第三節 夏休み前日③...賑やかだが、静かなイヴ
退校時間のチャイムが鳴るまで、俺はあき君と一緒に「ナナエ百八(予定)の秘密道具」の十四番に対して「遺物研究」を行ったが、手掛かりの殆どない為、何も分からなかった。
意外にもあき君の方が研究にハマって、退校のチャイムが鳴っても気づかず、部室の本を続けて漁った。
俺にとって、「遺物研究」はあくまで口実。真剣に対処してくれるのは嬉しいが、次のイベントに影響を与えたら元も子もない。
なので、真剣に本と睨めっこするあき君の目を手で隠したりと、色々な事をして、彼の意識を「研究」から引っ張り出した。
その後は二人で守澄邸に赴き、奇遇にも途中で千条院一家と逢い、子供大人合わせて七人の大所帯で移動するようになった。
状況を耳で知り、屋敷正門前で俺達を迎えるモモも、流石の光景に目を丸くして、ぎこちない案内でみんなを食堂に連れて行った。
俺は魔法が使えない故、身だしなみを整えるに一度自分の部屋に戻ったが、メイド隊最後の一人、彩ねーこと冴塚 彩音が、赤んぼの勇司を背負って入って来た。
「お嬢様、お着替えをお手伝い致します。」
「彩ねー?いや、いいよ。一人で着替える。」
まだ守澄メイド隊に入ったばかりの彩ねーは、俺が決めた「特殊なルール」を全部覚えていない。赤んぼ優先とメイド長ちゃんに伝えていて、それで彩ねーはまだ大した仕事をさせられていない事も、一因として数えられる。
実は、こと着替えやお風呂などのプライベートに関して、俺は部屋の外、最悪同室内でも隅っこで背中を向けるよう、改めてルールを決めていたんだ。まだオロちゃんよりも新人の彩ねーがそれを知らないのも、まぁ、仕方がない、か。
今は同性でも、やはり女の子に着替えを見られるのは恥ずかしい。一緒にお風呂に入る時に水着をみんなに強要しているが、中々理解されず、偶に忘れて全裸で入ってくる子もいる。例えば、痴女。
「先輩達が忙しく動き回っている中、自分だけが何もしないのは心苦しいです。
ですが、先輩達を手伝おうも、騒がしい場所では勇司が泣き出して、更に先輩達に迷惑を掛けてしまいます。」
「あはは、まだ赤ちゃんだからね。
だから、私の所に来たのね。気にしなくていいのに。」
「『お嬢様のお手伝いをする』事は仕事の中で最も慎重にすべきだと分かっております。
しかし、今の私のできる事、本当にナナちゃん...お嬢様のお着替えをお手伝いするだけ。
責任を以て致します故、どうか、私にお手伝いをさせてください。」
俺に対して九十度のお辞儀をする彩ねー。
メイド長ちゃんの教育の賜物なのか、短い期間で、随分と俺への態度が余所余所しくなったな、彩ねー。
「彩ねー。メイド長ちゃんが煩くなるから、私に敬語でいいけど、『お嬢様』はやめて。いつものように『ナナちゃん』と呼んでくれ。」
「しかし、使用人として働く事を許して下さり、勇司を連れての住み込みも許して下さったお嬢様には...」
「いいから、いいから。」
彩ねーの声を遮って、俺は下着姿のまま彩ねーに向き合い、彼女の目を見つめた。
「私は、彩姉ちゃんの幸せが欲しい。私の事を重みに感じないで。」
「ナナちゃん...」
「彩ねーはとても丁寧に仕事するでしょう?
正直、うちのメイド達、真面目に仕事しているのは三人くらいでしょう?
いや、二人?」
メイド長ちゃんとオジョウはもちろん数に入る。
紅葉先生も一応「真面目ズ」に入れたいが、授業とか、研究とか、考えてみれば、あまりメイド業をしていないね。
「だから、あまり気に病まないで。
今の彩ねーは勇司君の事を一番に考えてあげて、頼りになるのはこれからだから。」
言って、俺は彩ねーを部屋の外に出てもらおうとしたが、彩ねーがちょっとボーっとしている事に気づいた。
その目の注目先は俺の顔のやや上、恐らく髪の毛を見ているのだろう。
そして外は夕日、十分だけの太陽と月の短い交替時間。
自分の長い髪を手に取り、丁度髪の先っちょ辺りが黒く変わる所を目にした。
自分の髪でありながら、これをいつ見ても不思議で、幻想的だった。
それをどうやら彩ねーも同じように思っているのか、とろんとした目で俺の髪を見つめて、小さく微笑んだ。
「ナナちゃんのこれ、いつ見ても美しいね。」
「そう?髪の毛なんて、魔法を使えば簡単に変えられるでしょう?」
「ナナちゃんのは自分の意志じゃないでしょう?
