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第五節 下層部②...游房

描写が下手故、すみませんが、皆様の妄想力で補って下さい。

「雛枝、実は私、ずっと機嫌悪かったんだよ。」

 俺は目の前の光景から目を逸らさずに、独り言みたいに雛枝に話しかけた。


「姉様が機嫌悪くなるような事、ないんだよ。」

 雛枝は俺が機嫌悪い理由について、全く心当たりがないとみた。


 あの後、すぐに警察が来ると思い込んで、俺達は雛枝が暴れた階に留まったが、約二時間以上経った後、ようやく当区域の警察が()()()()()いてきた。そののんびりさについて理由を聞く訳にもいかないので、イラつきを警察達に見せないで、事情聴取だけ()()()でされた。

 余計な事を喋らず、自分が見たまま、だけど出来るだけ正確に起った事を、俺は俺の担当警官に説明した。しかし、話を聞いている警官の方はそれ程に興味を見せず、「あぁ、そう」を連発して、仕舞には一回欠伸を堂々とした。


 この世界の「警察組織」は国によって作られたものではなく、貧乏貴族がお金を稼ぐために作られたもの。

 それは知っているが、「警察」という名称が使われているので、それなりに真っ当な組織だと思っていた。が、国・区域によっては、チンピラレベルの「警察組織」もあるようだ。


 更に残念な事はその直後に起こった。

 話を真面目に聞いていない俺の担当警官が「最後にもう一度確認」と前もって言って、俺が確かに伝えた「この惨状を作った人の名前」を聞いてきた。

 落ち着いて再び状況説明をしようとしたら、隣の雛枝が大声で「喰鮫組の喰鮫雛枝だ!」と言った。それを聞いた警官はなんと!態度を一変して、作り笑顔まで俺達に見せた。

 そして、俺達は何のお咎めもなしに解放された。壊れた場所の修理もしなくてよく、俺達は警官達に敬礼された状態で、階段を下りた。


 雛枝は実家がマフィアだと言っていた。その実家の名前「喰鮫組」を言った結果、「警察」が媚だ笑みを俺達に見せた。

 警察が暴力団に屈した瞬間を目の当たりにした。

 そんな事を思ったら、俺はこの上なく怒りを感じた。雛枝達にその怒りをぶつける事はしなかったが、彼女達に声を掛けられても生返事ばかりと、ずっと機嫌が悪かった。


 だけど、最下層に着いた瞬間、何もかもがどうでもよくなった!

「地下空洞ぉ!」

 俺達は今、高さ約五十メートル超え、広さがパッと見て分からない位広い空間にいる。


「百万人くらい入れるじゃない、ここ?どんだけ広いんだ!

 しかも、出口がなく、だけど真ん中に湖に見える水溜まりがある!

 つまり、この湖が唯一の出口!そこを通って、別の場所に行く!

 つまり、氷の国は海底にある、という事!」


 期待が大きければ、失望も大きい。

 なので、期待しないように心掛けていたが、「驚きの結果」が予想以上に素晴らしく、用心する必要はなかった!


「雛枝!」

「はい、姉様!」

「ここ、最高だね!」

「はい!最高よね、姉様!」

 俺は雛枝の手を取って、きゃっきゃっと少女のように燥いだ。


「あき君!私、今は普通よね?普通の筈よね?」

「え、えぇ。ここはまだ範囲内の筈...大丈夫か、ななちゃん?」

「大丈夫じゃない!すっごく興奮してる!

 ここも素晴らしいが、ただの港に過ぎない!これから行く場所を考えると、更に行く方法を考えると...むぅぅぅぅ!堪らん!」

 身悶え、何かを抱き締めたくて仕方がなく、偶々隣でくっついて歩くタマを目にした。


「タマぁあああ!」

「にゃっ!?」

 モフモフなタマを捕まえようと素早く手を伸ばしたが、タマはそれよりも素早い動きで避けた。

 流石()!でも、今の俺は何かを抱き締めたくて、仕方がないんだ!


