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第四節 頂点に立つ者③...力のない最弱の王様

「『二次魔無品』は平気?」

 氷のお部屋に入ってすぐ、氷の国の王様が俺に聞いた。


「えぇ。

 直接魔法を掛けられた物じゃなければ、基本平気です。」

 自分の体の特徴を思い出して、俺は返事した。


 そんな俺の返事を聞いて、王様は小さく微笑んで、厨房に見える部屋へ行った。

 残った俺と雛枝はお互いの目を一回見って、毛布を敷いた三人くらい座れる氷の長い椅子に座った。


 柔らかい...

 氷の椅子なのに、ソファーに座っているような心地だ。


「これ、本当に氷なのか?」

 椅子を叩いて、雛枝に聞いた。


「他の国の人にとって珍しいでしょうね。

 このようなタイプな椅子、氷の椅子に見えて、実は中だけが氷なんだよ。

 外側は氷に見える透明な、高熱でしか溶けない素材を使って、中の氷を包み込んでいるのだ。」

 言いながら、雛枝は足元の毛布を上げて、椅子の座枠を見せた。


「へー、考えたね。」

 そういう都合のいい素材、この世界にはあるのか?

 樹脂?樹脂かな?


「お尻を載せる所だけが伸縮性のある素材を使って、座っていると、中の氷も段々と融けていき、柔らかくなっていくのだよ。

 毛布を敷いたのは、そこの氷があたし達の熱を取りすぎない為、同時に氷自体が速く融けてしまい、柔らかくなりすぎない為だよ。」

「あぁ。座った時に、まだ冷たくないと感じていたが、そのうち寒くなるのだね、お尻が。」


 自分のお尻を見てみた。

 ズボンが三枚着込んでいて、全く冷たさを感じられなかった。


「一応、座る時に毛布に掛かってる『断熱』の魔法を発動させるのだが...姉様、どうする?」

「魔法?『毛布』自体断熱できないの?」

「足りないでしょう?だから『断熱』効果のある魔法を使って、完全に熱が氷に奪われないようにするのだよ。

 少し座ってから発動した方がいいのだが、姉様は『魔法がダメ』でしょう?

 何だったら、あたしの膝に座る?」

「膝!?」


 プニプニして柔らかそうな雛枝を膝を見て、生唾を飲んだ。


「あ、良いね!なんと良い考えでしょう!

 さぁ、姉様!あたしの膝に座っててみてください!

 気持ちいいと思いますよ!さぁさぁさぁ!」

 俺がその気になっていると勘違いしたか、雛枝は自分の膝を叩いて、俺を誘った。


 なんたか話がおかしな方向に行っているようだが、俺は別に雛枝の膝の上に座りたくない。

 俺にとっての()()()のためのもの、頭を乗せる所であって、尻ではない!


「...いい。服、結構何枚も重ねているし、タマも中に入っているから、別に寒くない。」

 服の中の命を抱きしめて、襟の所にある小さい頭を撫でる。


 さっきからゴロゴロと鳴いて、俺の懐の中に寝ているタマは本当に最高!本当の猫みたいで、超かわいい!

 ただ、ちょっと寝すぎじゃない?正体は人間だよね?

 何はともあれ。


「それより、王様は何をしに行った?」

 雛枝の興味を逸らす為に、別の話題に変える。


 氷でできた美しい部屋の中に、双子の美少女を誘い込んで、一人だけ別の部屋に行くとか、何のプレイ?

 でも、目の前にはとても大きな水槽があって、多種多様な魚が泳いでいる。テレビ代わりに目を楽しませられるので、「放置プレイ」されても平気だ!


 が、気になる。

 特に、王様が入ったその厨房っぽい部屋、外から中が丸見えだから、一発で「厨房」だと見て分かった。

 そして、中が見えるから、今王様がしている事もよく見える。


「何かを作ってるね。何でしょう?ミルク以外、見た事のない食材だね。」

「え、見た事がない?」


 雛枝の言葉を聞いた俺は変なものを食べさせられないかって、心配で椅子から立ち上がって、厨房の方に足を向けた。


 透明な氷「ガラス」の向こう、王様は何かの豆を手にして、一回空中に投げると、「(さい)」と言って、豆を粉々にした。

 豆を直接魔法を掛けて、粉々にした訳ではない。目を凝らして見ないと見えないが、透明なナイフで何度も何度も豆を切り刻んで、粉々にしている。


 ...これは俺への気遣いだな。

 確かに、こういうやり方で豆を砕けば、豆は魔法によって砕かれるが、豆自体に魔法が掛けられていない事になる。

 マオちゃん達はこういう方法で俺に料理を作っていたから、魔法が使えない俺だが、何となく理解できた。

 これが「二次魔無品」の作り方でもある。完全な魔法なしの手作り「魔無(まなし)品」ではないが、基本俺への影響はない。


 続けて、王様はなんと、空中に火を燃やした!

