第十節 再会①...出会いの時期
ずっと、何が足りないと思っていた。
それは、更新頻度だ。
ずっと、何かが足りないと思っていた。
見目麗しいメイド達に囲まれての生活、ゆっくり過ごせる学生時代。「異世界」という今までの常識が通用しない場所にいるお陰で、毎日が「初めて」の連続で、退屈する事もない。女の子としてだが、女の子として故の新しい経験も多くて、とても幸せだった。
学校ではクラスメイト達も普通に接してくれている。堅苦しい勉強三昧なガリ勉ばかりだと思っていたが、意外とみんなが普通で、話しやすかった。中学生時代はイジメに遭っていたらしいが、自我が目覚めた俺はその終わりの時期にいて、特に何も感じなかったし、今の高校生生活にも影響はなかった。
そのまま時間が過ぎていけば、いつかは飽きると予想できるが、その前に「考古学部存続させる」という目標も与えられた。仲間というか、すぐに部員二人も増えて、どっちとも仲良くしていると思う。
体は弱いが、「お嬢様」だからほぼ不自由のない生活をできている。合宿という名目での旅行も出来だ。そこでの新しい出会いもあった。
どこにでもある普通な、とても幸せな生活だった。
それでも、何かが足りていない。俺はそれが何なのかを知っている、だから今日まで探していた。
「タマ...」
生活の一部となった人がある日、突然いなくなった。伝言なし、遺言なし、念話しても出ない、死んでいるか生きているかも分からない。
失踪、雲隠れ、人間蒸発...死体でも見つかれば、すぐに諦めも出来たんだろうが、結局一年過ぎても見つからなかった。まだ「生きている」という可能性に縋ってしまった、どうしても「期待」してしまった。
ずっと「何かが足りない」と思っていた理由は、「元々あったモノがなくなっていた」からだ。
そして、それを見つけた時...特に今のような「期待してはいけない」と思っていた時に、それを見つけたら、人はどうなるでしょう?
「タマ、タマぁ...」
無くしものを見つけた俺は、頭がバカになっていた。
ようやく会えたタマを逃したくないと思い、腕を前に伸ばした。抱きしめて体温を感じたくて、肘まで使って前に進んだ。遅い自分の動きではタマを捕まえないじゃないかと恐れて、名前を呼び、「行かないで」と懇願した。
今の自分が凄く情けない状態になっているのは分かる。いい年して、今は泣いているのも気付いている。そんなの、全部「どうでもいい」と思えるほど、俺はタマを捕まえたい。
「ななえ...」
俺の気持ちを読み取ったのか、タマは自分から俺に掴まれに来た。俺を抱きしめて、何度も「ななえ」と言った。
抱きしめられた瞬間のタマが涙目だったのが見えた。貰い泣きさせてしまって、ちょっと申し訳ない気分だが、一緒に泣いてくれて嬉しかった。足元にある小さな重みはまだ残っているが、俺もタマもそれを気にしなかったし、それを無理に振り解く程、鬼畜でもなかった。
兎に角、今は目の前のタマが大事だ。それ以外のことは後回し。
「っ、ななえお嬢様、ちょっと離れて。」
しかし、タマは冷静に俺を押して離れた。紅葉先生がまだ俺に「死の接吻」を諦めていないうち、再会に喜ぶ余裕はない。
スーハーハー、冷静になろう。
昂ぶった感情を直ぐに抑えられないが、一時的にコロス事は出来る。
それにしても、タマが俺より先に冷静になったのがちょっと屈辱だ。
「心配しないで。すぐにお嬢様の敵を倒して、また戻って来るよ。」
「敵?倒す?」
紅葉先生の事を指しているのは分かる。だけど、俺は出来れば紅葉先生も傷つけたくない、凄く綺麗な裸をしているからだ!
