第二節 新の旅路の始まり⑤...王の血筋
「陛下、愚女が登校再開した際、『見合い話は一切お断りします』と発表したと思いますが、陛下の所にその話が行っていませんでした?」
「『守澄財閥次期当主が決まり!?継承者はなんと十五未満な少女!娘可愛がるばかりに、遂に判断力を失くしたか、守澄隆弘?』ってぃアレ?子供の耳まで伝わるあの記事、ワシが知らない訳ないだろうか。
まさか、あんな記事一つで、見合い話の申し出が止まると思ってもおるまいな。」
俺が守澄家の次期当主とお父様が公表した時、同時に「次期当主のお見合いの話は一切受け付かない」と宣言した。
それは別にスピーチでの公表ではなく、紙ベースでの告知だったので、俺はてっきり広がらないものだと思ってた。
しかし、予想以上に世間の大ニュースになり、テレビはないものの、文字や「動く絵」が載った紙が魔法によって、瞬く間に全国各地にばら撒かれた。
王様の口にしたあの皮肉めいたタイトルの記事も、そのうちの一つだろう。
...皮肉めいた?
恐らく国外、つまり他の四つの大国でもニュースとなっていただろう。守澄財閥は「全国一」ではなく、「世界一」の財閥だからな。
「まぁ、ワシは単純にお前の娘に興味があっただけだけとな。飛び級でSクラスに入って、しかも今回の学期末試験で学年トップじゃねぇか!
試しにワシも解いてみたが、全然分からん!答えられる問題じゃねぇよ、あんなの!
それをトップとか、お前の娘云々抜きで欲しいわ。」
「それでこのお見合い話ですか。
申し訳ないが、私はあの娘がきちんと正邪の判断ができる歳まで、一切お断りするつもりです。
あの娘の人生はあの娘が決める。」
「だがな、守澄、今回はワシからのだぞ。王族になれるって話だ。
王血子を身籠る可能性だってある。」
「それはないでしょう。」
「かっ、断言しやがったぞ、こいつ!
ワシはまだ誰が次期国王なのか、発表してねぇだろうか。どこからその情報?」
「どこからもありません。
そんなの、陛下がご子孫の中で誰を一番可愛がっているの、観察していれば分かる事。」
「そんなで分かるものかよ!」
二人が訳の分からない話をしている。
何、王血子って?実は初めて聞いた単語だ。
...何となく予想は付くけど。
「それでも、男子を身籠れば、『王血因子』を持つ子が生まれる。王血魔法も回数制限あるが、使える。
分かるよな、ワシらフェニックスの王血魔法。ワシの子供共は何回でも使えるが、特殊すぎた所為で、他の『王血因子』を持つ子は一回しか使えない。
その一回でも...かっ!贅沢すぎるほどのモノだと思うか。」
「復活...命が絶たれた瞬間に炎と化し、後に灰となるが、約三日後でその灰の中から復活する。
『寿命検査』の魔法が王族の方々にも効果があるのが、未だに不思議でならない。」
「父親なら、娘の幸せを望むはずだろう?
そして、女の幸せって、家庭を持つことに他ならん。一回死んでも構わない男児なんて、願ったり叶ったりだろ?
それにお前が力を貸せるんだ、良いお爺ちゃんになれるんだ。娘の為に、父親としての最大なサポートをしたくないの?」
「......」
あれ?お父様が無言になってる!?
まさか、その気になってるじゃないだろうな!
俺は嫌だぞ!
例え今は女の子でも、男と結ばれるのは真っ平ごめんだ!
だって、アアイウ事をするでしょう?おしべとめしべ!
痛いって話だし、そもそも「受け入れる」と考えるだけで寒気がする!
絶対嫌だ!死んでもさせない!
な~にが「女の幸せ」だ!決めつけんな!
独身を貫く事だって、幸せかもしれないだろう?
決めた!俺は独身でいるぞ!一生結婚なんてしないぞ!