 その火の上に透明な氷を置き、瞬く間にその氷が融けて、水となったが、下の方だけが融けずに、水となった氷を受け止める器となっていた。


 ...下の方は透明でも、氷じゃなかったのかもしれないな。


 そのまま水を沸かし、お湯にした。

 豆の粉も一瞬火の中を通してから、透明なカップに入れて、お湯を少し注いで、軽くスプーンでかき混ぜた。

 そして、牛乳のような物をゆっくり中に注いで、スプーンで続けて混ぜた後、その出来上がった物を透明な茶漉しを通して、透明なマグカップに入れ替えた。


 これは、もしや「ホットココア」を作っているのでは?作った事がないから、自信はないか。

 全ての物が透明で幻想的。作る時の動きもかなりかっこいい!

 場所も場所だから、まるでショーを見せられているようで...求められた訳じゃないが、拍手をしたくなる!

 くぅ~、マジックショーは本当に見ていて楽しい!実際は本物の魔法を使っているだけなのに、俺の体を気遣って、一手間を加えただけで、何となくかっこよく見える!


 料理の出来る男子か...俺もそのうち、料理をまたしよっかな?



 その後、二人分のホットココアが出来上がってから、王様はそれを持って、厨房を出る。途中で外で待っていた俺を見ると「あっ」と驚いて、にっこりと笑みを返してくれた。


「見ていましたか、恥ずかしいな。」

「何を作っているのか、気になって。

 見られたくなかったのですか?」


「そんな事はない。」

 言いながら、王様はホットココアを机の上に置き、取っ手を俺の方に向かせた。

「熱いので、カップの周りに触れないように気を付けて。」


 言われた通りにカップの取っ手を掴んで、口に近づけて、椅子に戻った。

 甘い匂い...ココアの匂いだ!

 本当にホットココアを作っていたんだな。ビンゴ!ナイス、俺。


「寒い場所だから、最初は温かい飲み物の方がいいかな、と思った。

 今はとても熱いから、舌が火傷しないように、気を付けて飲んで。」

「うん。」


 チュルッと一口...温かくて、甘い。

 部屋の中である事もあって、俺は帽子を脱いでいる。それで少し頬が寒くなっていたが、このホットココアのお陰で、寒くなくなった。


「姉様、平気?」

「うん、平気~。」


 魔無品でも、これは「二次」だから、間接的にだが、魔法を受けられている。

 なので、偶に「二次魔無品」なのに、触って気分を悪くする事がある。それを知っていたのか、雛枝は俺の心配をしてくれた。

 そして、今回は大丈夫だった。


「はぁ、おいしっ。」


 熱量が体の中を廻り、ほっとする...気持ちが穏やかになる...


「これは何だ?名前は?名前はあるの?」

 俺の後で一口を飲んだ雛枝、ホットココアが気に入ったか、王様に質問した。

 だけど、なに?女の子なのに、ホットココアが知らないのか?

 女の子なら、甘い物は何でも知っていると思っていた。


「祖先の故郷から取り寄せた種で、『カカオ』という名前だ。ここでは育たない植物。

 その種子は意外と牛乳に合うもので、少し手を加えたら、このような甘い飲み物になる。

 生憎だが、この飲み物の名前はまだない。」

 王様が雛枝に説明した。


 意外な事に、「ホットココア」という名前はこの世界になかった。

 雛枝に自分の知識を披露しようとしたが、その前に王様が説明してくれて、助かった。


「へ、へ~...名前がないのか。」

 口が勝手に動かないように、カップを唇に当てた。


 危なかった。

 もし、王様より先に答えていたら、自分がこの世界の人じゃないって事がばれてしまうところだった。

 そうなると、実験材料にされてしまって、体に色々なお注射されるかもしれない...

 ...いや、考えすぎ...


