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Special 白川 輝明

お休み回

 彼女はお姫様みたいな人だ。



 初めて彼女に会ったのは、俺がまだ子供の頃だった。

 引っ越し先の近くに公園があり、その近くにとても大きなお屋敷があった。そのお屋敷にとても可愛い「お姫様」が閉じ込められているのだと、大人達の間で噂されていた。

 まだ好奇心の強い子供時代故、俺はその「お姫様」を会う為、何とかお屋敷に忍び込んだんだ。そこで会ったのは俺とほぼ同い年の女の子だった。

 その子は紅茶を啜りながら、本を読んでいた。立振る舞いはとても優雅で、なのに触れれば消えてしまいそうな、儚げな女の子。

 俺はその女の子を噂の「お姫様」だと決めつけて、彼女をここから出すと決めた。彼女に近づき、話しかけた。


「おまえ、ここから出たくない?」


 俺に気付いた彼女は驚いて、コップを落とし、自分の服に紅茶をこぼした。

「なにをやってんだよ」と俺は言った。バカな事に、彼女の服を拭くに自分の服を使って、結局二人の服が汚れることになった。

 服を拭いている時の彼女はとても大人しかった。何も言わずに俺に服を拭かせて、いきなり現れた俺にそれ以上に恐怖心を見せなかった。

 俺は彼女の気持ちに全く気付かず、紅茶のシミがついた彼女の服を何とかしたつもりの後に、彼女の前に仁王立ちしてこんな事を言った。


「おれはおまえをたすけに来た。ここからだっしてやる。」

 そのまま彼女の手を掴んで、俺が屋敷に入った抜け穴まで連れて行こうとした。しかし、その時彼女に異変が起きた。


「痛い...放して...」

 そう言って、彼女の全身から熱を感じた。顔も段々と赤くなり、呼吸も荒くなった。

 このまま彼女を掴んでいると、本当に彼女が消えてしまうじゃないかと思い、慌てて手を放した。いきなり手を放されたことで、彼女はバランスを崩し、地面に尻もちを着いた。


「ごめん!こんなことをするつもりじゃなかったんだ。」

 俺は彼女を立たせようと手を伸ばしたが、また彼女を気分悪くさせるじゃないかと思って、途中で手を引込んだ。

 彼女は結局自力で立ち上がって、俺に向かって「ごめん」と言った。


「なんでおまえがあやまるんだ?」と申し訳ない気持ちを隠して聞き返したら、彼女は魔力の多い人に触れられない体質だと聞かされた。

 それがどういうことなのか、子供だった俺はその意味がよく分からなくて、ただ彼女に触らなければいいんだと、それ以上何も気にしなかった。

 俺は彼女に「自分について来い」と言い、彼女も無邪気に俺の後ろについて来て、俺が作った抜け穴のところまで来た。


「さあ、ここからでればじゆうだ。」俺はそう言った。

 だが、彼女はおちおちして外に出ようとしない。


「どうして?」と彼女に聞いたら、外に出たら体調が悪くなるんだそうだ。

 俺はそんな馬鹿げた話はある訳がないと思い、彼女に外の面白さを伝えて、続けて外に出る事を勧めた。

 外には色んな面白いことがあり、楽しい遊具が沢山あるよと言った。見たことない風景や、面白い動物とか、長く長く語った。そのうち、彼女も俺の話を聞いて、段々と楽しくなり、遂に最後、俺と一緒に外に出る事にした。


 その日、俺は彼女と公園で日が沈むまで遊んで、「またあしたあおうね」と約束し、とても楽しい一日を過ごした。



 しかし、次の日に、彼女は現れなかった。

 俺は日が沈んでも暫く公園で待っていたが、結局彼女は来なかった。

 その次の日も、その次の次の日も、彼女は公園に来なかった。

 もしかして、また屋敷に囚われたんじゃないかと思って、「明日また助けに行こう」と決めた俺だったが、その「明日」の日に、「彼女」は公園で俺を待っていた。

 また会えたことに喜びを感じた俺だが、それを「彼女」に気づかせないように、敢えて怒った顔を見せた。


「なんでやくそくをやぶったんだよ!ずっとまっていたんだからな!」

 きっと謝罪されると思って、次の責める言葉を考えていた。しかし、「彼女」は俺に謝ることをせず、睨みつけてきた。


「姉様をそとにつれだしたのは、あんたか?」

「彼女」の言葉に俺は戸惑った。誰?「姉様」?

