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第五節 下層部①...鬼ごっこは子供の遊び

1年目5月3日(月)

 朝。


「す〜...ふ〜...」

「......」

 スヤスヤと寝てる雛枝を無言で見つめる俺。


 そういえば、俺、昨日は美少女と一緒に寝たんだなぁ。

 すげぇな、俺!よく落ち着いて寝られたな。


 未経験であるのに、気づいたらもうすっかり「女慣れ」していた。女の子として生きていく覚悟はしていたが、どんどん心も女の子になっていく事に少しのショックを受けた。


「起きるか...」

 俺は雛枝の肉付きのいい脚を退かして、体を起こした。


 俺は元々寝起きのいい方ではなかった。

 一人暮らしの前はいつも(あのこ)に起こしてもらっていたが、その度に理不尽な怒りを(あのこ)にぶつけてきた。

 それで兄妹喧嘩に発展した事が何度もあった。

 けれど、一人暮らしを始めてからは時計なしで簡単に起きれるようになった。大人になったからか、徹夜してまでパソコンの前にいなくて良くなったか、引きこもりの時期はとにかく寝起きが良かった。


「それで何かどうなる訳でもないけどな〜」


 スキル、「早起き」!朝早く起きれるようになりました!と...意味ねぇ!


 洗面所で自前の化粧品を「ななえ百八の秘密道具」13番、「宝物庫と繋ぐ鞄」から取り出して、覚えた簡単な薄化粧をする。

 確か...肌色に近いこの白い粉を顔に塗るんだったっけ?

 ......


「姉様?」

 俺が化粧と「戦闘中」の時に、ベッドの方から雛枝の声が聞こえてきた。

 まだ起きしたばかりなのか、声に力がなくとろんとしている。


「雛枝か?今洗面所にいるよ。」

 俺は雛枝に声を掛けた。


 暫くして、雛枝は目を擦り乍ら、洗面所に入ってきた。


「姉様は早いね。朝が強い系?」

「いいや、ついさっき起きたばっか。」


 雛枝はとても自然に俺の側に並んで、顔を洗い始めた。それだけの事なのに、ひどく懐かしく感じる。

 並んで顔を洗う...家族と一緒に住んでいた頃を思い出す。殆ど喋らない父に、ちょっと煩い母。

 そして、「妹」という一番近くにいるけど、決して仲良くなりたくない異性...みんな、幸せな一生を過ごしていたのだろうか。

 ...別にそこへ戻りたくはないか。


「姉様、化粧してるの?」

「うん。」

「カメレオン族の一員なのに、今もその『種族魔法(カインドマジック)』が使えないの?」

「ん?

 ...あぁ、あれか。」


 カメレオンという生き物は自分の体の色をある程度自由に変える事ができる。その特徴、カメレオン族の人間にもある。

 俺の髪が朝に銀色、夜に黒色になるのはそれが原因だが、カメレオン族の人間は俺と違って、全身の色を自由に変える事ができるし、変えない事もできる。

 それが、カメレオン族の種族魔法、「適応変化」。顔にニキビができたとしても簡単に隠せる、化粧品いらず!

 でも、「種族魔法」も魔法である。


「使えないよ。

 種族魔法だろうと、血統魔法だろうと。魔法であれば使えないんだ。」

「魔法であればダメなんた。ふー...

 じゃ、先に荷物の片付けをしておくね。」

 興味がなくなったのか、顔を洗い終わった雛枝は洗面所を出ようとした。


「あれ、雛枝はお化粧しないの?」

 女の子は必ず化粧する「生き物」だから、雛枝も一緒に化粧するかと思っていた。


「あたし?あたしは大丈夫よ、魔法で隠すから。」

 そう言って、雛枝は「『()』」と言い、自分の顔に魔法を掛けた。


 あのような魔法の掛け方...魔力を常に消耗する持続タイプの「一次魔法」だな。

 いくら雛枝の魔力が桁外れだからって、その無駄遣いは良くないな。


「...せめて『二次魔法』にしたら?化粧品を顔に飛ばす簡単な作業だと思うけど。

 お姉ちゃん、魔力の無駄使いは嫌いだよ。」

「無駄使い?あぁ、なるほど!

 姉様、ごめんなさい。実はあたし、種族が『シャーク』なのは確かだが、『カメレオン族』の種族魔法も使えるんだ。」

「は?」


 つまり、雛枝は「化粧品いらず、カメレオン種族魔法」が使える、と...


