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第四節 頂点に立つ者①...妹様

1年目5月2日(日)

 ヘリに乗って二日目。

 丁度俺が寒さで二着目のズボンを履くその時、マオちゃんが「やばっ!」という言葉を漏らした。

 その直後に、ヘリが急に後ろに倒され、更にトンと何かにぶつけたかのように揺れた。


「な、なに!?どうした?」

 慌ててズボンを腰まで引っ張って、俺は周りを確認した。

 すると、マオちゃんの前のガラスに、銀髪の女の子が貼り付けていたのを見た。


「ごめん、お嬢様。人にぶつけちゃった。」

「ぶつけちゃったって...」


 人を殺したのか!?


「マオちゃん、殺人だよ!犯罪だよ!

 ってか、ヘリで人とぶつけられるの?どんだけ低空飛行してるの?

 ってか、低空飛行してないし...」


 この場合、まずは何をすればいいのだ?

 一度降りて、轢いだ人の意識の有無の確認して、ある場合はトドメ...じゃなくて、蘇生措置を...!


「殺人?大袈裟ですね、お嬢様は。ちょっと怪我させた程度で、大した事ありませんよ。」

「え?」


 千キロメートル毎時で人にぶつけても、精々「怪我させる程度」?死なないの?


「でも、申し訳なさそうにしといてくださいね。

 訴えられないよう、穏便に事を済ませましょう。」

 そう言って、マオちゃんは前に向き、ガラスの向こうの人を見つめた。


 が...

