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エピローグ...メイドに囲まれた日常へ

 それから、お見舞いイベントも続いた。守澄の娘という事で、コネ目当ての有象無象までも俺に会いに来ようとしたが、そこら辺は早苗さん(メイド長ちゃん)が上手く理由をつけて、来させないようにしてくれた。

 そのチョイスは心なしか偏っているように感じた。


「実は、クラスの皆が誰も会いに来ないんだ。」

 俺は自分の膝に座っているヒスイちゃんに耳打ちをした。


 ヒスイちゃんが俺をお見舞いしに来たのは随分後だった。

 その理由を聞くと、どうやら彼女は戸籍や住所の変更に、学園の小中学部への転入などの事で、その手続きの為に時間を食ったらしい。


 俺が寝込んでいる一か月の間、彼女は元々俺の妹として屋敷に住む事になる筈なのだが、結局あれが「口頭だけの約束」なので、彼女は屋敷に入れず、あの旅館・「隠れの里」へ逆戻りにされた。

 幸いな事に、俺は女将さんにも「ヒスイちゃんが欲しい」事をちゃんと伝えてた。ヒスイちゃんから落書きのような「辞表」を受け取っていた女将さんだが、一時的にヒスイちゃんを旅館に住ませてあげた。仕事もさせていないし、ずっとお客様扱いで、部屋代と食事代もツケ払いという事にしてくれた。


 それでも、俺が一か月未満で起きれたのが良かった。流石にずっと寝込んでいると、「もう起きられないかも」と考えられて、その「口頭だけの約束」が「嘘」に思われてしまいかねない。

 そうなったら、ヒスイちゃんがどんな目に遭うのか、想像もしたくない。


「ナナエお姉ちゃんはその人達と会いたい?」

「むーん...」


 種族が「サトリ」の翡翠(ヒスイちゃん)は俺が多く語らなくても...何も語らなくても、俺の心を読んで理解できる。それでも、彼女は俺が実際口で喋った言葉を聞くのが好きらしく、よく俺に喋らせようとする。

 彼女曰く、「心の声」はシンプルで、勝手に脳に入ってくるのが好きじゃない。反対に「口からの声」は特徴があり、更に微かな空気の振動を引き起こせて、その振動を耳で捉える(キャッチする)と、「ちょっと嬉しい」だそうだ。


「別に。また学校で会えばいいだけの事、無理して今会わなくても。」

「ね~」


 なぜ「空気の振動」で嬉しくなれるのかは分からないが、可愛い声で「ちょっと嬉しい」と言われると、俺もやる気が出る。

 実際、俺が彼女に耳打ちする度に、彼女はクスッと笑う。その行動、本当に可愛らしくて、(あに)心が高ぶって、俺の理性が陥落寸前だ。

 猫でもないのに、俺をここまで魅了したのはヒスイちゃんが初めてだ。しかも、一切の「媚」がないのは本当に最高!逆に彼女の「闇」を探したくなる。


「『闇』?」

「うん、闇。嫌いなものないの?」

「むーん、トウガラシ?」

「うん。それ、私も嫌い。」


 調味料に使うのはともかく、一品料理として出されたら、絶対「シェフを呼べ!」を「括弧怒りマーク括弧閉じ」で呼んじゃう。



「始まりましたよ、お嬢様!」

 壁に身を寄せてしゃがんでいるモモはそう言って、耳を壁にくっつけるという、彼女の場合では意味不明な行動をした。

「一人ずつ面接するらしいわ。」


 実は、今俺とヒスイちゃんがいるこの部屋の隣では、新しいメイド雇用に関する最終面接が行われている。

 面接官は二人。その内の一人はもちろんメイド長である早苗さんだが、もう一人は意外にも俺の中では優秀じゃないシイちゃんだった。


「何でオジョウがこっち?」

 隣で俺とヒスイちゃんを見て微笑んでいるオジョウに声をかける。

「マオちゃんに申し訳ないが、私はてっきり、オジョウは向こう側だと思ってた。」俺はモモがくっつけてる壁を指差した。


「お嬢様ぁ、もっと『マオちゃん』を期待しててクダサイぃ。」モモの近くに立っているマオちゃんが嘘泣き声で訴えた。


「高く評価してくださり、ありがとうございます。でも、お嬢様。『オジョウ』はやめてください。」

 礼を言い、呼び名に反対し、しかし質問に答えないオジョウである。



 タマが復帰して、更に紅葉先生がメイド隊に再加入した今、守澄メイド隊は前よりも大所帯になった。メイド長ちゃんが言う「屋敷を管理する最低限の人数」は8・9人だから、その数字を越えたのに面接を続ける理由が分からない。が、俺は別に女の子が増える事に反対はしない。


 反対はしなくても、興味は沸く。メイド長ちゃんが無駄に人を増やすその理由が気になる。余程優れた人材でも現れたのか?それとも、実はメイド長ちゃんが女の子好きで、タイプな女の子でもいたのか?