「姉様。熱いなら、無理に飲まないで。

 媚薬が入っているかもしれないから。」

「媚薬って...」


 作っているところを見ていたから、媚薬類なものが入っていない事を確認している。王様に無実の罪を着せるな。

 って、よく見たら、雛枝は俺を睨んでいた。

 まさか、俺を疑っているのか?正体を?

 ...俺が一瞬焦ったのを見たのか?見て、俺を疑ったのか?


「お、王様!私達と話があるじゃないんでしたか?」

 あからさまだが、話題を変えた。

「王様なのに、仕事をしていました。何故?

 私、正直『王族』でもあり得る事だと思うが、『王様』は仕事しないと思っていた。

 ご先祖様の故郷?ここではないのですか?」


「あぁ...まぁ、国王だが、力の最も弱い国王だ。

 もう気付いていると思うが、僕は自分の国民にも侮られている。

『タダ飯食い』と言われたくないから、『仕事』をしている。」

「そんな事あり得ます?」

「他の国は分からない。この国特有のものなのかもしれない。

 仕事した分の『敬意』は得られるが、国王としての僕は実質、四十七区各区首脳のまとめ役に過ぎない。

『決定権』などはないんだ。」


 四十七区か。日の国と同じ数だな。


 この世界は本当に分からない。

 王様で、他を凌ぐ特別な力・魔法を持っているのに、「決める」権利はない。

 って事は何?その「各区首脳」が政策とかに巡って喧嘩する時、話に加えられないのに無理矢理参加させられて、しかし自分の意見を述べられないと?

 やりたくない仕事ナンバーワンじゃないか!


「息抜きに国内小旅行とかしてるでしょう。

 面白い場所、あります?紹介してくれると嬉しいのですか。」

「いや、下層部に行った事がない。」

「え?」


 国王陛下は下々が住む場所に行かないって事?


「行けない事はないが、僕の種族・王族『麒麟』はどっちかというと『地上種』でね。昔から、下層部に基本行かないようにしているんだ。」

「集まる時、いつもココって事?

『今回はあの区でしよう、次回はこの区でしよう』とか、首脳達と会議する場所の相談はしません?」

「力のない王でも、各区の内政干渉をしないように、何処にも入らない方がいい。」

「王様なのに、自国内で()()だけでも『内政干渉』?ちょっとおかしくない?」

「区同士の小競り合いが起きても、僕は止める事が出来ないんだ。」

「それもおかしい...」


 きっと、ここは「こういう場所」なんた。

 おかしいと誰もが思っているが、自分の利益の為、誰も変えようとしなかった。

 ムカつく。


「そして『故郷』の事だか。

 僕の祖先はここから遥か遠い地に生まれ、人々の争いが嫌う為にここに引っ越しただそうだ。」

「へー。

 歴史の話...っていうか『神話』時代の話っぽいですね。」

「そうだな、その通りだと思う。

 王族がここに引っ越して来て、人も段々と集まって、いつの間にか『国』となっていた。

 というのが『氷の国」の建国史だそうだが、曖昧な部分が多く、信憑性に欠ける。

『生まれた地』という場所も、地図を見れば分かると思うが、言い伝えの中の環境と全然違うんだ。」

「カカオが育てた場所ね、暑い地域...」

「えぇ、そうだ。ココとは真逆な環境。

 よく分かったな。」

「えっ?」


 あれ?カカオの生息環境について教わったっけ?

 ...王様の口からは出て来ていなかった。そして、雛枝が知らない事から、恐らく一般知識でもない。

 つまり、「やっちまった」?


「幸い、ここなら物が育たない代わりに、傷みにくいので、大量にまとめ買いが出来る。

 暑い地域でしか育たない植物でも、買えない高額になる事はない。」


 俺のミスに気がつかなかったか、王様は話を続けた。

 セーフ!


「偶に国を出て、他国の物をまとめ買いして来るのですか?」


 まとめ買いという名の旅行、そして自分の為だけのお土産「カカオ」。

 そう考えると、ちょっと羨ましい。


「いや、他の人に頼んでいる。

 国王が無闇に国を出る訳にはいかないだろう?

 特にまだ子孫を残していない『国王』、他国で命を落としてもしたら、王族が滅ぶ上に、戦争が起きる。」

「そんな大きい話!?」


 子孫のない王様?戦争?

 話が分かる為、一瞬でこの王様が可哀想に思えてきた。

 そうか。体が健康でも、何処にも旅行に行けないんだ。

 気づいたら、閉じ込められていた、「王」と呼ばれている囚人...