 他には?何が抱き締められても大丈夫なモノ?

 雛枝に目を向く。


「ひっ!な、何か寒気が...」

 そう呟く雛枝、俺を見て警戒してる。

 双子の妹だが、見た目美少女だから、抱き着くのは俺にとってハードル高い。


 あき君に目を向く。

「な、何かな...?」

 冷や汗を流しながら顔を背く、横目でチラッと俺を見るあき君。

 心の性別が同性でも、体の性別は異性。心の性別的にスキンシップもオッケーだが、思春期少年あき君の為に遠慮しておこう。


「ナナエおねえちゃーん!」

 少し離れた場所から、ヒスイちゃんの声がした。

 そこに目を向けると、小さな人影が俺に向かって来た。


「ヒスイちゃん?」

 どうしてヒスイちゃんがここに居るのだろう?

 そう思い乍ら、俺はしゃがんで、ヒスイちゃんに向かって両手を広げた。


「迎えに来ました!」

 俺の懐に飛び込んで、嬉しそうにしていたヒスイちゃん。


「そうか!よしよし。」

 ヒスイちゃんを強く抱きしめて、頭を撫でて「何かを抱き締めたい衝動」を解消する俺。

 ウィンウィン!


「く、苦しい...あっ、輝明お兄ちゃん、こんにちは。」

「こんにちは、翡翠ちゃん。昨日ぶり。」

 俺を間に挟んで、勝手に挨拶を交わす二人。

 が、今の俺は「全てを許せる」心の広い人間である。


「雛枝、紹介するね。」

 俺はヒスイちゃんを抱き上げて、雛枝に話しかける。

「この子は翡翠(ひすい)、私の義理の妹だ。」


「へ~、妹なんた。」

 雛枝はヒスイちゃんの顔を覗き込む。

「初めまして、翡翠ちゃん。私は喰鮫雛枝、この人の双子の妹だよ。」

 雛枝は一度俺の顔を見て、またヒスイちゃんに目を向ける。

「なので、貴女のもう一人の姉になるね。よろしくね。」


「は、初めまして...ヒスイ、翡翠と言います。

 よろ()くおねあいします。」

 ヒスイちゃんは久しぶりに噛み噛みに喋った。

 その後は強く俺にしがみつき、更に顔を俺の懐に埋めて隠した。

 恥ずかしいのか?

 それより、ヒスイちゃんは何で雛枝に対して、人見知りしてるんだ?


「...姉様。」

 ヒスイちゃんの行動に、雛枝は何とも言えない表情を見せた。

「あたし達、双子よね?」


「あー、まぁ...」

 少し思考した後、俺は自分の考えを雛枝に伝える事にした。

「ヒスイちゃんは人見知りなのは、何となく分かるね。」


「はい。」

「でも、私達は双子、同じ顔だよね。」

「だから『変だな』と思った。」


 同じ顔なのに、ヒスイちゃんの「人見知り」アビリティが発動した。特殊すぎる例なので、今まで気づかなかったが...

