第一節 一学期終了①...猫人間の取り扱い書とお嬢様のあしらい方
1年目4月28日(水)
季節は夏!来週からは夏休み!
暫く屋敷から出られない生活をして、気づくともうすぐ一学期が終わる時期。
まさか自分が一学期半分の時間を「自宅警備」に使ってしまうとは、仕方ないとはいえ、ちょっと情けないなと思った。
なので、俺の「行動範囲」を広げてくれるお母様からの指輪が届いてすぐ、俺は登校を再開した。授業が好きな訳じゃないが、「そこにいる事に意味がある」。登校しているだけで、自分は無為に過ごしていないと思えて、安心できる。
お父様の言い付けを守り、男子生徒と距離を置いた。しかし、女子グループにも何故か入れなくて、俺はいつの間にかクラスで「ぼっち」になった。初めての経験で最初は逆に新鮮で楽しかったが、段々と寂しさに耐えきれなくなって、同じぼっちの根暗君によくちょっかいを出すようになった。
「上村君って、頭良いんだよねぇ。」
「え?そ、そうかな?」
急に話を振られた根暗君が顔を赤らめて、挙動不審に目を泳がせている。
上村 龍也、通称「根暗オタク」、俺のクラスメイトだ。いつも一人きりで、昼休みでは大体「便所飯」な人だが、誰も創った事のない「透視眼鏡」を発明した人だ。
その「発明」自体を俺が闇に葬ったので、女子の皆さんはまだ大丈夫だ。
「Sクラスにいる時点で凄いでしょう?先日の小テストもクラス四位じゃない!頭良いんだよね。」
「う、うふふ...」
今、俺もクラスで「ぼっち」になったので、昼休みは基本根暗君と一緒に過ごしている。彼は今も俺の顔をまともに見てくれないが、他の人と違ってちゃんと俺の言葉に返事をしてくれる。
根暗君と食事する事はダンジョン探検前にも一度あった。その時は別の目的があって、彼本人に興味はなかった。でも、その時に彼に興味を持ち、彼と(無理矢理に)友達になったのが幸いだった。お陰で、俺の「昼のピンチ」に彼の「手伝い」がもらえた。
うちのメイドのマオちゃんが余程俺を太らせたいらしく、いっっっつも俺が食べ切れない量の肉料理を用意してくる。別に残しても構わないと思ったが、料理が勿体なくて...昔の教育で「ご飯を残してはいけない」なので、俺は自分の胃袋にギリギリまで料理を詰めるようにしていた。
辛かった。一日でギブアップしたい気分だった。
教室の中では猫のタマも入れられないので、タマに頼れない。
考古学部のメンバーを頼る事も考えたが、考古学部の部室は遠くて、着くまで時間が掛かりすぎて昼休みが終わっちゃう!そもそも約束もしていないから、星とあき君もきっといない。
いっそXクラスに行こうかとも思ったが、俺はそこまで「外交的」な人じゃない。噂だとXクラスの生徒は怖いらしいし...
だけど、根暗君と一緒に昼ご飯をするようになった事で、全てが変わった。彼は俺の弁当の半分ほど平らげてくれるので、俺のピンチが解決された。
...心なしか、最近の彼がちょっと太っているように見える。
「ってね、今日またラブレターを貰ったのよ。どう思う?」
「え!?ぼ、僕に訊かれても...」
「しかも、またサッカー部だよ。そこのエースだって振ったのに、まだ私に告白する勇気のある男だよ。どう思う?」
「う、うーん...」
「なんか裏ランキングがあるじゃない?『絶対告白したくないランキング』?私、一位らしいよ。そろそろ私が男に興味ないって、分かると思うんだけどなぁ。学習能力がないのか!って、ツッコまれたいのかな。どう思う?」
「さ、さぁ...」
別に根暗君の意見が聞きたい訳じゃない癖に、俺は酔っ払いのように彼に絡む。
夏休み手前にラブレターを貰うのは本当に憂鬱、既に埋まった予定に無理矢理穴を開けられた気分だ。
「今日は最後の部活集合のつもりだったのに、聞きたくない告白を聞きに行かなきゃいけない。どうせ断る確定だけど、できるだけ傷つけないで断るのを考えなきゃいけない。
明日はお父様の手伝いだから、明日に回せない。従って、最後の部活が最終日である明後日になっちゃった。
どう思う?」
「僕は...行かなくて良いと、思う。」
コミュニケーションは二人以上で出来る事。「うんうん」と頷くだけでは、お人形と大した変わりない。
お人形でいるのが嫌いなのか、ようやく根暗君が自分の見解を述べた。
だけど、俺は彼の精一杯な勇気をへし折った。
「そんなのダメに決まってるじゃない!相手の立場で考えてみて。」
「あぅ、うん。」
かつての自分を思い出す。
もし、あの時...
