第十一節 帰還③...顔見知りメイド隊全員集合
抱きしめられると、元気になる
「奈苗。私に何故君達二人しか娘が居ないと思う?」
「どうしてって...」
一瞬で、お父様の言いたい事が理解した。自分が紛らわしい言い方をした事に気が付いた。
「君は私の『娘』なのに、私と同じ『カメレオン』族だ。女の子の双子、その片割れなのに、君は意外にも雛枝と違って、母親ではなく、父親である私と同じ種族だ。
それはつまり、『私の跡を継ぐ権利がある子』として見られる。時代遅れの考えだと思うが、今でも多くの人が『血筋』と『同族』という言葉に拘る。」
「へ〜、そうなんですか。私が女の子でもですか?」
気づいたからといって、すぐに誤解を解く気はない。俺、人の話をよく聞く優しい「女の子」。
「そうだな。男女平等な今でも、『長男が跡継ぎ』という事に拘る老人がいる。『もし、君が男だったら...』と、私も考えた事がある。」
「当事者の前なのに...」
ややこしくて面白い人類の拘り、跡継ぎ戦争。
ドラマで見てる分は面白いけれど、決して実体験したくはないね。
「私一人の独断でできるなら、実力のある人に後を継がせる。しかし、そうもいかない。他の理事と株主の気持ちも考慮した人選でなければ、『守澄財閥』は瞬く間に崩壊する。
それに関しては、優秀な『長男』が一番望ましいが、それでも安心はできない。次男が産まれれば、それを『跡継ぎ』に付けようとする人も出てくる。女の子が産まれれば、『男女平等』と叫ぶ人が出てくる。
君が私の娘であるだけで、君との縁談を申し込んできた人はごまんといる、君が『カメレオン』であるにも関わらず、だ。
誰もが『守澄財閥当主の座』という狭い椅子に座ろうとしている。なのに、君はこの椅子を広くしたいと?」
心なしか、お父様の口調がきつくなっている。きっと、今でもそれが悩みの種で、俺の言葉で感情のタガが外れたのだろう。
「そういう訳ではありません、お父様。私は新しい『お母様』が欲しいと言っている訳ではありません。あくまで『妹が欲しい』と言っているのです。」
「ふむ...続けて。」
あら、人の話を聞く冷静さがあるのか。「タガ」は外れてなかった。
つまんない!頭の回転が速い人って、本当弄り甲斐がない!
「私と一緒に帰ってきた子の中に、『翡翠』という名前の女の子はいませんでしたか?」
「『ひすい』?前髪の長い女の子?」
「綺麗な瞳をした女の子!」
確かに、ヒスイちゃんの前髪は長いが、それでも、その美しい瞳が見える筈だ。
なのに「前髪が長い」事を強調するお父様、性格の悪さが滲み出てるね、イケメンめ!
「私、その子が気に入りました。その子を自分の妹にしたいのですわ。別に構わないんですよね、娘が一人増えたくらいで。守澄家はそんな貧乏なお家でもないでしょう?」
「はぁ、奈苗...」
何故かお父様がため息をつく。何故だ?
俺が何か変な事を言ったか?
「ペットを拾うように、人を連れてくるな。その子にも親御さんはいるだろう。」
「うん、居た。」
「『居た』?」
俺はそれが「過去」である事を強調するだけ。それだけで、お父様が俺の言いたい事を理解したようだ。
「成程。では、奈苗。先程の私の言葉を聞いて、それでも『妹にしたい』と?ただ側に置きたいだけなら、『メイド見習い』という選択もある。」
「ヒスイちゃんの歳を考えて!あんなに幼い女の子略して幼女が、仕事させる訳にはいかないでしょう?法律違反ですわ!」
「あくまで『見習い』、仕事させてる訳ではない。」
「学校に行かせたいのです。友達を作ってほしいし、普通に勉強させてあげたい。学校の勉強を手伝う事をしてみたい。」
「では、孤児院に行かせるのも手だ。私個人が出資して造った『若葉の里』ではどうだ?高村もそこの出身だ。」
「桃子が...?」
あの偽ウサ耳メイド・高村桃子がいた孤児院?