「ヒスイちゃんは外見ではなく、『中身』で人を認識しているんだ。」


「中身?」

「中身。」


 今回の「双子」という特殊な例がなかったら、一生気づかなかった事かも知れないが、「サトリ族」のヒスイちゃんは外見より、その人の心で誰なのかを認識するようだ。


「あたしと同じ、『魔力』で、という事なのか?」

「いや、そうじゃない。そうじゃないか...」


 別に隠すような事じゃないのかも知れないが、言いふらしたくない。

 だから、雛枝に伝えるかどうかを戸惑ったが、懐の中のヒスイちゃんが小さな声で「いいよ」と言ったので、隠さない事にした。


「ヒスイちゃんは『サトリ』なのだ。人の心が読める、あの『サトリ族』。」

「『サトリ族』?初めて聞いた。

 でも、なるほど。納得したよ。」

 雛枝が「うんうん」と頷いた。


 だけど、俺は雛枝が口にした事が気になった。

「初めて?今まで『サトリ』を聞いた事がないの?」

「ないわね。偶々、この国にない種族かも。」


 ふむ、そういう事もあるかもしれない。

 考えてみれば、今の俺達は「外国」にいるんだよな。文化、風習、価値観...色んなものが違うかもしれない。

 ...言語の壁はなかった、ラッキーな事に。


「翡翠ちゃん、お姉ちゃんに顔を見せてくれない?」

 雛枝がヒスイちゃんに話しかける。

「翡翠ちゃんが『サトリ』なら、ちょっと試したい事があるの。」


 俺に抱っこされたままのヒスイちゃんは俺を見上げて、だけど何も言わなかった。

 その綺麗な眼を見つめ返して、心を読めない俺だが、何となくヒスイちゃんの考えが分かった。

 なので、俺はヒスイちゃんを降ろした。


「ごめんなさい、クイさん。ヒスイ、失礼を致しました。」

 俺の手を掴んだままだが、床に足を着けたヒスイちゃんは雛枝に向き合って、深いお辞儀をした。


「『クイさん』って、あたしが?違うよ、喰鮫(くいざめ)だよ。」

 ヒスイちゃんのミス?を訂正する雛枝だが、口調からして、特に気にしていない様子だった。

「それより、今のあたしの心を読んでみて?」

 そう言って、雛枝周りの空気が変わった気がする。


「あれ?」

 その後すぐ、ヒスイちゃんの様子もおかしくなった。


「どう、読める?」

「読め、ません。初めてです!」

「って事は、成功、だね。」

 雛枝が何故か楽しそうな声を出した。


「ちょっと、二人とも!何?どうした?何かあった?」

 仲間ハズレされた気分で、とても嫌だ。


「念話のような心で会話する方法...それ以外の方法で、人の心が読める人が居たら、試したい魔法があったんだ。」

「魔法?」

「念話って、何となく相手に『心を開いてる』って感じするじゃない?それを『閉じれば』、念話も切れるし、繋がらないように出来るか。

 もし、強引に他人の心が読める人が居たら、読ませないように出来るかな?と思って。

 出来た。」

「はぁ...」


 念話する時、心を「開く」んだ。知らなかった。

 使えないから、知る由もない。

 しかも、「閉じれば」?ブラックリストに入れるとか、念話特有のシャットアウト手段かな?

 感覚が分からないが、知識として覚えておこう。


 そして、ヒスイちゃんのような「サトリ」に、心を読ませないようにする?

「ヒスイちゃん、そんなのあるの?」

「ヒスイも初めてです、ナナエお姉ちゃん!今まで、誰もしようとしたけど、出来なかったから、ヒスイは...」

 そこでヒスイちゃんは口を閉じた。


 サトリの読心術は念話ではない、読ませないように遮断できない。

 だから、俺と出会う前のヒスイちゃんはこの力の所為で、年上の同僚達に嫌われて、イジメられてきたんだ。

 が、雛枝にはこの力も効力がないみたい。


「ちょっとしたコツがいるんだよね、誰でも出来る事じゃないかも。」

 得意げに話す雛枝。そろそろ彼女のチートさにも慣れた。



「翡翠ちゃん、一人で来たのか?千条院先生達は?」

 話題一変、あき君がヒスイちゃんに質問をした。


「あ、そういえば...」

 あき君の言葉で思い出した、ヒスイちゃんのような幼い女の子が一人で居るのはあり得ない。

 従って、保護者的な人が近くにいる筈。


「センセイとヒカリさんは向こうに居ます。」

 そう言って、ヒスイちゃんは来た方向に指さす。

「あの、一杯人が居る所。」


 その示した方向に目を向け、しかしヒスイちゃんが言うような場所は見つからなかった。その時、タマが「にゃー」と鳴き、俺の意識を自分に向けさせた後、俺から少し離れた場所に行って、足を止め、振り向いて、また俺に「にゃー」と鳴いた。