「『娘の為』と陛下は言いました。しかし、私の考えた『娘の為』は陛下のと違う。
私は奈苗に自分ですべてを決めて欲しい。
私は教え、あの娘が学び、しかし最後はすべてあの娘自身が決める。
次期当主に指名したが、あの娘が嫌になったら、いつでも撤回するつもりだ。それで不誠実となっても、私は恥じる事をしない。」
「ほぅ。つまり、ワシの申し出を拒否する、と?」
「お見合いはあの娘にとってまだ早い。今年で十五なんた、思春期まっただ中。
誰と恋するのか、それはあの娘の自由。
私はあの娘に枷を掛けるつもりはありません。」
「むっ...」
......お父様、かっこいい!
所々に「ですます」も使わなくなった理由は分からないが、意思の固さを見せるには丁度良いレベル。
王様相手に失礼千万だが、娘を思う気持ちに涙が出る!
うわ!俺もこんな父親になりてぇ!マジでなりてぇ!
でも、ま~...お見合いだけなら、別に構わないと思ってる。会って、「お友達から始めましょう」と言うけどな!
「守澄。ワシは恥をかきたくて、ここに足を運んだ訳じゃねぇぞ。
婚約どころか、『お見合い』すら受け入れねぇってのはやりすぎたと思わんか?
いいのか、曾孫が国王になる可能性だってあるぞ。それを全部『いらね』ってのか?」
王様の声が低い。お父様に威圧的な態度を取っているのか?
これに逆らったら、流石にヤバくない?
「あの娘自身が決める事だ。
話は一応伝えるが、あの娘が『いや』と言ったら、私は誰であろうと遠慮しません。」
「ワシはこれでも王だ。いくらお前でも、王に逆らうのはよくないぞ。」
「承知の上での返事です、悪しからず。」
「......」
「......」
静かだ。
ちょっとよくない静けさだ。
正直しんどい。この静けさがしんどい。
悪戯で安らぎを得たいが、この静けさが怖くて、お父様に悪戯ができない。
ぅ、お父様の従って、さっさと屋敷に帰ればよかった。
「かっはっはっは、それでこそ守澄!」
先に白旗を上げたのは想定通り王様だった。
「わあった!んじゃ、ワシもあの小僧に伝えるだけにしとくわ。」
「因みに、陛下、どっちの方でしょうか?」
王様が先に参ったのに、お父様は何とも思ってないようだ。
全く、国王相手に偉そうにして...
...どっち?何が「どっち」だ?
「どっちだと思う?ま、どっちでも構わんだろう?
決めるのはお前の娘なんだからな。」
「それもそうですね。」
「じゃ、話も終わったことだし、ワシは帰るわ。」
「終わりました?他に何か私にできる事はありますか、陛下?」
「お前は何もしねぇだろうか!
最後で皮肉を言うのはお前の悪い癖だ。ちたー世間の評価も気にしとけ!」
「では、見送りとさせて頂きます。」
「立ち上がれってんだ!ったく。」
ドスン、ドスンと――そこまでじゃないが――王様の足音が響いて暫く、室内がまた静かになった。
「旦那様?」
王様が帰ってくれた後、最初に王様と一緒に入ってきた人が口を開いた。
お父様の事を「旦那様」と呼ぶのが聊か抵抗があるように聞こえるが、一番気になるのはやはり声が幼く聞こえるところだな。
なぜ俺は彼女の声が「子供の声」と聞こえてしまうのだろう?
「あぁ、雲雀。どうしたの?まだ他に何が用事?」
お父様の言葉。
やはり、名前は「雲雀」か。
その名前、早苗に教えられた一番目のメイド長の名前。お父様の同級生で、今は名前だけを守澄メイド隊に残している「幽霊メイド」。
四十過ぎたおばさんか。俺の守備範囲外だな。
...声だけ幼いおばさん?
いや!混ぜるな、危険!
「王様の前で、良い度胸してるね。」
...あれ?
「何の話だ、雲雀?何かおかしな事でもあったのか?」
「あたしら、もう何年の付き合いだと思ってる?あんたがあたしに隠し事できると思うか?」
足音が段々とこっちに近づいてきているのは気のせいか?
お父様の声も、さっきと比べて覇気がないように感じる。
「あんたは王様が来てから、一度も椅子から立ち上がった事がない。それは何を意味しているのか、あたしが分からない訳ないでしょ。」
どうしよう?