モモが孤児だと知っているが、「孤児院出身」だと聞いていない。ずっとあの屋敷で働いてたと聞いている、彼女本人から。
「『物覚えが始めた頃からもう既に屋敷で...』と聞いているが...?」
「高村の事?いや、彼女は基本孤児院暮らしだ。メイド見習いになったのも十二の時の筈だ。」
「あれ?でも『働いていた』って...?」
モモが俺に嘘を?その場合はちょっとお仕置きが必要だな。
楽しみだ。
「その孤児院は敷地外であるが、近くに建てている。それでちょくちょく屋敷に遊びに来ていたのだろう。早苗達の真似をしたりとか、雛枝の相手を務めたりとか。それで『働いていた』つもりだろう。
だから、その孤児院を勧めた。今の君なら気にせず足を延ばせる近さ、妹にしなくても一緒に居られる。どう?」
どうやら、お父様は何としてもヒスイちゃんを俺の妹にしたくないようだ。
ただ、俺も譲れない。ヒスイちゃんは「完璧な妹」だからだ!
ヒスイちゃんの体が柔らかくて、暖かくて、抱き締めると穏やかな気持ちになる。くすぐると逃げ出すが、また戻ってくる。
今の俺より低いので、俺を見つめる時はいつも上目遣い。爪先立ちして遊ぶと、真似して一緒に爪先立ちをしてくる。
小さなお口に食べ物を寄せると、「あー」と口を開けて、素直に食べてくれる。意地悪して唐辛子を寄せると、「ぶいっ」と顔を背けて、可愛らしく睨んでくる。
人の心が読めるので、欲しい時に欲しいものを持って来てくれる。ちょっと「良くない事」を考えると、表情豊かに反応してくれる。
世話焼きなところもあって、俺が高熱を出している時にせっせと世話をしてくれる。抱っこさせてくれなくなるのが玉に瑕だが、俺を思う行為だ。
甘えん坊と世話焼きが見事に融合した完璧妹!それが!ヒスイちゃん!
だから、俺も何としてもヒスイちゃんを妹にする!
「お父様、どうしてお母様と離婚したのです?」
「そ、それは...」
「私、お母様がどんな人が知りません。他の人にはお母様が側にいるのに、私の側にはメイド達が母親代わりになってくれるが、実の母親を知りません。
記憶喪失をして、お母様の顔を写真でしか見た事がありません。見ても何も分かりません、全く知らない人です。」
「私は何度も使いを寄越したが、あの女は頑としてこっちに来ないんだ。君の記憶喪失を伝えていない、それでも旦那が嫌うというだけで、実の娘に会いに来ない母親だ。会わない方が良い。」
「では、妹は?妹の雛枝はお母様と一緒にいるのでしょう?」
「......」
「お母様は私も連れて帰ったと、先程、仰いましたよね。私はそのままお母様と一緒に暮していなかったのは、どうして?」
「......」
痛い所を突いたのか、お父様が喋らなくなった。顔を下に向いて、口を噛んでいるようだ。
「お父様?」
「奈苗が...ここでしか生きられないから...だから、あの女は奈苗だけを返してくれた。」
「...そうでしたか。」
成程。
そして、よかった。お母様は「私」を嫌っていなかったのか。
守澄奈苗という女の子は愛されているのか。
......
いやいやいや、ヒスイちゃん!
今はヒスイちゃんの事が一番大事!
「メイド隊のみんなのお陰で、お母様が側にいなくても寂しくありませんでした。それでも、何となく『何かが足りない』と感じていました。それが『妹』だと、私は『姉』だと、その事に気づいたのです。」
「だから、か?」
「えぇ。だから、です。『代わり』という訳ではありませんが、私はヒスイちゃんを自分の妹にしたいのです。また『姉』に成りたいのです、『お姉さんな事』がしたいのです。ですから、お願い。ヒスイちゃんをお父様の養女にしてあげてください、面倒をちゃんと見ますから、本当ですから。」
「でも、見たところ、翡翠という名前の女の子は大人しい子のようだが、雛枝は騒がしかった。代わりにはなれないぞ。」
「え、そうなの?」
双子の妹が騒がしい女の子だったとは誤算だった!