 タマの意を汲んで、俺はタマがいる場所から更にその先を見つめると、かなり遠く先の所に「人混み」を見つけた。

 それは「多くの人が一つの場所に集まっている」訳ではなく、この広い地下空洞の中で、そこが他の所と比べて異常に人口密度が高いだけ。離れた俺の今のようなところからでは、他と比べて「人混み」のように見える。

 その真ん中を通るように、俺のいる方向に歩いて来る二つの人影があった。周りから少し距離を開けられて、話しかけられる事もされず、話しかける事もせず、まるでアイドルが通るようにこっちに向かって来る。


 (せい)と望様だ。

 二人とも金髪美形である為、立っているだけで注目を集めてしまう。近くを通るだけで振り向かれる率が異常に高い!

 お陰で、俺も鼻が高い!「この二人と知り合いなんだぜ」と人に自慢したくなる。


(せい)ぃ!望様ぁ!」

 俺は手を高く上げて、二人に向かってその手を振った。

 それに対して、望様は手を少し上げて、同じく振って返事をくれたが、(せい)の方は無反応だった。


 つれないな、(せい)は。それは彼女の個性でもあるから、許そう。


「どうしてみんなが来たの?潮岬(しおさき)区にいると聞いているけど...」


「『もう少し時間掛かる』と白川(しらがわ)さんの連絡を受けてな。距離もそれ程離れていない為、『いっそ、迎えに行こう』とみんなが決めたのです。」

 望様がいつもの眩しい笑顔を俺達に見せる。

「朝から大変だったようですね、ななえちゃん。」


 うおっ、眩しい!

 このイケメン笑顔は眩しいな!周りの人の中、女性が何人倒れたみたいだけど、気づかなかった事にしよう。


「いやもう、ホント、大変だったよ。

 でも、ここへ着いた瞬間、全て忘れた!『氷の国』の癖に、海の中が主要部(メイン)だもん!

 今からもうワクワクが止まらないよ。」

「ははっ、まだ入っていませんよ。落ち着いて。」

「で?どうやって行くの?やはり『船』?海底を潜れる『船』?」


 この場合、「潜水艦」という名前になるが、「船」である事に変わらないので、俺は間違っていない!


「その前に、ななえちゃん、まずは彼女の事を紹介してくれない?」

 望様は手のひらを上にして、雛枝を示した。

「先に声を掛けられたお陰で見分けがつけたのですが、私達は彼女と面識がありません。お願いしてもいいですか?」


「初対面?」

 つまり、「私」と知り合っている望様と雛枝だが、時期的にすれ違い、お互いの事が知らないのか。

「あー...見れば誰だって分かると思うが、私の双子の妹、雛枝だ。」


喰鮫(くいざめ)雛枝(ひなえ)と申す、お初にお目に掛かります、千条院家のご当主様。」

 雛枝はスカートを摘まんで、足をクロスして挨拶をするが、言葉はこの動きに合わせたものではなかった。


「話は社長から伺っております、喰鮫(くいざめ)さん。私の名前は千条院(せんじょういん)(のぞみ)、妹の(ひかり)共々、よろしくお願いします。」

 対して、望様の自己紹介は普通だった。序でにクールな(せい)も紹介して、立派な兄をしていた。

 だけど、(せい)の口数少ない理由はコレじゃないかと、俺は思った。


喰鮫(くいざめ)?」

 不意に、(せい)が眉間に皺を寄せて、小声で呟いた。


「どうしたの?」

 俺は(せい)に近寄って、彼女の今考えている事を耳打ちで尋ねた。


「いや、違うかもしれない。」

 だけど、彼女は答えてくれなかった。


「違わないよ。」

 その時、雛枝が話の中に割り込んできた。

「『喰鮫組』現組長の娘、喰鮫雛枝で間違いない。違わないよ。」


「やはり...」

 (せい)が納得した顔をした。

 だけど、俺はその顔の意味を知りたくなった。


「マフィアだと雛枝から聞いているが、何か?」

「ななえは平気みたいだが、僕は一般人だ。急に聞いて、驚くはする。」

「いや、(せい)は『一般人』じゃない。」

 流れるようにツッコミを入れた。


「バイト先の先輩から聞いた話で、根拠はない事だ」と(せい)が先に言って、「昔、名門貴族『ヒュドラーの九頭竜(くずりゅう)家』を皆殺しにして、一気に表社会に名を知られた『元マフィア』」と続けて言った。