 だが、「彼女」は俺に質問させる時間をくれなかった。


「姉様にねつをださせたのは、あんたか!」

 突然、俺は見えない巨大な何かに当てられて、後ろへと飛ばされた。魔法の知識をある程度勉強した俺は、すぐにその「見えない何か」が濃厚な「魔力の塊」だと気づいた。

 恐らく、それは魔法ではないのだろう。俺とほぼ同い年なら、まだ魔法を学び始めて、使えないはずだ。

 だから、「彼女」は魔法を使ったんじゃない、単純に自分の魔力をそのまま放出しただけだ。

 なんて巨大な魔力だ、あの日に会った彼女とは大違い。

 俺はその時に違和感を感じた。「彼女」は彼女ではないと思った。

 しかし、見た目は彼女にそっくり、別人だととても思えない。全く同じ姿の人間はこの世にいるのか?


「あんたのせいで、姉様がねつをだした。あんたが姉様をそとにだしたせいで!」

 俺に迷う暇を与えず、彼女はさらに巨大な魔力を俺にぶつけた。咄嗟に「壁」と叫び、習ったばかりの防御魔法を使ったら、何とか踏ん張る事が出来た。


 俺が先のように吹っ飛ばされなかったのを見て、彼女はかなり驚いたようだ。その驚きが怒りに変わり、「彼女」は連続に魔力の塊を放った。


「なんでふせぐの?ぼうぎょうするな!あてられろ!」

 無茶を言う。あれ程大きな魔力の塊を何度も当てられたら、大人だって死ぬ。まだやりたいことはいっぱいあるのに、死にたくない。

 でも、「壁」を張り続けても埒が明かない、何とか「彼女」の動きを止めないと。

 そう思って、俺は火の属性を3、土の属性1、水の属性1にして、学んだばかりの「火球(ファイアーボール)」を使った。


「『放て』!」という俺の叫び声と共に、掌サイズの「火の球」が、「彼女」の魔力の塊群を突き抜けて、「彼女」の体にぶつけた。


「いたっ!」と言って、「彼女」は尻餅をついた。

 俺はこれでようやく「壁」を解除できて、すぐに「彼女」の側に寄った。そしたら、「彼女」が尻を抑えて、目に少し涙を含んでいる顔になっていた。


「だいじょうぶか?」

 女の子に怪我をさせた罪悪感に駆られ、俺は「彼女」に手を差し伸べた。「彼女」は俺の手を掴まず、涙目で俺を睨んだ。

 俺はその時ようやく「彼女」は彼女ではないことを確認できた。姿こそ瓜二つだが、身体から感じる気配や雰囲気、何もかもが彼女と違う。


「おまえはだれだ?」

 そう尋ねた俺に、「彼女」は睨みながら、低い声で「姉様のいもうと」と答えた。


 全く答えになっていないが、何となく理解した。


「おまえは『ななちゃん』じゃないの?」

 あの日、俺達はお互いに名前を名乗り、彼女は俺を「あき君」、俺は彼女を「ななちゃん」と呼ぶようになった。が、それを今口にしたことで、「彼女」の神経を逆撫でしてしまった。


「きやすく姉様にあだなをつけるな!」


 当時の俺はどうして「彼女」がこんなに怒っているのかがわからなかった。その所為で、俺は無神経にさらに「彼女」に訊いた。


「ななちゃんはどうしたの?どうして来ないの?」

 そんな俺に対して、「彼女」は怒り心頭のようだ。「彼女」の体からいきなり迸る魔力が散開し、強い風が吹き荒れて、俺を吹っ飛ばしそうとした。


「あんたのせいだ!」

「彼女」はまるで抑えていたものを全部外に出すかの勢いで、踏ん張る俺に言葉の嵐を浴びせる。

「あんたが姉様をそとにつれださなかったら、姉様はねつをだすこともなかった。姉様はからだがよわいんだ!やしきからすこしでもでたらびょうきになってしまう!

 わたしだって姉様とそとであそびたいんだ、でもしかたないんだ!

 つらいのはしっている、姉様のために、そとにださせるわけにはいけないんだ!

 だしたいんだ!とてもそとにだしたいんだ!

 でも、しかたがないんだ!


 なのに、あんたがかってに姉様をそとにだした。

 そのせいで、姉様はいまでもベッドによこたわって、おきられないんだ!

 あんたのせいで、姉様にさらにつらいおもいをさせた!