とても自然に、白から黒に、黒から白にと変わります。
それが本当に美しく、人の手を加えない自然の変化。
私は本当に、それが好き。」
「うふふ...」
そんな風に言われると、なんたが俺も本当に、魔法が使えない事を好きになりそうだ。
なんたが、ご褒美をあげたくなった。
「彩ねー、ちょっと私の髪を抱えてくれない?ドレスが着難い」
クローゼットから敢えてファスナーが背中にあるドレスを一着を取り出して、彩ねーに見せた。
「別に見せる相手はいない。一応...」
...釘を刺しておこう。
「分かっ、畏まりました、ナナちゃん。」
寝ている勇司君を一度確認し、彩ねーは俺の着替えに手を貸した。
......
...
食堂に着き、俺は起きた勇司君を抱えている彩ねーと一度別れた。
その後、一人で食堂に入ると、そこにはメイド数名とヒスイちゃん、そしてあき君達全員が食卓を囲んで、俺を待つだけとなっていた。
みんな、魔法を使ったのか、全員が楽な格好に着替えている。ドレス姿の俺がかなり浮いている。
「な、ななちゃん!?」あき君があり得ないものを見るような目で俺を見る。
「いや~ん、見ないで!
場違いだと分かってる。」
彩ねーを気遣った行動だったが、やはり「ドレス姿」はやりすぎたかも。
恥ずかしい!
一人だけ正装して、仮装パーティーに参加しているようなものだ。
「いや、寧ろ私達のこの格好は大丈夫ですか?
こんなに豪華な場所で食事するのが初めてだったので、服装とか、よく分からなくて...
私達も、ななえちゃんのように正装の方が良かったですか?」
望様がフォローを入れてくれた。
「いいえ、大丈夫です、望様。私も普段、こんな格好しませんよ。」
俺は一番奥に用意された自分の席に座り、途中でメイド長ちゃんに声を掛ける。
「早苗、着替えてから来ると伝えているでしょう?どうして客人のみんなに、私を待たせるような事をしたのだ?」
「考えが足りず、申し訳ありませんでした、お嬢様。」
そう言って、メイド長ちゃんは一歩下がって、俺を含む全員に深く腰を曲げた。
そして、腰を曲げたままの体勢を保ち、動かなくなった。
あれ?
理由が知りたくて、冗談交じりのつもりでメイド長ちゃんを叱ったフリをしたが、大真面目に謝られた。
いや、長ちゃん!どちらかというと、寧ろ遅刻した俺が悪いんだから、そんな大真面目に謝られると俺が「悪代官」みたいじゃん!
「違うんです、ななえちゃん!
早苗さんには一度勧められたのですが、『主人のななえちゃんがいないのに始められない』って、私達が勝手に恐縮して食べれなかったのです。
ですから、早苗さんを許してあげてください。」
望様がメイド長ちゃんのフォローに入った。
俺も別にそんなつもりじゃなかったのだが、これで完全に「悪代官」だな。
まさか、実はこれ、メイド長ちゃんの仕返し?普段に彼女を揶揄いすぎたから?
「違うんです!ナナエお姉ちゃんは本気じゃないんです!」
義妹のヒスイちゃんが俺のフォロワーとなって、状況を説明する。
「いつも意地悪ですが、ナナエおねえちゃんはとても優しいのです。」
悪い、ヒスイちゃん。そのフォローの仕方だと、俺は「悪」のままだよ。
また俺の心を読んだのか、ヒスイちゃんは一瞬俺に視線を送って、すぐに申し訳なさそうに俯いてしまい、小さな声で「ごめん」と言った。
そしてその行動、他人からしたら、まるで俺がヒスイちゃんを怯えさせているようにも見える。
益々俺が「悪代官」とされていく。
どうしよう?
小さなピンチに見舞われているぞ、俺。どうやってこの窮地を脱する、俺?
