第十一節 帰還①...日常はいつもベッドの上から
「蛇足」はメモリの中で十分
いつものように目を開いて、いつもと違う天井を見つめる。
......あれ、ちょっと待って!?
俺、何でベッドの上に横たわってるんだ?
「ん?起きたのか、奈苗。」
「え?」
頭を傾けて、声の響く方向に目を遣る。
椅子に背を預け、分厚い本を手に持ち、さらさらで綺麗な銀髪を持つ一人の男が俺を見つめている。今の今までに手持ちの本を読んでいたのか、彼は見慣れないメガネを掛けていた。
イケメンだ。メガネを掛けているイケメンだ。
そして「銀髪」...
「『お父様』...」
そう、その人は俺...じゃなくて、「私」のお父様・守澄 隆弘。守澄財閥の創始者にして、現世界一のお金持ち。
加えてイケメン...くそっ!
何で前髪を七三分けする訳?何で本を読む時にわざわざメガネを掛ける訳?知性あるイケメンのつもり?気取ってんじゃねぇよ!
全く...俺の周りに「イケメン」が多すぎる!
お父様は本を閉じて、床に捨てるように自分の物入れ結界に収納した。その後、ゆっくり立ち上がりながら、自然にメガネを外して、同じく物入れ結界に入れた。
足長っ!
この、あしながおじさんっ!
ゆっくりに俺に歩いて来るお父様、俺の許可を取らずに勝手にベッドの上に座った。
「調子はどう、奈苗?」
「...よく分かりません。」
記憶がすっぽり抜け落ちている気分で、モヤモヤする。
何だろう?いつから、俺はまた「病院」に入ったんだ?
そうして、思考がまだ定まらないうちに、お父様に手でお凸に触れる事を許してしまった。白くて長い指が肌に触れて、一瞬「冷たっ!」と思った後、心地よい手の平温度が脳を刺激し、穏やかな気分になった。
あぁ、覚えている。この大きな手の平はいつも「私」に安心感を与える。この手に触れられている間、「私」はこの世の誰よりも幸せだと、体がそう覚えている。
「いつも通り、少し高い体温。」俺のお凸を撫でながら、お父様は呟く。「気分は?胸焼けはする?」
「特には...」
「そうか。」
優しい微笑みを見せるお父様。
あぁ、やばい...男相手なのに、もっと触って欲しいと思う自分がいる。
「お父様。私はどうしてここにいるのでしょう?」素直に自分の知りたい事をお父様に尋ねた。
お父様は枕にぐちゃぐちゃにされた俺の髪の毛を解しながら撫でて、小さな、しかしちゃんと聞き取れる程度の音量で答える。「今は無理しなくて大丈夫。ゆっくり思い出すといい。」
この人は誰なのだろう?本当にあの「お父様」なのか?
俺にとって、「お父様」との会話はまだ三回目だから、彼の事が分からなくても仕方のない事かもだが、それにしても、キャラが毎回変わっている気がする。
まるで時と場所に合わせて、敢えて変えているようだ。
でも、ゆっくり「思い出す」か。やはり、俺はまた「記憶喪失」しているな。
確か、俺は「さっき」まで、紅葉先生と...あ!
「お父様、紅葉先生は大丈夫ですか?みんなは大丈夫ですか?」
「話は一通り早苗から聞いている。大丈夫だ、奈苗が心配するような事、何もない。」
お父様は俺の頬を撫でて、体が少し緊張した俺を落ち着かせようとした。
そして、それを聞いた俺は本当に落ち着く事が出来た。何故だろう?ただの言葉なのに、お父様の口から出てくると、疑う事無く信じてしまう。
お父様の手に撫でられながら、俺はゆっくり呼吸を続ける。そうしたら、段々と記憶が蘇ってくる。
真っ先に思い出したのは、俺が小さな箱の中で気絶した事。その「小さな箱」が何なのかがまだ思い出していないが、まず気絶した事について、お父様に謝らないといけない、と思った。
「お父様、ごめんなさい。また、お心を煩わせるような事をしてしまい、申し訳ありませんでした。」
自然と、慣れない筈の敬語を使った。
それを聞いたお父様の顔が、何故か少し曇ったように見えた。
「...奈苗は昔から、人の事ばかり気にする子だったからな。」そう言って、お父様は一度ベッドから離れた。
お父様はドアを開いて、身を乗り出して誰かに話をしたように見えた。その後、ドアを閉じて、きちんとロックを掛けた後、お父様は続けて言う。
「奈苗、『謝罪』は無闇にするモノではない。何も悪くないのに、『ごめんなさい』を言う必要はない。」
「はぇ?」
この人は一体何を言っているのだ?