音からして、間違いなく「雲雀」って女がこっちに近づいて来る。
どうやら、俺がここにいる事が既にばれているみたいだ。今更逃げようとしても、机の下だから、実用的な逃げ道はない。
死を待つ死刑囚みたいな気分だ。
「あんたはいつもこんな事をする。ホント、何でまだ生きてるのかね、この女の敵。」
逆に考えよう!ばれても別に構わない。
そうだ!死ぬ訳じゃないし、何を恐れているのだろう?
そう考えると、何もかもがどうでもよく思えた俺は膝を抱え、見つかれるのを待った。
「今度はまたどこの馬のほっ...」
「...ぁ」
目が合った。
子供だ。
幼い女の子が屈んで、俺のいる机の下に覗き込んでくる。
「ぇ?」
何で?四十過ぎのおばさんじゃ...
大きな瞳と小さな唇、ぴょんと小さく上向いている鼻頭。前髪だけが白の黄金色の髪の毛、この世界では珍しくない二色髪。
身長は恐らく今の俺よりも低く、手足も子供のように短い。しかし髪だけが長く伸びていて、屈んでる状態でその髪の毛が床に触れないように、自分の両手で抱えている。
...何だ、この可愛い生き物?
「奈苗お嬢様...?」
「きゃあああああああ!」
俺は机の下から飛び出て、その幼い女の子を抱きしめた。
「な、むぅう!」
「何この子!可愛い!」
更にその女の子の身体を隈なく触って、逃げようとするその子の首に腕を回して、腰に両足を回して、雁字搦めにした。
突然だが、今の俺の身体について説明しよう。
俺は心が男で、身体が女の子。しかし、どうやらこの身体、「元の持ち主」という者がいるらしい。
その為、身体に刻み込まれた習慣や癖、時に俺の意思と関係なく動く事がある。
特に、可愛いものに対する反応は激しく、昔は我を忘れる程に、だ。
それを制御できるまで、かなり時間がかかった。
が、今の俺はそれを制御できている。可愛いものを見ても、なりふり構わず抱き付く事をしないようにちゃんとできている。
しかし、俺自身に関して、また一つ問題がある。
俺は猫が好きだ。
その理由は単純に「猫が可愛いから」という訳ではない。仔猫は大好きだが、大人猫も大好きだ。
その反動なのか、俺は普通の猫より小さい、毛の生えている生き物を等しく「可愛い」と思ってしまっている。それで小型犬も好きになったし、虎も猫科だと知ってから、虎より小さい大型犬まで好きになってしまった。
なので、完全に今の身体の感情を制御できた俺だが、小動物のような子を見ると...
「お父様!この娘、貰っていい?」
...また我を忘れてしまうんだ。
......
...
一時間が過ぎた。
時計はないので、正確な時間は分からないが、多分そのくらいの時間が経った。
「ふぅ~...」
俺の懐の中で暴れていた雲雀ちゃんはようやく学習したのか、今は大人しく俺に撫でられている。
「奈苗、落ち着いた?」
お父様がちょっと半笑いで俺と雲雀ちゃんを見つめている。
「みっともない所をお見せしてすみませ~ん。♡」
雲雀ちゃんの肩を抱きしめて、自分のものであることを主張した。
「こんな可愛い子だとは思いませんでしたよ、雲雀ちゃ~ん。」
「ちゃん付けて呼ぶな。
あたしはこれでも、貴女の『お父様』と同い年よ。」
「えへ?見えな~い。
こんな可愛い女の子が四十路だなんて、信じられな~い。」
幸せ一杯幸福一杯、笑う口が閉じれない。
もう完全に頭がイカれているな、俺。喋り方も幼児化していく。
「奈苗、王様の話を聞いて、どう思った?」
「え~ぇ?」
王様の話?
「別に何とも思ってませ~ん。今は何もかもがどうでもいい。」
合法幼女を抱っこした事で、俺は「達観」している。
お見合い?どうぞどうぞ。
「記憶がなくても、雲雀に懐くのは変わらないな。」お父様が遠い目して語る。
「ん~?何の話です、お父様ぁ?」
「あの女の代わりにずっと君の世話をしていたのは雲雀だ。君の乳母だ。」
「え?」
うば?「うば」ってなに?
「お母様の代わり?うば?
