第一節 新の旅路の始まり②...二人きりの職員室
職員室。
先生達が生意気な大人未満高校生達から解放され、一息つける憩いの場。「学校」という砂漠の中の教師専用オアシス。
ずっとそう思っていたこの場所だが、意外にも誰一人いなかった。
「二人きりだな。」
俺は独り言をした。
入ったばかりの時に余裕がなかったから、望様に支えられて、空いている椅子にとりあえず座った。そのまま机に俯せになって目を閉じたら、気が付くと午後のチャイムが鳴っていた。
「戻らなきゃ...」
両手で机を押して、体を起こしたが、なかなか力が入れなくて、一度起こした体がそのまま椅子の背もたれに倒れた。
「無理に起きなくて大丈夫ですよ、ななえちゃん。」
優しい笑みを浮かべて、望様は机に湯気が立つ湯呑を置いた。
「欠席する事、もう伝えています。」
「...あぁ。」
いや、さぁ...俺はこの「男女二人きり」というシチュエーションにちょっと怯えているんだよ。
望様は紳士だから、例え「男女二人きり」でも、きっと変な事をして来ないだろう。
そう思うが、俺もまたかつては男。時に「理性」が時と所と場合によって流されるという事を知っている。
それに、理由はもう一つある。
「でも、次の授業は『地理』。先生の言葉を聞かなきゃ...」
...分からなくなる。
突然だが、俺はこの世界の文字が読めなくなった。
それは前の指輪・祝福の指輪が壊れた時からの事。
お父様が俺を揶揄う為に書いた古文書に似せた文字。あの時は単純に揶揄われただけだと思っていたが、実は祝福の指輪がまだ指に付けていたら、俺はそれを読めたんだ。
その後も、まだ新しい指輪はが届いていない間、学校に行けなかったから、文字に触れる機会がなかった。
まぁ、見たいと思えば、いつでも屋敷の書庫で見れるんだが...誰が好き好んで本なんか読むか?
それで、新しい指輪が届いて、また学校に行けるようになってから、自分がもうこの世界の文字が読めなくなった事にようやく気付いた。
パソコンの中の文字も読めなくなった...
何故こんな事になったのかは分からないが、時期から考えると、祝福の指輪が壊れた事以外、変った所がなかった。
あの祝福の指輪という名の指輪は簡単に作れるようなものではない。最上級魔道具・神器と分類されて、レア度ではもうURな超レアなレアレアなんだよ。
だから、祝福の指輪が壊れたことが原因だと思った。
新しく作られた今の指輪は魔力関係で色んなところがアップグレードしていたが、それを指に嵌っても、俺は文字が読めない。
いや、実は指輪と関係なくない?と思う事もあったが、他の可能性が思いつかない。
何れ、俺はお父様以外の家族に会う機会がくるだろう。文字が読めなくなった事はその時で、まだ写真でしか見た事のない「お母様」に確認すればいい。
そういう訳で、俺はそれまで成績を維持する為に、授業をきちんと聞かなきゃいけない。
特に「地理」はサボる訳にはいかない。
メイド長兼俺の教育係である早苗は、残念な事に「地理」が不得意だ。
その他のメイド達も紅葉先生を含めて、ちょっと不得意だ。自分の故郷の地理知識すらない娘もいる。
他の科目なら、後で彼女達に教えて貰えるが、「地理」に関するだけはダメなんた。彼女達は本に書いている文字を読む程度しかできないからだ。
「ななえちゃんが努力家だという事は知っています。しかし、今の状態では、授業を受けても、何も覚えられないのでしょう。」望様が俺を諫める。「まだ昼ご飯も食べていないでしょう?職員室で休んでてくれ。」
「でも、望様は知っているでしょう?私が文字を読めなくなった事。」
俺は自分が文字を読めなくなった事を公にしていない。
していないが、ごく一部の人にその事を伝えている。
望様はそのうちの一人。他の先生と違って、彼は授業の時、偶に俺をも指名するから、予防として...
「それでも、ですよ、ななえちゃん。一昨日に発表した上位五十名の期末試験順位で、また学年一位でしたね。病欠続きだったのに、偉いよ。」
「あー、まぁ...」
全く勉強していなかったのに、何故かスラスラと答えを書けたんだよ。
やっぱり、「知識」と「記憶」は違うものなのかな?勉強していなくても、身に付いた知識は忘れない、とか?
...書いた後の文字は3秒で読めなくなるけど、な。
しかし、学年一位、ねぇ...「守澄奈苗」という女の子は一体どういう勉強をしてきたのだろう?
