第四節 頂点に立つ者③...力のない最弱の王様
「『二次魔無品』は平気?」
氷のお部屋に入ってすぐ、氷の国の王様が俺に聞いた。
「えぇ。
直接魔法を掛けられた物じゃなければ、基本平気です。」
自分の体の特徴を思い出して、俺は返事した。
そんな俺の返事を聞いて、王様は小さく微笑んで、厨房に見える部屋へ行った。
残った俺と雛枝はお互いの目を一回見って、毛布を敷いた三人くらい座れる氷の長い椅子に座った。
柔らかい...
氷の椅子なのに、ソファーに座っているような心地だ。
「これ、本当に氷なのか?」
椅子を叩いて、雛枝に聞いた。
「他の国の人にとって珍しいでしょうね。
このようなタイプな椅子、氷の椅子に見えて、実は中だけが氷なんだよ。
外側は氷に見える透明な、高熱でしか溶けない素材を使って、中の氷を包み込んでいるのだ。」
言いながら、雛枝は足元の毛布を上げて、椅子の座枠を見せた。
「へー、考えたね。」
そういう都合のいい素材、この世界にはあるのか?
樹脂?樹脂かな?
「お尻を載せる所だけが伸縮性のある素材を使って、座っていると、中の氷も段々と融けていき、柔らかくなっていくのだよ。
毛布を敷いたのは、そこの氷があたし達の熱を取りすぎない為、同時に氷自体が速く融けてしまい、柔らかくなりすぎない為だよ。」
「あぁ。座った時に、まだ冷たくないと感じていたが、そのうち寒くなるのだね、お尻が。」
自分のお尻を見てみた。
ズボンが三枚着込んでいて、全く冷たさを感じられなかった。
「一応、座る時に毛布に掛かってる『断熱』の魔法を発動させるのだが...姉様、どうする?」
「魔法?『毛布』自体断熱できないの?」
「足りないでしょう?だから『断熱』効果のある魔法を使って、完全に熱が氷に奪われないようにするのだよ。
少し座ってから発動した方がいいのだが、姉様は『魔法がダメ』でしょう?
何だったら、あたしの膝に座る?」
「膝!?」
プニプニして柔らかそうな雛枝を膝を見て、生唾を飲んだ。
「あ、良いね!なんと良い考えでしょう!
さぁ、姉様!あたしの膝に座っててみてください!
気持ちいいと思いますよ!さぁさぁさぁ!」
俺がその気になっていると勘違いしたか、雛枝は自分の膝を叩いて、俺を誘った。
なんたか話がおかしな方向に行っているようだが、俺は別に雛枝の膝の上に座りたくない。
俺にとっての膝は膝枕のためのもの、頭を乗せる所であって、尻ではない!
「...いい。服、結構何枚も重ねているし、タマも中に入っているから、別に寒くない。」
服の中の命を抱きしめて、襟の所にある小さい頭を撫でる。
さっきからゴロゴロと鳴いて、俺の懐の中に寝ているタマは本当に最高!本当の猫みたいで、超かわいい!
ただ、ちょっと寝すぎじゃない?正体は人間だよね?
何はともあれ。
「それより、王様は何をしに行った?」
雛枝の興味を逸らす為に、別の話題に変える。
氷でできた美しい部屋の中に、双子の美少女を誘い込んで、一人だけ別の部屋に行くとか、何のプレイ?
でも、目の前にはとても大きな水槽があって、多種多様な魚が泳いでいる。テレビ代わりに目を楽しませられるので、「放置プレイ」されても平気だ!
が、気になる。
特に、王様が入ったその厨房っぽい部屋、外から中が丸見えだから、一発で「厨房」だと見て分かった。
そして、中が見えるから、今王様がしている事もよく見える。
「何かを作ってるね。何でしょう?ミルク以外、見た事のない食材だね。」
「え、見た事がない?」
雛枝の言葉を聞いた俺は変なものを食べさせられないかって、心配で椅子から立ち上がって、厨房の方に足を向けた。
透明な氷「ガラス」の向こう、王様は何かの豆を手にして、一回空中に投げると、「砕」と言って、豆を粉々にした。
豆を直接魔法を掛けて、粉々にした訳ではない。目を凝らして見ないと見えないが、透明なナイフで何度も何度も豆を切り刻んで、粉々にしている。
...これは俺への気遣いだな。
確かに、こういうやり方で豆を砕けば、豆は魔法によって砕かれるが、豆自体に魔法が掛けられていない事になる。
マオちゃん達はこういう方法で俺に料理を作っていたから、魔法が使えない俺だが、何となく理解できた。
これが「二次魔無品」の作り方でもある。完全な魔法なしの手作り「魔無品」ではないが、基本俺への影響はない。
続けて、王様はなんと、空中に火を燃やした!