「ねぇ、まだ~?」
「まだ~?」
その時、小さな二つの声が響いた。
全員がその声の発した方向に顔を向くと、一つの椅子に座っている双子の女の子と、困った笑顔を見せてる望様がいた。
「ごめん、ななえちゃん。二人はまだ小さいので...」
「い、いい!私こそ、本当にごめん、遅れて。お腹空いたんだよね。」
無邪気なちびっ子二人の力を借りて、事を有耶無耶にした。
「早苗、頭を上げて、ディナーを始めてくれ。」
「畏まりました。」
姿勢を戻したメイド長ちゃんはとこからか、金色の手鈴を取り出して鳴らした。すると、厨房の方に繋がってるドアが開かれて、内山千咲が料理のカートを押して出てきた。
続いて後ろに矢野春香に藤林凛、神月椎奈までが出てきた。
あれ?モモと赤羽真緒はともかく、柳玲子がいないのは珍しい。もしや、マオちゃんの料理のお手伝いをしているのかな。
「ヒスイちゃん、こっちに来て。」
「はい、ナナエお姉ちゃん。」
ヒスイちゃんを抱っこして、みんなと夕食を始めた。
......
...
守澄邸の食事は基本マオちゃんこと赤羽真緒が作る事になっている。
火属性の祝福・『如意炎火』を持つマオちゃんは、その祝福の名の通り、火を自在に操れる。
彼女はその才能を料理に生かしているようで、年齢的にメイド隊の中で一番若いのに、屋敷の料理長も兼任している。
その料理の腕前は...
「うま~い!」
アキラ君が小さなお口を大きく開けて、素直な感想を口にした。
そう、旨いんだ。
どこまで旨いというと、一度食べたら、普通の料理から味を感じられなくなるくらいだ。
オードブルにスープ、メインディッシュ...火を通す料理なら彼女に適う者はいないだろう。
そして、守澄メイド隊の中にはもう一人、料理が上手なメイドがいる。
オジョウこと柳玲子、敷地全体を覆う大結界を張り、屋敷全体の警護を務めると同時にメイド業を熟し、五大国全タイプの料理が作れる万能メイド。
マオちゃんを気遣う故なのか、彼女はメイドになってから肉料理を作った事がないが、魚料理は生も焼くも蒸しも、全部した事がある。
そして...
「サラダ!」
「サラダ!」
星の幼い妹達が揃って野菜を食べている。
名前は確か愛と芽だったな。二人とも、アキラ君と同じくオシャレな名前だな。
味付けのしないサラダなのに、オジョウの決めた野菜組み合わせだと、ドレッシングなしでもおいしい。
只管焼く事しか能がないマオちゃんに合わせて、びったりな野菜を添えて、その料理を更においしく感じさせる。
それが、オジョウの料理の腕前。
そして、サービスも一級品。
使い終わった皿を矢野春香と神月椎奈が素早く交換し、飲み物が足りなくなったら藤林凛がすぐに満タンに足す。メイド長ちゃんは三人が間に合わなくなったら手伝いに入り、落ちそうになった食器まで床に着く前にキャッチして新品に交換する。
そして、全員は料理の名前を言う時以外、一度も口を開いていない。勝手気ままに席を離れる星の弟妹達にスカートを引っ張られ呼ばれても、装飾品のように立ち、決して動かなかった。
まるで本物のメイドのようだ!
思い返せば、チラッと窓の外から学生寮として使われたもう半分の守澄邸、その食堂を覗いた事がある。
その時目にしたのは懐かしき学生時代の学校食堂。入居者が少なくオーダー制ではあるが、出来上がった料理をトンと皿に載せて、一切飾りをしない豪快な出し方。
豚に餌をあげている訳じゃないから、もうちょっと気にして!と思った事はあったが、入居者達に失礼すぎて、とても口にできなかった。
それが、今日、みんなが王侯貴族のような待遇...何だ、この有能さ?