俺を殺そうとしている相手なのに、見た目が良いからという理由で、男心が「勿体ない」と叫んでいる。罰当たりな思考回路だな。
「タマ、待て!」
「っ、ななえ?」
俺は高い声でタマを呼んだ。腕を動かして、離れていくタマに手を伸ばした。
実は、俺は腕を掴んでタマを止めようとしていた。が、体が上手く動けなくて、何とか袖を摘んだだけになった。
この程度の力では赤ん坊だって止められない!と思ったが、タマは足を止めた。有難いと思う同時に、「舐められた」とも何故が思った。
それはともかく、まずは現状を確認しよう。
紅葉先生は俺とタマと少し離れた場所にいた、何故が片手でお凸を押さえている。タマの弟さんは床に座っている、今は正に立ち上がる最中だ。可愛いショタくんは先から俺の足を掴んだまま。あき君とシイちゃんは曲がり角の向こうにいる為、音は聞こえるが、姿が確認できない。恐らくあき君と一緒にヒスイちゃんも来ているだろうが、しっかりと姿を確認していないので、不明。
この状態で、タマは紅葉先生を叩こうとする。そうなると、何が起こるのか、少し考えれば分かる。
タマが紅葉先生を無力化する前に、俺が紅葉先生に操られているタマの弟に拘束されて、人質となる。
「...タマは攻めと受け、どっちが得意?」
「え?攻め、受け?」
おっと、「言葉」を間違えた。
「オホン」と一回態とらしい咳をして、「攻撃と守り、どっちが得意?」
「何故そんな事を今聞くのだ?」とても言いたげな顔で俺を見つめるタマ、だけど素直に返事をした。「え、得意事?えぇっと、うちの拳術はどちらかというと、『守り』だね。」タマが何か武道家的なポーズをとって、「こー、左手を正面に構えて、右手で、こう!」と右拳を前に突き出す、「と、いつでも殴れるように備えるんだね。相手が攻めて来たら、その攻撃を流して殴る!ってな感じだが、分かる?」
正直、分からない。ただ、「守りが得意」という事は分かった。
やはり、「M」は攻めが得意じゃないなぁ...と、今考えるべき事じゃない。
「なら、私から離れないで、タマ。私を守って」
「しかし、ななえ...」
「私の弱さ、知ってるでしょう?小指を角にぶつけた程度では死なないが、殆どの事で死ぬかもよ。そんな私を置いて、先生と戦うの?」
「えぇっと...」
タマが返事に困っている。
そりゃ、まあ、「攻撃は最大の防御」だと知っているよ。紅葉先生を何とかしないと、いつまでもここから出られない。
ただ、紅葉先生は「ドラゴン」だ。この世界での常識は違うとも、俺にとって「ドラゴン」はかっこいい、または恐ろしいモノであ~る。実際、「王族」と同レベルな「平民」だそうじゃないか。この世界の「王族」と同レベルなら、紅葉先生は「腕の立つ人間」と見ていいだろう。
タマ一人で紅葉先生を相手にすると、速攻で勝利するどころか、負ける可能性だってあり得る。相手をするより、逃げる方法を考えた方が得策だな。
丁度俺がこんな事を考えている時、異変が起きた。
「ここだ!」という叫び声の後、俺達と紅葉先生の間に何かが横切って、壁に衝突した。
シイちゃんだ。あき君と戦っているシイちゃんだ。
すぐにシイちゃんの全身を確認した。パッと見、切り傷はないようだが、壁とぶつけた背中が少し傷がついている。
この世界の人達は本当に体が硬いね、壁にぶつけた程度では「少し」しか傷がつかない。見た目は柔肌なのに、鎧を着ているみたいに硬い。
しかし、「異変」はここで終わりではない。
「先生!」
「っ、劣等生か!」
何と!あき君が自前の剣で紅葉先生に斬りつけた。
シイちゃんと戦っていたあき君は、そのシイちゃんをこっちの方の壁にぶっ飛ばした後、すぐに紅葉先生に攻撃しようとした。
だが、「しようとした」だけで、出来なかった。紅葉先生が斬られる手前に手で壁を押して、ギリギリにあき君の剣を避けた。