「それが『喰鮫組』。

組長の種族は『平民』だが、『裏貴族』とも呼ばれている。」


「それ、ウチだよ。」

 雛枝が自慢げに言う。

「あたしの母様の生まれる前の話だから、他の国の人だけど、知ってるんだね。」


「本当だったのか。」

 そう呟く(せい)、何となく雛枝を警戒し始めたように思えた。


 隣で「『まふぃあ』って何?」「怒らせちゃういけない人達の事」と、ヒスイちゃんとあき君がひそひそ話して、それを偶々耳にした。


「...タマ。」

「にゃう?」

 そのひそひそ話を聞いた俺はタマを呼び、抱き上げた。

 そして、そのままタマをヒスイちゃんに渡した。


「お、おお!」

 慌てて受け取るヒスイちゃん。サトリなのに、偶に慌てるところが可愛い。


「いい、タマ?

 この旅行...合宿の間、ヒスイちゃんから一歩も離れるな。」

「にゃう?」

「いい?分かった?」

「にゃう...」

「よし。」

 タマの頭を撫でた。


 知らない人から、きっと「動物に話しかける頭の残念な子」だと思われているのだろうなぁ。


「姉様、猫は良いの?」

「何か?」

「好きじゃないの?」

「彼女は私の『メイド』だよ。仕事を与えるのは当たり前だろう?」

「そういう話じゃないけど...」


 雛枝から「うちはマフィアだよ」と告白された時には深く考えないようにしていたが、(せい)からその恐ろしさを聞いて、まだ「何も考えない」訳にもいけなくなった。

 妹の雛枝はとてもすげぇから、きっと俺をきちんと守ってくれる。けど、他のみんなも守ってくれるとは思えない。

 なので、俺以外で一番ひ弱なヒスイちゃんに、俺の護衛を務めるタマを充てた。

 この平和の世で、何かが起こるとも思わないが、「怖い奴ら」には目を光らせておこう。


「お嬢、お迎えに参りました。」

「お迎えに参りましたっ!」

 黒服を着た人何人が突然近寄って来て、雛枝に向かって頭を下げ、大声で挨拶した。

 考えたそばから...


「...姉様と一緒にいる間、近寄って来ないでくれる?」

 声を掛けられた雛枝は心底嫌そうな顔で、俺達から離れて、黒服達の方へ行った...睨み乍ら。


「申し訳ありません。」

 真ん中にいる女の人が代表として、雛枝に返事をした。

「組長が大変お怒りで、一度お嬢に戻って頂きたく、よろしくお願い致します。」


 女が仕切ってる事に好感を覚えた俺は、一度黒服達の顔をよく見る事にした。

 が、すぐに後悔した。先頭で男達を仕切ってる女の人を確認したところ、その女の人は俺好みのポニテしているが、顔に大きな火傷がある!

 (こえ)ぇ...他の奴らも従って「(こえ)ぇ」。


「『組長』とかいう言葉を使うな!姉様が怖がるだろうか!」


 怖い?

 いや、全然怖くないぞ!俺は男の子...

 ...全然、怖くなんか、してないぞ!


「でしたら、この方達にも来て頂きましょう。

 ここら辺はまだ、謂わば『敵地』であります。長居は危険。

 お客人達にも、組長は一度挨拶したいと思っている筈です。」


 敵地?長居は危険?

 この世界は「平和な世界」ではなかったのか?


「『母様に会わせない』とは言ってないよ!ただ、先に姉様を色んな場所に連れてから、『氷の国』を楽しんでいてから、また母様に会わせるって。」

「それなら、尚更一度は戻って頂きたい。

 よりによって、この時期に来たのなら、もう少し人手が...」

「いらない!あたしに逆らえる人、この世界に居ると思う!?」


 堪忍袋の緒が切れたのか、雛枝が突然身に魔力を纏って、黒服達を睨んだ。

 威嚇しているんだ。

 従わなかったら容赦しない、という意思表示だ。


 雛枝は、ホント...扱い難い!