俺は素直な子で、素直に俺が書いた黒歴史を読んでくれる事を信じて、彼女が来る事を待っていたら...
「待ちぼうけ喰らうの、誰だって嫌でしょう?」
「そ、そうだ、ね。」
可哀想な根暗君。
別に彼が嫌いではないが...ウジウジしているところがちょっと嫌いだけど、彼自身が嫌いではないので、苛めるつもりはなかったんだ。
単純に彼が、俺が聞きたくない事を言ったからいけないんだ。
少しフォローをしよう。
「上村君は良いね、他の男と違って。」
「え!?」
「他の男は私にその気がないと分かったら、直ぐに相手して来なくなるが、上村君は違うよね。仲良くなっても、告白して来ないでしょう?」
「ま、まぁ...」
予想通りに、根暗君が分かりやすくへこんだ。
上げて落とす!良くないと分かっているのに、ついついしたくなる。
もちろんやり過ぎないように気をつけている。
例えば、女になってラブレターを貰うようになってから、俺は「あの女と同じ事をするぞ」と思っているのに、一度もそうしなかった。
無意識のうちに自分に制限を掛けているようだ、人を虐め過ぎない制限。
「大丈夫、上村君、君には才能がある。」
アメをあげる。
「才能?」
「鏡やガラスに関わる魔道具の作成に、君は誰よりも優秀じゃない。イケナイ方向に使ってしまったか。」
そして、強引に取り上げた透視眼鏡の事を言及し、ムチを打つ。
「あれは偶然!僕もどうして作れたのか、分からんかった!本当!信じて!」
慌てる根暗君。
見た感じ、あの透視眼鏡は本当に「偶然の産物」のようだ。
そりゃ、一生徒でも作れるような物だったら、とっくに他の誰かが発明されて、悪用していたに違いないから。
その場合は「眼鏡を掛けている人全員怪しい」という事になり、そうなっていないって事は「そうじゃない」。
ただの偶然か、それなら良かった。
女性の体は服に包まれて、基本誰にも見られないから、その裸に価値があるんだ! by 俺。
あの透視眼鏡は永遠に俺の「ナナエ百八(予定)の秘密道具」の倉庫に寝かせよう。いざという時に取り出せるよう、手に入れた順で十二番に登録しておこう。
「はいはい、信じてあげるね。また『偶然』を起こさないでくれよ。」
「応。」
「話し戻すけど。つまり何が言いたいというと、君は誰も創った事のない魔道具を創れたんだよ。凄いと思わない?頭良いんだね。」
「そ、そんな...へへ。」
根暗君が恥ずかしそうに笑った。
キモッ!笑い方キモッ!
