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第十一節 帰還③...顔見知りメイド隊全員集合

抱きしめられると、元気になる

「奈苗。私に何故君達二人しか娘が居ないと思う?」

「どうしてって...」


 一瞬で、お父様の言いたい事が理解した。自分が紛らわしい言い方をした事に気が付いた。


「君は私の『娘』なのに、私と同じ『カメレオン』族だ。女の子の双子、その片割れなのに、君は意外にも雛枝と違って、母親ではなく、父親である私と同じ種族だ。

 それはつまり、『私の跡を継ぐ権利がある子』として見られる。時代遅れの考えだと思うが、今でも多くの人が『血筋』と『同族』という言葉に拘る。」


「へ〜、そうなんですか。私が女の子でもですか?」


 気づいたからといって、すぐに誤解を解く気はない。俺、人の話をよく聞く優しい「女の子」。


「そうだな。男女平等な今でも、『長男が跡継ぎ』という事に拘る老人がいる。『もし、君が男だったら...』と、私も考えた事がある。」


「当事者の前なのに...」


 ややこしくて面白い人類(おろかものとも)の拘り、跡継ぎ戦争。

 ドラマで見てる分は面白いけれど、決して実体験したくはないね。


「私一人の独断でできるなら、実力のある人に後を継がせる。しかし、そうもいかない。他の理事と株主の気持ちも考慮した人選でなければ、『守澄財閥』は瞬く間に崩壊する。

 それに関しては、優秀な『長男』が一番望ましいが、それでも安心はできない。次男が産まれれば、それを『跡継ぎ』に付けようとする人も出てくる。女の子が産まれれば、『男女平等』と叫ぶ人が出てくる。

 君が私の娘であるだけで、君との縁談を申し込んできた人はごまんといる、君が『カメレオン』であるにも関わらず、だ。

 誰もが『守澄財閥当主の座』という狭い椅子に座ろうとしている。なのに、君はこの椅子を広くしたいと?」


 心なしか、お父様の口調がきつくなっている。きっと、今でもそれが悩みの種で、俺の言葉で感情のタガが外れたのだろう。


「そういう訳ではありません、お父様。私は新しい『お母様』が欲しいと言っている訳ではありません。あくまで『妹が欲しい』と言っているのです。」

「ふむ...続けて。」


 あら、人の話を聞く冷静さがあるのか。「タガ」は外れてなかった。

 つまんない!頭の回転が速い人って、本当弄り甲斐がない!


「私と一緒に帰ってきた子の中に、『翡翠』という名前の女の子はいませんでしたか?」

「『ひすい』?前髪の長い女の子?」

「綺麗な瞳をした女の子!」


 確かに、ヒスイちゃんの前髪は長いが、それでも、その美しい瞳が見える筈だ。

 なのに「前髪が長い」事を強調するお父様、性格の悪さが滲み出てるね、イケメンめ!


「私、その子が気に入りました。その子を自分の妹にしたいのですわ。別に構わないんですよね、娘が一人増えたくらいで。守澄家(うち)はそんな貧乏なお(うち)でもないでしょう?」

「はぁ、奈苗...」


 何故かお父様がため息をつく。何故だ?

 俺が何か変な事を言ったか?


「ペットを拾うように、人を連れてくるな。その子にも親御さんはいるだろう。」

「うん、()()。」

「『居た』?」


 俺はそれが「過去」である事を強調するだけ。それだけで、お父様が俺の言いたい事を理解したようだ。


「成程。では、奈苗。先程の私の言葉を聞いて、それでも『妹にしたい』と?ただ側に置きたいだけなら、『メイド見習い』という選択もある。」

「ヒスイちゃんの歳を考えて!あんなに幼い女の子略して幼女が、仕事させる訳にはいかないでしょう?法律違反ですわ!」

「あくまで『見習い』、仕事させてる訳ではない。」

「学校に行かせたいのです。友達を作ってほしいし、普通に勉強させてあげたい。学校の勉強を手伝う事をしてみたい。」

「では、孤児院に行かせるのも手だ。私個人が出資して造った『若葉の里』ではどうだ?高村もそこの出身だ。」

桃子(モモ)が...?」


 あの偽ウサ耳メイド・高村(たかむら)桃子(ももこ)がいた孤児院?