「浪!」
あき君は更に剣を上に斬り、紅葉先生に追撃をかます。
「だはあ!」
しかし、紅葉先生が口から目で見える程の「空気砲」?を発して、あき君を吹き飛ばそうとした。
「っ...」
あき君は剣を縦に構えて、剣先を少し前に差し出す。更に体を横にずらして、足がまるで地面を掴んでいるように立ち、何とか紅葉先生の「空気砲」に耐えた。
それでも、目視で二三歩程、紅葉先生と距離を開けられてしまった。
恐らく、そのくらいの距離なら、まだあき君の「間合い」の中だろう。なので、俺はてっきりあき君がまたすぐに紅葉先生を斬ろうとするだろうと、彼を止めようと声を上げるところ、彼の正面方向にいるシイちゃんが先に動いた。
シイちゃんが「換」と叫ぶと、その両手につけてあるグローブが突然光を発して、一秒で拳銃になった。その二丁の拳銃で、シイちゃんはあき君を撃つ。
あき君はすぐに剣を盾代わりに使って、シイちゃんの魔法の銃弾を防ぐが、紅葉先生もその時にまた「空気砲」であき君を攻撃した。今回のあき君はその「空気砲」に耐えられなくなって、また曲がり角の向こうに飛んでいて、見えなくなった。
シイちゃんもそれを追う形で、見えない曲がり角の向こうに走って行った。
全てが一瞬の間の事で、俺もタマもぼうっと見ていて、何も出来なかった。
紅葉先生が無詠唱で口から空気の砲弾を出して、人を飛ばせる。シイちゃんが自由に自分のグローブを拳銃に変えて、また戻せる事が出来る。この二つの事に対して、俺はどっちも今日初めて知って、少々驚いた。が、多対一の状況なのに、それでもあき君が優勢に立っている事が一番の驚きだ。
頭を回して、更に考える。
逃げるという案を考えたが、退路が一つだけで、紅葉先生側にある。何かをして彼女の気を逸らしたり、短時間で行動不能にしたりして逃げるのは、成功確率が低い。そして、あき君が優勢に立っている事を考慮すると、無理に逃げるより、あき君を待つ方いいだろう。
そうすると、今がやるべき事は、また「時間稼ぎ」だな。さっきとやり方は違うけど...
「あき君を待とう、タマ。きっとあき君なら、何とかしてくれる。」
「ななえ...分かった、お嬢様に従うよ。」
そう言って、タマは紅葉先生を両目で捉えて、俺の前で構えた。
暫くして、ずっとあき君の方を見ていた紅葉先生が俺とタマの方を見た。何があり得ないモノを見ているように両目を大きく開いて、その後は唇を噛んで何か考え事を始めた。
その後、紅葉先生が真っ先に取った行動は...
「猫屋敷正守、あなたの姉を相手にして。」
「......」
近くにいるタマ弟は返事しなかったが、やはりシイちゃんと同じように紅葉先生に従って、タマに向き合って構えた。
「っ...」
タマは少し辛そうな顔をした。仲の良い姉弟だろう。
しかし、タマはすぐに険しい表情に戻り、紅葉先生とタマ弟の二人を警戒するように目を動かしている。
何の前触れもなく、タマ弟はタマに拳を繰り出した。両拳を交互に突き出して、時に蹴りも入れる。
相対するタマは左手で攻撃を流し、時には防ぐ。蹴りを入れられた時はそのまま足首を掴んで、残った足を蹴ってタマ弟を転がした。
「日暮流拳法は守りの拳だよ、正ちゃん、攻めに向いていない。正常な状態なら、もっとマシでしょうね。」
そう呟くタマは未だに左手一本しか使っていない。俺を守っているから、足も大して動いてもいない。
大人が子供とじゃれ合っているように見える。どうやらタマは弟くんとかなりの力の差があるようだ。
大丈夫そうだ。
安心した俺は自分の足に抱き付いているショタくんを掴んで、床に座らせた。俺自身もその後ろから抱っこして、一緒に床に座った。
金髪ショタ千条院アキラ君...将来は絶対にイケメンになるだろうね。今のうちに殺っちゃう?
