第一節 一学期終了②...新人メイド弄り
「お帰りなさいませ、お嬢様。」屋敷に帰ると、メイドの一人、モモこと高村桃子が俺を最初に迎えてくれた。「手は平気ですか?」
「ちょっと捻ったが、大した問題じゃない。」
タマに随わせて、俺は自分の右手首を握って、屋敷に入ろうとした。
だけど、モモが突然手を伸ばしてきて、俺の手を掴んだ。
「っ!」
小さな痛みが走り、俺は一瞬顔を顰めた。
モモはその一瞬を見逃さず、「やはりわね」と言って、俺の手首を見た。
「いつものように、玉藻ちゃんを抱いていませんでしたから、絶対そうだと思ったわ。」
モモの眉が真ん中に寄って、「山」を作った。
「お嬢様は変なところで強がるのですから。」
「やれやれ」とでも言っているように、モモは頭を左右に振った。
「あのね、お嬢様。あたし達『守澄メイド隊』所属は一通り、魔法を使わない治療法を身に付けておりますわ。変に怪我のあるところを隠して、一人で何とかしようと思わないでくださいよ。高い給料を貰っているのですから、お嬢様の役に立ちたいの。」
そう言って、モモは何もない空間に手を入れて、椅子と、包帯などの応急手当道具を取り出した。
「あぁ、ごめん。また昔の癖で...」
俺はモモに椅子に座らせ、彼女に手首の治療を任せた。
実のところ、このくらいの怪我なら、すぐに治ると思っていた。なかなか痛みが引かなくて、変に思っていたが、それでも治療のいるほどの怪我ではないと思っていた。
だから、隠そうとしたのだが...今考えれば、「何の為に隠す?」と、自分でも不思議だ。
「はい、お~わり。」モモは包帯に動きを固定された俺の手首を持って、軽く叩いた。「痛い?」
「いいえ、全然。」
「ふふ~。あたしも長いですからね。」
えっへんと胸を張るモモ。ちょっとした大きさだから、目のやり場に困った。
「玉藻ちゃんも付いているのですから、人間にして、小さい怪我なら治療できるわよ。」
「にゃ~。」
「ちょっと心配ですけど。」
「にゃ!」
猫がモモに威嚇している。
反射的なのか、モモが跳んで俺の後ろに隠れた。
逃げ方がウサギっぽいのがモモの可愛いところだと思う。そのウサ耳は偽物だと俺は知っているが、尻尾は本物だ。
丸くてモフモフしてて、時にピョンピョン跳ねるので、ついつい手をそこに伸ばしたくなるが、今もまだ我慢が効いて、掴んだ事がない。
「タマ、来い。」
俺はしゃがんで、左手で左の肩を叩いた。
「にゃ~。」
タマが俺の意を得て、高跳びして、俺の左肩に乗った。
「お嬢様は今の玉藻ちゃんに甘すぎよ。」と文句を垂らすモモ。
俺はそんなモモの頭を撫でて、彼女を慰めた。
「ふへへ。」
モモが楽しそうだ。
「や、やっぱり...」
この時、買い物に出かけていたのか、リンが大荷物を持って屋敷に帰って来た。
手に持っていたと思われ、しかし今は地面に落ちていたのが様々な野菜とお肉。袋があるので、中身は大丈夫だったが、何故地面に落ちていたのだろう?
「またいつものモコ先輩の冗談だと思っていたが、本当だった。」
リンが訳の分からない独り言をしている。
「お帰り、リン。」
「ひっ!」
普通にリンに挨拶をしたら、何故かリンが何かに怯えているように身震いをした。
「あー、リン?」
モモから離れて、リンに近づいてみた。
すると、リンが素早く地面に落ちている袋を拾って、俺から距離を取った。
「オレ、理解のある方ッス!でもオレ、ちゃんと男が好きッスから!」
そう言いながら、リンは俺を避けつづに屋敷に入り、そのまま走り去っていた。
何故リンが、いきなり俺に自分が「男好き」だと告白してきたんだ?
そもそも、リンが「男好き」だったのか!?
ショックだ...
