ階段を上って、扉の前で俺に手を振る。
「早く早くぅ!」
「あぁ。」
言われて、俺は足を階段を踏んだ。
その時、ヒスイちゃんが俺に声を掛けた。
「行っちゃうの、ナナエお姉ちゃん?」
「え?」
行っちゃうのって...
「ヒスイちゃん達は来ないの?」
「行って良いのですか?」
望様がヒスイちゃんの代わりに返事した。
恐らく、星もあき君も同じ考えで、「保護者だから」と、望様が代表として俺に訊いたのだろう。
俺としては、逆にみんなが俺と一緒に「游房」に乗れると思っていない事にびっくりした。
「あんな大きい游房だよ。全員一部屋ずつもいけそうだよ。」
でも、不意に行先は「マフィアの巣」という事を思い出した。
「もしかして、やっぱりマフィアが怖い?それは仕方ないものね。」
望様は他のみんなの顔を一度見て、全員の表情から意思確認をする。
あき君は真剣な表情で頷いた。
星は無表情で、瞬きをして、頭を少し傾けた。
ヒスイちゃんは目を大きく開いて、ハテナマーク付きの「頷き」をした。
ヒスイちゃんに床に降ろされたタマは「うわーぅ」と鳴いた。
そして、望様は俺を見つめて、「行って良いですか?」と言った。
「良いよ!もちろん良いよ!」
俺は階段に乗った足を退かして、望様達に道を譲った。
「もうみんな上がって!楽しい事はみんな一緒に、ね?」
「行こう」と望様がみんなに声を掛けて、みんなが次々と階段に上った。雛枝は少し眉を顰めるが、恐らく俺が彼女の後に上っていない事に機嫌悪くしていて、みんなが一緒に游房に乗る事に嫌がっていない。
そして、最後は俺も階段を上るが、俺の後ろにびったりと黒服の女の人が付いてきた。
そりゃ、そうか。この人達の游房だもんな。
...別に一緒に乗る事に抵抗はないぞ!
「あの、お嬢の姉さん?」
「はい!?」
うっかり裏声を出した俺。
「オッホン...何でしょうか?」
勇気を出せ、俺!マフィアだから、何だ?殺される訳じゃないし!
...いや、怒らせたら、殺されるじゃねぇ?何かの貴族を皆殺しにした過去があるし、言葉に気を付けよう。
「ありがとうござんす。お陰様で、お嬢が帰ってくれました。」
「え?あ、はい。」
良く見ると、顔に火傷のあるこの女の人は俺を直視せず、ずっと顔を低くしている。
声も何だか自信無さ気で、こっちを怯えているようにも聞こえる。
...もしかして、怖い人ではない?
「気になさらないで。
私は元々お父様から、お母様の所で『見識を広めて来い』と言われたが、お母様に会うのは私の意志でもあるから。」
「すいません。ありがとうござーます。」
やはり自信無さ気に言う彼女。
そういえば、彼女の名前は何だろう?
顔に火傷のある人...
「チヨミさん?」
「...はい、そうですか。
お会いした事、あります?」
「いやぁ~...」
偶々雛枝から耳にして覚えた名前を口にしてみたら、目の前の女の子がその名前の張本人だった。