「私より可哀想ですね。」

 つい、言葉を漏らした。


「どういう意味?」

 王様が戸惑う。


 余計な事を言わない方がいいと思うが、この世界は幸い「平和な世」、「言葉程度」では人が死ぬ事にはならない。


「だって、私は体が弱いから屋敷を今まで出られなかったけど、何とかできる方法が見つけった今、こうしてここへ旅行に出かけられた。

 それに比べ、王様は旅行できる体を持っているのに、どこにも行けないんだもの。

 身分というものに縛られて、チャンスを潰されて。

 しかも、『身分』の方は王様に特にメリットを与えていない。王なのに、権力がない。権力がないのに、『国王の責任』みたいなものを背負っている...

 本当に可哀想。」

 思った事を遠慮なく述べた。「目上の者への敬意」とか、俺、わかんない。


 ...力を持っても、色んなシガラミがあって、自由に発揮できない。好き放題にできない。

 ()様なのに、可哀想。


「不思議な女の子だな、貴女は。」

 不意に、王様にそんな事を言われた。


「え、不思議?」


 俺、「不思議」属性はあったっけ?無いよな。

 不思議ちゃんはもっと頭のおかしい事を言う筈だから、俺は「不思議ちゃん」じゃないよな。


「守澄さん、喰鮫さん。今日の住む所は決まってるのか?」

 俺の質問に答える事なく、王様はまた話題を変えた。

 俺も別にそれ程気にしていない。なので、気にしない事にした。


「宿?いや、まだないじゃ...」


「ある!もう予約してある!」

 俺が王様に返事する前に、雛枝が強引に話に割り込んできた。

「水晶(かん)、煌めく夜に、安らぎを。

 この無駄に高い山の中、一番のホテル、予約して鍵も貰っている。

 王様に出来る事は一つも二つも、三つも四つも、全くないのであるのだよ。」

 そう言って、雛枝は俺に抱き着いた。おもちゃを取られたくない子供のようだ。


 ...子供?

 考えてみれば、俺と雛枝はまだ「子供」なんだよな。

 子供がホテルを予約?


「雛枝が一人で予約とかしたの?」

「はい、そうだよ、姉様!

 姉様が最も心地良く感じる部屋を隈なく探して、見素晴らしくも人工保温の部屋を幾つも予約した!

 何階降りても、必ず休める所があるので、安心ください!

 王様の話に耳を傾けない!男はみんな狼!襲われないように、あたしが付いているけど、あたしに付いて来なさい!」

「あー...」


 喋るのが速くて、半分も聞き取れない喧しい子だけど、何故か憎めないな。

 声が綺麗だから?

 言葉がきちんと聞き取れないが、小鳥が(さえず)っていると思えば、それが心地よい音色にも思える。


「あのね、雛枝?」

「はい、何でしょうか、姉様?

 雛枝は何でもお答えするよ、何でも聞いて!」

「うん、『何でも』か。」


 何でも...何でも...

 いや!欲に流されて、質問を変えるな、俺!


「...雛枝は『子供』だよね?」

「え?」

「『子供』は旅館の予約ができるの?」


 尤もな質問をしたと思う。

 例え世界が違っても、十四の小娘が一人で旅館の予約ができると思えない。「お嬢ちゃん、どこから来たの?親は?」って言われるのがオチだ。


「子供じゃないよ!姉様と同い年!」

 そう言いながら、頬を膨らんで怒る雛枝。

 子供らしくで、可愛いな。


「姉様、あのねあのね、あたしはここではとても偉いんだよ!凄いんだよ!誰もあたしに逆らえないよ!

 あたしを怒らせた人は社会で生きていけないよ。全国の人に避けられる、嫌われる、狙われる。

 ホテルの予約程度、お金支払っているだけで、その人達にとって有り難い事なのよ!氷の国で生きていたいなら、あたしの頼み、逆らっちゃういけないんだよ。」

「あ、そ。」


 子供は可愛いね、自分だけの世界で生きているって感じだ。

 ただ、まだ子供でも、雛枝はもう十四だ。まだ無邪気に「世界は自分を中心に回っている」と信じているのがちょっと心配だ。精神の成長が遅いような気がする。


「守澄さん、妹さんの言っている事、真剣に受け止めた方がいい。」

 意外な事に、王様は雛枝の味方をした。


「別に王様の口添えは要らないけど。」

 残念な事に、雛枝は恩知らずだった。


 この態度の悪さ、「王様」相手じゃなくても失礼すぎる。こんなのが俺の妹?