俺は別に深い罪の意識があって、謝っている訳じゃない。人に心配させたから、礼儀として謝るべきだと思うから、その礼儀に従うまでだ。
謂わば、「挨拶」みたいなものだ。何でそれで「教育」されなきゃならない?
......
はっ、分かったよ。それなら理由を付ければいいだろう?
それらしい理由を付けて、お父様に見返してやる。
「心配させるような事を致してしまい、多くの親しい方々には『心配』という嫌な思いをさせてしまいました。例え本当は殆どの方々が心配していなくても、一人でも『心配』された方がいらっしゃいましたら、私は謝るべきだと思います。そう思いませんか、お父様?」
これでどうだ?完璧な理屈だろう!
しかし、お父様の反応は芳しくなかった。何故か厳しい目つきで俺の顔を見て、同意も反論もせずに黙っていた。
どうして?まさか、怒らせてしまった?「調子に乗るなっ、小僧ぉおお!」って感じで怒っている!?
べ、別に怒っても、俺は何度も思わないんですよ~だ!
「公の場なら、それも仕方のない事だろう。」ようやく口を開くお父様、その口調は穏やかだった。
「実際心配されようかされまいか、自分を叩く人達は必ず『みんなに迷惑を掛けたから』と、口を揃って言う。そもそも自分の言葉を聞こうとしない人達に、まずは『謝罪』をし、礼儀正しい人だという印象を与える事で、そこでようやく『ある程度』話を聞いて貰える。『謝罪』するより、『謝罪』されるべき事の方が多いにも拘らず、だ。」
お父様の目は俺を見つめているが、焦点を当てる相手は俺ではなかった。
まるでここにいない遠くにいる誰かに声を掛けているようだった。
そして、またもベッドに座るお父様は続いた。
「だけど、家族のうちなら、そんな上っ面な言葉は要らない。それどころか、例え本当に『謝罪』に該当するような事をしたとしても、奈苗は私に謝らなくて良いんだ。」
そう言って、お父様はまたも俺の髪の毛を優しく撫でる。「私は、君の父親だからな。君を無条件に愛する人、その内の一人だ。」
鋭い眼差しが柔らかい目つきに変わり、しかしそのどちらも、「娘を思う父親の目」であった。
「お、お父、様...」
無条件に私を愛する人、その内の一人...
仕事人間で、一年に一回会いに来るかどうかも分からないお父様なのに、私の事をそんなにも気に掛けてくれて...
「あたしは勝手に、ひっ...もしかして、お父様はあたしの事を、どうでもいいと思っているのではないかって...そう思って...ふぇっ...」
自分が自分じゃないようで、涙が溢れて止められない。
「ご、ごめっ、なさ、い、おとっ、う様...あたし、勘違いしちゃってて...勝手にお父様を怖がってて...ごめっ、なさい。」
流れていく涙を手首で拭き、俺は何かに取り憑かれていたかのように、子供みたいに泣きじゃくる。
とても恥ずかしいけれど、考えてみれば、今の俺は飛び級しているが、まだ「高校生未満」な女の子。
心が大人でも、まだ自分の気持ちを上手くコントロール出来ない歳なのかもしれない。
そんな俺を見て、お父様はゆっくりに両手を俺の背中に回して、俺を抱き上げた。
「まだ甘えたい年頃だろうに...ごめんな、あまり一緒に居てあげられなくて。」
お父様は俺の頭を軽く押さえて、髪の毛を上から下へと何度も撫でる。
「お父様ぁ、お父様ぁあああ...」
俺はお父様の肩に顔を埋めて、その袖を丁度いい布巾と見なし、構わず自分の涙を染み込ませた。鼻水も出したのかもしれないが、お父様は気にせず俺の「顔」にされるがままだ。
抱き着いても気分が悪くならない。そして、良い匂いがする。
シャンプーの香りかな?花の匂いがする。
俺に花に関する知識があれば、何の花の匂いも分かるだろう。ないから、とても好きな匂いとしか分からない。
暫くの間に、俺は思う存分に「お父様」に甘えた。
......