根暗君が創った「透視眼鏡」は確かに人の衣服を透視するイケナイ眼鏡だが、透視度が調整でき、壁をも透けるが生き物を透視できないのが特徴で。見方変えれば、ダンジョン探検にとても役に立つアイテムにも思える。
ただ、やはり衣服をも透視できてしまう事は思春期男女の成長に良くないと思う――あの時、あき君に申し訳無い事をしたと思っている。
魔力を使うため、俺自身もその透視眼鏡を使えない。
せめて「魔力を使わない透視眼鏡」もしくは「衣服だけ透けない透視眼鏡」ならと思い、根暗君に頑張ってもらいたい。
「これから、鏡やガラス関係の魔道具作成に突き詰めるのも『道』だと思うんだ。どう思う?」
「は、はい!僕、頑張ってみる!」
「本当?良かった!」
また「偶然」透視眼鏡みたいな面白い物を発明してくれたら、絶対「また」取り上げる!
「私、これから上村君を応援...」
ちょっと待って!
これって、俺が自分の目的の為に、根暗君を利用しようとしているみたいじゃない?
「あー、やっぱいい。」
「え?応援して、くれない...」
「そうじゃないの!そうじゃない。」慌ててフォローする、「そうあって欲しいなぁと思うけど、無理に私に合わせないで。上村君自身で決めてこそ!ね?」
「あ、うん。」根暗君ははっきりとしない返事をした。
この歳の男に「将来」という話を振っても、基本誰もまだ考えていないから、「あ、うん」と適当に返事するのがオチだ。
俺は何をやっているのだろう?
「ささっ、もっと食べて食べて!」
罪悪感に駆られて、俺は肉一切れを箸で摘まんで、根暗君に差し出した。
......
...
放課後になって、俺はタマを抱えて校舎裏にいた。まだ時間が先なので、淑女らしくなく草葉の上に座った。
今回の告白する主は俺を屋上ではなく、校舎裏に呼び出した。なかなか人が来ない事で、確かに「告白」に使えるスバラシイ場所だと思うが、成功率は屋上より断然に低い。
が、その裏をかいて、敢えてここを告白する場所に選ぶ事で、もしかしたら、俺が「OK」するかもしれないって、その男子がそう思ったのかもしれない。
...考えすぎか。
裏の裏を読めと、心の悪魔が俺に囁く。
もっと素直な人間に成りたいものだなぁ。
「にゃにゃ、にゃにゃにゃ。」
タマと会話をする。
「にゃ~。」
タマが口を大きく開けて、返事をする。
「にゃ~にゃ、にゃ~にゃ~にゃにゃ~。」
「にゃ~。」
つれない事に、タマはいつも一音だけ返してくる。
俺が色んな「猫語」を喋っているのに、タマは俺に合わせてくれない。どれだけバリエーションを変えても、タマはいつも「にゃ」の一声だけ。
その素っ気なさが実に猫らしく、可愛いね。
猫屋敷玉藻は一日一時間しか人間の姿でいられない。俺はその仕組みが知りたくて、色々な実験をした。
最初は「一時間以上に人間でいられるか?」の実験で、タマに自力で猫に戻らないようにとお願いした。
その結果、誤差はあるものの、大体一時間でタマが強制に猫に戻されて、人間のタマの体が床に倒れ「死体」となる。
その後はちゃんとタマがその「死体」を回収して、次の日にまた一時間人間になれる。なので、恐らく今のタマは自分の「人間の体」を巨大ロボットのように乗っているって感じだろう。猫のタマが操縦者で、「一時間」という燃料が尽きるまで、巨大ロボの「タマの人間の体」を動かせる。
次の実験は「連続か?合計か?」というもの。タマが一度人間から猫に戻ったら、人間になった時間が一時間以内でなら、またすぐに人間になれるかを知りたかった。
結果、興味深いデータを取れた。一度人間から猫に戻ったタマだが、例え一時間まで後十分の余裕があっても、次の日までに人間になれない。しかし三十分未満なら、夜になればまた一度人間になれる。
「合計」ではなく「連続」という結論を得られたが、しかしなぜ「三十分未満」なら、タマが夜でまた人間になれる?