「休み前の授業はSクラスでも、それ程ボリュームのあるものではないでしょう。今は兎に角、教室から離れた方がいい。」
望様が俺と差し向かいに座り、勝手に俺の弁当箱を開けると、俺のお箸でその中からブロッコリーを摘まんで、俺に差し出した。
「はい、あーん。」
何こいつ?
イケメンだから、勝手に女の子に「あーん」して良いと思ってんの?
「あー、む。」
動くのがめんどいから、彼のご奉仕を許してやった。
はぁ...
まぁ、授業なんて、後で先生に直接聞けばいい。
午前中の授業も後で各先生に聞いておこう。ボーっとしていたから、実際ちゃんと覚えたかどうかが怪しいからな~。
学年一位...守れないかもしれない、なぁ。
「しっかし、凄い量のお肉ですね。食べきれます?」
「望様も思うでしょう?あの子、いつも肉盛り弁当なんですよ。馬鹿じゃないはずなのに。」
同じ意見を持つ相手と出会えた事で、俺は少し元気になった。
まぁ、大分の間、「誰とも触れ合っていないから」のが本当の理由だろう。
小さな脳内劇場...
「そんな訳ないだろう?」と理性が反対し、「証拠でもあるのか?」と感情が反論する。
そして、「どっちでもいいよ!」と判決を下す俺。
...ははっ、下らねぇ。
「あーん。」
「はむっ。」
望様が差し出してきた肉切れに食らいつく。
しかし、本当に美味しいなぁ、マオちゃんのお料理は。
量は多いけれど、味付けは最高で、栄養バランスもちゃんと考えられているっぽい。
昔の男の俺だったら、きっとお腹がいっぱいになっても、おかわりを欲しがるのだろう。
「ななえちゃん、教室での事だが...」
俺がマオちゃんのお料理を楽しんでいるこの時、望様は嫌な話題を振った。
「いつからですか?」
「『いつ』、ですか...」
いきなり「時期」を聞いてきたという事は、望様は既に何か起こっているのかを理解している、という事。
それが今日から始まった事かどうかがまだ分からないから、被害者である俺に確認した。
...と、そんな単純な話じゃないだろう。
自分のクラスでイジメが発生したんだ。実は自分が気づいていなくて、ずっと前から続けてきた事じゃないかって、それが怖くて、辛いんだろう。
「心配しなくて大丈夫ですよ、望様。今朝からですので、まだ半日しか経っていません。」
安心させるように、笑顔で言ってみた。
...が、逆効果だった。
「半日...」
望様が沈んだ声を出した。
「早く気づいてあげられなくて、ごめんなさい。」
「いやいや、無理でしょう。
気持ちは嬉しいが、半日では私自身だって、気付けるかどうか、ですよ。」
「私はななえちゃんの体質の事を知っている。知っているのに...」
「あはは...」
側から見たら、ただの「仲良しスキンシップ」にしか見えないからな。「イジメ」と訴えても、逆に「被害妄想」と疑われる。
「もう自分を責めないでください、望様。結果、私は望様に助けられたのですから。」
「風峰さんはただ『返り変幻』を人に見せる為だけにする筈がありません。彼女は我が強いが、無理に注目を集める人ではありません。
だから、あの時...」
「む、まぁ...『我』を忘れてましたね。」
俺が挑発しすぎた所為で。
「私は危うく...ななえちゃんに大怪我を負わせるところでした。私がちゃんと見ていなかったから...」
「望様...」
体をくっつけて、相手を苛めるとか...子供らしいかわいいイジメだったな。
それに対して、俺は「挑発」、「脅迫」。彼女達が好きな望様と星をも巻き込んで怒らせるとか...大人の心理戦を使って反撃した。
「あれは私の自業自得ですよ、望様。望様は何も悪くありません。」
子供相手に、心が大人の俺がマジになった。相手を傷つけるつもりで挑発した。
「ちょっと大人気なかったしね。」
続けていたら、侮辱までしていたのかもしれない。
「『大人気ない』?」
「あはは...頭に血が上って、やらしい反撃をしましたよ、私。
怒らせるような言い方をして、関係ない星も、望様も巻き込んで。
大人気なかったなーって。」
今時の若者は沸点低い!
...なーんてね。
「......」
「望様?」
俺の話を聞いた望様は手に持っている弁当箱を膝に乗せて、どうしてたが、視線を下に向いた。
顔が見えない。何考えているのかが分からない。
「望様?」
頭を傾けて覗き込むと、若干怒っている望様の顔が目に入った。
そして、次の瞬間...