...
「色々あった末、紅葉先生と和解しましたわ、お父様。」
「ふむ。」
お父様と話して分かった事だが、今の俺は記憶をなくした訳じゃなく、一時的に「直前の記憶を忘れた」だけだそうだ。
その理由、一つ目は極度の疲れだ。
みんなと同じ場所に行って、みんなと比べて殆ど体を動かしていないが、みんなの中で俺だけがバテたらしい。
そしてもう一つ、俺だけが持つ身体障碍、「魔力耐性ゼロ」。
どうやら、俺の体がかのダンジョンの「地域魔力」に、そしてその場に居たみんなの「体内魔力」に影響されて、俺自身の体内にある魔力が乱されてしまい、記憶障害を起こしてしまったらしい。
そういう事は今まで何度もあっただと、お父様に教えられた。
はぁ...
改めて、俺の体が如何に弱いのかを思い知らされた。
俺以外の人達はみんな「生命維持魔力」と「使用可能魔力」の両方を持ってる。それ故に、外界からの魔力に影響されても、殆どが「使用可能魔力」の方だけが乱される程度で、「生命維持魔力」の方に影響がなく、健康体のままだ。
勿論、酷く影響される事もある。何らかの理由で「魔法使用禁止」にされるとか、「地域魔力」が特に強いパワースポットでうっかり「魔力暴走」になったりとか、精々その程度だ。
それに比べて、俺は「使用可能魔力」がない上に、「魔力」への耐性もない。ちょっとの影響でも「生命維持魔力」が諸に受ける事になる。
それで吐き気になっちゃったり、熱を出しちゃったり、記憶が混乱しちゃったり、命の危険に遭っちゃったり...はぁぁ。
何なの、「魔力耐性ゼロ」という体質は?「魔法」じゃなく、「魔力」に耐性がないとか、あり得る?
よく十数年も生きて来れたな、「守澄奈苗」という女の子が。俺だったら、次の人生に希望を乗せて、とっくに「自殺」とかしていたかもしれないなぁ。
...いや、やっぱ、しない。なんか、「負けた気分」になるから。
女の子にだって出来た事だ。男の俺が出来ない訳がない!
そんな感じで、実は俺の心の中はとても穏やかじゃない。
穏やかじゃないが、今は取りあえず「お父様」とお喋りしながら、忘れた「直前の記憶」を思い出す事にした。
「それから、何があったのでしょう?また急に紅葉先生と喧嘩して、『戦闘続行』なんて事はないと思いますが、記憶がないからどうにも...」
「その前に、奈苗。」
「はい、何でしょう?」
「意図的に何かを隠してない?」
「いいえ、何も隠しておりませんか。」
顔色一つ変えずに嘘を吐いた。
段々と鮮明になっていく記憶の中、俺は意図的に紅葉先生の正体に関する情報を隠した。お父様とはいえ、俺が味方した相手を必ず守ってくれる保証はない。
秘密を知る人間は少ない事に越した事はない。
「にしては、不自然な点が幾つもある。」お父様はパーにしている俺の手を握り、人差し指を押して曲げる、「一つ、紅葉が君を攫う理由が不明瞭。」
痛い所を突くよな~、お父様は。
「それについて、私も良く分かりません。可愛い物好きで、度が過ぎてつい攫ってしまう『持病』があるかもしれません。ほら、例えば猫になったタマとか、金髪男の子アキラ君とか...私、とか?」ニコッと可愛らしい笑顔を作る俺。
「無理やりそう理由を付けたいなら、それでもいい。」お父様は俺の精一杯な笑顔をスルーして、淡々と続ける。「だが、それなら二つ目。紅葉が君を攻撃する理由が分からない。」
そう言って、お父様は続けて俺の中指を押して曲げた。
「私って、人を怒らせる天才ですからね~。」
輝く作り笑いをする俺。
「意図的に人を怒らす人は『人を怒らせる天才』ではない。」
冷静に続くお父様である。
お父様、ボケを二度もスルーされた奈苗の心が寒いです。
「お父様って、先生の事を『紅葉』と呼び捨てするのですね。まさか『只ならぬご関係』?」
「話を逸らそうとしない事。」お父様は更に俺の薬指を押して曲げる、「三つ、『魔力枯渇』になった紅葉が君の言葉だけで立ち直れた事。」
まさか、お父様は俺の指を全部曲げる気?