 モモが孤児だと知っているが、「孤児院出身」だと聞いていない。ずっとあの屋敷で働いてたと聞いている、彼女本人から。


「『物覚えが始めた頃からもう既に屋敷で...』と聞いているが...?」

「高村の事?いや、彼女は基本孤児院暮らしだ。メイド見習いになったのも十二の時の筈だ。」

「あれ?でも『働いていた』って...?」


 モモが俺に嘘を?その場合はちょっとお仕置きが必要だな。

 楽しみだ。


「その孤児院は敷地外であるが、近くに建てている。それでちょくちょく屋敷に遊びに来ていたのだろう。早苗達の真似をしたりとか、雛枝の相手を務めたりとか。それで『働いていた』つもりだろう。

 だから、その孤児院を勧めた。今の君なら気にせず足を延ばせる近さ、妹にしなくても一緒に居られる。どう?」


 どうやら、お父様は何としてもヒスイちゃんを俺の妹にしたくないようだ。

 ただ、俺も譲れない。ヒスイちゃんは「完璧な妹」だからだ!


 ヒスイちゃんの体が柔らかくて、暖かくて、抱き締めると穏やかな気持ちになる。くすぐると逃げ出すが、また戻ってくる。

 今の俺より低いので、俺を見つめる時はいつも上目遣い。爪先立ちして遊ぶと、真似して一緒に爪先立ちをしてくる。

 小さなお口に食べ物を寄せると、「あー」と口を開けて、素直に食べてくれる。意地悪して唐辛子を寄せると、「ぶいっ」と顔を背けて、可愛らしく睨んでくる。

 人の心が読めるので、欲しい時に欲しいものを持って来てくれる。ちょっと「良くない事」を考えると、表情豊かに反応してくれる。

 世話焼きなところもあって、俺が高熱を出している時にせっせと世話をしてくれる。抱っこさせてくれなくなるのが玉に瑕だが、俺を思う行為だ。


 甘えん坊と世話焼きが見事に融合した完璧妹!それが!ヒスイちゃん!

 だから、俺も何としてもヒスイちゃんを妹にする!


「お父様、どうしてお母様と離婚したのです?」

「そ、それは...」

「私、お母様がどんな人が知りません。他の人にはお母様が側にいるのに、私の側にはメイド達が母親代わりになってくれるが、実の母親を知りません。

 記憶喪失をして、お母様の顔を写真でしか見た事がありません。見ても何も分かりません、全く知らない人です。」

「私は何度も使いを寄越したが、あの女は頑としてこっちに来ないんだ。君の記憶喪失を伝えていない、それでも旦那が嫌うというだけで、実の娘に会いに来ない母親だ。会わない方が良い。」

「では、妹は?妹の雛枝はお母様と一緒にいるのでしょう?」

「......」

「お母様は私も連れて帰ったと、先程、仰いましたよね。私はそのままお母様と一緒に暮していなかったのは、どうして?」

「......」


 痛い所を突いたのか、お父様が喋らなくなった。顔を下に向いて、口を噛んでいるようだ。


「お父様?」

「奈苗が...ここでしか生きられないから...だから、あの女は奈苗だけを返してくれた。」

「...そうでしたか。」


 成程。

 そして、よかった。お母様は「私」を嫌っていなかったのか。

 守澄奈苗という女の子は愛されているのか。

 ......

 いやいやいや、ヒスイちゃん!

 今はヒスイちゃんの事が一番大事!


「メイド隊のみんなのお陰で、お母様が側にいなくても寂しくありませんでした。それでも、何となく『何かが足りない』と感じていました。それが『妹』だと、私は『姉』だと、その事に気づいたのです。」

「だから、か?」

「えぇ。だから、です。『代わり』という訳ではありませんが、私はヒスイちゃんを自分の妹にしたいのです。また『姉』に成りたいのです、『お姉さんな事』がしたいのです。ですから、お願い。ヒスイちゃんをお父様の養女にしてあげてください、面倒をちゃんと見ますから、本当ですから。」

「でも、見たところ、翡翠という名前の女の子は大人しい子のようだが、雛枝は騒がしかった。代わりにはなれないぞ。」

「え、そうなの?」


 双子の妹が騒がしい女の子だったとは誤算だった!


「で、ですから!『代わり』という訳ではありません!私はただ、ヒスイちゃんという女の子を妹にしたいだけ!妹は、その...『職業』だ!性格とか、関係ない!どんな性格でも受け入れられまする!」

「ん?」

「ぅ...」


 いかん!冷静になるんだ、俺!