その火の上に透明な氷を置き、瞬く間にその氷が融けて、水となったが、下の方だけが融けずに、水となった氷を受け止める器となっていた。
...下の方は透明でも、氷じゃなかったのかもしれないな。
そのまま水を沸かし、お湯にした。
豆の粉も一瞬火の中を通してから、透明なカップに入れて、お湯を少し注いで、軽くスプーンでかき混ぜた。
そして、牛乳のような物をゆっくり中に注いで、スプーンで続けて混ぜた後、その出来上がった物を透明な茶漉しを通して、透明なマグカップに入れ替えた。
これは、もしや「ホットココア」を作っているのでは?作った事がないから、自信はないか。
全ての物が透明で幻想的。作る時の動きもかなりかっこいい!
場所も場所だから、まるでショーを見せられているようで...求められた訳じゃないが、拍手をしたくなる!
くぅ~、マジックショーは本当に見ていて楽しい!実際は本物の魔法を使っているだけなのに、俺の体を気遣って、一手間を加えただけで、何となくかっこよく見える!
料理の出来る男子か...俺もそのうち、料理をまたしよっかな?
その後、二人分のホットココアが出来上がってから、王様はそれを持って、厨房を出る。途中で外で待っていた俺を見ると「あっ」と驚いて、にっこりと笑みを返してくれた。
「見ていましたか、恥ずかしいな。」
「何を作っているのか、気になって。
見られたくなかったのですか?」
「そんな事はない。」
言いながら、王様はホットココアを机の上に置き、取っ手を俺の方に向かせた。
「熱いので、カップの周りに触れないように気を付けて。」
言われた通りにカップの取っ手を掴んで、口に近づけて、椅子に戻った。
甘い匂い...ココアの匂いだ!
本当にホットココアを作っていたんだな。ビンゴ!ナイス、俺。
「寒い場所だから、最初は温かい飲み物の方がいいかな、と思った。
今はとても熱いから、舌が火傷しないように、気を付けて飲んで。」
「うん。」
チュルッと一口...温かくて、甘い。
部屋の中である事もあって、俺は帽子を脱いでいる。それで少し頬が寒くなっていたが、このホットココアのお陰で、寒くなくなった。
「姉様、平気?」
「うん、平気~。」
魔無品でも、これは「二次」だから、間接的にだが、魔法を受けられている。
なので、偶に「二次魔無品」なのに、触って気分を悪くする事がある。それを知っていたのか、雛枝は俺の心配をしてくれた。
そして、今回は大丈夫だった。
「はぁ、おいしっ。」
熱量が体の中を廻り、ほっとする...気持ちが穏やかになる...
「これは何だ?名前は?名前はあるの?」
俺の後で一口を飲んだ雛枝、ホットココアが気に入ったか、王様に質問した。
だけど、なに?女の子なのに、ホットココアが知らないのか?
女の子なら、甘い物は何でも知っていると思っていた。
「祖先の故郷から取り寄せた種で、『カカオ』という名前だ。ここでは育たない植物。
その種子は意外と牛乳に合うもので、少し手を加えたら、このような甘い飲み物になる。
生憎だが、この飲み物の名前はまだない。」
王様が雛枝に説明した。
意外な事に、「ホットココア」という名前はこの世界になかった。
雛枝に自分の知識を披露しようとしたが、その前に王様が説明してくれて、助かった。
「へ、へ~...名前がないのか。」
口が勝手に動かないように、カップを唇に当てた。
危なかった。
もし、王様より先に答えていたら、自分がこの世界の人じゃないって事がばれてしまうところだった。
そうなると、実験材料にされてしまって、体に色々なお注射されるかもしれない...
...いや、考えすぎ...