「モモ~、私に伝いたい事があるじゃない?」
「あはは、流石お嬢様だわ!」
愛想笑いを見せるモモ。
やはり、原因は彼女だったんだな。
リンが何か変な事をし始めたら、大体はモモが何かを仕掛けたのか、セバスチャンが近くに来ているか、のどっちかだ。
そして、今度はモモが原因のようだ。
「今日の放課後、お嬢様に何かあったじゃない?」
「えぇ。」
「それをそのまま、他の皆に伝えた、念話で。」
「『そのまま』?」
「えぇ、そのまま。ですから、お嬢様が『女の子にしか興味がない』って事も、みんなに伝えてるわよ。」
「それは『嘘』だと知ってるでしょう?ちゃんと最後まで伝えてる?」
「勿論ちゃんと最後まで伝えるつもりですわよ。でもね、リン子が途中で念話を切ったの。仕方ないわよね。」
途中で念話を切る?
この世界の念話って、本当「電話」みたいだな。
因みに、俺が偶にリンを「リン子」と呼ぶようになった原因はモモだ。
「オジョウは何のフォローも入れなかったのも、珍しいね。」
理性的なお姉さんタイプで、リンと仲のいいオジョウなら、リンの勘違いに何もしない筈がない。
リンが買い物に外に出ていたから、すれ違ったのかな?
「あ、お嬢様。もう一つ伝えていない事があります。」
モモが俺の独り言に反応して、顔を覗き込んできて、俺の注意を引こうとした。
「あたし、一人ずつ念話で伝えていますから、まだ全員に伝えていないわ。」
「ふーん。」
一人ずつ伝えているから、先後があって、全員にはまだ伝えていない。
それで、オジョウのところにまだ話が回ってないという事ある。
「ん?」
一人ずつ...?
「ハァア!?」俺はモモを睨みつける。「ワザとだよね?モモだもんね!」
「アハハ。」モモは悪びれず、後ろに跳んで、俺に弾ける笑顔を見せた。
念話って、一対一でしか使えない魔法ではない。同時に多数連絡可能な魔法だと、俺は授業で学んだ。
なのに、モモが一人ずつ...
「はぁ...」
モモは面白い事があれば、例え上司だろうと、主人だろうと、悪戯を仕掛ける「可愛い女の子」だ。
まぁ...俺もそれを許しているから、彼女も調子に乗るのだが、なぁ。
「タマ、私を慰めて。」俺はタマの頭をなでなでした。
「にゃ~」とタマが鳴く。可愛い!
「モモ、来い。」
俺は乗ってるタマに気を付け乍ら、左手を上げて、親指で中指を押さえた。
「オデコをこっちに寄せて。」
「は~い。」
罰を受けると知っていながら、モモが楽しそうに近くに来て、腰を少し曲げた。
「てい!」
「ッタ!」
モモに凸ピン制裁をした。
「何回目?」
「覚えてないわね。」
「凹んでもおかしくないくらいにしたね。」
「ね~。」
俺は手でオデコを押さえるモモに随わせて、屋敷に入った。
......
...
屋敷の廊下に入ると、うちのメイド長が新人メイドを「苛めている現場」に出くわした。
大声で叱るメイド隊を纏めるメイド長ちゃんこと早苗に、頭を俯いている新人メイドである内山千咲。
そして、床に置かれている、不自然に上だけがボロボロになっていた飾り花瓶。
「何度も、何度も言っているでしょう?『魔法で直してはいけない』と。それは契約書の中にも書いていた
し、ハウスルールにも一番上に記載されているでしょう?なのに、どうしてまた...」
メイド長ちゃんの「終わり無き叱り」が炸裂している。
彼女の叱りから、何となく事情を察する。叱られている内山ちゃんが初めてな経験なのか、顔真っ青にしている。もう立っているのも精一杯って感じだ。
実際の貴族達って、こういう時はどういう態度をするのだろう?