 この世界では基本、女の子なら母親と、男の子なら父親と同じ種族になる。王族と「クローン」族のような特例もあるが、殆どの種族性は「同性遺伝」である。

 そして、各種族に「種族魔法」というものがあるが、血筋であっても同族じゃないなら、その種族魔法が使えない筈。それがこの世界の常識だ。

 だけど、「シャーク族」の雛枝が「カメレオン族」の種族魔法も使える?


「...特殊変異で得た『血統魔法(ブラッドマジック)』じゃなくて?」


 血統魔法なら、種族ではなく血筋で遺伝する。

 雛枝がその血統魔法の第一人・開祖である「奇形児(きけいじ)」なら、辻褄も合う。


「間違いなく『カメレオン族』の種族魔法だってさ。

 あたし、特別だけど、血筋や種族に関して『至って普通』だそうだよ。」

「ははっ...」苦笑いをした俺。


「だってさ」って事は、雛枝自身も気になって、精密な検査を受けた事がある、という事か。

 種族に関する研究が進み、この世界の人は何らかの方法で「人の種族」を確認する方法を見つけている。その方法について専門すぎて良く分からないが、「確認できる」という事は確かだ。

 種族が基本「同性遺伝」なのに、女の子の今の俺が「お父様」と同じ種族だと判明できたのもそれのお陰だ。

 だけど、シャーク族の雛枝がカメレオン族の種族魔法が使えるって...


「普通って何だろう?」

 双子なのに、ここまで違うとなると、流石に嫉妬してしまうな。


「姉様、大丈夫?顔色悪いけど、凹んでる?」

「ちょっと、ね。」

 意地悪く、ワザとらしく下を見て、凹んでいるように見える姿を雛枝に見せた。


「へ、凹まないでください、姉様!姉様が凹んでいると、あたしも悲しい。」

 そう言って、雛枝が体を低くして、俺の顔を覗き込んで来る。

「えっと、アレですよ、アレ!ほら、カメレオン族の種族魔法って、珍しいものでもないじゃない?

『適応変化』なんて、結構普通っていうか...」


「確かに...」

 悲しいかな、カメレオンの種族魔法はカメレオン族だけのものじゃない。カメレオン以外にも色んな種族の種族魔法が「適応変化」である。

 ...上位互換もある...


「だけど、シャーク族の種族魔法は適応変化(それ)じゃないよね。」

 雛枝の目を見て、言った。


「まぁ...」

 雛枝は口を閉じ、俺から目を逸らした。


「私は『出涸らし』だよね~。」

 雛枝の目を追って、追い打ちをする。


「そんな事言わないで!」

「あっ...」


 突然、雛枝は大声を出した。

 俺はそれにびっくりして、口をぽかんと開けた。


「姉様は『出涸らし』じゃない!あたしの大事な姉様だ!

 あたしが姉様から何もかも奪ったと思っているなら、あたしは姉様の言う事を何だって聞く!

 姉様の為なら、世界を敵に回しても構わない!

 姉様は『出涸らし』じゃない!あたしが姉様を守るんだ!」


 どうやら、俺はやりすぎたようだ。

 双子の妹とはいえ、まだ知り合って間もない。距離感を掴めていないうちに、距離を詰めすぎて地雷を踏んだみたいだ。


 雛枝を怒らせた。

 しかし、まずは地雷一つ、見つけた。


「ごめん、雛枝。本気じゃないんだ!

 そうだね、一番そこを気にしているのは雛枝だもんね。ごめんね、冗談のつもりでも言い過ぎた。

 許してくれ。」

「あ、あたしもごめん、姉様!

 大声を出してごめんなさい!冗談だと気付けなくてごめんなさい!

 あたしも、許してください。」


 謝りし合う双子の姉妹...他人からはきっと滑稽に見えるのだろう。

 ...ちょっと見たい。カメラに残したい。


「あ、あの、姉様...」

 雛枝が恐れ恐れに俺に声を掛けた。


「は、はい!」

 俺も裏声で返事した。


「あたし、部屋で待ってるね!

 じゃねっ!」

 そう言って、雛枝は逃げるように洗面所を出た。


「あっ...うん。」

 返事する前に、雛枝に逃げられた俺であった。


 やっちまった...しかし、懐かしい。

 仲は良くないが、決して悪くない(あの子)と喧嘩の後、いつも今と同じように、ぎこちなくしていたな。

 やはり、血の繋がった「私」の実の妹だからか、何となく俺の妹(あの子)の顔と重なる。

 顔が全然違うだけど...