いやいやいやいや、それはないな。ただ、イケメンにしなくする事は出来る。
例えば、マオちゃんの料理を一杯食わせて、太らせるとか?
「悪戯小鬼に血肉を与え、悪しき精霊に人骨を捧げ、我が魔力を喰らいし、眷属の契りを交わせ。」
紅葉先生の声だ。
絶対何かをしてくると思っていたが、何をされても俺は無力で、「気を付ける」事しか出来ない。
俺はすぐに紅葉先生の方に視線を向けた。この時の彼女は大きな骨や尻尾など――恐らく、何かの動物の体の一部だと推測する――を物入れ結界から幾つ取り出して、宙に浮かせながら、その中に魔力を注いでいた。
「魔獣創造!」
その言葉の後、宙に浮かんでいた「物」が見た事もない生き物に変わった。目のない短足犬や、足のない体半分な馬、口のようなところに目が一杯入っているモノ、指の一本一本に小さな口がついているモノ、足一本だけのモノ...化け物の群れが現れた。
「ゥオッ...」
あまりの恐ろしい姿と気持ち悪い姿の数々に吐き気がした。
何あれ?「魔獣」と言ったのか、紅葉先生は?
「た、タマ、気、気を付け、付けて!魔獣よ、お化けよ、怪物よ!」
慌ててタマに伝えた。
よく考えたら、俺は異世界に来てから今初めて魔獣を目にした。心の準備をしたつもりだったが、「どうせ何かの動物に似た生き物だろう」と、どことなく甘く考えていた。
魔獣...魔獣、か。目耳鼻全部ついているだなんて、誰もそんな事を言っていない。リアル恐ろしいお化けだって、普通に考え付くべきだった。
しかし、軽くパニックている俺と違って、タマは冷静だった。弟くんとのじゃれ合いを続けながら、俺に「大丈夫よ、ななえ。アレくらい、簡単っス」と言った。
そして、真っ先に俺達を襲い来る魔獣に右拳を入れて、その魔獣を簡単に倒した。
倒された魔獣が元のただの骨に戻ったが、タマはすぐにその骨を拾い、次の魔獣に投げつけた。更に足元にある石をサッカーボールのように蹴って、また別の魔獣にぶつけた。
そうやって、魔獣がどんどん倒されていき、タマが最後の一匹を倒すまで何分も経たなかった。倒された魔獣はそのまま骨や尻尾など、元の姿に戻って、光を発しているが地面に転がっていた。
「うわ、楽々と...」
この世界の人にとって、魔獣なんて大して怖くないのかもしれない。
しかし、紅葉先生は魔獣も作れるのか?そして、そもそも「魔獣」って何だ?
と、これは後で考えればいい疑問だ。今は別の事を考えよう。
そういえば、さっきの紅葉先生は口で空気の砲弾を作り出して、あき君を遠くに飛ばしたな。どうしてその力、タマに使わないのだろう?
俺の方に近づいてくる事もしない。タマ弟がタマの相手になれる筈がないって、見れば分かるのに、どうして自分は何もしない?
...実は、出来ない?