なので、更に別の実験を行った、「また人間になれるタイミングは何時?」の実験。人間になって、猫に戻って、また人間になれる時がいつなのか、「ナナエ百八(予定)の秘密道具」二番の「発条式懐中時計」を睨みながら計った。
結果、月と太陽が入れ替わる十二時の前後十分間がリセット時間。三十分以内なら次の十二時以降、一時間なら次の次以降にまた人間になれる。
この結果から、俺はとても面白い結論を出した。タマは十二時間毎に三十分に人間になれるが、次の十二時間の三十分を「借りる」事ができる。借りない場合は十二時にリセット、借りた場合は次の日――正確は次の十二時の後の十二時を超える――まで、人間になれない。
楽しくなった俺は、更に「十二時前後に三十分ずつ、びったり一時間人間になったタマは、次は何時また人間になれるのか?」を試してみたが、その実験が上手くいかず、結果が「次の十二時」の時もあれば「次の日」の時もある。
恐らくリセットする時間が「間」ではなく「点」であるから、だと思う。
0.1ミリ秒の誤差も許されない、神の世界。人の俺がどう頑張っても、決して掴めない「絶対正確」なモノだろう。
結論、無理にタマを人間にしなくて良い!
猫好きな俺はそれ以上考えない事にした。
「タマが猫で良かった。」
俺はタマを抱き上げて、その猫の頭にキスをした。
「人間だったら、こんな気楽にキスもできないよね。」
「にゃ~。」
タマはやはりその一音だけで返事をした。
人間だったら、俺はどうなるのだろう?
雛の刷り込みのようにタマに恋をした俺に、人間のタマが四六時中に目の前にいたら、俺は自分の気持ちを上手くコントロールできるのだろうか?
分からない。
だから、タマが猫で良かった。
「タマ大好き。」
「にゃ~。」
そうして、タマとじゃれ合っている内に、約束の時間になった。
まだ上手い断り文句を思い付いていない俺の前に現れたのは、意外にも男ではなく、女の子だった。
しかも三人!?その内の誰かが俺に告白するのか?それとも三人同時に?
「あら、守澄?こんなところで会うなんて、偶然ね。また誰かに告白されたのか?」
真ん中にいる女の子が俺に声を掛ける。
「君は...風峰さん?」
王族「フェニックス」が治めるこの「日の国」、古くから貴族の中でも序列一の「三名門」、星の千条院家と同列に位高い「グリフォン」の風峰家、そのご令嬢の風峰 和紗、同じSクラスの俺のクラスメイトでもある可愛い女の子。
ちょっと「女王気質」であるのが玉に瑕だか...
ちなみに、一つ俺の勘違いを正す。俺が今いる「ひの国」、俺はずっと炎の国、「火の国」だと思っていたが、実は太陽の国、「日の国」のが正しい。同じ「ひ」だったから勘違いしていたが、同じ「ひ」だったお陰で、俺が勘違いしていた事が誰にもばれていなかった。セーフだ!
「守澄って、自分が世界一モテる女だと思ってるの?」
「え?」
「誰もが自分の事が好きって、愛されているって、思ってるのって聞いてる。」
「はぁ...?」
ずっと名前だけを覚えているが、彼女と話すのが今日が初めてだ。
なのに、いきなりそんな突っ込んだ質問をしてくる、普通?仲良しさんでもないのに、親友の間柄ですら訊かないような質問をするのか?出来るのか?