 そんなゲスな考えで、俺は残りのメイドを集めて、「次のメイドは誰だろう?」と、当てゲームを開いた。



「最初は『内山さん』、ねぇ。オドオドしてるわね。」

 唯一面接の状況が「聞こえる」モモが、その状況を中継する。

「絶対早苗メイド長に怯えてるわね。仲良くなれそうだわ。」

 モモが悪戯を思いついた子供のように、口角を上げた。


「いや~、内山さん逃げて!早く逃げて!ここは魔窟だよ!悪魔が居るぞ!」

 リンは顔を両手で隠してしゃがんで、俺の耳元で小さな声で「叫んだ」。


「ねぇ、リン子。」

 俺はしゃがんでいるリンにちょっかいを出す。

「悪魔は一人だけか?」


「お嬢様!?えっと、もちろん一人だけだよ。あははは...」

 リンが慌てて笑顔で反論する。その笑顔が引きずっていて、とても可愛い。


「無理に君をモモと同じ部屋にしないであげるから、安心しなさい。」

 今回は飴をあげる事にしよう。弄りすぎて、リンに辞められてしまったら、元も子もないからな。


「お嬢様ぁ、お優しい。一生付いて行く。」

 大袈裟に喜ばれた。



 チリンっと鈴の音がした。その後、ドアが開かれて、二人のメイドが入ってきた。


「ななえ、連れて来たよ。」

 首にある鈴を指で鳴らして、一人目のメイドであるタマが先に入ってきた。


「お嬢らま~、あらしがらむいのにあてらっれ、しっれれラマらんにられらの?」

 恨めしそうに俺を睨んで、まともに言葉が喋れなくなった二人目のメイドであるルカが続いて入ってきた。


「ありがとう、タマ。」

 先にタマに礼を言った後、俺は負けずにルカに睨み返す。

「約束を反故して、またうちの学園の男子生徒に抱き付いた君が悪い。」


「らっれ、あらららおうらもん!」

 ルカは悪びれず。

 そしてマオちゃんを目にしたすぐ、「あ、真緒~!」と言って、彼女に抱き付いた。


「え、まだ?」とマオちゃんは嫌そうにしていたが、ルカの突撃を避けなかった。



 俺は昔、まだこの世界では「猫」が絶滅している事を知らない時期に、猫用の鈴付き首輪をメイド長ちゃんに作らせた事がある。いつか猫を飼う時に、その首輪を付けようと思っていたが、タマを探す事を最優先に時間を使っていく内に、いつの間にかその首輪の事を忘れていた。

 先日、屋敷に戻れるようになった俺に、メイド長ちゃんが楽しそうに出来上がった首輪を持ってきて、俺もようやく頼んだ事を思い出した。しかし、猫はもう絶滅していた事だし、首輪はもう使い道がないと思った俺は、それを断ろうと思った。

 ...のだが、その時のメイド長ちゃんがやけに嬉しそうにしていたので、断れずにとりあえず受け取った。

 なぜそんなに嬉しそうだろう?

 ...と、俺が疑問を感じ、首輪を受け取ってメイド長ちゃんに理由を訊こうとしたら、手にした首輪がまたやけに大きくて、とても小さい猫に付けるような大きさではなかった。

 どちらかというと、「大型犬」に付けるような首輪だった。

 その時、俺はふっと思った!これをタマにプレゼントしよう、と。


 そうして、首輪をタマにプレゼントした。首輪をプレゼントとしたのに、何故かタマがとても嬉しそうだった。人の姿で俺に会う度に、首輪にある鈴を鳴らして、俺の注意を引こうとするようになった。

 ...気のせいだと思うが、特にメイド長ちゃんの前で、タマはよく鈴を鳴らしていた。


「お嬢様ぁ、これから真緒にあたしを起こす役にしてくださ~い。」

 回復して、普通に喋れるようになったルカが「専属」を要求してくる。


「お優しいお嬢様!絶対同意しないでください!春香さんはよく寝ぼけて、人のアソコを触ろうとするので、絶対、絶対!信じてるのですよ?」

 凄く真剣な顔でマオちゃんが俺を見つめて、懇願に近い声を出していた。



 ルカはその種族性で、体が温度を保てない。長い間、他の人に触れていなければ、体が冷たくなり、動きが遅くなっていくのだ。

 舌が上手く動けなく、喋りがおかしくなったら、それは体温が低くなった所為だ。暖かい毛布を何枚被っても無駄、減った熱が彼女に戻っていくことはない。

 理由はよく分からないが、ルカはマオちゃんに抱き付くのが好きだ。たぶん、「火の祝福」を持つマオちゃんが、その所為で暖かいかもしれない。

 代わりに、今のタマがとても苦手らしい。猫じゃない時のタマは、体はとことん冷たいので、その所為かもしれない。


 ちなみに、ルカが例え全体温をなくして動けなくなっても、それで死ぬ訳じゃない。メイドになった経由も、何故か屋敷の前で「死んで」いたのをメイド長ちゃんが発見し、そのままメイドとして雇ったらしい。