「待って、雛枝。」

 俺は仲裁に入った。

「私も、先にお母様に会いたい。」


「姉様。」

 俺に声を掛けられた雛枝は魔力を体内に戻して、俺の所に戻った。

「あのね、姉様。ここだけの話...母様は結構我儘よ。

 一度会ったら、もう姉様を外に出さないかもしれない。」


「あーぁ...我が儘なお母様?」

 雛枝の話を聞いて、俺の脳内に「駄々を捏ねる母と、しっかり者の娘」の小劇場が上演された。母親役は写真で見たあの人の顔が嵌められるが、娘役は雛枝の顔を嵌める事がどうしてもできなかった。


「雛枝が何とかしてくれるでしょう?」

 矛先を変えて、雛枝に「責任」を渡した。


「そのつもりだが...あたし、母様に弱いんだよ。」

「弱い?力の話?」


「いいえ、その...」

 雛枝は更に声を抑えて、俺の耳に口を寄せた。

「組員と構成員に見せていないが、泣くんだよ、母様は!」


「泣っ!?」

「シー!」

 うっかり声に出そうとした俺の口を、雛枝が慌てて手で押さえた。


「組長がそんな情けない姿、組員達に見せられないでしょう?あたしの母親だし、ね?

 だけど、あたしの前だけだ。あたしのいない時、泣いてる所は人に見せた事がない。

 それであたし達が戻ったら、言う事を聞かないあたし達に、人に見られるまで泣き続けるかも。

 そうなの嫌っしょ?あたし達はどこにもいけないよ!遊べないよ!嫌っしょ?」

「ま、まぁ...」


 いい大人がわあわあ泣く姿は確かに見たくない。

 でも、黒服達も見るからに一歩も引かなさそうだ。どっちかに譲歩してもらわないといけない状況なのに...


 雛枝は扱い難い。

 扱い難いだが、黒服達は初対面だ。扱い易い・難い以前の話だ。

 だから、やはり雛枝に譲歩してもらおう。


「あのね、雛枝。私、生まれてすぐ死に掛けたでしょう?」

「...えぇ。」

「その時、私の命を助ける指輪をくれたのは、誰?」

「...母様。」

「私がその指輪を壊したのに、新しい指輪をくれたのは、誰?」

「...母様。」

「ね?

 記憶のない私だが、母様に一言礼を言いたい。『私を大事にしてくれて、ありがとう」と言いたい。

 だから、一緒に行こう。」


 俺の説得を暫く考慮した雛枝、最後は「分かった」と聞き分けてくれた。

 そして、彼女は黒服達の前に仁王立ちして、「ユウボウはどこ?」と言った。

 それを聞いた黒服達はあからさまに顔が明るくなって、「こちらへ」と言い乍ら、雛枝を大きな船の前に誘導した。


「なに、これ?」


 目の前の船は「船」と呼ぶには大きい過ぎて、しかし水上に浮かんでいるから、やはり「船」としか呼べない。

 水面上の高さは身長1.8メートルのあき君の二人分で、長さは約五十メートル?百メートル?兎に角大きい船だ。その姿は丸く、潜水艦にも見えるが、上の「頭」の部分はなく、パッと見楕円のような形である。


「ごめんね、姉様。大きいユウボウが入れなくて、これで我慢して。」

「いや、これ小さくないよ!周りの船と比べてみて!十倍位あるぞ!」

「それは、まぁ、ユウボウだからね。長距離移動用が小さいと、途中で止まるよ。」

「そもそも『ユウボウ』って何?どんな字?」

「...姉様は知らなかったんだね。外国人には馴染みない名前かも。

游房(ゆうぼう)』、游泳の『(ゆう)』と部屋という意味のある『(ふさ)』の二文字を併せて、泳ぐ部屋という意味で、『游房(ゆうぼう)』。

 海の中で動き続ける別荘のようなものと考えれば、分かるね?」


「泳ぐ、部屋...?」

 なに、このロマン溢れるキャンピングカーみたいな船!水中で動く?泳ぐ?