ごめんなさい、お父様。仰っている事が分かりません。」
俺の言葉を聞いたお父様は一回ため息をして、雲雀ちゃんの手を取って、俺から引き離した。
引き離されるのは嫌だったけれど、お父様は真面目な話をしようとしている事に気が付いているし、俺も少しは冷静になっていた。
なので、素直に雲雀ちゃんを放した。
「記憶のない奈苗にとって、彼女と会うのは初めてだな。
紹介する。彼女は花立 雲雀、メイド隊を立ち上げた当初、一時的にメイド長を務めてくれた私の秘書だ。
君の育て母でもある。」
お父様は雲雀ちゃんを手のひらで指し示して、堅苦しい紹介をした。
「改めて自己紹介も変な感じね。
奈苗お嬢様、花立雲雀です。お嬢様に触れない奥様の代わりに、乳母をやらせて頂きました。
よろしくお願いします。」
「あ、うん。よろしく...お願いします。」
子供が大人みたいな自己紹介をしている。お利口さんで可愛い。
あ、違った!
彼女はお父様と同級生だったな。
「何で小学生みたいなの?」
「はぁ。」何故か雲雀ちゃんが呆れた顔で俺を見る。「お嬢様に触れられない奥様の話とか、王様が提示したお見合いの話とか、聞くべき事は一杯あるでしょうに。
どうして先にそれを聞く?」
「だって、雲雀ちゃんが気になるもん。」
「雲雀ちゃん...」
雲雀ちゃんはこれ以上ない程の呆れた顔を俺に見せて、ゆっくりと先ほどに王様が座っていたソファーに近寄り、その肘掛けに乗り移って座った。
足が床に届いていない!その結果、足がぶらぶらしている!可愛い!
「では、少しテストしよう。」
「テスト?」
「えぇ。奈苗お嬢様が答えられたのなら、あたしの姿の理由を教えるわ。」
「それなんたが、雲雀。」お父様が俺達の歓談に割り込んできた。「その『テスト』を私に譲らないか?丁度奈苗を試したい事がある。」
「ふ~。話の中に割り込んできてまで、今訊きたい事なのね。」
「まぁ、ちょっとした娘自慢だ。」
娘自慢?お父様は何を考えているんだ?
「奈苗。王様の事はどう思う?」
「王様?」
これがお父様が割り込んでまで急いで訊きたい事?
いや、そんな事ないだろう。
「声しか聞こえなかったから、何とも思わなかったよ。『お父様は偉そうだな』と思うことくらいしか、何とも思っていない。」
「ふふん、そうだな。せめて『立礼』くらいはすべきだろう。」
言いながら、お父様は不敬にも思い出し笑いをした。
「あたしはてっきり...いや、奈苗お嬢様の前で、この話は止めましょう。」
雲雀ちゃんは何故か楽しそうに俺を見つめて、俺にぐちゃぐちゃされた自分の長い髪を解し始めた。
「奈苗は『王族』について、どこまで知っている?」
「いや、殆ど知らない。
あっ、そうだ!訊きたい事があった!
『王血』ってなに?『王血子』も『王血因子』も、訳が分かりません。」
「そう?実はもう分かっているじゃないか?」
「え?」
「私と王様の会話から、ある程度の推測は出来る筈だ。」
お父様と王様の会話から推測?仮説しか立てられないんだけど...
とりあえず、整理して推測してみよう。
「ちょっと、アレの話になるのですけど...
私は王子様と結婚したら、『王血因子』を持つ子供が生まれる。たぶん、男子限定。
そもそも、生まれる子供は男なら父親側、女の子なら母親側の種族になりやすい...つまり、女の子が生まれたら私と同じカメレオン族、男が生まれたら王子様と同じフェニックス族・王族になる。
『一回死んでも構わない男児』という言葉から、『王血因子』は王族限定。よく分からないが、それで『ロイヤル魔法』が使えるらしい。
一回だけだが、死んで蘇る。
それが...『王血因子』を持つ子供の能力、かな?」
「ふふん。」
「ほ~。」
お父様と雲雀ちゃんが俺を見つめて、何故か微笑みを浮かべながら頷いている。
親に見守られた子供の気分だ。
「でも、王様の『ちび』?たぶん『子供』の事だと思うが、みんな無限に使える?そのように聞こえる。
私と王子様との男児は王族なのに、一回しか使えない。
やはり、何か理由があると思うが、それに関係ありそうなのは『王様の子供』、このキーワードが肝心だと思う。
そして、同時に関係ありそうに思えたのは『王血子』。
王様は私が『王血子』を身籠る可能性があると言ったのに、お父様は『絶対ない』と断言した。
私が王子様と結婚しても、『王血子』を孕む事はなく、しかし『王血因子』を持つ子供を生む可能性がある。
...なんか、この話は嫌だ!孕むとか、産むとか!