「ななえちゃんはその中で、一番幼いじゃない!」
そう言って、望様は俺の肩を掴んだ。
「同級生より一歳年下、全員から気を遣われるべき筈なのに。みんなの妹ちゃんでしょう、ななえちゃんは?
なのに、どうして逆に苛められる事になったのでしょう?何も悪い事をしていないのに。」
感情的になったのか、望様の体が少し震えている。俺の肩を掴む手も、心なしか汗ばんでいる。
「もう高校生になっているから、精神もみんな、大分成長している筈です。それでもイジメが発生する。
しかも、相手は自分達より年下な女の子。恥ずかしくないのですか、あの子達?」
本当に辛そうにしている望様、まるで自分の事のように悔しがっている。
「一番幼い子が、『大人の対応』をしようとしている。っ...」
望様は頭を上げて、睨むように俺を見つめる。
「ななえちゃんは『子供』でいい!ななえちゃんだけは、『子供』でいいんですよ。」
俺の肩に掴む手に力が入り、指が肩の関節に食い込んで、少し...いや、かなり痛い。
「他の誰もが大人である中、ななえちゃんだけが、まだ『子供』でいい。まだ『子供』でいいのに...」
「望、様っ...」
手に力が入り過ぎている事に気がついていないのか?足の上に置いてある弁当箱も、彼の体の震えで膝に近づいていき、落ちそうで落ちていない危険な状態になっている。
感情が高ぶっていて、周りへの気配りができなくなっている?
この状態、さっきの風峰ちゃんに似ている。心理学ではこのような状態をどう呼ぶのだろう?
「望様、落ち着いてください。」
お箸を掴んだまま俺の肩に置く望様の手に、左手を重ねる。同時に、右手でさり気なく弁当箱を掴んだ。
「はい、深呼吸〜。」
「ななえちゃん?」
「すーはー...すーはー...ね?」
笑顔を見せる。
望様は俺を見つめて、戸惑った表情を見せたが、最後は俺の言葉に従って深呼吸をした。
「すーはー、すーはー。」
「どう?落ち着きました?」
「あぁ。ななえちゃんは大人ですね。」
落ち着きを取り戻した望様はこの時、ようやく自分の手が俺の肩に掴んでいる事に気づいた。
「ご、ごめなさい、ななえちゃん!」慌てて手を離す望様、「痛かったですか?気分は悪くありませんでした?」
「大丈夫ですよ、望様。星である程度耐性が付いていますから。」
弁当箱を望様の太ももから自分の太ももに移す。
「私は単純にマオちゃんのお弁当が床にこぼして欲しくなかっただけ、ですよ。」
俺の肩から離れた望様の右手に手を伸ばして、その指の力を解して、箸を手に入れた。
「肩はちょっと痛かったですけどね。あはは...」
笑顔を保ちながら、しっかり文句を言った。
「す、少し落ち着いて来る!」
そう言って、望様は立ち上がって、窓の方に行った。
しかし、どうしたものかな?
風峰ちゃんのイジメ、教室内でのなら影響も少ないし、そのうち耐性も付くが、もし登下校の時も絡んで来たら、流石にメイドに止めてもらうしかないかも。
考えながら、俺は白菜肉団子を摘んで、口に入れた。
うん、美味しい。一流シェフの腕前だ。
一流シェフの料理を食べた事ないけど、特別に食べたいと思った事もないけど!
でも、マオちゃんの料理は絶対に一流だ。何でも食べれていた俺が、この世界で気づいたら「食」に拘るようになっていたからだ。
「むにゃむにゃ...」
肉美味しい。
もしメイドを使って、風峰ちゃんの「スキンシップ」を拒否したら、風峰家は絶対にそれを理由にお父様に迷惑をかけるだろう。
それで、穏便に済ませようとすれば、必ず俺の体質の事に触れて、俺の弱点が世にばれてしまうのだろう。
危険極まりない行為だ。
だけど、説明しなかったら、両家の争いに繋がる。
それもダメダメな行動だ。
「ななえちゃんはこれから、どうします?」
窓の外を覗く望様が俺に話しかける。
「イジメが始まったら、一回では終わらないでしょう。
今回は偶々私がいたから、何とかなったが、風峰さんはきっとまた、私達先生の目を盗んで、ななえちゃんにイジメを繰り返すでしょう。」
「そうですよね。
今学期は明日で終わりなんだから、ちょっとだけの辛抱ですけど、休み明けになったら、また、でしょうね。」
もーう!
風峰ちゃんが不細工な男だったら、ちょっくら「暗殺」すれば済む話だろうに!