 この大きさなら、確かに「別荘」と言っても過言ではない!いや、「別荘」の方が過言!

 もう自分が何を考えているのか、訳が分からない!


「喜んでくれて、あたしも嬉しいよ、姉様。中はもっと楽しいよ!」

 そう言って、雛枝は先に「游房(ゆうぼう)」というものに繋ぐ階段を上って、扉の前で俺に手を振る。

「早く早くぅ!」


「あぁ。」

 言われて、俺は足を階段を踏んだ。

 その時、ヒスイちゃんが俺に声を掛けた。


「行っちゃうの、ナナエお姉ちゃん?」

「え?」


 行っちゃうのって...

「ヒスイちゃん達は来ないの?」


「行って良いのですか?」

 望様がヒスイちゃんの代わりに返事した。

 恐らく、(せい)もあき君も同じ考えで、「保護者だから」と、望様が代表として俺に訊いたのだろう。


 俺としては、逆にみんなが俺と一緒に「游房(ゆうぼう)」に乗れると思っていない事にびっくりした。

「あんな大きい游房(ゆうぼう)だよ。全員一部屋ずつもいけそうだよ。」

 でも、不意に行先は「マフィアの巣」という事を思い出した。

「もしかして、やっぱりマフィアが怖い?それは仕方ないものね。」


 望様は他のみんなの顔を一度見て、全員の表情から意思確認をする。

 あき君は真剣な表情で頷いた。

 (せい)は無表情で、瞬きをして、頭を少し傾けた。

 ヒスイちゃんは目を大きく開いて、ハテナマーク付きの「頷き」をした。

 ヒスイちゃんに床に降ろされたタマは「うわーぅ」と鳴いた。

 そして、望様は俺を見つめて、「行って良いですか?」と言った。


「良いよ!もちろん良いよ!」

 俺は階段に乗った足を退かして、望様達に道を譲った。

「もうみんな上がって!楽しい事はみんな一緒に、ね?」


「行こう」と望様がみんなに声を掛けて、みんなが次々と階段に上った。雛枝は少し眉を顰めるが、恐らく俺が彼女の後に上っていない事に機嫌悪くしていて、みんなが一緒に游房(ゆうぼう)に乗る事に嫌がっていない。

 そして、最後は俺も階段を上るが、俺の後ろにびったりと黒服の女の人が付いてきた。


 そりゃ、そうか。この人達の游房(ゆうぼう)だもんな。

 ...別に一緒に乗る事に抵抗はないぞ!


「あの、お嬢の(あね)さん?」

「はい!?」

 うっかり裏声を出した俺。


「オッホン...何でしょうか?」

 勇気を出せ、俺!マフィアだから、何だ?殺される訳じゃないし!

 ...いや、怒らせたら、殺されるじゃねぇ?何かの貴族を皆殺しにした過去があるし、言葉に気を付けよう。


「ありがとうござんす。お陰様で、お嬢が帰ってくれました。」

「え?あ、はい。」


 良く見ると、顔に火傷のあるこの女の人は俺を直視せず、ずっと顔を低くしている。

 声も何だか自信無さ()で、こっちを怯えているようにも聞こえる。

 ...もしかして、怖い人ではない?


「気になさらないで。

 私は元々お父様から、お母様の所で『見識を広めて来い』と言われたが、お母様に会うのは私の意志でもあるから。」

「すいません。ありがとうござーます。」

 やはり自信無さ()に言う彼女。

 そういえば、彼女の名前は何だろう?

 顔に火傷のある人...


「チヨミさん?」

「...はい、そうですか。

 お会いした事、あります?」

「いやぁ~...」


 偶々雛枝から耳にして覚えた名前を口にしてみたら、目の前の女の子がその名前の張本人だった。

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