 あんたのせいで!」


 俺は「風よけ」の魔法を使い、「彼女」が落ち着くまで何とかその場に留まったが、「彼女」の言葉に心を乱されて、何も考えられずに黙って聞いていた。

 そして、ようやく少し落ち着いた「彼女」は、最後に一回俺を睨んで、「姉様ににどとちかづくな」と言って、その場から離れた。

 残された俺は、日が沈むまで、ずっと公園でぼーっと立っていた。


 それから、事情を知った俺は、どうしてもななちゃん(かのじょ)に謝罪がしたくて、何回も屋敷に忍び込んだ。その都度、眼鏡をかけている狼の耳をしたメイドさんに掴まれて、外に捨てられた。

 最早彼女に二度と会えないと思った俺は、心が折れて、誰とも一緒にせず、毎日公園で一人で遊ぶようになった。

 遊んでいるつもりだった。

 それからまた何日が過ぎて、俺は「いつもの通り」に公園に来たのだが、そこには二人の「ななちゃん」が居た。

 片方はベンチに座っていて、もう片方は座っている方に何かお願いをしているようで、その片手を両手で掴んでぶらぶらしていた。

 二人に気づいた俺は自分の目を信じられず、ゆっくり二人に近づく。そうしたら、二人も俺の事に気づいた。

 ベンチにいる方は俺に向かって歩き出した。が、すぐにそうじゃない方が俺達の間に入って、両手を横に広げて邪魔した。

 異なる二人の行動から、俺はすぐにベンチに座っていた方が「ななちゃん」だと気づいた。彼女に何かを言わなきゃと思った俺は、結局言葉を出せずに、口をパクパクしていた。

 そんな俺を見て、ななちゃん優しく微笑んだ。


「約束を破ってごめんなさい。その日、偶々熱を出してしまい、来れませんでした。」

 仕方ない事なのに、ななちゃんは俺に謝った。

 やはりななちゃんは「お姫様」だ。

 でも、彼女と瓜二つのもう一人の女の子から、俺は彼女が来れなかった本当の理由を聞いている。俺の所為で熱を出した事を知っている。


「姉様!なんでそんなやつにあやまりますの?姉様がねこんだのはこいつのせいなのに。」

「違いますわ、雛枝ひなえ。屋敷を出ると決めたのは私、あき君は何も悪くありません。」

「でも姉様!こいつが姉様にそとにでようとさそわなければ、姉様もやしきをでるとおもわないはずです!やはりこいつのせい...」

「そんなことを言わないで。私は屋敷すら出られないみんなのお荷物に成りたくありませんわ。それに、あき君のお陰で、私は外に出ても大丈夫になる方法を見つけました。彼に感謝しないと...」

「そんなのただのぐうぜんです!いっぽでもまちがえたら、姉様は...」


 段々と泣きそうになる「ひなえ」さんを、ななちゃんがそっと抱きしめた。

「ありがとう、雛枝。君が妹で良かったですわ。神様に感謝ですね、私にこんないい妹をくれたことに。」

「姉様。」

「ひなえ」さんは涙を堪えて、恥ずかしそうに笑った。


 その後、ななちゃんは俺に自分の体質について語った。

 彼女は「夭折子」でありながら、奇跡的に生き残れた人間だった。それでも、魔法に対する耐性は皆無、慣れない魔力に接触したら熱が出る。その「慣れない魔力」は例えるなら、知らない人の体内魔力・初めて着いた場所の地域魔力。

 実際、彼女は強大すぎる魔力に当てられるだけで、病気になり、最悪死ぬこともあり得た。彼女を守る為に、彼女の母親が特殊な「指輪」を作ってあげた。それのお陰で、少しくらい魔力量の多い人に触れられても、すぐに病気になる事はなく、精々気分が悪くなるだけで終われた。

 そして、今回俺が彼女を外に連れ出した事で、彼女は一時期病気になったが、治った時にはこの場所に「慣れて」、免疫が出来た事によっていつでもここに来れるようになった。それを証明する為に、彼女は俺の魔力を慣れようと、俺の手を掴んだ。


「くっ...うぅ...」

 どう見っても我慢してる。なのに、彼女は俺の手を放さない。


 俺も彼女に自分の魔力に慣れて欲しいと思っているが、間近で彼女の苦しむ姿を見ていられなくて、子供ながら必死に考えた。

 そうしたら、いつの間にか自分の魔力を調整できるようになり、彼女に自分の魔力が流れていかないようにできた。

 彼女の落ち着いた表情が見えた瞬間、俺は無意識に笑顔になって、彼女も俺に微笑みを見せた。


「これで、君と触れ合えますね。まだ私の友達で居てくれますか、あき君?」

 健気な彼女を見て、涙が溢れそうになった。何とか流れないように堪えたが、返事は「うん」の一言だけになった。


 その日からの一年間、俺達は三人で遊ぶようになった。そして、俺もその日に、生涯魔法を封印する事に決めた。

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