第一節 新の旅路の始まり①...風峰ちゃんと子供の喧嘩
1年目4月29日(木)
Sクラスにて、女子グループに絡まれた。
「何これ、可愛い!」
「でしょう?昨日衝動買いしちゃった。」
いつも通りの昼休み、いつも通りの教室。
しかし、いつも通りに過ごせない俺の昼食タイム。
「赤と黄色が混じり合って、ハート模様の連続。このデザインを見た瞬間、『あ、かわいい』と思って、思わずに、ね。」
「いいなぁ。あたしもそんな『運命の出会い』みたいなのが欲しいな〜。」
俺の隣に椅子をくっつけて、更に肩に腕を回した状態で、風峰ちゃんは他の女子と雑談している。
今は風峰ちゃんの手首に付けてるミサンガの話をしている。話に興味のない俺に絡めて、俺以外の女子と意味のない会話を繰り広げている。
「風峰さんは何のお願いをしたの?」
「え〜、どうしよう?教えようかな?」
「教えて教えて!風峰さんの願い、聞きたい!」
女子共がきゃあきゃあ、きゃあきゃあウルサイ。遠くで見てる分は微笑ましいが、隣で騒がられた場合はただただ姦しい。
何故こんな事になったんだ?
その理由について、少し今日の朝まで遡る。
「ねぇ、守澄。」
朝、ホームルームの前、俺は突然風峰ちゃんに呼ばれて、手を掴まれた。
「私と仲良くなろう。」
「えっ?」
女の子からのお誘いに心が動かない男なんていない。それが可愛い女の子でなら、一瞬にして男が「恋」に堕ちる。
なので、かなり女の子の生活に慣れてきた俺だが、風峰ちゃんの言葉にドキッとして、恐らく少しトロンとした目で彼女の顔を見た。
だが、彼女の顔が...決して俺と仲良くしたいと思ってる顔ではなかった。
「守澄。」風峰ちゃんは俺の耳元に唇を近づけて、「私の事、バカにしたね。」と言った。
「昨日はいきなりの事でびっくりして、あなたから逃げっ...距離をとったが、後で考えると、別にしなくてもよかった。
あなたが歪んだ趣味を持っていても、平民のあなたが私に何もできない。あなたが私惚れても、それはあなたの勝手、私に関係ないもの。」
俺の手を握る風峰ちゃんの手に力が入った。そのまま握り潰されるじゃないかって、指が凄く痛い。
「あなたが人に触れられないのも、それはあなたの問題。『命の危機』でも、私はあなたに、死なない程度に触ればいい。
すぐに死なないでしょう?」
そう言って、風峰ちゃんは俺のもう一本の手――今は治っているけど、昨日彼女に怪我させられた方の手――をも握って、まるで仲のいい友達のように指を絡めて来た。
「これから、仲良くしよっ。ね?」
こうして、風峰ちゃんは休みの度に俺に抱きついて、昼休みも俺を逃がさなかった。
「守澄さんは大丈夫?顔、赤いみたいだけど...」下っ端辺りの女子が俺に声を掛ける。
「大丈夫大丈夫。いつもの事。」トップにいる風峰ちゃんが代わりに返事する。
「そう?なら...」下っ端辺りの女子が後ろに引っ込んだ。
Sクラスは成績トップが集まる少人数クラス。一年毎に選抜試験が行われ、上位の二十名のみが一年間、このクラスで高等な教育を受ける事が許される。
そんなエリート集団でできたクラスだが、他のクラスと同じ「グループ」がある。
その中の女子グループは二つに分かれている。俺と、風峰ちゃんがトップとするそれ以外の女子全員だ。
つまり、Sクラスの全女子が風峰ちゃんを中心にして動いている。みんな、フリでも仲良し小好ししていて、男子も迂闊にこっちに足を突っ込めない。
風峰ちゃんの命令なら、クラス内の誰も逆らえない。
「それでね」と中身のない話題を振り、風峰ちゃんは食事しながら、女子と楽しくお喋りする。両手を使わないといけない時でも、体をくっつけたり、足を絡めてきたりと、必ず俺の体に触れるようにしている。
俺はそんな「積極的」な風峰ちゃんの所為で、熱を出して、今日の午前の授業が全く耳に入らなかったし、今も頭がぼうっとしてて、ご飯が食べられないでいる。
「風峰さん、少しの間でいいから、私を放して頂けませんか?」
弱っている所為か、俺は風峰ちゃんに懇願した。
「ご飯が...食べられない。」
「え、何で?別に手を掴んでいないし、普通に食べれば?」
風峰ちゃんは俺に容赦しなかった。
「それとも、何か理由でも?」
彼女は昨日、俺の体質の事を知った。俺は魔力に耐性がない事、俺は彼女に教えた。
しかし、彼女はそれを知っていながら...いや、知っているから、今日俺に絡めてきた。
俺を苛める為に...