 可愛いけど、それで全てか許される訳ではない。


「雛枝、王様に『ごめんなさい』と言いなさい!」

 ちょっと強い口調で雛枝を責めた。


「姉様?」

 予想通り、雛枝は戸惑った表情を見せた。


 雛枝にとって、俺は「長い間会っていない姉」であるが、俺にとっての雛枝は全くの他人。その為という訳ではないが、出来るだけフレンドリーに彼女に接していても、遠慮して、彼女の振る舞いに多く口を挟まないようにしている。

 けど、俺は「短気」かもしれない。幼い女の子の心無い言葉にイラつき、何もしないのがいけないと思った。


「確認するか雛枝、君は誰に対しても、さっきのような態度を取るのか?」

「......」


 口を尖らせて黙り込んだが、それは逆に良い事だ。

 つまり、雛枝は少なくとも、「さっきの態度」はよくないものと知っている。

 知らない場合は「一」から教えないといけないけど、自分がそこまで頑張れる気がしないので、助かった。


「私自身も、きっとそれ程『礼儀正しい人』ではないと思うが、雛枝のは失礼を越えて、『無礼』レベルとなっている。」


 いや、「非礼」まで行ってるかも。


「意味なく失礼な態度を取るのはどうして?

 もし理由がないなら、人が気持ち良くなるような態度を取りなさい。

 理由があるなら、とりあえず言いなさい。」

 ないと思うか。


「ある...」


 あるのかよ!

 もしかして、少し前に言った「ライバル」って奴?雛枝の家がマフィアで、王様と敵対しているとかいうアレ?

 でも、それは「家」の事で、まだ子供の雛枝には関係のない...関係の浅い話だと思う。


「けど、あたしにはまだ早い話です、姉様...」

 言いながら、雛枝は立ち上がって、王様に向かって、頭を下げた。

「ごめんなさい、王様。」


 あっれ~?展開が早い!

 やはり子供だなと思っていたら、すぐに大人な対応を見せる。この子、精神年齢が低いのか、高いのか、どっちなんだろう?



「僕の方こそ、すぐに気が付かなくて、ごめん。

『姉様』を誰にも取られたくないのよね。馴れ馴れしくて、すみません。」

 王様も王様で、失礼な態度を取られたのに、全く怒っていない。

 大人だなと思うが、同時に「王らしくない」とも思った。


 というか、「姉様を誰にも取られたくない」って何?雛枝はそんな事を思ってるのか?


「姉様はあたしのヒロイン、昔と全然変わっていない。」

 そう言って、雛枝は急に俺に抱き着いてきた。

「あたしを叱ってくれるのは姉様だけだよ!

 姉様、大好き!」


「ちょ、雛枝!?」

 慌てて避けようとしたが、動きが全然間に合わず、避けられなかった。


「にゃぉっ!」

 そして、タマはまた俺と雛枝の体でサンドイッチの具にされた。

 可哀想なタマ。


「今日は驚くような事ばかりだな。」

 そんな呟きを、王様が口にしたような気がする。

 ......

 ...


「もうすぐ、太陽が月に変わる。これ以上引き留めるのも良くないだろう。

 なので、さよならだな。

 サボりの口実を与えてくれて、ありがとう。楽しい一時(ひととき)だった。」

「王様なのに、あはは...私も知らない事を多く知れて、とても楽しかったです。

 さようなら、王様。」

「ヘーカ。まだ結婚していないからって、姉様に妙な気を起こさないでよ。五年待ってもダメだからね。

 さよなら。」


 ココアを飲み切ると、俺達は氷の国の王様と別れを告げた。

 一刻も早く俺を旅館に案内したいのか、雛枝は俺の手を握り、俺を引っ張りながら歩き出した。


 きっと、王様をライバル視していたからだろう。頭脳明晰で、人の気持ちに敏感な俺だから分かる事だが、雛枝はちょっと「百合」だ。

 その相手は双子の姉である今の俺で、貞操の危機?

 いや、大丈夫だろう。

 どこまで「百合」っているのかはまだ分からないが、多分「一線を越えない百合」だ。姉を「姉」だと大事にし、「恋人」と思っていないだろう。

 たぶん...