「ななえお姉ちゃん!」
「...ヒスイちゃん?」
何故か近くにヒスイちゃんの声がした。
「こっちです、こっち!」
声を探しているうちに、小さく動いている石の壁が見つかった。試しにそこに手を添える。
「きゃ!ななえお姉ちゃん、手、手!」
触ったものがとても柔らかくて、とても石には思えなかった。
「お、ヒスイちゃん?ヒスイちゃんなの?」
呼びかけてみた。
「あの、ななえお姉ちゃん、手が、脇に、ひぃ!」
「脇?」
どうやら、俺は石の壁ではなく、ヒスイちゃんの体を触っているようだ。
「ヒスイちゃん、見えない。『脇』と言われても、見えないから分からない。」
ちょっと意地悪してみた。
実際、「見えないからちょっと不安」という理由もあるから、ちゃんとヒスイちゃんの姿が見えるまで、手を退かしたくないんだ。
「いや!」
突然、「壁」から二つの手が生えてきて、俺の腕を掴んだ。俺はびっくりはしたが、驚いて手を抜く前に、その両手の色が肌色になり、最後は「壁」から人に見えるモノが現れた。
ヒスイちゃんだ。壁と同じ色だったが、今は普通の「人の色」をしたヒスイちゃんが現れた。
「ななえお姉ちゃん、お願い、くすぐったいから、きゃ!手を放して。」とヒスイちゃんが懇願する。
「あぁ、まぁ、分かった。」目の前の光景に思考停止した俺は、言われるがままに手を放した。
「ふぅ。お久しぶりです、ななえお姉ちゃん。」
「久しぶり、ヒスイちゃん。一つ質問していい?」
「あ、はい!実はヒスイ、隠匿魔法が得意なのですよね。」
「あ、うん。」
恐らく、今のは「忍者みたいに壁と同じ色になって隠れている事を俺に説明する言葉」なのだろうが、俺が聞きたいのはそこじゃない。
「何で裸?」
「む~ん!この魔法はそういう魔法なの!」
ヒスイちゃんが何故か逆切れして、頬を膨らませた。
とりあえず、ベッドの上にある布団をヒスイちゃんにあげた。その布団で体を包んだ後、ヒスイちゃんは「助けに来ました」と言った。
「裸のままで!?」俺はそれでも「裸」の事を追及した。
「裸の話は止めて!」ヒスイちゃんが大声を出した。
「ななえ!」
ヒスイちゃんの叫び声が聞こえたか、タマが弟くんにちょっと強めの蹴りを入れて、俺の近くに駆け付けた。
タマにとって、ヒスイちゃんは他人だ、急に俺の近くに現れたから、タマに「敵」と認識されるかもしれない。
まだ年の幼い女の子だから、酷い事はしないと思うが、俺は一応「待て!」とタマに命令して、ヒスイちゃんを守った。
「ななえ、大丈夫?」
「大丈夫だ。この子は私の新しい妹、心配しなくていい。」
「そう...すみません、挨拶は後にします。」
そう言って、タマは「持ち場」に戻った。
「あ、え、ヒスイはひすっ!」
ヒスイちゃんは律儀に自己紹介しようとしたが、タマがさっさと戻ってしまったから、言いそびれた。
「で、ヒスイちゃんはいつ来たの?」
「むーん!ななえお姉ちゃんデリカシーない!」
ヒスイちゃんに怒られた。
デリカシーがないと言われたが、心当たりがない...訳じゃない。恐らく俺がしつこく「裸」に関してヒスイちゃんをイジメた事と、俺のイジリでうっかり大声を出し、その所為でタマに怖い顔で睨まれ、怖い思いをした事、この二つの事が原因だろう。俺はこの二つの事に対して何のフォローもせずに話を進めようとしたから、怒らせたのだろう。
仕方ない。妹相手に培った「兄力」で、ヒスイちゃんを機嫌よくしよう。
「ごめんね。帰ったらお詫びにおいしいアイスクリームをあげるから。」
「え、アイスクリーム?」
「食べた事ある?」
「食べた事ありません。食べたいです!」
「なら、約束ね。」
「うん、約束!」
今のは学齢前の妹相手にした時のやり方だが、意外とうまくいった。
「で、話戻すけど、いつ来たの?」
「さきっ、輝明お兄ちゃんがあの角の生えているお姉ちゃんを蹴った後、白衣のおばちゃんと戦っている時に、どさくさに来ました。」
「あの時か。」
角の生えてるお姉ちゃんと白衣の「おばちゃん」...いや、笑ってないよ。心の中ででも笑ってないよ。
ん?「輝明お兄ちゃん」!?