 今までパニックになった事が一度もないのが俺の自慢だろう?

 ツッコまれても、ボケを続けて見せる!


「私は百人の妹に囲まれたい!!!」

「......」


 しまった!

 本心を隠そうとするあまり、思ってもいない事を口にした!

 しかも、印象を悪くする方に行く変な事を口にした!


「なるほど...奈苗、父親なのに、気づいてあげられなかった。すまん。」

「え?いぃや~...」


 何を「気づいて」くれなかったんだろう?


「周りの人みんな、君の『年上』だったな。」

「へぇ!?」


 お父様は何の話をしているんだ?


「同年代の子が周りにいなくて、寂しかったのか。気づいてあげられなくて、すまん。」

「あぁ...」


 話が変な方向に行ってる。

 でも、結果がよければすべてよし。


「寂しかったのです、お父様。妹が欲しいのです、お父様。」

「分かった、許可する。ちょっと待って、早苗に手続きの手配を頼んでくる。」

 そう言って、お父様は立ち上がって、部屋のドアを開けて顔だけを外に出した。


 あ、早苗メイド長ちゃんが外で待機しているのか。

 ちょっと会いたいな、あのメガネっ()


「お父様、早苗さんはそこにいるのですか?」

「ん?あぁ、ここにいる。」

「中に入らせても良いと思いますが...」

「いや、『早苗だけ』という訳じゃないんだ。」

「ほへ~...ん?どういう事?」


 お父様は俺の返事の代わりに、ドアを全開にした。そしたら、ぞろぞろ人の顔が見えた。

 早苗(メイドチョウちゃん)が一番前に立って、その後ろに高村桃子(モモ)が顔を覗き込んできて、神月椎奈(シイちゃん)は端っこで申し訳なさそうな顔をしていて、柳玲子(オジョウ)矢野春香(ルカ)に抱き付かれていて、その隣に藤林凛(リン)高村桃子(モモ)を警戒しながらこっちを覗いていて、赤羽真緒(マオちゃん)がさりげなく早苗(メイドチョウちゃん)の隣で自分をアピールしていて...そして(セバスチャン)も無言で立っている。

 屋敷の全員だ!


「...うわぉ。」


 圧倒されて、言葉を忘れた。

 何で?何でみんながここにいるのだ?


「にゃ~」

「わっ、猫だ!」


 猫といえば、猫屋敷玉藻(タマ)?タマもいたのか?


「おいて。」

 猫を見ると両腕を開けて招く俺、最早脊髄反射。

 そんな俺を見たタマも、とても自然にベッドの上に跳び、俺の膝に乗った。


「猫屋敷、お嬢様はまだ体調が万全ではありません!降りてきなさい!」

 すぐにタマを叱る早苗(メイドちょうちゃん)だが、それに対してタマは「にゃう」とだけ返して、俺の膝から離れなかった。


「ね・こ・や・し・き...」

 怒ったメイド長ちゃんがタマを捕まえようと部屋を入り込むが、その手前にお父様が手を上げて止めた。


「奈苗の体調が心配だから、これ以上誰も入ってくるな。」

「は、はい!申し訳ありませんでした、旦那様。」

 メイド長ちゃんが深いお辞儀をお父様にした。


 くっ、美人に頭を下げられているお父様が羨ましい!猫ちゃんを撫でているのに、嫉妬の炎が燃え盛る!


「お父様。私はもう大丈夫ですから、皆さんにも入らせてあげてください。折角来てくれているのに、外で待たせているのは可哀想です。」

「お嬢様...お優しいのです。」

 メイド長ちゃんが感極まりに涙を籠る。


 え、これだけで?涙もろくない?


「そうじゃないんだ、奈苗。そうじゃない。」

「そうじゃない?」

「自分の両手を見てみて。」


 お父様の言葉に俺は戸惑い、言われたままに自分の手を見た。

 しかし、特に変わりはなかった。


「何かが足りないと思わない?」

「足りない...あ!」


 指輪がない!

神器しんき」と呼ばれる最上位魔道具、お母様から貰った命を繋ぐ指輪・「祝福の指輪(デザイア)」がない!


「え、何で?あれ?」


 指輪を付けていないのに、俺は結構元気だ!外されると全身から力が抜けて、動けなくなる筈だが、今の今まで元気でいる。

 どうして?