「あれ、お嬢様が外に...?」


 俺達がぶつけた人は、何と俺と同じ顔をした女の子だった。

 その女の子が俺と目を合わせた瞬間、満面の笑顔を見せた。


「ぅ...着いた?」

「あ、紅葉先生!おはようございます。

 起きてて大丈夫?」


「え、竜ヶ峰が!?」

 紅葉先生の目覚めに驚いたマオちゃんがまさかのパニック状態で、よりにもよって苗字の方で紅葉先生を呼んだ。


「ちょっと、マオちゃん!言葉言葉!」

「あっ!」


 俺の言葉を聞いたマオちゃんは自分がやらかした事に気づき、体が固まった。真後ろからでは顔が見えないが、恐らく冷や汗も流しているかも。

 仕方ない。気になる事は他にもあるが、まずはマオちゃんのフォローをしよう。


「あの、紅葉先生?マオちゃんの言葉、聞こえました?」

 と、先に行った事は「許して」の謝罪ではなく、「実は聞こえていなかった。」というあわよくばの幸運に期待した。


「寝ていたが、意識はあった。『竜ヶ峰』、『竜ヶ峰』と、何度も呼ばれたのを知ってる。」

「し、知ってた...」


 ごめん、マオちゃん。力になりたいが、無理のようだ。


「もう気にしてません、奈苗様。奈苗様のお陰で、私は自分と向きあえる事ができました。

『竜』と呼ばれても、恥や怒りを感じません。」


「えホント?じゃさぁ...」

 紅葉先生の話を聞いたマオちゃんが大興奮!急に振り向いて、紅葉先生にフレンドリーに話掛けた。

「ちょっと竜ヶっ...」


「あ゛?」

 紅葉先生がドスの利いた声を発した。


「...また今度にしましょう!」

 マオちゃんが紅葉先生に目を逸らして、前方に顔を背けた。


 ...ガラスに貼り付いた向こうの人が手を振った。

 そして、その人がガラスから離れて、ヘリを中心に、円を描くように飛んで回った。


「紅葉先生、私と同じ顔の人がいるのだか...」

 マオちゃんの事が済んだようなので、俺は今最も知りたい事に話を戻した。


「はい、雛枝様です。

 またこのような魔力の無駄使い...」

 紅葉先生が外の人を見つめながら、溜息を吐いた。


 雛枝...この体である奈苗という女の子の双子の妹。

 銀髪を目にした時に、既に答えを予想できていたか、やはり外の人は今の俺の妹のようだ。


 鏡を通して、変顔をしている自分と瓜二つだ。

 それでいて、今は無駄元気にヘリと一緒に飛んでいる。


「『魔力の無駄使い』とは...?」

 双子だけど、妹の雛枝の特徴を思い出した俺は、すぐそれを紅葉先生に確認した。


「雛枝様は飛行型の種族じゃない。なのに、このように...」

 言いながら、紅葉先生は外の雛枝に目を向く。

「...派手に飛び回っている。」


「うん。そうだね。」

 翼を使わずに飛んでいる女の子を見て、「嫉妬」という嫌な気分になった。


 種族上、適性のない魔法を使うと、大量な魔力を消費する事になる。その消耗量、凡そいつもの三倍だそうだ。

 特に「持続系魔法」は体への負担が大きく、発動している間は「魔力の自然回復が停止する」というデメリットもある。飛行・浮遊系魔法はその「持続系魔法」に属している。

 細かく考えれば、「飛ぶ」自体は普通の魔法で、「飛んでいる」となったら「持続系魔法」だ。「点火!」と「点火するぞ~!」の違いだ。


 だから、飛行型じゃない種族の人は基本「飛行魔法」を使わない。気づかない内に、「使用可能魔力(MP)」を消耗し切って、魔法が強制停止し、空から落ちる可能性がある。

 そして、大怪我を負わないように無理に魔法を使用する。勿論MPがゼロだから、自然と「生命維持魔力(HP)」の方を使う事となる。それで「大怪我」を避けられても、見えない怪我・「疲れ」を負ってしまう。最悪、魔力(マジック)枯渇(デプレッション)を引き起こし、廃人になる事もあり得る。


 このように、飛行型以外の人では、余程死にたい奴じゃない限り、モモがよくするような()ぶ事をしても、()ぶ事はしない。

 だって、この世界では、そういう奴らは「バカ」と呼ばれる。「出来ない癖に、無理するから」と嘲笑われる。

 にも拘らず、何らかの方法で適性のある人と同じく出来たら、そういう奴らは「天才」となる。「マジかよ!すげぇな!」と羨ましがられる。


「マジカヨ~、スゲェナ~。」

 棒読みに喋った。


「雛枝様は使っても使い切れない魔力を持って生まれた『天才』です。」

「へ~、そうなんだ。

 どのくらいあるの?」

「生まれた間もない時、私とほぼ同じくらいでした。」

「紅葉先生と!?」


 紅葉先生は「ドラゴン」という王族並の特殊「平民」だから...


「つまり、『王族』並?」

「どうでしょう?

 あの頃より、何倍も増したように感じます。

 しかも、まだ『成長期』です。」


 何倍も!?まだ「成長期」!?


「...それで、どのくらい!?」

「私が目を覚ましてしまった理由、雛枝様の魔力によるものだと考えられます。

 雛枝様の体から漏れてきた魔力が私の体に入り、私の魔力となって、私が寝ていなくてもよくなった...そう考えられます。

 それ程でしょう。」


 ヘリの「燃料切れ」を避ける為に眠った紅葉先生が、「寝てなくていい」!?


「...それで、どのくらい...?」

「気になるなら、後で雛枝様に直接確認すれば?」

 しつこく「どのくらい?」と聞く俺を相手するのが嫌になったか、紅葉先生は気だるそうに返事した。


「あ~~~...」

 俺は口を半開けして、アホな表情をした。

 わざとです。このくらいに驚いているという事を人に教える為です。


 俺が知っているこの世界の知識では「王族は世界最強!桁外れに強い!」なのである。それ以外の「平民」と「貴族」は、「王族」と比べると、種族魔法も地味で、魔力量も大した事がない。

 だけど、双子の妹の魔力が「王族並平民・紅葉先生」より高い、「倍」という単語が使われるほどに高い。

 それって、どのくらいに高いんだ!?チートじゃん!ドチートじゃん!


「なるほど、分かった...世界がバグっている。」


 ヘリの周りに楽しそうに飛び回っているよ。どうする?ドアを開けて、中に入らせるか?


「お嬢様の妹さんですか!良かった。

 お嬢様、マオちゃんはまだ前科をつけたくないので、何とか妹さんと仲良く話をして、ぶつけた事を見逃して貰えません?」

「ハァ?」


 人をぶつけておいて、それをなかった事にしようとしている?