「で、ですから!『代わり』という訳ではありません!私はただ、ヒスイちゃんという女の子を妹にしたいだけ!妹は、その...『職業』だ!性格とか、関係ない!どんな性格でも受け入れられまする!」
「ん?」
「ぅ...」
いかん!冷静になるんだ、俺!
今までパニックになった事が一度もないのが俺の自慢だろう?
ツッコまれても、ボケを続けて見せる!
「私は百人の妹に囲まれたい!!!」
「......」
しまった!
本心を隠そうとするあまり、思ってもいない事を口にした!
しかも、印象を悪くする方に行く変な事を口にした!
「なるほど...奈苗、父親なのに、気づいてあげられなかった。すまん。」
「え?いぃや~...」
何を「気づいて」くれなかったんだろう?
「周りの人みんな、君の『年上』だったな。」
「へぇ!?」
お父様は何の話をしているんだ?
「同年代の子が周りにいなくて、寂しかったのか。気づいてあげられなくて、すまん。」
「あぁ...」
話が変な方向に行ってる。
でも、結果がよければすべてよし。
「寂しかったのです、お父様。妹が欲しいのです、お父様。」
「分かった、許可する。ちょっと待って、早苗に手続きの手配を頼んでくる。」
そう言って、お父様は立ち上がって、部屋のドアを開けて顔だけを外に出した。
あ、早苗メイド長ちゃんが外で待機しているのか。
ちょっと会いたいな、あのメガネっ娘。
「お父様、早苗さんはそこにいるのですか?」
「ん?あぁ、ここにいる。」
「中に入らせても良いと思いますが...」
「いや、『早苗だけ』という訳じゃないんだ。」
「ほへ~...ん?どういう事?」
お父様は俺の返事の代わりに、ドアを全開にした。そしたら、ぞろぞろ人の顔が見えた。
早苗が一番前に立って、その後ろに高村桃子が顔を覗き込んできて、神月椎奈は端っこで申し訳なさそうな顔をしていて、柳玲子は矢野春香に抱き付かれていて、その隣に藤林凛が高村桃子を警戒しながらこっちを覗いていて、赤羽真緒がさりげなく早苗の隣で自分をアピールしていて...そして爺も無言で立っている。
屋敷の全員だ!
「...うわぉ。」
圧倒されて、言葉を忘れた。
何で?何でみんながここにいるのだ?
「にゃ~」
「わっ、猫だ!」
猫といえば、猫屋敷玉藻?タマもいたのか?
「おいて。」
猫を見ると両腕を開けて招く俺、最早脊髄反射。
そんな俺を見たタマも、とても自然にベッドの上に跳び、俺の膝に乗った。
「猫屋敷、お嬢様はまだ体調が万全ではありません!降りてきなさい!」
すぐにタマを叱る早苗だが、それに対してタマは「にゃう」とだけ返して、俺の膝から離れなかった。
「ね・こ・や・し・き...」
怒ったメイド長ちゃんがタマを捕まえようと部屋を入り込むが、その手前にお父様が手を上げて止めた。
「奈苗の体調が心配だから、これ以上誰も入ってくるな。」
「は、はい!申し訳ありませんでした、旦那様。」
メイド長ちゃんが深いお辞儀をお父様にした。
くっ、美人に頭を下げられているお父様が羨ましい!猫ちゃんを撫でているのに、嫉妬の炎が燃え盛る!
「お父様。私はもう大丈夫ですから、皆さんにも入らせてあげてください。折角来てくれているのに、外で待たせているのは可哀想です。」
「お嬢様...お優しいのです。」
メイド長ちゃんが感極まりに涙を籠る。
え、これだけで?涙もろくない?
「そうじゃないんだ、奈苗。そうじゃない。」
「そうじゃない?」
「自分の両手を見てみて。」
お父様の言葉に俺は戸惑い、言われたままに自分の手を見た。
しかし、特に変わりはなかった。
「何かが足りないと思わない?」
「足りない...あ!」
指輪がない!
「神器」と呼ばれる最上位魔道具、お母様から貰った命を繋ぐ指輪・「祝福の指輪」がない!
「え、何で?あれ?」
指輪を付けていないのに、俺は結構元気だ!外されると全身から力が抜けて、動けなくなる筈だが、今の今まで元気でいる。
どうして?