「ホントはね、私、平民風情に触りたくなんか、絶対ないのだよ。」風峰ちゃんは俺の耳元で囁く。「だからいっそ、守澄が自分の秘密をみんなに教えたら?」
教えて、俺を快く思わない人達も苛めの輪に加わせるつもり?
自分から言わない辺り、風峰ちゃんの性格の悪さが分かる。
四限目の授業の時なんか、俺が熱に魘されて、机に俯いていた時、先生に「保健室に行く?」と訊かれて、風峰ちゃんが透かさず「私が連れて行きます」と言ったんだ。その言葉、間違いなく「親切」ではなく、「俺を苛める」為なのであろう。
あの時、俺がすぐに「大丈夫です!」と叫ばなかったら、四限目授業丸ごと、保健室で風峰ちゃんにずっとくっ付かれる事になってるのだろう。
教訓:無闇に他人に弱い所を見せてはいけない。
殆どの人は他人に興味を持たないが、興味を持つ人は必ず自分を同情するとは限らない。
性善説なんて、クソくらいだ!
と、俺が身も心も女の子だったら、ただ「辛い」だけだったんだろう、な。
同年代――実際は一個上だが――の女の子に肩を組まれ、指を絡まれて、胸を寄せられて、足を絡まれるというシチュエーションは男として最高だ。体が女の子だから、風峰ちゃんも大胆に俺に触れられたのでしょう。
しかも「好きになるよ」、「触らない方がいいよ」と言った後に、それても触ってくるんだ。まるでウェットな彼女に好かれて、恋愛を擬似体験してるようで、ちょっと楽しい。
「あ、あのっ!」
意外な事に、根暗君が話掛けてきた。
頭を下に俯いで、声も震えているけど...でも、よく女の子の集団に声を掛ける勇気ができた。根暗君にしては凄いと思う。
なに?
もしかして、俺を助けようとしたのかな?
「なに?何か問題でも?」
根暗君に限らず、超絶イケメンでない男なら誰でもあり得る事だが...一人で女の子の集団に声を掛けて、その集団の女の子全員に無言で睨まれながら、中のリーダー格女子に怖い声で質問される。
怖い!これは怖い!
「な、なんでもない。」
根暗君が小さい声で返事して、自分の席に戻った。
「何だろう、アレ?」
「キ〜モ〜!声掛けんな〜しぃ。」
女子達が根暗君をネタに「キャッキャ」と騒いでいる。
仕方ない。
俺を助けようとしただけでも、十分根暗君が凄いと思う。
他の男子はそもそも関わろうとしていない。それに比べて、女子の中に基本俺としか喋らなかった根暗君が、勇気を出して何とかしようとした。それは本当に凄いと思う。
「はぁ...」
熱い。
オデコが燃えるように熱い。未だに吐き気しなかったのが不思議なくらいだ。
俺の体は魔力に耐性がないけれど、それぞれ違う魔力の特徴に「慣れる」事ができる。それはどういった仕組みで動いているのか、俺自身も勿論、俺の体についての専門研究者もそれが分からなかった。
なので、昨日は短い時間ですぐに朦朧としたのだが、今日は昼休みの半分くらいくっ付かれても、まだ平気だった。
まぁ、「教室内」である事も、理由の一つだろう。
だけど、俺は別に辛いのを耐えるのが好きじゃない。可愛い女の子にくっ付かれるのは好きだが、そろそろ放してもらいたい。
「風峰さんはどうして私が嫌いなの?」
真っ直ぐに風峰ちゃんに訊いた。
俺は大声を出した訳じゃないが、小声で呟いた訳でもない。
なので、俺の声は周りの女の子全員にも聞こえた筈。しかし、誰も俺に反応を示さなかった。
この状況、女子の誰もか風峰ちゃんが俺を苛めていると認識している。認識しているが、誰も何かをしようとしなかった、若しくは怖くてできなかった。
「何言ってるの、守澄?私は守澄が好きだから、守澄の側に来たじゃない。『嫌い』だなんて、酷い。」
そして、風峰ちゃんは「真っ直ぐに行った」俺を「避けて」、「側面」から返事した。
「何でそんな事を言うの?私達は、もう『友達』じゃないの?」
「守澄酷い!風峰さんが折角仲良くなろうとしたのに。」
「酷いよね。『平民成金』はこれだから、協調性のない...」
「風峰さんの近くに居られる事、私達にもまだ許されていないのに。なのに...!」
周りの女子が一斉に俺を責め始めた。何も知らない癖に、好き放題に言っている。
そういえば、昨日の風峰ちゃんの取り巻きは一般クラスだった。その子達には俺の体の事を教えたのに、Sクラスの皆には教えない。
どうしてだろう?