 なんという都合のいい頭をしているのだろう、マオちゃんは。


「罪を償えちまいなさい、マオちゃん。」

「えっ!?」

「人に物をぶつけたんだ。それ相応な罰を与えられるべきだ。」


 ヘリコプターも交通用具なので、「轢く」のような動詞を使うべきだが、生憎語彙が乏しいので、びったりの言葉が思いつかず、「ぶつける」という言葉にした。

 ただ、この場合では「石をぶつけた」みたいな小事に聞こえちまうが――いや、そっちも「イジメ」のようで、小事ではないか――車より速く動いているヘリで人をぶつけたのに、「車が人を轢いた」より小さい出来事のように感じる。


「そんな、お嬢様。

 お嬢様とマオちゃんの仲ではありませんか。

 マオちゃんを護ってくださいよ。」

「シャー!」

 タマがマオちゃんを威嚇した。何らかの理由で、マオちゃんに怒りを覚えたみたい。


 きっと、タマも俺のように正義感強いだろう。

 ...ごめん、タマ。実は俺、マオちゃんと同じ()()でした。


「赤羽、示談交渉は当事者の雛枝様と直接しろ。奈苗様を巻き込むな。」

「えぇ、示談交渉?警察だって暇じゃないし、他国の上空で他国の市民をぶつけたから、国際問題になるじゃん!」

 駄々を捏ねて、紅葉先生に反対したマオちゃんが後ろに振り向いて、俺に上目遣いをした。

「お嬢様、マオちゃんを助けてください。

 守澄のヘリコプターですから、ぶつけたのがあたしでも、あたしだけの所為にはなりませんよ!

 小さい事で、一々風評されるのも嫌でしょう?」


 小さくねぇよ!「交通事故」を何だと思ってんだよ!


「シャー!ゥニャー!ゥゥゥゥゥ...」

 タマが唸っている。やはりタマは正義感が強い。


「猫黙れ!あたし、先輩(せんっぱい)だからね!」

 あろう事か、マオちゃんが逆切れして、タマに怒った。


 よし、決めた。

 いつもは女の子の味方をする俺だが、マオちゃんの味方をしない事にする。


「とりあえず、雛枝?私の妹?をヘリの中に入れましょう。

 一人だけ外に閉じ込められているのも可哀想だし、外、寒いでしょう?」

 言いながら、俺はヘリのドアノブに手を添えた。

「引っ張れば開くのかな?」


「開きませんよ、お嬢様。こちらでロックしているのです。」

「あ、そうなの?」


 後ろ座席のドアを運転側の人がロックできるのか。車と同じ仕組み?


「それに、開けさせませんよ。お嬢様が風で吹っ飛んじゃう。」

「またその話...飛ばされないって!ベルトも着けてるし。」


 ベルトの事を思い出して、たった今着けた。

 危ねぇ!ドアがロックされていなかったら、マジで吹っ飛ばされるところだったわ!


「こっちで奈苗様を掴んでおくから、ロックを開けな。」紅葉先生が俺の味方になった。

「えー?でも、風も強いし、鎌鼬に遭っちゃうよ。」マオちゃんはまだ諦めない。

「ヘリコプターの前進を止めて、中空に浮かせばいいだけの事。太古の遺物に関して、私と奈苗様を騙そうと思わないで。」


「えぇー?もーう...

 外寒いし、予定に遅れるのに...」

 ブツブツ言いながら、マオちゃんはようやく諦めたか、ヘリの機体を水平にした。


 この時、外の雛枝という女の子が突然ヘリコプターからちょっと離れた。

 何をするかと思ったら、彼女は急加速して、ヘリに突っ込んで来た。


「えっ?」

「姉様ぁあああああ!」

「ぐにゃっ...」


 気づいたら、彼女はヘリの中に来て、俺に抱き着いた。

 あれ、ドアは?俺、ドアをまだ開けてないぞ!


「姉様姉様姉様姉様姉様姉様姉様姉様、姉様!」

 早口で「姉様」を連呼した彼女、更に頭を俺の胸に埋め込んで、何度も顔を擦った。


「会いたかったよ!会いたかった会いたかった会いたかった!

 どれだけ会いたかったといえば、毎日鏡の前で姉様のフリをして会話して、姉様に話したい事をノートに千百ページくらい書き溜めて、一日三食の前に姉様がいる事に神に感謝して...

 更に更に、歯磨きの時に姉様、手洗いの時に姉様、鯉に餌をあげる時に姉様、ウィンドーショッピングに姉様!

 何もかもが姉様で姉様が姉様を姉様の姉様姉様姉様姉様姉様姉様ぁああああ!」


 ガトリング砲をぶっ放すかのように早口で喋る彼女、もう何を言っているのか、全く聞き取れない。

 ただ、彼女は俺の妹・雛枝であることは間違いないようだ。顔つきも同じだし、髪も銀色で、体も小さい。

 そして、胸が大きい...