男だから、思える訳がないのに、逆に「思っている」と答えたくなる。
「私は風峰さんの方が美人だし、可愛いと思うよ。」
俺はタマを降ろして立ち上がった。座る時間が長すぎた所為で、足が痺れて、手で壁を支えて立った。
「誰もそんな事訊いてないわ!」
「きゃ!」
いきなり怒鳴られた。
足の痺れと突然の大声が「相乗効果」を産み、俺は転んでしまった。
「え、もう?あは、このくらいで怯えないでよ。」
「別に怯えてる訳じゃない。」
手で地面を押し、自力でもう一度立ち上げようとするが、その時に、風峰ちゃんが俺に手を伸ばしてきた。
「ほら、掴んで。一人では起き上がれないでしょう?」
あれ?良い子かも。
一人で立ち上がれない程俺はか弱くないが、折角の好意を無下にできない。
なので、伸ばしてきた白く柔らかそうな手を掴み、立つの手伝ってもらった。
両側にそれぞれ一束纏めた髪に、後ろに肩を超えるくらいのローグヘアー。ふっと近づいた時に漂ってくる花の香り、シャンプーの匂い。
お洒落が上手な女の子でしょうね、とても彼女に似合う髪型と匂いだ。
あまり女子生徒に近寄りたくない理由はこれだ。体が女の子でも、心が男。
意識してしまうんだ。
「ありがとう、風峰さん。助か...」
腕が更に上に引っ張られ、足が地につかない。
気が付くと、俺は女の子に手を引っ張られて、宙に浮いてしまっている。
女の子に!手を引っ張られて!足が床につけない状態に!
「守澄は軽いね。真面目に『体強』の授業、受けてないでしょう?」
「風峰さん。体鍛えるのに、他人の体を重りに使わないでくれる?」
この世界の人はみんな健康優良児だと知っているが、それでも、女の子に片手で持ち上げられるのがショックだ。
腕も痛いし、放して欲しい。
「噂で聞いた話だが、守澄って、他人に触れないだよね?」
「え?」
自分の体質の話を意図的に広めないようにしているのだが、知っている人はいるのだな。
「全く、という訳じゃないが、長時間に人に触れられないんだ。」
「へぇ、ホントだったんだね。なのに、よく男とベタベタするよね。」
「いや、そんな事ないと...」
うっ、少し気持ち悪くなってきた。魔力の影響か?子供なのに、風峰ちゃんは魔力が多いね。
腕の痛みも段々強くなってきたし、そろそろ放して貰おう。
「あの、風峰さん。そろそろ、腕を放して貰っても?」
「どして?世界一財閥の守澄だから、人に手を握られても嫌って事?」
「いや、そういう訳じゃないが...」
「没落しかけた千条院家なら良くて、風峰家がダメって事?」
「え?」
「私もここの教師になろうかしら。そうすれば、守澄のお目に掛れるのかな?」
この子が...もしかして...
「風峰さんなら成れるよう、きっと。っていうか、成れるとしても、成りたくないよね、守澄が造った学園でだなんて。ねぇ?」
「ねぇ。」
周りの二人の女の子が姦しい。
なるほど、読めてきた。
この子達は俺が嫌いなんだ。
俺が「守澄」だからなのか、俺が男子生徒と仲良くしているのが嫌いなのか。兎に角、俺の事が嫌いなんだ。
長い間休んだのも嫌われた要因かもしれない。何度も告白されて、その都度相手を振ったのも要因なのかもしれない。
彼女達が俺が嫌いだ。嫌いだから、こうして俺を苛めに来た。
俺に送られてきたラブレターも、もしかしたら彼女達の仕業かもしれない。
罠を仕掛けられたのか。
可愛い女の子の罠なら、男として喜んで飛び込みたい所だが、そう呑気な事も言っていられない。
今の俺にとって、長時間に誰かの手を掴むのは危険、命の危機レベルだ。
このままでは、死んでしまうかもしれない。
彼女達は自分のしている事がどれだけヤバイ事なのか、知っているのか?