「姉様。熱いなら、無理に飲まないで。
媚薬が入っているかもしれないから。」
「媚薬って...」
作っているところを見ていたから、媚薬類なものが入っていない事を確認している。王様に無実の罪を着せるな。
って、よく見たら、雛枝は俺を睨んでいた。
まさか、俺を疑っているのか?正体を?
...俺が一瞬焦ったのを見たのか?見て、俺を疑ったのか?
「お、王様!私達と話があるじゃないんでしたか?」
あからさまだが、話題を変えた。
「王様なのに、仕事をしていました。何故?
私、正直『王族』でもあり得る事だと思うが、『王様』は仕事しないと思っていた。
ご先祖様の故郷?ここではないのですか?」
「あぁ...まぁ、国王だが、力の最も弱い国王だ。
もう気付いていると思うが、僕は自分の国民にも侮られている。
『タダ飯食い』と言われたくないから、『仕事』をしている。」
「そんな事あり得ます?」
「他の国は分からない。この国特有のものなのかもしれない。
仕事した分の『敬意』は得られるが、国王としての僕は実質、四十七区各区首脳のまとめ役に過ぎない。
『決定権』などはないんだ。」
四十七区か。日の国と同じ数だな。
この世界は本当に分からない。
王様で、他を凌ぐ特別な力・魔法を持っているのに、「決める」権利はない。
って事は何?その「各区首脳」が政策とかに巡って喧嘩する時、話に加えられないのに無理矢理参加させられて、しかし自分の意見を述べられないと?
やりたくない仕事ナンバーワンじゃないか!
「息抜きに国内小旅行とかしてるでしょう。
面白い場所、あります?紹介してくれると嬉しいのですか。」
「いや、下層部に行った事がない。」
「え?」
国王陛下は下々が住む場所に行かないって事?
「行けない事はないが、僕の種族・王族『麒麟』はどっちかというと『地上種』でね。昔から、下層部に基本行かないようにしているんだ。」
「集まる時、いつもココって事?
『今回はあの区でしよう、次回はこの区でしよう』とか、首脳達と会議する場所の相談はしません?」
「力のない王でも、各区の内政干渉をしないように、何処にも入らない方がいい。」
「王様なのに、自国内で歩くだけでも『内政干渉』?ちょっとおかしくない?」
「区同士の小競り合いが起きても、僕は止める事が出来ないんだ。」
「それもおかしい...」
きっと、ここは「こういう場所」なんた。
おかしいと誰もが思っているが、自分の利益の為、誰も変えようとしなかった。
ムカつく。
「そして『故郷』の事だか。
僕の祖先はここから遥か遠い地に生まれ、人々の争いが嫌う為にここに引っ越しただそうだ。」
「へー。
歴史の話...っていうか『神話』時代の話っぽいですね。」
「そうだな、その通りだと思う。
王族がここに引っ越して来て、人も段々と集まって、いつの間にか『国』となっていた。
というのが『氷の国」の建国史だそうだが、曖昧な部分が多く、信憑性に欠ける。
『生まれた地』という場所も、地図を見れば分かると思うが、言い伝えの中の環境と全然違うんだ。」
「カカオが育てた場所ね、暑い地域...」
「えぇ、そうだ。ココとは真逆な環境。
よく分かったな。」
「えっ?」
あれ?カカオの生息環境について教わったっけ?
...王様の口からは出て来ていなかった。そして、雛枝が知らない事から、恐らく一般知識でもない。
つまり、「やっちまった」?
「幸い、ここなら物が育たない代わりに、傷みにくいので、大量にまとめ買いが出来る。
暑い地域でしか育たない植物でも、買えない高額になる事はない。」
俺のミスに気がつかなかったか、王様は話を続けた。
セーフ!
「偶に国を出て、他国の物をまとめ買いして来るのですか?」
まとめ買いという名の旅行、そして自分の為だけのお土産「カカオ」。
そう考えると、ちょっと羨ましい。
「いや、他の人に頼んでいる。
国王が無闇に国を出る訳にはいかないだろう?
特にまだ子孫を残していない『国王』、他国で命を落としてもしたら、王族が滅ぶ上に、戦争が起きる。」
「そんな大きい話!?」
子孫のない王様?戦争?
話が分かる為、一瞬でこの王様が可哀想に思えてきた。
そうか。体が健康でも、何処にも旅行に行けないんだ。
気づいたら、閉じ込められていた、「王」と呼ばれている囚人...