「ちょ、雛枝よね?胸がお腹に当たって...離れて!」

「離れません!離れられません!どうして離れる事ができるのでしょうか?ようやく姉様と会えたのに、離れてあげません!放しません!

 もう何年会っていないと思う?五年?十年?もう百年?

 姉様が体が弱いから来れなくて、あたしが会いに行こうとしたらみんながあたしを止める!父様と母様も仲が悪くて、どっちもどっちに会いに行かない!

 あたしは寂しかったのだよ!別れた時に『いつでも会える』と言われたのに全然会えなくて、全員が嘘つき!嘘つきが嘘つきの国から嘘つきの世界一を嘘で嘘吐いた!

 放しません!絶対に放さない!姉様とくっつけて、もう一つになっちゃえ!」

「いや、え?ちょ、あ、え!?」


 喋りが速すぎて、口を挟めない!何この子?うるさい!

 昔、お父様が言っていた、「雛枝は騒がしかった」と...騒がしすぎだろう!

 もう嫌だ!お家に帰りたい!

 暑いし、屋敷を出る時にかなり汗を掻いたから、絶対に汗臭いというのに、くっつかれちゃって...いやぁああ!絶対に匂いを嗅がないで!


「姉様の温もり、姉様の暖かさ。

 姉様の柔らかさ、姉様の香ばしさ。

 姉様の匂い、姉様の香り...姉様、臭い?」

「いぃやぁああああ!」


 嗅がれた!死にたい!

 違うよ!加齢臭じゃないよ!まだそんな歳じゃない!そもそもその性別じゃない!

 娘から「お父様臭い」という一言で、世の中のお父さん達はみんな生きる活力を失くす。その訳...なるほど確かに!


「は・な・れ・な・さ・い!」

 全力で俺にくっつけている女の子を押し退けた。


「あっ...」

 俺から離れた彼女は残念そうに指を咥えた。


 疲れた...トンと疲れた...

 なんたか押し退けた時の体の疲労だけじゃなく、心も疲れを感じている気分だ。

 なに、この騒がしいの?俺の妹?双子の妹?

 実は「奈苗」という女の子も、このような騒がしい女の子だったのだろうか?


「えっと、雛枝だったよね?」

「はい、姉様!貴女の双子の妹、喰鮫(くいざめ) 雛枝(ひなえ)であります。

 会いたかったのだよ、姉様!毎日姉様を思いながら寝て、朝起きて真っ先に姉様を思う、とても姉思いの素敵な妹だよ!

 姉様の顔を思い出しただけで、おかず抜きでご飯三杯いけちゃう、でも胸しか太らないナイスバディな妹だよ!」

「ストップ!ストーーーップ!」


 はぁ...質問一つに返事が五句。無駄に元気な、俺の一番苦手なタイプ。

 何でこんなのが俺の妹なんだろう?(せい)とか、紅葉先生とかのようなクールな妹であって欲しかった。


「相変わらず、お元気で何よりです、雛枝様。」

「紅葉?お帰り。

 どうしたの、メイド服を着て?メイド隊に復帰しちゃったの?」

「はい。

 ただ、今回は旦那様ではなく、奈苗様との契約です。

 なので、今の私にとって、雛枝様は『奈苗様の妹君』という事になります。」

「ん?何が違うの?