中身である俺自身もそれなりの家庭の生まれとはいえ、「貴族」という訳ではない。メイドを雇ってないし、「部下の躾」も教わっていない。
この世界の「お父様」から色々教わっている最中だが、そのお父様も「一代目」で、元は貴族ではない。その教えは殆ど「企業統治」とかなんとか訳の分からないモノで、「メイドの扱い」みたいなモノを教えていないし、お父様自身もそこに関して疎いと思う。
というか、この世界では「貴族の種族名」を「王族」から授かり、それを受け入れたようやく「平民」から「貴族」に上がれる。理由は分からないが、今も「カメレオン」であるお父様は世界一お金持ちで、付き合いも「上流階級」でも、まだ「平民」だ。
話が逸れた。
つまり、俺はこういう時、基本「どうすれば良いだろう?」と考えないで、自分の気持ち次第で事に係るかどうかを決める。
「長ちゃん、どうした?」
「お嬢様!?」
俺に背後から突然、声を掛けられたメイド長ちゃんが驚いて、体が軽く跳ねた。素早く振り向いて、俺に正面を向き、九十度に腰を曲げた。
「お嬢様が既に帰宅した事に気付かず、大声を出していまして、申し訳ありませんでした!如何なる罰も受ける所存です。」
「あ、いや...」
外ではクールに貫いているのに、屋敷ではこんなにも感情が豊かだ。少し大袈裟な所がちょっと対処に困るんだが...
「頭を上げて、メイド長ちゃん。オジョウとモモにその辺を任せているのを知っているから、長ちゃんが気付かなくて大丈夫だよ。」
俺はメイド長ちゃんに頭を上げる「許可」をあげた。
「それより、どうしたの?何となく『状況』は読めるんだが...」
「お嬢様が気にされる程の事ではありませんが...」少し迷って、メイド長ちゃんは頭を上げて返事する、「内山がこの花瓶を割って、それを直そうとまた魔法を使ったのです。」
「『また』?『また』、か。」
今まで何度もあった事なのか?全然気付かなかった。
魔力耐性ゼロの俺だから、てっきり魔法が使われたら、必ず体調を崩すものだと思っていた。
しかし、最近はそれが全然ない。お母様がくれた指輪を付けてから、屋敷の中では体調が悪くなった事がない。
敷地内でなら、もしくは敷地の近い場所にちょっとだけ行くくらいなら、気分が悪くなる事があっても、「保健室行きルート」に入る事はなかった。
どうでもいい事だが、俺の指輪、前のより強化されているっぽい。
「まぁ、花瓶を割ったくらいで、そう怒るな、長ちゃん。美人の顔が台無しだよ。」
新人という事で、「見逃せ」とさりげなく内山にフォローを入れた。
しかし、メイド長ちゃんは頭を横に振った。
「割った事を咎めているのではありません、それを隠そうと魔法を使った事を咎めているのです。」
メイド長ちゃんは床の半割れした花瓶を持ち上げて、俺に見せる。
「このように、途中で私が気付いて急いで止めたのですが、この花瓶、既に『魔法品』となっています。もしこれが元通りになっていたら、私ではもう気付けません。
お嬢様が触れたら、また体調を崩すかもしれない品物が、お嬢様が触れるまで気付かれず、屋敷の中にずっと残る事になります。
私はその事に対して、内山に怒っているのです。」
「あ、そういう事。」
メイド長ちゃんも別に怒りたくて、怒っている訳ではないのか。
この魔法が盛んだ世に、全ての人が作り出した物に、必ず魔力がある訳ではない。その中に、魔力のある物は「魔道具」と「魔法品」の二種類に分けられている。魔法によって作られた物は「魔法品」で、単一または複数の魔法を行使可能の道具は「魔道具」。
つまり、「机」と「テレビ」の違いだ。手で歯磨きする歯ブラシと電動歯ブラシの違いだ。
そして、この世界において、「物」の中で最も値段が高く、しかし価値の低い「贅沢品」は「魔力のない人工物」だ。
魔法を使えば簡単に作られる「物」を、敢えて人の手で手間暇掛けて作る。そういうやり方で作られた物は「魔無品」と呼ばれ、高級旅館やお金持ちの家の中でしかあまりない。
普通の「魔法品」と使い道が大差ないけど、この作り方で「人件費」がとてつもなく高い。それで大した使い道がないのに、値段が高く、一般家庭では先ず買う気にも起きないだろう。