もしや、キャラ作ってる?
「相手が変われば、付き合い方も変わる。」俺は風峰ちゃんに反撃を試みる。「実は、本当の友達はないじゃないの?」
「ハァ?それはあなた達カメレオンの事でしょう?」風峰ちゃんが怒った。「私がわざわざ仲良くしてあげてるのに、態度が悪いじゃないの?」
「そうよそうよ!風峰さんに謝りなよ、守澄。」
「悪い事をしたら、ちゃんと『ごめんなさい』と誠心誠意謝らなきゃ!平民だから、家の躾も適当なの?」
「平民だから分からないんでしたら、私達はちゃんと教えてあげるわ。こうして、頭を下げるのよ!」
一人の女の子が俺の頭を押さえつけて、無理矢理に机にぶつけさせた。
「ッ...」
首が痛い。オデコが痛い。
女子の苛めって、こんな酷いものなのか?
「やめなよ、可哀想じゃん。」
そう言いながらも、風峰ちゃんは俺の髪の毛を引っ張って、無理矢理に俺の顔を上に向かせた。
「ほら、オデコ真っ赤ッ。」
「え?分かんない。ずっと赤かったもん。」
「それね!さっきと全然変わらないね。」
「何で赤いのかね?何か恥ずかしい事でもしてるの?」
「寧ろ存在自体が恥ずかしい?キャハハ!」
はぁ、周りが煩い。
まさか、この「平民」が作った学園の中で、ここまで分かりやすい苛めを、しかも肉体にダメージのある苛めが行える人がいるだなんて...
何となく、中学生の「私」がイジメにあっていた事が頷ける。俺自身も、この世界で中学生だった時期に、今日ほど酷くはなかったが、苛められていたな。
その理由、俺はようやく分かった。彼女達の口から何度も出てきたワード、「平民」。彼女達が、殆ど「貴族」である事。
この世界は今、貴族も平民も、身分の差に関係のない実力主義社会。元々下にいる「平民」が成果を出せば上に行け、元々上にいる「貴族」が無能であると下に落ちる。
上級階級の生まれなのに、下級階級の人に追い越される。それが許せなくて、「貴族」は「平民」を恨み、苛めるんだ。
この「私立一研学園」ではXクラス以外、全部実力主義。優秀な人は褒められ、劣る人は見下される。
そして、一年毎に生徒が変わるSクラス、トップの二十人のみが選ばれるエリート集団、その中の殆どの生徒は「貴族」だ。
理由は単純、試験の科目に「実技」もあるからだ。やはり、「実技」に関してはどうしても「貴族」が有利。魔法でも、運動でも、元々「平民」より優れているから、貴族は「貴族」に成れたんだから。
俺じゃない昔の「私」は恐ろしく、飛び級でこのSクラスの一員に成る資格を得た。魔力がないから、「実技」の試験を免除されるが、その分の点数をある程度引かれたらしい。
にも拘らず、筆記試験の点数のみで飛び級した天才、或いは努力家。しかし、実は「イジメ」から逃げるためじゃないかって、今思った。
「よくもまぁ、学園理事長の娘相手に、ここまでの事ができるね。」
髪を引っ張られている状態で、俺は呟いた。独り言だが、人に聞こえるように呟いた。
「子供の人権の為、教室内の『記録』が全て削除されるが、人の記憶は削除されないよ。」
目を回して、周りの生徒を見る。
見える範囲で、いざという時に、先生に証言してくれそうな生徒は居なさそうだけど、人の心なんて誰も分からない。いつ裏切られても、「ありえない事」はない。
だから、不安を煽る。
「私が『子供同士の喧嘩』に、絶対に『大人』にチクらないとても?」
横目遣いで風峰ちゃんを見る。
「望先生に...」風峰ちゃんが見て分かるくらいの険しい顔をした。やはり、Sクラスの担任の望様に知られたくないようだ。
千条院望、常に微笑みを浮かぶ長身金髪イケメン教師。この学園では、高等部のみならず、中等部の女子にまで人気を集めている優しい先生。
加えて星の兄で、日の国三名門の一つである「ケンタウロスの千条院家」、その現当主でもある。
没落しかけているとはいえ、千条院家はまだ「没落」していない。それなりの権力を持っている。
そんな人がどうして「平民」の守澄家の学園で教職を取っている?