...用心棒が必要だな。
メイド隊のみんな以外で...守澄の力を借りない「外界」にいる人でないとダメ。しかも、俺を守ってくれる人でないとダメ。
そんな都合のいい人...あ!
「望様...」
実際昼に颯爽に登場して、俺のピッチを救った人がここにいる!
「今、私を呼びました、ななえちゃん?」
俺の呟きを耳にしたか、窓の側にいる望様が反応を示した。
「い、いいえ!」
別に変な事を言っていないのに、俺は何故が焦って、笑顔を返して誤魔化した。
変だな?
ただ用心棒になって貰いたいと思っただけで、何故俺はこんなにも焦っているんだ?
...自分の都合の為に、他人を利用しようと考えている件について、確かに焦る要素ではある。
しかし、しかしだ!別に望様を都合のいい相手だと考えていない。
側にいてくれれば、風峰ちゃんは俺に手出しして来なくなるだろうと、俺はそう考えた。だから、望様にして欲しい事は、ただ一緒に登下校するだけ、何か変な事をさせようと考えていない。
...男相手だし、なぁ...
だけど...やはり「ただ」で、という訳にもいけないだろう。
望様に何かをして欲しいのなら、俺も望様に何かを上げなくては...
望様が欲しい物って、何だろう?
「望様、こちらに来てください。」手招きして、望様を呼んだ。
「何ですか、ななえちゃん?」俺の側に来た望様。
俺はその望様に、箸でミートボールを摘まんで、差し出した。
「はい、あーん。」
「な、ななえちゃん!?」焦る望様。
ただのミートボールなのに、何焦ってるの?
...と、そのミートボールは「ただのミートボール」で済ませるような代物ではない。
魔法によって強引に作られた三種類以上の動物が合体した生き物・キメラ、その中で奇跡的に繁殖可能になった、世にも珍しい蛇の尾と獅子の頭を持つヤギ。
このミートボールはそのキメラの一番美味しいヤギの胸肉を主に使った贅沢な一品。ただのミートボールにしか見えないが、何となく後光を放っているようにも見える。
望様はきっと、何となくそれに気づいたのだろう。匂いからして、もう普通のミートボールと違うのが分かるから、な!
「あーん。」
俺は更に催促する。
それでようやく高級食材を口にする決意を付けたのか、望様は大人しくミートボールを口に含んだ。
「美味しい?」
「...美味しい、凄く。」
「でしょう?ふふ。」
この魔法の世でも、キメラとして繁殖できたのはかの動物一種類だけ。数も少なく、草食性であるにも拘らず凶暴で、しかもきちんと毒処理ができていないと食べれない家畜。その値段も目を疑うような数字だった。
その分、そのお肉もとても美味しい。尻尾は様々な薬の素にもなれるし、獅子の頭は...ちょっと何の役に立つかは分からないが、高価で取引されている。
俺の弁当でも、キメラの肉で作られたミートボールは一週間一回あるかどうかだ。
そんな贅沢なモノを何故望様にあげたというと...
「望様、私の屋敷に住んでみません?」
「ななえちゃんの...オウチ!?」
「えぇ。これから一緒に登下校がしたいのです。」
屋敷、つまり「守澄邸」だが、実は半分くらいは学園関係者の入居を許している。今も数は少ないが、何人の生徒がそこに住んでいる。
許した覚えはないが、守澄メイド隊メンバーの一人であるルカこと矢野春香、彼女がちょくちょくそっちに行って、そこの男子生徒を「つまみ喰い」している。
厄介な事に、ルカは美人だ。彼女のお誘いを拒む男はそうそういない。
幸いな事に、ルカは美人だ。彼女に喰われた男の子が彼女を訴えた事は、まだない。
彼女の所為で、俺が女の子に対して抱いていた幻想が粉々に...それは兎も角として!
つまり、屋敷の半分は俺とメイド達が住んでいるが、居間を挟んだ反対側が「学生寮」みたいな場所である。
「見目麗しいメイドは12名もいますよ。
そのうちの大多数が未婚者で、気になる相手も居なさそうですよ。
こんな美味しい料理も作れちゃうし、みんな若ー...いですし!性格も多種多様で、ゆっくり選べます?みたいな?
甲斐甲斐しい...子もいます?
可愛くドジるところもしばしば?それ程?よく?見かけます。
とても楽しい場所ですよ。」
望様に興味を持たせようと、俺は冷や汗を流しながら、うちのメイド達の良いところを上げている。
考えてみれば、メイド隊の中で...実はメイドとして有能な娘が居なさそう?