私は道具じゃない!」
意味なく逆切れした。
「誰も道具だと思っていない。実際、私ははっきりと王様に断っただろう?
さぁ、早く推理の続きを聞かせておくれ。」
「むっ。」
頭を切り替える。推理することだけに脳みそを使おう。
「私は『王血子』を身籠れない。王子様は私に『王血子』を孕ませる事は出来ない。
王様は言った。『まだ誰が次期国王』を『発表していない』。
そして、王様は入ってきたすぐの頃、自分が死んだら、議員達は『さっさと遺言書を公表』して、『王血子』を王座に付けると。
やはり、以上の事から考えると、『王血子』は次期国王になる・なれる王子様の事、かな?王様もまた『王血子』。
いや、待って。王様の子供達みんな『ロイヤル魔法』を使え放題。しかし、私は王子様と結婚して男児を儲けても、その子は一回しか『ロイヤル魔法』が使えない。
つまり、王子様の中に、恐らく次期国王になれる『王血子』はいない。
王様の子供の中で、『王血子』であるのは王女様、という事に。
王様の妻も『王血子』かもと考えられるが、今は敢えてそうじゃないと考えよう。」
「もう知りたい事全部一人で分かったじゃない、奈苗?」
お父様は本当に楽しそうに俺を見つめている。
やめろ!親バカはお父様に似合わない!
「『王血子』は国王になれる王族、王様の子供の中からしか現れない。
たぶん、数も少なく...もしかしたら、一人しか現れない。
だけど、王様の子供じゃないその他の王族も、『王血子』ではないものの、『王血因子』を持ち、一回だけ『ロイヤル魔法』が使える。
『王血子』じゃないけど、無限に『ロイヤル魔法』を使える王様のほかの子供達。それは単純に血の濃さによるものなのだろう。
濃い故に、『王血因子』を持つ子供も生まれる。たぶん...これは完全に憶測だが、その子供達の子は『王血因子』を持たない、または殆ど持たない。
王族の血がどんどん薄くなっていく。『王血子』以外の王族が、だ。」
ここで、お父様のテストに合格程度に達したんだろう。
が、
「ただし、ここで終わらせずに、更に一つ面白い話を混ぜよう!
王様の言葉から、偶々耳に入って、何故か強く印象に残ったが、お父様の曾孫が国王になれるかもしれない、と。」
「ははは。」
お父様が笑っている。
そして、雲雀ちゃんも指を口に当てて、小さく笑っている。
なんたか、すごく楽しくなってきた!
「あの言葉から考えると...『王血因子』を持つ王族は『王血子』であり、同じ『王血子』の子を授かる事が出来る。が、何らかの理由で、『王血子』じゃない方の王族も、『王血子』の子を授かる可能性がある。
その理由は...嫌な憶測になるから、ここで辞めますね。」
例えば、「王血子」の跡継ぎが生まれる前に、現「王血子」が死を迎えてしまって、とか。
「あ、序に!王様の妻、つまり王妃様も王族...いや、フェニックス族である事が、王様の次の『王血子』が王女様だからだと、推測ができる。
キョウダイとか、イトコ同士とか...とは考えたくないから。血が薄くても、種族自体『フェニックス』なら、『王血子』の親になれる、とかかな?」
単純に王様の娘だから、という可能性もあると思うが、「娘なのに、父親と同じ種族」の特例がまだ守澄奈苗しかいなかったから、何とも言えない。
これが、俺の推理だ。
大した推理じゃないかもしれないが...どうでしょう、お父様?
「素晴らしいよ、奈苗。父親として誇らしいよ。」
お父様がべた褒めして来た。
...ちょっと恥ずかしい。
「その年で、よくここまでの推理ができたね。確かに、『娘自慢』したくなるね。」
雲雀ちゃんもべた褒めして来た!