「私より可哀想ですね。」
つい、言葉を漏らした。
「どういう意味?」
王様が戸惑う。
余計な事を言わない方がいいと思うが、この世界は幸い「平和な世」、「言葉程度」では人が死ぬ事にはならない。
「だって、私は体が弱いから屋敷を今まで出られなかったけど、何とかできる方法が見つけった今、こうしてここへ旅行に出かけられた。
それに比べ、王様は旅行できる体を持っているのに、どこにも行けないんだもの。
身分というものに縛られて、チャンスを潰されて。
しかも、『身分』の方は王様に特にメリットを与えていない。王なのに、権力がない。権力がないのに、『国王の責任』みたいなものを背負っている...
本当に可哀想。」
思った事を遠慮なく述べた。「目上の者への敬意」とか、俺、わかんない。
...力を持っても、色んなシガラミがあって、自由に発揮できない。好き放題にできない。
王様なのに、可哀想。
「不思議な女の子だな、貴女は。」
不意に、王様にそんな事を言われた。
「え、不思議?」
俺、「不思議」属性はあったっけ?無いよな。
不思議ちゃんはもっと頭のおかしい事を言う筈だから、俺は「不思議ちゃん」じゃないよな。
「守澄さん、喰鮫さん。今日の住む所は決まってるのか?」
俺の質問に答える事なく、王様はまた話題を変えた。
俺も別にそれ程気にしていない。なので、気にしない事にした。
「宿?いや、まだないじゃ...」
「ある!もう予約してある!」
俺が王様に返事する前に、雛枝が強引に話に割り込んできた。
「水晶館、煌めく夜に、安らぎを。
この無駄に高い山の中、一番のホテル、予約して鍵も貰っている。
王様に出来る事は一つも二つも、三つも四つも、全くないのであるのだよ。」
そう言って、雛枝は俺に抱き着いた。おもちゃを取られたくない子供のようだ。
...子供?
考えてみれば、俺と雛枝はまだ「子供」なんだよな。
子供がホテルを予約?
「雛枝が一人で予約とかしたの?」
「はい、そうだよ、姉様!
姉様が最も心地良く感じる部屋を隈なく探して、見素晴らしくも人工保温の部屋を幾つも予約した!
何階降りても、必ず休める所があるので、安心ください!
王様の話に耳を傾けない!男はみんな狼!襲われないように、あたしが付いているけど、あたしに付いて来なさい!」
「あー...」
喋るのが速くて、半分も聞き取れない喧しい子だけど、何故か憎めないな。
声が綺麗だから?
言葉がきちんと聞き取れないが、小鳥が囀っていると思えば、それが心地よい音色にも思える。
「あのね、雛枝?」
「はい、何でしょうか、姉様?
雛枝は何でもお答えするよ、何でも聞いて!」
「うん、『何でも』か。」
何でも...何でも...
いや!欲に流されて、質問を変えるな、俺!
「...雛枝は『子供』だよね?」
「え?」
「『子供』は旅館の予約ができるの?」
尤もな質問をしたと思う。
例え世界が違っても、十四の小娘が一人で旅館の予約ができると思えない。「お嬢ちゃん、どこから来たの?親は?」って言われるのがオチだ。
「子供じゃないよ!姉様と同い年!」
そう言いながら、頬を膨らんで怒る雛枝。
子供らしくで、可愛いな。
「姉様、あのねあのね、あたしはここではとても偉いんだよ!凄いんだよ!誰もあたしに逆らえないよ!
あたしを怒らせた人は社会で生きていけないよ。全国の人に避けられる、嫌われる、狙われる。
ホテルの予約程度、お金支払っているだけで、その人達にとって有り難い事なのよ!氷の国で生きていたいなら、あたしの頼み、逆らっちゃういけないんだよ。」
「あ、そ。」
子供は可愛いね、自分だけの世界で生きているって感じだ。
ただ、まだ子供でも、雛枝はもう十四だ。まだ無邪気に「世界は自分を中心に回っている」と信じているのがちょっと心配だ。精神の成長が遅いような気がする。
「守澄さん、妹さんの言っている事、真剣に受け止めた方がいい。」
意外な事に、王様は雛枝の味方をした。
「別に王様の口添えは要らないけど。」
残念な事に、雛枝は恩知らずだった。
この態度の悪さ、「王様」相手じゃなくても失礼すぎる。こんなのが俺の妹?