「あの日、君の体に何か不思議な魔力が入り、指輪がその時に壊れたんだ。余程大きな魔力だろうし、それでいて、異質な魔力だ。」
「魔力?」
「あの指輪は君の代わりに壊れたんだ。その不思議な魔力を吸収して、君に返さずに、壊れた。いざという時の、あの女が用意した保険だろう。本当...」
お父様の声が小さくなっていき、最後は悔しそうにしていた。
お母様の事を思い出しているのだろうか、その度に辛そうな顔をする。一体何があって離婚したのだろう?少し気になってしまった。
「奈苗、メイド隊のみんなは『折角ここに来ている』のではなく、君がここに運び込まれた時からずっとここにいた。」
「運び込まれた時...」
「私は魔力が微弱で、君に殆ど影響がないから、偶に君に会いに来ているのだが、彼女達はずっと...君とこの近すぎず、離れすぎずの距離で、君に魔力を与え続けている。君はそれで、生きていられたんだ。」
「そんな...」
ずっと?「ずっと」って何?
「お父様。私はいつ...何日寝込んでいました?」
「もうすぐ『一か月』。」
「一か月...」
一か月...一か月も寝ていたのか。
その一か月、みんなはずっとここに居て、俺を待っていたのか。
「ご、ごめ、ごめなさい...私、もう少し早く起きれれば...ごめんなさい!」
「お、お嬢様!そんな事を気にしないでください!私達は守澄メイド隊、お嬢様のメイドですから!」
メイド長ちゃんは大真面目に俺を慰める。
「そうだよ、お嬢様!私達は好きでここにいたのですよ。仕事サボれるし。」
モモがいつものように「一言が多い」。
「考えてみれば、この一か月は特殊なボーナス休暇みたいなもんですよ。有給だし、どこにも行けないのはいつもの事。魔法も使っていいから、逆にもっと長くしたい。」
リンは「考える」という言葉を使ったが、言葉を考えて使っていない。
「凛ちゃん、主人の不調を望むべからず、ですわ。」
オジョウがリンの頬を抓った。
「おじょーさま~、早く元気になって、またお風呂いっしょに入りましょ~。」
ルカは舌を噛まないようにゆっくり喋って、俺を「天国に行かないか」と誘った。
「お嬢様!旅館の料理が美味しくないと聞きましたので、美味しい肉料理をいっぱい作りました。絶対美味しいから、早く元気になってくださいよ。」
ここぞっという時に、必ず対抗意識を燃やすマオちゃんの言葉だ。
なにこれ?なにこれなにこれなにこれ!?
みんなが優しい!様々なタイプな女の子が俺に優しくしてくる!これが噂の「ハーレム」?
くっ、俺が「男」であれば...
「お父様、私はどうすれば元気になれますの?」
「どうすれば?」
「このまま待っていても、私は元気になれません。あの指輪が...お母様からの指輪がなければ、私はいつまでたっても、元気なれません。それは分かります。ですから、私はどうすれば元気になれます?」
お父様は暫く何も言わなかった。
そして、ようやく口を開くと...
「早苗、中に入れ。」
「あ、はい。」
いきなりの「近寄り解禁」だった。さっきメイド長ちゃんに「入ってくるな」と言った癖に!
「他は一度屋敷に戻れ、だけどしばらく待機だ。桃子、私が呼んだら、またすぐに全員をここに集めろ。」
「了解しました。」
お父様のしたい事が分からない。
素直にお父様の命令に従ったメイド長ちゃんとモモの顔を見ると、彼女達も実はお父様のしたい事が分かってなさそう。
それでも、「どうして?」と聞かずに従う彼女達は可愛い。最高に可愛い!命令系を使うイケメンは最低!
そうして、メイド長ちゃんを除くメイド隊のみんなが帰っていく...が、その前に。
「神月椎奈。」
「は、はい!」キョトンとするシイちゃん。
覚えている、先程に何も喋らなかったのは喋れない爺を除き、彼女だけだったって事を。
何となく理由も想像がつく。紅葉先生と争っている中、彼女は本心ではないが、紅葉先生側にいたから、それで罪の意識を感じていて、俺に声を掛けるのも怖かったんだろう。
「......」
「お嬢様?」
だから彼女を「許して」あげないといけない。
彼女は何も悪くないけど、それでも本人が気にするかもしれないから、俺が許してあげないと、彼女はきっと長く苦しむだろう。
だけど、ただ「許す」だけでは、彼女は納得しないかもしれない。何か罰を与えて、「償い」をさせて、その罪を帳消ししないといけない。
別に俺自身が意地悪という訳じゃない!俺が彼女だったら、きっと納得しないと思ったから、だから彼女も納得しない「かもしれない」と思った!信賞必罰だ!