「すー、はー...」

 化粧を終わらせる間に、心を落ち着かせよう。

 そして、洗面所を出たら、やはり雛枝をイジメよう。

 家族と仲直りする魔法は「いつも通りでいる事」だ。

 ......

 ...


「おはよう、二人とも...何があった?」

 部屋を出ると、びったりにあき君と遭い、挨拶された。

 ずっと外で待っていたのか?


「おはよう、あき君。

 何もないよ、雛枝と大喧嘩した事以外は。」

 嘘を付いていないが、かなり事実を「盛って」から伝えた。


「ぇ、え?」吃るあき君。

「あ、あたしは全然ッ!そんなつもりじゃなくて...」慌てる雛枝。


「雛枝!」雛枝の両手を握って、彼女の目を真っすぐに見つめた。

「はい!」雛枝は真剣な眼差しで見つめ返してきた。


 そんな雛枝に、俺は悪戯な笑顔を見せて、「雛枝が可愛いから、つい、イジメたくなったんだ。」と言った。

 それを聞いた雛枝は最初、何が起こったのかが分からない顔をして、その顔が次第に赤くなって、怒る顔になった。


「もう!姉様のイジメっ子!あたし、姉様に嫌われたかと思ったよ!」

「ごめんね。性格悪い私を許して。」

「も~う...」

 そして、笑い合う双子...誰か!隣で写真を撮ってくれ!


「なんた、びっくりしたよ。

 二人は仲がいいな。双子だから、当然か。」

「あっ...」


 そういえば、あき君が隣に居たんだ。

 いや、忘れていないよ!ちょっとうっかりしただけだよ!


「何笑ってんだ、あんた!」

 だけど、雛枝はあき君に眼力を飛ばした。

「何上から目線であたし達を見ているんだ?」


「あ、いや、俺は...」

 今度はあき君が挙動不審になった。


「あたしはあんたを許していないから、それを覚えといて。」

 だけど、オチはなかった。雛枝はあき君に容赦しなかった。


 雛枝はあき君を嫌う。その理由は昨日に聞いた。

 しかし、ちょっと度が過ぎる気がする。他にも何が理由があるかもしれない。


「雛枝、あき君。朝食しましょう。」

 だけど、気にしない事にした。

 あき君の事は嫌いじゃないが、男と女の子の間を取り持ちたいと思えるほど、俺は優しくない。

 ......

 ...


「久しぶりの刺身だったけど、おいしくなかったね。」

 長い階段、必然な時間の浪費。暇すぎた俺は二人に話題を振って、同意を求めようと、二人を見つめた。


「そうか?俺は結構おいしいと思うけど。」

 だけど、返事をくれたあき君は俺と違う意見だった。


「やはり、か。」

 あき君のこの返事、実は俺の予想通りのものだった。

「何となく、私はみんなと違うなぁ、と思ったんだ。

 マオちゃんの料理がおいしくて、美味し過ぎた所為で、私が口が奢った人になっているっぽい。」


「まさか、あいつら姉様に古い刺身(やつ)をあげたんじゃない?

 可能性ある!ここは食べ物の保存が利くから、どれだけ前の物も食べれる!

 美味しくないヤツを姉様に出した!許せない!

 姉様、ちょっと文句言ってくる。ここで待ってて。」

 勝手に人を疑って、勝手にヒートアップして、そしてクレームを入れようとした雛枝。


「いや、戻って行くな!まだ先が長いでしょう?」

 その手を掴んで引き留めた。


 こうして、他愛のない話をしながら、俺達は続けて階段を下りた。

 が、どうしてだが、何かが足りないような気がする。

 何が足りないのだろう?何か、ここにいる筈の...

 とても小さくて、柔らかい何かが...

 ......


「タマ!」

 またタマを忘れた!今度は母国にある学園ではなく、他国のホテルだ!


「タマって、何?」

 雛枝が質問してきた。


「タマさんはななちゃんのメイドの一人、いつも猫の姿をしていて...」

 あき君が俺の代わりに雛枝に伝えようとした。が、雛枝に睨まれて、途中で口を閉じた。


「昨日の猫か、忘れてたね。」

「ちょっと、タマを探して来る!」


 一度ならず、二度までもタマを忘れるとは。猫好きとして、俺は最低だな!