ヤバイ!すっごく恥ずかしい!
「も、もういいよ、二人とも!
それよりヒバリィ、教えてよ、君の秘密!」
顔の熱を早く冷やしたくて、俺は雲雀ちゃんを催促した。
...あれ?
「奈苗お嬢様...!今、何と言った?」
「え?」
雲雀ちゃんの顔が強張って、俺をまっすぐに見つめてきた。
「今、『ヒバリィ』って...」
「えぇ、口にしましたね。何故でしょう?」
あだ名、まだ考えていないのに...
これはもしや...幼児化末期!?
「お嬢様、こちらにいらっしゃい。」
雲雀ちゃんが手招きで俺を呼んだ。
何をしたいのかが分からなく、俺はとりあえず彼女に従って、彼女の側に行った。
そしたら、雲雀ちゃんは俺の頭に小さな手を伸ばして、俺の髪を撫でて来た。
「久しぶり、奈苗お嬢様。貴女のヒバリィよ。」
「ぁ...」
心地よい。
この撫で方、身体が覚えている。
ヒバリィという呼び方も、凄く馴染んでいる。
「私」は彼女の事...ヒバリィの事を覚えている。
......雲雀ちゃんに撫でられるように腰を曲げているから、ちょっと疲れる。
「私は土属性の呪い・『成長停止』を掛けられた種族、ハムスター族よ。」
「ハムスターか、可愛いね。」
土属性の呪い?どういう意味だろう?
ってか、「ハムスター」族って...
「えぇ。永遠に大人に成れない、子供だらけの種族。いずれは滅びるわ。」
え?
「何で?可愛いから、滅ばないよ!」
「奈苗お嬢様はまだ幼い、だから分からないのだよ。『可愛い』は結婚を遠ざける言葉だよ。」
「え?」
身体にある記憶に引きずられて、自分を忘れかけた俺は雲雀ちゃんの言葉を聞いて、少し我を取り戻せた。
「『可愛い』は結婚を遠ざける言葉」?何言ってんの?
っていうか、結婚していないの?四十路だろう?
まぁ、ヒバリィは四十路でも「現役」だろう!何せ、歳を取らないから!
あー、でも、姿が子供だもんな!そうなると、ヒバリィを好きになった奴はロリコンに違いない!
ハムスター族と結婚した奴はロリコン・ショタコンしかいない!
...いや、待って。今日まで種族として残ってきたよな。
それは、つまり...
......
考えるのを止めよう、闇の深い話になりそうだ。
「奈苗、話をちょっと戻すよ。」
「え~ぇえええ?」
お父様は俺とヒバリィの空間に割り込んで入って来る!帰れ帰れ!
「あからさまに嫌そうな顔をするな。
私だって、君に急に靴を脱がされた事にちょっと怒っているのだぞ。
君は五歳児か?」
「お父様、足臭い!」
「君が勝手に脱いだんだろうか!」
お父様は怒り顔を俺に見せて、しかしすぐに笑顔になった。
「君は本当に...私の天使だな。」
「ちょ、お父様!?」
急に「天使」と呼ばれた!完全に親バカしているな、お父様は。
「王様が持ってきた話に付いて、奈苗はどう思ってる?」
「え?あぁ!」
急に話を元に戻すなよ!付いていけないだろうか!
「縁談話の事ですか?別に興味はないが、会うだけ会っても良いと思っている。」
「そう。
それが君の考えなら...分かった。
なら、君の母親の所に行く話はどう思う?」
「あー、うん。」
そういえば、その話をする為に残ったんだっけ。
なんたか、「どうでもいい」って感じがするなぁ。
ヒバリィを抱っこしてから、色々と、ホントどうでもよくなった。
「行ってみようと思っています、お父様。お母様にも、色々訊きたい事がありますし、『雛枝』という双子の妹にも、会ってみたいと思っています。」
「......」
俺はお父様に「いいよ」と言ったのに、お父様は逆に苦い顔をした。
だけど、最後はため息を一つ吐いて、「では、手配しよう」と言った。
「お父様。ため息は幸せを逃がしてしまいますよ。」
「ふふ、聞いた事のないデマだが、分かった。もう吐かないよ、奈苗。」
チェアを回して、お父様は俺に背中を見せた。
そんな時、偶々膨らんでいるお父様のズボンのポケットを目にして、急にもう一つ訊きたい事を思い出した。
「あっ、お父様!スマホを見せてください!」
「『すまほ』?」
お父様は俺の方に振り向いて、怪訝そうに俺を見つめる。
「はい、スマホです。
どうしたの?何か変な事を言いました、私?」
「奈苗お嬢様、『すまほ』とはどのようなもの?初めて聞く名称だわ。」
「えっ?」
初めて?