お金持ちの道楽品。「希少」と「生産しにくい」という事で、価値が高まる、飾るくらいしかできない、機能性ほぼゼロの品。
とはいえ、そういう物があるお陰で、魔力耐性ゼロの俺が今まで生きて来れた。指輪があるお陰で、「魔法品」の体への影響が小さくなったが、無くす事はできない。
例えば、安い「魔法品」のベッドに毎日寝ていたら、赤ん坊の頃の「私」も勿論、今の指輪を持つ俺でも、いつか衰弱死(爆死?)してしまうのだろう。
まるで呪いを掛けられたかのように。
守澄の屋敷の中、全ての物が「魔無品」だ。学園ができてから、学園の中の物も全て「魔無品」。
それで大して高級そうに見えない机でも、実はかなりの高級品で、もし損害したら、弁償額がありえない程に高い。
Xクラスは例外で、「魔法品」を使っている。俺がXクラスに行きたがらない理由の一つでもある...吐くから。
それで、色んな人の嫉妬を買ったのかもしれないが、それは今は置いといて...実はこの「魔無品」、人の手で修理しても構わないが、魔法で修理してはいけないんだ。魔法で修理・修復すると、全ての物が忽ち「魔法品」となり、価値がドーンと下がるから。
人の手で修理するには限界がある、元通りに直せない事はよくある事。なので、元通りに戻せる魔法で修理すればいいと、気楽に考えてはいけない。魔法で修理された物には魔力が込められているから、姿が元通りに戻せても、元の「魔無品」には戻せない。
見た目が前と全く変わらないから、他の屋敷に勤めるメイドなら「ばれなきゃいい」だけだが、この屋敷では主人に当たる俺の健康に悪い影響がある。
...地雷だな、俺に対するだけの。
そして、内山ちゃんが「また」した。今まで同じ事を何度もした、という事だ。
内山ちゃんは仕事のミスを「隠す」メイドちゃん...なるほど、ね。
「アハハ...確かに、メイド長として、コレは許せないね。」
「私の教育が行き届いていないばかりに。申し訳ありません、お嬢様。」
メイド長ちゃんが申し訳なさそうにしている。
「分かった。まぁ、ほどほどに、ね。内山ちゃんもほら、顔色が...ん?」
俺は内山ちゃんの顔を見て、指さした。
が、その時、俺は見た!
内山ちゃんの顔色が一瞬で、真っ青になった。
「うーん?」
内山ちゃんの顔を覗き込む。
「え、えへ?」
覗き込まれた内山ちゃんは引きずった笑顔をみせて、目が泳いでいた。
「...」
振り向いて、無言でモモを見つめる。
俺に見られたモモは俺と内山ちゃんに視線を行ったり来たりした後、唇を舐めて、笑顔を見せた。
どうやら、モモも俺と同じ事を思い付いたようだ。俺に見られて、それだけで趣味の同じ俺の考えを理解したようだ。
いやはや、うちのメイドにSが多くて困るね~。
そして、内山ちゃんは俺に何かを隠している。
何だろうな?何を隠しているのだろう?
知りたいね~♡
「ねぇ、千咲ちゃん。なぞなぞは好き?」
「なぞな、ぞ?」
「千咲ちゃんが割った花瓶、幾らと思う?」
「え?えっと...わか、いません。」
内山千咲ちゃんの特徴の一つ、彼女は「らりるれろ」がうまく言えない。それは彼女の種族である「ゴブリン」に関係のない、彼女だけの特徴。理由は聞き出す予定。
「この花瓶はね、ただ壊れただけなら、誰が壊したなんて、分からなかったんだろうね。」
「え?」
「『魔無品』だからね。知らなかった?」
「魔無し!?」
「知らなかったみたいね。そして、内山ちゃんが自分の魔力で、この花瓶を元に戻そうとしたね。」
「は...い。」
「花瓶に、自分の『匂い』を付けた訳だよ。」
「に、匂う!?」慌てて自分の体の匂いを嗅ぐ内山ちゃん。
匂い、と言っても、体臭の話じゃない。魔力の事を俺が言っているんだ。
この世界は、魔法は同じ効果を発揮するモノだが、それを使った人の魔力にそれぞれ特徴がある。それはこの世界の常識だが、あまり一般的に知られていない専門知識。
人間は魔族のように他者の魔力が見える訳がないから、それが「専門知識」となったのだが、俺は紅葉先生のお陰で、そういった専門知識も、興味があれば訊ける。
魔族は魔力が見える事はだいぶ前に胡散臭いロリババァから聞いてはいるが...