「あの日、君の体に何か不思議な魔力が入り、指輪がその時に壊れたんだ。余程大きな魔力だろうし、それでいて、異質な魔力だ。」

「魔力?」

「あの指輪は君の代わりに壊れたんだ。その不思議な魔力を吸収して、君に返さずに、壊れた。いざという時の、あの女が用意した保険だろう。本当...」


 お父様の声が小さくなっていき、最後は悔しそうにしていた。

 お母様の事を思い出しているのだろうか、その度に辛そうな顔をする。一体何があって離婚したのだろう?少し気になってしまった。


「奈苗、メイド隊のみんなは『折角ここに来ている』のではなく、君がここに運び込まれた時からずっとここにいた。」

「運び込まれた時...」

「私は魔力が微弱で、君に殆ど影響がないから、偶に君に会いに来ているのだが、彼女達はずっと...君とこの近すぎず、離れすぎずの距離で、君に魔力を与え続けている。君はそれで、生きていられたんだ。」

「そんな...」


 ずっと?「ずっと」って何?


「お父様。私はいつ...何日寝込んでいました?」

「もうすぐ『一か月』。」

「一か月...」


 一か月...一か月も寝ていたのか。

 その一か月、みんなはずっとここに居て、俺を待っていたのか。


「ご、ごめ、ごめなさい...私、もう少し早く起きれれば...ごめんなさい!」


「お、お嬢様!そんな事を気にしないでください!私達は守澄メイド隊、お嬢様のメイドですから!」

 メイド長ちゃんは大真面目に俺を慰める。


「そうだよ、お嬢様!私達は好きでここにいたのですよ。仕事サボれるし。」

 モモがいつものように「一言が多い」。


「考えてみれば、この一か月は特殊なボーナス休暇みたいなもんですよ。有給だし、どこにも行けないのはいつもの事。魔法も使っていいから、逆にもっと長くしたい。」

 リンは「考える」という言葉を使ったが、言葉を考えて使っていない。


「凛ちゃん、主人の不調を望むべからず、ですわ。」

 オジョウがリンの頬を抓った。


「おじょーさま~、早く元気になって、またお風呂いっしょに入りましょ~。」

 ルカは舌を噛まないようにゆっくり喋って、俺を「天国に行かないか」と誘った。


「お嬢様!旅館の料理が美味しくないと聞きましたので、美味しい肉料理をいっぱい作りました。絶対美味しいから、早く元気になってくださいよ。」

 ここぞっという時に、必ず対抗意識を燃やすマオちゃんの言葉だ。


 なにこれ?なにこれなにこれなにこれ!?

 みんなが優しい!様々なタイプな女の子が俺に優しくしてくる!これが噂の「ハーレム」?

 くっ、俺が「男」であれば...


「お父様、私はどうすれば元気になれますの?」

「どうすれば?」

「このまま待っていても、私は元気になれません。あの指輪が...お母様からの指輪がなければ、私はいつまでたっても、元気なれません。それは分かります。ですから、私はどうすれば元気になれます?」


 お父様は暫く何も言わなかった。

 そして、ようやく口を開くと...


「早苗、中に入れ。」

「あ、はい。」


 いきなりの「近寄り解禁」だった。さっきメイド長ちゃんに「入ってくるな」と言った癖に!


「他は一度屋敷に戻れ、だけどしばらく待機だ。桃子、私が呼んだら、またすぐに全員をここに集めろ。」

「了解しました。」


 お父様のしたい事が分からない。

 素直にお父様の命令に従ったメイド長ちゃんとモモの顔を見ると、彼女達も実はお父様のしたい事が分かってなさそう。

 それでも、「どうして?」と聞かずに従う彼女達は可愛い。最高に可愛い!命令系を使うイケメンは最低!

 そうして、メイド長ちゃんを除くメイド隊のみんなが帰っていく...が、その前に。


神月椎奈(シイちゃん)。」

「は、はい!」キョトンとするシイちゃん。


 覚えている、先程に何も喋らなかったのは喋れない(セバスチャン)を除き、彼女だけだったって事を。

 何となく理由も想像がつく。紅葉先生と争っている中、彼女は本心ではないが、紅葉先生側にいたから、それで罪の意識を感じていて、俺に声を掛けるのも怖かったんだろう。


「......」

「お嬢様?」


 だから彼女を「許して」あげないといけない。

 彼女は何も悪くないけど、それでも本人が気にするかもしれないから、俺が許してあげないと、彼女はきっと長く苦しむだろう。

 だけど、ただ「許す」だけでは、彼女は納得しないかもしれない。何か罰を与えて、「償い」をさせて、その罪を帳消ししないといけない。

 別に俺自身が意地悪という訳じゃない!俺が彼女だったら、きっと納得しないと思ったから、だから彼女も納得しない「かもしれない」と思った!信賞必罰だ!