「何でそこに疑問を感じますの?言葉だけで、人が立ち直れた事がそれ程に不思議?」
「君はよく体験するから、それに対する耐性も付いていたかもしれないが、普通は立ち直れない。『治癒魔法』でも治せない難病の一つだからだ。」
心の病っぽいから、「治癒魔法」より「精神魔法」が適切じゃない?
「分かりませんわ、分かりません!」俺は駄々を捏ね始めた。「お父様?私は『記憶喪失』です!自分が覚えている事を語ってるだけです!揚げ足を取らないでください!」
続けて俺の小指を曲げようとするお父様は動きを止めた。少しの間に俺の目を見つめて、その後で俺の手を放した。
「そうだな。今は君の事を考えるべきだ。」
そう言って、一瞬だけ悲しそうな表情を見せた。
その表情を見た俺は一瞬にして焦った。
「違いますわ、お父様!実は...」と口にして、別に無理して隠すような事だからとお父様に紅葉先生の正体に関して教えようとしたら、お父様はそーっと指で俺の唇を押さえた。
「隠したい事がある?」
そう俺に確認を取るお父様だが、俺の唇を指で押さえ続けた。
俺はお父様の意を取って、小さな頷きで返事をした。すると、何故かお父様が微笑みを見せて、俺の唇を押さえる指を外した。
「『父親だから』なのか、『父親でも』なのか。隠したい事があるなら、無理して言わなくて良い。他人ばかり気にする君も、時々他人を気にせず、隠したい事を隠し通そう。」
そう言われて、我に返った。
秘密を教える事。それは秘密を共有する事と同義で、今回の場合は「罪の共有」にも等しい。
そうだ。秘密を知る人間は少ない事に越した事はない。
「他に何が覚えている事はある?」
お父様は続けて、俺の「記憶を思い出す」手伝いをする。
「えっと、後は普通に家に帰るだけの筈だが、凄く疲れた記憶があります。もしかして、私達は走ったのですかね?」
これは「推理」、「記憶」じゃない。
でも、それによって「記憶」を思い出す事もある。
歩いて帰ってもいい状況で、「疲れた」帰り方をしたなら、何かから逃げようとした、という事になる。
何かから逃げようとしたのかな?何故か同時に「暑い」という感覚も覚えている。
「あ、思い出した!タマが急に猫になった!」
「ふむ。」
違ぁあああう!因果関係がおかしい!
暑いからって、タマが猫になれる訳がない!
お父様もお父様だよ!「ふむ。」じゃないよ、「ふむ。」!
「猫屋敷玉藻が猫になった。その記憶は間違いないか?」
「え?あぁ...間違いない。」
そうだ、それを覚えている、思い出した。
走ってる最中、タマ弟くんを担いでたタマが急に猫になった。余りにも衝撃的だったので、忘れてた事が不思議に思うくらいだ。
「ねぇ、お父様。タマの身に何が起こっていますの?何で人が動物になったり...出来ましたの?」
「それは...少し答えにくい質問だな。」
お父様は手を上にあげて、更に首辺りを通してから後ろに伸ばして、見えない空間にその手を入れた。
物入れ結界か。いつ見ても「魔法魔法しい」ね。
「何かをお探しですか、お父様?」
「ん、少し古い本を...」
そう言って、お父様は一冊分厚いファイルを取り出した。
本という物はこの異世界にもある物だが、ここでは主に「記録魔法」がその役割を担っている。保存に気を掛ける必要もないし、音声や映像もその魔法で記録出来る。あまり人に知られたくない場合は見えないようにプロテクトも出来るし、許可を得れば親しい人の脳に直接流し込む事も出来る。勿論、敢えて文字として記録も出来る。
このように、本の「完全なる上位互換」がある為、実はこの世界で大多数の人が「本」を知らないんだ。それ程重要なものでもなかったし、意外と「記録魔法」より多く物入れ結界の容量を取るらしい。
だけど、魔法の使えない俺は良く「お世話」になっている。元の世界でも、この世界でも、俺にとって「本は珍しいものではない。
...ではないのだが、お父様が取りだした「ファイル」という物はこの世界に来てから初めて見た。
それはパンチ穴が開けられた紙を止めるタイプのファイルだった。黄ばんだ紙を目にして、俺はすぐにソレが「太古の遺物」だと気付いた。
「我々の神は『物』にも寿命を設けていた為、過去に関する研究は労多くして益少なし。しかし、それでも得たものもある。その一つは我々人間の出自に関するものだった。」
「人間の、『出自』?」
「あぁ。どうやら我々人間は万物の中で一番最後に生まれた『モノ』らしい。」
「......」
モノ...それはどっちの意味だろう?