知らないだろうな。
きゃきゃと笑いながら他人を苛める彼女達はバカだ。成績が良くても、バカはバカだ。
そもそも、守澄の敷地内で俺を苛める事自体、バカな所業だ。
「モモ!タマ!動くな!」
だから、俺はメイド隊のみんなが動く前に、大声でそれを止めた。
「なに?モモ、タマ?守澄、どうしたの?頭おかしくなったの?」
風峰さんが俺の顔を睨んで、歪んだ笑顔を見せた。
可愛いな、おバカな女の子って。
俺、たった今君達の命を助けたのだぞ。君達はきっとそんな事知らないだろう。
「にゃ~!にゃ~!」
隣のタマがうるさい。きっと「人間に成りたい!許可して!」と言っているに違いない。
ごめんね、タマ。もうちょっと俺に頑張らせて。
できれば、女の子を怪我させたくないんだ。
「風峰ちゃん、できれば私を放して欲しい。でないと、ヤバイかも。」
「ヤバイってなに?私はただ守澄と仲良くしたいだけだよ、握手しているだけだよ。どうして『放せ』というの?守澄だから、『平民』なのに『貴族』に命令できると思っているの?私はただ仲良くしたいだけなのに、な!手を掴んでいるだけなのに、な!」
風峰ちゃんは「な!」という単語を口にする度に、俺の手を掴んだ手が上下に揺らす。地面に足を付けてもまた上げられて、腕の痛みが増していく。
「あは、どうしたの、守澄?顔が赤いよ?熱でもあるのか?」
「ある...かもね。」
「私に移さないでよね、ホント。『平民』と違って、『貴族』は治癒魔法なんて、自分が怪我する前提の魔法なんか勉強しないわよ。」
「それは勉強しておいた方がいいよ。いつ、何かが起こるのか、分からないのだから。」
「あなたが病気を他人に移さなければいいじゃない!よく病気する体なら、他人を巻き込む前に、さっさと死んだら?」
「にゃぁあ!」
タマが風峰ちゃんに飛び込んだ。
が、猫なので、風峰ちゃんに簡単に避けられた。
「何これ?猫?まだ絶滅してなかったのね。流石天下の守澄家、お金でモノを言う。大金をペットに注ぎ込んだでしょう、違う?」
ヤバイな。頭がちょっとボーっとしてきた。
タマの我慢も限界に近いっぽいので、早く風峰ちゃんに俺を放して貰おう。
「風峰ちゃん。私、男に興味ないの。」
「は?」
「告白してきた相手を...全員振ったでしょう?何故だと思う?」
「何故って、あなたが『守澄』だから、お高く留まってて、選べ放題できるからでしょう?」
「私、女にしか興味ないの。」
「...はぁ!?」
風峰ちゃんが凡そ女の子らしからぬ声を出した。
表情に怯えの感情が少し交じり、手もちょっと震えているように感じる。
「顔が赤いのはね、恋の熱に侵されているからだ。」
「コイの?」
「君に手を握られて、興奮しているの。」
「な!?」
手の震えが大きくなっている。
しかし、まだ俺を放さない。
あと一押しみたいだから、俺は狼が獲物を睨むように、風峰ちゃんを睨んだ。
「このまま、可愛い君に惚れてしまうの。良いの、手を放さなくて?」
「ひっ!」
慌てて俺を放す風峰ちゃん。
あまりの恐怖で、彼女は後ろ三歩後退した上に、俺を掴んでた手をもう一本の手で庇った。
「った...」
手を放された俺はまだ自分の体を思うように動かせなくて、尻餅をついた。柔らかそうに見える草葉のある地面だが、転んだらまだ痛いと覚える硬さだ。
痛い...尻が痛い...
でも、放して貰えた。
これで、危機が一時的に去った。
「ぃたた...風峰さん、イジメかっこ悪いよ。急に放さないでよ。」
「は、はぁ?あなたが急に変な事を言うからでしょう?」
「仕方ないよ。こっちは生き死に関わる大問題だからね。」
「ぇ?」
突然過ぎた告白を聞いて、俺を苛めてた風峰ちゃんの顔色が変わった。どうやら思った通り、彼女は事の重大さを知らないんだ。
「どこで聞いたかは分からないが、確かに、私は他人に触れない。それは私の特殊体質の所為であって、『守澄』だからという訳じゃない。
私は、魔力への耐性が全くないんだ。なので、魔法を使えないだけじゃなく、誰かに魔法を掛けられたら、それも体調を崩せてしまう。治癒魔法も私にとって攻撃魔法だ。
その上、『魔法へ』じゃなく『魔力へ』の耐性がないという事で、魔力の多い人に触れるのもダメ。でないと、段々とその人の魔力に影響されて、体を壊す。その人の魔力が多ければ多いほど、その人が健康であればあるほど、私の体調も崩れやすいのだ。
だから、他人に触れられない。君に触りたいが、触れないんだ。」
「嘘つけ!あなた、色んな人に触れてきたじゃない!星さ...んにベタベタと、色んな男子とも!」
「ヒカリ?」
その名前、どこかで聞いた事が...あぁ!