だけど、「罰」自体を考えていない...彼女が得意とする事はなんだろう?
シイちゃんの情報はメイド長ちゃんから聞いているが、良く考えると、俺は彼女自身の事を良く知らないんだよな。
「あの日の事なんですか。」
「っ!」
怪しまれないように話をしたが、話をした瞬間にシイちゃんの体が固まった。
やはり気になっていたのだな。彼女を自然体な彼女に戻したいな。
罰、罰、罰...また「椅子」にする?
ちょっと安易すぎた答えじゃないか、俺?もっと考えろ、俺!
そういえば、彼女は「角」というチャームポイントがあるね。
人として恥ずべき特徴、神と異なる部位。
そこを弄ろうか。
「一週間、寝る時以外は角の上にリンゴを刺したままで仕事しなさい。」
「リンゴ!?」
「毎日新鮮なのが良いので、一日二個のリンゴを消費するという事ですね。一個くらいなら手伝って食べてあげられるから、『リンゴが勿体ないから』と言い訳して、逃げようとしない事。いい、分かりました?」
「わ、分かりました!あの時、すみませんでした!」
「うん。リンゴを刺したまま一週間を過ごしたら、許すわ。別に落としてもいいですが、必ずすぐに拾って、角に戻しなさいね。」
「分かりました。」
シイちゃんは俺に一礼をして、他のメイドの後を追って去った。
全員が去った後、お父様はドアを閉めて、椅子に腰掛けた。
「早苗、奈苗の手を握って」
「はい!?」メイド長ちゃんが大きく両眼を見開いた。
お父様は本当に何がしたいのだろう?
指輪を付けていない今の俺は、かなり魔力に影響されやすい体になっているのに、魔力の多い人間に肌で接触しろと?俺を「発熱」で殺す気か?
「ちょっと危険かもしれないが...奈苗、気分が少しでも悪くなったら、すぐに早苗の手を振り解け。」
「どうしてですの?早苗さんの手を握れば、何かが起こるのですか?」
「分からない。これは『冒険』、危険を冒す行為だが、君を元気にする鍵があるかもしれない。」
女の子の手を握れば元気になる?思春期の男の子でもあるまいし、そんな訳ないだろう。
でも、可能性があれば試したい。幸い相手は可愛い女の子だ、気分が悪くなっても、気持ちはハッピーだ。
「早苗。メイド長ちゃん。」
少し嫌そうにしているメイド長ちゃんを催促する。
きっと、俺の体が心配で、嫌そうになっているのだろう。
うん、きっとそう。俺が「気持ち悪いから」と思っている訳じゃないに決まっている!
「畏まりました。」
メイド長ちゃんが俺の手を握った。
あ、柔らかい、暖かい。女の子の手だ。
少し汗ばんでいるが、許そう。
「これで良いですか、お父様?」
「暫く待って。」
そう言って、お父様は俺の顔を見つめて黙った。
......
...
いつまで待っていればいいのだろう?
...ちょっと疲れた。
「奈苗、大丈夫?」
「え?あぁ、少し...疲れました。」
素直に今の状態をお父様に伝えた。
っていうか、頭がぼーっとする...
「疲れて...っ、旦那様!お嬢様は魔力が足りていない状態です!すぐにみんなを呼び戻しましょう!」
「いや、待て。早苗、奈苗のベッドに入れ。」
「え!?」
「覆い隠すように、奈苗を抱き締めろ。」
「あ、はい!」
...何だろう?誰かに抱き締められている気分だ。
「猫屋敷、ちょっと退いて!」
「ふにゃ!」
小さな重さが消え、代わりに抱えられたように......え?
メイド長ちゃん!?
「長ちゃん!?何で?何で長ちゃんが一緒のベッドに?」
ちょっとちょっとちょっと!女の子の手には慣れていたが、抱き締められるのはまだ慣れていない!