 だけど、「罰」自体を考えていない...彼女が得意とする事はなんだろう?

 シイちゃんの情報はメイド長ちゃんから聞いているが、良く考えると、俺は彼女自身の事を良く知らないんだよな。


「あの日の事なんですか。」

「っ!」


 怪しまれないように話をしたが、話をした瞬間にシイちゃんの体が固まった。

 やはり気になっていたのだな。彼女を自然体な彼女に戻したいな。

 罰、罰、罰...また「椅子」にする?

 ちょっと安易すぎた答えじゃないか、俺?もっと考えろ、俺!


 そういえば、彼女は「角」というチャームポイントがあるね。

 人として恥ずべき特徴、神と異なる部位。

 そこを弄ろうか。


「一週間、寝る時以外は角の上にリンゴを刺したままで仕事しなさい。」

「リンゴ!?」

「毎日新鮮なのが良いので、一日二個のリンゴを消費するという事ですね。一個くらいなら手伝って食べてあげられるから、『リンゴが勿体ないから』と言い訳して、逃げようとしない事。いい、分かりました?」

「わ、分かりました!あの時、すみませんでした!」

「うん。リンゴを刺したまま一週間を過ごしたら、許すわ。別に落としてもいいですが、必ずすぐに拾って、角に戻しなさいね。」

「分かりました。」


 シイちゃんは俺に一礼をして、他のメイドの後を追って去った。

 全員が去った後、お父様はドアを閉めて、椅子に腰掛けた。


「早苗、奈苗の手を握って」

「はい!?」メイド長ちゃんが大きく両眼を見開いた。


 お父様は本当に何がしたいのだろう?

 指輪を付けていない今の俺は、かなり魔力に影響されやすい体になっているのに、魔力の多い人間に肌で接触しろと?俺を「発熱」で殺す気か?


「ちょっと危険かもしれないが...奈苗、気分が少しでも悪くなったら、すぐに早苗の手を振り解け。」

「どうしてですの?早苗さんの手を握れば、何かが起こるのですか?」

「分からない。これは『冒険』、危険を冒す行為だが、君を元気にする鍵があるかもしれない。」


 女の子の手を握れば元気になる?思春期の男の子でもあるまいし、そんな訳ないだろう。

 でも、可能性があれば試したい。幸い相手は可愛い女の子だ、気分が悪くなっても、気持ちはハッピーだ。


「早苗。メイド長ちゃん。」

 少し嫌そうにしているメイド長ちゃんを催促する。


 きっと、俺の体が心配で、嫌そうになっているのだろう。

 うん、きっとそう。俺が「気持ち悪いから」と思っている訳じゃないに決まっている!


「畏まりました。」

 メイド長ちゃんが俺の手を握った。


 あ、柔らかい、暖かい。女の子の手だ。

 少し汗ばんでいるが、許そう。


「これで良いですか、お父様?」

「暫く待って。」

 そう言って、お父様は俺の顔を見つめて黙った。

 ......

 ...


 いつまで待っていればいいのだろう?

 ...ちょっと疲れた。


「奈苗、大丈夫?」

「え?あぁ、少し...疲れました。」

 素直に今の状態をお父様に伝えた。

 っていうか、頭がぼーっとする...


「疲れて...っ、旦那様!お嬢様は魔力が足りていない状態です!すぐにみんなを呼び戻しましょう!」

「いや、待て。早苗、奈苗のベッドに入れ。」

「え!?」

「覆い隠すように、奈苗を抱き締めろ。」

「あ、はい!」


 ...何だろう?誰かに抱き締められている気分だ。


「猫屋敷、ちょっと退いて!」

「ふにゃ!」


 小さな重さが消え、代わりに抱えられたように......え?

 メイド長ちゃん!?