「ナナエお姉ちゃん、口開けて。」
ヒスイちゃんがスープを掬い、俺に差し出した。
「あー、む。」
ふーふーされていないスープの熱さに耐えて、俺はヒスイちゃんの掬ったスープを飲んだ。
このように、俺は俺で、ヒスイちゃんと食べさせ合いっこをして、食事を楽しんでいる。
時々遊びに来る星の弟妹達にヒスイちゃんのように餌付けして返しているが、デザートの時は流石にあげすぎないように気を付けて、小さな手を伸ばして来ても、ヒスイちゃんがまだ食べていないニンジンを摘まんで近づけて、追い返している。
三人とも、人見知りしない所がとても可愛らしいが、図々しく俺に駆け寄る度に、望様が申し訳なさそうに連れ帰している。
星も望様の手伝いをしているが、あき君もここに居た所為か、いつもより自分の動きに気を付けている。
そして、あき君。
男女比が一対三と、男にとって肩身の狭いこの場所で、いくらメイド長ちゃん達が「花瓶」のフリをしていても、緊張して固くなるのは仕方ない。
アキラ君は歳が幼く、こういう事がまだ分かっていない。そのアキラ君達の世話をする望様は大人であるし、燥ぐ子供三人で手一杯で、緊張する余裕がない。
従って、あき君だけが周りを警戒して、自分の席から離れた事がない。
俯瞰して、この食事光景を分析する。
最初の時こそ静かだった子供三人、女の子の双子の片方が燥ぎ始めると、もう片方も追って燥い出した。頑張って「お兄ちゃん」していたアキラ君は妹達を宥めようとしたが手に負えず、いつの間にか、燥ぐ側に加わっていた。
望様は子供三人と追いかけっこして、あまり食事をしていない。星に一匹を渡しても、残り二匹を追って、結局同時には捕まえず、いつの間にか星に預けていた一匹までもが逃げ出した始末で、席に居ない時間の方が長い。
星とあき君は基本座って静かに食べているが、二人とも、周りを気にして食べるのがとても遅い。時々見つめ合って、一緒に苦笑いをする姿が見かけるが、きっと深い意味はないだろう。
メイド達に関して、メイド長ちゃんは見事に花瓶のフリができているが、他の三人は時々燥ぐ子供達によって眉を顰める事がある。シイちゃんとリンは本当に嫌そうにしていだが、ルカだけが表情が微妙に嬉しそうだった。特にアキラ君にちょっかい出された時に、笑顔を耐えているようにも見える。
そして、ちゃんとできていたメイド長ちゃんも、猫のタマが廊下から食堂に入って来た時に、一瞬だけ顔が歪んだ。
最後は俺とヒスイちゃん。
「みんなの事、よく見てますね、ナナエお姉ちゃん。」
「そう?」
心が読める小さな「暖炉」の目を見つめて、俺はまた微笑む。
俺は一歩下がって周りを見るのが大好きだ。その輪の中に居て、しかし外から観察するのが大好き。
みんなが楽しんでいる姿を見ていると、自分も楽しい気分になれる。何か異常が発生したら、一番早くそれを発見する事ができなくても、二番目に気づく事はできる。
いる人の数を確認する事も好きで、数字ではなくその人の存在を確認するのが好き。それは意味のない行動だと思う事もあるが、誰一人欠けていない事を確認し、それで安心するので、止める事ができなかった。
「管理者に向いてるかもしれないね、私。」
「ヒスイ、ナナエお姉ちゃんの秘書になりたいのです!」
「ふふ、空けとくね、秘書の座。」
そして、夜が更けていく。
......
...
「楽しい宴だったね、ななえちゃん。」
「ティシェ...」
タマも従わせていないで、夜一人で自室に居ると、時々悪魔が現れる。
名前は「ティシェ・沫莉」、偽名。七魔王の一人・強欲だそうだ。
「満月でもないのに、現れたね。半年に一回しか、こっちの世界に来れないじゃなかったの?」
「あれあれ?親友が会いに来てるのに、あまり嬉しそうじゃないね。
明日が楽しみすぎて、眠れないかと思ったわ。」
ぐるぐると体を回しながら、ティシェは窓から勝手に部屋に入って来た。
「実は私、地上で住む事になったの。」
「へ~、今まで地下で住んでいたかのような言い方だな。
なに?悪魔の世界って、地下にあったの?」
「一緒の世界で住める事に喜んでくれよ!
親友、悲しい。」
「嘘を吐きすぎると、こんな目に逢うんだ。己の身の振る前に後悔しろ。」
聞きたい事を訊いても、基本答えてくれない。答えてくれても、それが嘘か、もしくは勘違いさせるような言い方をして、簡単には正解を教えてくれない。
何度も会っていると、彼女の人なりも分かって来る。茶化し、雑談するのはいいが、決して信用してはいけない相手。
それが「ティシェ・沫莉」という名の悪魔である。
「大分君の出現に慣れて来ていたが、君、どうやって(オジョウの)結界に入れたんだ?」
「変よね~。弱すぎて、相手にされなかったりして?」
「虫一匹も通さない(オジョウの)結界を、『弱すぎて』通れた、と?