あ、良い匂い...じゃなくて!離れなきゃ!
「じっとしててください、お嬢様。」
「でも、長ちゃん...」
「今はどう、奈苗?」
急にお父様の声が聞こえた。
そうだ!お父様がここにいるんだ!
「お、お父様!どうして、何か、何で...?」
「体調は良くなったのか?まだ『疲れ』ているのか?」
「え...あ、そういえば!」
頭が回り始めた。冷静になった。思い出した。
俺は先程、未知な疲れに襲われて、少し頭が飛んでいた。
でも、今は平気。平気になった。
「早苗さんに抱き締められると、どうして私は良くなるのですか、お父様?」
「奈苗。今の君の体はまるで底抜けの茶碗のようだ。」
「はい?」
お父様の比喩が分からない。
何言っているの?
「周りの魔力を吸収して、そのすぐ後に外に放出する。まるで水を溜められない壊れたガラス瓶のようだ。」
「はぁ...」
何となく分かった。
「自分の体内の魔力を保てないが、外界の魔力に影響されやすい。その魔力で、君は生きられた。ならば直接、近くに大きな魔力を持つ人間を置いたらどうなると、今試したんだ。」
「それで、一時的ですが、私は元気になれると、そういう事ですね。」
メイド長ちゃんを「魔力タンク」扱いとは...娘に優しいが、酷いお父様だ。
「このまま一晩を過ごしてみて。大丈夫だったら、これから毎日、一人のメイドを必ず君の側に付ける。そうすれば、明日でも退院できるだろう。」
「毎日、メイド一人...」
つまり、今のような至近距離で女の子と抱き合って生活する...という事?
いやいやいや、恥ずかしい!
「で、でも、その場合は早苗さんの魔力がダダ漏れですわよ。早苗さんが可哀想です。」
「早苗、君はどうだ?」
「私は特に、何にも感じておりません。」
何も?俺を抱き締めているのに、特に何も感じでない!?
...何だろう、このモヤモヤする気持ち?
「私達『カメレオン』はそもそも魔力容量が高くない、一晩くらいは大丈夫だろう。明日になれば、また別のメイドにする。そうすれば、早苗も回復できるだろう。」
「でも、私は年頃の...」
...娘だった。
そうだ。年頃の「娘」だ、男ではない。
「だから『メイド』のみだ。流石に父親として、娘が男と抱き合って欲しくはない。それに、『祝福の指輪』が壊れた事は君のお母様に伝えてある。時間は掛かるが、またそのうち、新しいのが出来上がるのだろう。それまでの辛抱だ。」
「お母様が...」
それまでの「幸せ」か。長くしたいような、したくないような...
「早苗、時間が空いたらリストを作っといてくれ。メイドの中で、奈苗に影響を与えられるメイドは誰なのか、どこまでの影響になるのかを書いて、私と奈苗に提出しなさい。」
「畏まりました、旦那様。」
「後、寝ている時もきちんと奈苗に魔力が行くか、それも試すので、今日はきちんと寝なさい。」
「でも、それではいざという時に...」
「今夜は私が寝ずの番を代わってやる。君の忠誠心は嬉しいが、何日もきちんと寝てないだろう?奈苗の為に、寝てくれ。」
「...かしこ、まりました。」
なんだか、お父様はメイド長ちゃんと仲良さそうだな。
メイド長ちゃんを強く抱きしめて、お父様に「あげないから」と意志表示する。
「お嬢様?嫌ではありませんでしたか?」
「別に嫌じゃない。急な事だから、びっくりしただけ。これは仕方のない事だから。」
「そうですね。すみません、お嬢様。」
それから、俺はお父様に見守れている中、猫のタマに寄り添われて、更にメイド長ちゃんと抱き合われて寝る事となった。
何の羞恥プレイだろう?
......
...
「お父様はダメでしたの?魔力の少ない『カメレオン』だから?」
「魔力の多さに関わらず、奈苗に影響を与えられない人もいる。家族はそのうちの一つだし、今の猫の玉藻もそうだ。」
「それはどうしてですか?」
「それが分かれれば、私も君の事で、君のお母様に頼らなくて済んだのだろう。」
「そう、ですか...」