「星は最強だけど、魔力あまりないみたいだよ。魔法を殆ど使ってるところを見ない、使わなくて『最強』に成ったんだ。風峰さんの方が、魔力が多いよ。」
「でもSクラスではなかったわ!しかもXクラス!おかしいでしょう?Sクラスに入るに、魔力の多さが関係ないのでは...」
「成績、でしょう?」
「......」
なんか、話が変わったような気がする。
「生憎、成績が足りなければ、Sクラスに入れない。寧ろ、Xクラス以外は全クラスが成績重視、『一つでも他人より優れているところがあれば』という理由で用意されたXクラスが特別だ。星が『最強』じゃなかったら、この学園自体に入れなかったでしょう。」
「全国優勝の星さんを入れないなんておかしいわ!成績の良し悪し関係なく星さんが欲しい学校は一杯ある!だけど星さんはここを選んだ!なのに、Xクラスって...」
やっぱり、話が変わっていたようだ。
「...星様?」
「ひっ!」
カマを掛けてみたら、女子三人の体がびくっと跳ねた。
やはり、思った通りだ。
もしかしたら、この三人...去年に全国優勝を果たした星の追っかけかもしれない。
思えば、風峰ちゃんは中学の時、別のお嬢様学校を通っていて、高校になってこの学園に入学したんだね。「まさか風峰家のご息女も守澄の学園に」という事で、入学の時期にちょっとした話になっていたな。
なるほど、ね。
高校になってから別々のクラスに入って、すっかり忘れていたが、星は男女ともにモテでいるクール美人だったんだ。
熱が去り、段々と頭もクリアして、物事を考えられるようになってきた。
だから、気付けた。今回の事は俺が嫌いだから起こった出来事ではなく、星と一緒にいる俺が羨ましいから、嫉む気持ちで起こった出来事だったんだ。
だったら、大元から問題を解決しよう。
「考古学部に入らない?女の子なら、大歓迎だ。」
「はいぃいい!?」
「星も一緒にいるよ。男は一人いるが、女顔なので、女と考えて大丈夫。」
ごめん、あき君。あき君が女顔なのがいけないんだ。
「どう?」
「むぅぅぅ。」
風峰ちゃんが唸っている。
「ひかり様と一緒の部活...いいかも。」
「一緒に部活動して、終わってから一緒に喫茶店に入って一休み...ぐぅうう!」
周りの二人がどうやら乗り気らしく、風峰ちゃんの後を押すような事を呟いている。
しかし...
「変態の部活に入るかぁああ!」
そう言って、風峰ちゃんが走って去った。
「和紗さん!」
「待って、和紗さん!」
周りの二人が風峰ちゃんを追っていた。
「あぁあ...逃げられちゃった。」
女の子を勧誘するのって、難しいな。
そんな事を思いながら、俺はタマを抱き上げて、この場を去ろうとした。
その時、一度走っていた風峰ちゃんが、また走って戻って来た。
「変態が造った部活という意味だからね!変態の集まる部活じゃないからね!勘違いするなよ!」
そう言って、また走って去った。
......
他の人が偶にする「ポカン」という思考停止を初めて味わった気がする。
確かに、突然過ぎた事に対して、人は時に「思考停止」をするね。なるほど、分かった。
自分が思考停止するとは...