「いや、待って、姉様。」

 戻ろうとした俺を、今度は雛枝が止めた。

「姉様はここで待っていてください。あたしがちょちょっと行って、連れてくる。」


「大丈夫?タマがどこに居るのか、分かる?」

「部屋の中に閉じ込められてるみたい。

 ほら、あたし、生き物の魔力を見分けられるし。」

「そう...?」


 大分下の方に下りてたけど、まだ上に居るタマが見えるのか?

 どんな風に見えているのだろう?


「じゃ、ちょっと待てね。」

 そう俺に言った後、雛枝はあき君を睨んだ。


「見えるから、ね!姉様に良からぬ事をしようとしたら...」

 雛枝は敢えて言葉を止めてから、親指で自分の首の前に横切った。


 首取り宣言か。この世界でも、「首とったる」というものがあるのかな?


「見えるから。」

 もう一回あき君にそう言った後、雛枝はようやく上に飛んでいた。

 そう、「飛んで」行った。「走って」行ったではなく、「飛んで」行った。


「私の妹は凄いね。」

 階段の隅に座って、俺は呟いた。


 俺に続いて、あき君も階段に座った。透明な階段だと、汚れも良く見えるけど、俺と同じように気にしないようだ。

 いや、寧ろ今女の子である俺の方がもっと気にするべきか。


「今のななちゃんは覚えていない事だが、昔、俺達三人が勝負した事があるよ。」

「へ~、そうなんだ。

 どんな勝負?」

「『誰が一番強いか』って勝負。」


 一番強い人を決める勝負?


「...三人で?私も含めて?」

「えぇ。ななちゃんを含めての勝負だった。」

「私、ボロ負けじゃん...」


 桁外れな魔力を持つ雛枝と、剣の腕がめっちゃ凄いあき君。

 この二人と「最強競争」?しかも全人類最弱間違い無しのこの病弱お嬢様が?

 理解できない。俺の今の体の元の主人が何を考えているのか、分からない。


「もちろん、ただの力比べの勝負ではなかったよ。昔、三人でいつもやっていたゲームを使って勝負したんだ。」

「あっ、なるほど。

 つまり、ハンデを付けて貰った、と。」

 魔法使用不可とか、そういう感じなハンデ。


「魔法あり、手加減なしのゲームだ。ハンデなんてなかったぞ。」

「ホント?」


 だとしたら、そのゲーム自体がハンデか。

 まぁ、ハンデがあっただろうか、なかっただろうか、「病弱お嬢様」が勝つ訳ないよな。


「ななちゃんが一番だったよ。」

「...やっぱり。」

「驚かないんだな。」

「まぁ...」


 頭の中だけど、フラグを立てていた。

 ...というより、あき君がわざわざこの話をした事から、「実は予想外の展開!」という事を考慮に入れていた。


「どんなゲームだ?

 私があき君と雛枝の二人に勝てるゲームなんて、すっごく気になる。」

「端的に言えば、『お姫様を助けるゲーム』だな。

 三人の中、一人がお姫様役で、一人がお姫様を隠す役。そして、最後の一人がお姫様を探し出す役。」

「ふむ。」


 子供の遊び?

 三人が一緒に居た頃の事だよな。

 その頃、三人ともまだ子供だよな。

 なのに、「誘拐犯」が「被害者」を攫い、「探偵」が探す?

 子供の遊び?


「ルールは特にない。どんな魔法を使ってもいいし、怪我させる事も大丈夫だった。

 ただ一つ、『お姫様は逆らってはいけない』。それだけがルールだった。」

「怪我させて大丈夫?子供の遊びだよね!?」

「あはは、確かに。

 今考えてみると、あの頃はやんちゃ過ぎてたな。」

「『やんちゃ』って...」


 ...いや、そうかもな。

 子供だから、加減を知らない。ただ、子供の力なんてたかが知れている。

 前、金髪ショタアキラ君の魔法を見た事があるが、全然弱くて、大した事がなかった。

 だから、案外大丈夫だったのかもしれない。


「それで?どうやって勝負が決まるの?」

「探す役はお姫様を見つけて、ある場所に着くまで守り切れば勝利だ。

 隠す役がどれだけ長くお姫様を隠せた事によって、優劣を付ける。」

「勝利しても、時間を掛け過ぎるとダメ...という訳ではなく、単純に見つける早さを競うゲームね。

 ...飽きない?」

「範囲があの公園辺りだったから、途中で隠せる場所がお互い全部知り尽くしてて、確かにあのままでは飽きてるのだろうな。

 でも、ななちゃんが『お姫様』役やりたくないと言ってから、何もかもが変わったよ。」

「『お姫様役やりたくない』って...つまり私、いつも『お姫様』役!?」

「あはは、悪い。

 あの頃、俺もひなちゃんも、まだななちゃんの事をちょっと...」

 言葉の途中で口を閉じて、あき君は俺に苦笑いした。


「舐めていた」と言いたいのだろう。だけど、言葉が悪いから、言わなかった。

 別に言われても気にしないけど...