 まいいよ。また面白い魔法、教えてくれよね。」

「はい。奈苗様の許可が下りれば、いつでもお相手いたします。」


 紅葉先生は雛枝と知り合いのようだ。きっと俺の知らない「私」の子供の時に、二人は仲が良かったのだろう。

 ...仲は良かったのかな?口調と言葉遣いからして、ちょっと微妙に距離があるようだ。


「ぷにゃぁ...」

 ふっと、膝の上の小さな生き物を思い出した。

 タマだ。猫の姿で俺の膝に乗って、雛枝が急に飛びついてきた時に逃げ遅れて、サンドイッチの具にされていた。

 そして、ようやく俺が雛枝を押し退けた事で、解放されてぐたーっと俺の膝に横たわっていた。


「ごめん、タマ。生きている?」

 タマに声を掛けた。


「なにこれ、猫!?」

 が、タマじゃなく、雛枝が反応した。

「懐かしい!絶滅したのに、まだ生きている個体がいたのね。」


 手を伸ばしてタマを撫でる雛枝。

 もう逆らう気力すらないのか、タマはぐったりして、撫でられても反抗しなかった。

 ま、実際は人間だったから、普通の猫のように警戒心は高くないのだろう。


「雛枝、一応確認するが、私は記憶を失くしている話、聞いている?」

「え?姉様が、記憶喪失?」

 雛枝が目を大きく開いて、俺を見つめる。


「えぇ、そう。記憶がないんだ。」

「では、あたしの事も覚えてないの?」

「知ってはいるが、記憶にはない。ごめんな。」

「そんな...」


 かなりショックだったんだろうか、雛枝が落胆した顔を見せて、肩を落とした。

 が、すぐに気を取り直して、真っすぐに俺の両目を見つめた。


「では、あたしが姉様の案内役になる!氷の国を隅々まで案内してあげる!」

「氷の国!?」


 そっか...「氷の国」なのか。

 海水浴...消えたな。

 夏に水着美女...消えたな。

 ...お父様のクソ野郎!


「何で気を落とすの、姉様?

 あたしが案内役、そんなに嫌なの?」

「いや、雛枝が悪くない。悪いのは雛枝じゃない。

 この世のすべての悪、それは、お父様(イケメン)だ。」

「え?」


 ポカンとした雛枝は、俺を見つめながら、俺の言葉の意味を咀嚼する。

 別に深い意味はない。ただ、俺が意味もなく「イケメン」という人種が嫌いなだけだ。


「あの、お嬢様?マオちゃんの話...?」

 ヘリを飛ばしているマオちゃんがタイミングを見計らったのか、話の輪に入ってきた。


 マオちゃんの話?自己紹介の事?

 そのくらい、自分からしたら?と思うが、一応雛枝に紹介しておこう。


「雛枝、私の双子の妹よ。」

「はい、姉様!貴女の双子の妹だよ!」

「たぶん、君の知らない新しいメイド隊メンバーを紹介するね。

 まずは私の膝に、君の所為でボロ雑巾になっているこの猫、うちのメイドなんた。」

「え、ホント?猫がメイド?」

「名前は猫屋敷(ねこやしき)玉藻(たまも)、タマなんた。」

「タマちゃんなんた!」

「可愛いでしょう?」

「可愛いね!」

 雛枝はタマの肉球を握って、その弾力を楽しんだ。

 きっと、今の雛枝の中では「猫にメイド服に似せた猫用の衣装を着せて、屋敷の中で飼う」という想像が浮かんだのだろう。全然違うけど、そういう風に勘違いさせるような紹介の仕方をしたからだ。

 それに、俺は別に嘘を言っていない。


「次はヘリコプターを運転しているのがマオちゃん。

 ただのマオちゃん。それ以上でもそれ以下でもない、マオちゃんだ。」

「マオちゃんね。分かったわ。」

 マオちゃんの紹介を聞いたのか聞いていないのか、タマを続けて撫でる雛枝であった。


「お嬢様ぁ...その紹介、あまりですよ。」

 マオちゃんが嘘泣きして、俺の紹介に抗議した。


「あれ、マオちゃん、いいの?」

「いいのって、何かですか?」

「加害者が積極的に被害者に名前を教える事が...」

「あっ!」

 俺の言葉を聞いて、マオちゃんを黙り込んだ。

 それを見た俺は彼女の紹介を続ける事にした。


「マオちゃんのフルネームは赤羽(あかばね)真緒(まお)、ファルコンだ。訴える時に、書き間違わないように。」

「お嬢様ぁあああ!」

 マオちゃんが悲痛な声を上げた。

 楽しい!


「訴える?何を?あたしに何かしたの、彼女?」

「忘れたのか、ヘリにぶつけられた事を...?」

「あ、あれの事?別にわざとぶつけたし、気にしていないよ。」

 意外と雛枝の心は広かった。


「そうよね!そうですよね!

 あたし、知ってました!あたしが事故を起こす訳がないって事を!」

 マオちゃんが調子に乗った。

「それに、雛枝お嬢様はガラスを通り抜けられるのでしょう?血統魔法(ブラッドマジック)なんですの?何であの時、わざとぶつけてきたのです?」


血統魔法(ブラッドマジック)じゃないよ。あれはテレポートの転用、簡単には使えないのだよ。」

 そう言った雛枝は「えっへん」と鼻を上に向けた。


 なるほど、テレポートか。それなら納得...