可愛いけど、それで全てか許される訳ではない。
「雛枝、王様に『ごめんなさい』と言いなさい!」
ちょっと強い口調で雛枝を責めた。
「姉様?」
予想通り、雛枝は戸惑った表情を見せた。
雛枝にとって、俺は「長い間会っていない姉」であるが、俺にとっての雛枝は全くの他人。その為という訳ではないが、出来るだけフレンドリーに彼女に接していても、遠慮して、彼女の振る舞いに多く口を挟まないようにしている。
けど、俺は「短気」かもしれない。幼い女の子の心無い言葉にイラつき、何もしないのがいけないと思った。
「確認するか雛枝、君は誰に対しても、さっきのような態度を取るのか?」
「......」
口を尖らせて黙り込んだが、それは逆に良い事だ。
つまり、雛枝は少なくとも、「さっきの態度」はよくないものと知っている。
知らない場合は「一」から教えないといけないけど、自分がそこまで頑張れる気がしないので、助かった。
「私自身も、きっとそれ程『礼儀正しい人』ではないと思うが、雛枝のは失礼を越えて、『無礼』レベルとなっている。」
いや、「非礼」まで行ってるかも。
「意味なく失礼な態度を取るのはどうして?
もし理由がないなら、人が気持ち良くなるような態度を取りなさい。
理由があるなら、とりあえず言いなさい。」
ないと思うか。
「ある...」
あるのかよ!
もしかして、少し前に言った「ライバル」って奴?雛枝の家がマフィアで、王様と敵対しているとかいうアレ?
でも、それは「家」の事で、まだ子供の雛枝には関係のない...関係の浅い話だと思う。
「けど、あたしにはまだ早い話です、姉様...」
言いながら、雛枝は立ち上がって、王様に向かって、頭を下げた。
「ごめんなさい、王様。」
あっれ~?展開が早い!
やはり子供だなと思っていたら、すぐに大人な対応を見せる。この子、精神年齢が低いのか、高いのか、どっちなんだろう?
「僕の方こそ、すぐに気が付かなくて、ごめん。
『姉様』を誰にも取られたくないのよね。馴れ馴れしくて、すみません。」
王様も王様で、失礼な態度を取られたのに、全く怒っていない。
大人だなと思うが、同時に「王らしくない」とも思った。
というか、「姉様を誰にも取られたくない」って何?雛枝はそんな事を思ってるのか?
「姉様はあたしのヒロイン、昔と全然変わっていない。」
そう言って、雛枝は急に俺に抱き着いてきた。
「あたしを叱ってくれるのは姉様だけだよ!
姉様、大好き!」
「ちょ、雛枝!?」
慌てて避けようとしたが、動きが全然間に合わず、避けられなかった。
「にゃぉっ!」
そして、タマはまた俺と雛枝の体でサンドイッチの具にされた。
可哀想なタマ。
「今日は驚くような事ばかりだな。」
そんな呟きを、王様が口にしたような気がする。
......
...
「もうすぐ、太陽が月に変わる。これ以上引き留めるのも良くないだろう。
なので、さよならだな。
サボりの口実を与えてくれて、ありがとう。楽しい一時だった。」
「王様なのに、あはは...私も知らない事を多く知れて、とても楽しかったです。
さようなら、王様。」
「ヘーカ。まだ結婚していないからって、姉様に妙な気を起こさないでよ。五年待ってもダメだからね。
さよなら。」
ココアを飲み切ると、俺達は氷の国の王様と別れを告げた。
一刻も早く俺を旅館に案内したいのか、雛枝は俺の手を握り、俺を引っ張りながら歩き出した。
きっと、王様をライバル視していたからだろう。頭脳明晰で、人の気持ちに敏感な俺だから分かる事だが、雛枝はちょっと「百合」だ。
その相手は双子の姉である今の俺で、貞操の危機?
いや、大丈夫だろう。
どこまで「百合」っているのかはまだ分からないが、多分「一線を越えない百合」だ。姉を「姉」だと大事にし、「恋人」と思っていないだろう。
たぶん...