答えは簡単、金。
両親を亡くし、血筋の親戚もいない中、望様は若くして当主の座に無理矢理に押し上げられた。
でも、「地位」はお金になれない。まだ未成年の星も勿論、彼は学齢前の弟・妹は三人も養わなければいけない。なので、彼は仕方なく守澄家に己の才を売り、高給で有名な「私立一研学園」の教師に成った。
凄い人なんたよ、望様は。
三名門の当主というプレッシャーに押しつぶされる事も無く、成人間もない時期に、弟妹達の為に教師になって働き、そして今はSクラスの担任教師まで上り詰めた。
芯が強く、責任感もある。そして才能溢れる、優しくてイケメン...クソッ、ちょっとイライラしてきた。
そんな人に、風峰ちゃんは性悪の自分を知られたくないだろう。
いや。女子全員、彼に本性を見られたくないだろう。
「まさか、自分のクラスの中に『イジメ』があったなんて...望様はショックなんだろうね。自分を責めて、教師を辞めるかもしれない。」
風峰ちゃんを含め、女子全員の顔が見る見るに険しくなっていく。
だけど、やめない。熱を出している所為もあるかもしれないが、俺は今、女の子相手に、怒りを覚えている。
「それで『星様』もショックを受けるのだろう。チャンピオンのトロフィーを、ゴミ捨て場に落とすかもしれない。君達の楽しい、楽しい『オイタ』の所為で、千条院家は今度こそ没落かもしれない。全てを暴露し、君達のお家にも傷を付けるかもしれない。」
この時、俺は敢えて口角を片方だけ上げて、皮肉な笑みを見せる。
「イジメ、カッコ悪い!」
「っ!」
風峰ちゃんは俺の髪を放した。
その行動、最初は彼女が負けを認めたからだと思っていたが、彼女の右手が段々と爪を伸ばしているのを見て、考えを改めた。
貴族と平民が共に学ぶ学園。
精神がまだ未熟な子供を集めた場所。
この魔法が盛んだ世界で、それがどれだけ危険な事なのか、少し考えれば分かる事。
生まれた時から、拳銃を持たされたんだ。幾ら体が強靱なこの世界の人でも、殺意が籠った魔法には敵わない。
だから、教室内での魔法の使用は禁止されている。それがただルールとして規定されただけじゃなく、実際入室時に「魔法禁止」の印を俺以外の全員に押されるんだ。
クラスの全員も、そのクラスの中で一番弱い人に合わされて、多い少ないの違いはあるものの「弱体化」される。
そういう事で、俺は基本教室内でなら、苛められる事があっても、「命の危機」に遭う事はない。
だけど、それでも「穴」はある。
「風峰さん!?それ、『返り変幻』!?」
周りの女の子全員が風峰ちゃんの行動に驚いている。
返り変幻...それは人が今の姿を捨てて、過去の姿を取り戻す技。そして、恥ずべき行動。
この世界では、人は神の姿を真似る為、己の元の姿を極力隠し、魔法の使わない進化(退化?)をしてきた。
鷹は爪を隠し、白鳥は翼を捨て、馬は二本足で歩く。
その結果、殆どの人が一部の体のパーツを除いて、神とほぼ変わらない姿となった。同時に、神と違う部位――例えばタマの猫耳、モモのウサギの尻尾――を恥とし、極力隠すようにしている。
だが、元の姿に逆戻りする・なる事もある。
俺の体のように、自分の意志ではコントロールできない、髪の毛が朝晩に白・黒と色が変わる。それはカメレオン族においては神の姿から遠のき、元の姿に逆戻りなる状況、「先祖返り」という。
それは俺自身ではどうにもできないが、一族の中では恥に等しいだそうだ。
そして、「先祖返り」を自分の意志で行い、元の姿の時の利点を生かして行動もできるが、神の姿を真似し続ける事もできる。
この世界の全人類の中で、千人に一人にその行動ができる。彼らはそれを「先祖返り」の言葉を用いて、「返り変幻」と名付けている。
まさか、風峰ちゃんは「返り変幻」のできる人とは...その爪で、俺の心臓を貫くつもりかな?