お父様はファイルを開いて、その内の一枚の紙を外して俺に渡した。
「この紙に書かれている事が真実なら、私達人間はそれ以前に生まれたモノの特徴を真似して、生まれた事らしい。」
「......」
その紙を手にして、目を通した瞬間に、俺の思考が停止した。
...読めない!どこの国の文字だ?
「お父様...?」
「ん、どうした?」
お父様はいつも通りの表情をしている。特に疑問を感じていない様子だ。
それは...つまりこの紙に書かれてた文字は「誰にでも普通に読める文字」という事?
しかし、俺は読めないぞ!俺がこの世界の人間じゃないから読めないのか?魔法が使えないから読めないのか?
俺が魔法を使えない事はお父様も知っている事だから、「魔法が使えないから読めない」という可能性は低い。他にも一杯可能性が考えられるが、きっとお父様はそれを考慮した上でこの紙を俺にくれたのだろう。
それなら、「俺がこの世界の人間じゃない」という可能性が一番大きいだろう。それを知られたら、俺はどうなるのだろう?
...知られちゃういけない。
「お父様は私達人間が動物の真似をして、動物になってもあり得ると、そう考えておりますの?」
「.........そうかもしれない。」
重い口調で告げた後、お父様は俺から顔を逸らした。
「......」
そうか。
この世界の人間は「動物だったモノ」なのか。
何となくそんな「設定」じゃないかって思っていた。
ここは恐らく...俺の暮らした世界の未来の世界。
俺は異世界に来たのではなく、未来に飛んだのか。
なら、色々と納得ができる。太古の遺産とか遺物とか、俺の知っているものばかりだったから、予想はしていたのだ。
...つまり、俺の両親も友達も、妹も全員、とっくに死んでいたのか。
俺だけが何故か「女の子」になって、この未来世界で生きているのか。
......
予想は当たっても、外れても、ショックは受けるものだな。
......
「奈苗は本当に純真無垢で、可愛いな。」
「...え?」
お父様の声で不思議な事を聞いた。
顔を上げると、何故かお父様が悪戯な笑顔を俺に見せていた。
あれ?何で?
何でそんな笑顔で俺を見つめる?
「まさか...」
「それ、私が適当に描いたものだよ。」
「......」
騙された?
騙された!
「お父様!!!」
背中を預けてた枕を引き抜いて、お父様に叩きつける。
「バカにして、バカにしてバカにしてバカにして!」
何度も枕でお父様を叩いた。
今の気持ちはとても不思議だ。
バカにされた事に怒っているので、間違いなく「お父様」を痛めつけたいが、その同時に傷を負わせたくない。
その末に選んだ行動が「枕叩き」である。なんと子供らしい行動であるだろうと後で気付いたが、今の俺はそんな冷静になれなかった。
......
...
「玉藻から聞いた話をそのまま伝えるが、『絶対そうだ』と証明されてはいない。」
「ちゃんと本当の事を言うのですよ。また私で遊ばないでくださいね。」
「あぁ、もちろんだ。」
そうお父様が言ったが、今回は騙されない!
少しでも怪しいと思う点があったら、容赦なくツッコむ。
「玉藻の血筋・猫屋敷家、その『貴族』故の『血統魔法』について、知っているか?」
「知ってます。」
「玉藻はその時、『自分の体を模倣人形に見立てて、自分の魂をその中に降ろした』だそうだ。理屈は分からないが、彼女はそれで一時的に元の姿に戻れただそうだ。」
「はぁ...」
話が難しくて...いや、そうでもないか。
突拍子もない話にも思えるが、魂が体から体へと動かせるものだと思えば、何とか理解できる。
紅葉先生も「魂」について語ってたね。俺の魂を自分の体に移したがっていたんだもんな。
そして、タマの一族には「口寄せ」や「降霊」みたいな魔法が使える。その魔法を遣って、タマは自分の魂を自分の体に「降霊」したと考えれば...まぁ、考えられなくもない。
「一時的?」
「そう、一時的。」
そして、この「一時的」という単語...やはりタマは死んで、魂だけの存在となっていたのか?