「私もつい最近まで知らなかった事を一つ教えるね、内山ちゃん。人の魔力にそれぞれ特徴があるんだよ。警察は、その特徴から『犯人の特定』ができるんだよ。」
「あ、え!?」
変な高い声を出した内山ちゃん。
可愛い。
声が子供の声っぽくて、凄くかわいい!
「ふふ、直さなきゃ良かったね~。あはは!」
「ふぇえええ...」
内山ちゃんが「やっちまった」って顔をしている。
ヤバい。苛められっ子の顔だ、内山ちゃん。俺、ちょっと興奮した。
「私、この花瓶が大好きなんだよね。」
「え!?」
メイド長ちゃんも一緒に「え!?」と声を上げたが、すぐに左示指を立てて、「静かに」という指示を彼女にした。
そして、続けて内山ちゃんを苛める。
「昔、お母様がプレゼントとして、私にくれたの。すっごく好きで、正門を潜れば必ず目に入れて、しかし殆ど人が通らない廊下の前に置いてて、大切に、大切に保管してきたんだよ。なのに壊されて、しかも安い『魔法品』に変えられてしまって...ねぇ、どうしてくれるの?」
「あう、あう...」
俺に苛められて、内山ちゃんが泣きそうな顔をした。
しかし、顔色は「真っ青」ではなかった。
「あは、作れなくなったね。」
「え?」
「内山ちゃん。自分の顔の色、自由に変えられるよね。」
「ど、どうしてそえを...!?」
ビンゴ!
「顔色を意図的に変えて、『自分は反省している、もう叱らないで下さい』と、メイド長ちゃんそう思われたい、でしょう?」
「え、いいえ!ウチ、ゴブリンだかあ、肌色を隠したいだけで...大して変化できへん!」
あれ?
内山ちゃんって、変なしゃべり方をするね。初めて知った。
「ん?『千咲』って、そういう意味?」
「はえ?」
「いろんな色に変えられるのを、様々な色を持つ様々な花に例えられて、『千咲』という訳ですね。『千の顔色を持つ女の子』?」
「顔」じゃなくて、「顔色」がポイントだ。
「ち、違います~!ウチ、三種類しか...三種類しか...!」
内山ちゃんが「マジ泣き」一歩手前だ。
自分の秘密がばれて、ここまで慌てるものなのかな?
俺は例え秘密を人に知られても...いや、中身が「男」だと知られたら、慌てるね。
なるほど。彼女にとって、顔色の秘密はそれほどに秘密にしたい事みたいだ。
そのうち、この新人メイドちゃんにも何かあだ名を付ける予定だが、今面白いのを思い付いた。
「許してあげても良いんだけど...君、今後はオロちゃんね。」
「え?オロ?」
「『かおいろ』から二つ取り出して、あだ名を付けようとしたし、君、おろおろしているでしょう?だから、オロちゃん。」
小賢しい知恵を使って、メイド長ちゃんを騙そうとした「愚かしい」...から取ったあだ名ではない。
そもそも、メイド長ちゃんは騙されないでしょう。騙されても、きちんと躾をするだろうし、内山ちゃんのその「小賢しい知恵」は何の効果もないだろう。
だから、愚かしい...いや、そういう訳で付けたあだ名ではない。
「オロ...むぅ、言えない。」
「別に自称しなくていいよ、はは。私が...私だけが勝手に君をそう呼ぶだけ。他の人が勝手にソレを使っちゃダメなんだよ。」
「ね~。」モモを見つめる。
「ん?あぁ!ね~。」モモが笑顔で返事した。
一応モモも今この場にいるので、彼女が内山ちゃんを苛めすぎないように、先に釘を刺した。
まぁ、俺としては、「セバスチャン」のあだ名だけはみんなにも使って欲しい。
あのあだ名、妙にかっこよく感じるんだ。
「オロちゃん、もうメイド長ちゃんを騙そうとしないでね。君の秘密はもうばれているのだから。」
「はい。」
「うっかりなんかを割っても、隠そうとしないでね。素直に早苗メイド長に報告しなさい。しっかり叱られておきなさい。」
「ぅ...」
「ばれた時はもっと大変な『お叱り』を受けるかもよ。『奴隷契約』を結ばれる羽目になるかもよ。」
「はぇ?はい!しっかい報告します!」
「よしっ!なら、許す。仕事に戻っていいよ。」
「え?」
いきなり俺から離れる許可を貰ったが、オロちゃんは本当に離れていいかどうか分からなく、メイド長ちゃんをチラ見しながら、オロオロしている。
本当、オロちゃんだな。
「長ちゃん?」メイド長ちゃんを手招きして、自分の側に越させた。
「はい。何で御座いましょうか?」素直に俺の近くに来たメイド長ちゃんが、俺に気付かって、更に腰を曲げて顔を近づけてきた。
ふむ、舐められているな。
今の俺の身長の事で、俺を馬鹿にしているな。
俺はメイド長ちゃんの顔に、口を近づかせて...