風峰ちゃんの右手が鷹の爪に変わっていくのを見ながら、俺はこんな事を考えた。
どうしよう?
今すぐタマを呼ぶ?
呼んだら間違いなく「刃傷沙汰」事件。だけど、呼ばなかったら、「殺人」事件になりかねない。
「くっ...」
風峰ちゃんの目の中に殺意がある!怒りで我を忘れているかも。
迷っている暇はない!もう「女の子を傷つけたくない」なんて事を望む余裕はない!
タマを呼ばなきゃ...
カラッ
その時、扉が開く音がした。
「みんなが集まって、どうしました?」
微笑みを浮かびながら、一人の男性教諭が教室に入ってきた。
「千条院先生...」
ほぼ全女子が一斉にかの男性の苗字を口にした。緊迫した空気も、一瞬で解けた。
教室に入った望様こと千条院望先生は辺りを伺った。まずは雑談をしている男子、続けて俺の周りにいる女子。
そして、最後は女子中央にいる俺と風峰ちゃんに目を止めた。
「みんなに『返り変幻』を教えているのですか。実際に使って見せて教えるなんて、優しいですね、風峰さん。」眩い笑顔を見せる望様。
「は、はい!その通りです、望先生!」顔を真っ赤にして、風峰ちゃんは右手の形を元に戻した。
俺のピンチが去った。
メイド達を常に近くに控えさせている俺だが、できればメイド隊の力を使いたくない。
それは俺個人のプライドにも関係することだが、「手下」を喧嘩に呼んだら、それはもう立派な「戦争」だと俺は思う。
今も名実ともに三名門の一つである「グリフォンの風峰家」、そのお家のお嬢ちゃんと口喧嘩して、タマを呼んで解決しようとしたら、忽ち守澄家と風峰家の大喧嘩となる。
しかも、俺が先に使用人呼んだという事で、悪いのは俺という事にもなりかねない。
そう考えると、さっきの俺のやり方はちょっと考え無しだったな。折角アップグレードした新しい指輪に守られて、「教室内」という安全領域にいるのに、感情に任せて行動した。
情けない。
何より、イケメンに助けられたのが一番情けない!
「守澄さん。ちょっと職員室にいらしてくれません?少し話がある。」望様に呼ばれた。
「え?」眉を顰める俺。
先生に職員室に呼び出されるというシチュエーションは、俺的にはかなり許せないものである。何せ、それは基本「悪い生徒」が「悪さ」をして、先生がそれについて、本人のプライドを守る事も含めて他の生徒の見えないところで指導する、という行為。
別にそういう訳ではなく、ただ呼び出されるだけでも、俺は「何か悪い事でもしたのか?」と考えてしまい、嫌な気分になる。
だから、「職員室に来い」というフレーズ、耳にするだけで、顔が引き摺っちまう。
「少し長い話になりそうなので、昼休みが終わるまで終わらないかもしれません。弁当も持って来て、我慢して職員室で食べましょう。」
「あぁ...」
望様のこの言葉、一体どういう意味が含まれているのだろう?
本当に話があって、教室に来て俺を呼んだのか?違うと思う。
教室に来た時、特にそんな感じではなかった。ただ、突然思い出した、という可能性もある。
実は教室内の状況を確認して、俺のピンチに気づいたから、俺を助ける為の嘘?その可能性が高いと思う。
でも、「自惚れ」という爆弾レベルの恥ずかしい勘違いである可能性もある。ハズレは小さいけれど、当たったら爆死するので、これに期待を込めたくない。
「分かりました、千条院先生。」
俺はまだ開いていない弁当箱を掴んで、立ち上がった。
どちらにしろ、この事を利用しない手はない。
用事があるなら聞こう、厚意であるなら甘えよう。
イケメンに助けられる事を癪に思えるが、女の子との喧嘩が終えられるのなら、それも良しとしよう。
「では、風峰さん。申し訳ないが、ちょっと失礼するね。」
真っ直ぐに背を伸ばして、俺は風峰ちゃんにお辞儀をした後、そのまま体を真っ直ぐにして、姿勢良くしてゆっくり教室を出た。
「ふぅ...」
扉を潜り、望様が扉を閉めた音を聞いた後、俺は力が抜けて、床に座り込んだ。
「良く頑張りましたね、ななえちゃん。」そう言って、敢えて俺から離れた望様。
それが正しい対処であるとは分かっているが、その行動が少し嫌だ。
「早く職員室に行きましょう、望様。他の人に見られる前に。」
手で壁を押して体を起こし、俺は重い足を動かして、職員室に向かった。