「ちょ、ヒスイちゃん!いつからあき君と仲良くなった?」
「え、輝明お兄ちゃんは良い人ですよ。ななえお姉ちゃんの事ばかり考えて。なので、ヒスイは輝明お兄ちゃんを手伝いました。」
「いや、そういう話じゃなくて...」
何故だろう?ヒスイちゃんは「サトリ」なのに、俺の質問の意図を理解していない。俺じゃなく、男のあき君と仲良くしたヒスイちゃんが心配なだけなのに、ヒスイちゃんが全く意味の分からない返答をした。
このまま、ヒスイちゃんがあき君とどんどん仲良くなったら、「ななえお姉ちゃんより、輝明お兄ちゃんが好き!」とか言われたら...俺、あき君の呪い人形を作っちまうかもしれない。
「ななえお姉ちゃん?ヒスイ、ななえお姉ちゃんが大好きですよ。」
「え?どうしたの、いきなり!?」
「輝明お兄ちゃんも好きですが、ななえお姉ちゃんも好きですよ。」
「あ、うーん」
...何だろう、この違和感?
......
もしや、「サトリ」でも、子供は「子供」?
「な・な・え・お・ね・え・ちゃ~ん!」
「あ、あはは、ごめん。」
本当の事だとしても、失礼な事を考えたな。「お年頃」だね。
「これからどうします、ななえお姉ちゃん?」
「え?助けに来たじゃないの?」
「輝明お兄ちゃんがななえお姉ちゃんのところに行けば、ななえお姉ちゃんが何がしてくれるって。」
「......」
丸投げされた!
でも、「サトリ」の読心術はとても役に立つと思う。
まずは確認だ。
「ヒスイちゃん、シイちゃんの秘密、あき君に伝えられた?」
「はい!テレパシーで伝えました。」
「デリカシー?」
「テレパシーです!」
「どうやって?」
「えっと、脳に直接、注ぎ込む?叩き込む?」
物騒な言葉の連発だな。
「じゃ、私にもテレパシーを使ってみて。」
「ダメです!ななえお姉ちゃんが死んでしまいます!」
「死っ!?」
テレパシーを使われたら、俺が死ぬ?それはつまり...なるほど、「テレパシー」は魔法か。
恐らく「念話」みたいなものだろう。使えない俺が無理矢理使ったら、「魔力耐性ゼロ」で死ぬ。
「つまり、あき君と直接話が出来ない私を、ヒスイちゃんがあき君の考えを言葉で私に教える?」
「いいえ、輝明お兄ちゃんと離れすぎています。今は輝明お兄ちゃんの心が偶にしか聞こえません。」
「距離制限!?」
じゃ、何でこっちに来た?サトリの読心術に「距離制限がある」なんて聞いてないぞ!
偶にしか聞こえないって、どういう意味?まぁ、何となく「偶に」という言葉がキーワードだと思うから、そこから考えると...ヒスイちゃんのテレパシーが出来る距離は、今の俺とあき君との距離くらいが限界だろう。シイちゃんと戦っているあき君だから、動き回っているので、「偶に」こっちに近い場所にいた時に「聞こえる」、「偶に」こっちに離れてる場所にいた時に「聞こえない」ということだろう。
なら、尚更じゃないか?距離制限があるなら、あき君の近くに残った方が、俺の心の声が必ず聞こえて、あき君に伝えられるじゃない?こっちにタマもいる事だし、あき君の考えを一度タマに教えて、タマが俺に教えれば、完璧な連絡網が出来上がるじゃない!?
本当、何でこっちに来た?
「あ、あのあの!タマさん?の事をよく知りません。その、テレパシー、迂闊に出来ません。」
「あ、そうか...」
タマの事を知らないんだ、ヒスイちゃんもあき君も...