死者が「降霊」して良いのか?「降霊」は生者だけがして良い事じゃないのか?
いや、死者が「降霊」をしたのなら、それは「降霊」じゃなく、「憑りつく」と呼ぶべきじゃないのか?そもそも、どうやってこの世に留める事が出来たんだ?未練とかあるのか?
ああもう、訳が分からない!
「ん、ちょっと待って?タマは?タマは大丈夫ですの?」
「大丈夫だ、奈苗、安心して。今はきっと猫の姿になっているが、明日になれば、また暫く人間の姿になれる。」
明日になれば人間に?今は猫?どういう意味?
「毎日一回、人間の姿になれるのだ、玉藻が。」まるで俺の心を読んだかのように、お父様は続く、「どのくらい長く居られるかは分からないが、日が経つと必ず一度だけ、自分の意志で人間になれる。体は彼女自身の物入れ結界に保管してあるから、腐る事もない。」
「はぁ...そうですか。」
つまり、今のタマは自分の体をいつも持ち歩いてて、好きな時にそれを取り出して、中に入れるという感じなのか?服を着る感覚で?
魔法のある世界で、本当に不思議が一杯だな。
...待てよ?
ってことは...あの黄色の仔猫はタマ本人という事!?
「タマが猫、猫がタマ...」
初恋の女の子が大好きな猫になれる特殊体質...この世界、俺にとって夢のような素晴らしい世界じゃないだろうか?
...うへへ。
「他に何か思い出せそう?」
「え...?あぁ、そうですね。」
今の記憶を思い出す事が先決だ。
タマが猫になった。それは突然猫になったのではなく、暫くして突然、タマ自身も気付いたら猫になっていた。戻っていた。時限爆弾みたいに。
タマは自分がいつ猫になるのかが分からなかった。分かっていたら、止めていた事がある。
その事は...そうだ!その時に、タマはタマ弟くんを担いでいたな。
急に猫になるから、弟くんを地面に落としてしまった。
弟くんが気絶していたから、担いで動くしかなかった。
他にも気絶している人がいた。だから、分担して担ぐ事になった。
俺は力が弱いから、最初から戦力外となっていたよな。
ヒスイちゃんも戦力外だった。俺が可愛いヒスイちゃんを疲れさせたくなかったからだ。
そして、紅葉先生がもう魔力がそれなりに回復したから、神月椎奈を担がせたね。少し嫌がっていたが、あき君が女の子を担ぎたくない所為で、無理やりに紅葉先生にやらせてたっけ?
そういえば、あの時はあき君を散々揶揄ったな、「男の癖に、子供一人を担いで楽しようとしている」と。
その「子供」はきっと星の小さい弟のアキラ君だね。金髪ショタ君は記憶に残りやすい。
そして...何故みんなを「担ぐ」事になったんだ?担いで帰らなければいけない状況になったのか?
それはどういう状況だ?
「私達は...何かから逃げようとしていました。ソレが近づいてくると、暑くて暑くて、燃え死んでしまうから...」
そうだ、逃げていたんだ。
その何かから逃げられるように、俺は確か紅葉先生に「エレベーターはあるか?」と聞いたんだ。
走って帰ろうとしても、絶対に間に合わないから、エレベーターで帰ろうとしたんだ。
そして、本当にあった。なので、みんなで「エレベーター」の中に逃げ込んで...そこからの記憶が途切れたんだ。
「何かから逃げようとしたのだ?その名前、誰かから聞いたのか?」
「はい、聞きました。地下深くに潜り、今も無規則に岩の中を泳ぐ神の遺骸。その名は、『炎の大蛇』。」
「ようやく全てを思い出したな、奈苗。そして、ありがとう。よくぞ『炎の大蛇』から生きて帰って来れたよ。君の素早い判断のお陰で、死者は出なかった。私も、愛しい娘を失う事にならずに済んだ。」
お父様は強く俺を抱き締めた。
注意:お父様は女の子の扱いに慣れている