「雛枝はどうして私を『ヒロイン』と...?」
「姉様?ヒロインという言葉を知ってるの?」
「えぇ。
ちょっと特殊な言葉なの?」
「そうじゃない...と思うか。
簡単に言うと、あたしは姉様が大好き、という意味よ。
大事で大事で、一番大事な女の子。それが『ヒロイン』だよ。」
「へ~...」
...一応、警戒しておこう。
そして、最初の難関は俺達の前に現れた。
「階段...?」
「はい、階段だよ、姉様。
山の外ではなく、中にある階段。面白いでしょう?」
「面白いが...まさか、下りるの?」
「はい、山の下までずぅぅっと続く階段。五千段くらいあるよ。」
「五千っ!」
五千の階段!?殺す気か!
「それって、どれだけ高い?」
「え、この山の高さ?分からないよ。」
「分からない?」
「聞いた事ないの。結構高いじゃない?」
適当に答えてんじゃねぇよ、小娘が!
「階段の高さは?一段、どのくらい?」
「むー...」
唸りながら、雛枝は階段を見つめた。
そして、両手で階段の高さを測って、その距離を維持して両手を俺に見せた。
「このくらい?」
舐めてんのか、小娘が!数値を言え、数値を!
「もういいよ、高いのは分かったし。
ってか、エレベーターないの?何で原始人みたいに階段を歩かなきゃいけないの?」
「ないよ、ここは『神の遺跡』じゃないから。」
「遺跡じゃ、ない?」
「この時代の人々が作った『塔』だよ、神の時代では必要ないものだよ。
転移魔法陣を設置するために、このくらいの高さがないとダメなのだ。だから作ったのだ。
変だよね。転移魔法陣は、人を同じ海抜の場所にのみ転移できるのだ。
だから他国と繋ぐ為に、この時代の人々がこの氷の山を作ったのだよ!」
転移魔法陣が同じ海抜、つまり同じ高いところにしか、人を転移できない?
そんなルールがあるのか?縛りプレイ?
「そして、わざわざこんな高い氷山を作ったのか?低い場所では作れなかったのか?」
「作った事があるだそうだよ。でも、使った人は誰も帰って来なかっただそうだ。
炎の大蛇に燃やされて死んだとか、地下に住む魔族の餌食になったとか...
兎に角、下で転移魔法陣を作るのは危険なんだって。」
「はぁ...」
唖然とした。
雛枝の話からだと、「下」で転移魔法陣を作って使ったら、別の国の「地下」に着く、という事。
それが同じ海抜...って事は、この国は「かなり低い場所にある国」という事になる。
低い場所...今まで気にもしていなかった事。
この高い氷山は他国に無事に転移できる為に作られた「建物」。他国の土地の平均高さが、この氷山の海抜と同じって事になる。
「うわぁ、どうしよ?
更にワクワクしてきた。」
謎が増え、考える事が増えて、俺は...楽しくて仕方がない!
「人は、だからこそ、この美しい山を、自分の手で作り上げたのだね!
エレベーターのある『太古の遺跡』ではなく、今、この世に生きている人々が、自らの手で作り上げた、『太古』でない遺跡!
そうか、舐めてだよ、今の世の人々を。
遺跡を作れるのは『太古の人』だけじゃない!この世の人間も、また巨大な遺跡を作れるのだな!
あははははは!」
テンションマックス!最高な気分!
「あの、姉様?」
「雛枝!」
「はい!?」
「大好きだよ、この世界が!」
「え、はい?」
「私は、この世界が、大好き!」
「あー、そうなのか。」
血沸き肉躍る。自分が自分の感情を制御できない!
きっと、急にはしゃぎ出した俺を、周りから凄い頭のおかしな人に見えてるのだろう。
でも、何でだろう?そんなのどうでもいいと、今は思えた。
実に気分が良い!体が暑くて、服を今すぐ脱ぎたい気分だ!
「はぁ、良かった...間に合った。」
突然、一人の少年が階段から駆け上がってきた。
その少年は俺を見つめて、すぐに謎の液体が入っている、一つの小瓶を渡してきた。
「すぐにこれを飲んで、ななちゃん。」
「え、あき君?」
その少年をあき君だと理解した俺は、すぐに今、自分の身に起きている事が分かった。