「雛枝はどうして私を『ヒロイン』と...?」

「姉様?ヒロインという言葉を知ってるの?」

「えぇ。

 ちょっと特殊な言葉なの?」

「そうじゃない...と思うか。

 簡単に言うと、あたしは姉様が大好き、という意味よ。

 大事で大事で、一番大事な女の子。それが『ヒロイン』だよ。」

「へ~...」


 ...一応、警戒しておこう。


 そして、最初の難関は俺達の前に現れた。


「階段...?」

「はい、階段だよ、姉様。

 山の外ではなく、中にある階段。面白いでしょう?」

「面白いが...まさか、下りるの?」

「はい、山の下までずぅぅっと続く階段。五千段くらいあるよ。」

「五千っ!」


 五千の階段!?殺す気か!


「それって、どれだけ高い?」

「え、この山の高さ?分からないよ。」

「分からない?」

「聞いた事ないの。結構高いじゃない?」


 適当に答えてんじゃねぇよ、小娘が!


「階段の高さは?一段、どのくらい?」

「むー...」

 唸りながら、雛枝は階段を見つめた。

 そして、両手で階段の高さを測って、その距離を維持して両手を俺に見せた。

「このくらい?」


 舐めてんのか、小娘が!数値を言え、数値を!


「もういいよ、高いのは分かったし。

 ってか、エレベーターないの?何で原始人みたいに階段を歩かなきゃいけないの?」

「ないよ、ここは『神の遺跡』じゃないから。」

「遺跡じゃ、ない?」

「この時代の人々が作った『塔』だよ、神の時代では必要ないものだよ。

 転移魔法陣を設置するために、このくらいの高さがないとダメなのだ。だから作ったのだ。

 変だよね。転移魔法陣は、人を同じ海抜の場所にのみ転移できるのだ。

 だから他国と繋ぐ為に、この時代の人々がこの氷の山を作ったのだよ!」


 転移魔法陣が同じ海抜、つまり同じ高いところにしか、人を転移できない?

 そんなルールがあるのか?縛りプレイ?


「そして、わざわざこんな高い氷山(ひょうざん)を作ったのか?低い場所では作れなかったのか?」

「作った事があるだそうだよ。でも、使った人は誰も帰って来なかっただそうだ。

 炎の大蛇に燃やされて死んだとか、地下に住む魔族の餌食になったとか...

 兎に角、下で転移魔法陣を作るのは危険なんだって。」

「はぁ...」


 唖然とした。

 雛枝の話からだと、「下」で転移魔法陣を作って使ったら、別の国の「地下」に着く、という事。

 それが()()()()...って事は、この国は「かなり低い場所にある国」という事になる。


 低い場所...今まで気にもしていなかった事。

 この高い氷山は他国に無事に転移できる為に作られた「建物」。他国の土地の平均高さが、この氷山の海抜と同じって事になる。


「うわぁ、どうしよ?

 更にワクワクしてきた。」


 謎が増え、考える事が増えて、俺は...楽しくて仕方がない!


「人は、だからこそ、この美しい山を、自分の手で作り上げたのだね!

 エレベーターのある『太古の遺跡』ではなく、今、この世に生きている人々が、自らの手で作り上げた、『太古』でない遺跡!

 そうか、舐めてだよ、今の世の人々を。

 遺跡を作れるのは『太古の人』だけじゃない!この世の人間も、また巨大な遺跡を作れるのだな!

 あははははは!」


 テンションマックス!最高な気分!


「あの、姉様?」

「雛枝!」

「はい!?」

「大好きだよ、この世界が!」

「え、はい?」

「私は、この世界が、大好き!」

「あー、そうなのか。」


 血沸き肉躍る。自分が自分の感情を制御できない!

 きっと、急にはしゃぎ出した俺を、周りから凄い頭のおかしな人に見えてるのだろう。

 でも、何でだろう?そんなのどうでもいいと、今は思えた。

 実に気分が良い!体が暑くて、服を今すぐ脱ぎたい気分だ!


「はぁ、良かった...間に合った。」

 突然、一人の少年が階段から駆け上がってきた。

 その少年は俺を見つめて、すぐに謎の液体が入っている、一つの小瓶を渡してきた。


「すぐにこれを飲んで、ななちゃん。」

「え、あき君?」


 その少年をあき君だと理解した俺は、すぐに今、自分の身に起きている事が分かった。

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