「長ちゃん!?何で?何で長ちゃんが一緒のベッドに?」


 ちょっとちょっとちょっと!女の子の手には慣れていたが、抱き締められるのはまだ慣れていない!

 あ、良い匂い...じゃなくて!離れなきゃ!


「じっとしててください、お嬢様。」

「でも、長ちゃん...」


「今はどう、奈苗?」

 急にお父様の声が聞こえた。


 そうだ!お父様がここにいるんだ!


「お、お父様!どうして、何か、何で...?」

「体調は良くなったのか?まだ『疲れ』ているのか?」

「え...あ、そういえば!」


 頭が回り始めた。冷静になった。思い出した。

 俺は先程、未知な疲れに襲われて、少し頭が飛んでいた。

 でも、今は平気。平気になった。


「早苗さんに抱き締められると、どうして私は良くなるのですか、お父様?」

「奈苗。今の君の体はまるで底抜けの茶碗のようだ。」

「はい?」


 お父様の比喩が分からない。

 何言っているの?


「周りの魔力を吸収して、そのすぐ後に外に放出する。まるで水を溜められない壊れたガラス瓶のようだ。」

「はぁ...」


 何となく分かった。


「自分の体内の魔力を保てないが、外界の魔力に影響されやすい。その魔力で、君は生きられた。ならば直接、近くに大きな魔力を持つ人間を置いたらどうなると、今試したんだ。」

「それで、一時的ですが、私は元気になれると、そういう事ですね。」


 メイド長ちゃんを「魔力タンク」扱いとは...娘に優しいが、酷いお父様だ。


「このまま一晩を過ごしてみて。大丈夫だったら、これから毎日、一人のメイドを必ず君の側に付ける。そうすれば、明日でも退院できるだろう。」

「毎日、メイド一人...」


 つまり、今のような至近距離で女の子と抱き合って生活する...という事?

 いやいやいや、恥ずかしい!


「で、でも、その場合は早苗さんの魔力がダダ漏れですわよ。早苗さんが可哀想です。」


「早苗、君はどうだ?」

「私は特に、何にも感じておりません。」


 何も?俺を抱き締めているのに、特に何も感じでない!?

 ...何だろう、このモヤモヤする気持ち?


「私達『カメレオン』はそもそも魔力容量が高くない、一晩くらいは大丈夫だろう。明日になれば、また別のメイドにする。そうすれば、早苗も回復できるだろう。」

「でも、私は年頃の...」


 ...娘だった。

 そうだ。年頃の「娘」だ、男ではない。


「だから『メイド』のみだ。流石に父親として、娘が男と抱き合って欲しくはない。それに、『祝福の指輪(デザイア)』が壊れた事は君のお母様に伝えてある。時間は掛かるが、またそのうち、新しいのが出来上がるのだろう。それまでの辛抱だ。」

「お母様が...」


 それまでの「幸せ」か。長くしたいような、したくないような...


「早苗、時間が空いたらリストを作っといてくれ。メイドの中で、奈苗に影響を与えられるメイドは誰なのか、どこまでの影響になるのかを書いて、私と奈苗に提出しなさい。」

「畏まりました、旦那様。」

「後、寝ている時もきちんと奈苗に魔力が行くか、それも試すので、今日はきちんと寝なさい。」

「でも、それではいざという時に...」

「今夜は私が寝ずの番を代わってやる。君の忠誠心は嬉しいが、何日もきちんと寝てないだろう?奈苗の為に、寝てくれ。」

「...かしこ、まりました。」


 なんだか、お父様はメイド長ちゃんと仲良さそうだな。

 メイド長ちゃんを強く抱きしめて、お父様に「あげないから」と意志表示する。


「お嬢様?嫌ではありませんでしたか?」

「別に嫌じゃない。急な事だから、びっくりしただけ。これは仕方のない事だから。」

「そうですね。すみません、お嬢様。」


 それから、俺はお父様に見守れている中、猫のタマに寄り添われて、更にメイド長ちゃんと抱き合われて寝る事となった。

 何の羞恥プレイだろう?


 ......

 ...


「お父様はダメでしたの?魔力の少ない『カメレオン』だから?」

「魔力の多さに関わらず、奈苗に影響を与えられない人もいる。家族はそのうちの一つだし、今の猫の玉藻もそうだ。」

「それはどうしてですか?」

「それが分かれれば、私も君の事で、君のお母様に頼らなくて済んだのだろう。」

「そう、ですか...」

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