...そもそも、俺はヒスイちゃんがこんな危険な場所に来る事自体が反対だ。なのに、案もないのにヒスイちゃんを最も危険な俺の傍に送り込むか、普通!?
あき君は「イケメン」でも、女の子を殴れる男だ、シイちゃんとか、紅葉先生とか。ちょっと幻滅した。
禿げろ、あき君!八つ当たりだが、文句あるの?
「あ、忘れてました!ななえお姉ちゃん、これ。」
ヒスイちゃんが俺に謎なメガネをくれた。
「こ、これは!?」
透視眼鏡だ!
あき君にあげた筈だが、何故ヒスイちゃんが俺のところに持って来た?
「あの、輝明お兄ちゃんからの伝言です!『ななちゃんを助ける為に、仕方なく使ったが』、返しますと言いました。許可を取らないで女の子の裸を見るのがダメと思ってくれてます。」
「うわぁ、イケメンだ。」
女の子の裸を覗き見する事に罪悪感を感じるところまでは普通の男だが、欲望を抑えて、手に入れた透視眼鏡を返すところが「イケメン」だ。
はぁ、全く...だから、男なのに、俺は彼に透視眼鏡をあげられたのかもしれない。使えない俺と違って、彼は敢えて「使わない」を選択できる男だ。
イケメンだな...自分が恥ずかしい。
「奈苗様!お願いだから、私に全てを委ねて!」
俺が透視眼鏡を手に取ったその時、突然、紅葉先生が大声を出した。
紅葉先生は本当、何を考えているのか、よく分からない。寡黙だし、本人もなんたか「秘密主義」みたいで、カマを掛けても気づかれて、意図的に教えないところがある。
今回の謎の大声もそうだ。何故この時に急に大声を出したのか、訳も分からない。
だけど、今は「サトリ」が隣にいる。
「ヒスイちゃん。今、紅葉先生は何を考えているの?」
「えっと、よく分かりません。難しい事を考えています。」
「難しい事?」
「今は、えっと、このメガネを怖がっています。」
「メガネを怖がる!?」
やはり紅葉先生がよく分からない。幾ら透視ができるでも、何故「メガネ」を怖がる?
...大声を出しているって事は、「今は冷静じゃない」とも考えられる。
もう一度カマを...は止めよう、真っ直ぐに訊きたい事を訊こう。
「紅葉先生、教えて。君は一体何を考えているのだ?」
「......」
「私を生かせようと、君は言った。なのに、私を殺そうとする。どうして?君の目的は一体何?何故それを教えない?」
「...教えたら、奈苗様は絶対反対する。奈苗様は優しいから、絶対。」
俺が「優しい」?違う、俺の事じゃないだろう。
「私」の事だ。
なら、紅葉先生に自分の正体をバラそう。俺が優しくないって事を、教えてやろう。
「そのうち、あき君がまた来るよ。彼は絶対にシイちゃんに勝って、君を倒しに来る。彼が来たら、勝ち目ないよね。その時が『時間切れ』だ。私はただそれまで待っていれば、『勝ち』なんだよ。」
「っ...」
結末を予測して、相手に突きつける事で、不安にさせる。
「『優しい』から、反対する?はっ、アホか!自ら私が『同意』する可能性を捨てただけだ、諦めただけだ。私が反対するかどうかを勝手に決めて、君は私の何なの?お母様のつもり?」
「そんな事...」
「うるさい!」
「っ!」
口を開こうとすれば黙らせる、理不尽な思いをさせて、ストレスを貯めさせる。
「言いたくないなら一生黙ってろ!それが嫌なら、今教えろ!」
「い、ま...」
そして、「ストレス満タン」になったところに「出口」を与える、「耐えられずに喋る」ように仕向ける。
「それに同意か反対か、その後で考える。」
「......」
どの道、決めるのは俺自身だと教え、「喋ってから反対されたのは相手が悪い、喋らなかったから反対されたのは自分が悪い」と思い込ませる。
さて、これに対して、紅葉先生はどう動くのだろう?