でも、スマホはスマホ...この世界の人間はスマホが「スマホ」だと知らない!?
「あ、いや、何でもない...です。勘違いでした!」
「何が『勘違い』なの、奈苗お嬢様?」
ヒバリィが俺を見る目が変わった。容疑者を見つめる警察のような怪しむ目だ。
「いや、その...」
もし、俺が「私」ではない事がばれたら、どうなる?
お父様は俺が彼の娘だと思っているから、誇らしいと思ってくれているが、実は別の人だと知ったら...?
ヒバリィは俺が「奈苗お嬢様」だと思っているから、嬉しそうに俺の頭を撫でているが、実は別の人だと知ったら...?
ダメだ!誤魔化すしかない!
「お父様のポケットの中の物!あの太古の遺物!あれが『すまほ』です!知らなかった?てっきり知ってると思ってた!」
下手な言い訳を考えるより、嘘を吐き通す方が安全だ。
嘘を嘘で塗り固めるようになるのは危険だと分かってる。だが、今の俺は冷静じゃない、ちゃんとした言い訳を思いつかない!
だから、突き進む!
「私、考古学部部長!太古の遺物、アーティファクト、その名前を多く知っている。だが、実際目にした太古の遺物がとても少ない。だから、びっくりしたんです!お父様は『すまほ』を持っていたなんて、知らなかった...です。」
「奈苗お嬢様...」
ヒバリィはやはり俺を見る目が「警察」している。逃げ出したくなる気分!
違うんです、お巡りさん!僕は何もヤっていない!無実なんだよ!そんな目で見ないでよ!
「どうやら、奈苗は私に知られたくない事があるようだ。」
お父様は立ち上がって、体を回して俺と向き合った。
大きい...
改めてみると、お父様は本当に高いな。
高身長イケメン?ムカつく!
「父親として複雑だが、いつかはこんな事も起こりえると覚悟していた。
だから、奈苗、私は待つ事にするよ。
君が私に秘密を打ち明ける日を楽しみにしているよ。」
そう言って、笑って、そして俺を睨んで顔を近づけてきたお父様。
睨まれて、心臓がドキドキする位に怖いが、何故か嫌な気分にならなかった。
でも、どうやらお父様は何か勘違いをして、嘘を吐いた俺を見逃してくれるそうだ。
そして、更にスマホを取り出して、俺に見せる。
「仕返しに、これを弄らせてあげない。」
「えぇえええ?」
まさかの「仕返し」!
「意地悪です、お父様!」
「意地悪だよ、私は。」
悪びれもせず...
「それと、あの女の所に行く話に戻すが...そうだな。
君の友達も誘いな。何人でもいいよに手配しておこう。」
「本当!?」
何人でも?なら、まずはメイド隊全員...
「真緒と紅葉の同行を許すが、他のメイドはダメだ。」
「え゛っ!」
考えを読まれた!
「何でダメ!」
「他に頼みたい仕事があるから。」
「お父様の会社の社員に頼めばいいじゃん!」
「みんな忙しいんだ。」
「メイド隊のみんなに頼まなくてもいいじゃん!」
「何と言われても、ダメだ。」
「何で!」
「ダメ。」
「ケチ!」
くっ、温泉旅館で女湯ハーレムを期待していたのに!
仕方ない。星を連れて、それで満足しよう。
そうだ。明日にみんなに伝えよう。
あき君にも、ヒスイちゃんにも。
とりあえず、みんなに伝えよう。
何人でもいいでしょう、お父様?
お父様が涙目になってしまうほどの人数を連れて行ってやる!