「お嬢様!?何を...」
「は~、は~。」
俺はメイド長ちゃんのメガネに口を近づけて、熱い息を吐き、そのメガネを曇らせた。
「お嬢様、何を...?」
「メガネが曇ってて、何も見えなかった。よね?」
「......」
「ね?」
強引にメイド長ちゃんに同意を求める俺。
「...はい。私は、お嬢様の言う通り、何も見えていませんでした。」
曇ったメガネの奥の眼が見えないが、メイド長ちゃんが心の中で溜息をしたように感じた。
「早苗メイド長も『許す』って。」
内山ちゃんにオッケーサインを出した。
しかし、内山ちゃんは割れた花瓶を指さしながら、「大好き...大好きって...」と言って、まだおろおろしている。
俺の作り話を本気にしたのか?
「むーん...」
どうしようかな?
別に本当の事を言っても構わないと思うが、彼女に嘘を付けたままでも、俺は何とも思わない。
...
決めた!
嘘を付き通す。
「物は『物』だよ。いつか壊れるもの。」
俺はできるだけ悲しい笑顔を作ってみた。
「大切にしてもらいたいが、『うっかり』は誰にもある、でしょう?許すよ。」
「す、すみません。働きます!」
内山ちゃんは俺とメイド長ちゃんそれぞれに一礼をして、モモと目を合わせずにこの場を去った。
内山ちゃんが去った後、モモが俺に近寄ってきて、尊敬の眼差しを俺に向けた。
「お嬢様は凄いですね、本当。『格の差』って、感じますね。」
「大袈裟だな、モモは。『上げて落とす』?」
「いいえ、これは本当です。メイドの扱いが上手いんだよね。」
「私もそう思います、お嬢様。」
メイド長ちゃんも近寄ってきて、モモに賛同してきた。
「先程のお嬢様の躾方...きっと内山は、これからミスをしても、それを隠そうとしなくなるでしょう。私はそう思います。」
「あはは...」
可愛いメイド二人に左右から褒められて、嬉しくならない訳がないが、「二人共、私が雇い主だからって、無理に褒めなくていいよ。」
上司の冗談がどれだけつまらないモノでも、部下は楽しそうに笑わなきゃダメだ。
それは「媚」だとも思えるが、みんなを笑わせようとして、頑張って「冗談」を口にした上司の心の中を察すると、愛そう笑いもしない部下は酷いとも思える。
だから、二人は頑張って俺を褒めようとするのだろう。きっと、二人は優しいのだ。
「私達メイド隊が幾ら捜しても、猫屋敷を見つける事はできませんでした。それはお嬢様がたった一回の『合宿』で見つけた事、私は今でも尊敬の念を抱かずにはいられません。」
「お、おぅ。」
「玉藻ちゃんを見つけてくれた事、あたしはホッッットに!感謝していますわ。お嬢様に惚れ直したよ、あはは。」
「そ、そう?」
それでも、二人は止めずに俺を褒め続ける。
「にゃ~。」
そして、肩に乗ってるタマも鳴いた。「そうだよ」と言っているようだ。
彼女達に触っていないのに、顔が熱い。
褒められるのは何年ぶりだ?つい最近、「親バカの褒め」も貰ったが、ちょっと恥ずかしい。
「あれはただの運!運だから!」
「しかし、お嬢様...」
「私、部屋に戻る!食事の用意ができるまで、誰も部屋に入ってくるな。」
メイド長ちゃん達を無視して、早歩きに自分の部屋に向かう。
「タマも、人になるなら、部屋から出ていてね。」歩きながら、タマに「人になるな」とお願いした。「恥ずかしいの、苦手なんた。」
「にゃ~。」
相変わらず、猫のタマはそれしか言わなかった。