 俺も「行き倒れ」の人を助けてみたいな~、メイド長ちゃんが羨ましい。



「ねぇ、モモ。付き合い長い君から、やっぱメイド長ちゃんは凄いと思う?」

 俺はここにいるメイドの中で、歳こそ若いが最も先輩であるモモに早苗さん(メイド長ちゃん)の事を質問した。


 特別な理由はない。ここにいないからと、ちょっと二人の面接官が気になったのだ。


「え?凄いと思うわ、メイド長ですもの。」

 モモが胡坐を組んで、壁に背中をくっつけた。

「あたしがメイドになった時で、既にメイド長でしたから、比較対象はないが...まぁ、凄いと思うわね、色々出来て。」


「そうだね。」

 俺はヒスイちゃんをちょっと強めに抱きしめて、顎を彼女の頭の上に乗せる。

「だから『面接官』のも納得できるが、ならシイちゃんは?」


「あ、なるほど!」

 モモが右手を拳に握り、左手の掌を叩いた。

「お嬢様怖~い。」


 悪戯な笑顔を見せるモモ。

 それを見た他のメイド全員が、何故か納得した顔で頷く。



 みんな、酷いな。俺も人の事を言えないが...


「あの人は一番の先輩ですよ、生まれた時から屋敷に居たもの。」

 モモは指を無駄に回しながら説明する。

「もう先輩も先輩、大先輩です。早苗メイド長だって、あの人に強く言えないもの。」


「そういえば...そうだったな。」


 特別に優れている訳じゃなくても、年功序列。寧ろ、特にミスをしていないなら、彼女が「メイド長」になるべきだとも思える。

 なのに、早苗さんがメイド長になった。原因は、やはり実力主義のお父様にあるだろう。ちょっと厳しすぎないだろうか?


「早苗が良くて、シイちゃんがダメの理由は何だろう?」

 敢えてオジョウに質問した。


(わたくし)に訊かれましても...何分務め始めるのが遅くて、何も聞いていませんわ。」

 オジョウが言い訳をした。


「早苗メイド長がすげぇからじゃないの?」

 困ってるオジョウを見て、リンがフォローを入れた。

「怖いけど、やっぱすげぇから、下の方が素直に従うんだぜ。それだけじゃない?」


「でも、メイド長ちゃんも言い訳をするよ。」

 俺は少し前の事を思い出して、うっかりメイド長ちゃんの「悪口」を言った。



 メイドの数が前より増えたのに、それでも新しいメイドの募集を続ける理由について、俺は直接にメイド長ちゃんに確認した事がある。

 その時の彼女は「紅葉教諭に教師の仕事を優先させるよう、旦那様から託っております」と、そして「猫屋敷は一日一時間しか仕事ができませんので、頭数に入れられません」と、俺からすれば言い訳にしか思えない説明をしていた。

 ちゃんと考えれば分かる事だが、メイド長ちゃんの二つの説明はどれも理に適っている。だけど、もうすっかり頭の中が「早苗さん(メイド長ちゃん)は女好き」で一杯になった俺は、今もそれが言い訳じゃないかって疑っている。

「人が仕事している最中で、猫の姿で悠々と散歩したりしているとか。見たくないのに見つけると、本当...」と呟いていた彼女の当時の顔が脳に()ぎる。醜く歪んでいるのに、俺はそれが可愛くて仕方がない。



「メイド長が!?」

 俺の先程の言葉を聞いたリンが大声を出して驚いた。が、驚いたのは彼女だけじゃなかった。

 その場にいる全員の表情を確認してみたら、度合いは違うが、モモ以外——「私」の胸を抱き枕扱いして擦るヒスイちゃんは数に入れず——の全員が驚いた表情をしている。


「何?皆、知らないの?」

 モモが楽しそうに笑う。

「滅多に見られないが、慌てる姿が凄く可愛いわよ。」


 既にメイド長ちゃんの慌てる姿を見ていたとは...やるね、モモ!


「失礼ですが、モコ先輩。早苗メイド長の慌てる姿なら、(わたくし)も見た事があります。」

 驚いた事に、オジョウがモモに「喧嘩」を売った。

「そして凛ちゃんも、(じい)も見ていましたわ。覚えていますか?」


 モモが「あ」という顔をして、何かを思い出した。その顔が段々と赤みを帯びていき、彼女はオジョウから目を逸らした。

 それを見たリンが「ざまーみろ」とでも言いたげに、顔を隠して笑った。




 こうして、彼女達のやり取りを見ているのがとても楽しい。「次のメイド誰?」当てゲームを開いたが、本音を言うと、俺はただ彼女達が楽しそうにしている姿を見たいだけなんだ。

 見ているだけで幸せな気持ちになる。自分が本当に女の子になったかのように、とても楽しい。


 俺の事だから、その内、また退屈を感じるかもしれない。その時になったら、今の光景がとても気持ちの悪いもののように見えてしまうかもしれない。

 しかし、今はいい。皆が笑いあって、楽しく過ごす。そんな「普通」を楽しもう。

 ......

 ...


 あき君だけは...見舞いに来なかった。

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