「それで、私も(たん)...探す役とか、隠す役をやった、と。

 どうだった、私は?」

「凄かったよ。実際アレが勝負そのものだった。

 俺もひなちゃんも、ななちゃんに『お姫様』役以外できないと思っていたから、一緒に反対していたが、『でしたら勝負ね』と言われて、『しようじゃないか!』と挑発に乗ってしまった。

 勝負だったから、俺も、きっとひなちゃんも真剣だったと思う。

 だけど、ななちゃんが一番になった。探す役の時、気づいたらお姫様を助け出して、勝利していた。隠す役の時、ルールに時間制限がなかったけど、帰るまで俺も『お姫様』役のひなちゃんを、ひなちゃんも『お姫様』役の俺を見つけられなかった。

 今もななちゃんが『お姫様』をどこに隠していたのか、気になっているのだが...」

 あき君はまた途中で口を閉じた。

 何故だ?何故、彼は言葉を半分しか喋らない?


 でも、言いたい事は分かる。「私」が「お姫様」を隠す場所を「気になっているが」、「記憶喪失」の俺から答えを得られない。だから、途中で喋るのを止めた。

 ...空気が重くなる前に、手を打とう。


「あき君が『お姫様』、ぷっ...」

 手で口を隠して、笑うフリをする。


「や、いや、ただの役の呼称だから!別に『お姫様』とか...」

 俺のこの行動を見たあき君は慌てて否定するが、俺は手を上げて、彼を止めた。


「分かってる。

 ただ、うっかり『ドレスを着たあき君』が脳に浮かんで、ぷっ、ふふ...ごめん、あき君。」

「あ、はは...」


 でも、あき君女顔だから、長い髪のウィッグを被せば...意外とドレスが似合うかもしれない。


 ドンっと、突然上から大きな爆発音がした。

 まさか、雛枝の所から?


「ななちゃん...行った方が良いかな?」

「折角下りたから、戻りたくないけど...仕方ないね。

 一旦上に戻ろう、あき君!」

「分かった。じゃ、先に行くからな。」

 そう言って、あき君は俺を置いて、階段を駆け上った。


「速いね。」

 流石この世界の健康優良児。

 俺は俺のペースで、ゆっくり登ろう。頑張りすぎると、途中で力が尽きるかもしれないから。

 ......

 ...


 元の階に戻ると、あき君と雛枝が戦っているのを見た。


「何でぇえ!?」


 知らない間に、俺はまた別の世界に跳んだのか?


「あ、姉様!」

 だけど、雛枝は俺を見た瞬間、魔力を体内に戻して、俺に向かって飛んできた。

「コレ。」

 そう言って、手に掴んでいるものを俺に見せた。


 タマだ。猫のタマだ。

 猫らしく、弱点である首の上辺りを掴まれて、動けないでいる。

 だけど、俺の顔を見ると、すぐに「にゃおぅ」と低い鳴き声をした。


「ごめん、タマ。ちょっと忘れてて...」

 言いながら、俺は雛枝の手からタマを受け取った。


「にゃお!」

 だけど、俺に抱っこされたタマはすぐに飛び降りて、人の姿になった。

「ななえ、酷い!私、二度も忘れられて、超怒ってるからね!」


「ごめん!

 ってか、やっぱ気にしてたのか、あの日の事。」


 何日前、お父様の所に行った時に、タマを呼ぶのを忘れて、彼女を学園の屋上に残した。

 その後、タマはずっと俺に呼ばれるのを待っていたらしく、結局モモに頼んで彼女を屋敷に呼び戻した。


「二度も忘れられると思わなかった!だから、私もあの事を忘れようと。

 なのに...」

「ごめん、三回目は絶対ないから。

 同じ事を三度も繰り返さないのが私のポリシー。だから、もう絶対、タマを一人にしないから。」

「絶対だよ。」

「うん。絶対。」

「...にゃお。」

 猫の声真似をして、タマはまた猫に戻った。

 あれ、文句を言うためだけに人間になったのか?五分も経ってないのに、もう満足したのか?