「雛枝様!?テレポートを使いました?」

 ...と、紅葉先生が納得しなかった。

(しるし)は?印は付けられている筈ですか?」


「あ、あれね。」

 雛枝は何を思ったか、自分の服のボタンを上から外して、鎖骨から胸の上辺りまでの肌を俺達に見せた。

「見て、ないでしょう?」


 そう言われて、紅葉先生はまじまじと雛枝の胸を見つめて、「ありません」と言った。

 その紅葉先生の言葉を聞いた雛枝は服を直して、楽しそうに笑った。


「邪魔だったので、消したわ。」

「普通、消せないはずですか。

 どういう方法で消したのですか?」

「『消した』というより、『書き直した』的な感じ?

 難しい魔法陣を描きにくい場所に書き込む、みたいな?うまく言えないか。」

「そんな危ない事...いいえ。

 私では、それは危ないかどうかすら想像できません。

 この調子で続けると、いつか『寿命検査』の魔法も無効化してしまいそうです。」

「あはは、そうかね?」


 紅葉先生と雛枝が高度な魔法知識について話している。全く分からない話を俺の前で楽しそうに話している。


「お嬢様、どうしました?何が起こりました?

 マオちゃん、今運転してて、後ろが見えません!紅葉さんが驚いている事ってなに?教えてください!」

「いや、私は何も見てません!何も見てません!」


 雛枝が服を肌蹴(はだけ)た時、目を横に逸らしたから、胸なんて見てません!

 チラッと見えたか、見てません!断じて見てません!


「見てもなーにもないよ。元々『転移禁止』の印があった場所、そこを綺麗な肌に戻しただけだよ。

 マオちゃんさんに見せても...あたしの『転移禁止』の印を見た事ないマオちゃんさんに見せても、何も分からないわよ。」

「あー、あの、その『マオちゃんさん』って、やめて貰えませんか、雛枝お嬢様?『ちゃん』なのか、『さん』なのか...ただのあだ名でしたし、雛枝お嬢様はあたしを『真緒』って呼び捨てして結構ですよ。」

 そう言った直後に、小声で「あたし、年上だし」と口にしたマオちゃん。

 そして、それのような面白い言葉を決して聞き逃さなかった俺の地獄耳。


「雛枝は私と一緒に『マオちゃん』でいいよね。」

 雛枝に自分と同じあだ名でマオちゃんを呼ぶ事をお願いし、同時にマオちゃんをイジメた。

「双子だから、何事も同じの方がいいよね?」


「姉様...姉様姉様姉様姉様姉様!」

 俺のお願いを聞いた雛枝は、何か別の深い意味があると勘違いをしたのか、再び俺に抱き着いてきた。

 その胸が、やはり俺のお腹にくっつけてきた。

 柔らかい...大きな脂肪の塊だと(せい)が見下していたコレだが、男はコレの魔力に逆らえないんだ。


「うにゃぁああああ!」

 そして、やはりタマが俺達の間に挟まれた。

 ......

 ...


「なぁ、雛枝。私達が今向かっている『氷の国』って、どういう場所なんだ?」

 紅葉先生に座席を譲られた雛枝に手を握られて、俺は出来るだけそれを考えないようにと、彼女に質問をし続けた。


「むーん?百聞は一見に如かず!

 もうすぐ着くから、その時でいいでしょう!

 絶対驚くから、楽しみにしていてね!」


 何故か未だに、俺が今回の合宿場所の事を知れない。特に興味がなかったというのに、いつの間にか凄く期待してしまっている。

 俺は知っている。期待が大きい程、失望した時のショックも大きい。

 なので、今回はきっと、俺は「失望」するのだろう。期待してしまっているから、実際に目にする景色は「大したものではない」のだろう。


 そもそも、「氷の国」という名前である時点で最悪だ!水着美女は絶対に見れない場所だろう!

 いくら夏でも、避暑聖地に北極や南極を選ぶ人なんている訳ない!

 クソッ!お父様のイケメン野郎!クタバレ!


「昔の船が沢山沈没しているよ!凍り付けされている船も沢山あるよ!絶対楽しい!あたしが姉様を色んなところに連れて行ってあげるね!」

「あー、うん。タノシミデスネ。」


 そして、俺達は「氷の国」に着いた。

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