メイド長ちゃんとオジョウが殿堂入り。
あまり仕事しに来ない紅葉先生はメイド長ちゃんの師匠だから、腕は確かだと思う。
それ以外って...モモ?もう、モモ?
俺の中で、メイドとしての有能さの線引きはモモである。仕事がちゃんとできるが、悪戯よくするので、丁度いい「線引き」だと思っている。
なのに、メイド長ちゃんとオジョウと紅葉先生以外、残り全員モモの「下」?有能な娘が三人のみ?
...ショックだ。
「みんな、可愛いよ!もし、望様にはまだお相手がいらっしゃらないのでしたら、屋敷に住んでみません?」
「ぁ、あぁ!そっち...」
呟く望様の表情が暗い。
いや、暗くなった。
「ダメ、ですか?お相手が、もう...?」
「いや、その...『相手』というか、今はまだそれについて考える余裕がありません。せめて下の弟妹が中学生になった頃、星ちゃんも自立してから、と考えています。」
「あ、そうですか。」
星が自立してから?それは何年後?
今の俺だって成人してる頃じゃない?それまで、誰とも付き合うつもりがない?
それは、流石に可哀想...
「さっきの肉団子、美味しかったよね。それを作ったのは、まだハタ...」
「ななえちゃん、そちらは入寮費も他と比べ物にならない程、かなり高いでしょう?」
「え、そうなのです?」
「魔無品で出来たお屋敷、王族の住処より豪華な場所...ななえちゃんの体質を知っているから、これは守澄財閥が己の財を世に見せつける為ではないと分かりますが、そのような場所の入寮費が安い筈ないでしょう?」
言われてみれば、確かに...
望様は、実はかなりの守銭奴?
「それに、未成年の弟と妹達だけを今の家に残す訳にはいけません。私はこれでも、あの子達の保護者ですから。」
「あ!そうでしたね。」
望様はそもそもお金の遣り繰りに困っているから、この学園に就職して来たんだ。それを忘れて、俺は何と失礼な事を...
...別に口にしていないから、いっか。
「となると、一緒に登下校ができない、という事ですね。」
「同じ場所に住んでいても、教師は生徒と一緒に登下校は出来ませんよ。朝の準備とか、部活動の顧問とか、色々あります。」
「言われてみれば...」
常識。
しかも、元の世界でも「常識」である事をうっかり忘れていた。
くっ、恥ずかしい!
「もう!特例にしたい!ヒスイちゃんの時のように、特例にしたい!」
「そもそも、ななえちゃん。どうして急に私と登下校したいと思いました?」
「え?そりゃ、一緒にいれば、風峰さんも登下校の時に、私に何もして来ないだろうと、そう思ったのです。」
「そう...それが理由ですか...」
望様が俺の頭に手を乗せた。
男に頭を触らせたくないが、望様の行動があまりにも自然すぎて、つい、避け損ねた。
「ごめんな、ななえちゃん。どうしても辛いと思ったら、その時に私を呼びましょう。どこからでも、駆けつけます。ケンタウロスは足が一番の自慢ですから。」
「望様...」
落ち着く。
男に頭を触られているのに、とても安心する。
見た目はイケメンだが、望様は良い人だ。見た目がイケメンである事を許してあげよう。
「ご褒美として、私と一緒にこのお弁当を食べる権利をあげます。」
「え?いや、それはななえちゃんのお弁当...」
「望様。私一人で、このお弁当を平らげできると思いますか?手伝ってくださいよ。」
「...仕方ありません、か。」
望様は「やれやれ」とでも言いたげな表情を見せて、先ほどに座っていた椅子に戻った。
「はい、あーん。」
「はぁ、ななえちゃん。私は『自前の箸』を持っています。」
「あら、拘り派だったんですね。失礼しました。」
因みに、俺個人は箸を洗うのが面倒くさいので、「使い捨て派」だ。
この事は「良くない」と思いながらも、なかなか止められない。
「ななえちゃん、そのお肉、貰っても大丈夫ですか?」
「えぇ、どうぞどうぞ。」
「では、いただきます。」
望様は俺のお箸を避けて、自分のお箸で焼肉を摘まんだ。
......
...
「そういえば、望様。昼休みの時、教室に通った理由は何ですか?」
「ん?あぁ、言い忘れてましたね。ななえちゃんは今日の放課後、守澄さん...『お父様』の所に行くのですよね。」
「えぇ、まぁ...私のお父様、ですよ。」
「私も行く事になりました。『頼みがある』だそうです。」
「へぇ。何の頼みでしょう?」
「その時に分かります。」
※「元天才」