「にゃ~。」

 猫のタマが鳴き、そして俺の足に前足を当てた。


「にゃ。」

 釣られて、俺も猫の鳴き声を真似した。

 可愛いな、タマ。この可愛さを目の前にしたら、何も考えられなくなる!


「あ、あの、姉様?」

 雛枝が俺に声を掛けた。


「ん?どうした、雛枝?声が震えているよ。」

「だって、姉様!猫が人に、人が猫に...?」

「言ったろ、『メイドだ』って。」

「言ったけど!『人間だ』って、言ってない!」

「メイドは人間だよ。何言ってんの?」

「いや、そうだけど...でも、え?」


 雛枝が混乱している。

 これが見たくて、俺は敢えてあの時、あのような曖昧な言い方をしたんだ。

 いや~、楽しい!。


「それより、雛枝。今起こっている事を説明してくれる。

 どうしてあき君と戦っていた?」

「え?あぁ...

 なんか、そんなの...どうでもよくなった。」

「え、どうでもいい事で戦っていたの?」

「いや、どうでもよくなかったけど...

 あいつ、姉様一人を残して、先に上って来たじゃない?

 だから、許せなくて、怒った。懲らしめようとした。」


 ん?怒る要素ある?


「ななちゃん、ごめん。今回は俺が悪かった。」

 恐れ恐れ近寄って来たあき君にいきなり謝られた。何故?


「ひなちゃんの言う通り、ななちゃんを一人にさせて悪かった。

 慌てていたが、もっとななちゃんに気を配るべきだった。」

「いや、そんな事で?」


 一歳しか離れてないのに、俺、あき君の目から何歳児に見えるのだろう?


「そんなしょうもない理由でケンカしない!寧ろ私の方が、二人から目が離せない!

 そして周りを見ろ!」

 俺はボロボロになっていた氷の床と壁を指さす。

「これ、どうするつもり?魔法で直せる?」


「直せるけど...やる気がない。」

 雛枝が俺の予想もしなかった言葉を口にした。

「気にせず下りましょう、姉様。」


「いや、ダメでしょう!『器物損害罪』はないの、ここ?物を壊したら、少なくとも『賠償』くらいは必要でしょう?」

 至極真っ当な事を言ったと思う。


「だけど、先にあたしを怒らせた支配人も悪いよ!あたしだけが悪いじゃない!」

「...どういう事?」

「あたし、『忘れ物した』と言ったのに、鍵だけ送ってくれればいいものの、しつこく人を来させようとしたもの!

 姉様を待たせているのに、待っていられないでしょう?」

「あー、いや...」

「だから、自分でドアを開けた。

 そしたら、『勝手に開けちゃうダメなんですよ』と絡んでくるし、『警察に連絡するから、待ててください』って?

 姉様を待たせているのに、待っていられないでしょう!」

「......」


 開いた口が塞がらない。

 俺の中では、もう完全に「雛枝が悪い」という事になっていた。

 だけど、今の雛枝は気が立っている、説教しても聞き入れないだろう。なので、雛枝の事は一先ず置いておいて、俺は先に周りを見て、ホテル関係者の人を探した。


「...誰もいない。」

「逃げ帰ったみたいね。

 姉様、もう下りましょう。どうせここでは、誰もあたしに手を出せないから。」

「......」

 無言で雛枝を睨んだ。

 でも、すぐに深呼吸して、心を落ち着かせた。


「あき君、ホテルの支配人に連絡取れる?」


 あき君はくるりと周囲を見渡して、俺に苦笑いをした。

「この階では無理だが、次の階で連絡できると思う。

 けど、ここで警察が来るのを待った方が良い。」


「そうね。」

 とんだ時間ロスだが、大人しくしておこう。

「雛枝も、大人しく私達と警察が来るのを待とう。良い?」


「え~?気にせず下りましょうよ。」

「だめ。

 大人しく『お人形』になって、喋らないで隅っこに居て。オーケー?」

「どうしてそんなに気にするの?別に大丈夫だよ、あたしが姉様を守るから。」

「良いから、雛枝。姉様に従いなさい、雛枝。」

「...は~い。」


 雛枝が嫌そうにしているが、俺に従ってくれている。

 良かった。

 正直に言うと、雛枝は俺の手に余る。動物に例えるなら、「虎」だな。

 (あい)らしい外見で、(いと)しくて仕方がないが...

 ...人を食い殺せる生き物でもある。

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