私がそれを信じるとても?」
「虫けら以下の存在ですね、悪魔って。きゃはは!」
楽しそうに、ティシェは俺の自室内で踊り始めた。
長い袖を風に靡かせて、偶に見せる滑らかな白い肌が陶器のように光を反射する。
魔性の女...悪魔でもあるからか、ロリな体なのにそんな言葉が脳に浮かんだ。
「ななえちゃんは明日から旅行だよね?
国外、海が広いあの国だよね?」
「君は闇の情報屋か?私だって、昨日聞かされたばかりなのに。
どうしてティシェがそれを知っているんだ?」
「今まで見た事のない光景に戸惑うかもしれないが、燥ぎすぎないように気を付けてね。」
俺の質問を全く聞こえていないかのように、ティシェは自分の話を続けた。
「行った事があるのか?
満月後、三日しかいられないと嘘を吐いた君だが、別の国に行った事があるのか?」
ムキになったら負けと思って、「話を聞け!」というツッコミを飲み込んで、ティシェに別の質問をした。
もちろん、彼女がそれに答える訳がなく、「私は常に国外に住んでいるのよ!」と関係ない話をした。
「月がきれいね。」
そう言って、窓の外を覗くティシェ。
釣られて俺も窓の外を覗いたが、曇り空で、月も星も見えなかった。
「何を見て『月がきれい』という言葉が出て来るんだよ。」
「告白よ。悪魔が月の魔力が見えるのよ。」
月の魔力が見える?月に魔力があるのか?
その話、一度も聞いた事がない。まだ授業で触れていない知識なのか?
「ふふ。」
急にティシェが意味深な笑みを浮かべた。
「何を笑っているの?」で聞いたら、「順調に育っていて、嬉しいわ。」と、まるで親のような返事をしてきた。
「あのね、ななえちゃん。先日、他の魔王達とあって来たの。」
話題をコロコロと変えるティシェ。
正直、話が飛ぶとしても付いて行ける自信があった俺だが、ちょっと自信がなくなって来た。
「でね、みんな個性豊かで、見ていて急に思ったの。」
「何を?」
「ななえちゃんをみんなに会わせたいなぁ、と。」
「え?」
俺を他の魔王に?何で?
他の悪魔と会ったら死ぬよとティシェが俺に言ったのに、ティシェ本人が俺を他の魔王と合わせようとしている?
話が急すぎて、訳が分からない。
「怯えないで、ななえちゃん。
ちゃんと一人ずつ、多くても二人までにするから、会わせてあげるよ。」
「いや、待て!
興味はあるが、何で君が決める?私の意志は?」
「嫌がっても会うからよ。
安心して、みんな馬鹿だから、怖くないわよ。」
「何のフォロー!?」
他の魔王もティシェのようにフレンドリーだったら、確かに会っても問題はないと思えるが、普通に考えれば、魔王なんて「敵」だろ?会いたいと思わないだろう?
しかも「安心」する理由は「馬鹿だから」?因果関係がおかしい!
いよいよ護衛が必要かもな。せめて、メイド長ちゃんにティシェの事を伝えておくか?
「きゃははは!冗談だわ、冗談!」急に大声を出して笑うティシェが俺の頬を両手で揉み、目を細めて俺を見つめる。「私がななえちゃんをあんな狼達に見せる訳ないっしょ。本気にした?」
「はぁ...」
ティシェの言葉に論理性というものがない。彼女の話のペースに乗ったら、ただ弄ばれて終わり。
しかし、主導権を握ろうとしたら、彼女が怒り、ちょっと怖い雰囲気になる。あの顔、笑顔なのに恐ろしいと素直に言える。
だから...ムカつくんだ。
「ティシェ、絶交しよう。」
「へ?」
「今日から他人だ。」
「......」
突然の絶交宣言に、ティシェは口を閉じるのを忘れ、目を丸くして止まった。
そして、再び動き始めた時に、彼女は俺の予想通りに怖い笑顔を見せた。
「私と絶交?本気?」
うっわ、怖っ!
見えないが、なんか怒りのオーラを纏っているようだ。
でも、ようやく俺を見てくれた。ずっと自分の話ばかりするティシェが、ようやく俺に向かって話をした。
なら、負けてたまるか!
「何それ?脅し?
ティシェちゃん、友達いないでしょう。脅しでは誰とも長続きしないよ。」
「弱くても魔族だよ、私。しかも、ななえちゃんは人間の中でもとびっきりに弱い。
私に逆らっていいの?死んじゃうかもよ。」
「人生で一番嫌いな事は『脅される事』。
脅しに屈するくらいなら、死んだ方がマシだ。」
譲れない、怯えない、顧みない。
俺様は誰にも恐れない!
「きゃは、ななえちゃんは可愛いね。また本気にしたわね。」
「え?」
ティシェはまた笑い出した。怒っていた顔が一瞬で笑顔になった。
「私がななえちゃんを殺す訳ないでしょう?
私はななえちゃんが大好きなのよ。」
「......」
今度は俺がポカンとなった。
ゴロゴロと表情・態度を変えるティシェが、本気で訳が分からない。
「ごめーん。何でもしますから、親友でいて。
私、ななえちゃんと絶交したら、寂しくて死んでしまう子ウサギなの。」
そう言って、ティシェは両手を合わせて、片目だけ閉じて悪戯な笑みを魅せた。
男相手なら、どんな悪い事をされても一発で許してしまう可愛い仕草、小悪魔の謝罪...女の子ならウザイと思うかもしれないが、男は本気でこれを「可愛い」と思ってしまうんだ。
だから、長い間女の子として生活してきたが、ティシェのこのポーズに男心が擽られて、一瞬眩暈がした。
「...別に、私も本気で絶交したいと思ってないし。」
笑顔にならないように強張っていたら、うっかり本心を語ってしまった。
これじゃ、突然の絶交宣言が、ただ主導権を握るための駆け引きだと、ティシェにばれてしまいかねない。
くっ、伊達に歳を取ってねぇな、このロリババァ!
トン、トン、トン。
その時、突然誰かがドアを叩いた。
「ななちゃん、いる?」あき君の声だ。
「えぇ、いる。どうしたの?」
「入っても良い?」
あき君は女の子の部屋に入る気だ!
「誰かが来たみたいね。
じゃ、私はお暇するね。」
そう言って、ティシェは窓のレールに乗り、俺が返事する前に跳び出て行った。
「え、ちょ!」
急いで窓の外を覗くと、そこはもう誰もいなく、いつも通りの夜景が目に入った。
せめて「さよなら」くらい...いや、きっとこれが「悪魔」というものだろう。
二人以上の人間に見られると死んでしまうとか、魔法の国に帰れなくなるとか、そういう裏設定があるのだろう。
「ななちゃん?」ドアの外からあき君の催促の声。
「あ、はい!今行く。」何故か催促されて、急いで部屋のドアを開く俺であった。
「女の子の部屋に入ろうだなんて、非常識よ、あき君。」
ドアを開けたが、一応今の俺は女の子なので、部屋内の状況を見せないように廊下に出て、あき君と話をした。
「ごめん、ちょっと気になって。」
あき君が真剣な顔で俺を見つめた。
ちょっと気になる、か。
年頃の男の子だし、気持ちは分かるが、女の子の部屋が「気になるから」って見ようとしてはダメだ。真剣な顔でそれを言ってもダメだ。
「ななちゃん、他に誰かがいなかったか?」
「え?」
悪魔はいたが、何か?
っていうか、何でいきなりそんな質問をしてきた?
「別に、私だけだよ。」
一応ティシェの事を隠しておこう。知られた所で何の問題もないが、教えた所で何かどうなる訳でもないから。
「それより、あき君。どうしたの、夜遅くに?
私に何か用?」
「いや、特に用事はない。
今夜は冷えそうだから、窓をきちんと閉めて寝ようなと、それを言いたかっただけだ。」
「それだけの為に?
なに、あき君。君はイケメンなの?」
しょうもない事で一々女の子にメッセージを送るマメなモテ男、憎むべき人種「イケメン」。
俺は絶対に、あいつらを許さない!
「揶揄わないで、ななちゃん。
んじゃ、俺は戻るな。」
「本当にそれだけなのかよ。
お休み、あき君。」
「お休み。」
帰っていくあき君。
そうだな。
明日から国外旅行...じゃなくて、国外スベシャル合宿だし、夜更かしせずに早く寝よう。
今のこの体、まだ成長期なのか、夜になると結構早いうちに眠くなるんだ。
なので、明日に響かないよう、早く寝よう。悪魔が邪魔しに来ないように、あき君の言う通りに窓を閉じて寝よう。




